僕やつかれなんてきょうび聞かない一人称はこの際おく。

 男とも女ともつかない。

 なんというか、一次元格が違いそうな雰囲気。

 といっても伝わらない。言葉に表現しにくい、しかしはっきり分かるのは〝常人じゃねえ〟という凛りん然ぜんとした気配だけ。

 ふ、と笑った口角は魔界の日輪を背に歪いびつに映え、ばさりとはためくはどこかで見たことのある黒いコート。

 ん? ちょいまち?

 ……黒いコート?

「……おいおいお前さん、その黒コートは嫌な予感しかしねえ訳だが……よければくるっと後ろを見せてはくれませんかねぇ……?」

 自分でも驚くほどに掠かすれた声が出た。

 からからになった喉のせいではない。

 久々に感じる神域級の重圧に、口を開く具合さえ分からなくなったせいだ。

 全く、ふざけろよ情けねえな。

 一つ気分を落ち着けるように深呼吸を入れながら、いつもの調子を取り戻すべく天空の敵対者を睨にらんだ。軽くウィンクを交ぜて。

 と、その挙動に何か気になるところでもあったのか瞳を瞬かせて彼か彼女か分からんがそいつは眉まゆを動かした。

 しかし相変わらず悠然と続ける。

「なるほど、魔導司書の制服については知っているようだ。デジレやヤタノと何度も出会っていればそれも当然か。心配しなくて良い。僕やつかれのコートの背には、縦筋が一つ入っているだけだよ」

「一番やべえじゃねえか!!」

 セミロングに靡なびく銀の髪は、黒陽を背後にその存在感を最大まで高めている。

 というよりも、縦筋一本ってこたぁつまり示す数字はIしかねえ。

 つまるところ……あの化け物軍団のリーダー。洒落んなってねえぞ。

「魔導司書の、第一席……アスタルテ・ヴェルダナーヴァね、あんた」

 すでにカトラス二刀を出現させて身構えながら、第一席──アスタルテを見据えるユリーカ。俺も鬼殺しに手をかけて、彼か彼女か分からんアスタルテに目をやった。

「アスタルテ、ヴェルダナーヴァ」

 確認するように俺もその名を口にした。

 すると彼は鷹おう揚ように頷うなずいて地に足をつけた。

 不敵な笑みを隠さないアスタルテは、少し小高くなった丘の上から、死体を避けつつ歩み寄ってくる。

 疲弊した身体がぎしぎしと悲鳴を上げた。

 死が歩み寄ってくるような重圧を肌に感じて、思わず頰内の肉を嚙かむ。

 未来に帰ってくるなりこんな話、聞いてねえぞおい。

「〝車輪〟のほうは僕やつかれを知っているのか。せっかくだから自己紹介をしようと思ったのだけれどね。僕やつかれはアスタルテ・ヴェルダナーヴァ。帝国は帝国書院書陵部魔導司書。僭せん越えつながら、そのリーダーを務めさせてもらっている。何か質問はあるかな?」

「男? 女?」

「……ほんとうにノータイムで質問が返ってきたのはきみが初めてだよ」

 目を丸くしつつも、やたらと嬉うれしそうにアスタルテは笑う。

 こちとら疲労困こん憊ぱいだってえのに、ご機嫌なこって。轢ひくぞこの野郎。

 いや、どうやってと言われると答えに窮するところではあるのだけれども。

 疲れている時特有の無駄思考に気を取られている俺とは違い、お元気なアスタルテは両手を皿のようにして肩を揺らしていた。

 高貴な雰囲気をそのままに道化を演じるそのふるまいが妙に癪しやくに障る。

「僕やつかれは男でも女でもない。故に彼でも彼女でも好きなように呼ぶといいさ。僕やつかれは現あら人ひと神がみ。人の身に神を宿す者。故に性の別はない。短い間だが、よろしく頼むよ」

「……短い間、ねえ。マジでやり合うのか?」

「〝車輪〟の討伐。それが今回の僕やつかれの仕事さ。だからきみの隣に居る彼女を殺すまでは……やり合うつもりだよ」

「……そうか。そいつぁ……いただけねえな」

 車輪の討伐。隣にちらりと目をやれば、ユリーカは既に臨戦態勢を整えていた。

 そらそうよな。お前を殺すなんて言われてじっとしてられるかってんだ。

「刃向かうというのなら。魔族であるきみも討伐対象だ」

 俺が鬼殺しを背中から引き抜くと、眦まなじりをじろりとこちらに動かしてアスタルテはそう言った。刃向かうってまた面おも白しれぇ言い方すんな。友達殺す言われて黙ってる馬鹿がどこに居ると思ってんだ。

 凄すさまじい覇気の突風が、峡谷中に吹き荒れた。

 アスタルテ・ヴェルダナーヴァの瞳ひとみが虹にじ色いろに輝く。

「はっ、ご丁寧に神蝕現象フエイズスキルの発動か」

「然り。それが僕やつかれたちの操る魔導、敵対者を地に押し潰し蹂じゆう躙りんする武器なのだからね」

「……余裕かましやがって」

 舌打ちしながら、身体の調子を確かめた。

 一応、戦えるくらいには元気らしい。

 元気っつったって空元気の域を出ねえが、それさえないガス欠だったら本格的に奴の言う通りになっちまう。

 ついでに言えば、魔導司書の第一席。

 俺の知ってる化け物である、グリモワール・ランサーⅠの主人公第二席や、この世界で遭遇した暫定最強のヤタノ・フソウ・アークライトよりも〝格〟としては上の存在。

 どんな攻撃を持ってくるか分かったもんじゃないのだから。

 警戒する俺の瞳をその虹の目で観察しながら、アスタルテは指輪の嵌はまった手を振り上げた。

 同時、彼を取り巻く渦が魔素の嵐と化し、彼女の魔力が膨れ上がる。

 ……って。

 おい。

 ちょっと。なあ、待て。

「……一つ、いいか。第一席さんよ」

「なにかな?」

 あっけらかんとした吞のん気きなお返事ありがとう。

 や、言ってる場合じゃねえんだそんなこと。

 マジ、洒落んならん。

「俺ぁよ、三、四人の魔導司書と面ァつきあわせたことがあんだがよ……」

 デジレ、グリンドル、ヤタノ。そしてなんかヒイラギさらったオカリナ女。

 そいつらを思い出しながら、アスタルテを見据える。否、アスタルテのその先を。

「ヤタノちゃんは番傘、デジレは大おお薙刀なぎなた、なんていうように、どいつもこいつも固有の武器が神蝕現象とやらの発動キーだったんだが」

「ふむ、よく分析している。それはすべて、魔導司書が持つ魔導書さ。僕やつかれの魔導書それは、この指輪だ」

 彼は自らの中指に嵌まった虹色に瞬く指輪をかざす。彼女の魔力は確かにその指輪に集約されているようだった。

 なるほど確かに、ヤタノちゃんの番傘やモノクルハゲの大薙刀と同じくらい、いやそれ以上の凄まじい覇気を感じる代物ではあるだろうよ。

 だが、俺が聞きたいのは、そんなことじゃねえ。

 口元がひきつるのを感じた。

 洒落にならないこの事態に。実際問題、やってられねえどころの騒ぎじゃねえんだが。

「じゃあ、聞くがよ……」

「うん?」

 分かっていて尚、純粋な風を装って首を傾げるアスタルテ。

 思わず舌打ちした。冗談じゃねえ。

 ああ、ならいいよ言ってやるよ。聞いてやるよ。

「俺の知ってる魔導司書共の魔導書とやらが……番傘や大薙刀やオカリナが……九つ全部お前さんの背後にある気がすんのは……気のせいか?」

「気のせいではないよ。きみの目は至って、正常だ」

 ……は、ははは。

 おいおいまさか。

「そろそろ、始めようか」

 アスタルテが詠唱を口にする。空気を蹂躙するような重圧が、無人の荒谷に迸ほとばしる。

 ──神蝕現象フエイズスキル【九つ連なる宝ほう燈とうの奏しらべ】──

 アスタルテの祝詞のりとが周囲に響く。

 その九つ連なるってのはよ。

 二席から十席全部ってことじゃあ……ねえよなぁ!?




 まどうししょ の アスタルテ が しょうぶ を しかけてきた !▼

(専用BGM『絢けん爛らん神域の紅孔雀~BOSS BATTLE ASTERTE~』)