拝啓母上さま。というかイブキさま。
未来に帰るため僕らは飛び立った、と思ったのですが悲しいかな死んでしまったのかもしれません。
気がつけば真っ白な空間、目の前には──
「何してんの」
いつの間にか失っていた意識が浮上すると同時、目に入ってきたのはTシャツ一枚の褐色の姉ちゃんだった。
懐かしいといえば懐かしい、そうでもないといえばそうでもない、そんな存在。
この世界の女神、クルネーア女史。
スタイル抜群で目のやり場に困るのと、プリントされている『カミガミ超会議』ってのがものっそい気になるんだが、はて。
「何してんのじゃないでしょおおおお!?」
「いや、なんでブレイクダンスしてんの」
「あんたほんとにさぁ!! 何考えてるわけぇ!? 珠片集めろっつったわよね!? 集めてねーし!! なんか過去行ってるし!! あんたのせいで運命の糸がぐちゃぐちゃよ!! どうしてくれんのこの馬鹿は!!」
「んじゃさっさと俺呼びつければ良かったじゃん」
「介入はそう簡単に出来ないっつってんでしょ!? 今回はあんたが時間
「俺のおかげだね」
「あんたほんっっっっっとうにどうしてくれようかしらねぇ!?」
頭でぐるぐる回る奴……なんだっけ、パワームーブ? をしながら叫ぶ褐色姉ちゃんクルネーア。
元気そうで何よりだ。この様子だと、どうにも俺は死んだわけではなさそうだ。
レックルスのゲートに巻き込まれて死にましたとか、切なすぎて天国のオカンにどう言い訳していいやら。
いやさっき会ってきたからその辺だいぶ不思議な気分ではあるが。
しかしあれか、俺が行きに気を失っていたのはこいつの介入があったからだったか。
「何そのほほえましいものを見る目は!! こっちがどれだけ大変だったか分かってないみたいだから言うけどね!! 現代に影響をなるべく及ぼさないだけでも大変なのに、記憶がダブる奴まで出てくるし
「ハゲてねえっつってんだろ!!」
「なんでそこだけは食いつくのよ!!」
どこまでも真っ白な空間の中で二人、ぎゃーぎゃー言い合ってると平衡感覚まで失いそうで困る。
それにしても前回もそうだったが、このふさふさの髪が見えねえのかこの女神は。グリモワール・ランサーⅢでボコボコにされてしまえ。
「時代っていうのはね! その時代の生物が手繰るものなの!! 未来から介入なんてして良い訳がないの!! そんなこと許したら世界がめちゃくちゃになる、なんてことも理解出来ないわけ!?」
「いやまあ、その道理よりも俺的に優先したいサムシングがあっただけだ。最初から時間遡行封鎖してないお前が悪い。それともなんですかー、どっかに時間遡行してはいけませんって書いてありましたかー!?」
正論ぶつけられたから鼻ほじりながら
「ああああああああああもう!! とにかく!! 過去にとってあんたみたいな奴は異物なの!! ほんとに余計なことばかりしてくれて……トム神様もなんだってこんな奴をこの世界に送り込んでくれちゃったのよぉ……!!」
「過去だろうが現代だろうが、俺ぁ異物だろうよ。やりたいようにやる。ついでに珠片も集める。それだけだ」
それこそ時代の者が手繰る歴史に俺使って介入してる身なんだから大目に見て欲しいところなんですけどねえ。どうにも、その辺の融通は利かないらしい。
珠片集めてやってるだけ感謝してもらってもいいんじゃないですかねー。
と、あ、そうだ。珠片っていやあ一個言ってやらな。
「そうだよ珠片だよ、本当にちゃんと集めさせたいならあのどうしようもねえ激痛どうにかしろよ」
「あれはわざとやってる訳じゃないの! というか、集めろっつってそんな試練与えてって、英雄とかいうマゾ共しかやらなくなっちゃうじゃない。ただでさえ信心薄そうな顔してる男にそんなことしないわよ」
「信心薄そうな顔ってお前な」
「事実でしょ」
「事実だけども」
あがめられてしかるべき女神という存在になぜここまでぞんざいに当たれるのかーとか一人でぶつぶつ言うクルネーア。
信仰持ってほしかったらその威厳のない空気感からどうにかしろよと言いたいところ。
しかし、英雄。英雄ねえ。
「関係ない話にはなるけどよ、この世界のたとえば、光の
「気まぐれってあんた悪意つよいわねほんっと」
「いや、ふと思っただけだよ」
英雄になりえる存在になら、こいつが試練を与えるかもしれない。
それがクレインくんの目指した道、グリモワール・ランサーⅡの世界で戦う彼らの物語の発端なのだとしたら、それはそれで興味本位で知りたいところではある。
「……なくはないけど、それは人類の歴史を途絶えさせないためよ。別に嫌がらせとかじゃないわ。話戻すけど、だから珠片を集めろっていうのも悪意とかないの。変に曲解しないでちょうだい」
「曲解も何も、危ないから集めろとしか言われてねえしな。あの痛みがどうにもならんならもう俺は手の施しようがないというか。まあいいよ集めるよ、しゃああんめえ」
「集めてちょうだい。それで、なんだけど」
ふう、と自らのつま先を睨みながら、クルネーアは軽くためいきをついた。
腰に当てた手が妙にお姉ちゃん感を醸し出している。どうでもいいな。
「……あんたが過去に行ったせいで、どうしようもなくなったことが二つあるわ。あとは、だいたい弄れたけどね」
弄れた?
女神さーん、それ出来るならさっさと珠片回収しろーい。
「出来ないっつってるでしょ。……一つは特定人物の位置情報。そのせいで、珠片の
「んで、二つ目は」
「吸血鬼共の台頭。……グラスパーアイを中途半端に刺激した結果、一大勢力になっているわ。どうするかはあんたの勝手だけど、この先どうしようもなく厄介よ。……珠片争奪、がんばってね」
「……え、なに、社畜ヘッド殺し損ねた?」
「吸血鬼相手にして
「マジかぁ……やっべえなおい。……ま、いいでしょ」
「なんでそんな偉そうなのよ!!」
うがー、と頭を抱えるクルネーアだが、なるほどそうか。
今回の過去介入で、かなり歴史が変わったのを……まあがんばって女神が最小限に押し
グラスパーアイ死んでねえってのが不穏だが……ラシェアンは大丈夫だったんだろうか。
「そういやユリーカは?」
「次元の狭間で話してんだから、現代に戻れば一緒でしょ」
「あっそ……まあいいや」
聞きたいのはそういうことじゃあねえんだけどな。
まあいいさ。いずれにしたってやるこたぁ変わらねえ。
「残る珠片は……まあ半分ってとこだ。何とかならあな」
「あんた三分の一しか持ってないでしょうが」
「知り合いが持ってるからな。モノクルハゲのは回収するが」
「……ああもう、とにかくとっととやってちょうだい。顔も見たくないわ」
「へいへい。ほいじゃあな」
……っつって帰り方分からねえ訳だが。
と、すぅと意識が薄れていく。なるほど、あんたが勝手にやってくれるのね。
さて、現代に戻ったら何をやろうかなあ。
「……珠片全部回収しなきゃ、あんた一人じゃ済まないから面倒なのよ……」
†
最初に知覚したのは、温もりに包まれた左手だった。
無重力空間にふわふわと浮いているような感覚がしたかと思えば、今度はぐんぐんと前に引き寄せられる。
正面には、まっすぐ向こうを向いた少女の姿。温かな左手は彼女に握られていた。
「……もうすぐね」
「ゲートの中ってこんなんだったのか」
「知らなかったの?」
会話の間も、彼女が振り向くことはない。
知っているか知らないかと言ったら知らないな。
だって行きは気を失っていたし、バーガー屋の普段のゲートは一瞬で通り抜けられるし。
それにしても、まるで動く歩道に立っているような気分だ。
足の感覚はないけれども。ワンチャン後ろ歩きしたら延々ここに居られるんじゃないか?
「……行くよ!」
「っと!?」
勢いよく腕を引かれてつんのめる。
同時に光の中へと飛び込んだ。
ぶわり、と全身を強く風が突き抜けるとともに、一瞬で視界が開ける。
足下に感じる確かな固さは、そこそこ高い位置から飛び降りたような感覚だからかずいぶんと
これは屈伸が必要だ。おいっちにーさぁんしー。
「……なに……これ……」
「あん?」
準備体操をしていると、心ここにあらずといった感じのユリーカの声。
顔をあげれば彼女は周囲を見回して絶句しているらしかった。
そういやここ、
ふっつーに荒野というか……谷?
周囲が切り立った
……拝啓母上さま。不肖貴女の息子は、タイムトラベルに失敗した模様です。
何度オカンに連絡してんだ俺。
「ん? でもあれ魔王城じゃね?」
「えっ?」
崖と崖の間。谷道の向かう先には、ついこの間見たものと同じ魔王城が浮いていた。
こっから見るとラスボスダンジョンの風格がやべえな。
ここ観光スポットにしようぜ。死体山ほどあるけど。
「じゃ、じゃあここ峡谷!? ……な、なんであたしたちこんなところに」
考え込むユリーカ。
「……ぉ……ぁ……」
「そこのハンバーガーなシルエットは……おい、バーガー屋じゃねえか!!」
その正体に気付いた瞬間、俺の身体は勝手に動き出していた。
駆け始めた俺に気付いてか、ユリーカも背後を振り向いて目をむく。
「え、レックルス!?」
「お……おう……悪い……ドジっちまった……」
「何があった! っつかテメエ無事かよお前腹からケチャップはみ出てんぞ!」
上体を抱き起こす。バーガー屋の目にはクマができていて、ついでに言やぁ腹でも何かに貫通されたのか血の量が
誰にやられたんだ、と言おうとして周囲を見れば、こいつ以外にも息絶えた魔族がわんさかだ。
何があったのかは分からねえが、何かあってバーガー屋までこんなことになってるってのは容易に想像がつく。
俺とユリーカとで両サイドから彼を見下ろすと、どこか穏やかな表情でバーガー屋は笑う。
「魔力の枯渇だけだ。こんくらいじゃあ死なねえよ……それより、帰らせることができて良かった……ユリーカちゃん、大丈夫か……?」
「あ、あたしは何ともないけど! な、何があったの!?」
己の重傷にあって、まず真っ先にユリーカの身を案じるあたり部下というかファンの
「……ヴェローチェさんの姿もねえが、どういう状況だ?」
「ヴェローチェの嬢ちゃんなら……お前ら引き戻すのに魔力全部使っちまったからな……俺が適当な場所に転移させた。ここは、やばかったからな……」
「ってことは……帰還には成功した、と……。お前ら地下牢に居たんじゃなかったのかよ……? で、この死体いっぱい幸せいっぱいみたいな状況は何なんだ!?」
「
ヤツ?
過去から戻ってくるなり衝撃展開すぎて若干
だが、あの強大な魔王軍を以てしてもやばいヤツとやらが──
「〝車輪〟に……〝鬼神の影を追う者〟か……。ふむ、当初の目的は達成出来そうで何よりだ」
声。あいにく俺はこの声の主に聞き覚えはなかったが、瞬間的に背筋が凍りつくのを感じた。
感じる重圧はおそらく覇気。振り返れば、〝下手人〟がいる。
それを理解した俺の動作は、自分で想像していた以上にゆっくりで。
「……誰!?」
そんな俺とは違い、ユリーカは慌てて背後を振り返る。
反射神経の良さというか、このレベルの覇気でもものともしねえ辺りは尊敬に値するぜ全く。
努めて冷静を装って、バーガー屋を横たえつつ俺も上体を声の主に向ける。
そこにはたった一人、死屍の丘に
悠然と、そして
「さすがは四天王、よく粘ったというべきか。〝車輪〟を呼び出してくれるとは好都合。……〝鬼神の影を追う者〟まで呼んだのは予想外だが、まあ前衛一人が二人になろうが、