「武術の才能はありそうだ。同じ妖鬼として、鍛えてやりたい気持ちがある。あたいもそろそろ山に帰ろうと思ってたからねえ……会いたければジャポネの山に来ればいいし……どうだい?」

「……え、や……それは……」

 言葉を濁すシャノアール。

 と、割って入ったのはユリーカだった。

「ちょ、ちょっと待って。タリーズだってせっかく喋しやべれるようになりそうなんだし、それに……人間の寿命は短いし……引き離したらかわいそうよ!」

「それもあるんだよユリーカ。シャノアール……あんたの寿命がきたらその子どうするんだい」

「ぁ……」

 ユリーカが言葉をなくす。シャノアールは相変わらず考え込むように俯いたままだ。

 傍観に徹するシュテンはイブキを見据えたままで、そのイブキはといえば指を立ててシャノアールに言葉を続ける。

「身寄りもない、力もない、魔導に弱い。そんな状態のままのタリーズだ。今回だってそういうことがあったから起こったんだろう? あたいはちぃとお節介でね……こういうことは放っておけない質たちなんだ。……それに」

「……それに?」

「今のこのタリーズ……こんなちっちゃいのに良い子じゃあねえか。最高に愉快なものを感じたんだよ。状況見てるだけで分からぁな。喋れなかったんだろう? それを、父の礼を言うという目的の為だけに克服してみせた。……かっこいい、妖鬼じゃねえか。あたいは、そういう奴が好きなんだ」

 言葉を重ねるイブキ。

 その表情は晴れやかで、その視線はまっすぐタリーズに向いていた。

 と、そのタリーズは。イブキの瞳を真っ正面から受け止めると、彼女を抱き止めていたままのシャノアールの手をそっと下ろしてから、彼に振り向いた。

 しゃがんで彼女を受け止めていたままの彼とタリーズは、同じ視線の高さで見つめあう。

「……タリーズ?」

「……ぁぃ、がと!」

「っ」

 正面切っての、笑みとともに放たれたその言葉。絶句するシャノアールの頰に、さらに不意打ち。温かなものが触れたかと思えば、ぱたたー、とイブキの方に駆けていった。

「あっはっは!! ほんとうに、お前さんらは良い親子だったんだぁねぇ……!! ますます気に入ったよ……タリーズ、お前が親父を守れるくらいに鍛えてやるからな!」

「……」

 無言で頭を下げるタリーズに、シャノアールは呆ぼう然ぜんとしていて。

 その肩をポンとたたく、シュテン。

「随分と早い親離れで戸惑ってんのか?」

「……あ、あはは……。いや、まあ……うん。弱みになるのは、確かだけど。それをタリーズに意識されてしまったのが、敗因かな」

「敗因じゃねえよ」

「ん?」

「最高の親子だ。たまに顔見せに行ってやれ。ありゃ親離れじゃねぇ……お前の娘として誇る為の行いだ。偉大な父を持って、自分もがんばりたいって思った子の姿だ。胸張って、父として偉大であり続ければいいさ」

「……それは、とても……荷が重いなぁ。このボクでもね」

 参った、とばかりの笑みとともに、シャノアールはイブキとタリーズを見つめる。

 さっそく徒手格闘の構えを、拙いながらも取っているタリーズを見てため息を吐いた。

「十年もすれば、吹き飛ばされる気がするよ」

「魔導で蹂じゆう躙りんしてやればいい」

「それは大人げないとかの域を超えていないかい?」

 からからと、笑い合う。

 シュテンはシャノアールの隣に腰を下ろし、しばらくの間、タリーズの一生懸命な体術を眺めていた。

 そんな二人の後ろで、ユリーカはぼんやりと彼らを見つめながら物思いに耽ふける。

 もう、これで最後なのだと。

 楽しい思い出も、全部、全部。

 やりきれない思いもあれど、しかしそれは仕方のないことだ。

 そんな切ない気持ちでぐしゃぐしゃになりながら、ぼんやりしていたその時だった。

「……ぁ、ぁの」

「ん?」

 振り返れば、一人の童女。

 ふと、ユリーカは息をのんだ。それも仕方がない。彼女は自分自身なのだから。

「ママ……なの……?」

「ええっと……」

 困り顔で頰を搔かく。

 自分が母だと思っていた人物は、実は自分で。そんなことになっているからこその、戸惑いだった。

「何してんだ?」

「おや、ああ彼女はもしかして……」

 くるりと、シャノアールとシュテンが振り返る。

 彼らの目に映るのは当然ながら親子ではなくビフォーアフターだ。シャノアールは何かを察したらしく手を打って、シュテンはと言えば何故彼女とユリーカがコンタクトを取っているのか分からないから疑問符だ。

「あれ、なんでユリーカとユリ──」

「あ、あたしユーリカだから! ね!? そういうことで!!」

「ユリーカとユーリカってアホほどわかりにくいんだがそれでいいのかおい……」

 慌てて童女ユリーカの方を見れば、目の前のハハオヤモドキが同名だとは気付かなかったようだった。ほっと一息入れつつ、ユリーカはふと思い立って童女ユリーカの前にしゃがみ込む。

「ねぇユリーカ。このシャノアールお兄さんに付いていける?」

「シャノアール、おにいさん?」

「んん!? どういうことだいユリ……じゃなかったユーリカちゃん!?」

 イブキに続き、突然の提案に困惑するシャノアール。

 だがユリーカの瞳ひとみはいたって真剣で、だからこそ意図が摑つかめなかった。

「そうすればまた会えるから。ね?」

「ほんと?」

「うん」

 ユリーカと童女ユリーカの間でまとまりつつあるそんな話に、男二人は説明しろとの視線を送り続けている。彼女は肩を竦すくめると、まずはシャノアールに視線をむけた。

「あたしは自力で強くなれる。だからシャノアールの足手まといにはならないし……」

 と、シュテンと目を合わせて、いたずらっぽい笑みを浮かべて。

「……魔王軍に居なくちゃ、あたしシュテンに会えないから」

「……おま」

 ちろりと舌を出したユリーカの台詞せりふに、シュテンは盛大なため息を吐いた。

 いいかしら、と続けてシャノアールに問いかければ、シャノアールも消化不良ではありそうだが頷うなずいた。

「ユリーカちゃんならまあ大丈夫だろうけれども……ユリーカちゃんはそれでいいのかい?」

 シャノアールの視線が横へスライドする。見据えられた童女ユリーカはと言えば、くいくいとユリーカのスカートの裾すそを引っ張った。どこか耳打ちでもしたそうな彼女に応えてユリーカがしゃがみこむと、童女ユリーカは少々恥ずかしそうにしながらもぽつりと言った。

「シャノアールおにいさんに付いていったら……パパのお嫁さんになれるかな」

「あ、あはは……」

 ちらちらと、童女ユリーカの視線は思いっきりシュテンに向かっていた。

 ユリーカ自身も頰を搔きつつ、それでも彼を一いち瞥べつしてから。

「なれる……かもね。じゃあまずは強くなること」

「うん! あたしがんばる!! がんばって、パパに会って結婚する!!」

 そっとユリーカの耳から顔を離すと、童女ユリーカは満面の笑みでシャノアールの下に向かった。そんな彼女の背中を見ながら、ユリーカはつぶやく。

「子供って大胆だなー……でもなんか……やっぱりあたしだなー……」

 よろしくお願いします、と頭を下げる童女ユリーカに頷いて、シャノアールは腰を上げる。

 ぽんぽんと草を払い、ゆっくりと立ち上がったシャノアールは、全員をぐるりと見回してから。

 どこか清々しい笑顔とともに、一歩、踏み出した。

「そろそろ、行くよ」

「タリーズは、いいのか?」

「彼女はまた会おうと思えば会える。それなら頑張れる。このボクはね」

「そうか」

 その背に、ぱたぱたと翼を動かしながら童女ユリーカは付いていく。

 時折シュテンとユリーカに振り返って手を振る彼女は、二人に振り返されるととても嬉しそうで。

 少し距離を取ったところで、シャノアールはイブキとタリーズの方に身体を向けて、叫んだ。

「イブキさん! タリーズを、頼みます!!」

「任せろ!! あんたの娘に恥じないよう鍛えておいてやる!! たまには来い!!」

「……っ!」

 大きく頭を下げて、それからシュテンたちの方を見て。

「別れは辛いが……きみたちとはこれで最後だ。ほんとうに、ほんとうにありがとう!!」

「楽しかったぜシャノアール!! かっけえ奴に……歴史に残る奴になれよ!!」

「ありがとー! ほんっとに……あり……がと……!!」

 それを最後に、シャノアールは一つ笑うと。

 童女ユリーカの頭にぽんと手をおいてから、何事か唱えて。

 すぅ、と粒子となって消えていった。

「……行っちゃった」

「まぁ、そうなるわな」

 最後まで手を振っていたユリーカが、しんみりとそんなことを言って。

 同じように彼の消えていった方角を眺めていたシュテンが、簡単に応えた。

「さて、あんたらはどうするんだい?」

 相変わらず活気満点の声に振り返れば、腰に手を当てたイブキと。寂しそうにシャノアールの消えていった方角を見つめるタリーズの姿があった。

 その近くでは、何故か堕天使たちと意気投合したらしき一号が仲良く会話している。シュテンの視線に気付いたか、一号はとことことやってきた。

「しばらくの間逗とう留りゆう認めてくれるそうっすよ」

「あ、わざわざそれ話してくれてたのね」

「や、そりゃあ!」

 ぽりぽりと頭を搔く一号に苦笑して、ユリーカとシュテンは顔を見合わせる。

 どうすると言われても、目的は特にない。

 だがだからといって無為な毎日を過ごすなど、シュテンの魂が許さない。

 ふむ、と腕組みをしたその時だった。

 バリバリ、と凄すさまじい電撃の音がしたかと思えば、草原の中央に黒い球が出現した。

 それはまるでブラックホールのように広がりながら、ところどころに稲妻を走らせる。シュテンはそのホールに、そこそこの見覚えがあった。

「……ゲート?」

「あ、兄貴なんっすかこれ!?」

 ちょうどシュテンとユリーカの目の前。

 レックルスがよく使うゲートと似たようなものが展開され、シュテンが二人は入れそうなサイズにまで拡大される。

 だがレックルスのゲートに、こんな禍まが々まがしい紫色の稲妻が走っていたような覚えは、シュテンにはない。

「誰かくんのか?」

「……違う」

「あん?」

 であれば他人のものだろう、と考えたシュテンの言葉に対し、ぽつりと呟つぶやかれた否定。隣をみれば、啞あ然ぜんとした表情でゲートを見つめるユリーカの姿。

「違うってのは、なによ」

「レックルスのゲートは普段確かにこんな稲妻走ったりしないけど……過去に来る時を思い出してよ……」

「……え、まさかこれレックルスの迎えのゲート? 早すぎねえ?」

「ちょ、兄貴!? 一体全体何が起こってるんっすか!?」

 慌てる一号。背後ではイブキも訝いぶかしげな表情。奥の堕天使たちの間にも騒然とした波紋が広がっている中で、シュテンは顎あごに手を当てて思考する。

「もし迎えのゲートなら飛び込む他ねえな。一号、オカン、タリーズ。悪わりぃが、俺たちもお別れの時間だ」

「ええっ!?」

「……そうかい」

「……!」

 三者三様の反応を見せた彼らに対して手をあげて、シュテンはそのゲートに足を踏み入れようとして、その腕を止める少女。

「待って。おかしい。こんなタイミングにレックルスがゲートを発動したとしたら、きっと向こうで何かがあったとしか思えない。……一緒に行く。バラバラに入って時間差とかあったらしゃれにならないし」

「……そうだな。よし……じゃあな、お前ら!!」

「あ、兄貴!!」

 離すまじとシュテンの手を握ったユリーカ。

 そこで、どこか悲壮感漂う表情の一号が目に入る。

 あまりと言えばあんまりな別れだ。

 シュテンはふ、と口角をあげて、一号やイブキ、タリーズに視線を向ける。

「そろいもそろって鬼がなんつー顔してやがる。……オカン、マジで魔導には気をつけろ。いつか洗脳系の何かを使って山を襲う連中がいるかもしんねえ」

「……あいよ。ま、またどうせ会うさね」

「タリーズ。きっちり鍛えてくれよ。いつか会おうな」

「……」

「一号。……お前、きもいぞ」

「兄貴ィ……!!」

 シュテンの言葉に頷いたタリーズとイブキ。

 その二人とは別に、一号は覚悟を決めたような表情でシュテンにむきなおった。

「兄貴……、今生の別れとは思いませんが……オイラ、あんたに言ってなかったことがあるんっすよ」

「なんだ突然」

「いや、ここで言うのもあれなんっすけど……こう、一つ許可というかっすね。なんかこう、いただければと」

「だからなんだよ」

 じれったい一号に、シュテンは首を傾げる。ゲートが閉じればおじゃんだ。

 そう考えると、一刻が惜しい。シュテンの右手を握るユリーカの力が強くなっているのが、その証左だった。

 が、一号の言葉はその斜め上を行った。

「兄貴は……ずっとずっっとカッコよかったっす! そんなカッケエ兄貴のことを、オイラはいつか越えたいと、思ってるっす!! ……オイラ……オイラ……実は本名、兄貴と同じなんっすわ」

「え」

「けど、シュテンってぇ名前は酒さけ吞のみ野郎って意味だ……オイラはあまり名前が好きじゃなくて……一号ってえ名乗ってました。兄貴の名前がシュテンと聞いて……オイラ、やっぱり名乗りたくなったっす。最強の妖よう鬼きシュテン……オイラぁ豪鬼族ハイオーガっすけど、兄貴の背に憧あこがれたんっすわ。だから、オイラはシュテンになりたいんっす!」

「……へえ」

 シュテンは、何を言うでもなく笑って、親指を突きだした。

「いいんじゃねえの! 元々お前さんの名前に文句つける理由はねえ! 期待してんぜ、シュテンさんよ!!」

「はいっす!!」

 気合いを入れる一号に、改めてシュテンは頷いて。

「じゃあ行くぜユリーカ!」

「うん、みんなバイバイ!!」

 ユリーカとともに、ゲートの中へと飛び込んだ。

 その先で、何が起こっているのかはまだ、分からない。