「母様、父様、レティシア、お嫁に行くことになりました」
サリア神殿で、ヴェールを被った五歳のレティシアは、ひざまずいていた。
本当はレティシアは、父様と母様の霊廟にずっといたいけど、新王の叔父様がそれを嫌がるのでできない。
さすがに、輿入れ前の姫君として、女神の神殿で祈ることくらいは許される。
「ディアナの王弟殿下フェリス様という方です。どんな……」
どんな方でしょう? と言いかけて、やめた。
ただでさえ、一人、地上に残したレティシアを、心配してるであろう天の父様と母様が、さらに心配してはいけない。
「みんな、いろいろ噂するけど、フェリス様、きっといい方だと思います」
変人だとか、人嫌いだとか、引き籠りだとか。
ううん。
そんなこと、たいしたことじゃない。
レティシアだって、不気味だとか変な子だとかおかしなことばっかり言うって、言われてるもの。
きっと、フェリス様とレティシア、変人同士、二人あわせていい感じだもん!
気を強く持とうと、レティシアは、サリアの女神様の優しい御顔の像を見上げる。
サリアの女神様ともお別れだ。
ディアナは竜神レーヴェ様の国だ。レティシアも、竜の神様のところの子になる。
「サリアの女神様。……神様が違っても、天国で、母様と父様に逢えますか? 逢えますよね?」
でも、前世の父と母にも逢えてない。
そもそも今度死んだら、レティシアは何処に行くのだ? と異世界から生まれ変わってきた身としては、だいぶ不安だ。
「母様、父様、フェリス様のことはまだあまりよくわかりませんが、レティシアがお嫁に行ったら、ディアナとサリアの縁が深くなり、レティシアは、とてもサリアのお役に立つそうです。それは嬉しいです」
レティシアに意地悪だから、というだけではなくて、なんだか叔父様、様子がおかしくて、サリアの治世が甚だ不安だけど、王家に生まれた娘として、少しでもサリアの役に立てたら嬉しい。
「父様、母様、レティシア、人見知りだけど、フェリス様と仲良くできるように頑張りますね。父様と母様みたいになれるように……」
ホントは、そんなことは無理だと思ってる。
父様と母様みたいになれる訳ない。
十七歳のフェリス様は、きっと五歳のレティシアなんか嫌で、レティシアは物語に出て来るお飾りの妃になってしまうのでは? と。
でも、父様と母様には、それは内緒。
自分たちがレティシアを一人にしたから、と天上で二人がお嘆きになってはいけない……。
まだ見ぬフェリス様も、こんなちびのレティシアがお嫁さんで可哀想だと思うので、お飾りの妃でもいいから、叔父様たちみたいに、あんまり意地悪しないでくれたらいいな。
隅っこにでもおいといてくれたら、忘れられた妃として、レティシア、こっそり幸せに暮らすから……。
できるだけ、フェリス様の迷惑にならないようにするから……。
「どんなところなのかな、ディアナ……」
まだ見ぬ婚約者殿が、姫君のドレスなんて、あればある程いいのでは? と女官も呆れるほどレティシアの衣装を用意させていることも、くまのぬいぐるみは気に入るだろうか? と有名な工房にふわふわのくまのぬいぐるみをオーダーで作らせているとも、小さな女の子というのはいったいぜんたい何を食べるんだ? 何が好きだろう? とディアナ王宮で執務をとりながら随身に尋ねて随身を驚かせているとも、夢にも知らないサリアのちいさなお姫様はたった一人で、サリア神殿で、見たこともないディアナへの旅立ちを待っていた。