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「陛下。……ディアナに潜り込ませていたこちらの鼠が、また捕らえられてしまいました。またしても、あの王弟めが……何という忌々しい男でございましょう」

「それはあの男が有能なのか? それともこちらの鼠が無能なのか?」

不愉快そうに、玉座からガレリア王が下問した。

「もうすぐ結婚式であろうに。あやつには婚姻に浮かれるという人間らしい心が足りぬ」

「花嫁は、僅か五歳の姫とのこと。政治的にも程がある婚姻と哀れがられております」

「それはそちらの趣味の者であれば大層な幸運だろうが、あんな人間味のない男には、どんな美姫も意味はあるまい。こちらから潜り込ませたどんな美姫にも靡いたためしがないではないか。女にも金にも地位にも動かぬ男ほど、この世で扱いにくいものはない」

ガレリアの王ヴォイドは、当年とって三十六歳。ガレリアはフローレンス大陸の左の端に位置する。ヴォイドが父の死後、王位を継いで在位五年。

ヴォイドの即位を祝った頃のディアナ王弟フェリスは十二歳で、まだ可愛らしい少年だった。

成長するにともなって、ちっとも可愛げはなくなった(もとからなかったという話もあるが)。

「フローレンス大陸で、一番美しい王弟殿下」と謳われるあの美貌の男が、一分の隙もなく、あの虫も殺せぬような白い手で、ディアナという国を守護している。

あの男がいるかぎり、商売でディアナ商人を騙して搦めとろうとしてもうまくいかず、僧たちが宗教で国民を勧誘しようにも、ディアナは国中が、あの美貌の王弟と同じ貌の竜神レーヴェを熱愛する御国柄である。

フローレンス大陸でもっとも豊かな国ディアナ。

ヴォイドは労せずして、その富が欲しい。

あの美しい王弟殿下は、何故、ディアナをその手に欲しいと思わないのだろう。

いまだとて、実質、ディアナの産業、軍事、魔法、守護、ほとんどのことにフェリスの手が入っているのに。

一生、兄の影で兄を支えて、あれほどの男が、それで満足なものなのだろうか?

「あれは聖人か何かなのか? あれだけ国民人気もあるんだから、うまくこちらの誘いに乗って、ディアナ王位を狙えばよかろうに」

「陛下、あれこそは、民を惑わす邪神レーヴェの化身でございます」

紫の僧衣を纏ったガレリアの大司教が重々しく述べる。

「邪神のな……」

ヴォイド王は大司教の言葉を繰り返す。ヴォイド王はガレリアの神とてそれほど信じてはいない。魔法もたいして好きではない。どちらも怪しげなものだと思っている。

もっとも好んではいないが、どちらもこの世界で、非常に権威と力のあるものだから、高僧も魔導士も厚遇はしている。

故に、竜の神に愛された国で、自国の竜神そっくりといわれる氷のような美貌の、意味不明に堅物な男の気持ちなど、さっぱりわからない。

ヴォイドがフェリスの立場なら、ディアナを自分のものにしたい。

「この世に正しき神は我らがリリア神のみ。レーヴェなど、神ではなくただの野蛮な竜。ただの呪わしき獣。それを神として千年も祀るなど、ディアナ王国は千年もの長きに渡って、道を誤っているのです。嘆かわしいことです。気高きリリア神の導きをもって、我らが陛下が、あの迷える者たちを正しき道に戻してやらねばなりません」

「ディアナの民は、いまも竜神レーヴェを愛してやまぬと言う」

「まやかしです」

「竜神レーヴェそっくりと言われるあの王弟フェリスが、この上もなくめでたき結婚式に、この世から消え去ったら、ディアナの民の哀しみやいかばかりや?」

ディアナ国民には精神的にも打撃だろうが、実質的にも打撃であろう。

あれがいなくなると、こちらとしては、ディアナに対していろんな仕掛けがやりやすくなる。

水は低きに流れるものだから。