姫君の希望

「レティシア様、お食事の為のお召し替えを」

部屋で一人で、くまのぬいぐるみとお喋りしていたら、女官長のサキにそう言われた。

「え? 私も?」

そうか。

レティシアは出かけてないけど、やはり晩餐の為に着替えるべきなのか。

「はい。きっと、フェリス様が喜ばれますわ」

「そーかな?」

フェリス様が喜ぶかどうかはわからないけど、丁寧に作って頂いたお食事と、晩餐相手のフェリス様に礼節を欠いてはいけない。

「明日は、レティシア様のドレスの注文をしようと、フェリス様が仰っておいででした」

「ドレスはたくさん持って来たよ?」

さすがに、婚礼の荷物は作って貰えた。

レティシアへの愛情ではなく、サリアの国としての威信をかけて。

「もちろんでございます。ですが、こちらの家でも、花嫁様をお迎えした喜びとお祝いを込めて、新しい女主人の御衣裳をたくさん仕立てるのが、当然のことでございます」

「そうなの?」

でも、何と言っても、成長期なので。

あんまり、たくさん仕立てて頂いても、全部着れないうちにサイズ変わるのでは、と心配。

サリアから持って来たドレスも、そんな気持ちでぼんやり眺めていた。

お母さまと一緒に楽しく、結婚にわくわくしながら選んだ婚礼道具、とかではないので。

何というか、あまり、思い入れがない。

たくさんあったから、頑張って、サイズ変わらないうちに着なきゃ、仕立ててくれたお針子さんに申し訳ないくらいだ。

「はい。フェリス様は趣味がよくていらっしゃいますから、きっとレティシア様に似合うものを選んでくださいますよ」

「フェリス様が選んでくださるの?」

そんなことまでして下さるんだろうか。

それはだいぶ、夫というより、保護者マインド入ってるのでは……。

「今日は王宮で、お喋り好きの御婦人に、祝いの言葉とともに、貴婦人方のあいだで流行っている仕立て屋まで薦められたよ、と笑っておいででした」

「! そうですね。私があまりおかしな恰好をして、フェリス様に恥をかかせてはいけませんね」

ぼんやりしていたけど、衣装はやはり貴婦人たちにとっては、戦闘道具。

そこは、きっと手を抜いてはいけない。

ああでも……。

「もうちょっと、大きくなりたいな、早く」

ぽつり、と思わず知らず、呟いてしまう。

着飾ってフェリス様と並んだところで、いまの姿じゃ、ちいさすぎて、花嫁になんか見えないと思う。

よくて、似てない可愛い兄妹……。

めっちゃ兄が美形で、妹やや残念的な……。

「まあ、レティシア様。お急ぎにならずとも、すぐに成長されますよ。これから美しい花が咲くように、レティシア様は、どんどん綺麗になられます」

優しい母親のように、サキがレティシアを慰めてくれる。

「そうかなあ……」

綺麗になれるかどうかは、この際、ひとまずおいといて。

十歳くらい、大きくなりたい。

だって、なんて言うか、並んだときどう見ても変だもん!

優しいフェリス様が、嫌味な宮廷人に小さい花嫁のこと影であれこれ言われないように、レティシアが一晩でめきめき成長できないかなあ……。

レーヴェ竜王陛下、何とか、お願いできないでしょうか……?

(新参なのに、無茶を申しすぎでしょうか……)

飾り罫線

「レティシア、支度はできた?」

「はい、フェリス様」

お夕食のドレスは、こちらの薄紫のオーガンジーのドレスに致しましょう、とサキが選んでくれて、レティシアはそれを着た。

着替え終わるころに、フェリスが部屋まで迎えに来てくれた。フェリスもまたゆったりした薄紫の衣装に着替えていたので、サキはそれにあわせたドレスを選んでくれたらしい。

「あ、竜王陛下」

竜王陛下のタペストリーの前を通りかかると、思わず、御祈りしてしまう。

竜王陛下、おっきくしてっ。

十五歳くらいがいいけど、せめて、ちょっとでもこの身長伸ばしてくださいっ。

(何処の神様にも、つい、御祈りしちゃう日本人の癖が抜けない……)

「レティシアも、レーヴェが好き?」

なんだか苦笑気味に、フェリスが問う。

竜王陛下そっくりの生身で。

「……? はい。ディアナの皆さんのお話聞いてたら、なんだかまるで、竜王陛下って隣にいらっしゃるみたいだな……って」

ディアナ人はまるでいまもレーヴェがそこにいるように話す。

宗教色が強い国は他にもあるのだが、ディアナの竜神信仰は一種独特だと言われている。

「隣にいそうな竜王陛下に、何をお願いしてたの?」

「………。おっきくなりたいなって。フェリス様と並んでおかしく見えないくらいに……。私、小さすぎて、すみません……」

「……? 他の子を知らないけど、レティシアの年代としては、べつに小さくないのでは?」

「でも、私のせいで、フェリス様が笑われたりしたら、申し訳ないなって……」

「………?」

んんん? とフェリスは、屈んで、レティシアを覗き込む。

「ん? 僕の花嫁を笑うような勇敢な馬鹿がいたら、顎を砕いてあげるよ」

「フェ、フェリス様」

剣より花が似合いそうな優雅な容姿から、思わぬことを言われて、レティシアは吃驚する。

「大丈夫。僕より強い者なんて、たぶん噂好きな宮廷人にはいない」

「え? そうなんですか?」

「うん。僕は弱っちい、いじめられっこだったから、途中で腹が立ってきて鍛えたんだ。要するに、誰よりも強ければ、悩む必要ないんだな、と思って。剣でも大概の者には負けないけど、魔法の方が得意だな」

「魔法」

それはまあ、なんて綺麗な魔法使いだろう。

「そうだ。レティシアの魔法の授業も必要だね」

「ディアナでは、普通に、魔法の授業があるのですか?」

「うん。サリアにはないの?」

「ありません。サリアでは、王族や普通の民は魔法を使えません。魔法を職業とする方のみです」

「なるほど。それで、レティシアは、いろいろ定まってない感じなのかな? 魔法の授業も、受けてみるといいよ。おもしろいから。レティシアはとても素質あると思うし」

「わあ……!」

それは! ちょっと! 楽しみかも! 魔法の授業!

「うん。よかった。レティシアが笑った」

「……え」

レティシアの金髪に、フェリスの手が触れる。

「レティシアは笑っているほうが可愛い」

「フェリス様……」

「それに僕こそすまない。レティシアをエスコートするのに、ちょうどいい背丈でなくて」

「いえ、それは、フェリス様の責任では……!」

ぶんぶん、レティシアは首を振る。

「同じことだ。レティシアが小さいことも、レティシアは何も悪くない。そんなことを詫びないでくれ。ああ、それに、レーヴェにお祈りしても、レーヴェは大雑把な男だから、背丈なんて繊細な悩みはわからないと思うよ」

「そ、そうなんですか?」

「うん。だって、レーヴェ、本体、竜だし。人の形や、美醜への拘りも、そんなにわからないんじゃないかな?」

「そっか……」

本体、竜だし。

と言われると、何となく納得。

何が納得なのかは我ながら謎だけど、偉大な竜王陛下を、お友達みたいに語るフェリス様が何だか可愛くて、思わず、笑顔になってしまう。

そして、うちの推し様、意外に武闘派? でもあるらしい。

「レティシアは、そのままでじゅうぶん可愛らしいから、そんなに急いで大きくならなくて、大丈夫」

それはべつにフェリスが小さい子を好きなわけではなくて、レティシアの気持ちを気遣ってくれてるんだなあ、とわかる。

(人を勝手に大雑把な神様にして、可愛い子口説いてやがる、うちの子孫)

とでも言いたげに、タペストリーの中の竜王陛下が微笑んでいた。