Someday My Prince will come.
いつか、私だけの王子様が、私を迎えに来てくれる。きっと、女の子なら誰だって夢に見る。
何も、ヨーロッパの王族の王子様と出会いたいと思ってたわけではない。アラブの王子様と出会いたかった訳でもない。
ごく普通の日本人の、ごく普通の優しい男の人と出会いたかったなあ……。
あたたかい家庭とか作りたかったなあ。
勉強ばかりしてたから、料理も掃除もそんなに上手じゃないけど。
車道に飛び出した迷子の犬を庇って車に轢かれて(だいたい死因も我ながらどうなの)、意識を失うなかで、そんなことを思ってた。
わんちゃんを庇ったのは、考えるより先に勝手に足が動いちゃったので、後悔してないけど。
お父さん、お母さん、ご先祖様、次世代に、我が家の遺伝子、渡せなくて、ごめんなさい。
ねぇ、神様。
だいぶ元いた世界とは違うのですが、こんなに高速で生まれ変わらせて頂いて、文句を言ったら、申し訳ないとは思うのですが……。
私の希望は、あたたかい普通の家庭です。
普通です。
普通の家庭。
ここのところが、ものすごく見落とされてる気がします。
どうか、再確認をお願いしたいです。
王子様は待ってましたが、あんな凄い派手な顔の、間違いなく本物の王子様、どう取り扱っていいのか全くわかりません。ゲームの美形キャラもびっくりです。
そして、ゲームの美形キャラと違って、ぜんぜんオレ様な王子様ではありませんが、なんだかちょっと変わった方です。
こちらが絵にかいたような美しい姫君でないのが、心苦しいです。
でも、レティシアとしてはうんと年下だけど、私はフェリス様よりお姉さんなんだから。
縁あって、このたび、家族になることになった、あの綺麗な王子様を守ってあげなきゃ。
なんだかね。
フェリス様、晴れた日の青空みたいな、綺麗な碧い瞳をしてるんだけど、ちょっと寂しそうな瞳なのよ。
十七歳なのに、何かちょっと世の中諦めたような、世捨て人みたいな様子はもったいないと思うの。
もっとリア充していいと思う、フェリス様……。
でもこれ、私(雪)がおばさんになったってことかなあ……。
べつにもともとの日本の高校生だった雪が、十七歳のときだって、それなりに世の中を諦めてたから。
異世界の美貌の王子様に、余計なお世話なこと思っちゃうのは、老けた証拠かも?
老けるも何も、レティシアとして生まれ変わって、やたら若くなってるけれど……。
「……姫様? レティシアさま?」
ああ、誰か呼んでる、きっと朝が来たんだ。
起きなきゃ……。
「レティシア様」
「はい」
レティシアは、まだ眠い瞳をこする。
なんだか夢を見てたような気がする……。
「お起こしして、申し訳ありません。
「えっと……悪い夢……ではなかったと思うのですが」
内容は覚えてないけど、悪夢ではなかったような……?
ああ、なんだか、ちょっと困ってたような気は……。
眠る前に、図書宮の鍵をくれるなんて、なんていい人なんだ、フェリス様!
とびきり美人な上に、いい人!
もしかして、神……? と感動しつつ、大事にくまのぬいぐるみと黄金の鍵を抱いて眠った。
でも、あんなに何もかも持ってそうな人なのに、何だか寂しそうなのはなんでなんだろう……と。
フェリス様のことを考えてたから、フェリス様の夢だったような気も……。
「まあ。よい夢だったら、お起こしして、申し訳なかったです」
女官がカーテンを開けてくれると、柔らかい太陽の光が零れてくる。
よく手入れされた、いいお部屋だなあ。
サリアにいたときのレティシアの部屋は、こんなに日当たりよくなかった。
「いえ。朝ですから」
年若い女官がすまなそうな顔をしてるので、レティシアはぶんぶん首を振った。
この女官、初めて見る。
ずいぶん若い。
「お初にお目にかかります。フェリス様から、レティシア様の身の回りの世話を仰せつかりました。リタと申します」
綺麗な黒髪のリタは、十五、六歳くらいだろうか? 大役を任された誇りで瞳が輝いている。
「昨日まではレティシア様の御身が、王宮の女官お預かりでしたので、いろいろと自由が利かなかったと思うのですが、これよりは、私共の女主人として、安心してお過ごし頂けるようにお仕えします。ささやかな身の回りのことはこの私に、難しいお悩みは女官長のサキにご相談ください」
「こ、こちらこそ、よろしくお願い致します」
正式にご挨拶頂いたので、レティシアも、ベッドの上で、思わず正座して、三つ指ついてしまう。
(国が違う)
白い寝巻姿ではあまり恰好がつかないが。
それにしても、昨日も思ったが、夜着もとても可愛い。レースが幾重にもつらなってて、寝る為だけなのがもったいないくらい。
まあフェリス様とレティシアでは、現状、そんな進展はまるきりないけど、いちおう花嫁用の御寝巻きだからとっても可愛いのかなあ。
「いえいえ、姫様。姫様に頭を下げられては、私が困ります」
「と言われましても……」
もちろん、レティシアがフェリス様の花嫁になるんだから、当然、フェリス様の半身として、シュヴァリエ公爵夫人となるわけだ。
シュヴァリエ家の女主人として。
五歳にして、公爵夫人。
レティシアが、公爵家の女主人。
ぴんと来ない。
ちっとも。
中身は二十七歳相当だけど、見た目は五歳だよ、五歳。
名探偵みたいに賢くもないよ。
無理、あるよ、だいぶ。
「うー……」
三つ指ついた小さなレティシアの隣には、フェリス様が贈ってくれた大きなくまのぬいぐるみ。
だいじょうぶ? と言いたげに、図書宮の黄金の鍵を抱えて、レティシアを覗き込んでいる。
そのくまのぬいぐるみの存在に、ちょっと和んだ。
(大丈夫だよ。あなたは私に属するものになるんだから、必ず私が守る)
まちがいなく優しい、美しい王弟殿下の声を思い出して。

「わあ……」
宮殿の廊下を歩いていて、見事なタペストリーにレティシアは瞳を奪われる。
「あれ、この方、なんだか……フェリス様に似てる……」
壮麗なタペストリーの中で、剣を持って戦う若い美貌の剣士が、フェリス様によく似ている。
絵の中の剣士は、黒髪だけれど。
こんなに立派なタペストリー絵巻として、ここに飾られてるんだし、フェリス様のご先祖の王族の方なのかな……。
「この御方は、ディアナの創始の竜王陛下にて、我が国の守護神、レーヴェ様です」
「え! ディアナの神様!」
ディアナは竜の加護を受ける王国。
なので、幾多の苦難の時あれども、人の子の力では、誰もディアナを奪えない。
吟遊詩人たちがそう歌っていた。
強国ディアナと言えども、代々の君主がすべて賢君でも名君でもないのだが、その隙に乗じて、誰かがディアナを手に入れようとすると、必ず邪魔が入って叶わない。
ディアナを侵そうとした者が、必ず、ひどいめにあう。
だから、皆が歌う。
眠れる気まぐれな竜王レーヴェは、いまもディアナを守っている。
気に入らないものがディアナの地に入ることを許さない、と。
「はい。まがうことなきフェリス様のご先祖です」
「創始の王というと、何世代も前の方だと思うのですが、フェリス様のお兄様かお父様と言われたほうが頷けるくらい、そっくりです」
「そうなのです。びっくりするほど、フェリス様と似ていらっしゃるでしょう?」
畏まって説明していたリタは、ちょっと教室の高校生のように、声がはしゃいでる。
「ディアナ王族の方は、みんな、フェリス様のように、創始の王の血を強く引いてらっしゃるのですか?」
創始の美しい神なる竜王の血を引いて、なんて、ちょっとわくわくする。
とってもファンタジーっぽい。
レティシアの実家のサリア家は、そんな神秘的なところはなかった(残念)。
「いえ……あの……」
そうでしょうそうでしょう? フェリス様似てますよね? と主自慢の嬉しさを隠せなかったリタが突然言葉につまる。
「ほかの王族の方は、そんなにというか……ほとんど全然、似てはいらっしゃらなくて……」
主のフェリス自慢はしたいが、そこは言いにくいらしい。
「うちのフェリス様だけが、何故か、とても創始の竜の君に似てらっしゃるので、ちょっと居心地悪いのです。……おはようございます、レティシア様」
回廊を歩いてきたレイが、説明してくれる。
「おはよう、レイ。どうして居心地が悪いの?」
「現世の王陛下より、王弟殿下フェリス様の方が創始の王に似てると、御不快に感じる方もいらっしゃるのですよ、レティシア様。人間の御心というのは難しいのです」
「それはでも、フェリス様のせいじゃないわ。ただ、ご先祖に似て生まれただけで、嫌がられるなんて、ひどい」
フェリスが、
(そうだねぇ、僕の何がいけないんだろうな、顔がいけないのかも知れない)
と昨日話してた時は、綺麗な顔の人が何ともおもしろい冗談を言っていると思ったのだが、あれは冗談ではなかったのか。
「まったくですね」
フェリスの為についストレートに怒ってしまったレティシアを、好ましそうにレイが見ていた。
「あのね、皆。朝から、僕の可愛い花嫁さんに、僕がモテない話をしてはいけないよ」
「フェリス様」
わー。フェリス様、後光が……。フェリスの柔らかい金色の髪に、大きな窓から、太陽が降り注ぐ。
朝から、夢のように、お美しい。
「は。フェリス様、申し訳ありません」
「いや。僕がモテてないのはただの本当の話なんだけど、レティシアが、宮廷内闘争に敗れまくりの嫁ぎ先にしょんぼりしたら可哀想だからね」
恐縮するリタに、フェリスは笑ってる。それにしても、本当に、似てるなあ……。
「おはよう、レティシア」
「おはようございます、フェリス様」
可愛らしく、レティシアは貴婦人の礼をする。
これほどまでに、王子然とした方が相手だと、このタイプの行儀作法も、自然に出来るなあ……。
「うちのご先祖の神話の絵巻は気に入った?」
「はい、とてもとても、美しいです」
金糸銀糸で縫いあげられ、繊細な細工が施された、芸術品。
いつの時代のものか知らないけど、これほど多彩な色の糸が存在したことにも驚く。
「あ……」
「ん? どうした?」
「やっぱり、笑った顔も似てらっしゃるな、って」
「僕はこんなに我儘じゃないけどね」
金髪を揺らして、フェリスが創始の竜王レーヴェの前に立つ。
ほとんど、たったいま神話の絵巻の中から抜け出してきましたレベルに似ている。
「我儘なのですか? 創始の竜王陛下は」
「生まれついての神様だから、とんでもなく我儘だよ」
「? 神様は我儘?」
きょとん、とレティシアは小首を傾げる。
サリアの神は慈愛の女神。
「神様」と「我儘」はサリアでは同列の言葉ではない。
とても遠いところにある言葉だ。
猛々しい武神、男神のディアナの神は、だいぶ様子が違うのだろうか。
生まれ変わる前の日本では、レティシア(雪)は、クリスマスにはクリスマスケーキを食べてキリスト様の誕生日を祝い、お正月には神社に初詣に行き、お葬式は仏教の御寺に行くという、もとの世界でも、日本人以外から見ると、いったいぜんたいどうなってるの? 君の国の宗教観? という自由過ぎる宗教環境で育った。
よそから見ると、めちゃくちゃなのだが「神様は、どこの神様も、みんな有難い」というごく一般的な日本育ちである。
「そう。我が国の、水の竜レーヴェは、気紛れな竜の神。どんなに呼んでも、気が向かなきゃ、現れないし、彼の神の興味を引けば、呼ばれなくても飛んでくる」
「まあそれは、どんな神様も、そんな気がします」
まるでよく知った友人か何かのように、フェリスは創始の竜王陛下を語る。
金と黒の双子のように似た面差しで。
「私には、フェリス様に似てるせいか、とても優しい神様に見えます」
レティシアがそう言うと、神話のタペストリーの中の黒髪の竜王陛下が、ずいぶん可愛い嫁が来たな、と満足そうに唇を綻ばせたように見えた。
「僕に似てるなら、きっと優しくないよ。気に入った人しか助けなかったりするんだよ」
フェリスは微かに苦く笑って、神話のタペストリーを見上げている。
なんとなく、フェリスが、荘厳な神話の絵巻に吸い込まれてしまいそうな気がして、無意識にレティシアはフェリスの衣装の袖を掴んでしまった。
「姫? どうしたの?」
「あ、すみませ……」
そんなことあるはずない、と思っても、レティシアだって異界から転生して来てるんだから、絵巻に吸い込まれる王子がいてもおかしくない。
「いや。血生臭い戦争の絵だから、ずっと見てると、怖くなった?」
ふわり、とフェリスの白い指が、レティシアの髪を撫でる。
「なんだか……、絵の中にフェリス様が攫われそうな気がして……」
頼りない子供のようなことを言ってしまった。いや、子供なんだけど。
「ここに、僕が? 戦闘能力の低い子孫は邪魔だぞ、ってご先祖に蹴りだされそうだね」
安心させるように、フェリスがレティシアに微笑みかけてくれる。
フェリス様に似た黒髪の竜王陛下に傷はないけど、川縁に血塗れで倒れている戦士たちもたくさん描かれている。筆致がリアルなので、とても怖い。
「創始の竜王陛下は、王妃アリシア様が死ぬくらいなら、こんな国いますぐ滅べばいい、何なら水没させようか? とお怒りになった伝説のある、苛烈な御方です。フェリス様よりかなり激しい性格でいらっしゃいます」
「竜王陛下、王妃様をとても愛してらしたんですね」
「左様でございますね。レーヴェ様は愛するアリシア様の為にディアナをお守り下さり、その守護はいまも続いていて、ディアナの永遠の繁栄を約束してくださってます」
(永遠はべつに約束してないけどな)
レイの説明に、誰かの、凄くいい声が被さった気がした。
「レティシア」
なんだか、さっきから……。
「はい? フェリス様?」
「天才画家の図案による、神話の絵巻はあまり見ていると酔う。そろそろ行こう?」
「はい」
フェリスがレティシアの腕をとって、歩こうと促してくれる。
「戦うドラゴンの絵なんて怖いばかりだよ」
「そんなことないです。ドラゴンの雄姿はかっこいいです」
タペストリーは壮麗な連作になっていて、フェリス様に似た人の形で戦う竜王様から、竜がディアナの街を飛行する姿へと変化する。
回廊の終点には、穏やかそうに寛ぐ竜に、花冠を作って載せて微笑んでいる姫君の姿がある。
この姫君が、竜の神に愛されたアリシア王妃だろうか?
「かっこいい? 怖くないの?」
「怖くないです。最強の竜は憧れです」
レティシアは、日本での社畜OL時代、自分が最強からは程遠かったせいか、お話の中でたいてい最強の存在である竜はあこがれだった。
ゲームでも、何か一つのゲームをやりこめるほどの時間はなかったが、ドラゴンが出てくると、必ずドラゴンを選択していた。
それから思うと、竜神の守護のある国にお嫁に来れたのは、ちょっと嬉しい。
「そうか。レティシアは、竜が怖くないのか」
「はい。竜、大好きです」
レティシアのその言葉を聞いて、何故かやけにフェリス様が嬉しそうだ。
パンがふかふかして、美味しいー。
はむはむはむ。
お腹も減ってたし、小動物のように食べてしまう。
昨日から思ってるけど、フェリス様のところのシェフのお料理、凄く美味しい。
「美味しい、レティシア? 味が違って、口にあわないものはない?」
「美味しいです、フェリス様」
朝食を一緒にと思ったんだ、とフェリスが言い、二人で向かい合って、食卓を囲んだ。
きっと知らないところで一人で食べるの心配してくれたんだ、忙しいだろうに、なんて出来た人なんだ……と、レティシアは密かにフェリスを拝みたくなってくる。
このクラスの王族に、必ず家族と食卓を共に、という習慣はほぼないと思うので、気を遣ってくれてるのだと思う。
レティシアは、サリアでも一人で食事してたから。
久々に、誰かとごはん、が嬉しい。
たとえ、お相手が、神話の絵巻から抜け出てきたような王子様でも。
「今日は花嫁修業とのことで、何か教育係がいろいろ来るらしいけど、レティシアが気に入らなかったら、僕の許しは得てるから、と帰らせたらいいからね」
「そ、そんなことしません」
「そもそも、レティシアは僕の花嫁なんだから、王家の教育係など要らぬ世話だよ」
「い、いえ。何事も、和は大事です」
フェリス様は王家からの干渉が苦手。メモ。
でも、家庭教師来るなら、勉強する。
ちゃんと。
貴族の娘の嗜みの、刺繡とか死ぬほど苦手だけど。
何事も、努力はする、努力は。
「歴史の授業があれば嬉しいです。さっき教えて頂いた竜王陛下のお話、興味深かったので」
「午前中が行儀作法で、午後がディアナ史じゃないかな? 王宮の教師の講義は退屈なことが多いけど、竜王陛下の逸話はとんでもないのが多いから目が覚めるよ」
「楽しみです」
礼儀作法。ディアナ独特のマナーとか、教えてもらわないと。
レティシアの不作法のせいで、フェリス様に恥をかかせてはいけない。
ああ、なんだか、やったことないけど、現代日本で流行ってた「推し活」のよう。
雪には、そこまで「推し」の人がいなかったので、勝手がわからなかったが、「推しの為なら頑張れる! 残業代稼いで推しに貢ぐ!」と気炎をあげてた派遣社員の綺麗な女の子たちが、とっても楽しそうで羨ましかった。
いいなあ。その人の為なら、頑張れる! くらい好きな人がいて、と思ってた。
フェリス様は「推し」にするには、容姿と言い、人品骨柄といい、申し分ない御方だ。
レティシア(春乃雪)、人生二回目にして、やっと「推し」ができたかも知れない。