エピローグ


「乱入事件、あんたとは無関係だってフラウがみ消してくれたのね」

 団室で新聞を読みながら、リーナがホッと息を吐いてからそう言った。

「良かったじゃない、対戦相手の個人的な問題ってことに落ち着いて。なんなら、むしろテオルが護ったことになってるんでしょう? 始まる前の不安は無事、ゆうに終わったのね」

「……うーん、そうだなぁ」

「なに、家のこと気にしてるの?」

「いや、まあな……」

 上の空で話を聞いていると、心のうちをかれてしまったみたいだ。

 新聞を閉じたリーナからの視線にきまりの悪さを覚え、窓の外を見るとかれっていた。


 季節は冬に入った。

 団長が留守にしているので、現在は暖かなこの部屋の中におれたち二人しかいない。

 あれからもう、数日か……。

 試合が終わりひと段落ついた後、俺はルウから様々な話を聞いた。

 上位りゆうの暗殺というらいに失敗したことをキッカケに、やはりガーファルド家は存続の危機にあったらしい。じいちゃんは「いずれ看板を下ろす時がやってくる」と言っていたが、まさかこんなに差しせまった話だったとは。正直かなりおどろかされた。

 加えて当主のゴルドーがとうごくされたため、家のじようきようは今後より一層厳しくなるだろう。

「どうしたのだ、二人して暗い顔で」

「あ……実家のことを少し考えていて。アマンダさんは訓練ですか?」

「ああ。体を動かそうと思ってな」

 そうこうしていると、首にタオルをけたアマンダさんがあせきながらやってきた。

 俺が物思いにふけっていたばかりに空気が重くなっていたようだ。

 切りえないとな……。

 スポーツブラにレギンス姿のアマンダさんはつかれ果てた様子でソファーにどかりとこしを下ろす。

「実家といえば、やはり手助けをするつもりはないのだな?」

「はい。これ以上はもう……何も」

 あとは残されたルドやルウが考えればいい。

「それにしても驚いたわよね。だれかさんがたおしたドラゴンが、ルウちゃんたちがねらってたターゲットだったなんて」

がいがなかったから良かったけど、そのせいでけつかいが発動したんだからな? めいわくな話だ」

 リーナに言われ、まゆひそめる。

 そうなのだ。

 ガーファルド家が存続の危機に追いまれる原因となった依頼。

 それはなんと、俺が以前に倒した上位竜の暗殺だったらしい。

 依頼主は秘宝──おそらく魔王のたましいを必要としていたんだろう。

 ルウからの情報によって点と点がつながり、俺たちは大いに驚かされたのだが、なんとその依頼主が勇者正教の教王だったというのだ。勇者正教といえば、このオイコット王国にも絶大な数の教徒がいる世界最大の宗教だ。大陸西部とはちがい、たいこうする宗教がない東部では特に人気がある。

「そういえばテオルが魔結界を解除したと聞いて、かのじよはえらく態度が変わっていたな」

「あの時に魔結界の中に閉じ込められてたそうなのよ」

「……なるほど、二度も命を救ってくれた恩人というわけか」

 リーナから情報を得たアマンダさんがおもしろがった目を向けてくる。

 本当にその件には参らさせられたんだ。

 疲れを思い出すからあまり茶化さないでほしい。

 もうしきに帰ったはずだが、ルウはあの後、いきなり俺に対する接し方が変わった。

 試合をして実力がどの程度なのかたりにしたからなのか、リーナが言うようにぐうぜんきゆうから救ったからなのか、それとも父親に殺されかけたところをたすけたからなのか。

 はたまた、そのすべてか。

 王都にいた間中、やたらと俺にくっついてきた。

 ……本当、ちょっと気味が悪いくらいに。

 揶揄からかってくるアマンダさんを流すように向かいのソファーにすわって言い返す。

「命を救ったのはたまたまですよ。それにルウだって、もう家に帰ったんじゃぁあああああああッ!?

 い、いた。

 何気なく横を見たら、ルウが立っていた。

 小首をかしげてこちらを見ている。

「なっ、なんでルウが……? とっくに帰ったはずじゃ……」

「どうしたの、お兄様? 体調でも悪い?」

 俺を見る目つきも、呼び方も変わったルウがせまいソファーのすきに座ってきて──

「ちょ、ちょっと。なんできしめてくるんだ!? おい、ルウ!」

「うーん……熱くない。熱はないみたいね」

「お、お、落ち着け……! 体温を測るのに誰が抱きしめるんだっ?」

「え……いやだった……? あたしにれられるの……」

「いやな、その、胸が!」

 この画は流石さすがにヤバいだろ。

 リーナとアマンダさんも見てるし。

 落ち着け……とにかく落ち着け、俺。

 こんなことであわてていたらだ。

 今は年上として堂々とだな……。

「あたしがしたいんだからいいじゃん。それに、わかっててやってるし……」

 ほほを赤く染めながら、ずかしそうにルウが視線をらす。

 冷たい視線を感じ、俺がそっと顔を向けるとおにの形相をしたリーナがいた。

 やばいっ、早くはなれないと。

 殺され死体と化した上でドン引きされる未来が見えた気がする。

 おろかなせんたくをしてはいけない。とにかく、まずはいつたん抱きしめてだな──。

けつしんこうけん……」

「じょ、じようだんだ。リーナ、な?」

「じゃあなんで手を回してるのよ!」

「お兄様も熱を測ってくれるの!? だったらほら、早く! リーナさんが来る前にぎゅっと!!

「ルウ……!? お前の目的を言ってくれ。お金か? お金だったらある程度はやるから……あの、リーナ? な、何をするつもりで──」

「この! 変態ッ!」

「──ぐはっ」

 後ろに回ったリーナが乱暴にドシドシとソファーの背もたれをってくる。

「い、痛いっ! そ、それよりもまず初めに、大体なんでルウがここいるんだよっ?」

「ははっ、楽しそうだな。じゃあ私は昼食にでも行ってくるとするか」

 楽しそうに笑いながら、こちらを見ていたアマンダさんが席を立った。

 軽い足取りで去っていく彼女に手をばしたが、なかなかルウが離れてくれず、挙げ句の果てにはしびれを切らしたリーナも後ろから俺をごういんに引っ張ってくる。

「ま、待って……助けてくださいっ、アマンダさん!」

 騎士団室の入り口まで行くと、アマンダさんはり返った。

 良かった、流石にふざけていただけ……だよな?

 この人だけはしんらいできるままでいてくれと願い、がおかべて救助を待つ。

「ぐっ……早く……っ!

 しかし一向にもどってきてくれないアマンダさんは、フッとさわやかなみを浮かべたかと思うと。

「団長がその子を事務員としてやとったそうだ。良かったなテオル、これから楽しくなりそうで」

 最後にそう言い残し、背を向けて行ってしまった。

「えぇ? ちょ、ちょっと──」

 ルウが事務員に? じゃあこれから、ずっとここにいるのか?

 リーナたちが俺を引っ張る力がどんどん強くなっていく。

「いい加減に離しなさいよ! テオルが苦しそうじゃない!!

「じゃあリーナさんが先に離せばいいじゃん! そしたらあたしも離すから!」

「……二人とも同時にやめればいいだけだろ!?

 そんな風に三人でさわいでいると、アマンダさんと入れ替わるように今日も昼間からぱらったヴィンスが部屋に入ってきた。きっと酒に酔っていて気分がいいのだろう。

「お? ……な、なんの芸術だよこれッ!」

 俺たちを見て、腹をかかえたヴィンスはなみだを浮かべて笑い出す。

 なんでうちの団員は面白がるだけ面白がって、一向に助けてくれないんだ!


 頭を抱えたい気持ちにさいなまれながらも、今日も俺の騎士生活は続いていくようだ。

 暗殺者のころは人の命をうばうことだけが、この世界での俺の存在価値だと思っていた。

 けれど、騎士になって初めて仲間ができて、誰かを護るために力を使い、働くという幸せがあることを知った。世界は俺が思ったより、ずいぶんと広かった。

 これからもやっていこう、人を護る──騎士の仕事を。

 救けを求める誰かのために。


 そんなことをこの日、俺はリーナにめにされながらひそかに決意したのだった。


◆ ◆ ◆


 第六騎士団の面々が騒がしくしていた頃。

 王城のとある一室に、しんけんな表情で会話をする二人がいた。

 ジンとフラウディアだ。

 ひとばらいがされ、周囲に他の者の姿はない。

「そういえば、ルウさんを雇われたとか。いずれ団員になさるおつもりですか?」

 ふと、クッキーをつまんでからフラウディアが言った。

 ジン様の行動はいつも予測がつきませんから、とえて。

「いや、そのつもりはないかな? ここらでちょうど人手を増やしておきたかっただけさ」

「そうですか……少し残念です……」

「ははっ、でもこれからは彼女も仲間の一人だよ」

 活動報告紙で話題にできるメンバーが増えると期待していたフラウディアは、しゅんとした。

 その様子を見てジンが苦笑いを浮かべながらなぐさめると、彼女は顔に落としていたかげを晴らし、ゆっくりとうなずきながらほほんだ。

「はい。心強い事務員さんが増えました」

「テオルの実家との問題も大方片付いたようだから、一安心させてもらいたいところなんだけどね……。まさか勇者正教が魔王軍と繫がっているなんて。いやー困った困った。このままいくと、人手が足りなくて大変なことになるところだったよ」

「私も、大きく考え方を変えなければなりませんね……」

「そうだね。敵が新たに、強力な別の敵と手を取り合ったみたいなものだから」

 まったく、とジンは続ける。

やつかいなものさ。護る側はいつもこうだ」

 少しくたびれた様子で、ジンはどこか遠い目をした。

 それでもかくを決めたように口端をきゅっと結んでつぶやく。

「こうなったからには、ぼくたちも早く動き出さないとね」

「静観をやめ、自ら打って出ないといけません……か」

 わずかなちんもくの後、ジンは努めて明るい声を出した。

ひめさま。それで何か新しくわかったことはあるかい?」

「いえ、あれからはまだ……申し訳ございません」

 フラウディアが頭を下げる。

 自分の力不足だとくやしげに手をにぎると、スカートにしわが寄った。

だいじようだよ。いくら君でも、そんなに遠くの未来のことは分からなくても仕方がないんだから。これからはしばらく君の目的のために、団員のみんなに付き合ってもらおうじゃないか」

 対面に座るジンは、あいに満ちたやさしい表情で言った。

 それはフラウディアだけでなくジンの目的でもあり、第六騎士団が創設された理由でもある。

「大丈夫。きっとくいくさ」

 顔を上げたフラウディアの目に、なみなみと涙が浮かんでいく。

「ありがとう……ございます……っ」

 当初の予定では、敵は勇者正教だった。

 だが、そこに人類の敵──魔王軍との関係があるとなると、想像していたよりも敵はごわく、長く厳しい戦いになるかもしれない。心を強く保つため、何よりも信頼できる仲間の存在が必要だ。

「ジン様はどこまでお考えになっているのでしょうか?」

「僕なんて、いつも目先のことばかりだよ。君の方がよっぽどゆうしゆうさ」

 ジンはそう言ったが、その目はどこか別の方向へ逸らされている。

 フラウディアはすぐに気がついた。それが涙を流す自分をおもんぱかった、優しいうそだと。

 いつもひようひようとしていて、物事の先を見通すことにひいでているジン。

 しかしかれは、噓を吐くのが誰よりも下手だった。

「そ、そうだ。これからは君のごろの警護を僕たちに任せてくれないかい? いつもがんっているナターシャたち護衛兵に、落ち着くまでの間、きゆうとのんびりした生活をってことで」

「も、もちろん構いませんが……それではみなさんの負担が大きすぎるのでは?」

「今後はよりけいかいを強めていくべきだからね。それに、このくらい大丈夫さ」

「本当、ですか? 私だけのためにあまりご迷惑をおかけするのは……」

「リーナとテオルに警護をたのもうと思う。いつもダラけてるヴィンスが少し働いて、僕とアマンダが頑張れば他の仕事もなんとかなるよ。ほら、これからはルウもいるしね」

 自分ばかり足を引っ張るのはあまりにしのびないと思い、目をせたフラウディアだったが、警護を担当するのがリーナとテオルと聞いたしゆんかん、ぱあっとその表情が明るくなった。

「わかりました。では兵士たちにはすぐに話を通しておきます」

 フラウディアはリーナと特に親しく、テオルのことをなぜかしたっている。

 警護は四六時中行動を共にするようなものだ。

 ジンなりにはいりよはらった、見事な人選だった。

 これで護りの準備はかんりようである。あとはこちら側から手を出していくめの部分。

「よし、じゃあ今日はもう失礼するよ。二人にはこの後、僕の方から話を伝えておくから」

 立ち上がったジンは、最後にそう言い残すと部屋を後にした。


 ジンははばが広く、てんじようが高い城内のろうを歩きながら考える。

 これから立ち向かうことになる敵は、予想外に強大な存在だった。

 だが、しかし──。

 一方でこちらにも、幸運とも呼べる予想外があった。

 テオルの強さと、それにえいきようされ強い向上心を見せる団員たちの姿だ。

「……じゆうぶんに戦える」

 信頼できる心強い仲間たちがそろった。すでに一人一人が規格外に強く、そしてこれからもさらに強くなっていくであろう存在でありながら、全員の関係は至って良好。

 少数せいえいである分、指揮がりやすく機動力も高い。

 その時、冷たい風がきジンのまえがみらした。

 中庭の上にある正方形に切り取られた空を見上げる。

 団員たちには意図的にきよを置かせてきたが、この国の内情はくさっている。

 いつしかしゆいつかんになっていたフラウディアの活動報告紙のもあり、国民の支持は得られるだろう。勝利の後、人々は自分たちに付いてきてくれるはずだ。

 ジンは悪戯いたずらくわだてる子供のように、ニヤリと笑って静かに呟いた。


「さぁ……いよいよ、国家転覆のお時間だ」


 心の中で今一度、親友とそのむすめに強くちかう。

 君たちの大切なこの国は、僕が護ると。