五章 再会と自分なりのせんたく


 王都にもどったおれたちは団室へ向かい、さつそくジン団長にアイライ島での件を報告した。

 紅玉のこと、おうとその軍勢のこと、そして黒服の男によるしゆうげきについて。

 話を聞く団長の顔は非常に険しいものだった。

「なるほどね……。うん、りようかい。一応上に話を上げておくよ」

 最後に一つうなずくと、団長はいつもの陽気さを取り戻した。

 深刻に受け取ってはいるが決して絶望的ではない。そんな落ち着きがある。

 反対に俺やリーナ、アマンダさんはどうしても気楽ではいられない。

 魔王の復活は暗黒時代の再来を意味するだろう。

 この時代の平和は、かりそめのものだったのだろうか?

 などと考えながら、ふしがちに団長室を去ろうとする。

「ちょ、ちょっと待ちなよ」

「?」

 すると、その背中に声をかけられた。

「そんなに暗い顔しないでさ、どうだい? せっかくのきゆうがこんなことになっちゃったわけだし。ほら、これからみんなでぱぁっといつぱい

 り返ると団長が手で酒を飲む仕草をして見せる。

 どうやらしずむ俺たちを見て、気をかしてくれたみたいだ。

 ……そうだな。自分が暗い顔をしていても何も変わらない。

 特に断る理由もないし、気分を変えるためにも同行させてもらおう。

「そうですね、行きますか」

「おっ、いいね。アマンダたちはどうするかい?」

「私も行かせてもらいます。リーナも行くだろ? ジンのさそいだ」

「もちろんよ。このまま一人になってあれこれ考えるのもめんどうだし、当然おごってもらえるのよね? なら参加しないわけにはいかないじゃない! ほらっ、早く行きましょ!」

「あー……わかったよ、いいとも! 今日はぼくの奢りだ」

 順々に首を縦に振り、全員の参加と団長の奢りが決まった。

 策略家のリーナは低い位置でこぶしを作り、全力でガッツポーズをしている。

 一体どれだけ奢ってもらいたかったんだか。

「うぉいッ! ジンが金はらうならオレも行くからな!?

「あ……そういえば今日はヴィンスも来てたね」

 ソファーから起き上がって現れたあかがみに団長がうなれる。

 ヴィンスはちょうど自分がいるタイミングで帰ってきた俺たちに、「正体、分かったか? 後であの赤いののこと教えろよな」と言い、報告が終わるのをここで待っていたのだ。

「んだよその反応! オレぁけ者かよッ?」

「ああいや、別にそういうわけじゃないんだけどね。みんなも構わないかい?」

「俺はいいですけど……」

 団長にヴィンスの参加についてたずねられたので、俺は答えながら視線を横に向け、面倒くさそうにしているリーナとアマンダさんを見た。

「まあ、別にいいんじゃないかしら……うるさいけど」

「だな。いくらさわがしいとはいえ、一人だけ不参加は流石さすがのヴィンスでもびんだ」

 二人は捨て犬を見るような目を向けている。

「その目やめろッ。オレをあわれむんじゃねぇ!」

 今日も元気がいいヴィンスがえると、ふっとリーナたちは笑った。

 そういえば出会ったころに比べるとヴィンスのとげとげしさがマシになった気がするな。

 まあ今もつううつとうしい時はかなり鬱陶しいけれど。

 前までは新参者の俺がいるから、変なあつ感を出していたのか。

 理由は何にしろ、それがなくなったのは良いことだ。

「じゃあ五人で行くとしよう。店は……」

 ヴィンスたちの言い争いを見て笑っていた団長が思案する。

 するとリーナが人差し指を立ててこう言った。

「『そらう小鳥てい』一たくよ!」

「お、そうだね。あそこにしようか」

 団長も頷き、かのじよの提案で店が決まったようだ。

 ヴィンスやアマンダさんも「定番だな」みたいな顔をしている。

 そこがどんな店なのか分からずにいるのは俺だけらしい。

 一人きょとんとしていると、リーナが説明してくれた。

「テオル。ほら、前に行ったじゃない」

「ん?」

「この鹿があんたにけん売ってきて、ガリバルトさんが土下座した店よ」

「ああ! あそこのことか。『空舞う小鳥亭』って」

 前にリーナに連れていってもらった酒場のことだったのか。

 確か、あの店に置いてるものは何でもいと評判なんだっけ。

「よし、じゃあ混んでしまう前に早く行くとしようか」

 団長の呼びかけで話がまとまり、俺たちが出発しようとしたその時。

「──あの……」

 騎士団室の入り口からすずの音のような声が聞こえてきた。

 みんなでいつせいに見ると、線の細い、き通った白いはだの少女が部屋の中をのぞむようにしてこちらを見ていた。年は俺やリーナ、ヴィンスと同じくらいだろうか。かたぐちで切りそろえられたホワイトブロンドの髪をさらりとらし、えんりよがちに小さく手をあげている。

わたくしも参加してもよろしいでしょうか?」

「はぁ、またやつかいな……」

 とつぜんの申し出に、額をおさためいきく団長。

 他のみんなも同じような顔をしている。

 反応から察するにまたしても俺だけらしい。

 酒場の名前と同じく、この人物を知らないのは。

「あの、団長。彼女は……?」

「ああそうか、テオルはまだ会っていなかったね」

 ポンと手を打つと、団長は少女の方を見て微笑ほほえんだ。

「彼女が僕たち第六騎士団が仕えているお方──オイコット王国第一王女のフラウディア様だよ」

「えっ…………お、王女!?

 ふらりと現れた、この少女が?

 気配を探ってみるが護衛を付けている様子もない。

 団長が言ったことをにわかに信じられずリーナたちを見るが、頷かれる。

 次にフラウディア様と呼ばれた少女の方を見ると、彼女も静かにしゆこうした。

「あの……だ、だいじようなんですか? その、一人で」

「テオル。フラウディアは少しとくしゆな力を持っているのだ。だから──」

 俺のなおな疑問にアマンダさんが答えてくれようとしていると。

 くだんの王女様がばやくこちらに近寄ってきた。

「貴方がテオル様なのですね! おうわさはかねがね聞いております。何やらドラゴンを単独でたおされたとか!! あの私、その時のお話をたくさんお聞きしたくて。よろしければお聞かせ願えませんでしょうか!? お時間がある時で構いませんので、どうかお願いいたしましゅっ──

 あ、んだ。

 俺の手を両手で包み込むようににぎり、うわづかいでキラキラと目をかがやかせながらうれしそうにまくし立てていた王女様が、耳までカーッと赤くなる。

 これは気づかなかったふりをした方が良いのだろうか。

 どんなきよかんで接すればいいか分からず思いなやむ。

 するとリーナが間に入り、王女様の手をつかんではなしてくれた。

「フラウ、また勝手に城をけ出したのね? おこられるわよ?」

「そ、それは……。リーナっ、私は今テオル様とお話を──」

「まぁ、あんたなら大丈夫なんだろうけど、一人で帰すわけにもいかないし。ジン、どうする?」

 二人はかなりラフな関係性みたいだ。

 王女様はリーナのかたしにピョンピョンとねている。

 身長が低い彼女の顔が現れては、下に消えていく。

 現れるたびに王女様はあきらめず、なおも俺に話しかけようとしてきた。

 しかし、それに合わせ体を移動させるリーナによってはばまれる。

「そうだな……。送り届けて店の席がなくなったら困るし……。ま、いいか。がいとうでもかぶってもらっていつしよに行こう」

「だ、団長……いいんですか?」

 絶対に問題になるやつだと、楽観的な団長に思わずっ込んでしまう。

 けれどそんなことは気にしていない様子で、団長はひらりと手を振った。

「いいんだよ。僕たち全員が周りにいれば、この国のどこにいるよりも安全さ」

 さらっとまたすごいことを……。

 ヴィンスがどこからか持ってきた外套を、王女様に向かって投げける。

「……あうっ」

 ばさりと頭にったそれを手に取り、王女様は俺の方を向いた。

「あの、私のことは気軽にフラウディアとお呼びください」

「え、でも……」

「それが私の騎士団でのルールですからっ」

「あ……はい。じゃあ俺のこともテオルと」

「──い、いえ! テオル様はテオル様です!! だってテオル様なんですから、リーナやヴィンスと同じように呼び捨てだなんて、私にはそんなことできませんっ」

 なぞの理論だが、結局その後、俺はし切られてしまった。

 騎士団のメンバー以外に俺のことをフラウディアが様付けで呼んでいるのを聞かれでもしたら、面倒なおとがめがあるかもしれない。

 だが本人がそれでもと強く言うので、ひとまず従うことにしたのだった。


 それから俺たちは騎士団本部を出て、しっかりとフラウディアを警護しながら酒場へ行った。

 ヴィンスが机に乗り切らないほどの酒や料理を注文し、会計を持ってくれる団長が苦笑いし。

 アマンダさんがリーナに負けずともおとらない大食いっぷりを発揮し、俺はおどろかされた。そして団長が子供のような外見でどれだけんでもつぶれなかったのは、まんさいの光景だった。

 仲間に囲まれてのえんかいは今まで経験したことがないほど楽しく、連れてきて大丈夫だったかと不安に思ったフラウディアも、良いひと時を過ごせたと幸せそうに言っていた。


「はぁ~、食った食った。ジン、美味かったぜ! あぁ~いい夜だなッ!!

 その帰り道、千鳥足のヴィンスが先頭を進む。

 雲が少ない空には月がかび、夜の街を照らしていた。

 フラウディアの護衛のことも考え、俺たちは胃にゆうを持って食事を終えたが、ヴィンスは考えなしに満腹になっていたので万が一の際には使い物にならなそうだ。

「あいつ、本当に調子がいいわね」

「まあいいだろ。いつになく楽しそうだし」

 俺はリーナと肩を並べ、苦笑しながらさいこうを歩いている。

「それにしても、ちょっとはだざむくなってきたな」

「うーん、そういえばそうね。アイライ島に行ってたから余計に王都の寒さを感じるわ」

「何の問題もなく落ち着くといいんだけどな。魔王のこととか」

「……ね。だれも傷付かず、笑って過ごせればそれだけでじゆうぶんなんだけど」

「そのためには俺たち騎士が戦わないといけない、か」

「あんたは誰かを護るためにここにいるのね」

「ん、リーナはちがうのか?」

「私は一族のかたきを討つためよ。まずはあの黒服から」

「……そうか」

ふくしゆうみたいで、自分勝手な話だけど」

「いや、いいんじゃないか? じゃあ俺はリーナも護るか」

「……っ!? そ、それはどういう……」

 ヴィンスや団長、フラウディアやアマンダさんの背中を見ながら何気なく言葉をわす。

 冷たい夜風にかれ俺がふとつぶやいた言葉に、リーナが顔を向けてきた。

「そのままの意味だ。目的を達成しようとする仲間を護るっていう」

「そのままの意味って……あんた、言い方ってもんがあるでしょ! かんちがいしたらどうするのよ」

「ん? ……ああ!! なんか別な意味にもとれるセリフだったな。すまん」

「もう、まったく。そんなこと言うならムードとかロケーションとか、もっとそれっぽくない場を選んで言うようにしなさいよね!」

「いや、なんだよそれ」

 みようふんになってしまっていた空気が一転する。

「……そういえば、これ」

「ん? 次は何よ」

 俺は今くらいの空気なら丁度いいと、ポケットからそれを取り出した。

 変に思われたらずかしいので、なかなかタイミングをいだせずにいたのだ。

わたし忘れてたんだけど、アイライ島でお土産みやげついでに買って」

かみかざり? これ、私に……?」

「まあ。ほら、前に王都を案内してもらった時のお返しだ」

 アイライ島の固有種である花のがらをあしらった髪飾り。

 俺が渡すと、リーナは月光に重ねてしばらくながめ、目を細めた。

「……そう。ありがとう」

 いつものリーナとは違うやわらかなほほみを向けられる。

 思わずちょっとだけドキリとしてしまったのは、無事に渡せてホッとしていたからだろう。

 続く言葉は探さず、となりにいるリーナのげんが良いことを感じながら無言で歩く。

 騎士団本部に近づき、飲み歩く人々が少なくなった通りのあたり。前を行くアマンダさんたちとも会話をしながら、大声で歌い出したヴィンスの背中を見ていると。


「テオル……」


 突然、背後から俺の名前を呼ぶ声がした。

 そして。

 振り返ると、道の後ろに旅人のようなかつこうをした──俺の従妹いとこ、ルウが立っていた。


◆ ◆ ◆


 しきを飛び出たルウは、数回の休息をはさみオイコット王国に辿たどり着いた。

「遠すぎでしょ……。はぁ~、マジでつかれた」

 テオルのために自分がこくな長旅をする羽目になるなんてと、むっとしながら人が行きう昼の王都の街並みを見回す。

「とりあえず、あいつをさがさないとね」

 出発前、祖父がこの王都にテオルがいるとは教えてくれた。

 だが、しようさいな居場所を聞くことを忘れていた。

 そう気がついたのは、ほんの数時間前のことだった。

 目的にかされ、視野がせまくなっていたのかもしれない。

 といっても「まず何よりも先に行ってみるといい」と語った祖父の口ぶりから考えると、ルウには尋ねたところでテオルの居場所を事細かく教えてくれたとも思えなかった。

 自力で、どうにかしてテオルを見つけ出す必要がある。

 あいつはガーファルド家の情報をろうえいするような馬鹿ではない。痛い目をみること、厄介ごとに巻き込まれることはできるだけけようとするはずだ、とルウは考えた。

 どうせこの街のかたすみで細々と生きていることだろう。

「あんま時間はかけたくないし、手早く捜し出すなら……酒場か」

 テオルのために時間をかけたくはない。

 いくら有能だったとしても、びへつらう気も、見方を変える気もなかった。

 家に連れ戻し、その力でガーファルドにこうけんしてくれればそれで良い。

 ルウは情報屋をあてにし、酒場を探して歩き始めた。


 ──その道中。

 街角で立ち話をする主婦たちの会話から、「第六騎士団」という言葉がれ聞こえた。

「ねえ聞いた? 新しく入った騎士様のお話」

「知ってる知ってる。かなり噂になってるわよね!」

 かその会話が気になり、ルウは少し離れた場所で立ち止まる。

 そして感づかれないようにそっと耳をました。

「あ、やっぱり!? 私、聞いた時本当にびっくりしちゃった」

「私もよ! 上位りゆうを一人で倒しちゃうなんて、まるで英雄様ね」

「ふふっ、その方だったらアマンダ様とお似合いなんじゃない?」

「あぁ、確かに! お二人でひめさまを護っていただけたら安心ね~」

「それにしても、本当に第六騎士団は凄い方々ばかりだわ」

「当たり前じゃない、姫様直属のしようすうせいえいよ? さわやかなみを浮かべる小さな団長、ジン様。りんとしたすべての女性のあこがれ、アマンダ様に……」

「輝くれんな花、リーナ様と。ワイルドなのにやさしい一面もあるヴィンス様!」

「「そして今話題のドラゴン殺しの──テオル様!!」」

「え」

 としもいかぬ少女のようにキャーと盛り上がる主婦たち。

 ルウは彼女たちの話を聞き、目を丸くした。

 すごく人気のある騎士団に『テオル』という人物が新たに入ったらしい。

 主婦たちは何やら手元の紙を見て興奮しているが──。

「さ、流石に人違いよ。上位竜を単独で? そんなのお様と同等か、それ以上じゃん。あいつなわけ……ないない。ない、よね?」

 テオルは自分たちよりも少しうわなだけだ。

 そこまでけたはずれな実力を持っていた、などあるはずがない。

「お姿はどんな感じなのかしら……?」

「私の友達がカフェでアマンダ様とリーナ様と一緒にいるところを見たそうよ!」

「えぇ!? もしかしてお二人とも……気になってるのかしら? で、どんな感じだったって!?

「かなりカッコいいそうよ。えーっと確か、髪はとくちよう的な白色で──」

 自分が知っているテオルと髪色がいつする。

 だがこれ以上先は聞かなくても良いとルウは判断し、酒場に向かうことにした。

 他人の空似だ、きっとぐうぜんに違いないとはんすうしながらいしだたみの上を足早に進んでいく。


 酒場に着くと、すぐに情報を売る者は見つかった。

 大きな街にはたいていどこにでもいるものだ。

「ねえ、人を捜してるんだけど」

「んぁ? ここはガキの来るところじゃ──い、いやっ、わかった。なんでも聞いてくれ」

 昼間から酒を飲み顔が赤い中年。

 ルウが殺気を放つと、男は顔を青ざめ何度も頷いた。

「じゃあ、テオルってやつを知らない? 最近この街に来たはくはつの」

「あ、ああそれならっ、騎士団に入ったってやつじゃねえか? ドラゴン殺しの……」

「違うって。他に心当たりはないの?」

「だ、だったら俺は何にも知らねえよ! お代は結構だからかんべんしてくれねえか!! あとは他の奴を当たってくれ……っ」

 そう言うと男はプルプルとふるえ、席を立ちげるように去って行く。

「ちっ。はぁ……使えな……」

 青筋を立てたルウは酒場を出た。

 そして、他の情報屋を当たってみることにしたが──。


「第六騎士団にいる奴だろ? 最近は噂がきないな」

「ああ、あの騎士のイケメンくんのことね。私、見たことあるわよ?」

「そいつに会いたいなら騎士団本部に掛け合ってみたらどうだ?」


 誰に聞いても、騎士のテオルという人物の話しか上がらなかった。

 どうせい同名の人物がいる線を捨てきれないルウであったが、「ここ最近王都に来た、白髪の」と条件をつけると、どの情報屋もやはり他に思い当たる人物はいないとのことだった。

「じゃあ、やっぱり……」

 街中を走り回ったため、辺りはすっかり暗くなっている。

 かんせいな夜の王都中央区を歩きながら、ルウは思案にふけた。

 俄かには信じがたいが、自分が捜しているあのテオルが少数せいえいの騎士団に入り、一人で上位竜を倒したというのだろうか? いいや、そんなはずは……。

 自分もちょうど兄と二人で同等級の上位竜にいどんだ。二人でだ。

 それでも手も足も出せずに敗走したというのに。

 単独でげきできるほどのつわものが、あののない従兄だとはとうてい思えない。

「うん、やっぱり人違いだよね。そんなに強かったらあたしたちが今まで──」

 おんぶにっこだった、ってことになるじゃん。

 曲がりなりにも自分はもう一人前の暗殺者なのだ。

 ルウは自分にそう言い聞かせ、月明かりに照らされた道に出た。

 その時、だった。

 楽しげに道の先を行く集団が目に入り、ハッと息を吞んだのは。

「あ、あれ……もしかしてっ」

 あわててけ寄り、ルウはその白髪の青年の名を口にした。

「テオル……」


◆ ◆ ◆


「あれ……ルウ、久しぶりだな。こんなところで何してるんだ?」

 しんけんな表情に切りわったみんなが、ルウに対ししゆんけいかい態勢を取ったのは、俺がそう言ったのとほぼ同時だった。

「あぁ~? どうしたッんだよ」

 ゆいいつ、トロンとした目のヴィンスがおくれて振り向く。

 団長やアマンダさんはフラウディアを護り、リーナは隣でするどい目をしていた。

「警戒しないでも大丈夫だと思います、知り合いなんで」

 俺が声をかけると団長がホッと息を吐いた。

 ルウからは殺気を感じられないし、どうやら任務で来たというわけでもなさそうだ。

 むしろ彼女の方が俺の顔を見て驚いているのがわかる。

「なんだ、君の知り合いか。驚かさないでくれよ」

「すみません」

「なに、テオル。この子とどういう関係よ?」

 みんなが警戒をき、すぐに張りめた空気が元のかんしたものに戻る。

 リーナが横目でいぶかしんでくるが、それもそのはずだろう。

「あんた、街に知り合いなんていないはずじゃない。どこで知り合ったのよ?」

「ああいや、彼女は俺のしんせき──従妹なんだ」

「あっ……そう!! なんだ、そういうことね!」

「でも家から遠いのに、なんでこんな場所にルウがいるんだよ?」

 リーナたちに一斉ににらまれたことによってひざが震えているルウに尋ねる。

「あ、あんた、いま何してんの?」

「ん? 騎士だけど……」

「──はあ!? き、騎士ってことはやっぱり、上位竜を倒したって!?

「あれ、なんで知ってるんだ? まあ別にいいか。それより、なんでここに──」

「そう! それよっ!!

 ルウはよくわからないが、謎に一人で盛り上がっている。隣でリーナが「仲いいのね」と微笑ましげにしているが、前まではこんな感じじゃなかったんだけどな……。今日はやけに自分から積極的に話しかけてくる。

 俺は過去のことは過去に置いてきたつもりなので、かつて受けたいやがらせの数々はなるべく水に流したつもりだ。けれどルウはゴルドーやルドに比べるとまだマシだったとはいえ、俺のことを明らかにきらっていたし、無視したりときよがあったように感じていたのだが。

 ルウは俺の方をビシッと指さすと、ほこらしげにその年相応なうすい胸を張った。

「あんたを家に帰らせてあげる!」

「……は?」

「家の仕事をしたいけど、追い出されたから仕方なく騎士なんてやってるんでしょ? だ・か・らっ、わざわざ私がむかえにきてやったんだから帰るよ! お父様はあたしが説得してあげるから」

「いや、別にいいかな」

「うん。じゃあほら、すぐに帰るから。良かったじゃん、あたしが来てくれて。しっかり感謝しな──って、はぁあ!? 今、なんて……」

「だから戻る気はない」

「そ、そそっ、それってつまり……っ?

「せっかくここまで来てもらって悪いけど、すまないな」

「──っ!?

 どんな心の変わりようかは知らないが、何と言われても家に戻る気はもうない。

 何しろ今のかんきようだって自分が望んで得たものだし、仕方なくやっているわけでもないのだ。今はエルフの村での仕事をて、これからも騎士としてやっていきたいと心から思っている。

 まだ、始まったばかりだからな。

 宿舎の俺の部屋には一人用のベッドしかないけれど、こういう時はルウをめた方がいいのだろうか? 俺に会いにはるばるこんな遠くまで来たのだから、せめてそれくらいはしてあげても……。

 でも、あんなあつかいをされるくらい嫌われてたからな。

 こういうおせつかいが敬遠される原因なのかもしれない。

 下手なことは言わないでおこう。

 それにそうだ。こんなけになる前に、計画的にきっと自分で宿を取っているはずだ。

「じゃあ、これで。気をつけて帰れよ」

 というわけで俺は最後に軽く手を上げ、ルウに別れを告げた。

 背を向け、リーナたちに待たせてしまったことを断り、のんびりと騎士団本部へ向かう。

 ヴィンスの陽気な歌声が再びひびき始めた。


◆ ◆ ◆


 次の日。

 俺は自分が騎士になるまでのことをリーナたちに打ち明けることにした。

 団長以外は俺の出自を知らない。なので昨日、俺とルウの会話を聞き、フラウディアをふくむ他の四人があの後も気になっているようなりを見せていたのだ。

 まあ、特に誰も追求してくるようなことはなかったが。

 ヴィンスにいたっては酔っていたから覚えていない可能性さえある。

「集まってくれてありがとう。アマンダさんも、ありがとうございます」

 騎士団室のソファーにすわるリーナとヴィンス、アマンダさんに頭を下げる。

 王女であるフラウディアを呼び出すのは流石に気が引けたので、彼女はいない。

 全てを知っている団長は近くの机にこしけ、様子を見守ってくれていた。

「私は構わないけど……別に無理して話す必要はないのよ?」

「せっかく来てやったんだからそりゃあねえだろッ!?

「ヴィンス、殿でんだまるということを知らないのか?」

 ここ最近、見慣れてきたいつもの光景だ。

「一晩考えてみたんだけど、心境の変化があってな」

 みんなとテーブルを囲んで食事をし、その後ちょうどルウに会った。

 そこで俺は、自分がもう暗殺者ではなく騎士なのだと再認識した。

 おのれの過去は誰に話すものでもない。正体をかくす。

 心からしんらいできる仲間に対して、そんなものはもはや不必要なのではないだろうか。

 しかし打ち明けることでなんらかの救いを求めている面もあるのかもしれない。

 騎士団の仲間たちとの関係ができて、心の中のどくけんちよになったのか。

 その孤独をめることにあせり、自分を知ってもらいたがっているのか。

 詰まるところ自己満足だろ、そんなもの。

 決して誇れるものではない過去をさらけ出して何がしたい。一体、何になる?

 そんな考えも浮かんだが、自分と向き合い、そして朝が来た。

 俺はリーナたちに集まってもらうことにした。

「今の俺は騎士だからな、過去のことはもういいかって。深く悩まず、改めて自己しようかいでもしようと思ったんだ。といってもみんなが聞きたくないって言うならやめにするけど」

「まあ、テオルが教えてくれるなら知りたい……わよね?」

「ったりめぇだろ!! ここまで言ってもつたいぶんじゃねえよ!? 気になってきちまっただろォ!」

「せっかくだ。イシュイブリスも気になっているそうだから聞かせてもらおう」

 その時、窓の外でガタッと音がした。

 リーナが音の鳴った方に目を向け、それから深くソファーに座り直す。

「ああ、なるほど。アピールも含めてってことね」

「一応これからも騎士としてやっていきたいからな」

 あくまでついでだが明確な目的もあった。

 正直、大人しく帰ってくれたら良かったんだけど。

 はぁ……とにかく、なんとか丸く収まってしいものだ。

「で、なんだけど。昨日ルウ──俺の従妹が言っていたから分かっていると思うけれど、俺はここに家を追い出されてやって来たんだ。今となってはもうかなり昔のことのように感じるけどな」

 自らのことを語り、他人に伝える。

 慣れないことになんだか調子がくるう。

「あんたを追い出すって……何か悪さでもしたの?」

「いや、必要ないと言われてな。まあ後々、裏で色々とあったって教えられたんだけどさ。ほらヴィンス、前に団長に会いに来てた人──俺のじいちゃんから、あの時に話を聞いてたんだ」

「あァ? 前の? ……うぉっ、あのじいさんか!? 確かにお前、何か話してたな!」

 ヴィンスが膝を打ち、勢いよく立ち上がる。

 その横でアマンダさんは紅茶を一口飲んでから目を細めた。

「何であれ、テオルを追い出すとは勿体ないことをしたものだな」

「そうね! でも、おかげで私たちのところに来たわけだし。良かったわね、ジン?」

「あ、ああ、僕? そうだね。ほんと、こちらとしてはありがたい話さ」

 嬉しそうなリーナに突然声をかけられ、団長が微笑んだ。

「んで、話ってそれだけかよ?」

 もう終わりか、とばかりにひようけした表情でつめいじりだすヴィンス。

「いや、本題はここからだ。自分の中のん切りに付き合わせてしまって申し訳ないんだが、俺の実家がちょっと特殊でな。いや、いつぱんじんにとっては特殊なんだろうけど、みんなにとってはそこまで変わったものじゃないかもしれないか。まあ、俺が使っている魔法なんかも説明したいと思う」

「ちょ、おまっ。マジかよ?」

「俺が過去、やっていたことに直接関わる魔法もあるからな」

「うしッ。ガリバルトのおっさんを待たせてっけど、オレは最後まで聞くぜ」

「確かに、あんたが一体どうやって今みたいになったのかは興味深いわね」

「じゃあ、早速……」

 そこまで話すのかと、視線を向けてくる団長に一つ頷いてから俺は話し出した。

 気配を消す方法を簡単に説明し、どのようにしてその技術を身につけたかを語る。

 俺の魔法の師は、今は亡き父さんだ。

 魔法について口にする時、当然のように父との思い出がそこには浮かび上がる。

 父さんのことを思い出すのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。


「……今、話した気配を消すための魔法と、だんせんとうスタイルから俺が以前いた環境や、どんなことをしていたかはみんな薄々気づいてると思う」

 かれらはごろから戦いの中に身を置く者。

 その中でも力だけでいえばかなり上位に位置する実力者たちだ。

 俺が裏の世界──日の当たらない環境で育ったことはわかっているだろう。

 暗殺者やとうぞくに分類されるようなことをしていたとも。

 しかしまさか、この名前が出るとは思わないだろうな。

 どんな反応が返ってくるのか不安だが、腹をくくるしかない。

 最後に一つ息を吸い、俺は一族の名を口にした。

「実は──俺は暗殺のガーファルド家の生まれなんだ」

「「「なっ」」」

 窓の外からまたしてもガタッという音がした。

「が、ガーファルドってあれよね。名前だけは知ってるけど……」

「お前、ヤバイ生まれすぎんだろッ! 何がオレたちにとっては変わったもんじゃないだァ!? 普通に生きてても聞く名前だぞ!! ガーファルドったぁ泣く子も黙るあのガーファルドだよなッ!?

 どうようを見せるリーナと騒ぎ立てるヴィンス。

 一方、アマンダさんは口を一文字に結んでいる。

「た、多分ヴィンスが言っているガーファルドに違いないと思うぞ……? それとアマンダさん。俺自身が後ろめたい気持ちを感じずに言えることではないかもしれませんが、今まで金を積まれたからといって善人を殺すようなはしていない。それだけは言わせてください。本当にそうだったかは俺の価値観に大いに左右される部分があるとは思いますが……」

 暗殺と聞いて疑問をいだいているのだと思う。俺の人間性を推し測ろうと。

 厳しい表情に狼狽うろたえたが、こちらにもこれまで守ってきた一線がある。

 そう言うと、彼女は優しい顔に戻った。

「……そうか」

 父さんは俺に、誰でも暗殺できるのが一流ではないと教えてくれた。

 その力を誰のために、何のために使い、かんぺきに任務をこなすのか。

 しっかりと頭を使い判断できる者が一流だ、と。

「母は物心がついたときにはすでにいなかったから、使用人の一人がとして俺を育ててくれたんだ。そしてもう死んでしまったけど、父さんが俺のしようだった」

 話を聞く全員が、真剣な表情で耳をかたむけてくれている。

「他の親族と過ごす時間を捨て、父さんは俺に全てを教え込んだ」

 体内をめぐる魔力を感じ、ていねいに操作する。

 わずかにでもブレることがあってはならない。

 疲れ果てた時も、極度のきんちようおそわれた時も、必ず一定の速度とじゆんかん量をキープする。

 全てはここから始まり、魔法に、気配を消すことにへとつながっていったのだ。

「厳しかったけど楽しい日々だったよ。しんえんけんもその頃にけいやくを結んで」

 俺が過去にひたっていると、ヴィンスが目をしばたたかせた。

「いやいや待て待て。んだよそれッ!? オレが知りてぇのはどうやって強くなったか。どうやってそのしんえんけんとやらの悪魔と契約したかなんだよッ! お前ぇの過去なんてどうでもいいっつーの」

「あぁ、訓練なら一ヶ月くらいだったかプテルノート高原を一人で生き抜いたり、海上ダンジョンに挑んだりしたぞ? あれは確か……五、六さいの頃だったな。毎回父さんに置き去りにされて、いのちけで強くなったというか、実際に何回も死にかけたというか」

 くわしい内容を知りたそうだったのでいくつか具体例を挙げてみる。

 そのまま深淵王と契約した時の話もしたのだが、気づくと話を聞くみんながわいそうな子を見るような目を俺に向けてきていた。質問してきた当のヴィンスも、何故かちょっと引いている。

「よくがんったな、テオル……」

「ア、アマンダさん?」

 話が終わると、近づいてきたアマンダさんがポンと俺の頭に手を置きでてきた。

「と、とにかく俺は! 今日、自分が暗殺者一家に生まれたことを言いたかったんだ」

 いつもなら茶化してくるはずなのに、リーナたちが何も言ってこない。

 むずがゆおもいに駆られ、首を縮めアマンダさんの手からのがれる。

「そんなこと私は気にしないぞ。なあ、二人もそうだろう?」

「ええ、もちろん。あんたが元暗殺者でも私たちにはどうでも良いことよ」

「確かにな。結局参考にならねえ、しょうもねえ話だったしな」

 想像していたような反応が誰からも返ってこず、びっくりした。

 非難されたりけいべつされたり、「そんな奴に背中は預けられない」とぐらいは言われるだろうな、とかくしての自分としては一大告白のつもりだったんだが。

 れ物にさわるような扱い方はされたけれど、まさかこれだけで終わるなんて。

「つう訳で、こいつは返さねえからな! わかったらとっとと帰れッ」

 あまりのあつなさに俺が形容しがたい感情を覚えていると、ヴィンスが窓の外に向かってさけんだ。

 すると、それに呼応するようにまたガタッという音が。

 俺たち全員の視線が窓へと集まる。


 ……そうなのだ。

 彼女は昨晩、結局あの後、宿舎までこうしてきたのだった。

 今日も朝からずっと付きまとわれている。

 本人はまったく気付かれず付いて回れていると思っているようなので、声をかけるにかけられず今に至るというわけである。本当のところは最初からみんなにバレバレだったようだけど。

「お、来たね」

 団長がニヤリと笑うと同時に、窓の外にルウが現れた。

 彼女は中に入ってこようとするものの、かぎがかかっていて窓は開かない。

「はぁ……」

 さっきの話も聞いていたのだろうから、俺が暗殺者という身分を捨てたとわかっただろうに。

 鍵を開けてあげると、室内に入ってきたルウはすぐにせまる表情で口を開いた。

「帰ってこないとマジで大変なことになるからっ! ほんと、知らないからね!?

「いやだから、俺にその気はないって昨日も……」

 どうしたら大人しく家に帰ってくれるのだろう。

 これからもずっと付き纏われるのはめんだ。

「あ、じゃあそうだ」

 あれこれと頭を悩ませていると、団長が近くに寄ってきた。

 顔を見ると、また何やらたくらんだ様子。

「な、なんですか……?」

 嫌な予感がしたが、見るからにいてほしそうにしているので、仕方なく俺が代表して尋ねる。

 ──と。団長は以前にも何度か見たことがある、心底ワクワクした様子でこう告げたのだった。


「何か勝負をして、それで話をつけたらどうだい?」


◆ ◆ ◆


「で、なんでこうなるんですか……」

 翌日、王都にあるきよだい競技場の中。

 俺はひかえ室にいた。

「まぁあれだよ。せっかくなら僕たちだけじゃなくて、できるだけ多くの人たちにも楽しんでもらいたいじゃないか? 単なるひまつぶしだと思って、君もエンジョイしてよ」

「いや、だとしてもこんなイベントにしなくても……」

「姫様に相談したら存外盛り上がっちゃってさ。まったく困るよね、あははっ」

 いくらなんでも白々しすぎる。

 やれやれとまゆを八の字にする団長に、俺は冷たい視線を送った。

「……はぁ」

「まあまあ、魔王軍関連のことはしっかりと対応してるからさ」

「……はぁ~」

「仕事に追われだす前に、最後にこれくらいはしてもいいだろう?」

「……はぁあああああああ~」

「きっとこのことが良い方向に働くから。そんな気がするんだよ」

 俺がどんどん深くうなれながら、これ見よがしにためいきをおいしても、団長は無視を決め込みしやべり続けている。とんだオリハルコンメンタルの持ち主だ。


 団長が俺とルウの勝負を提案してからは大変だった。

 数十分後にはフラウディアと話をつけて来て、彼女しゆさいで俺たちの試合が組まれることが決定し、街の人々に大々的な宣伝が行われたのだ。入場料無料のイベントということもあり、一日後の今日、競技場にはすでに万えの観客が集まっているらしい。

 試合の開始を待つ観客たちのざわめきがここにも聞こえてくる。

 しゆぼうしやである団長も団長だが、軽くその話に乗ったフラウディアもフラウディアだ。

 本当に引き返せないところまで来てしまったようだな……。

 俺が頭をかかなげいていると、うでを組みかべにもたれかかるリーナが言った。

「フラウも物好きなのよ」

「……みたいだな」

「でも、それをおもしろがってそそのかすジンが一番悪いわ」

「……ああ、わかってるよ」

 ちなみに彼女は団長と一緒に試合前の俺を冷やかしに来た裏切り者だ。

「お気の毒ね。そうは言っても、ここまで来たらしっかりやりなさいよ? みんな楽しみにしてるっぽいし、勝ったら従妹ちゃんも諦めるって言ってたんだから」

 き出しそうになるのをこらえているのだろうか。

 ほほをひくつかせているが、口角に隠しきれない笑みが浮かんでいる。

 まったくなんて奴だ……ごとだからと無責任に楽しみやがって。

「了解了解。で、どういうつもりなんだ、その手は?」

「ぷふっ……こういうつもりよ」

 おおに手を挙げたので問うと、ついに噴き出しながらリーナは俺の背中を軽くたたいてきた。

「じゃあ私も観客席で見てるから。頑張りたまえ」

 そしてそのまま振り返らず、彼女は手を挙げ去って行く。

「僕もそろそろ席の方に……と、姫様が来たみたいだ。では失礼するよ!」

「もう好きにやってください……」

 今日は団長にな対応を期待してもだからな。

 これ以上、何かを要求できるとも思っていない。

 どうせ俺が疲れるだけだ。


 団長はスキップでもしだしそうな勢いで部屋を出て行った。

 入れ違いでフラウディアが女性の護衛を二人連れて入ってくる。

「テオル様、頑張ってくださいね! わたくし、必ず勝つと信じています! ただし『国民のみなさんが見てわかる戦い方』でお願いしますね。私たちが理解できないとなると困るので……」

 駆け寄ってきたフラウディアが頭を下げる。

「ごめいわくをおかけしますが、これも名目上はぜん活動のいつかんなので、よろしくお願いいたします」

「はい。まあ、ちょうど対戦相手にもハンデをくれと言われていたので問題ありませんよ」

「そうですか、それは良かったです!!

 団長のおもわくでこんなことになった時はどうなるかと思った。

 何か競争をするとかだったら良かったのだが、実質これは手合わせ。

 それも経験したことがない人数から注目を浴びながらの、だ。

 不安を感じたのはルウも同じだったのか、あんなに強気だった彼女がハンデが欲しいと言い出した。話し合いの結果、俺に課されたハンデであるかせは──。

「気配は消さずに……か」

 枷をかけられた状態での戦い方は、きっとフラウディアの要望通りのものになるだろう。

 老人から子供まで、誰が見てもわかる戦い方。派手なわざのオンパレードだ。

「皆さん、テオル様のごかつやくを見にお集まりになっていますから! ふふっ、男性からも女性からもかなりおうえんされていますよ」

 ……え、そうなのか?

 ただらく目的で足を運んでるのだと思っていたが。

「俺のことなんて知りませんよ。特に知り合いもいませんし」

「いえ、そんなことは──あっ、えっとその……それは……あぅ」

「って、だ、大丈夫ですか!?

 とつじよ、湯気が出そうなくらい顔を赤くしたフラウディア。

 彼女がふらっと後ろに倒れそうになったところを慌てて支える。

 あのー……これ、どうしたらいいんですか……?

 そう思い護衛の二人を見ると、一人がふところから紙を取り出した。

 どうやら王女を支える役を交代してくれるというわけではなさそうだ。

「こちら、フラウディア様が自費でお作りになっている〝活動報告紙〟というものがありまして。これによって第六騎士団の皆さんのご活躍を国民は知っているのです。ちなみに欠かさず月の頭に私どもが王都中で無料配布しております」

「……え? か、活動報告紙? これを……街中に?」

 両面がびっしりと文字で埋まったその紙を受け取り、目を通してみる。

「うわっ、なんだこの記事!? 『ついに加入した五人目の団員、ドラゴン殺しのテオル』……?」

「なんでも団員の皆さんをより多くの方々に知っていただき、国民の支持を得るためだそうです」

 そこにはゆうべんな文章が連なっていた。

 俺が上位竜をとうばつし、エルフの村を救ったこと。

 その他にも容姿やねんれいについても記述されている。

 しかもなんか無駄にかつこう良い感じで。

 まるでえいゆうの勇姿を語っているみたいな言葉選びだ。

 知らないところでこんなものをばらかれてたのか……俺は。

「──っは! ちょ、ちょっと!! 私のしゆなんですから勝手に言わないでくださいっ!」

「申し訳ございません。つい、口がすべってしまいました」

「もうっ! ナターシャったら……!」

 俺がしゆうもだえていると、腕の中の少女が復活した。

 フラウディアはプンプンと頰をふくらましながら慌てて俺から紙を取り返す。

 しかし、護衛たちとは気心が知れた仲のようで、えらく楽しげだな。

 その様子を見ていると、とびらがコンコンッと叩かれた。

 いつの間にか試合の開始時刻が迫っていたらしい。

 今回しんぱんに名乗り出てくれたアマンダさんが室内に入ってくる。

「テオル、そろそろ時間だ。準備は良いか?」

「はい、いつでも大丈夫です」

「では行くぞ」

 アマンダさんに呼ばれ、俺はフラウディアたちとともに控え室を出た。


「ではテオル様、また後ほど。応援していますから頑張ってくださいね」

 再度エールを送ってくれたフラウディアと別れ、観客席に繫がる階段がある方へと向かう彼女たちとは反対の方向へと、俺はアマンダさんの後ろに続き進んでいく。

「従妹殿どのなつとくさせるためとはいえ負けたら大変だ。必ず勝つのだぞ、テオル」

「任せてください。この勝負で負けるつもりはじんもないので」

「ふんっ、なかなか言うな。だが当然、私は公平なジャッジを下すからな?」

「ええ、わかってます」

 薄暗い通路を抜け、光の中へ入っていく。

 会場内に入ると──その瞬間。

「きゃぁぁああああああああッ!! アマンダ様ぁああああああああーッ!!

「アマンダ様が来たぞッ!! てことは、あの後ろにいるのがテオル様か!?

「あの白髪……違いねぇッ! 頑張ってくれよぉ~、テオル様!!

 周囲を囲む十数段の客席に、すきなく座った観客たち。

 四方八方から割れんばかりのかんせいが降り注いだ。

 そして。

「テオルッ! お前ぇ負けたらブッ飛ばすかんなッ!?

ぼうー! 頑張れよー!!

 その中に知っている声を見つけ、目を向けるとヴィンスとガリバルトさんがいた。

 手にカップを持ち、人の目も気にせず師弟揃って騒いでいる。

 顔も赤いし、酒でも飲んでいるんだろう。リーナに続いて裏切り者発見だな。

「す、すごい熱気ですね……まさか自分のことを知っている人がこんなにいるなんて。アマンダさんはいつも通り落ち着いているようですけど……平気なんですか?」

「まあ慣れたというのもあるが、我々には声援にこたえることしかできないと理解しているからな。変に気負ったところで、私たちがすることに変わりはない。毎度、ただベストを尽くすだけだ」

 中央に進むと、反対側の入場口から銀色の仮面をつけたルウが出てきた。

 そういえば団長か誰かが言ってたな。

 観客には『第六騎士団のテオルVS謎のチャレンジャー』ということになっているとか。

 がおを隠す仮面のおくから、ルウが力強い目つきで俺のことを睨んでいるのがわかる。

「これで俺が勝ったら、本当に大人しく引いてくれるんだろうな」

「だからそれしかないって言ってるじゃん!! 引っ張って連れて帰れるとも思わないし。でも、あたしが勝ったらていこうせずに帰ってきなさいよね!」

 そう言うと、ルウは魔法を発動し魔弓を取り出した。

 何もない空間から派手なそうしよくが目立つ弓が出現する。

「……わかったよ」

 俺としてはこの一件に話がつくなら何でもいい。

 たとえハンデをあげたとしても、負ける気はいつさいしないのだから。


◆ ◆ ◆


 集まった観衆に見応えのある試合を見せる。

 それが俺に課せられたハンデであり、ノルマだ。

「では両者──構えてッ!」

 よく通るアマンダさんの声が響き、競技場内がしんとした。

 誰にでも動きが見えるように気配は消さず、派手な技を進んで使うなんて、本来の俺のスタイルとはかけ離れている。

 ……しかし、面白い。

 くできるか不安はあるが、ワクワクしないといえばうそになる。

「始めッ!!

 そのとき、アマンダさんが振り上げた手を下ろした。

「一気に決める……ッ!

 俺が距離を詰める前にルウは魔弓を引き、魔法で生成された矢をつがえた。

 瞬時に放たれたほのおの矢が、グングンと加速し迫ってくる。

 一度目は軽くかわす。

「──! まだまだッ!」

 絶え間なく連射される矢は、その速度をだいに上げていく。

 寸分たがわず俺をねらう矢をちようやくし、身をひねり、全てギリギリで避ける。

 すると魔力しようへきに守られた観客たちが、かんたんしたように口を開いた。

 極限まで神経を研ぎ澄ました戦闘中は、遠くの音一つ聞き逃さない。

「す、すげぇ。なんだあの動き……」

「矢もめちゃくちゃ速いけど……これが、同じ人間なのかしら……!?

「少しでもタイミングがずれて当たっちまったら、絶対に無事じゃ済まないだろ。なのになんであんなに完璧に躱せるんだ?」

 中には戦闘に慣れた人も来ているみたいだな。

 しっかりときたえたから、俺は動体視力には自信がある。

「こいつ……なに遊んでんのよッ! ちっ、ふざけて……!!

 小さく呟かれた言葉。

 ルウが苛立いらだたしげにそう言ったのが耳に届いた。

「じゃあ次はこっちの番だ……行くぞ?」

 まだまだルウは奥の手を秘めているはずだ。

 彼女が矢を放ったせつ、俺はこうしゆ交代を宣言した。

 魔王のたましいとやらのえいきようで魔力が増えた今ならできるだろう。

 前まではこんなに大量の観客を相手に発動できなかったが……。

 俺は初めての規模、使い方でぼうだいな魔力を消費し魔法を発動する。

やみ魔法──〈げんそう演劇〉」

 次の瞬間、空に浮かぶ太陽が消え……星空が現れた。

 青く澄んだ快晴は夜空に。

 大きな月が顔を見せている。

 突如として闇にりつぶされた空。

 一斉に観客がどよめいた。

 ルウも信じられないとばかりに目をみはり、それからキッと俺のことをえいな眼光で睨んでくる。

「あんた……何したのよッ!? こんなものに魔力をづかいして、余裕アピールのつもり!?

「いや、別にそういうわけではないけど……せっかくだから観客のためにパフォーマンスをな」

「っ! 気に入らない。ほんっっっと腹立つッ!!

 しっかりとハンデを守った上での行動だ。

 もちろん誠実に戦おうとは思っている。

 だが、団長命令なのでこれくらいは許してほしい。

 俺が歩くと踏んだしよを中心にむらさきいろの光が波打つ。

 水面を歩き、波が広がるような演出だ。

 あたりには青白い火の玉がゆうし、競技場中を照らしている。

 控え室で構想を練っていたのだけれど、上手くできて良かった。

 正直、大規模すぎて実現可能か不安だったのだ。

 これでいつぱんの人でも目で見て楽しめる試合になっているだろうか。

 観客たちが満足してくれているといいのだが……。

さんれんつい──『氷』!!

 客席の反応が気になった俺に、かくにんする暇をあたえるルウではない。

 闇の中、炎の輝きに照らされた彼女の魔弓が白い光を帯びる。

 そして次の矢が放たれた。

 三つに重なるげんの音。

 同時に迫ってくるのは三本の氷の矢。

 周囲の空気をてつかせながら俺の下へと一直線に飛んでくる。

 先ほどまでと比べ速度が数段上がった気がするが、かいできないほどではない。

 じくを動かさず俺は半身になることで三本の矢の隙間をい、全てを躱す。

 だが。

 大きく後ろに流れた矢はせんかいし、こちらに戻ってきた。

「……!」

 次は跳躍し事なきを得る。

 しかし、またしても通り過ぎて行った矢は旋回し、こちらに迫ってくる。

 一本一本が意思を持ったように自由自在に動き、不規則な動きになってきた。

「くっ」

 確認するとルウはさらに多くの魔力を込め、すでに弓を引いている。

 これ以上時間をとっては不利になる。

 好手とはいえないが……仕方がない!

 俺はしんえんけんを取り出す暇もなく魔力で強化した拳で矢をかいすることにした。

 三本の矢の動きを完全に見切り、ぎりぎり避けてなぐるをり返す。

 れた瞬間に手がこおりかかったが、なんとか全ての矢を俺が消失させ終わったのは、ルウが次のこうげきを放ったのとほぼ同時のことだった。

「まだまだぁああッ! 四連、五連、六連つい矢──『氷』!!

 先ほどと同じ氷の矢が、次は四本、五本、六本と繰り出される。

 三度に分けられ、降り注ぐのは計十五本の矢だ。

 それはまさに悪天。

 空から降ってくるひように当たらないように何ができるというのか。

 視界を埋め尽くし、前方から俺を包むように迫ってくる氷の矢たち。

 数の暴力ととらえることができる矢の数々はしかし──りよくもかなりある。

 僅かなすきも生じない完璧な連撃だ。

 速度も速い。そして何より標的を追尾し、せつしよくするととうけつさせる効果があるらしい。

 気配を消し誰にも見つからず暗殺をすいこうすることや、ろうを最小に抑え一定の集中力を保つこと。暗殺者として最も重要なそれらが、視野を広く取ることが苦手なルウには足りないと思っていた。そして確かにそれは、間違っていなかったのかもしれない。

 だが、倒すべき標的を一人にしぼったじゆんすいな戦いとなった場合、まさかここまでの戦闘技術やセンスを見せるとは……素直に感心させられる。

 と、同時に。

 彼女の実力をけていなかった自分の未熟さを反省する。

 感情とは別に、俺の思考と身体は動き続ける。

 コンマ数秒の内に魔力を練り、魔法を発動。

 この程度の攻撃ならこいつが全てをらい尽くす。

「闇魔法〈しんえんけん〉」

 しつこくの闇が形成し、右手に現れた剣を真横に振り、まずは先頭の矢を叩く。

 氷がくだける音を聞きながら、俺はそのままの勢いで体を一回転させる。

 その最中、二本目の矢を対処。最短距離で三本目へとしんえんけんを繫げた。

 パリンッ、パリンッ、と小気味の良い音が鳴る。

「う、うそ……。剣術まで……っ!?

 今まで俺が剣を振っているところを見たことがないルウがきようがくする。

 躱しても矢が追尾してくるのなら、全てをち落とせばいいだけだ。

 重心を移動させながら舞うように、なめらかな動きで叩き割っていく。

 俺が矢の数を減らすたび、ルウは一度に放つ矢を増加させていった。

 かなり魔力の消費も激しいことだろう。

 どんどんと増えていく氷の矢を全て受けながら、俺は前進した。

 一歩一歩、前へ。光のもんを広げながらルウとの距離を詰める。

 大量の氷をふんさいしたため、周囲には真冬のような冷気がただよっていた。

 宙を舞う炎の光に反射し、キラキラと氷の破片がきらめく──が。

 その美しい光景とは裏腹に、払った大きな破片は地面を抉っていく。

 やがて一発も叩き損ねることなく、俺はルウの下に辿り着いた。

「ちっ!! まだッ、終わりじゃない!」

 ぎしりをして、ルウは後方にび距離を空けようとする。

 しかし、俺は逃すことなく彼女の腕をがっしりと摑んだ。

「こんだけ手を抜かれて負けるわけには──うッ。な、なんで……っ!

「もういいだろ。終わりにしよう」

「あ、あたしはこの程度のはずじゃ……! あたしたちが無能だったってことになるじゃんっ!!

 ルウは体重をかけ何度か腕を引き、ごういんに俺の手を払おうとした。

 だが、解放はかなわず……しばらくの後、彼女は地面にくずれ落ちた。

 魔弓があわくなり消えていく──。

 腕を離してももう、彼女が動くことはなかった。

 どうやらとうは尽きたようだ。

「俺の勝ちでいいか?」

………………

「勝負は俺の勝ち、でいいか?」

「……っ」

 最後に鋭く見上げられ、ルウは目をらし小さく頷いた。

「……うん。あたしの完敗。もうどうでもいいや……家が潰れても」

「え、なん──って、い、今はそれどころじゃないな。とにかく」

 最後の方がよく聞き取れなかったが、家が潰れると言ったのか?

 気になるが今はまだ試合のちゆう

 熱視線を送ってくる観客たちがいる。

 俺が魔法を全て解除すると、空は明るく戻り陽光が競技場内を照らした。

 実際にはこの場にいる一万近くの人々が〈幻想演劇〉によってまぼろしを見ていただけだが、彼らには本当に夜が開け、昼が帰ってきたように見えたはずだ。

 無音のねつきようが場内を支配する。

 そして、俺は拳を突き上げてみせた。

 すると。

「勝者──テオルッ!」

「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」

 会場の端にいたアマンダさんが中央に来て判定を下し、それと同時にぜつきようとも取れる歓声が上がった。震える空気に、揺れる大地。臓器がひっくり返りそうになるくらいのかんせいが鳴り響く。


 ……よし、これでこの件に関しては一段落だな。俺はこれからも誰に文句を言われることもなく、騎士として生きていこう。

 きようかんを一身に受け、耳を痛めながらそう思ったとき。

 見慣れた黒い外套を羽織った人物が俺の眼前に現れた。

 無からい出てきたようなその人物からは、おぞましいほどのいかりの気配を感じる。

 面倒ごとを連れてきた乱入者。

 俺はぐ彼を見て、そして呟いた。


「もうひとん張り必要か……? ゴルドー」


◆ ◆ ◆


 試合開始前。テオルのであるゴルドーは、その光景を目にしとうわくしていた。

 らい失敗の責任から逃れ、家を出たルウのこんせきを追って来た王国に──何故あの無能がいる!?

 ゴルドーは知らなかった。むすめが祖父ゼノスからテオルの居場所を聞き、家に連れ戻すためにこの場所にやってきたということを。

 ゴルドーは思った。ルウもまた、手を差しべてくれなかった父のように、自分に見切りをつけ裏切るつもりなのではないかと。

 仕事を止めた我が一族から娘は去ろうとしている。

 あいつが任務に失敗したことがげんきようだというのに。

「不利益を被らせておいて自分だけ助かればそれで良いとはな!! いつからそこまでのくずに成り下がったッ、ルウ……!」

 競技場内、高い位置の観客席出入り口のかげで一人。

 ゴルドーは素顔で登場してきたテオルの反対──仮面をつけたルウを見て激しく非難した。

 得た情報によると、このもよおしは王女とそれに仕える騎士団によって行われているそうだ。ルウはチャンレジャーとして、屋敷を出た後、騎士になっていたテオルと親善試合を行うという。

 何故あの逃げぐせのついたたいな男が騎士になれたのか。

 真相は分からないが、どうせ奴のことだ。ぎたない手でも使ったのだろう。

 テオルたちが会場中央で向かい合い、審判を務めるくろかみの女性が手を上げる。観客たちの熱気が最高潮にたつするのをよそに、ゴルドーはいらちに顔をゆがめていた。

 ──そうか、ルウも騎士になろうとしているのか。そして勝利を条件に、試験としてたびの試合を行うのだ。まさか奴ら二人で、ガーファルド家をかいめつさせようとまで考えているかもしれない。

「許せん……! どいつもこいつも俺にだけ損させやがって。誰も信じられたものではないッ!」

 自己を正当化するゴルドーの表情が、一瞬だけ光の下へとさらされる。

 外套の下に隠れていた彼の顔は、やつれ、目は真っ赤に血走っていた。

「始めッ!!

 その時、手を振り下ろした審判の掛け声によって試合が幕を開けた。

 ルウがその手に持つ魔弓から放った矢が、大気を穿うがつようにテオルに襲いかかる。

「──!?

 しかし、ゴルドーは目を瞠った。またしてもたりにした光景に当惑する。

 試合が始まると突然、テオルの魔力がばくはつ的に強くなったのだ。

 彼はルウのきようれつな攻撃をいとも簡単に、れいな身のこなしで躱していく。

 回避を重ね、空が暗くなり、幻想的な光景の中でテオルが追尾してくる魔法の矢を拳で破壊。さらに数を増やした氷の矢に対し、剣を振り前進していく姿はどこか現実のものとは思えない。

 進んでいく試合をぼうぜんと見ながら、ゴルドーは今は亡き兄の姿を思い出していた。

 全てにおいていつも自分の先を行き、幼い頃からゴルドーに『しよせん、自分は二番手のだいたいひんでしかない』というれつとうかんを植え付ける原因となった存在。そのかげが、テオルに重なって見えたのだ。

「……あいつ、あの力がありながらも何故! 真面目に俺のために働かなかった……ッ!? 何もせず逃げ出してばかり。初めから俺をおとしいれたかったとでも言うのか……ッ?

 あの目だ。

 兄にそっくりな、深い海の底のような静かな目。

 テオルを見るたび、そしてテオルに見られるたび、あの目がうとましくて仕方がなかったのだ。

 失敗したにもかかわらず逃げ出したルウと、真面目に当主である自分に仕えなかったテオル。

 ゴルドーは怒りに身を任せ、二人を本気で始末しようと決めた。

 周囲には数人手練れがいるようだが、とうそうは容易。

 全ての人間が最も気が抜ける場面でだいたん不敵に短剣を振るう。

 二番手だった自分に、ようやく運が向いてきたばかりなのだ。幸運にも兄が死に、当主の座につくことができた。テオルではなく、むすのルドを次期当主に。これからはガーファルド家は俺の物、人生がやっと始まった。だというのに──と、ゴルドーは奥歯をギシリッときしませる。

 それは摑もうとした希望だったのか、それとも単なるめつ願望に過ぎなかったのか。

 試合がテオルの圧勝に終わったことには驚いたが、勝敗が決したその瞬間。

 ゴルドーは気配を消し、まだ闇におおわれたフィールド上に飛び降りた。

 そして……。

 夜が明け、巻き起こる観客たちの歓声の中、まずはルウの背後を取った。

(もらったッ。これは正当な制裁だ──!!

 その時。

 真っ直ぐと向けられたひとみにピタリッ、と体が止まる。

 それは吸い込まれそうになる、この世でゴルドーが最も嫌いな目。

「テオ──」

 思わずその人物の名を口にしようとして、ゴルドーは理解したのだった。

 テオルに、看破されたのだと。


◆ ◆ ◆


 俺が声をかけると、ゴルドーが肩を震わせたのがわかった。

 おびえたような目つきでこちらを見ている。

「な、なぜ……だ」

「その前に、手に持ってるそれはどういうつもりだ?」

「──っ」

 ルウに背後から向けられている剣先。

 当然、俺に対して感じる強い殺意ものがせない。

 遅れてゴルドーの存在に気がついたルウが振り向く。

 そして眼前に広がる事態を理解し、顔を青くした。

「お、お父様……何を……」

「黙れ! お前はもう俺の娘ではないッ。この裏切り者が!!

「なっ──!?

 距離を詰めようとするアマンダさんを俺は手で制した。

 探知魔法で瞬時に団長やリーナたちの居場所を特定し、フラウディアの警護と観客たちに万が一にもがいが出ないよう警戒してくれと、客席の四方向にいる彼らへと視線を送る。

 外套を被った突然の乱入者に、観客が何事かと注目している。

 俺はこっそりと〈幻想演劇〉で声が聞こえないようにがいした。

「お前のせいでおやが仕事を止めろと言ったんだぞッ。そのくせ我が身可愛さで自分だけ逃げ出しやがって……ずかしくはないのかッ!!

「ち、ちがっ──あたしはテオルを連れ戻そうと!」

「黙れ! 何故そんな奴を連れ戻す必要があるというんだ!!

「……あたしたちが、実力不足だからっ。こいつが言ってたこと、本当なんだってっ!」

「くだらない噓をつくなッ!」

「な、なんで信じてくれないわけ……!?

 親父──じいちゃんに言われて、仕事を止めた?

 やっぱりガーファルド家に何か問題があったらしい。

 といっても単身でこんな場所に乗り込んでくるのは、いくらゴルドーでもあきれてしまうが。

 俺が気づかなければ、ルウにを向けてから逃げ出せたとでも言うのだろうか。

「それはこいつが兄貴の息子だからだ! 自分の父親に代わって当主になった俺をにくんでいる。だから力を隠していた! 任務中にお前たちに同行もせずなッ」

「今は大変だけど、あたしたちも頑張るから。お父様! 一回頭を冷やして……」

「もういい」

 にぶい音がする。

 ゴルドーはルウの言葉に耳を貸さず、彼女の頰を強く叩いた。

 ルウが飛ばされ、地面に倒れ込む。

「『ルドを支える最高けつさくを』と考えていたが、お前はもう不要だ」

 再び短剣を突きつけられ、顔を上げた彼女は絶望に染まった表情をしていた。

 家の話が気になりついつい黙っていたが……。

 そうだ。最初からこいつはこうだった。

 わかっていただろ。

 家にいた頃、ひどい扱いをされていたことに関してはまだ思うところもある。

 そう簡単に忘れ、何も思わないでいられる自分ではない。

 しかし、変なふくしゆうしんに駆られ仕返しに走ることだけは御免だ。

 これ以上付き合うのは馬鹿らしいし、時間の無駄でしかない。

 なるべく前を向いて、新たな人生を送っていこうと心の距離をおいていた。

 だが──なかなかどうして、ゴルドーに感情のない冷たい視線を向けてしまう。

 ゴルドーが何を抱えて生きているのかは知らないけれど──ルウの話を信じるなら──自分たちを思って行動してくれた娘に、話を聞く耳も持たずに手を上げるなんて頭を使えないだ。

「もういいのはこっちだ、ゴルドー」

「──なっ。テオル、お前どこに……!」

 気配を消してゴルドーの死角に移動する。

 最悪だ。

 こいつは暗殺者としても、人としても、親としても。

 勘弁してほしい。もう姿を見せるのは最後にしてくれ。

 結局、気配を消した俺を見つけ出すことができないのか。

 ゴルドーは絶えず首を動かし、落ち着きなく辺りを見回している。

「ここだ」

「ッ!?

「ガーファルドの人間は、気配を感じ取れるはずじゃなかったのか?」

 重心を移し、足を高く振り上げる。

 そして。

 ゴルドーのこめかみをりつける。

 俺はその場でゴルドーを縦回転させるようにして、地面に沈ませた。

 その勢いで彼の頭とげきとつした地面にひびが入る。

「殺しはしない。ルウが言ったようにしっかりと頭を冷やせ、確保だ」

 意識を失う寸前、届いたかどうかは分からないが、そう言って俺はけ姿になったゴルドーを取り押さえた。

 武器を持った乱入者が倒され、こんわくしていた観客たちにあんが広がる。

〈幻想演劇〉での音声阻害を解除すると、ほぼ同時に衛兵たちがやってきた。


 俺は彼らに意識がないゴルドーを引き渡し、ルウに手を差し伸べた。

「大丈夫か、ルウ?」

 倒れたまま次第に目をうるませていく彼女は、瞳に限界までなみだを溜め、強く口を閉じている。

 歯を食いしばり、のどをひくつかせ、そして無表情のまま、おおつぶの涙をこぼした。

 実の父に命を狙われた。

 そのことが心に深く──複雑な傷を負わせ、今はきっと何も考えることができないのだろう。

 一点を見つめ固まっていた彼女は、しばらくしてからゆっくりと俺の手を取った。

 体のおくそこで魂がしようしたのがわかる。

 だけど、今はこれでいいんだ。俺はそう思った。