王都に
紅玉のこと、
話を聞く団長の顔は非常に険しいものだった。
「なるほどね……。うん、
最後に一つ
深刻に受け取ってはいるが決して絶望的ではない。そんな落ち着きがある。
反対に俺やリーナ、アマンダさんはどうしても気楽ではいられない。
魔王の復活は暗黒時代の再来を意味するだろう。
この時代の平和は、
などと考えながら、
「ちょ、ちょっと待ちなよ」
「?」
すると、その背中に声をかけられた。
「そんなに暗い顔しないでさ、どうだい? せっかくの
どうやら
……そうだな。自分が暗い顔をしていても何も変わらない。
特に断る理由もないし、気分を変えるためにも同行させてもらおう。
「そうですね、行きますか」
「おっ、いいね。アマンダたちはどうするかい?」
「私も行かせてもらいます。リーナも行くだろ? ジンの
「もちろんよ。このまま一人になってあれこれ考えるのも
「あー……わかったよ、いいとも! 今日は
順々に首を縦に振り、全員の参加と団長の奢りが決まった。
策略家のリーナは低い位置で
一体どれだけ奢ってもらいたかったんだか。
「うぉいッ! ジンが金
「あ……そういえば今日はヴィンスも来てたね」
ソファーから起き上がって現れた
ヴィンスはちょうど自分がいるタイミングで帰ってきた俺たちに、「正体、分かったか? 後であの赤いののこと教えろよな」と言い、報告が終わるのをここで待っていたのだ。
「んだよその反応! オレぁ
「ああいや、別にそういうわけじゃないんだけどね。みんなも構わないかい?」
「俺はいいですけど……」
団長にヴィンスの参加について
「まあ、別にいいんじゃないかしら……
「だな。いくら
二人は捨て犬を見るような目を向けている。
「その目やめろッ。オレを
今日も元気がいいヴィンスが
そういえば出会った
まあ今も
前までは新参者の俺がいるから、変な
理由は何にしろ、それがなくなったのは良いことだ。
「じゃあ五人で行くとしよう。店は……」
ヴィンスたちの言い争いを見て笑っていた団長が思案する。
するとリーナが人差し指を立ててこう言った。
「『
「お、そうだね。あそこにしようか」
団長も頷き、
ヴィンスやアマンダさんも「定番だな」みたいな顔をしている。
そこがどんな店なのか分からずにいるのは俺だけらしい。
一人きょとんとしていると、リーナが説明してくれた。
「テオル。ほら、前に行ったじゃない」
「ん?」
「この
「ああ! あそこのことか。『空舞う小鳥亭』って」
前にリーナに連れていってもらった酒場のことだったのか。
確か、あの店に置いてるものは何でも
「よし、じゃあ混んでしまう前に早く行くとしようか」
団長の呼びかけで話がまとまり、俺たちが出発しようとしたその時。
「──あの……」
騎士団室の入り口から
みんなで
「
「はぁ、また
他のみんなも同じような顔をしている。
反応から察するにまたしても俺だけらしい。
酒場の名前と同じく、この人物を知らないのは。
「あの、団長。彼女は……?」
「ああそうか、テオルはまだ会っていなかったね」
ポンと手を打つと、団長は少女の方を見て
「彼女が僕たち第六騎士団が仕えているお方──オイコット王国第一王女のフラウディア様だよ」
「えっ…………お、王女!?」
ふらりと現れた、この少女が?
気配を探ってみるが護衛を付けている様子もない。
団長が言ったことを
次にフラウディア様と呼ばれた少女の方を見ると、彼女も静かに
「あの……だ、
「テオル。フラウディアは少し
俺の
「貴方がテオル様なのですね! お
あ、
俺の手を両手で包み込むように
これは気づかなかったふりをした方が良いのだろうか。
どんな
するとリーナが間に入り、王女様の手を
「フラウ、また勝手に城を
「そ、それは……。リーナっ、私は今テオル様とお話を──」
「まぁ、あんたなら大丈夫なんだろうけど、一人で帰すわけにもいかないし。ジン、どうする?」
二人はかなりラフな関係性みたいだ。
王女様はリーナの
身長が低い彼女の顔が現れては、下に消えていく。
現れるたびに王女様は
しかし、それに合わせ体を移動させるリーナによって
「そうだな……。送り届けて店の席がなくなったら困るし……。ま、いいか。
「だ、団長……いいんですか?」
絶対に問題になるやつだと、楽観的な団長に思わず
けれどそんなことは気にしていない様子で、団長はひらりと手を振った。
「いいんだよ。僕たち全員が周りにいれば、この国のどこにいるよりも安全さ」
さらっとまた
ヴィンスがどこからか持ってきた外套を、王女様に向かって投げ
「……あうっ」
ばさりと頭に
「あの、私のことは気軽にフラウディアとお呼びください」
「え、でも……」
「それが私の騎士団でのルールですからっ」
「あ……はい。じゃあ俺のこともテオルと」
「──い、いえ! テオル様はテオル様です!! だってテオル様なんですから、リーナやヴィンスと同じように呼び捨てだなんて、私にはそんなことできませんっ」
騎士団のメンバー以外に俺のことをフラウディアが様付けで呼んでいるのを聞かれでもしたら、面倒なお
だが本人がそれでもと強く言うので、ひとまず従うことにしたのだった。
それから俺たちは騎士団本部を出て、しっかりとフラウディアを警護しながら酒場へ行った。
ヴィンスが机に乗り切らないほどの酒や料理を注文し、会計を持ってくれる団長が苦笑いし。
アマンダさんがリーナに負けずとも
仲間に囲まれての
「はぁ~、食った食った。ジン、美味かったぜ! あぁ~いい夜だなッ!!」
その帰り道、千鳥足のヴィンスが先頭を進む。
雲が少ない空には月が
フラウディアの護衛のことも考え、俺たちは胃に
「あいつ、本当に調子がいいわね」
「まあいいだろ。いつになく楽しそうだし」
俺はリーナと肩を並べ、苦笑しながら
「それにしても、ちょっと
「うーん、そういえばそうね。アイライ島に行ってたから余計に王都の寒さを感じるわ」
「何の問題もなく落ち着くといいんだけどな。魔王のこととか」
「……ね。
「そのためには俺たち騎士が戦わないといけない、か」
「あんたは誰かを護るためにここにいるのね」
「ん、リーナは
「私は一族の
「……そうか」
「
「いや、いいんじゃないか? じゃあ俺はリーナも護るか」
「……っ!? そ、それはどういう……」
ヴィンスや団長、フラウディアやアマンダさんの背中を見ながら何気なく言葉を
冷たい夜風に
「そのままの意味だ。目的を達成しようとする仲間を護るっていう」
「そのままの意味って……あんた、言い方ってもんがあるでしょ!
「ん? ……ああ!! なんか別な意味にもとれるセリフだったな。すまん」
「もう、まったく。そんなこと言うならムードとかロケーションとか、もっとそれっぽくない場を選んで言うようにしなさいよね!」
「いや、なんだよそれ」
「……そういえば、これ」
「ん? 次は何よ」
俺は今くらいの空気なら丁度いいと、ポケットからそれを取り出した。
変に思われたら
「
「
「まあ。ほら、前に王都を案内してもらった時のお返しだ」
アイライ島の固有種である花の
俺が渡すと、リーナは月光に重ねてしばらく
「……そう。ありがとう」
いつものリーナとは違う
思わずちょっとだけドキリとしてしまったのは、無事に渡せてホッとしていたからだろう。
続く言葉は探さず、
騎士団本部に近づき、飲み歩く人々が少なくなった通りのあたり。前を行くアマンダさんたちとも会話をしながら、大声で歌い出したヴィンスの背中を見ていると。
「テオル……」
突然、背後から俺の名前を呼ぶ声がした。
そして。
振り返ると、道の後ろに旅人のような
◆ ◆ ◆
「遠すぎでしょ……。はぁ~、マジで
テオルのために自分が
「とりあえず、あいつを
出発前、祖父がこの王都にテオルがいるとは教えてくれた。
だが、
そう気がついたのは、ほんの数時間前のことだった。
目的に

といっても「まず何よりも先に行ってみるといい」と語った祖父の口ぶりから考えると、ルウには尋ねたところでテオルの居場所を事細かく教えてくれたとも思えなかった。
自力で、どうにかしてテオルを見つけ出す必要がある。
あいつはガーファルド家の情報を
どうせこの街の
「あんま時間はかけたくないし、手早く捜し出すなら……酒場か」
テオルのために時間をかけたくはない。
いくら有能だったとしても、
家に連れ戻し、その力でガーファルドに
ルウは情報屋をあてにし、酒場を探して歩き始めた。
──その道中。
街角で立ち話をする主婦たちの会話から、「第六騎士団」という言葉が
「ねえ聞いた? 新しく入った騎士様のお話」
「知ってる知ってる。かなり噂になってるわよね!」
そして感づかれないようにそっと耳を
「あ、やっぱり!? 私、聞いた時本当にびっくりしちゃった」
「私もよ! 上位
「ふふっ、その方だったらアマンダ様とお似合いなんじゃない?」
「あぁ、確かに! お二人で
「それにしても、本当に第六騎士団は凄い方々ばかりだわ」
「当たり前じゃない、姫様直属の
「輝く
「「そして今話題のドラゴン殺しの──テオル様!!」」
「え」
ルウは彼女たちの話を聞き、目を丸くした。
すごく人気のある騎士団に『テオル』という人物が新たに入ったらしい。
主婦たちは何やら手元の紙を見て興奮しているが──。
「さ、流石に人違いよ。上位竜を単独で? そんなのお
テオルは自分たちよりも少し
そこまで
「お姿はどんな感じなのかしら……?」
「私の友達がカフェでアマンダ様とリーナ様と一緒にいるところを見たそうよ!」
「えぇ!? もしかしてお二人とも……気になってるのかしら? で、どんな感じだったって!?」
「かなりカッコいいそうよ。えーっと確か、髪は
自分が知っているテオルと髪色が
だがこれ以上先は聞かなくても良いとルウは判断し、酒場に向かうことにした。
他人の空似だ、きっと
酒場に着くと、すぐに情報を売る者は見つかった。
大きな街には
「ねえ、人を捜してるんだけど」
「んぁ? ここはガキの来るところじゃ──い、いやっ、わかった。なんでも聞いてくれ」
昼間から酒を飲み顔が赤い中年。
ルウが殺気を放つと、男は顔を青ざめ何度も頷いた。
「じゃあ、テオルってやつを知らない? 最近この街に来た
「あ、ああそれならっ、騎士団に入ったって
「違うって。他に心当たりはないの?」
「だ、だったら俺は何にも知らねえよ! お代は結構だから
そう言うと男はプルプルと
「ちっ。はぁ……使えな……」
青筋を立てたルウは酒場を出た。
そして、他の情報屋を当たってみることにしたが──。
「第六騎士団にいる奴だろ? 最近は噂が
「ああ、あの騎士のイケメンくんのことね。私、見たことあるわよ?」
「そいつに会いたいなら騎士団本部に掛け合ってみたらどうだ?」
誰に聞いても、騎士のテオルという人物の話しか上がらなかった。
「じゃあ、やっぱり……」
街中を走り回ったため、辺りはすっかり暗くなっている。
俄かには信じがたいが、自分が捜しているあのテオルが少数
自分もちょうど兄と二人で同等級の上位竜に
それでも手も足も出せずに敗走したというのに。
単独で
「うん、やっぱり人違いだよね。そんなに強かったらあたしたちが今まで──」
おんぶに
曲がりなりにも自分はもう一人前の暗殺者なのだ。
ルウは自分にそう言い聞かせ、月明かりに照らされた道に出た。
その時、だった。
楽しげに道の先を行く集団が目に入り、ハッと息を吞んだのは。
「あ、あれ……もしかしてっ」
「テオル……」
◆ ◆ ◆
「あれ……ルウ、久しぶりだな。こんなところで何してるんだ?」
「あぁ~? どうしたッんだよ」
団長やアマンダさんはフラウディアを護り、リーナは隣で
「警戒しないでも大丈夫だと思います、知り合いなんで」
俺が声をかけると団長がホッと息を吐いた。
ルウからは殺気を感じられないし、どうやら任務で来たというわけでもなさそうだ。
むしろ彼女の方が俺の顔を見て驚いているのがわかる。
「なんだ、君の知り合いか。驚かさないでくれよ」
「すみません」
「なに、テオル。この子とどういう関係よ?」
みんなが警戒を
リーナが横目で
「あんた、街に知り合いなんていないはずじゃない。どこで知り合ったのよ?」
「ああいや、彼女は俺の
「あっ……そう!! なんだ、そういうことね!」
「でも家から遠いのに、なんでこんな場所にルウがいるんだよ?」
リーナたちに一斉に
「あ、あんた、いま何してんの?」
「ん? 騎士だけど……」
「──はあ!? き、騎士ってことはやっぱり、上位竜を倒したって!?」
「あれ、なんで知ってるんだ? まあ別にいいか。それより、なんでここに──」
「そう! それよっ!!」
ルウはよくわからないが、謎に一人で盛り上がっている。隣でリーナが「仲いいのね」と微笑ましげにしているが、前まではこんな感じじゃなかったんだけどな……。今日はやけに自分から積極的に話しかけてくる。
俺は過去のことは過去に置いてきたつもりなので、かつて受けた
ルウは俺の方をビシッと指さすと、
「あんたを家に帰らせてあげる!」
「……は?」
「家の仕事をしたいけど、追い出されたから仕方なく騎士なんてやってるんでしょ? だ・か・らっ、わざわざ私が
「いや、別にいいかな」
「うん。じゃあほら、すぐに帰るから。良かったじゃん、あたしが来てくれて。しっかり感謝しな──って、はぁあ!? 今、なんて……」
「だから戻る気はない」
「そ、そそっ、それってつまり……っ?」
「せっかくここまで来てもらって悪いけど、すまないな」
「──っ!?」
どんな心の変わりようかは知らないが、何と言われても家に戻る気はもうない。
何しろ今の
まだ、始まったばかりだからな。
宿舎の俺の部屋には一人用のベッドしかないけれど、こういう時はルウを
でも、あんな
こういうお
下手なことは言わないでおこう。
それにそうだ。こんな
「じゃあ、これで。気をつけて帰れよ」
というわけで俺は最後に軽く手を上げ、ルウに別れを告げた。
背を向け、リーナたちに待たせてしまったことを断り、のんびりと騎士団本部へ向かう。
ヴィンスの陽気な歌声が再び
◆ ◆ ◆
次の日。
俺は自分が騎士になるまでのことをリーナたちに打ち明けることにした。
団長以外は俺の出自を知らない。なので昨日、俺とルウの会話を聞き、フラウディアを
まあ、特に誰も追求してくるようなことはなかったが。
ヴィンスにいたっては酔っていたから覚えていない可能性さえある。
「集まってくれてありがとう。アマンダさんも、ありがとうございます」
騎士団室のソファーに
王女であるフラウディアを呼び出すのは流石に気が引けたので、彼女はいない。
全てを知っている団長は近くの机に
「私は構わないけど……別に無理して話す必要はないのよ?」
「せっかく来てやったんだからそりゃあねえだろッ!?」
「ヴィンス、
ここ最近、見慣れてきたいつもの光景だ。
「一晩考えてみたんだけど、心境の変化があってな」
みんなとテーブルを囲んで食事をし、その後ちょうどルウに会った。
そこで俺は、自分がもう暗殺者ではなく騎士なのだと再認識した。
心から
しかし打ち明けることでなんらかの救いを求めている面もあるのかもしれない。
騎士団の仲間たちとの関係ができて、心の中の
その孤独を
詰まるところ自己満足だろ、そんなもの。
決して誇れるものではない過去を
そんな考えも浮かんだが、自分と向き合い、そして朝が来た。
俺はリーナたちに集まってもらうことにした。
「今の俺は騎士だからな、過去のことはもういいかって。深く悩まず、改めて自己
「まあ、テオルが教えてくれるなら知りたい……わよね?」
「ったりめぇだろ!! ここまで言って
「せっかくだ。イシュイブリスも気になっているそうだから聞かせてもらおう」
その時、窓の外でガタッと音がした。
リーナが音の鳴った方に目を向け、それから深くソファーに座り直す。
「ああ、なるほど。アピールも含めてってことね」
「一応これからも騎士としてやっていきたいからな」
あくまでついでだが明確な目的もあった。
正直、大人しく帰ってくれたら良かったんだけど。
はぁ……とにかく、なんとか丸く収まって
「で、なんだけど。昨日ルウ──俺の従妹が言っていたから分かっていると思うけれど、俺はここに家を追い出されてやって来たんだ。今となってはもうかなり昔のことのように感じるけどな」
自らのことを語り、他人に伝える。
慣れないことになんだか調子が
「あんたを追い出すって……何か悪さでもしたの?」
「いや、必要ないと言われてな。まあ後々、裏で色々とあったって教えられたんだけどさ。ほらヴィンス、前に団長に会いに来てた人──俺のじいちゃんから、あの時に話を聞いてたんだ」
「あァ? 前の? ……うぉっ、あの
ヴィンスが膝を打ち、勢いよく立ち上がる。
その横でアマンダさんは紅茶を一口飲んでから目を細めた。
「何であれ、テオルを追い出すとは勿体ないことをしたものだな」
「そうね! でも、おかげで私たちのところに来たわけだし。良かったわね、ジン?」
「あ、ああ、僕? そうだね。ほんと、こちらとしてはありがたい話さ」
嬉しそうなリーナに突然声をかけられ、団長が微笑んだ。
「んで、話ってそれだけかよ?」
もう終わりか、とばかりに
「いや、本題はここからだ。自分の中の
「ちょ、おまっ。マジかよ?」
「俺が過去、やっていたことに直接関わる魔法もあるからな」
「うしッ。ガリバルトのおっさんを待たせてっけど、オレは最後まで聞くぜ」
「確かに、あんたが一体どうやって今みたいになったのかは興味深いわね」
「じゃあ、早速……」
そこまで話すのかと、視線を向けてくる団長に一つ頷いてから俺は話し出した。
気配を消す方法を簡単に説明し、どのようにしてその技術を身につけたかを語る。
俺の魔法の師は、今は亡き父さんだ。
魔法について口にする時、当然のように父との思い出がそこには浮かび上がる。
父さんのことを思い出すのは、
「……今、話した気配を消すための魔法と、
その中でも力だけでいえばかなり上位に位置する実力者たちだ。
俺が裏の世界──日の当たらない環境で育ったことはわかっているだろう。
暗殺者や
しかしまさか、この名前が出るとは思わないだろうな。
どんな反応が返ってくるのか不安だが、腹を
最後に一つ息を吸い、俺は一族の名を口にした。
「実は──俺は暗殺のガーファルド家の生まれなんだ」
「「「なっ」」」
窓の外からまたしてもガタッという音がした。
「が、ガーファルドってあれよね。名前だけは知ってるけど……」
「お前、ヤバイ生まれすぎんだろッ! 何がオレたちにとっては変わったもんじゃないだァ!? 普通に生きてても聞く名前だぞ!! ガーファルドったぁ泣く子も黙るあのガーファルドだよなッ!?」
一方、アマンダさんは口を一文字に結んでいる。
「た、多分ヴィンスが言っているガーファルドに違いないと思うぞ……? それとアマンダさん。俺自身が後ろめたい気持ちを感じずに言えることではないかもしれませんが、今まで金を積まれたからといって善人を殺すような
暗殺と聞いて疑問を
厳しい表情に
そう言うと、彼女は優しい顔に戻った。
「……そうか」
父さんは俺に、誰でも暗殺できるのが一流ではないと教えてくれた。
その力を誰のために、何のために使い、
しっかりと頭を使い判断できる者が一流だ、と。
「母は物心がついたときにはすでにいなかったから、使用人の一人が
話を聞く全員が、真剣な表情で耳を
「他の親族と過ごす時間を捨て、父さんは俺に全てを教え込んだ」
体内を
疲れ果てた時も、極度の
全てはここから始まり、魔法に、気配を消すことにへと
「厳しかったけど楽しい日々だったよ。
俺が過去に
「いやいや待て待て。んだよそれッ!? オレが知りてぇのはどうやって強くなったか。どうやってその
「あぁ、訓練なら一ヶ月くらいだったかプテルノート高原を一人で生き抜いたり、海上ダンジョンに挑んだりしたぞ? あれは確か……五、六
そのまま深淵王と契約した時の話もしたのだが、気づくと話を聞くみんなが
「よく
「ア、アマンダさん?」
話が終わると、近づいてきたアマンダさんがポンと俺の頭に手を置き
「と、とにかく俺は! 今日、自分が暗殺者一家に生まれたことを言いたかったんだ」
いつもなら茶化してくるはずなのに、リーナたちが何も言ってこない。
むず
「そんなこと私は気にしないぞ。なあ、二人もそうだろう?」
「ええ、もちろん。あんたが元暗殺者でも私たちにはどうでも良いことよ」
「確かにな。結局参考にならねえ、しょうもねえ話だったしな」
想像していたような反応が誰からも返ってこず、びっくりした。
非難されたり
「つう訳で、こいつは返さねえからな! わかったらとっとと帰れッ」
あまりの
すると、それに呼応するようにまたガタッという音が。
俺たち全員の視線が窓へと集まる。
……そうなのだ。
彼女は昨晩、結局あの後、宿舎まで
今日も朝からずっと付き
本人はまったく気付かれず付いて回れていると思っているようなので、声をかけるにかけられず今に至るというわけである。本当のところは最初からみんなにバレバレだったようだけど。
「お、来たね」
団長がニヤリと笑うと同時に、窓の外にルウが現れた。
彼女は中に入ってこようとするものの、
「はぁ……」
さっきの話も聞いていたのだろうから、俺が暗殺者という身分を捨てたとわかっただろうに。
鍵を開けてあげると、室内に入ってきたルウはすぐに
「帰ってこないとマジで大変なことになるからっ! ほんと、知らないからね!?」
「いやだから、俺にその気はないって昨日も……」
どうしたら大人しく家に帰ってくれるのだろう。
これからもずっと付き纏われるのは
「あ、じゃあそうだ」
あれこれと頭を悩ませていると、団長が近くに寄ってきた。
顔を見ると、また何やら
「な、なんですか……?」
嫌な予感がしたが、見るからに
──と。団長は以前にも何度か見たことがある、心底ワクワクした様子でこう告げたのだった。
「何か勝負をして、それで話をつけたらどうだい?」
◆ ◆ ◆
「で、なんでこうなるんですか……」
翌日、王都にある
俺は
「まぁあれだよ。せっかくなら僕たちだけじゃなくて、できるだけ多くの人たちにも楽しんでもらいたいじゃないか? 単なる
「いや、だとしてもこんなイベントにしなくても……」
「姫様に相談したら存外盛り上がっちゃってさ。まったく困るよね、あははっ」
いくらなんでも白々しすぎる。
やれやれと
「……はぁ」
「まあまあ、魔王軍関連のことはしっかりと対応してるからさ」
「……はぁ~」
「仕事に追われだす前に、最後にこれくらいはしてもいいだろう?」
「……はぁあああああああ~」
「きっとこのことが良い方向に働くから。そんな気がするんだよ」
俺がどんどん深く
団長が俺とルウの勝負を提案してからは大変だった。
数十分後にはフラウディアと話をつけて来て、彼女
試合の開始を待つ観客たちのざわめきがここにも聞こえてくる。
本当に引き返せないところまで来てしまったようだな……。
俺が頭を
「フラウも物好きなのよ」
「……みたいだな」
「でも、それを
「……ああ、わかってるよ」
ちなみに彼女は団長と一緒に試合前の俺を冷やかしに来た裏切り者だ。
「お気の毒ね。そうは言っても、ここまで来たらしっかりやりなさいよ? みんな楽しみにしてるっぽいし、勝ったら従妹ちゃんも諦めるって言ってたんだから」
まったくなんて奴だ……
「了解了解。で、どういうつもりなんだ、その手は?」
「ぷふっ……こういうつもりよ」
「じゃあ私も観客席で見てるから。頑張りたまえ」
そしてそのまま振り返らず、彼女は手を挙げ去って行く。
「僕もそろそろ席の方に……と、姫様が来たみたいだ。では失礼するよ!」
「もう好きにやってください……」
今日は団長に
これ以上、何かを要求できるとも思っていない。
どうせ俺が疲れるだけだ。
団長はスキップでもしだしそうな勢いで部屋を出て行った。
入れ違いでフラウディアが女性の護衛を二人連れて入ってくる。
「テオル様、頑張ってくださいね!
駆け寄ってきたフラウディアが頭を下げる。
「ご
「はい。まあ、ちょうど対戦相手にもハンデをくれと言われていたので問題ありませんよ」
「そうですか、それは良かったです!!」
団長の
何か競争をするとかだったら良かったのだが、実質これは手合わせ。
それも経験したことがない人数から注目を浴びながらの、だ。
不安を感じたのはルウも同じだったのか、あんなに強気だった彼女がハンデが欲しいと言い出した。話し合いの結果、俺に課されたハンデである
「気配は消さずに……か」
枷をかけられた状態での戦い方は、きっとフラウディアの要望通りのものになるだろう。
老人から子供まで、誰が見てもわかる戦い方。派手な
「皆さん、テオル様のご
……え、そうなのか?
ただ
「俺のことなんて知りませんよ。特に知り合いもいませんし」
「いえ、そんなことは──あっ、えっとその……それは……あぅ」
「って、だ、大丈夫ですか!?」
彼女がふらっと後ろに倒れそうになったところを慌てて支える。
あのー……これ、どうしたらいいんですか……?
そう思い護衛の二人を見ると、一人が
どうやら王女を支える役を交代してくれるというわけではなさそうだ。
「こちら、フラウディア様が自費でお作りになっている〝活動報告紙〟というものがありまして。これによって第六騎士団の皆さんのご活躍を国民は知っているのです。ちなみに欠かさず月の頭に私どもが王都中で無料配布しております」
「……え? か、活動報告紙? これを……街中に?」
両面がびっしりと文字で埋まったその紙を受け取り、目を通してみる。
「うわっ、なんだこの記事!? 『
「なんでも団員の皆さんをより多くの方々に知っていただき、国民の支持を得るためだそうです」
そこには
俺が上位竜を
その他にも容姿や
しかもなんか無駄に
まるで
知らないところでこんなものをばら
「──っは! ちょ、ちょっと!! 私の
「申し訳ございません。つい、口が
「もうっ! ナターシャったら……!」
俺が
フラウディアはプンプンと頰を
しかし、護衛たちとは気心が知れた仲のようで、えらく楽しげだな。
その様子を見ていると、
いつの間にか試合の開始時刻が迫っていたらしい。
今回
「テオル、そろそろ時間だ。準備は良いか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「では行くぞ」
アマンダさんに呼ばれ、俺はフラウディアたちとともに控え室を出た。
「ではテオル様、また後ほど。応援していますから頑張ってくださいね」
再度エールを送ってくれたフラウディアと別れ、観客席に繫がる階段がある方へと向かう彼女たちとは反対の方向へと、俺はアマンダさんの後ろに続き進んでいく。
「従妹
「任せてください。この勝負で負けるつもりは
「ふんっ、なかなか言うな。だが当然、私は公平なジャッジを下すからな?」
「ええ、わかってます」
薄暗い通路を抜け、光の中へ入っていく。
会場内に入ると──その瞬間。
「きゃぁぁああああああああッ!! アマンダ様ぁああああああああーッ!!」
「アマンダ様が来たぞッ!! てことは、あの後ろにいるのがテオル様か!?」
「あの白髪……違いねぇッ! 頑張ってくれよぉ~、テオル様!!」
周囲を囲む十数段の客席に、
四方八方から割れんばかりの
そして。
「テオルッ! お前ぇ負けたらブッ飛ばすかんなッ!?」
「
その中に知っている声を見つけ、目を向けるとヴィンスとガリバルトさんがいた。
手にカップを持ち、人の目も気にせず師弟揃って騒いでいる。
顔も赤いし、酒でも飲んでいるんだろう。リーナに続いて裏切り者発見だな。
「す、すごい熱気ですね……まさか自分のことを知っている人がこんなにいるなんて。アマンダさんはいつも通り落ち着いているようですけど……平気なんですか?」
「まあ慣れたというのもあるが、我々には声援に
中央に進むと、反対側の入場口から銀色の仮面をつけたルウが出てきた。
そういえば団長か誰かが言ってたな。
観客には『第六騎士団のテオルVS謎のチャレンジャー』ということになっているとか。
「これで俺が勝ったら、本当に大人しく引いてくれるんだろうな」
「だからそれしかないって言ってるじゃん!! 引っ張って連れて帰れるとも思わないし。でも、あたしが勝ったら
そう言うと、ルウは魔法を発動し魔弓を取り出した。
何もない空間から派手な
「……わかったよ」
俺としてはこの一件に話がつくなら何でもいい。
たとえハンデをあげたとしても、負ける気は
◆ ◆ ◆
集まった観衆に見応えのある試合を見せる。
それが俺に課せられたハンデであり、ノルマだ。
「では両者──構えてッ!」
よく通るアマンダさんの声が響き、競技場内がしんとした。
誰にでも動きが見えるように気配は消さず、派手な技を進んで使うなんて、本来の俺のスタイルとはかけ離れている。
……しかし、面白い。
「始めッ!!」
そのとき、アマンダさんが振り上げた手を下ろした。
「一気に決める……ッ!」
俺が距離を詰める前にルウは魔弓を引き、魔法で生成された矢をつがえた。
瞬時に放たれた
一度目は軽く
「──! まだまだッ!」
絶え間なく連射される矢は、その速度を
寸分
すると魔力
極限まで神経を研ぎ澄ました戦闘中は、遠くの音一つ聞き逃さない。
「す、すげぇ。なんだあの動き……」
「矢もめちゃくちゃ速いけど……これが、同じ人間なのかしら……!?」
「少しでもタイミングがずれて当たっちまったら、絶対に無事じゃ済まないだろ。なのになんであんなに完璧に躱せるんだ?」
中には戦闘に慣れた人も来ているみたいだな。
しっかりと
「こいつ……なに遊んでんのよッ! ちっ、ふざけて……!!」
小さく呟かれた言葉。
ルウが
「じゃあ次はこっちの番だ……行くぞ?」
まだまだルウは奥の手を秘めているはずだ。
彼女が矢を放った
魔王の
前まではこんなに大量の観客を相手に発動できなかったが……。
俺は初めての規模、使い方で
「
次の瞬間、空に浮かぶ太陽が消え……星空が現れた。
青く澄んだ快晴は夜空に。
大きな月が顔を見せている。
突如として闇に
一斉に観客がどよめいた。
ルウも信じられないとばかりに目を
「あんた……何したのよッ!? こんなものに魔力を
「いや、別にそういうわけではないけど……せっかくだから観客のためにパフォーマンスをな」
「っ! 気に入らない。ほんっっっと腹立つッ!!」
しっかりとハンデを守った上での行動だ。
もちろん誠実に戦おうとは思っている。
だが、団長命令なのでこれくらいは許してほしい。
俺が歩くと踏んだ
水面を歩き、波が広がるような演出だ。
あたりには青白い火の玉が
控え室で構想を練っていたのだけれど、上手くできて良かった。
正直、大規模すぎて実現可能か不安だったのだ。
これで
観客たちが満足してくれているといいのだが……。
「
客席の反応が気になった俺に、
闇の中、炎の輝きに照らされた彼女の魔弓が白い光を帯びる。
そして次の矢が放たれた。
三つに重なる
同時に迫ってくるのは三本の氷の矢。
周囲の空気を
先ほどまでと比べ速度が数段上がった気がするが、
だが。
大きく後ろに流れた矢は
「……!」
次は跳躍し事なきを得る。
しかし、またしても通り過ぎて行った矢は旋回し、こちらに迫ってくる。
一本一本が意思を持ったように自由自在に動き、不規則な動きになってきた。
「くっ」
確認するとルウはさらに多くの魔力を込め、すでに弓を引いている。
これ以上時間をとっては不利になる。
好手とはいえないが……仕方がない!
俺は
三本の矢の動きを完全に見切り、ぎりぎり避けて
「まだまだぁああッ! 四連、五連、六連
先ほどと同じ氷の矢が、次は四本、五本、六本と繰り出される。
三度に分けられ、降り注ぐのは計十五本の矢だ。
それはまさに悪天。
空から降ってくる
視界を埋め尽くし、前方から俺を包むように迫ってくる氷の矢たち。
数の暴力と
僅かな
速度も速い。そして何より標的を追尾し、
気配を消し誰にも見つからず暗殺を
だが、倒すべき標的を一人に
と、同時に。
彼女の実力を
感情とは別に、俺の思考と身体は動き続ける。
コンマ数秒の内に魔力を練り、魔法を発動。
この程度の攻撃ならこいつが全てを
「闇魔法〈
氷が
その最中、二本目の矢を対処。最短距離で三本目へと
パリンッ、パリンッ、と小気味の良い音が鳴る。
「う、うそ……。剣術まで……っ!?」
今まで俺が剣を振っているところを見たことがないルウが
躱しても矢が追尾してくるのなら、全てを
重心を移動させながら舞うように、
俺が矢の数を減らすたび、ルウは一度に放つ矢を増加させていった。
かなり魔力の消費も激しいことだろう。
どんどんと増えていく氷の矢を全て受けながら、俺は前進した。
一歩一歩、前へ。光の
大量の氷を
宙を舞う炎の光に反射し、キラキラと氷の破片が
その美しい光景とは裏腹に、払った大きな破片は地面を抉っていく。
やがて一発も叩き損ねることなく、俺はルウの下に辿り着いた。
「ちっ!! まだッ、終わりじゃない!」
しかし、俺は逃すことなく彼女の腕をがっしりと摑んだ。
「こんだけ手を抜かれて負けるわけには──うッ。な、なんで……っ!」
「もういいだろ。終わりにしよう」
「あ、あたしはこの程度のはずじゃ……! あたしたちが無能だったってことになるじゃんっ!!」
ルウは体重をかけ何度か腕を引き、
だが、解放は
魔弓が
腕を離してももう、彼女が動くことはなかった。
どうやら
「俺の勝ちでいいか?」
「………………」
「勝負は俺の勝ち、でいいか?」
「……っ」
最後に鋭く見上げられ、ルウは目を
「……うん。あたしの完敗。もうどうでもいいや……家が潰れても」
「え、なん──って、い、今はそれどころじゃないな。とにかく」
最後の方がよく聞き取れなかったが、家が潰れると言ったのか?
気になるが今はまだ試合の
熱視線を送ってくる観客たちがいる。
俺が魔法を全て解除すると、空は明るく戻り陽光が競技場内を照らした。
実際にはこの場にいる一万近くの人々が〈幻想演劇〉によって
無音の
そして、俺は拳を突き上げてみせた。
すると。
「勝者──テオルッ!」
「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
会場の端にいたアマンダさんが中央に来て判定を下し、それと同時に
……よし、これでこの件に関しては一段落だな。俺はこれからも誰に文句を言われることもなく、騎士として生きていこう。
見慣れた黒い外套を羽織った人物が俺の眼前に現れた。
無から
面倒ごとを連れてきた乱入者。
俺は
「もう
◆ ◆ ◆
試合開始前。テオルの
ゴルドーは知らなかった。
ゴルドーは思った。ルウもまた、手を差し
仕事を止めた我が一族から娘は去ろうとしている。
あいつが任務に失敗したことが
「不利益を被らせておいて自分だけ助かればそれで良いとはな!! いつからそこまでの
競技場内、高い位置の観客席出入り口の
ゴルドーは素顔で登場してきたテオルの反対──仮面をつけたルウを見て激しく非難した。
得た情報によると、この
何故あの逃げ
真相は分からないが、どうせ奴のことだ。
テオルたちが会場中央で向かい合い、審判を務める
──そうか、ルウも騎士になろうとしているのか。そして勝利を条件に、試験として
「許せん……! どいつもこいつも俺にだけ損させやがって。誰も信じられたものではないッ!」
自己を正当化するゴルドーの表情が、一瞬だけ光の下へと
外套の下に隠れていた彼の顔は、やつれ、目は真っ赤に血走っていた。
「始めッ!!」
その時、手を振り下ろした審判の掛け声によって試合が幕を開けた。
ルウがその手に持つ魔弓から放った矢が、大気を
「──!?」
しかし、ゴルドーは目を瞠った。またしても
試合が始まると突然、テオルの魔力が
彼はルウの
回避を重ね、空が暗くなり、幻想的な光景の中でテオルが追尾してくる魔法の矢を拳で破壊。さらに数を増やした氷の矢に対し、剣を振り前進していく姿はどこか現実のものとは思えない。
進んでいく試合を
全てにおいていつも自分の先を行き、幼い頃からゴルドーに『
「……あいつ、あの力がありながらも何故! 真面目に俺のために働かなかった……ッ!? 何もせず逃げ出してばかり。初めから俺を
あの目だ。
兄にそっくりな、深い海の底のような静かな目。
テオルを見るたび、そしてテオルに見られるたび、あの目が
失敗したにも
ゴルドーは怒りに身を任せ、二人を本気で始末しようと決めた。
周囲には数人手練れがいるようだが、
全ての人間が最も気が抜ける場面で
二番手だった自分に、ようやく運が向いてきたばかりなのだ。幸運にも兄が死に、当主の座につくことができた。テオルではなく、
それは摑もうとした希望だったのか、それとも単なる
試合がテオルの圧勝に終わったことには驚いたが、勝敗が決したその瞬間。
ゴルドーは気配を消し、まだ闇に
そして……。
夜が明け、巻き起こる観客たちの歓声の中、まずはルウの背後を取った。
(もらったッ。これは正当な制裁だ──!!)
その時。
真っ直ぐと向けられた
それは吸い込まれそうになる、この世でゴルドーが最も嫌いな目。
「テオ──」
思わずその人物の名を口にしようとして、ゴルドーは理解したのだった。
テオルに、看破されたのだと。
◆ ◆ ◆
俺が声をかけると、ゴルドーが肩を震わせたのがわかった。
「な、なぜ……だ」
「その前に、手に持ってるそれはどういうつもりだ?」
「──っ」
ルウに背後から向けられている剣先。
当然、俺に対して感じる強い殺意も
遅れてゴルドーの存在に気がついたルウが振り向く。
そして眼前に広がる事態を理解し、顔を青くした。
「お、お父様……何を……」
「黙れ! お前はもう俺の娘ではないッ。この裏切り者が!!」
「なっ──!?」
距離を詰めようとするアマンダさんを俺は手で制した。
探知魔法で瞬時に団長やリーナたちの居場所を特定し、フラウディアの警護と観客たちに万が一にも
外套を被った突然の乱入者に、観客が何事かと注目している。
俺はこっそりと〈幻想演劇〉で声が聞こえないように
「お前のせいで
「ち、
「黙れ! 何故そんな奴を連れ戻す必要があるというんだ!!」
「……あたしたちが、実力不足だからっ。こいつが言ってたこと、本当なんだってっ!」
「くだらない噓をつくなッ!」
「な、なんで信じてくれないわけ……!?」
親父──じいちゃんに言われて、仕事を止めた?
やっぱりガーファルド家に何か問題があったらしい。
といっても単身でこんな場所に乗り込んでくるのは、いくらゴルドーでも
俺が気づかなければ、ルウに
「それはこいつが兄貴の息子だからだ! 自分の父親に代わって当主になった俺を
「今は大変だけど、あたしたちも頑張るから。お父様! 一回頭を冷やして……」
「もういい」
ゴルドーはルウの言葉に耳を貸さず、彼女の頰を強く叩いた。
ルウが飛ばされ、地面に倒れ込む。
「『ルドを支える最高
再び短剣を突きつけられ、顔を上げた彼女は絶望に染まった表情をしていた。
家の話が気になりついつい黙っていたが……。
そうだ。最初からこいつはこうだった。
わかっていただろ。
家にいた頃、
そう簡単に忘れ、何も思わないでいられる自分ではない。
しかし、変な
これ以上付き合うのは馬鹿らしいし、時間の無駄でしかない。
なるべく前を向いて、新たな人生を送っていこうと心の距離をおいていた。
だが──なかなかどうして、ゴルドーに感情のない冷たい視線を向けてしまう。
ゴルドーが何を抱えて生きているのかは知らないけれど──ルウの話を信じるなら──自分たちを思って行動してくれた娘に、話を聞く耳も持たずに手を上げるなんて頭を使えない
「もういいのはこっちだ、ゴルドー」
「──なっ。テオル、お前どこに……!」
気配を消してゴルドーの死角に移動する。
最悪だ。
こいつは暗殺者としても、人としても、親としても。
勘弁してほしい。もう姿を見せるのは最後にしてくれ。
結局、気配を消した俺を見つけ出すことができないのか。
ゴルドーは絶えず首を動かし、落ち着きなく辺りを見回している。
「ここだ」
「ッ!?」
「ガーファルドの人間は、気配を感じ取れるはずじゃなかったのか?」
重心を移し、足を高く振り上げる。
そして。
ゴルドーのこめかみを
俺はその場でゴルドーを縦回転させるようにして、地面に沈ませた。
その勢いで彼の頭と
「殺しはしない。ルウが言ったようにしっかりと頭を冷やせ、確保だ」
意識を失う寸前、届いたかどうかは分からないが、そう言って俺は
武器を持った乱入者が倒され、
〈幻想演劇〉での音声阻害を解除すると、ほぼ同時に衛兵たちがやってきた。
俺は彼らに意識がないゴルドーを引き渡し、ルウに手を差し伸べた。
「大丈夫か、ルウ?」
倒れたまま次第に目を
歯を食いしばり、
実の父に命を狙われた。
そのことが心に深く──複雑な傷を負わせ、今はきっと何も考えることができないのだろう。
一点を見つめ固まっていた彼女は、しばらくしてからゆっくりと俺の手を取った。
体の
だけど、今はこれでいいんだ。俺はそう思った。