四章 南の島での調査


「テオル、見えたわよ!」

「お、やっとか」

 王都を出てから数日、おれたちは海の上にいた。

 空は青みもわたり、暖かな日差しが照りつけている。

 俺たちが乗る船は勢いよく進み、潮のかおりが混ざったここの良い風がまえがみらした。

 ちなみにようやく視界に現れたアイライ島にテンションが上がり、デッキの手すりから身を乗り出しているリーナとはちがい、アマンダさんはサングラスをかけ屋根の下でゆうに過ごしている。

「ようしっ、有名な海水浴場でいっぱい遊ぶわよー!」

「いや、一応調査に来たんだからな?」

「……わ、わかってるわよっ」

 本当にわかっているんだか。


 完全に旅行気分のリーナに付き合ってデッキで風を浴びていると、船は港にとうちやくした。

 ついに上陸したアイライ島はリゾート地として有名で、本当にこんな場所にドラゴンがいるのかはなはだ疑問だ。俺たちは事前に予約していた宿に荷物を置き、さつそく調査を開始することにした。

 話を聞けるか聞けないか、それ以前に大きな問題がある。

 まず初めに、上位りゆうがいる場所を見つけ出さなければならないのだ。

 イシュイブリスが知っているのは、この島に目的のドラゴンがいるということだけ。

 どこに棲み着いているのかなどしようさいはわからないらしく、自力で探し出すしかないというわけだ。

 しかしこうやってすなはまで日光浴を楽しんでいたり、アロハシャツに身を包み街中でショッピングをまんきつしている観光客たちの姿を見ると、やはり疑問は大きくなるばかりである。

「本当に、こんなところにドラゴンがいるのだろうな?」

 移動中、アマンダさんも俺が思っていことと同じ感想を口にした。

「そうですよね。りよくいつさい感じないし、それにここ……」

「リゾート地だから人の手によって結構栄えているものね。島のおくに行けば手付かずの森林地帯があるとはいえ、ドラゴンがいるようには思えないわ」

 麦わらぼうかぶったリーナが俺の言葉を引きいだ。

 レストランや土産みやげ屋が並ぶにぎやかな街をけ、森林の中に足をみ入れる。

 周囲に人がいないことをかくにんしてから、アマンダさんはイシュイブリスを外に出した。

『ん~っ、着いたようね。ここに目的の人物がいるのはちがいないわよ? ただ、うわさによるとかなり強固な結界ですみかくしているそうだけど』

 この広大な島のどこかにいる。

 やはりかりと言えるものはそれだけか……。

 この先は自分の目やかん、探知魔法のみをたよりに探していく必要がある。

 魔物がいたとしても、この島の空気中の魔力のうからしてそこまで強くはないだろう。

 俺たちは団長に借りてきたアイライ島の地図を広げ、イシュイブリスをふくめ四手に分かれて島内を回ることにした。アマンダさんいわく、数時間程度のイシュイブリスとの別行動は問題ないらしい。

「担当のはんたんさくが終わりだい、ここにもどってくるのだぞ」

「はい」

「では、調査開始だ」

 アマンダさんの声がけで俺たちは四散した。


 俺は〈探知〉の魔法を最大の半径三KMキーロミトルの範囲で展開し、全速力で木々の間をけ抜けていく。

 もちろん見落としがないよう気になるしよには実際に足を運び、しらみつぶしにすべて目を通す。

 探知魔法をしたまま移動し続けたので、情報処理に脳がつかれたが……結果として俺が担当した島の北東からは、ドラゴンの住処につながるような手掛かりは何も見つけることができなかった。

「はぁ……ちょっと気合いを入れすぎたか?」

 ダラダラとやって日が暮れては困る。

 そう思い全力でがんったものの、少し急ぎすぎたかもしれない。

 集合場所に戻ると、まだだれの姿もなかった。

 木に背中を預け座りみ、少し待っていると──。

流石さすがです、テオル様。私も急ぎましたが、もうお戻りになられていたなんて』

 イシュイブリスが戻ってきた。

「どうだ、何かあったか?」

『いえ、これといったものは何も』

「そうか……。あとはリーナとアマンダさんだな。今日中に何か発見があればいいんだけど、流石にそうくはいかないかぁ……」

 悪魔と二人きりのじようきようは本能的に落ち着かない。

 だが、かのじよは俺のざわつく気持ちなどつゆ知らず、当たり前のようにとなりこしを下ろしてきた。

『そうですね。それに本当に何もなかったのか、私たちが見つけられないほど高度ないんぺいがなされているのか。いま一歩判断しかねます』

 かたれるほどのきよみように近い。

 あれから何度か話す機会があったが、ここまでは初めてだ。

 俺がしんえん王とけいやくしているからどうほうとでも思っているのか。

 なんであれ強力な悪魔に認めてもらえることはうれしい……が、気が休まらない。

『あら、噂をすればアマンダちゃんが帰ってきたようです』

「え? 俺の探知魔法にはまだ何も……なんでわかるんだ?」

『私は彼女の体内に〝ふういん〟されているので、その繫がりで』

「ああ、なるほど。封印、か……」

 聞いてしまって良かったのだろうか。

 気になったのでついたずねてしまったが。

 所有や契約ではなく──やはり封印。

 アマンダさんの健康状態は至ってつうに見える。しようすいしている様子はない。

 その上で封印されているというイシュイブリスを自由に体外へと出し、別行動まで許したのだ。俺の知っている悪魔を体の中に封印し、けいしようしていく神職者とはまた違うケースなのか。

 なんにしろ、何か複雑な過去がないと〝封印〟だなんて言葉が出てくることはまずないだろう。


 しばらくすると〈探知〉の範囲内にこちらに向かってくる人が入って来た。

 数分後、アマンダさんがかん

 さらに十分後に息を切らしたリーナも戻ってきた。

「ちょっと……みんな……早すぎないかしら?」

 ひざに手をついてリーナは肩で息をしている。

 相当頑張ってくれたようだが、結局喜ばしい成果をあげた者は誰もいなかった。

 そろそろ夕暮れ時なので俺たちは街に戻ることにした。

 夜は宿でゆっくりとくつろぎ、調査の続きはまた明日することにしよう。


◆ ◆ ◆


「時間も無限にあるわけではない。帰りの期日までにドラゴンを見つけるのには、なかなか手を焼くかもしれないな……。効率よく探索できるよう、今一度計画を立て直さなければ」

 帰り道。

 イシュイブリスを体内に戻したアマンダさんが森を抜け、うーんとうなった。

 森林の中に上位竜の居場所への手掛かりがないとすると、残るは島のさいおうにあたる山だけだ。

 俺たちが今日回った中に、緑におおわれた火山のあたりは含まれていない。

 まだ調べられていないそこに何もなかったら、考えを改める必要が出てくる。

 せっかく同行してくれた二人のためにも──特に「遊ぶ時間が……」と頭をかかえているリーナのために──なるべく早く上位竜を見つけ出したいところだ。

 俺がいいと言っても彼女は調査に最後まで付き合ってくれるだろうからな。

 この要件は早く終わらせ、帰りまでの自由時間を少しでも多く確保しないと。

 こうなったらもう、俺だけねむらずに夜も調査を続けるか……?

「──待て」

 そんなことを考えていると、街に入ったあたりでとつぜん、アマンダさんが足を止めた。

「イシュイブリスが『何か変だ』と言っている」

「変……ですか」

「ああ。普通であれば魔法を使う人間がいない分、森などの自然の中の方が街よりも空気中にゆうしている魔力が多いはずだ。しかし、かすかにだがこの辺りは、先ほどまで私たちがいた森の中よりも魔力が多いそうだ」

「え、そうかしら? 私には全然わからないけど……」

 リーナが首をかしげる。

「悪魔は俺たちよりも魔力にびんかんだからな」

「へぇー、そういうとくちようもあったのね」

 知らなかったようなので教えると、彼女はてんがいったとまゆを上げた。

 魔力は空気中にも存在する。

 通常それは個人が所有する魔力を使用して魔法を行使する際、同時にわずかだが消費される。

 つまり、その付近の空気の中をただよう魔力濃度がうすくなることで魔法を使用したけいせきは残るのだ。魔法を使った形跡を残さぬよう、自分の周りの空気の中にある魔力に触れないで魔法を使うには、少々難しい技術が必要だったりもする。

 だから人が多い街の中では、漂う魔力が少ないのが普通だ。

 しかし街中にもかかわらず、確かにこの辺りはほんの少しだけ魔力が多いように感じる。

 もしかしてこれは……かかられ出ているのか?

 目を閉じて全神経を集中させ、魔力のどころさぐる。

 すると、とある場所を中心に魔力が流れ出ていることがわかった。

 人の出が多い日中だったらイシュイブリスもこの変化には気付かなかっただろう。

 濃い魔力を感じる中心地。

 そこはこの島で最も人が集まる場所の近くだったのだから。

 そう、俺たちが上陸してからすぐに通った──土産屋などが並ぶメインストリートのあたりだ。

 ……見つけたな。

あやしいところがあったので今から行ってみます。時間も時間だけど、二人はどうしますか?」

「構わん。私は行こう」

「もちろん私も行くわよ」

 俺たちは早速、目的の方向へと向かった。


 気を抜いたらすぐに見失ってしまいそうだ。

 そのくらいじやくな魔力を頼りに、観光客で賑わう夜の街を進む。

 目的地はメインストリート──そのすぐ一本裏の路地だった。

「ここか?」

「はい。この下から魔力が出てきています」

 アマンダさんに問われてしゆこうした俺が示したのは、きんりんの住人たちが利用しているであろう小さな。光が届かず真っ暗なその中を、自分の眼球に〈暗視〉の魔法をしてのぞいてみる。

 これは……にんしきがいの結界が張られているのか。

 足元に転がっていた小石を拾い、魔力を薄くまとわせばやく投げ入れる。

 本来なら何も起こらずポチャンと水面を鳴らすはずだ。

 しかし、井戸の中から帰って来た音はパリンという何かが割れたような音だった。続いて小石が水面をたたく音がはんきようして聞こえてくる。

 そのせつ、漏れ出す魔力がぐんと濃くなった。

「ほう、確かにここのようだな。今もまだほとんど感じ取れないほどの微弱な魔力だが、あんなに遠くからよくもここを見つけたものだ」

「最初にきっかけをくれたイシュイブリスのおかげです」

「二人だけで……。私なんかまだ何も感じないわよ? ま、テオルは悪魔並みってことね」

「それはめられてるのか……? とにかくだ、今はこの下に行ってみよう」

「そうだな。こんな場所に結界があったということは、この先に必ず何かはあるだろう」


 井戸の中でうであしり、ゆっくりと下に降りていくと水面ギリギリの場所に横穴があった。

 人一人がかがんでようやく通れるくらいの大きさだ。

 うすぐらいそこを進むと、俺たちは開けたくうどうへと出た。

「なんだ、ここ……?」

 つぶやいた声が反響する。

「少しはだざむいわね」

「あ、これ着るか? 俺の団員服で良ければだけど」

「え……いいのかしら?」

「俺は全然平気だから。それよりも、アマンダさんはだいじようですか?」

「私は問題ない」

 アイライ島は暑いからと上着を持ってこなかったリーナに、俺は羽織っていた団服のブルゾンをいでわたした。新品の服だからと気に入って持参したのは正解だったな。

 リーナが騎士団服を着る間、不思議と明るい空洞の中を観察する。

 ゆかかべてんじようあわく発光する石を使っているのか……。

 正面奥にはとびらがあり、その前には高さ三ミトルほどのよろいを着た騎士のような石像が設置されている。

 どちらもこの空間同様に、かなり昔に作られたものらしい。

 まるで時が止まっているような印象を受ける。

「テオル、魔力はあの石像からか?」

「いえ。あれからも感じますが、本流は多分扉の奥からだと」

 アマンダさんからの質問に答え、リーナを見る。

 すると横で、彼女が顔を前に出して何かをぎようしていることに気がついた。

「扉からも魔力を感じるけど、何かとくしゆじようでもされているのかしら?」

「ん……?」

「ほら、あの刻印」

 指された方を見てみる。

 確かに石像の奥にある扉には、り込まれた複雑な模様がうっすらと見えた。

「ほんとだな……」

 奥からの魔力に意識が向いていてのがしてしまっていた。

 ということはつまり、だ。

 あの扉を開けるのにも時間がかかると見ていいだろう。いつしゆんで開けられないとなると、あいつに気付かれないようにこっそりと近づき、通り抜けるというわけにはいかないな。

「石像──この部屋の守護者をたおさないといけないようだ。準備は良いか?」

「はい」

「バッチリよ」

 さらに二、三歩足を進めると、ゴゴゴと大きな音を立てて石像が動き始めた。

 生えていたこけかれ、ふんじんう。

 同時に、来た道である横穴がふっと消え去ってしまった。

 見たことがない高度な魔法を感じたが、俺たちはみなそれをいちべつしただけですぐに視線を戻した。石像がその外見からは想像もできないほど高速で接近し、手に持ったおのり下ろしてきたのだ。

 俺たちは後ろにちようやくし、かいする。

 道や扉があるということは誰かが利用するということ。

 設計上、石像と戦わなくても済む良い方法があるのだろうが、今はわからない。

 だから俺たちは──せんとう態勢に入った。

 リーナが腰にたずさえたさやから黒刀を抜き、アマンダさんが右足を引きこぶしを構える。

「あまり大きなわざを使ってここがほうかいしては困る。気をつけるのだぞ」

「ええ。じゃあまずは私が」

 二人なら、一つせずに倒してくれそうだが……。

「いや、ここは俺がやる」

 彼女たちを手で制して、俺は一人で前に出た。

 石像を観察して気がついたのだ。

 これが魔法をかけられて機械的に動く単なる石の像ではなく、人工的に作られた生命体──ゴーレムだと。この先に目的の上位竜がいるのならいてみたい。前の白竜といい今回といいドラゴンはどれだけゴーレムが好きなんだ、と。

 ここまでのゴーレムを作るのには、かなりの技術と時間、材料が必要だ。

 今回はめ込みにきたのではなく、話を聞きに来たんだからな。

「……こわしたら、製作者がげんを損ねるかもしれないだろ?」

 腰を低くし、駆け出す。

 そして。

やみ魔法──〈存在隠蔽〉」

 俺は気配を消した。

 ゴーレムの視線はいまだリーナたちの方へ向いている。

 久しぶりの自身の存在がはくになっていく感覚。

 イメージは、意識を深いどろぬまにすっとしずめる感じ。

 心地が良い。

「なっ……あいつ、どこに消えたのだ!?

「やっぱり、アマンダさんでも初めて見たらびっくりするわよねぇ……」

 顔を左右に振って俺をさがしているアマンダさんに対し、リーナはというと腕を組んで苦笑いをかべていた。あきれ気味に、そしてかちょっとほこらしげに。

 俺は何の問題もなくゴーレムの背後に回り込むことに成功する。

 ジャンプし空中に浮かび上がると、ゴーレムの背中に小さなすきがあるのが見えた。

 これは動力源でありかくとなる魔力を込めた特殊な石──魔石を入れる際にできたものだろう。

 正面から設置すると簡単にかいされてしまうため、ゴーレムの魔石はこうやって後方から入れられることが多い。まあ、どちらにしろ本来は、体をふんさいする以外に体内にめられた魔石に手出しする方法はないのだが……。

「──ここだな」

 俺は手のひらの上で、魔力を目に見えないほど細い糸状に変えた。

 これならこの隙間にも入るはずだ。

 集中が乱れたら魔力は形を保てず、すぐにさんしてしまう。

 だから気をつけて……。


 シュギュュインッ!!


 魔力の糸が高い音を立てながら、寸分たがわず隙間に入っていく。

 そして糸が突くと、魔石はれつが入りれいに割れた。

 中から大量の魔力があふれ出てくると、すぐにゴーレムは起動停止しその大きなたいを倒す。しようげきで空間全体が大きく揺れるが、天井や壁などに目立った損傷はない。

 ゴーレム本体の方も……大丈夫、だよな?

 思ったよりも勢いよく倒れたので、少し不安だけど。

 うん、多分大丈夫だ。


◆ ◆ ◆


〈存在隠蔽〉を解除し、リーナたちの下へ戻る。

「こっちの方が早く、安全に終わっただろ?」

「いや……早すぎるにも程があるでしょ」

「……ゴーレムの方が安全に自身の務めを終えれた、というべきだな」

「ア、アマンダさんまで……」

 そんなに特別なことはやってないと思うんだが、なんでそんな言われようなんだ。

 俺たちは倒れたゴーレムの横を通り抜け、刻印がほどこされた扉へ向かう。

 扉は家のげんかんサイズのかくてき普通の大きさだ。表面を手で触れてみると刻印の部分が少しくぼんでいるのがわかった。

「石像を倒したからといって開くわけではないのだな」

「そうね。あれは私たちみたいなしんにゆうしやはいじよするためのものだったのかしら?」

「……イシュイブリス、一度やってみるぞ? ──ふんっ」

 リーナと話していたアマンダさんが扉をす。

 体の中にいるイシュイブリスに声をかけた瞬間、一気にアマンダさんのパワーがぞうふくするのを感じた。彼女はしっかりと地面を踏みめ、低く唸るように息をいている。

 しかし、いくら押しても扉はどうだにしなかった。

「ハァハァ……やはり、ダメか……」

 肩で息をしながらアマンダさんが下がる。

 入れわるように前に出た俺は、扉に顔を寄せてよく観察してみた。

「あっ」

 すると、とあることに気がついた。

 今日はなんだかえているみたいだな。次々ととつこういだせる気がする。

「テオル、何か策を思い付いたのか?」

「まあ……はい。というか、この刻印に見覚えがあったのでもしかしたら開けられるかなぁ、と」

「は?」

 アマンダさんがぜんと声を漏らすと、リーナが首をひねった。

「いやでも、これってかなり昔に作られたものだと思うわよ? 現代の技術が使われているのなら私だって見覚えくらいはあるはずだし、アマンダさんだって……それに、イシュイブリスも何も知らないのよね?」

「そうだ。『ドラゴン独自のものだ』と言っている」

 二人から向けられる、信じがたいと怪しむような目。

 こんな場面で口から出まかせを言う意味はないだろうに。

 俺はごほん、と一つせきばらいをしてから説得する。

「と、とにかく! ちょっと下がって見ててくれないか?」

「あんたがそこまで言うなら別にいいけど……」

「ここまでも全て、テオルがとつしてきたことだしな」

 二人が後ろに下がったのを確認して、俺は再度扉に触れた。

 目を閉じ、魔力の流れに集中する。

 今から行うのはかなりせんさいな技術を必要とする難しい作業だ。何しろ……この複雑な刻印が施された扉は元来、初めに魔力を込めた人物以外のしんにゆうを決して許さないというしろものだ。扉の登録者が認めない限り、なんぴとたりとも通ることはできない。

 強固な素材で造られている場合は物理的に破壊することも不可能。

 その上、魔法を弾く効果があるので、どんな魔法もこの扉の前では無意味なのだ。

 そもそもこれは、ドラゴンたちのしん領域へ続く扉。

 登録者は扉を維持するために永続的に魔力を要求されるみたいだが、そのことをこうりよしてもこの扉はドラゴンが生み出した規格外のけつさくの一つといえるだろう。


 俺は以前、暗殺者としての任務中にこれと同じものを見たことがある。

 まだ自分の出自をリーナたちに話していないので、かいじよう方法をしてしまった。

 だが。

 この扉を開けられると思ったのは本当だ。

 そのしように過去の任務で同じような扉を見た時、俺は初見で難なく突破している。

「──〈かいせき〉」

 何であれ、人工的に作られ機能している全ての物には仕組みがある。

 まずはそれを読み取り特定するための魔法を展開。

 手のひらから脳へと数々の情報が流れてくる。複雑かつ大量の情報をていねいに精査していき、扉の構造の理解を深めた俺は、そこでようやく目を開いた。

 うん、これならいけそうだな。

 あとは魔力を流し込み、自分の魔力を操作して仕組みを分解していくだけだ。

「〈解錠〉」

 走査した仕組みに対して、適切な手順で分解を進めていく。

 扉の中に流し込んだ魔力を奥へ奥へともぐらせると、最深層のある箇所で、カチリと何かにハマった感覚があった。そして、次の瞬間──。

 刻印の凹んだ部分が水色の光を放った。あまりのまぶしさに思わず目を細める。


 やがてかがやきが収まった後、俺は細く長い息を吐いた。

「ふぅ……よし。ほら、できただろ?」

 振り返り後ろの二人を見ると、リーナは口を開き、アマンダさんは目をみはってこうちよくしていた。

「ちょ、ちょ、ちょっと……今のって……っ!

「なんなんだ……さっきの魔力せいぎよの練度は……」

 練習をすれば二人にもできるようになるだろうが、これはそこそこ難しい技術だからな。

 今回ばかりは俺も少し鼻が高い。

 たとえ、ちょっと引かれ気味だったとしても。

「これでもかなり厳しいたんれんを積んで──」

「やっぱりあんたって化け物よ! 何をどうしたら、こんなことができるようになんのよ……」

「そうだな。まったく想像がつかないのがなおさらこわいが……これは以前に同様の物を見たことがあるかどうかなど関係ない。単純にセンスがある変態的な技術の持ち主にしかできない神業だ」

「いや、なんでそうなる? 二人ならしっかりと練習すれば──」

「できるわけないわよ!?

「私たちを殿でんと同じにしないでくれ」

 前言てつかい。ここまで引かれると、もう高くなる鼻はどこを探しても見つからない。

 井戸を見つけ出した時やゴーレムを停止させた時よりも、一段とあつかいがひどい気がする。

「もう、いいです……」

 俺はうなれて、さっきまで押してもびくともしなかった扉に手をかけた。

 扉は音もなく簡単に開く。

 その先には、奥へと続くレンガ造りの広い通路があった。


 長い一本道を五KMキーロミトルほど進むと、前と左右の三方向にぶんした十字路に差しかった。足を止め、俺たちはどこへ進むべきかを考える。

 アマンダさんは右の道を指差した。

「感じる魔力はどこも似たり寄ったりだが、右からの魔力が僅かに強い。こっちだな」

 このみような差がわかるなんてすごいな。

 イシュイブリスがいることを差し引いても、魔力の扱いについてかなりの腕前だと見受けられる。

「私もこの辺りまで来たら魔力を感じ始めたわね。いまいち差はわからないけれど」

 歩を進めるアマンダさんにリーナも続こうとする。

 ──しかし。

「ちょっと待ってください」

 俺はそれに待ったをかけた。

「……ん?」

「多分それ、わなです」

 体をこちらに向ける二人に告げる。

 アマンダさんは頭上にもんでも見えそうな表情になった。

「ということはなんだ。正解の道は前か左なのか?」

「いえ……」

「じゃあどっちなのよ?」

 リーナが眉をひそめた。

「わかってるとは思うけど、ここから先は迷路みたいになっている。進んだらいくつかの道に分かれて、さらにどれか一つの道を選んで進んだらまた分岐だ」

「でしょうね。魔力がじゆうまんした空間がかなり長く続いていることくらいは私にも分かるわ」

「で、おそらく一番奥の行き止まりとなるいくつかの場所に、魔力を発する物が設置されているんだ。これらのほとんどはフェイクで、最も濃い魔力が正解。だからそれを辿たどっていけば──と、普通はそう考えるだろ?」

「そうね」

 迷路のようになったこの先の道から魔力が溢れ出てきている。

 もしかするとここで前や左右に進んでも、どこかの地点で繫がるのかもしれないが、全ての分岐で正解を選び続けたら目指すべき場所へ着くのだろう。ここに来た者はそう思い先へ進むはずだ。

 あらゆる面で異常ともいえるほどのけんろうな扉を通って来た後である。あの扉が造られるよりも前に、この迷路は侵入者をはばけとして機能していたのかもしれない。正確なことは俺にはわからないが、ここはとてもおもしろい場所だな。

 のんにここから先に進むと、その時点で俺たちは文字通り迷宮入りすることになるだろう。

 迷路にらわれ、あらゆる場所で魔法が発動したり矢が飛んできたりする。トラップをんでおけば、捕らえたものを迷路が殺すことはやすい。

 何しろここは──


「だけど正解のゴールはここ──スタート地点だ」


 ──出発地点が目的地の、初めから終わった迷路なのだから。

 俺は指で自分が立つ地面を差し、前方に続く無意味な迷路との別れを提案した。

「……なるほど。これはかなり意地の悪い問題だな」

「先に道があったらつい進んでしまうものね。それに魔力がぶつかり合う地点なら魔法じんの存在を誤魔化しやすいし」

 二人は俺が言わんとすることを瞬時に理解し、こちらに戻ってくる。

 以前から思っていたけれど、第六騎士団のメンバーは力だけでなく頭も切れる。

 もちろんヴィンスも、ああ見えてここぞというときはやる男だ。


 魔法陣があるであろう場所の上に三人で固まって立ち、代表して地面に手を置いた俺が魔力を込める。今回は何かを感知して発見したのではなく、思考の末に答えを見つけ出した。

 冴えていると調子に乗って、何も考えずに先へ進んでいたら大変なことになっただろう。

 ここまでの技術を持つドラゴンに会える絶好の機会をあわやのがすところだった。

「じゃあ行こう。順調に辿り着けたみたいだ」

 俺の魔力に魔法陣が反応する。

 扉が開いた時と同じ水色の光に包まれ──まばたきをすると。

 俺たちはどこかの家の中にいた。

 そして。

「ようこそ、数百年ぶりの来客だ」

 目の前には人の姿をしたドラゴンが立っていた。

「「「──っ!?」」」

 姿は背の高い人族の男性だが、発している気配は明らかに上位竜のものだった。上手くおさえ込んでいるものの、のうみつな魔力がにじみ出ている。

 俺たちはとつに臨戦態勢に入り、三十代半ばに見えるその男の出方をうかがった。

「なんだなんだ? 戦いに来たわけではないと思ったんだが、もしかして違ったのか? めんどうだし、何も産まないからあらだけはけたいんだけどなぁ……」

 男が乱暴に頭をくと、ボサボサだった緑色のかみはさらに乱れた。

 イシュイブリスが言っていたことは本当だったようだな。

 このドラゴンはどうやら人間に対し敵意はなく、話ができるタイプらしい。

 これは望んだ結果を得られそうだ。俺はリーナとアマンダさんと視線を合わせ、けいかいを解いた。

「申し訳ない。実は、ある人物からあなたがアイライ島にいると聞いて探していたんだ」

「そうか。それは……そこにいるイシュイブリスからか?」

 俺が非礼をびると、男は特段気にした様子もなく、アマンダさんを指差してそう言った。

「な、何故わかる……っ?

 アマンダさんがひとみを揺らし、ハッと息を吸う。

「当然さ。ぼくぁね、他のドラゴンよりもちとおくりよくが良いんだ。彼女には何度か会ったことがあるからすぐにわかったよ」

「いや、だが──」

「で、用件はなんだ? いくらイシュイブリスに居場所を聞いたとしても、ここまで辿り着くのは大したものだ。もともと井戸を見つけるのも普通の人間にはできない。それに〝竜扉〟を開けたのにはおどろかされたなぁ。少年、君はせきみたいな存在だ。そのらしい腕前には楽しませてもらったからな、話くらいは聞こうじゃないか」

 俺たちがここまで来るまでの道中を、ずっと見ていたような口ぶりだ。

 付いてくるように言われ、少し広めのいつぱん的な家の中を進む。

 ろうを歩いているちゆう、通り過ぎた一室の扉が開いていたので部屋の中をちらりと見ると、様々な実験道具や見たこともないどうが乱雑に置かれていた。研究部屋、だろうか。

 それにしてもここはどこなんだ? さっきまで地下の迷路にいたはずだが。

 そんなことを思っていると、前を歩くリーナが窓の外を見て足を止めた。

「草原……? こんな場所、アイライ島にあったかしら」

「うーん。多分、魔法で映し出した景色なんじゃないか? このまどわくはただのインテリアで」

「えっ。本当にそんなことができたらすごいわね……」

 家の窓の外には草原が広がっている──ように見えるがこれは実物でない。

 窓枠はただの木製だ。しかし窓ガラスの部分から魔法を使用しているこんせきが見られる。おそらく転移魔法の応用で、景色だけをこの場に飛ばし続けているのだろう。

 俺がそんな考察をリーナにろうすると、先頭を行く男が振り返った。

「──ああ、その通りだ。よくわかったな。ここは山の地中深くに造った我が家なんだが、いくらなんでも窓が一つもないと気がるからな」

 ドラゴンらしからぬ発言に上手くリアクションを取れない。

 それにしても……そうか。俺たちは魔法陣によって地下深くに転移していたらしい。どうりで地上でいくら探し回っても、あの井戸を見つけない限りは手掛かりさえなかったわけだ。

 転移魔法が得意なドラゴン。面白いな。

 転移という魔法の性質上、結ぶ二つの地点の座標を正確に割り出し、くるいがないようその情報をみつな魔法陣に描き込んでいく必要がある。地面や壁などに設置することしかできず、物に魔法陣を描き込み魔導具にすることはできない。さらに転移魔法陣の維持には理論上、人族ではとうてい足りないほどのぼうだいな魔力が要求されるそうだ。

 さっきの覗いた部屋にあった魔導具。もしかするとこの上位竜は、精密で本来はドラゴンがわずらわしいと思うような転移魔法の研究を、自身のすぐれた魔力量をかし行なっているのかもしれない。


 俺たちはリビングのような少し広めの一室に通された。

 男が茶を出してくれる。

もカップも同じ物がなくて、大きさから何までバラバラですまないな。僕ぁラファンだ」

「テオルだ。ラファン、突然の訪問にもかかわらずもてなしてくれてありがとう」

「リーナよ」

「アマンダだ」

 俺たちは小さな机を囲むように様々な高さの椅子につき、がらの違うカップを受け取ると自己しようかいを済ませた。

 ラファンはだんから人の姿で生活しているようで、動きは自然だ。

 手先の器用さが必要となる研究のためだろうか。

「それで、わざわざこんな所まで足を運んだ理由は?」

「知りたいことがあるんだ。そこでさっきも言ったように、イシュイブリスからあなたなら知っているかもしれないと聞いて……彼女たちはその付きいだ」

「悪魔が知らないことで僕に訊くってことは……ドラゴン、中でも上位竜に関することか」

「話が早くて助かる」

「わかった、いいだろう。長らく研究ばかりしていたからきゆうけいついでに答えよう。ただし、この場所のことを口外しないとちかうのならだが」

「もちろんだ。リーナと、アマンダさんもいいですよね?」

「ええ、誰にも言わないわ」

「口外しないと誓おう」

 魔法を使えば何かしらの契約を結ぶこともできる。それなのにわざわざ言葉で約束し、俺たちを信じることを選ぶなんて本当に変わったドラゴンだ。裏を返せば、望まぬ来客があった場合は対応するだけの力を持ち合わせているということでもあるのだろうが。

 ラファンは俺たち全員の目をじっくりと見た後、一つうなずいて口を開いた。

「……よし、では話してくれ。君が知りたいこととやらを」

 ドラゴンは他種族に同族が殺されたと知っても人間のような感情はいだかない。

 そう知ってはいるものの、俺はわずかにきんちようしながら語り始める。

「ああ。実は先日、オイコット王国内にあるエルフの村をおとずれたんだ──」

 そこで現れたドラゴンを倒したこと。その心臓が紅玉となり、手に持った瞬間に割れて粉々になったこと。そしてそれが俺の体内に入り、いくつかの変化が起きたこと。

 一通りの出来事を話し終えると、それまで静かに話を聞いていたラファンは、自身の分の茶を飲みのどを潤してから、どこか興奮した様子で身を乗り出して来た。

「その紅玉の正体も、テオルの体に変化があったということもわかった。だが、どうして今もこうして生きていられるんだ? どんな手術を施したのか僕にも教えてくれないか!?

「いや、特に何もしてないが……手術? どういうことだ」

「白いうろこを持った上位竜──ドムガル、あの者はかつて〝魔王〟の配下だったんだ」

「っ!?

 魔王。

 深淵王などの悪魔の王を指す魔天十三王とは違い、魔族や魔物を従え世界を統一しようとしてあくぎやく非道の限りをくした人物の異名だ。種族は悪魔ではなく、人族だったと言われている。

 最終的にかの勢力はえいゆうたちによって討たれたそうだが、魔王は世界に大きな混乱を招き、〝暗黒時代〟と呼ばれる百年間をもたらした。

 へいおんが戻ったのは、今から三十年前のこと。

 あのドラゴンが魔王の配下だったことは驚きだが、それがこの件にどう関係するのか。

 俺が聞こうとしたその時、アマンダさんが勢いよく立ち上がった。

「な、なぜだ!? 魔王軍はぜんめつし、生き残りなどいないはずだぞっ!?

「そんなことはない。数多くの残党が世界中に散り、今もなお生きているぞ」

「……!」

 ラファンの言葉を聞き、力が抜けたようにアマンダさんは席にすわる。

 俺と同様にリーナは、そこまで驚いた様子はなく話の続きを待っている。

 確かに魔王軍は全滅したと言われているが、それはほんの一部の人々の言説だ。心の底からは魔王の死を信じられず、かれらの再来をし続けている俺たちみたいな連中も多い。

 再びラファンが語り出したのは、数秒後のことだった。


「そして魔王の体や魔力、存在を形作る全ては有力な配下に移植され、維持されていると聞く。残党が力を取り戻し、やがて集結するときまでな」


「……は」

「……え」

「……な、なにっ!?

 今度は、俺たち全員が衝撃を受ける番だった。

「全てがそろえば魔王は復活する。それは、再び暗黒時代が幕を開けることを意味するだろう」

 しかしラファンはそこで言葉を止めず、さらに続ける。……ニヤリと笑って。

「──そう僕ぁずっと思っていたんだ。だが、ここで少し事情が変わったようだな」

 もう何となく予想はついたが、ラファンは俺の目をぐと見て告げた。

 両手で包むように持った、すでに熱を失ったカップの中で、冷めかけの茶が揺れる。

「本来は魔王以外には適応しないはずが、なぜか君に移植された。それも心臓……けつしようしたことを考えるに──おそらく〝魔王のたましい〟がだ」

 ……やっぱり、そういうことか。

 ラファンの言葉に俺は頭を抱えたくなった。

「まっ、魔王の魂が……テオルの、中に? ど、どどど、どうしてよ」

 かすれる声でリーナがぼうぜんと呟く。

 しかしその問いには誰も答えることができない。

 ただ、ラファンの「それはわからないな」という声がひびいた。

 白竜が保持していた魔王の魂。

 それが俺の体の中に入ったとして、これからどうなるのだろうか。

 今はまだ、少し強くなった程度の変化しかない。

 だがこれがもし、魔王の思想にむしばまれ始めでもしたら……。

「けれどそうだな。理論上はたとえ魂が肉体に適応したとしても、一つの肉体に二つの魂を有することはできないはずだ。表と裏があることはあっても、複数の魂が大人しく収まることはない」

 俺が不安に駆られていると、ラファンがそう言った。

「そうなのか?」

「ああ。本当はいまごろ、魂の過多で死んでいるはずなんだ。だから何らかの手術でも受けたのかと」

「なるほど、そういうことか。じゃあ、なんで俺は……?」

「それもなぞの一つだな。魂が体に入って三十分もしないうちに苦しみもだえるはずなんだが。僕には言っていない、何か心当たりはないのか?」

「心当たり……か」

 魔王の魂が俺の中に入った直後の話だ。

 三十分の間にどんなことがあったか思い出そうとしていると、すぐにリーナが反応した。

「あっ! テオル、あれじゃないかしら?」

「あれ……?」

「ほら、村の秘薬よ! 傷をやすために特別にもらった!」

「──ああ!! 確かにあの効能なら、もしかすると……」

 そうだ、エルフたちが作ったというあの秘薬。

 まさにばんのうとも言えるあれを、俺はタイミングよく村長に貰って口にしたのだった。

 点と点がつながり、線になった気がする。

「お前たちは先の仕事でそんな物を貰ったのか?」

「はい。エルフたちが感謝にと」

 アマンダさんの問いに答え、ラファンを見る。

「三十分つ前にそれを飲んだんだが、どう思うか聞かせてくれないか?」

「……そうか、そういうことか! エルフの秘薬といえば、もしかするとそれはエリクサーだったんじゃないか? 運良くあの薬を飲んだなら、ばくはつしそうになる二つの魂を癒やし、一つにしたのかもしれない!」

「エリクサーって、あのエリクサーか!?

「……って何かしら?」

 驚きのあまり大きくなってしまった俺の声に、リーナの間の抜けた声がかぶさった。

 いや、エリクサーはかなり有名だろ。

 俺たちの顔を見回すリーナにアマンダさんが説明してくれる。

「よく伝承に出てくる万能薬の正式めいしようだ。ほら、『竜とひめと空の王』にも出てくるだろ?」

「ああ、あれね! あの飛行船の中で使った!」

 様々な伝承に出てくるので、モチーフとなった物があるのではないかと昔から思っていたが……まさか、そのまま実在する物だったなんて。

 ラファンのタチが悪いじようだんとも思えないしな。

「昔はもっと出回っていたんだが、今となってはエルフの中でも古くから同じ場所にとどまり、村を守ってきた者たちしか製法は継承していないはずだ。知らなくても無理はないだろう」

 腕を組み、ラファンが過去をなつかしむように遠い目をする。

 そうか、あの白竜──ドムガルがよみがえらせたいにしえのゴーレムたち。あんな物がはいされ地中に埋まっていたということは、あの村がはるか昔からあそこにあったと考えられる。

「それで、俺は奇跡的なタイミングでエリクサーを飲んで助かったと?」

「僕も作り方やくわしい効能をあくしているわけではないが、おそらくそうだろうな」

「……知らないうちに、俺は九死に一生を得てたのか」

 紅玉から魔力を感じなかったので、ただの石だと思いさわってしまったが、油断しすぎていたかもしれない。あの場でしっかりと危機管理能力が働いていたら、こんなことにはならなかったのだ。

 これは反省だな。次に同じようなことが起きないように、気を引き締め直さなければ。


「よかったわね、あんた」

「お、おう」

 ねぎらってくれているのか、リーナが肩を叩いてくる。

 起きてしまったことは仕方がない。重要なのは、ここからどう対応していくかだ。

 面倒ごとに巻き込まれたのは間違いないだろう。

 魔王の存在を形作る体のパーツや魔力、そして俺が移植してしまった魂。ラファンの話が正しいとすれば、魔王が復活するのはその全てが集まった時らしい。

 と、なるとだ。

 魔王を蘇らせようとする者たちは、もちろん俺が持つ魂を必要とする。

 最も欠けてはいけないピースを失ったかの軍勢は、必ず俺をねらってくるというわけだ。

 ひとまず身体的な危険はないのかもしれないが、魔王の魂を持つということは、それを必要とする連中に狙われることがあるということ。そう念頭に置いておかないとな。

「これで知りたかったことは全て知れたか?」

「ああ。ありがとう、ラファン。何か対価は──」

「いんや、ひまつぶしにしてはなかなか面白い時間を過ごすことができたからな。気にしないでくれ」

「……そうか、感謝するよ」

 これで今回の調査の目的は達成だ。

 衝撃の事実が判明したが、こんなにも素晴らしいドラゴンに出会えたのは思わぬしゆうかくだった。

「さて、じゃあ帰りましょうか。王都に戻るまでまだ時間はあるし、いっぱい遊べるわね!」

「その前に今晩の宿の夕食の時間に間に合うのだろうか?」

「……あ。そういえば今、どれくらいの時間なのかしら……」

 拳を突き上げたリーナを、アマンダさんが現実に引き戻す。

 時計を探してみたが、時間を気にして生活していないのか、ラファンの家にそんな物はなかった。

 井戸に入った時にすでに日が沈みかけていたから、流石にもう夜だろう。

 あれから体感で五時間は経っている気がする。

「ここを出るために使う転移の魔法陣は、深い森の中に繫がっているんだ。街に戻るとなると、かなり時間がかかると思うが……よければまっていくか?」

 あれこれ言い合っていると、ラファンからそんな有り難い申し出があった。

「い、いいのか?」

「居間に二人、物置に一人と分かれてもらえれば、予備のとんくことはできる。食事は簡素なものしか用意できないがな」

 かんはつれず、激しく頷くリーナと深くおをするアマンダさん。

「何から何まで本当にすまない。もう少しだけ世話になるよ」

 結局、俺たちはラファンが魔導具の中に保存している食材を使って作ってくれたシチューとパンをいただき、一ぱくさせてもらうことになった。

 ちなみにもちろん、物置部屋でる一人は俺だ。


◆ ◆ ◆


 しゆうしんの準備を終えたアマンダは、居間に敷かれた布団の上でためいきをついた。

 アイライ島へ到着してからの今日一日の出来事を振り返り、テオルの規格外さに苦笑する。

「どうかしたの? アマンダさん」

「いや、イシュイブリスと話をしていてな」

 リーナにしんがられ咄嗟に吐いてしまったうそに、体の中の悪魔がさわがしく反論してくるが、それを無視して考えを続ける。

(自分の目で見て判断する、か。認める認めないなどと言ってしまったが……彼はその領域にはいなかったようだ。私にはけなかった、彼の力を)

 井戸にたどり着くことができた探知能力。とつじよとして消えたように見えた何かしらの技。瞬時にゴーレムを倒してしまうほどの戦闘技術。そして何より、目を疑うほどの魔力制御の正確さ。

 それなりに自分は腕が立つと自負しているが、確実にテオルはその上をいっている。

 アマンダはその事実を、張り合いのある仲間ができたと好意的にとらえた。

 布団に潜りまぶたを落とす前、最後にリーナに声をかける。

「……テオルは凄いな」

めずらしいわね、アマンダさんがそんなこと言うなんて」

「そ、そうか……?」

「ええ。でも確かにあいつが凄いっていうのは同感だわ。本人はそこまで大したことないって思ってるみたいだけど」

「……そのようだな」

「だけどあれは絶対、生まれ持った才能の格が違うのよっ!」

 むきーっとまくらを叩いたリーナは、だが「それでも」と続ける。

「私も負けたままではいられないわ!!

 勢いよく布団を被り背中を向けるリーナを、アマンダは微笑ほほえましく思った。

 彼女も自分と同じおもいだったか、と。

「そうだな。私も負けたままではいられない」

 この夜、今回の調査でテオルとの力量の差をたりにした二人は、静かな想いを胸に宿したのだった。静かな、しかし熱い想いを。


◆ ◆ ◆


 次の日。

 ラファンに別れを告げた俺たちは、魔法陣に乗り森の中へと転移した。

 ここは街とは山をはさみ、島の正反対に位置する場所のようだ。

「一度宿に戻り、それから残された数日のきゆうを楽しむことにしよう」

 アマンダさんがサングラスを取り出して装着する。

「そうね、水着も取りに帰らないといけないし。予定よりも早く終わったから、いろんなレストランに行けるわね! あ~いそがしい。どこから回ろうかしらっ?」

「リーナ。団長とヴィンスへのお土産選びも忘れるなよ?」

「えー、あんたが一人で選んだらいいじゃない。ここからの私はハードスケジュールなのよ!」

 事前に三人で選ぶという話になってただろ。

 そうくぎしてみるが、リーナはどこく風と俺の話を聞き流した。

 もちろん俺も、海水浴や観光には興味があるが、リーナほどではないのできちんとたのまれたらお土産選びを一人で担当してもいい。

 だが、押し付けられるのはなんかしやくさわるからな。

「ダメだ」

「なっ、なんでよ!? あぁもうわかったわ! 宿に着いたらすぐげてやる!」

「こいつ……。アマンダさんもなんか言ってやってくださいよ」

「む、私がか? そうだな……いくら休暇とはいえ、約束をにするのはどうに反しているぞ、リーナ。それにそう急がなくても、時間は十分にあるだろう」

「アマンダさんまで……きようよ、テオル! 本当に逃げたら後で痛い目を見るの確定じゃないっ」

 実際に行動に移したら、そんなにアマンダさんって怖くなるのか? 今もリーナの発言に自ら何かを言うことはなかったし、そこまで厳しく注意したりしないみたいだが……。

 目的を達成した俺たちは、気楽にわいわいと言葉をわしながらのんびりと森の中を進む。

「別にいいだろ、ちょっとくらい。どれを買うか選ぶのに付き合ってくれても」

「う~ん……もう、わかったわよ! けど可能な限り手短に終わらせるわよ? めぐってみたい観光スポットもたくさんあるんだから」

「よし、じゃあ明日の昼にでもみんなで──」

 その時だった。


「見ぃいーつけた」


 突然、耳元で知らない声がしたのは。

「……ッ!?

 俺たちは全力で地面をり、距離を取る。

 背後を向くと、そこにはスーツ姿の男が不気味なみを浮かべて立っていた。

「おや……驚かせてしまったでしょうか。これは失礼」

 男はクツクツ笑い、左手を胸に当てて頭を下げる。

「でも、ずっと貴方のことを探していたのですよ」

「何者だッ!」

「お~う怖い。お仲間もそのような顔をしないでください。私は彼の心臓に用があって、ちょっと死んでいただきたいだけなのです」

!!

 俺の問いにおどけた表情で男は答える。

 まさかもう、魔王の魂を狙うやからが来たというのか。

 すぐに戦闘に入るべきか、それとも逃げるべきか。

 三対一とはいえ、命の危険があれば潔く敵前とうぼうを選ぶ必要がある。

 どちらが良いせんたくなのか考えた結果、俺たちはいつせいに『戦うこと』を選択した。

 俺はしんえんけんを出現させ、リーナは刀を抜き、アマンダさんは拳を構える。

「はぁ……そう急がなくても」

 やれやれと首を振った男は、冷たい目で俺たちを見てくる。

 その視線に察した。

 こいつ……かなり、強い。

 単純なパワーだけで言うとラファンたちのような上位竜にはおとるだろうが、冷静さを備えた敵はそれだけでやつかいだ。暗殺者としての任務中、いくたびか経験したことがある死線。その時と同じような冷やあせが背中を伝い落ちていく。

「テオル、やつの狙いは貴殿だ。だが安心してくれ、こちらには私とリーナもいる」

「はい。上手くれんけいすれば……」

 サングラスを外したアマンダさんの声かけに頷く。

 その時、隣でリーナが不敵に笑った。

「──勝てるわね」

 三人でサポートをし合えば負けることはないだろう。

 しかし、できるなら敵のぜんぼうを探りたい。

 ここで確実に男の息の根を止めることより、どうにか情報を引き出すことを優先すべきかもしれない。今後に活かせる情報は、何としてでも必要だ。

 最低でも退ける。誰一人深手を負うことなく、この場を切り抜けることを勝利の条件としよう。

「まったく、おじようさん方は見逃してあげるつもりでしたのに……。これでは三つも死体が出来上がるじゃあありませんか。私は元来、な殺しはしない主義なのですがねぇ……」

 そう言うと、男はふところからダガーナイフを取り出した。

 そして──。

けつしんこうけんまたおに〉」

 その武器に鬼を降ろしたのだった。


 一瞬、耳を疑った。が、あれは確かにリーナが使っているものと同じ技だ。

 隣に立つリーナが息をみ、刀をにぎった手がふるえているのが見える。

「あんた……そ……こで」

「……はい? まだおしやべりを続けますか? 私は一向に構いませんが」

 うつむいて何かを言ったリーナに、うわついた調子のままの男が尋ねる。

 彼女はキッと顔を上げると、

「──それをどこで手に入れたかって聞いてんのよッ!!

 今まで聞いたこともないほどのいかりをはらんだ声で、えた。

「これ、ですか? これはとある人物から買ったのです」

──っ! 絶対にぶっ殺してやる。私が、この手で!」

「あはっ、もしかしてその反応……。貴女、一族の生き残りですかぁ?」

 要領を得ず、俺にはいまいち理解できない会話がり広げられている。

 何がどういうことなのだろうかと、頭を回転させる。

「これは面白い巡り合わせですね。こんな所で現存しているロスケール家の方に会えるなんて。貴女の親族はよく働いてくれていますよ? あっはっは、私の武器としてね!」

「……まさか」

 そこで、ある考えが浮かび言葉が漏れた。

 アマンダさんが男を警戒しながら俺にだけ聞こえる声で呟く。

「そうだ。リーナが使っているあの技は、彼女の家の血が流れる者にしか扱うことができない。鬼とちぎりを交わした、ただ一つの家系だからな。だが……」

 男は今も、腹を抱えてゲタゲタと笑っている。

「その血に目をつけた者たちが一族を捕らえ、血を採取し尽くしたのだ。それを使って作られた武器がやみいちに出回っていると聞いたことがあるが……おそらく、あれがそうなのだろう」

 あまりにもざんこくで、そしてこの世界にはありふれた話。

 金を貰うための暗殺といつしよだ。

 何の罪もない人間を、おのれの利益のためだけに殺す。

「──けつしんこうけんあんこくどう〉×〈じやきようきつおう〉ッ!! かはっ……」

 怒りに震えるリーナが二つの鬼を同時に降ろした。

 彼女は苦しそうにけつしたが、なおも男を力強くにらんでいる。

「貴女の血を使ってオリジナルの武器でも作りましょうかねぇ? これは本当に、思わぬり出し物です。仕事ついでにこんな物を手に入れられるなんて、今日の私はかなりツイてるようだ!」

 半ば絶頂状態とでもいえる男の発言に、俺まで頭に血が上りそうになった。何とか深呼吸をする。

 戦う時はいつも冷静に、頭をフル回転させ最適解を出し続ける。

 昔からそんなモットーをかかげていたが、まんの限界だ。

 目の前で仲間が──リーナが言葉で傷付けられている。

 だまって見ていられるわけがない。

「許……せないッ。じゆつけんものさびり〉ッ!!

 瞳が真っ赤に染まったリーナがざんげきを飛ばす。

「お、おい……!」

 連携を乱すなとアマンダさんが手をばしたが、彼女はとまらない。

 さらに一秒にも満たない時間で、十をえる斬撃を飛ばし続け、自らも敵の下へと突っ込んだ。

 だが、その全てを男はダガーナイフで軽々と弾いている。

「く……っ」

「あははっ! さすがロスケール家の方ですね! かなり強い。速さも力も、並の剣士なら百人はまとめて倒せるでしょう。ですがね、この程度じゃ私にはかないませんよ! もっともっともっと!! 才能がないと私の相手にはなりませ──」


「──ごたごた五月蝿うるせぇな」


 気配を消して接近した俺は、男の目と鼻の先にいた。

「気を抜いてると、近づかれたことにさえ気付けないぞ?」

「なっ……──ぶぎゃぁっ!

 お返しだとばかりに、俺は男のみぎあごかたく握った拳でぶんなぐる。

 情報を得ることを考慮し、あえて殺傷能力が低い拳を使った。そのため男は殺気を感じることができずにこうげきをもろにらい、きりもみ回転しながら飛んでいき木にげきとつした。

 気配を消した俺を看破できなかったか。

 ……と、なると。

 さきほどは不覚にも背後を取られてしまったが、相手がおんみつ行動をしていたという線はかなり薄いとみて良いだろう。すると他に考えられるのは……。

「あ、貴方は何者ですか……っ? もしかして私と同じ──」

「貴様に時間はないぞ。イシュイブリス──てんどうたいッ」

 口のはしについた血をぬぐい、膝に手を置いて立ち上がろうとする男はどうようした表情を見せた。

 しかし当然、時間をあたえるわけもない。

 俺の動きに合わせ、すでに移動していたアマンダさんが横から仕掛ける。

 体内のイシュイブリスを解放。同時にその存在を纏ったようだ。

 赤黒いもやへびのように体の周りをうねり、アマンダさんは男に中段突きを放った。

「──ぐはッ」

 ダガーナイフでの対応が間に合わず、またしても男は吹き飛ばされこちらに戻ってくる。

 反撃のすきを与えず、次は俺が背中に蹴りを打ち込んだ。

 そして再度アマンダさんの方へと飛ばされた男は、顔面に上段蹴りハイキツクを喰らい、空中を浮遊してからバタリと地に落ちた。

 今のアマンダさんからは悪魔の気配を強く感じる。もしかすると単にイシュイブリスを纏ったというわけではなく、二人が重なり、一つの存在になっているのかもしれない。

 シンプルなパワーだけを見ると、人族のそれを明らかにりようしている。

「ハァ、ハァ……ッ。予想外の強さですね。まさかこんなのが二人もいるなんて……」

 フラつきながら、それでもゆっくりと起き上がろうとする男。

「退きなさいッ! そいつは私が一人で──!」

 俺たちが敵の近くにいると、遠距離攻撃を繰り出すことができないリーナがさけんだ。

 それを、俺は制す。

「無理はするな、リーナ」

「……っ」

 怒りに任せて初めから飛ばしすぎだ。

 時間をかければ彼女一人だけでも勝てる可能性がないとは言えないが、今の状態では立っているのもつらいだろう。目はじゆうけつし、鼻からは血が垂れている。

 自ら体の限界を超えてしまっては、深手を負ったも同然。

 彼女のことを思うならばここは止めるべきだ。

 するどい目つきをしたアマンダさんが口を開いた。

「おい貴様、答えろ。魔王の軍勢は戻るのか?」

「はっ、本当に怖いお嬢さんだ。魔王の軍勢? はて、何のことですか?」

「──答えろと言っているだろッ」

「おーう怖い怖い。はぁ……まあいいですか。では、一つだけ。──『戻る』? 何を言っているのですか。我々はすでに戻っていますよぉッ!。あとはあの方の復活を達成するのみなのです!」

 きよう的な表情で、目をいた男は両手を広げて天をあおぐ。

「貴方たちの強さはわかりました。このまま私一人では、どうやってもキツそうですからね。今日のところはいずれまた、お会いすることにいたしましょう」

 そう言うと、男はポケットから一枚の紙を取り出した。

 破れた本のページ、だろうか。

 さらりとてつ退たいを宣言され、俺たちはそうやすやすと逃がしはしないと男の動きに気を配る。

 だが、それだけでは足りないかもしれない。俺の予想が正しければ……!


 咄嗟に俺は、男に向かって全力で駆け出したが、間に合わなかった。

 広げた紙に魔力が込められる。

「──では、また」

 今になって思うと、現れた瞬間からこいつの魔力はどこか少なかった気がする。

 それはおそらく、すでに半分ほど使用した後だったからなのだろう。

「やっぱりか……っ」

 瞬間。

 男が大量の魔力を消費し──消えた。

 聞いたこともないが、持ち運びができる転移魔法陣のような物を使ったのか。

「くそっ」

 現れた時も俺たちの後ろに転移してきたのだとすると、気づけなかったとしても無理はない。

 せめて空気中の魔力の痕跡を見つけられていたら、結果は変わっていたはずだが。

 持ち運びができ、その上に自由な場所から転移ができる。昨晩、やはり同様の研究をしていると言っていたラファンに話を聞いたが、上位竜の彼でさえそんな物の実用化は難しいと話していた。

 真相は謎だが、あの男が今〈転移〉を発動したことは間違いない。

 こちらもさつきゆうに対策を立てる必要があるだろう。

 使用する上で何らかの条件があるとは思う。まさか世界の裏側に転移したりはできないはずだ。

 俺は探知魔法を展開し、男が近くにいないか確認する。

「逃げ、られた……?」

 その時、リーナが地面に倒れ込んだ。

「おっ、おい! リーナ、大丈夫か!?

「あ。え、ええ……大丈夫よ。私は……大丈夫」

 力が入らないようなので近くに寄ってみると、顔が真っ青だ。

 リーナはしようてんの合わない目で何度か「大丈夫」と繰り返し呟く。

「テオル、追えそうか?」

 こちらに来たアマンダさんが、しんけんまなしで尋ねてきた。

「いえ、厳しいかと。もしかするとすでに島外に出たのかもしれません」

 探知の結果、半径三KMキーロミトル以内にそれらしきかげは見当たらなかった。

 そう伝えると、イシュイブリスの靄を消しながら、アマンダさんはリーナの肩に手を置いた。

「……そうか、わかった。今回は突然のしゆうげきに対し、痛手を負わずに退けたことは我々の勝利と言えるだろう。だからリーナ、そう落ち込むな。必ず次がある」

…………そ、そうよね。うん……」

 リーナは俺たちを見上げ、努めて口角を上げたように見えた。

「では二人とも。わかっているとは思うが、あの男が話していたことが真実であるかどうかは関係なく、このことはいち早く上に報告せねばならない。そつこく、王都へ帰還するぞ」


 俺は何と声をかければいいのかわからず、ただリーナに肩を貸して街を目指した。

 彼女はすぐにじように振る舞い、観光の予定がくずれたことを残念がる。

「はぁ~、最悪よ。ここからが今回のメインだったって言うのに……!」

「船が出るまでの間に、近くの店だけでも見て来たらどうだ? 団長たちへのお土産は俺とアマンダさんで選んでおくから」

「え、本当に!? じゃあお返しに、ジェラートでも買ってきてあげるわね!」


 あの紅玉に触れたばかりに、面倒で非常に危険な立場になってしまった。

 しかし魔王の復活をすること。その軍勢と戦うことは──すなわち人を護ること、騎士の仕事だ。

 紅玉の調査はかんすいできた。

 不意を打たれた敵に対しても、誰一人深手を負うことなく退けることができた。

 結果は悪くない。

 街が見えてきた時、前を行くサングラス姿のアマンダさんが俺たちを見て微笑んだ。

「時間ができたら、また一緒に来よう。次は観光だけをしにな」


◆ ◆ ◆


「おいッ、どういうことだ! 理由を説明しろ! 理由をッ!!

 テオルのであるゴルドーは怒りに震え、振り上げた拳を勢いよく机に叩きつけた。

 事前に調査し設定した任務の難易度は、なんら問題ないもののはずだった。

 ルドとルウ。自分の子供たちに二人だけで仕事をすいこうさせ、テオルを追い出した判断をうれえる必要はないと父に示す。これで我が子たちの実力を認めさせられるだろう。

 今回はそんな、またとない機会だったのだ。

 しかし──しきに戻ってきたむすむすめは仕事に失敗したという。

「どうせ気を抜いて足をすくわれたんだろう!? ここぞという時に失敗しやがって……親を失望させて何が楽しいッ? あァ!?

 まんしんそうで帰ってきたルドとルウが俯く。

「申し訳ありません、お父様。僕が……」

「何か上手くいかなくって……。でもっ、もしかしたら難易度が間違ってたのかも──」

 二人は今までミス一つなく、今回の任務よりもさらに難しい仕事をかんぺきにこなしてきていた。

 そのため部屋の中には重苦しい空気と同時にこんわくが漂う。

「そんなわけがあるかッ! 俺のみではあれくらいお前たちなら簡単だと思ったんだがな。ちッ、一回の失敗がガーファルドの名にどろると、どうして分からないッ!?

「い、いえっ、もちろん重々承知しています!」

「……あ、あたしもっ」

 顔を真っ赤にしたゴルドーの言葉に、ルドたちはおびえながらも謝罪をした。

 それからもしばらく厳しい言葉を浴びせ続けられる。

 今回のらいに積まれた金額は破格のもの。そのためゴルドーは必ず成功に終わらせ、大きな実績を作っておきたいと考えていた。

 だが、結果はこれである。

 子供たちへ期待していた分、失敗に対しき上がる怒りは底知れない。この一件が広がり、もしもガーファルド家のしんが失われては、今後のぎようえいきようおよぼしかねないだろう。

「……あの、もしかしてなんだけど……テオルが言っていたことが本当だったとかないよね? 前までならこんなこと絶対になかったし……」

 ゴルドーのせいが小さくなったころおそる恐るといった様子でルウがそうこぼした。

 完璧に気配を消し危険を排除してサポート。自分たちに気づけないほど気配を薄くする技術は想像しがたい。

 しかし今回の任務の途中から、どこかで本当だったのではという疑問がルウの胸をかすめていた。

「な、何を鹿なことを言っているんだっ、ルウ」

「はぁ……。お前は頭までおかしくなってしまったのか? 俺から見てもアイツにそんな実力はないと言っているだろ。おやの言葉が信じられないのか」

「そ、そうだよね。変なこと言ってごめんなさい」

 兄と父から本気で心配する目を向けられ、ルウはあいまいな笑みを浮かべる。

 それでも彼女の中から、疑問が消えることはなかった。ではなぜ、今回はあそこまで全てが上手くいかなかったのか。運が悪い、だけで済まされるレベルではなかったではないか。

 何度も馬鹿らしい考えだといつしゆうしようとしても、決してそんな想いが薄れることはない。

「──ルウがそんなんだから、僕の足を引っ張ったんじゃないのか?」

「え?」

 なおもじようし続ける考えに向き合おうとしていると、ルドがふと呟いた。

 啞然とするルウを前に、兄は言葉を続ける。

「矢だって全く当たっていなかったし、そもそもじゆんかい警備をしている奴の位置の把握だってお前に任せるって言っただろう。あそこで見つかってなかったら、僕がこんな怪我を負う必要はなかったんだぞ? 任務だって成功してたはずだ」

 ゴルドーに聞かせるようにルドはうそぶいた。

「な、なんでそんなこと……。流石にヤバいでしょ! 大体お兄ちゃんが──」

「そう感情的になるな。お前に必要なのは反省で、反論じゃない。僕と一緒に精進するんだ。そうすればお父様だって理解してくれるさ。そうですよね?」

 ルウの言葉をさえぎり、父の顔を見るルド。まるで失敗の原因がルウにあるかのような物言いだ。

 巡回している者がいる場所を把握する作業は二人で分担していた。

 連携して任務を進めていくはずであり、もとより自分たちを発見したグールは兄が担当する方向にいた者。が、帰還する以前からルウは連帯責任を負う心づもりだった。

 だというのに父のしんらいが次期当主の自分にかたむいていることを良いことに、ルドの考えは違ったらしい。ルウの反論に耳を貸す暇もなく、ゴルドーは頷いた。

「ああ、もちろんだ。俺だって鬼じゃない。しっかりと反省し前に進むのなら、今回のしりぬぐいくらいはしてやる。進むべき道を示してくれたルドに感謝するんだぞ、ルウ」

 テオルがいなくなり、兄の意地のきたなさが自分に向いた。

 このまま失敗の原因をなすりつけられるのか。

 いきどおりを覚え、勝手に自己完結する父に向かってルウは真実を告げるため口を開く。

「待っ──」

「大変よ、あなた! 今、使用人が……!!

 その時だった。

 勢いよく扉が開かれ、部屋の中へ入ってきた母のフレデリカがルウの声をかき消したのは。


 かなりあわてているようで、フレデリカは息を切らしている。

「どうしたフレデリカ」

「そ、それが……っ。この子たちが受けていた依頼の主が家に来て!」

「──なんだとッ!?

 ゴルドーが目をカッと見開き、勢いよく席から腰を浮かす。

 ルウも言葉の続きを言いたいところだったが、母の言葉を聞き耳を疑った。

 本来、依頼主がこの屋敷を訪れることはない。

 依頼を受ける際も成功ほうしゆうを受け取る際も、使用人が別の場所で対応するため、この屋敷の所在は関係者以外に知らされていないのだ。

「親父は、親父はまだ帰ってきていないのかっ?」

「用事があると言って出て行ったままよ……!」

「くそッ、こんなときに……しかし何故だ? とにかく、目的は分からんが俺が対応しよう」

「お、お待ちください! その、目的なのだけど……どうやら依頼が失敗したと知っているようで……かなりおこっているそうなのよ」

 慌ただしく部屋を出て行こうとしたゴルドーだったが、フレデリカの発言を聞いて足を止めた。

 そして、ゆっくりと振り向く。

 ゴルドーはけな顔で眉を上げた。

「……はぁ? なぜ知っている! こいつらだって帰ってきたばかりだぞ!? 秘宝とやらがしいだけで、依頼人は問題のある人物ではなかったはずだろう!?

 この時になって初めてゴルドーは依頼主の危険さを感じ取った。

 しかし──。

「ちっ……いや、もういい。もう少し待ってもらえるよう話をつけてくる。ルドたちの失敗によって警備がげんかいになっていようが、時間がないからな。多少手荒くはなるが、次は俺が直々にドラゴンの暗殺を果たし向かう。確実に目当ての物が手に入りさえすれば、依頼人もなつとくするだろう」

 不安そうな顔をする妻と子供たち。

 暗殺対象がすでに死んでいると知らないゴルドー。

 彼はげんに舌打ちをしてから、足早に部屋を出て行く。

 その背中を見つめるルウは、いやむなさわぎを覚えた。


◆ ◆ ◆


「お待たせした。私がガーファルド家、当主のゴルドーだ」

 使用人に連れられた部屋に入り、ゴルドーはソファーに腰を下ろす二人の客人に目を向けた。

 異様なオーラを発する背の高い女と、せいじやくさを感じさせるろう

 一瞬で自分と並ぶ強者だと判断する。

「いやぁ、こちらこそ突然押しかけてすまない。このじいさんが聞かなくてね」

「いえ、お構いなく。それで遠路はるばるこのようなやまおくまで、どのようなご用件で?」

 ゴルドーはにこりと笑い、強い殺気を放った。

 しかし女は自身のきんぱついじりながら欠伸あくびをしてみせる。

「っ。依頼の期日はまだ先だったと思うが?」

「……こんな場所に家があったら食料とか困らない? アタシなんか片道だけでもうヘトヘトで、疲れて眠たくて仕方がないよ」

「用件がないのだったらお帰り願えるか。私どもも暇ではないんだ」

 質問を無視する女に、ゴルドーは不機嫌に言った。

 その瞬間、女が目を細める。

 返されたのは自分が出したもの以上の殺気。

 ゴルドーは全身があわつのを覚えた。

「──ッ」

「アンタ、当主なんでしょ? だったらミスを犯したらまずはあやまりな」

 底が見えない鋭い瞳にかれ、ゴルドーはゴクリとかたを吞んだ。

 ろうばいを女たちにさとられぬよう細心の注意をはらい、頭を下げる。

「申し訳ない。どうやって知ったかはあずかり知るところではないが、依頼の難易度を少々見誤ったようだ。だが期日までには必ず遂行する。だから安心して──」

「どうやって遂行するって?」

「私が自ら当たることにした。これで万に一つも失敗はないだろう」

「ふんっ、そう……」

「もちろん、事前に取り決めた以上の金銭を要求はしたりしない」

 もともと期限にはゆうがある依頼だった。あと十日はある。自分がやれば必ず間に合うだろう。

 ゴルドーはこれで今日のところは引いてくれるだろうと思い、客人たちの顔色を窺う。

 ──だが、しかし。

「ふぉっふぉっふぉっ」

「ブフッ……なんなんだこれ。ひぃー、腹痛い」

 去るどころか、老人と女は腹を抱え、なみだを浮かべて大いに笑い出した。

 何がそこまでしいのか。ゴルドーは理解できずにかいさを覚え、二人を鋭く睨む。

「何が言いたい?」

 尋ねてもしばらく笑い続ける女たちだったが、少し落ち着くと口端をニヤニヤと動かしながら、馬鹿にしたような視線を向けてきてこう答えた。

「どうなってるんだい。アタシは世界でも有数の暗殺一家と聞いて依頼したんだがね」

「こりゃじゃな」

 しばらくの間、瞼を閉じていた老爺もゴルドーのことを見下した目で見ている。

 女はスッと立ち上がりけんんだ。失望をいろく感じる、冷たい表情をしている。

 そのまま自然な──自然すぎる動きで一人先に部屋を出て行く女の行動に、ゴルドーは反応がおくれた。『動』を感じさせない『静』だけの歩みに、まるで脳が錯覚さつかくを起こしたようだ。

 女を止めることができず、ゴルドーは押し黙っていたが、残った老人が口を開いた。

ゆうしゆうこうけいが育っていると耳にしたが?」

「あ、あ……ああ。私の息子と娘のことだな。確かに優秀なのは間違いないが、今回の失敗は完全に誤算だった。それでだが……」

 向けられる視線が一層冷たくなる。

 この年寄りにもじんじようの者ではないあつ感があるが、さっきまでいた女ほどではない。そう思い、まだこうしようの余地はあるだろうとすがる思いで、ゴルドーは口を開いた。

「やはり報酬は減らしても良い。だからどうだ、あと十日だけ待ってくれ」

 依頼人にとはいえ、下手に出ることは不本意だったが頭を下げて頼んでみる。

 聞こえたのは、深く溜息を吐く音だった。

「もう良い。お主、ゴルドーと言ったな?」

「……ああ」

「あやつも帰路についたようじゃし、わしも帰るとする。まえばらい金は取っておけ」

「いや、だから私が直々に向かうと!」

「ドラゴンは他の者の手によって討たれ、秘宝はうばわれてしもうた。同胞とはいえ殺すしか手段はなく、人手の問題も考慮し、お主らに依頼を出した儂等がおろかじゃったわ」

 ここでようやく、ゴルドーは事の真相を告げられた。

 怒ることもなく今も静寂さを漂わせる老人。

 どこかいんうつふんに、ゴルドーはまたしても反応が遅れる。

「……なん、だと?」

 耳を疑った。が、老爺が再び答えてくれることはない。

 依頼は失敗に終わってしまったのかとゴルドーはだつりよくする。

 暗殺者としての仕事だけでいえば、対象が命を落としたのならばそれで良い。しかし今回は秘宝を持ち帰るという追加要素があった。どういても、そこに成功の二文字は存在しない。

「優秀であればこちらに引き込もうとも考えたのじゃが、あやつの代で終わったのかの……」

「じっ、爺さん、知ったような口ぶりだな。も、もしかして以前にも依頼を? だったらわかるだろ、今回の失敗がガーファルド家において異例中の異例だと! そうだ、あんたの娘にもそう伝えておいてくれないか? 次の仕事は半額で受けても良い!」

「娘? お主、儂を誰と思っておる。世界の要人の顔さえ頭に入れられぬのか?」

「……? た、確か依頼主はドラゴンに財宝を奪われた一族のまつえいだと……」

「そうかえ! そのような話になっておったのじゃな」

「……は。じゃ、じゃあ、あんたは──」

 依頼主の身元は前もっててつてい的に調べる。

 歴史的な資料を確認しても、あのドラゴンに財宝を奪われた一族の名があった。

 その他にも独自のじようほうもう使したが、特に噓いつわりはないと判断したのだ。

 だからこの老人と先程の女は、親子だとゴルドーは決めつけてしまっていた。

 まさか、このような予想外のことを最後に聞かされるだなんて。

 引退した父と病に倒れ死んだ兄には及ばず、自分には才能が足りないと自覚しているゴルドーだったが、一流の暗殺者であることに違いはない。第六感とでもいえる感覚は人並外れている。

 嫌な予感がのうを走った。

「……あんた一体、何者なんだ」

「儂か。儂は勇者正教──教王じゃよ」

「……な……に……?」

 ゴルドーは目を瞠った。

 勇者正教。

 それは魔王を倒し先の暗黒時代にしゆうを打った英雄の一人──勇者をあがめる世界最大の宗教である。ここ十数年で、その頂点に立つ教王は絶大な権力を持つまでになった。

 この爺さんが、その……? とゴルドーは疑いの目を向ける。

 だが。

「まあお主が信じるかどうかなど、どうでも良いわ」

 そんな視線を気にすることもなく、老人はゆっくりとソファーから腰を上げた。

「もう二度と会うことはないじゃろうからな。暗殺を必要とする上層部にも、ガーファルドはちたと伝えておこう。さらばじゃ、かつて暗殺の頂に立った英雄の一族よ」

「なっ……ま、待ってくれ!」

 この男は考えられないほどの教徒を抱えている。

 ここ数年は、らいしやの三人に一人が勇者正教の信者であるくらいに。

 ゴルドーが止めに入るが、老爺は何らかの魔法を使った。

 どこからともなく現れた光のうず。その中に男は消えて行く。

 依頼理由など全てのりんかくがあやふやになる。

 ただ、仕事に失敗し、状況が悪化するということだけは確かだった。

 一人残された部屋の中でゴルドーはソファーに崩れ落ち、一言も発さずに静かに頭を抱えた。


◆ ◆ ◆


「そうかそうか……あやつらにも、それなりのはあったようじゃのう」

 がんめんそうはくのゴルドーを中心に重い空気が漂う屋敷の一室。オイコット王国から帰ってきたテオルの祖父──ゼノスは、いつもと変わらない軽い調子で言った。

「親父。あいつらのことで何か知っていることを教えてくれ」

 この件には一切かんしていなかった父に、ゴルドーが目を向ける。

 しかしゼノスは首を振った。

「危険な連中じゃろうが儂はなんにも知らん。正確な依頼主は今日来たおなだったのじゃろう? それがいきなり教王を連れてきたと……。何が目的で、どんな集団なのかさえ調べてみぬと分からん。まあ、ひとまず殺されんで一安心じゃな」

「だ、だったら何か手助けを……」

「嫌じゃ。儂が勝手に動くことはあっても家の頼みは聞かん」

「なぜだッ!? 家のために少しくらい──」

「この老いぼれはもう引退した身よ」

「……っ」

 縋るような想いはきよされる。最後の希望が絶たれた瞬間だった。

 それもそのはずだ。

 ゴルドーが先ほど資料庫で確認したところ、あの老爺は教王で間違いなかったのだから。

 常に世界中の重要人物の顔を頭に入れていなかったのがやまれる。とはいえ、たとえ能力的に可能であっても、依頼に失敗した時点で教王と分かったとしても何なのだ、という話だが。

「じゃあ、いいって言うのか……?」

「む、何がじゃ」

「ルドの回復まではまだ時間がかかる。あとは今回の任務の失敗のげんきようであるルウだけだッ。人手が足りない中で依頼まで減ったら親父が築いた家がつぶれるんだぞ!? 本当にそれでいいのかッ!?

 げんな顔をするゼノスに、ゴルドーはおどすように言った。

 俺は家のために頑張っているのだから少しくらいは手を差し伸べろと。

 全身骨折を負ったルドは、妻のフレデリカから過度の心配をかけられている。

 少し前も早くベッドで横になるよう言われ連れられて行った。

 ルドは魔法によってくるまで生活できるまでに回復した。

 とはいえ、まだまだ仕事に復帰できるほどではないだろう。

「なあ、どうなんだッ!?

「……はぁ、わかった」

 ゴルドーの最後の一押しにゼノスは頷いた。

「そ、そうだよな、わかってくれるよな? 俺だってこのままガーファルドを小さくするつもりはない。今回は相手が悪かったが、必ず信頼を取り戻して──」

 表情が明るくなったゴルドーがぎ早にそう語る。

 しかし、ゼノスが口にしたのは予想外の言葉だった。


「お前にこの稼業は向いておらんかったようじゃな。儂が間違っていた……すまない。一人の暗殺者としてではなく、一人の子供としてもっと愛すべきだったのじゃ。父として、愚かじゃった」


…………!?

 こんなにもやさしい目を向けられたのは、いつぶりだろうか。えきれずゴルドーは顔をゆがめる。

 今この状況で親子として接されることは、暗殺者としての自分を見捨てられることと同義。

 ゴルドーは膝から崩れ落ちた。

「い、いや、それはないだろうっ。なぁ?」

 苦しまぎれに呼びかけるが、ゼノスは──父は何も言わない。

 ただ、肩に優しく手が置かれる。

 今まで積み重ねてきたものが崩れ去ってしまう。俺はこんなところで終わりなのか? じゃあ今までは何だった。兄が死んで、ようやく運が向いてきたというのに。

 ゴルドーは自問するが、答えがでないことはわかっていた。

 何故なら自分は終わるのではなく、元に戻るだけなのだ。

 兄がいたあの頃、何をしても勝てず万年落ちこぼれだった自分に。

「今はゆっくりと休みなさい。仕事は一度、全て止めるかの」

 ゼノスは最後にそう言うと、横を通り抜け部屋を出て行く。

「ま、待ってくれよ……!!

 ぼうぜんしつとなっていたゴルドーはハッとした。

 振り向き手を伸ばそうとしたが、そのとき扉はすでに閉じられていた。


◆ ◆ ◆


「お様っ! あの……」

 部屋を去ったゼノスが廊下を歩いていると、階段の前でルウが待っていた。

 過保護な母に連れられて行った兄からの裏切りとも取れる発言を受け、暗い顔をしている。

「どうしたんじゃ、こんなところに一人で」

「いや、その……」

「お前さんも怪我をしたんじゃろう。休まんで平気か?」

「あっ、あたしは大丈夫。ありがと」

 祖父から心配され、ルウは窓から差し込む陽光が作る自身の影に目を落とし、小さくはにかんだ。

「そ、それよりも、あの……聞きたいことがあって」

「そうか。儂に答えられるなら何でも訊いとくれ」

「じゃあ、あの。なっ何を馬鹿なことをって思うかもだけど……テオルのことで、ちょっと。もしかしたら今まであいつって本当に逃げ出してなくて、普通に働いてたのかな、なんて……お祖父様はどう思う?」

 祖父の表情を窺うようにルウは尋ねる。

 ずっと心の中にあった疑問だ。他に耳がない場所で祖父に訊こうと思い、この場所を選んだ。

 テオルがあんやくしていたなど考えたくもない。

 しかし今回の悲劇の直接的な原因が、彼がいなくなったこと以外に他にあるとも思えなかった。今までと変わった点は、テオルがいるか、それともいないかだけ。当事者であるルウだからこそ、どこか確信めいた予感をいだいている。

 自分が責任を押し付けられた手前だ。

 兄たちのように目をらし、調べてもみない訳にはいかない。

「……うむ、もう言っても良いかの」

 顎に手を当てた祖父は何かを決めた様子で顔を上げる。

 そして。

「テオルはよく働いておったぞ? 他に生き方があると思うて儂は黙っておいたのじゃが」

「──っ!! じゃあ、やっぱり!」

「お前さんの考えておる通りじゃろうな」

 祖父にズバリと言われ、ルウはきようがくした。

「あ、あいつは今どこに……」

「オイコット王国におるぞ。儂も会ってきたのじゃが、楽しそうにしておったわ。気になるのならお前さんも行ってきたらどうじゃ? 家の仕事もしばらくはないじゃろうからな」

「オイコット王国……。お祖父様っ、なんで連れ戻さなかったの!?

「それはさっきも言うたが──まあ良い、とにかく見てきなさい」

 テオルにそこまでの実力があるのなら、連れ戻せば家を立て直せるかもしれない。ルウは思った。家に帰れると知ったら、きっとテオルは喜ぶはずだ。

 これで任務の失敗は自分のせいではないと証明できる。

「はい! あたしが一人でむかえに行ってくるから、みんなには内緒でね!」

 ルウは祖父にお辞儀をすると、すぐに旅の準備に取り掛かった。

 大丈夫。何の問題もなく、すぐに帰ってこれるはずだ。

 テオルにはどうせしかないのだから。