「テオル、見えたわよ!」
「お、やっとか」
王都を出てから数日、
空は青みも
俺たちが乗る船は勢いよく進み、潮の
ちなみにようやく視界に現れたアイライ島にテンションが上がり、デッキの手すりから身を乗り出しているリーナとは
「ようしっ、有名な海水浴場でいっぱい遊ぶわよー!」
「いや、一応調査に来たんだからな?」
「……わ、わかってるわよっ」
本当にわかっているんだか。
完全に旅行気分のリーナに付き合ってデッキで風を浴びていると、船は港に
ついに上陸したアイライ島はリゾート地として有名で、本当にこんな場所にドラゴンがいるのか
話を聞けるか聞けないか、それ以前に大きな問題がある。
まず初めに、上位
イシュイブリスが知っているのは、この島に目的のドラゴンがいるということだけ。
どこに棲み着いているのかなど
しかしこうやって
「本当に、こんなところにドラゴンがいるのだろうな?」
移動中、アマンダさんも俺が思っていことと同じ感想を口にした。
「そうですよね。
「リゾート地だから人の手によって結構栄えているものね。島の
麦わら
レストランや
周囲に人がいないことを
『ん~っ、着いたようね。ここに目的の人物がいるのは
この広大な島のどこかにいる。
やはり
この先は自分の目や
魔物がいたとしても、この島の空気中の魔力
俺たちは団長に借りてきたアイライ島の地図を広げ、イシュイブリスを
「担当の
「はい」
「では、調査開始だ」
アマンダさんの声がけで俺たちは四散した。
俺は〈探知〉の魔法を最大の半径三
もちろん見落としがないよう気になる
探知魔法を
「はぁ……ちょっと気合いを入れすぎたか?」
ダラダラとやって日が暮れては困る。
そう思い全力で
集合場所に戻ると、まだ
木に背中を預け座り
『
イシュイブリスが戻ってきた。
「どうだ、何かあったか?」
『いえ、これといったものは何も』
「そうか……。あとはリーナとアマンダさんだな。今日中に何か発見があればいいんだけど、流石にそう
悪魔と二人きりの
だが、
『そうですね。それに本当に何もなかったのか、私たちが見つけられないほど高度な
あれから何度か話す機会があったが、ここまでは初めてだ。
俺が
なんであれ強力な悪魔に認めてもらえることは
『あら、噂をすればアマンダちゃんが帰ってきたようです』
「え? 俺の探知魔法にはまだ何も……なんでわかるんだ?」
『私は彼女の体内に〝
「ああ、なるほど。封印、か……」
聞いてしまって良かったのだろうか。
気になったのでつい
所有や契約ではなく──やはり封印。
アマンダさんの健康状態は至って
その上で封印されているというイシュイブリスを自由に体外へと出し、別行動まで許したのだ。俺の知っている悪魔を体の中に封印し、
なんにしろ、何か複雑な過去がないと〝封印〟だなんて言葉が出てくることはまずないだろう。
しばらくすると〈探知〉の範囲内にこちらに向かってくる人が入って来た。
数分後、アマンダさんが
さらに十分後に息を切らしたリーナも戻ってきた。
「ちょっと……みんな……早すぎないかしら?」
相当頑張ってくれたようだが、結局喜ばしい成果をあげた者は誰もいなかった。
そろそろ夕暮れ時なので俺たちは街に戻ることにした。
夜は宿でゆっくりと
◆ ◆ ◆
「時間も無限にあるわけではない。帰りの期日までにドラゴンを見つけるのには、なかなか手を焼くかもしれないな……。効率よく探索できるよう、今一度計画を立て直さなければ」
帰り道。
イシュイブリスを体内に戻したアマンダさんが森を抜け、うーんと
森林の中に上位竜の居場所への手掛かりがないとすると、残るは島の
俺たちが今日回った中に、緑に
まだ調べられていないそこに何もなかったら、考えを改める必要が出てくる。
せっかく同行してくれた二人のためにも──特に「遊ぶ時間が……」と頭を
俺がいいと言っても彼女は調査に最後まで付き合ってくれるだろうからな。
この要件は早く終わらせ、帰りまでの自由時間を少しでも多く確保しないと。
こうなったらもう、俺だけ
「──待て」
そんなことを考えていると、街に入ったあたりで
「イシュイブリスが『何か変だ』と言っている」
「変……ですか」
「ああ。普通であれば魔法を使う人間がいない分、森などの自然の中の方が街よりも空気中に
「え、そうかしら? 私には全然わからないけど……」
リーナが首を
「悪魔は俺たちよりも魔力に
「へぇー、そういう
知らなかったようなので教えると、彼女は
魔力は空気中にも存在する。
通常それは個人が所有する魔力を使用して魔法を行使する際、同時に
つまり、その付近の空気の中を
だから人が多い街の中では、漂う魔力が少ないのが普通だ。
しかし街中にもかかわらず、確かにこの辺りはほんの少しだけ魔力が多いように感じる。
もしかしてこれは……
目を閉じて全神経を集中させ、魔力の
すると、とある場所を中心に魔力が流れ出ていることがわかった。
人の出が多い日中だったらイシュイブリスもこの変化には気付かなかっただろう。
濃い魔力を感じる中心地。
そこはこの島で最も人が集まる場所の近くだったのだから。
そう、俺たちが上陸してからすぐに通った──土産屋などが並ぶメインストリートのあたりだ。
……見つけたな。
「
「構わん。私は行こう」
「もちろん私も行くわよ」
俺たちは早速、目的の方向へと向かった。
気を抜いたらすぐに見失ってしまいそうだ。
そのくらい
目的地はメインストリート──そのすぐ一本裏の路地だった。
「ここか?」
「はい。この下から魔力が出てきています」
アマンダさんに問われて
これは……
足元に転がっていた小石を拾い、魔力を薄く
本来なら何も起こらずポチャンと水面を鳴らすはずだ。
しかし、井戸の中から帰って来た音はパリンという何かが割れたような音だった。続いて小石が水面を
その
「ほう、確かにここのようだな。今もまだほとんど感じ取れないほどの微弱な魔力だが、あんなに遠くからよくもここを見つけたものだ」
「最初にきっかけをくれたイシュイブリスのおかげです」
「二人だけで……。私なんかまだ何も感じないわよ? ま、テオルは悪魔並みってことね」
「それは
「そうだな。こんな場所に結界があったということは、この先に必ず何かはあるだろう」
井戸の中で
人一人が
「なんだ、ここ……?」
「少し
「あ、これ着るか? 俺の団員服で良ければだけど」
「え……いいのかしら?」
「俺は全然平気だから。それよりも、アマンダさんは
「私は問題ない」
アイライ島は暑いからと上着を持ってこなかったリーナに、俺は羽織っていた
リーナが騎士団服を着る間、不思議と明るい空洞の中を観察する。
正面奥には
どちらもこの空間同様に、かなり昔に作られたものらしい。
まるで時が止まっているような印象を受ける。
「テオル、魔力はあの石像からか?」
「いえ。あれからも感じますが、本流は多分扉の奥からだと」
アマンダさんからの質問に答え、リーナを見る。
すると横で、彼女が顔を前に出して何かを
「扉からも魔力を感じるけど、何か
「ん……?」
「ほら、あの刻印」
指された方を見てみる。
確かに石像の奥にある扉には、
「ほんとだな……」
奥からの魔力に意識が向いていて
ということはつまり、だ。
あの扉を開けるのにも時間がかかると見ていいだろう。
「石像──この部屋の守護者を
「はい」
「バッチリよ」
さらに二、三歩足を進めると、ゴゴゴと大きな音を立てて石像が動き始めた。
生えていた
同時に、来た道である横穴がふっと消え去ってしまった。
見たことがない高度な魔法を感じたが、俺たちは
俺たちは後ろに
道や扉があるということは誰かが利用するということ。
設計上、石像と戦わなくても済む良い方法があるのだろうが、今はわからない。
だから俺たちは──
リーナが腰に
「あまり大きな
「ええ。じゃあまずは私が」
二人なら、
「いや、ここは俺がやる」
彼女たちを手で制して、俺は一人で前に出た。
石像を観察して気がついたのだ。
これが魔法をかけられて機械的に動く単なる石の像ではなく、人工的に作られた生命体──ゴーレムだと。この先に目的の上位竜がいるのなら
ここまでのゴーレムを作るのには、かなりの技術と時間、材料が必要だ。
今回は
「……
腰を低くし、駆け出す。
そして。
「
俺は気配を消した。
ゴーレムの視線は
久しぶりの自身の存在が
イメージは、意識を深い
心地が良い。
「なっ……あいつ、どこに消えたのだ!?」
「やっぱり、アマンダさんでも初めて見たらびっくりするわよねぇ……」
顔を左右に振って俺を
俺は何の問題もなくゴーレムの背後に回り込むことに成功する。
ジャンプし空中に浮かび上がると、ゴーレムの背中に小さな
これは動力源であり
正面から設置すると簡単に
「──ここだな」
俺は手のひらの上で、魔力を目に見えないほど細い糸状に変えた。
これならこの隙間にも入るはずだ。
集中が乱れたら魔力は形を保てず、すぐに
だから気をつけて……。
シュギュュインッ!!
魔力の糸が高い音を立てながら、寸分
そして糸が突くと、魔石は
中から大量の魔力が
ゴーレム本体の方も……大丈夫、だよな?
思ったよりも勢いよく倒れたので、少し不安だけど。
うん、多分大丈夫だ。
◆ ◆ ◆
〈存在隠蔽〉を解除し、リーナたちの下へ戻る。
「こっちの方が早く、安全に終わっただろ?」
「いや……早すぎるにも程があるでしょ」
「……ゴーレムの方が安全に自身の務めを終えれた、というべきだな」
「ア、アマンダさんまで……」
そんなに特別なことはやってないと思うんだが、なんでそんな言われようなんだ。
俺たちは倒れたゴーレムの横を通り抜け、刻印が
扉は家の
「石像を倒したからといって開くわけではないのだな」
「そうね。あれは私たちみたいな
「……イシュイブリス、一度やってみるぞ? ──ふんっ」
リーナと話していたアマンダさんが扉を
体の中にいるイシュイブリスに声をかけた瞬間、一気にアマンダさんのパワーが
しかし、いくら押しても扉は
「ハァハァ……やはり、ダメか……」
肩で息をしながらアマンダさんが下がる。
入れ
「あっ」
すると、とあることに気がついた。
今日はなんだか
「テオル、何か策を思い付いたのか?」
「まあ……はい。というか、この刻印に見覚えがあったのでもしかしたら開けられるかなぁ、と」
「は?」
アマンダさんが
「いやでも、これってかなり昔に作られたものだと思うわよ? 現代の技術が使われているのなら私だって見覚えくらいはあるはずだし、アマンダさんだって……それに、イシュイブリスも何も知らないのよね?」
「そうだ。『ドラゴン独自のものだ』と言っている」
二人から向けられる、信じがたいと怪しむような目。
こんな場面で口から出まかせを言う意味はないだろうに。
俺はごほん、と一つ
「と、とにかく! ちょっと下がって見ててくれないか?」
「あんたがそこまで言うなら別にいいけど……」
「ここまでも全て、テオルが
二人が後ろに下がったのを確認して、俺は再度扉に触れた。
目を閉じ、魔力の流れに集中する。
今から行うのはかなり
強固な素材で造られている場合は物理的に破壊することも不可能。
その上、魔法を弾く効果があるので、どんな魔法もこの扉の前では無意味なのだ。
そもそもこれは、ドラゴンたちの
登録者は扉を維持するために永続的に魔力を要求されるみたいだが、そのことを
俺は以前、暗殺者としての任務中にこれと同じものを見たことがある。
まだ自分の出自をリーナたちに話していないので、
だが。
この扉を開けられると思ったのは本当だ。
その
「──〈
何であれ、人工的に作られ機能している全ての物には仕組みがある。
まずはそれを読み取り特定するための魔法を展開。
手のひらから脳へと数々の情報が流れてくる。複雑かつ大量の情報を
うん、これならいけそうだな。
あとは魔力を流し込み、自分の魔力を操作して仕組みを分解していくだけだ。
「〈解錠〉」
走査した仕組みに対して、適切な手順で分解を進めていく。
扉の中に流し込んだ魔力を奥へ奥へと
刻印の凹んだ部分が水色の光を放った。あまりの
やがて
「ふぅ……よし。ほら、できただろ?」
振り返り後ろの二人を見ると、リーナは口を開き、アマンダさんは目を
「ちょ、ちょ、ちょっと……今のって……っ!」
「なんなんだ……さっきの魔力
練習をすれば二人にもできるようになるだろうが、これはそこそこ難しい技術だからな。
今回ばかりは俺も少し鼻が高い。
たとえ、ちょっと引かれ気味だったとしても。
「これでもかなり厳しい
「やっぱりあんたって化け物よ! 何をどうしたら、こんなことができるようになんのよ……」
「そうだな。まったく想像がつかないのがなおさら
「いや、なんでそうなる? 二人ならしっかりと練習すれば──」
「できるわけないわよ!?」
「私たちを
前言
井戸を見つけ出した時やゴーレムを停止させた時よりも、一段と
「もう、いいです……」
俺は
扉は音もなく簡単に開く。
その先には、奥へと続くレンガ造りの広い通路があった。
長い一本道を五
アマンダさんは右の道を指差した。
「感じる魔力はどこも似たり寄ったりだが、右からの魔力が僅かに強い。こっちだな」
この
イシュイブリスがいることを差し引いても、魔力の扱いについてかなりの腕前だと見受けられる。
「私もこの辺りまで来たら魔力を感じ始めたわね。いまいち差はわからないけれど」
歩を進めるアマンダさんにリーナも続こうとする。
──しかし。
「ちょっと待ってください」
俺はそれに待ったをかけた。
「……ん?」
「多分それ、
体をこちらに向ける二人に告げる。
アマンダさんは頭上に
「ということはなんだ。正解の道は前か左なのか?」
「いえ……」
「じゃあどっちなのよ?」
リーナが眉を
「わかってるとは思うけど、ここから先は迷路みたいになっている。進んだらいくつかの道に分かれて、さらにどれか一つの道を選んで進んだらまた分岐だ」
「でしょうね。魔力が
「で、おそらく一番奥の行き止まりとなるいくつかの場所に、魔力を発する物が設置されているんだ。これらのほとんどはフェイクで、最も濃い魔力が正解。だからそれを
「そうね」
迷路のようになったこの先の道から魔力が溢れ出てきている。
もしかするとここで前や左右に進んでも、どこかの地点で繫がるのかもしれないが、全ての分岐で正解を選び続けたら目指すべき場所へ着くのだろう。ここに来た者はそう思い先へ進むはずだ。
あらゆる面で異常ともいえるほどの
迷路に
何しろここは──
「だけど正解のゴールはここ──スタート地点だ」
──出発地点が目的地の、初めから終わった迷路なのだから。
俺は指で自分が立つ地面を差し、前方に続く無意味な迷路との別れを提案した。
「……なるほど。これはかなり意地の悪い問題だな」
「先に道があったらつい進んでしまうものね。それに魔力がぶつかり合う地点なら魔法
二人は俺が言わんとすることを瞬時に理解し、こちらに戻ってくる。
以前から思っていたけれど、第六騎士団のメンバーは力だけでなく頭も切れる。
もちろんヴィンスも、ああ見えてここぞというときはやる男だ。
魔法陣があるであろう場所の上に三人で固まって立ち、代表して地面に手を置いた俺が魔力を込める。今回は何かを感知して発見したのではなく、思考の末に答えを見つけ出した。
冴えていると調子に乗って、何も考えずに先へ進んでいたら大変なことになっただろう。
ここまでの技術を持つドラゴンに会える絶好の機会をあわや
「じゃあ行こう。順調に辿り着けたみたいだ」
俺の魔力に魔法陣が反応する。
扉が開いた時と同じ水色の光に包まれ──
俺たちはどこかの家の中にいた。
そして。
「ようこそ、数百年ぶりの来客だ」
目の前には人の姿をしたドラゴンが立っていた。
「「「──っ!?」」」
姿は背の高い人族の男性だが、発している気配は明らかに上位竜のものだった。上手く
俺たちは
「なんだなんだ? 戦いに来たわけではないと思ったんだが、もしかして違ったのか?
男が乱暴に頭を
イシュイブリスが言っていたことは本当だったようだな。
このドラゴンはどうやら人間に対し敵意はなく、話ができるタイプらしい。
これは望んだ結果を得られそうだ。俺はリーナとアマンダさんと視線を合わせ、
「申し訳ない。実は、ある人物からあなたがアイライ島にいると聞いて探していたんだ」
「そうか。それは……そこにいるイシュイブリスからか?」
俺が非礼を
「な、何故わかる……っ?」
アマンダさんが
「当然さ。
「いや、だが──」
「で、用件はなんだ? いくらイシュイブリスに居場所を聞いたとしても、ここまで辿り着くのは大したものだ。もともと井戸を見つけるのも普通の人間にはできない。それに〝竜扉〟を開けたのには
俺たちがここまで来るまでの道中を、ずっと見ていたような口ぶりだ。
付いてくるように言われ、少し広めの
それにしてもここはどこなんだ? さっきまで地下の迷路にいたはずだが。
そんなことを思っていると、前を歩くリーナが窓の外を見て足を止めた。
「草原……? こんな場所、アイライ島にあったかしら」
「うーん。多分、魔法で映し出した景色なんじゃないか? この
「えっ。本当にそんなことができたら
家の窓の外には草原が広がっている──ように見えるがこれは実物でない。
窓枠はただの木製だ。しかし窓ガラスの部分から魔法を使用している
俺がそんな考察をリーナに
「──ああ、その通りだ。よくわかったな。ここは山の地中深くに造った我が家なんだが、いくらなんでも窓が一つもないと気が
ドラゴンらしからぬ発言に上手くリアクションを取れない。
それにしても……そうか。俺たちは魔法陣によって地下深くに転移していたらしい。どうりで地上でいくら探し回っても、あの井戸を見つけない限りは手掛かりさえなかったわけだ。
転移魔法が得意なドラゴン。面白いな。
転移という魔法の性質上、結ぶ二つの地点の座標を正確に割り出し、
さっきの覗いた部屋にあった魔導具。もしかするとこの上位竜は、精密で本来はドラゴンが
俺たちはリビングのような少し広めの一室に通された。
男が茶を出してくれる。
「
「テオルだ。ラファン、突然の訪問にも
「リーナよ」
「アマンダだ」
俺たちは小さな机を囲むように様々な高さの椅子につき、
ラファンは
手先の器用さが必要となる研究のためだろうか。
「それで、わざわざこんな所まで足を運んだ理由は?」
「知りたいことがあるんだ。そこでさっきも言ったように、イシュイブリスからあなたなら知っているかもしれないと聞いて……彼女たちはその付き
「悪魔が知らないことで僕に訊くってことは……ドラゴン、中でも上位竜に関することか」
「話が早くて助かる」
「わかった、いいだろう。長らく研究ばかりしていたから
「もちろんだ。リーナと、アマンダさんもいいですよね?」
「ええ、誰にも言わないわ」
「口外しないと誓おう」
魔法を使えば何かしらの契約を結ぶこともできる。それなのにわざわざ言葉で約束し、俺たちを信じることを選ぶなんて本当に変わったドラゴンだ。裏を返せば、望まぬ来客があった場合は対応するだけの力を持ち合わせているということでもあるのだろうが。
ラファンは俺たち全員の目をじっくりと見た後、一つ
「……よし、では話してくれ。君が知りたいこととやらを」
ドラゴンは他種族に同族が殺されたと知っても人間のような感情は
そう知ってはいるものの、俺はわずかに
「ああ。実は先日、オイコット王国内にあるエルフの村を
そこで現れたドラゴンを倒したこと。その心臓が紅玉となり、手に持った瞬間に割れて粉々になったこと。そしてそれが俺の体内に入り、いくつかの変化が起きたこと。
一通りの出来事を話し終えると、それまで静かに話を聞いていたラファンは、自身の分の茶を飲み
「その紅玉の正体も、テオルの体に変化があったということもわかった。だが、どうして今もこうして生きていられるんだ? どんな手術を施したのか僕にも教えてくれないか!?」
「いや、特に何もしてないが……手術? どういうことだ」
「白い
「っ!?」
魔王。
深淵王などの悪魔の王を指す魔天十三王とは違い、魔族や魔物を従え世界を統一しようとして
最終的にかの勢力は
あのドラゴンが魔王の配下だったことは驚きだが、それがこの件にどう関係するのか。
俺が聞こうとしたその時、アマンダさんが勢いよく立ち上がった。
「な、なぜだ!? 魔王軍は
「そんなことはない。数多くの残党が世界中に散り、今もなお生きているぞ」
「……!」
ラファンの言葉を聞き、力が抜けたようにアマンダさんは席に
俺と同様にリーナは、そこまで驚いた様子はなく話の続きを待っている。
確かに魔王軍は全滅したと言われているが、それはほんの一部の人々の言説だ。心の底からは魔王の死を信じられず、
再びラファンが語り出したのは、数秒後のことだった。
「そして魔王の体や魔力、存在を形作る全ては有力な配下に移植され、維持されていると聞く。残党が力を取り戻し、やがて集結するときまでな」
「……は」
「……え」
「……な、なにっ!?」
今度は、俺たち全員が衝撃を受ける番だった。
「全てが
しかしラファンはそこで言葉を止めず、さらに続ける。……ニヤリと笑って。
「──そう僕ぁずっと思っていたんだ。だが、ここで少し事情が変わったようだな」
もう何となく予想はついたが、ラファンは俺の目を
両手で包むように持った、すでに熱を失ったカップの中で、冷めかけの茶が揺れる。
「本来は魔王以外には適応しないはずが、なぜか君に移植された。それも心臓……
……やっぱり、そういうことか。
ラファンの言葉に俺は頭を抱えたくなった。
「まっ、魔王の魂が……テオルの、中に? ど、どどど、どうしてよ」
しかしその問いには誰も答えることができない。
ただ、ラファンの「それはわからないな」という声が
白竜が保持していた魔王の魂。
それが俺の体の中に入ったとして、これからどうなるのだろうか。
今はまだ、少し強くなった程度の変化しかない。
だがこれがもし、魔王の思想に
「けれどそうだな。理論上はたとえ魂が肉体に適応したとしても、一つの肉体に二つの魂を有することはできないはずだ。表と裏があることはあっても、複数の魂が大人しく収まることはない」
俺が不安に駆られていると、ラファンがそう言った。
「そうなのか?」
「ああ。本当は
「なるほど、そういうことか。じゃあ、なんで俺は……?」
「それも
「心当たり……か」
魔王の魂が俺の中に入った直後の話だ。
三十分の間にどんなことがあったか思い出そうとしていると、すぐにリーナが反応した。
「あっ! テオル、あれじゃないかしら?」
「あれ……?」
「ほら、村の秘薬よ! 傷を
「──ああ!! 確かにあの効能なら、もしかすると……」
そうだ、エルフたちが作ったというあの秘薬。
まさに
点と点がつながり、線になった気がする。
「お前たちは先の仕事でそんな物を貰ったのか?」
「はい。エルフたちが感謝にと」
アマンダさんの問いに答え、ラファンを見る。
「三十分
「……そうか、そういうことか! エルフの秘薬といえば、もしかするとそれはエリクサーだったんじゃないか? 運良くあの薬を飲んだなら、
「エリクサーって、あのエリクサーか!?」
「……って何かしら?」
驚きのあまり大きくなってしまった俺の声に、リーナの間の抜けた声がかぶさった。
いや、エリクサーはかなり有名だろ。
俺たちの顔を見回すリーナにアマンダさんが説明してくれる。
「よく伝承に出てくる万能薬の正式
「ああ、あれね! あの飛行船の中で使った!」
様々な伝承に出てくるので、モチーフとなった物があるのではないかと昔から思っていたが……まさか、そのまま実在する物だったなんて。
ラファンのタチが悪い
「昔はもっと出回っていたんだが、今となってはエルフの中でも古くから同じ場所にとどまり、村を守ってきた者たちしか製法は継承していないはずだ。知らなくても無理はないだろう」
腕を組み、ラファンが過去を
そうか、あの白竜──ドムガルが
「それで、俺は奇跡的なタイミングでエリクサーを飲んで助かったと?」
「僕も作り方や
「……知らないうちに、俺は九死に一生を得てたのか」
紅玉から魔力を感じなかったので、ただの石だと思い
これは反省だな。次に同じようなことが起きないように、気を引き締め直さなければ。
「よかったわね、あんた」
「お、おう」
起きてしまったことは仕方がない。重要なのは、ここからどう対応していくかだ。
面倒ごとに巻き込まれたのは間違いないだろう。
魔王の存在を形作る体のパーツや魔力、そして俺が移植してしまった魂。ラファンの話が正しいとすれば、魔王が復活するのはその全てが集まった時らしい。
と、なるとだ。
魔王を蘇らせようとする者たちは、もちろん俺が持つ魂を必要とする。
最も欠けてはいけないピースを失ったかの軍勢は、必ず俺を
ひとまず身体的な危険はないのかもしれないが、魔王の魂を持つということは、それを必要とする連中に狙われることがあるということ。そう念頭に置いておかないとな。
「これで知りたかったことは全て知れたか?」
「ああ。ありがとう、ラファン。何か対価は──」
「いんや、
「……そうか、感謝するよ」
これで今回の調査の目的は達成だ。
衝撃の事実が判明したが、こんなにも素晴らしいドラゴンに出会えたのは思わぬ
「さて、じゃあ帰りましょうか。王都に戻るまでまだ時間はあるし、いっぱい遊べるわね!」
「その前に今晩の宿の夕食の時間に間に合うのだろうか?」
「……あ。そういえば今、どれくらいの時間なのかしら……」
拳を突き上げたリーナを、アマンダさんが現実に引き戻す。
時計を探してみたが、時間を気にして生活していないのか、ラファンの家にそんな物はなかった。
井戸に入った時にすでに日が沈みかけていたから、流石にもう夜だろう。
あれから体感で五時間は経っている気がする。
「ここを出るために使う転移の魔法陣は、深い森の中に繫がっているんだ。街に戻るとなると、かなり時間がかかると思うが……よければ
あれこれ言い合っていると、ラファンからそんな有り難い申し出があった。
「い、いいのか?」
「居間に二人、物置に一人と分かれてもらえれば、予備の
「何から何まで本当にすまない。もう少しだけ世話になるよ」
結局、俺たちはラファンが魔導具の中に保存している食材を使って作ってくれたシチューとパンをいただき、一
ちなみにもちろん、物置部屋で
◆ ◆ ◆
アイライ島へ到着してからの今日一日の出来事を振り返り、テオルの規格外さに苦笑する。
「どうかしたの? アマンダさん」
「いや、イシュイブリスと話をしていてな」
リーナに
(自分の目で見て判断する、か。認める認めないなどと言ってしまったが……彼はその領域にはいなかったようだ。私には
井戸にたどり着くことができた探知能力。
それなりに自分は腕が立つと自負しているが、確実にテオルはその上をいっている。
アマンダはその事実を、張り合いのある仲間ができたと好意的に
布団に潜り
「……テオルは凄いな」
「
「そ、そうか……?」
「ええ。でも確かにあいつが凄いっていうのは同感だわ。本人はそこまで大したことないって思ってるみたいだけど」
「……そのようだな」
「だけどあれは絶対、生まれ持った才能の格が違うのよっ!」
むきーっと
「私も負けたままではいられないわ!!」
勢いよく布団を被り背中を向けるリーナを、アマンダは
彼女も自分と同じ
「そうだな。私も負けたままではいられない」
この夜、今回の調査でテオルとの力量の差を
◆ ◆ ◆
次の日。
ラファンに別れを告げた俺たちは、魔法陣に乗り森の中へと転移した。
ここは街とは山を
「一度宿に戻り、それから残された数日の
アマンダさんがサングラスを取り出して装着する。
「そうね、水着も取りに帰らないといけないし。予定よりも早く終わったから、いろんなレストランに行けるわね! あ~
「リーナ。団長とヴィンスへのお土産選びも忘れるなよ?」
「えー、あんたが一人で選んだらいいじゃない。ここからの私はハードスケジュールなのよ!」
事前に三人で選ぶという話になってただろ。
そう
もちろん俺も、海水浴や観光には興味があるが、リーナほどではないのできちんと
だが、押し付けられるのはなんか
「ダメだ」
「なっ、なんでよ!? あぁもうわかったわ! 宿に着いたらすぐ
「こいつ……。アマンダさんもなんか言ってやってくださいよ」
「む、私がか? そうだな……いくら休暇とはいえ、約束を
「アマンダさんまで……
実際に行動に移したら、そんなにアマンダさんって怖くなるのか? 今もリーナの発言に自ら何かを言うことはなかったし、そこまで厳しく注意したりしないみたいだが……。
目的を達成した俺たちは、気楽にわいわいと言葉を
「別にいいだろ、ちょっとくらい。どれを買うか選ぶのに付き合ってくれても」
「う~ん……もう、わかったわよ! けど可能な限り手短に終わらせるわよ?
「よし、じゃあ明日の昼にでもみんなで──」
その時だった。
「見ぃいーつけた」
突然、耳元で知らない声がしたのは。
「……ッ!?」
俺たちは全力で地面を
背後を向くと、そこにはスーツ姿の男が不気味な
「おや……驚かせてしまったでしょうか。これは失礼」
男はクツクツ笑い、左手を胸に当てて頭を下げる。
「でも、ずっと貴方のことを探していたのですよ」
「何者だッ!」
「お~う怖い。お仲間もそのような顔をしないでください。私は彼の心臓に用があって、ちょっと死んでいただきたいだけなのです」
「!!」
俺の問いに
まさかもう、魔王の魂を狙う
すぐに戦闘に入るべきか、それとも逃げるべきか。
三対一とはいえ、命の危険があれば潔く敵前
どちらが良い
俺は
「はぁ……そう急がなくても」
やれやれと首を振った男は、冷たい目で俺たちを見てくる。
その視線に察した。
こいつ……かなり、強い。
単純なパワーだけで言うとラファンたちのような上位竜には
「テオル、
「はい。上手く
サングラスを外したアマンダさんの声かけに頷く。
その時、隣でリーナが不敵に笑った。
「──勝てるわね」
三人でサポートをし合えば負けることはないだろう。
しかし、できるなら敵の
ここで確実に男の息の根を止めることより、どうにか情報を引き出すことを優先すべきかもしれない。今後に活かせる情報は、何としてでも必要だ。
最低でも退ける。誰一人深手を負うことなく、この場を切り抜けることを勝利の条件としよう。
「まったく、お
そう言うと、男は
そして──。
「
その武器に鬼を降ろしたのだった。
一瞬、耳を疑った。が、あれは確かにリーナが使っているものと同じ技だ。
隣に立つリーナが息を
「あんた……そ……こで」
「……はい? まだお
彼女はキッと顔を上げると、
「──それをどこで手に入れたかって聞いてんのよッ!!」
今まで聞いたこともないほどの
「これ、ですか? これはとある人物から買ったのです」
「──っ! 絶対にぶっ殺してやる。私が、この手で!」
「あはっ、もしかしてその反応……。貴女、一族の生き残りですかぁ?」
要領を得ず、俺にはいまいち理解できない会話が
何がどういうことなのだろうかと、頭を回転させる。
「これは面白い巡り合わせですね。こんな所で現存しているロスケール家の方に会えるなんて。貴女の親族はよく働いてくれていますよ? あっはっは、私の武器としてね!」
「……まさか」
そこで、ある考えが浮かび言葉が漏れた。
アマンダさんが男を警戒しながら俺にだけ聞こえる声で呟く。
「そうだ。リーナが使っているあの技は、彼女の家の血が流れる者にしか扱うことができない。鬼と
男は今も、腹を抱えてゲタゲタと笑っている。
「その血に目をつけた者たちが一族を捕らえ、血を採取し尽くしたのだ。それを使って作られた武器が
あまりにも
金を貰うための暗殺と
何の罪もない人間を、
「──
怒りに震えるリーナが二つの鬼を同時に降ろした。
彼女は苦しそうに
「貴女の血を使ってオリジナルの武器でも作りましょうかねぇ? これは本当に、思わぬ
半ば絶頂状態とでもいえる男の発言に、俺まで頭に血が上りそうになった。何とか深呼吸をする。
戦う時はいつも冷静に、頭をフル回転させ最適解を出し続ける。
昔からそんなモットーを
目の前で仲間が──リーナが言葉で傷付けられている。
「許……せないッ。
瞳が真っ赤に染まったリーナが
「お、おい……!」
連携を乱すなとアマンダさんが手を
さらに一秒にも満たない時間で、十を
だが、その全てを男はダガーナイフで軽々と弾いている。
「く……っ」
「あははっ! さすがロスケール家の方ですね! かなり強い。速さも力も、並の剣士なら百人はまとめて倒せるでしょう。ですがね、この程度じゃ私には
「──ごたごた
気配を消して接近した俺は、男の目と鼻の先にいた。
「気を抜いてると、近づかれたことにさえ気付けないぞ?」
「なっ……──ぶぎゃぁっ!」
お返しだとばかりに、俺は男の
情報を得ることを考慮し、あえて殺傷能力が低い拳を使った。そのため男は殺気を感じることができずに
気配を消した俺を看破できなかったか。
……と、なると。
「あ、貴方は何者ですか……っ? もしかして私と同じ──」
「貴様に時間はないぞ。イシュイブリス──
口の
しかし当然、時間を
俺の動きに合わせ、すでに移動していたアマンダさんが横から仕掛ける。
体内のイシュイブリスを解放。同時にその存在を纏ったようだ。
赤黒い
「──ぐはッ」
ダガーナイフでの対応が間に合わず、またしても男は吹き飛ばされこちらに戻ってくる。
反撃の
そして再度アマンダさんの方へと飛ばされた男は、顔面に
今のアマンダさんからは悪魔の気配を強く感じる。もしかすると単にイシュイブリスを纏ったというわけではなく、二人が重なり、一つの存在になっているのかもしれない。
シンプルなパワーだけを見ると、人族のそれを明らかに
「ハァ、ハァ……ッ。予想外の強さですね。まさかこんなのが二人もいるなんて……」
フラつきながら、それでもゆっくりと起き上がろうとする男。
「退きなさいッ! そいつは私が一人で──!」
俺たちが敵の近くにいると、遠距離攻撃を繰り出すことができないリーナが
それを、俺は制す。
「無理はするな、リーナ」
「……っ」
怒りに任せて初めから飛ばしすぎだ。
時間をかければ彼女一人だけでも勝てる可能性がないとは言えないが、今の状態では立っているのも
自ら体の限界を超えてしまっては、深手を負ったも同然。
彼女のことを思うならばここは止めるべきだ。
「おい貴様、答えろ。魔王の軍勢は戻るのか?」
「はっ、本当に怖いお嬢さんだ。魔王の軍勢? はて、何のことですか?」
「──答えろと言っているだろッ」
「おーう怖い怖い。はぁ……まあいいですか。では、一つだけ。──『戻る』? 何を言っているのですか。我々はすでに戻っていますよぉッ!。あとはあの方の復活を達成するのみなのです!」
「貴方たちの強さはわかりました。このまま私一人では、どうやってもキツそうですからね。今日のところはいずれまた、お会いすることにいたしましょう」
そう言うと、男はポケットから一枚の紙を取り出した。
破れた本のページ、だろうか。
さらりと
だが、それだけでは足りないかもしれない。俺の予想が正しければ……!
咄嗟に俺は、男に向かって全力で駆け出したが、間に合わなかった。
広げた紙に魔力が込められる。
「──では、また」
今になって思うと、現れた瞬間からこいつの魔力はどこか少なかった気がする。
それはおそらく、すでに半分ほど使用した後だったからなのだろう。
「やっぱりか……っ」
瞬間。
男が大量の魔力を消費し──消えた。
聞いたこともないが、持ち運びができる転移魔法陣のような物を使ったのか。
「くそっ」
現れた時も俺たちの後ろに転移してきたのだとすると、気づけなかったとしても無理はない。
せめて空気中の魔力の痕跡を見つけられていたら、結果は変わっていたはずだが。
持ち運びができ、その上に自由な場所から転移ができる。昨晩、やはり同様の研究をしていると言っていたラファンに話を聞いたが、上位竜の彼でさえそんな物の実用化は難しいと話していた。
真相は謎だが、あの男が今〈転移〉を発動したことは間違いない。
こちらも
使用する上で何らかの条件があるとは思う。まさか世界の裏側に転移したりはできないはずだ。
俺は探知魔法を展開し、男が近くにいないか確認する。
「逃げ、られた……?」
その時、リーナが地面に倒れ込んだ。
「おっ、おい! リーナ、大丈夫か!?」
「あ。え、ええ……大丈夫よ。私は……大丈夫」
力が入らないようなので近くに寄ってみると、顔が真っ青だ。
リーナは
「テオル、追えそうか?」
こちらに来たアマンダさんが、
「いえ、厳しいかと。もしかするとすでに島外に出たのかもしれません」
探知の結果、半径三
そう伝えると、イシュイブリスの靄を消しながら、アマンダさんはリーナの肩に手を置いた。
「……そうか、わかった。今回は突然の
「…………そ、そうよね。うん……」
リーナは俺たちを見上げ、努めて口角を上げたように見えた。
「では二人とも。わかっているとは思うが、あの男が話していたことが真実であるかどうかは関係なく、このことはいち早く上に報告せねばならない。
俺は何と声をかければいいのかわからず、ただリーナに肩を貸して街を目指した。
彼女はすぐに
「はぁ~、最悪よ。ここからが今回のメインだったって言うのに……!」
「船が出るまでの間に、近くの店だけでも見て来たらどうだ? 団長たちへのお土産は俺とアマンダさんで選んでおくから」
「え、本当に!? じゃあお返しに、ジェラートでも買ってきてあげるわね!」
あの紅玉に触れたばかりに、面倒で非常に危険な立場になってしまった。
しかし魔王の復活を
紅玉の調査は
不意を打たれた敵に対しても、誰一人深手を負うことなく退けることができた。
結果は悪くない。
街が見えてきた時、前を行くサングラス姿のアマンダさんが俺たちを見て微笑んだ。
「時間ができたら、また一緒に来よう。次は観光だけをしにな」
◆ ◆ ◆
「おいッ、どういうことだ! 理由を説明しろ! 理由をッ!!」
テオルの
事前に調査し設定した任務の難易度は、なんら問題ないもののはずだった。
ルドとルウ。自分の子供たちに二人だけで仕事を
今回はそんな、またとない機会だったのだ。
しかし──
「どうせ気を抜いて足を
「申し訳ありません、お父様。僕が……」
「何か上手くいかなくって……。でもっ、もしかしたら難易度が間違ってたのかも──」
二人は今までミス一つなく、今回の任務よりも
そのため部屋の中には重苦しい空気と同時に
「そんなわけがあるかッ! 俺の
「い、いえっ、もちろん重々承知しています!」
「……あ、あたしもっ」
顔を真っ赤にしたゴルドーの言葉に、ルドたちは
それからもしばらく厳しい言葉を浴びせ続けられる。
今回の
だが、結果はこれである。
子供たちへ期待していた分、失敗に対し
「……あの、もしかしてなんだけど……テオルが言っていたことが本当だったとかないよね? 前までならこんなこと絶対になかったし……」
ゴルドーの
完璧に気配を消し危険を排除してサポート。自分たちに気づけないほど気配を薄くする技術は想像し
しかし今回の任務の途中から、どこかで本当だったのではという疑問がルウの胸をかすめていた。
「な、何を
「はぁ……。お前は頭までおかしくなってしまったのか? 俺から見てもアイツにそんな実力はないと言っているだろ。
「そ、そうだよね。変なこと言ってごめんなさい」
兄と父から本気で心配する目を向けられ、ルウは
それでも彼女の中から、疑問が消えることはなかった。ではなぜ、今回はあそこまで全てが上手くいかなかったのか。運が悪い、だけで済まされるレベルではなかったではないか。
何度も馬鹿らしい考えだと
「──ルウがそんなんだから、僕の足を引っ張ったんじゃないのか?」
「え?」
なおも
啞然とするルウを前に、兄は言葉を続ける。
「矢だって全く当たっていなかったし、そもそも
ゴルドーに聞かせるようにルドは
「な、なんでそんなこと……。流石にヤバいでしょ! 大体お兄ちゃんが──」
「そう感情的になるな。お前に必要なのは反省で、反論じゃない。僕と一緒に精進するんだ。そうすればお父様だって理解してくれるさ。そうですよね?」
ルウの言葉を
巡回している者がいる場所を把握する作業は二人で分担していた。
連携して任務を進めていく
だというのに父の
「ああ、
テオルがいなくなり、兄の意地の
このまま失敗の原因を
「待っ──」
「大変よ、あなた! 今、使用人が……!!」
その時だった。
勢いよく扉が開かれ、部屋の中へ入ってきた母のフレデリカがルウの声をかき消したのは。
かなり
「どうしたフレデリカ」
「そ、それが……っ。この子たちが受けていた依頼の主が家に来て!」
「──なんだとッ!?」
ゴルドーが目をカッと見開き、勢いよく席から腰を浮かす。
ルウも言葉の続きを言いたいところだったが、母の言葉を聞き耳を疑った。
本来、依頼主がこの屋敷を訪れることはない。
依頼を受ける際も成功
「親父は、親父はまだ帰ってきていないのかっ?」
「用事があると言って出て行ったままよ……!」
「くそッ、こんなときに……しかし何故だ? とにかく、目的は分からんが俺が対応しよう」
「お、お待ちください! その、目的なのだけど……どうやら依頼が失敗したと知っているようで……かなり
慌ただしく部屋を出て行こうとしたゴルドーだったが、フレデリカの発言を聞いて足を止めた。
そして、ゆっくりと振り向く。
ゴルドーは
「……はぁ? なぜ知っている! こいつらだって帰ってきたばかりだぞ!? 秘宝とやらが
この時になって初めてゴルドーは依頼主の危険さを感じ取った。
しかし──。
「ちっ……いや、もういい。もう少し待ってもらえるよう話をつけてくる。ルドたちの失敗によって警備が
不安そうな顔をする妻と子供たち。
暗殺対象がすでに死んでいると知らないゴルドー。
彼は
その背中を見つめるルウは、
◆ ◆ ◆
「お待たせした。私がガーファルド家、当主のゴルドーだ」
使用人に連れられた部屋に入り、ゴルドーはソファーに腰を下ろす二人の客人に目を向けた。
異様なオーラを発する背の高い女と、
一瞬で自分と並ぶ強者だと判断する。
「いやぁ、こちらこそ突然押しかけてすまない。この
「いえ、お構いなく。それで遠路
ゴルドーはにこりと笑い、強い殺気を放った。
しかし女は自身の
「っ。依頼の期日はまだ先だったと思うが?」
「……こんな場所に家があったら食料とか困らない? アタシなんか片道だけでもうヘトヘトで、疲れて眠たくて仕方がないよ」
「用件がないのだったらお帰り願えるか。私どもも暇ではないんだ」
質問を無視する女に、ゴルドーは不機嫌に言った。
その瞬間、女が目を細める。
返されたのは自分が出したもの以上の殺気。
ゴルドーは全身が
「──ッ」
「アンタ、当主なんでしょ? だったらミスを犯したらまずは
底が見えない鋭い瞳に
「申し訳ない。どうやって知ったかは
「どうやって遂行するって?」
「私が自ら当たることにした。これで万に一つも失敗はないだろう」
「ふんっ、そう……」
「もちろん、事前に取り決めた以上の金銭を要求はしたりしない」
もともと期限には
ゴルドーはこれで今日のところは引いてくれるだろうと思い、客人たちの顔色を窺う。
──だが、しかし。
「ふぉっふぉっふぉっ」
「ブフッ……なんなんだこれ。ひぃー、腹痛い」
去るどころか、老人と女は腹を抱え、
何がそこまで
「何が言いたい?」
尋ねてもしばらく笑い続ける女たちだったが、少し落ち着くと口端をニヤニヤと動かしながら、馬鹿にしたような視線を向けてきてこう答えた。
「どうなってるんだい。アタシは世界でも有数の暗殺一家と聞いて依頼したんだがね」
「こりゃ
しばらくの間、瞼を閉じていた老爺もゴルドーのことを見下した目で見ている。
女はスッと立ち上がり
そのまま自然な──自然すぎる動きで一人先に部屋を出て行く女の行動に、ゴルドーは反応が
女を止めることができず、ゴルドーは押し黙っていたが、残った老人が口を開いた。
「
「あ、あ……ああ。私の息子と娘のことだな。確かに優秀なのは間違いないが、今回の失敗は完全に誤算だった。それでだが……」
向けられる視線が一層冷たくなる。
この年寄りにも
「やはり報酬は減らしても良い。だからどうだ、あと十日だけ待ってくれ」
依頼人にとはいえ、下手に出ることは不本意だったが頭を下げて頼んでみる。
聞こえたのは、深く溜息を吐く音だった。
「もう良い。お主、ゴルドーと言ったな?」
「……ああ」
「あやつも帰路についたようじゃし、
「いや、だから私が直々に向かうと!」
「ドラゴンは他の者の手によって討たれ、秘宝は
ここでようやく、ゴルドーは事の真相を告げられた。
怒ることもなく今も静寂さを漂わせる老人。
どこか
「……なん、だと?」
耳を疑った。が、老爺が再び答えてくれることはない。
依頼は失敗に終わってしまったのかとゴルドーは
暗殺者としての仕事だけでいえば、対象が命を落としたのならばそれで良い。しかし今回は秘宝を持ち帰るという追加要素があった。どう
「優秀であればこちらに引き込もうとも考えたのじゃが、あやつの代で終わったのかの……」
「じっ、爺さん、知ったような口ぶりだな。も、もしかして以前にも依頼を? だったらわかるだろ、今回の失敗がガーファルド家において異例中の異例だと! そうだ、あんたの娘にもそう伝えておいてくれないか? 次の仕事は半額で受けても良い!」
「娘? お主、儂を誰と思っておる。世界の要人の顔さえ頭に入れられぬのか?」
「……? た、確か依頼主はドラゴンに財宝を奪われた一族の
「そうかえ! そのような話になっておったのじゃな」
「……は。じゃ、じゃあ、あんたは──」
依頼主の身元は前もって
歴史的な資料を確認しても、あのドラゴンに財宝を奪われた一族の名があった。
その他にも独自の
だからこの老人と先程の女は、親子だとゴルドーは決めつけてしまっていた。
まさか、このような予想外のことを最後に聞かされるだなんて。
引退した父と病に倒れ死んだ兄には及ばず、自分には才能が足りないと自覚しているゴルドーだったが、一流の暗殺者であることに違いはない。第六感とでもいえる感覚は人並外れている。
嫌な予感が
「……あんた一体、何者なんだ」
「儂か。儂は勇者正教──教王じゃよ」
「……な……に……?」
ゴルドーは目を瞠った。
勇者正教。
それは魔王を倒し先の暗黒時代に
この爺さんが、その……? とゴルドーは疑いの目を向ける。
だが。
「まあお主が信じるかどうかなど、どうでも良いわ」
そんな視線を気にすることもなく、老人はゆっくりとソファーから腰を上げた。
「もう二度と会うことはないじゃろうからな。暗殺を必要とする上層部にも、ガーファルドは
「なっ……ま、待ってくれ!」
この男は考えられないほどの教徒を抱えている。
ここ数年は、
ゴルドーが止めに入るが、老爺は何らかの魔法を使った。
どこからともなく現れた光の
依頼理由など全ての
ただ、仕事に失敗し、状況が悪化するということだけは確かだった。
一人残された部屋の中でゴルドーはソファーに崩れ落ち、一言も発さずに静かに頭を抱えた。
◆ ◆ ◆
「そうかそうか……あやつらにも、それなりの
「親父。あいつらのことで何か知っていることを教えてくれ」
この件には一切
しかしゼノスは首を振った。
「危険な連中じゃろうが儂はなんにも知らん。正確な依頼主は今日来た
「だ、だったら何か手助けを……」
「嫌じゃ。儂が勝手に動くことはあっても家の頼みは聞かん」
「なぜだッ!? 家のために少しくらい──」
「この老いぼれはもう引退した身よ」
「……っ」
縋るような想いは
それもそのはずだ。
ゴルドーが先ほど資料庫で確認したところ、あの老爺は教王で間違いなかったのだから。
常に世界中の重要人物の顔を頭に入れていなかったのが
「じゃあ、いいって言うのか……?」
「む、何がじゃ」
「ルドの回復まではまだ時間がかかる。あとは今回の任務の失敗の
俺は家のために頑張っているのだから少しくらいは手を差し伸べろと。
全身骨折を負ったルドは、妻のフレデリカから過度の心配をかけられている。
少し前も早くベッドで横になるよう言われ連れられて行った。
ルドは魔法によって
とはいえ、まだまだ仕事に復帰できるほどではないだろう。
「なあ、どうなんだッ!?」
「……はぁ、わかった」
ゴルドーの最後の一押しにゼノスは頷いた。
「そ、そうだよな、わかってくれるよな? 俺だってこのままガーファルドを小さくするつもりはない。今回は相手が悪かったが、必ず信頼を取り戻して──」
表情が明るくなったゴルドーが
しかし、ゼノスが口にしたのは予想外の言葉だった。
「お前にこの稼業は向いておらんかったようじゃな。儂が間違っていた……すまない。一人の暗殺者としてではなく、一人の子供としてもっと愛すべきだったのじゃ。父として、愚かじゃった」
「…………!?」
こんなにも
今この状況で親子として接されることは、暗殺者としての自分を見捨てられることと同義。
ゴルドーは膝から崩れ落ちた。
「い、いや、それはないだろうっ。なぁ?」
苦し
ただ、肩に優しく手が置かれる。
今まで積み重ねてきたものが崩れ去ってしまう。俺はこんなところで終わりなのか? じゃあ今までは何だった。兄が死んで、ようやく運が向いてきたというのに。
ゴルドーは自問するが、答えがでないことはわかっていた。
何故なら自分は終わるのではなく、元に戻るだけなのだ。
兄がいたあの頃、何をしても勝てず万年落ちこぼれだった自分に。
「今はゆっくりと休みなさい。仕事は一度、全て止めるかの」
ゼノスは最後にそう言うと、横を通り抜け部屋を出て行く。
「ま、待ってくれよ……!!」
振り向き手を伸ばそうとしたが、そのとき扉はすでに閉じられていた。
◆ ◆ ◆
「お
部屋を去ったゼノスが廊下を歩いていると、階段の前でルウが待っていた。
過保護な母に連れられて行った兄からの裏切りとも取れる発言を受け、暗い顔をしている。
「どうしたんじゃ、こんなところに一人で」
「いや、その……」
「お前さんも怪我をしたんじゃろう。休まんで平気か?」
「あっ、あたしは大丈夫。ありがと」
祖父から心配され、ルウは窓から差し込む陽光が作る自身の影に目を落とし、小さくはにかんだ。
「そ、それよりも、あの……聞きたいことがあって」
「そうか。儂に答えられるなら何でも訊いとくれ」
「じゃあ、あの。なっ何を馬鹿なことをって思うかもだけど……テオルのことで、ちょっと。もしかしたら今まであいつって本当に逃げ出してなくて、普通に働いてたのかな、なんて……お祖父様はどう思う?」
祖父の表情を窺うようにルウは尋ねる。
ずっと心の中にあった疑問だ。他に耳がない場所で祖父に訊こうと思い、この場所を選んだ。
テオルが
しかし今回の悲劇の直接的な原因が、彼がいなくなったこと以外に他にあるとも思えなかった。今までと変わった点は、テオルがいるか、それともいないかだけ。当事者であるルウだからこそ、どこか確信めいた予感を
自分が責任を押し付けられた手前だ。
兄たちのように目を
「……うむ、もう言っても良いかの」
顎に手を当てた祖父は何かを決めた様子で顔を上げる。
そして。
「テオルはよく働いておったぞ? 他に生き方があると思うて儂は黙っておいたのじゃが」
「──っ!! じゃあ、やっぱり!」
「お前さんの考えておる通りじゃろうな」
祖父にズバリと言われ、ルウは
「あ、あいつは今どこに……」
「オイコット王国におるぞ。儂も会ってきたのじゃが、楽しそうにしておったわ。気になるのならお前さんも行ってきたらどうじゃ? 家の仕事もしばらくはないじゃろうからな」
「オイコット王国……。お祖父様っ、なんで連れ戻さなかったの!?」
「それはさっきも言うたが──まあ良い、とにかく見てきなさい」
テオルにそこまでの実力があるのなら、連れ戻せば家を立て直せるかもしれない。ルウは思った。家に帰れると知ったら、きっとテオルは喜ぶはずだ。
これで任務の失敗は自分のせいではないと証明できる。
「はい! あたしが一人で
ルウは祖父にお辞儀をすると、すぐに旅の準備に取り掛かった。
大丈夫。何の問題もなく、すぐに帰ってこれるはずだ。
テオルにはどうせ