ピトに別れを告げると、
長い仕事だったような気もするが……実際のエルフの村での
行きと帰りの移動の方が長かったくらいだ。
かつて俺が経験してきた暗殺任務の数々に比べても、格段に楽なものだったと言えるだろう。
しかし、
たとえ同じように
様々な
仕事をして世界からの
そんなことを感じた帰還の翌日。
「ん~……よく
とっくにリーナの物が姿を消し、
朝の準備を終えると、騎士団服を羽織り宿舎の食堂へと向かう。
時間が少し後ろにずれているので、食事を
それから俺は、騎士団本部に行くことにした。
「今日はあの紅玉について本格的に調べないとな……」
昨日、報告作業はリーナが行ってくれたので、まだ紅玉について団長から話を聞けていない。
次の仕事の命が
何しろ紅玉が体内に吸収されたことによって俺は様々な
実感として確かな変化がわかるため、いつだって意識してしまうのだ。
どうしたって気にせずにはいられない。
宿舎からほど近い騎士団本部内。
その四階にある第六騎士団室。
事務所のようなそこに入ると、中央に置かれたソファーでだらけているヴィンスの姿があった。
「あれ、ヴィンスがいるなんて
「んあ? なんだお前ぇかよ。……あぁー、団長なら客と話してんぞ」
「客?」
「おぉ。なんか分かんねぇけど
「そうか……」
するとその
「こりゃ、どれくらいかかるか分かんねえな」
「……だな。俺もここで待つとするか」
ヴィンスの向かいに回り、低めの机を
それにしても団長に来客かぁ。どんな人なんだろう。
なんとなく気になったので、俺は気配を探ってみた。
すると。
「え」
「ぁ? どうしたんだよ」
「いや、なっ、なんでもない。そんな……まさか、な……?」
思わず出てしまった声に、
探ってみた来客の気配が──俺のよく知る人物と似ていたのだ。
いいや、全く同じだった。
「っ!?」
居ても立ってもいられずに席を立つ。
「う、うぉい! 待つんじゃなかったのかよ……んなに急ぎの用っつーことかっ?」
はやる気持ちを
俺はこんな気配を持つ人物を世界でたった一人しか知らない。
似たような気配を持つ人物が他にいることは想像もつかない。
もしもこれで人違いだったら、どれだけ謝っても足りないほど失礼な行動になる。
だが、勢いよく扉を開けずにはいられなかった。
開いた扉の先には──
「……じいちゃん」
やはり、俺が想像していた通りの人物がいた。
家を追い出された日のことを思い出す。
俺の
団長室でジン団長と向かい合って
そのまま続く言葉を口にできないでいると、
「やあ、ちょうどいいところに来たね」
「テオル、お前も立派にやっておるようじゃの。話はジンから聞いとるぞ」
そして当の祖父も、何事もなかったかのように
団長とじいちゃんは紅茶を飲みながら、クッキーを
「えーっと、これはどういう……」
「いやぁー、びっくりしたよ。まさか君が家を追い出されてここに来てたなんて。こいつ、全くそんなこと言ってなかったからさ。ごめんね、手厚いサポートができなくて」
「はっはっ、まあまあ流れというやつじゃよ。『テオルがここの入団試験に参加する』と手紙を出した後じゃったからの、ゴルドーの
昔から
二人の間で、俺には理解が追いつかないセリフが次々と飛び交っている。
混ぜるな危険だ。これは絶対に。
「まあ、これであやつがテオルの才に気づいたとて、自ら勘当した手前なかなか手出しはできんじゃろうて。いくら
「いやいや。もとから
「うむ、そう言ってくれると儂も安心して孫を任せられるというものじゃ。かっはっは!!」
「──ちょ、ちょっと!
ワッハッハ、と楽しそうに笑っている二人を止める。
このまま何も言わなければ、俺を無視して話が先へ先へと進んでいってしまいそうだ。
一応、
あ、ゼノスというのは祖父の名前である。
ゼノス・ガーファルド。伝説の暗殺者の名前だ。
「どうしたんだい?」
「気になることでもあったかの?」
「大ありだ! むしろ、
何から訊けば良いのか整理がつかないほどだ。
俺の頭の中がぐちゃぐちゃなのを
絶対にわざとだろ、これ。
揃ってふざけて……。流されないように気をつけないとな。
とりあえずだ。
一つ一つ
「おま──」
「で! まず、二人の関係は?」
「古い友人じゃよ」
「うん。かれこれもう……出会ってから四、五十年になるかな?」
「じゃな」
「いやいや、
また
噓をついている気配が
「うん、本当だよ。かなり昔のことだから正確な時期は思い出せないけど、ごめんね。それでも僕たちが出会ったのはたしか四、五十年前だったはずさ」
「そんな……し、四、五十年前? 団長って何
「そりゃそうだよ、だって聞かれてないんだもん」
明らかに俺よりも年下に見える外見なのに、この人は一体何歳なんだ。
もしかして人族じゃなかったのか?
いや、でも今も感じる魔力系統や気配は人族のもの。他の種族ではないと思うが。
それに、じいちゃんと友人だったって?
遠く
本当に団長は
いやいや。
そんなことは置いておいて。
先にハッキリとさせておきたいことが別にある。
「ご、ごほんっ。まあ、このことは後で話を聞くとして。その前にじいちゃん、俺は家を追い出されてから自分の意思で騎士になろうと思ったんだ。それなのにどうして試験に来るって団長に手紙を出せたんだ? それも、俺がゴルドーに勘当を言い渡されるよりも前に」
一番
俺は家を追われ、それから自分で思い立ち、騎士になるため試験を受けに来たというのに。
何故、祖父は俺が家にいるうちから、試験に行くだなんて手紙を送れ……た──
「あ」
その時。
家を出た後のことを思い出し、ハッとした。
「くくくっ、思い当たる節があったようじゃの?」
「俺、そういえば……試験の話、じいちゃんから聞いて……」
「そうじゃよ。儂があらかじめ意識の底に刷り込んでおいたんじゃ。まあ元はといえばお前さんが騎士に興味を持っておったからの。どうか『操った』、ではなく『背中を
「……え?」
「前々から自ら決心する形で好きなことをさせてやりたい、そう思って準備をしておいたんじゃ。しかし先ほど言ったがゴルドーのやつがの……そのせいで結局こうなってしまったわ。テオルさえ許してくれるのなら、最終的に
「…………」
じいちゃんは、俺がこの国の騎士に興味を持っていたことを知ってくれていたのか。そして暗殺者を続ける自分に
つまり俺が外の世界に行けるようにと背中を押そうとしてくれていた時、ゴルドーとのいざこざがあって、あの時はそれを利用して演技を……?
「いらんことをしていたとしたら申し訳ないのう。十分に話し、説明する時間もなく」
「いや、騎士が気になっていたことに間違いはないから問題ないけど……ほら、今はこうなって良かったと俺も思っているし。だけど、それにしても良かったのか? ガーファルド家の仕事もあるのに」
暗殺一家ガーファルド家を創り上げたのは祖父だ。
そこから俺が
ルドとルウにはまだ
「なんじゃ、そんな
──が、祖父はあっけらかんとそう言った。
そういえばこの人は昔から、仕事に関してはどこまでも実力主義でドライな人だったな。
なにしろ
その力量ただ一つで、一代にして家をあそこまで大きくしたのだ。
それからしばらく、俺たちは話を続けた。
団長と祖父の関係。俺の意識に入団試験に向かうよう刷り込んだ方法。ゴルドーたちの前での祖父の演技や、ガーファルド家のその後について。
三十分にも満たない時間だったが、楽しく言葉を
祖父が時計をちらりと確認する。
「おっと、もうこんな時間じゃ。次の用事があっての、あまり長居をしては
ニコニコと様子を見守っていた団長が俺の
「孫のことが
「おお、それは良いことを聞いた。どうやらここは、ジンらしい最高の職場のようじゃな」
二人は若い悪友同士のようにニヤリと口角を上げた。
「じいちゃん、今日は──いいや、全部ひっくるめてありがとう」
「そうか、儂はとにかく
祖父は最後に苦笑いを
そして。
「魔力も増えたようじゃの。その力で、多くの人々を救うんじゃぞ?」
そう言い残し、第六騎士団室を後にした。
何か
◆ ◆ ◆
「うーん、申し訳ない。昨日もリーナから話を聞いて考えてみたんだけどね、やっぱり僕は知らないなぁ。ドラゴンの心臓が
祖父が去った後。
団長に紅玉の話を訊くと、すぐにそんな答えが返ってきた。
今回の仕事の報告とともに、すでにリーナからある程度の話を聞いていたらしい。
「あっ、そういえば今日だったね」
「今日……?」
「うん。
第六騎士団のメンバーは団長を除き、俺以外に三人いるという。
そういえばあと一人、まだ会っていない人がいるんだったな。
新しい
最後の
彼女、ということは女性のようだが。
リーナとヴィンス同様に、かなり
第一印象は重要だからな。
「なるほど、ちょうどいいタイミングですね。それならその方が来るまでここに──」
「でも、手紙で団員を増やすって知らせたらかなり
「……団長。それって結局、全団員が俺の入団を嫌がってたってことになりませんか?」
「ま、まぁそれはそれさ。アマンダが帰ってくるのはもう少し後だからさ……ほ、ほらっ、それまでは大図書館にでも行って調べて来てみたらどうだい? 君だって時間を
冷ややかな視線を向けると、団長は目を泳がせながら
どうやら
ここぞとばかりにワタワタとされ、俺は頰を引き
けれどまあ、まだ時間があるというのなら団長の言う通り先に大図書館に行くとしよう。
リーナに街を案内してもらった時に見た、あの
話に聞くところ、騎士と証明できる騎士団服を着ていけば、いつでも無料で利用できるそうだ。
本当に騎士とは良い職業である。
普通は図書館を利用しようとすると、それなりの金銭を
「はぁ……わかりました。じゃあ、その団員の方との間を団長が取り持ってくれるということで」
「りょ、
「とりあえず今は何か手がかりがないか
「あっそうだ。これ、生活のために給金の一部を
ひとまずの予定を決め部屋を出ようとすると、団長が
「っ! ありがとうございます。正直困っていたので助かります」
ほとんど必要がないとはいえ、少々
頭を下げ感謝を伝えてから退室する。
ソファーで寝ているヴィンスに
「これが全体の一部って。十分な大金だぞ……」
使いやすいように銀貨と銅貨が中心になっているが、ジャラジャラと音を鳴らす袋の中には黄金色に
これならあの
……それにリーナに世話になった分の恩返しも、給金を待たずして買うことができる。
ようやく安心できる程度には
俺はさまざまな書物が揃っているという、街の中央区にある
◆ ◆ ◆
「はぁ~。結局なんにも見つからなかったな……」
大図書館の中は三階まで
管理された気温に
落ち着くような
他にも目星をつけている本の中で、まだ中を確認できていない物もある。
あとは午後からにしよう。
腹の虫が鳴ったので気分
館内の静けさとのギャップで、いつもよりも
すると一
ここはそういえば……リーナが最近人気だと言っていたカフェだ。
「ちょうどいいし入ってみるか」
ピークには行列ができるそうだが、今は列が見当たらない。
このタイミングを
俺はこれ幸いと、店内に足を進めた。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですね、こちらへどうぞ」
扉を開けるとチリンと
店員に案内されたのはカウンター席だった。
まだランチには少し早い時間帯だというのに、ほとんどの席が埋まっており、店の中に
椅子の背もたれに羽織っていた騎士団服をかけ、注文を済ませる。
しばらくすると柔らかい白パンで肉を挟んだ料理と、紅茶が届けられる。
リーナの言葉に噓はなかったようで、口にしてみると料理も紅茶も想像以上に
一人で感動していると、ちょうど入店してきた客が
「こちらの席でよろしいでしょうか?」
「ああ」
気がつくと、いつの間にか店内は満席になっていた。
本当に
ゆっくりと
なるべく早くお
店員に案内されて来たのは、まっすぐに背筋が
ちらりと見ただけのつもりだったが、目が合ってしまったので軽く
「
「そうですね。俺も初めてなんですけど、正直びっくりしました。気付いたらこの
「お、
「ああ、いえ! お気になさらず。お疲れ、ですか?」
「実は仕事で長らく遠くに行っていてな。先ほど王都に
「はぁ、なるほど。それはお疲れさまでした。長期の仕事で遠くへというと、商人の方──」
女性は今も必死に欠伸を
そう思い俺が尋ねようとした時、近くのテーブル席に座っていた俺と同年代の二人の少女が寄って来て、
「あの、もしかして……アマンダ様、ですか?」
「ん? ああ、そうだが……」
「きゃあっ、やっぱり! あのっ、あ、あたしたち大ファンで!! その、あっ、
女性が
興奮気味なその声に反応して、店内の他の席からも
隣の席の彼女は、そんなに有名人なんだろうか……?
時折
ただの名の知れた人物というわけではなさそうだ。
特に女性に、
うーん、そういえば。
確かに俺も本当につい最近、アマなんとかという名前を耳にした気がする。
答えは
どこで聞いたんだったか。
気になったので答えが出てスッキリしてから店を出ることにしよう。
案内待ちの列ができていても、カフェということで許してほしい。
紅茶のおかわりを注文し頭を
「はぁ……王都は王都で落ち着くことができないな」
ようやく握手をし終え、解放された女性は溜息をついてそう言った。
見るとさっきよりも一段と
「大変、ですね」
すると彼女はメニューを
「いつものことだ。それよりも席が隣だったばかりに騒がしく、
「……え? いえいえっ、流石にあれだけのことでそんな……いいですよ、自分で払います!」
「いいんだ。
「そう言っていただけるのはもちろん
……ん、あれ?
今なんて?
言葉が詰まり、表情が固まる。
俺は今しがた聞き取り、脳内で
「──第六、騎士団……?」
「ああ、そうだが……む? も、もしかして私が誰か知らずに話していたのか? だとすると、こ、これは
「……いや、まあ騎士団の名前は、聞いたことはありますけど……でもすみません。どなたかは分からずに話していました」
「おお、そうか! 騎士団の名を聞いたことはあるのだな。だが自らの知名度に
「気を入れ
頭を下げられる。
俺は今、きっと遠い目をしていることだろう。
だって、こんな出会い方になるなんて。
それにやっぱり、俺が入団したことで帰ってくるのも億劫だったらしいし。
そうだな……。
これは、一体全体どうしたものか。
◆ ◆ ◆
「うむ。これはなかなか美味だな」
その後、俺と同じ料理と紅茶を注文したアマンダさんは、パンを一口食べてから
団員が増えて億劫だと聞いた手前、「自分がその新団員です」なんて言えるわけもなく、俺は必死の思いで背もたれにかけている騎士団服を隠し続けている。
席を立ったらバレてしまうからな。
彼女が先に店を出るのを待とう。
自分の正体を隠すと、後で挨拶をする時に逆に変なことになるような気もするが。
そう頭ではわかってはいるのだが……ここはとにかく乗り切るしかない。
気まずさは、未来の俺に
「ちなみに、貴殿は何をされている方なのか?」
「へっ!? あ、あー……職業ですか? 職業はそのっ、に、肉体労働を……」
「なるほど、それでバランスの良い筋肉をされているのか。いや、人の重心などを見るのが少々得意でな。どうしても気になって聞いてしまった」
何か気付かれたのかと思ったが、単純に気になっただけだったらしい。
だから何がしたいのか良くわからないこんな言動にも、別に心を痛める必要は……うっ。
「そ、そうだ。この紅茶もかなり美味しいですよ」
「ほう。っ! ……これは確かに。ここまで多くの人が集まるのも納得の味だな」
俺は先のことを考えることなど
アマンダさんがこちらを見るたび、俺の騎士団服が目に入らないかヒヤヒヤする。
や、やっぱりここは自分で支払うと言って先に席を立ってしまおうか?
例えばまず上手いこと彼女の視線を
なんとかなるかどうかは誰にもわからない。
いや、多分なんとかならないんだろうけど。
問題はそれ以前にあるのだ。
そう、せっかく
それにやはりだ。
後で顔を合わせた際に乗り切る方法が、別人のふりをするくらいしか思いつかない。
まあどうせ、それをやったところで失敗に終わると思うしなぁ……。
今からでも名乗り出るか、それとも今は大人しくし成るように成るさと流れに身を任せるか。
俺は究極の
「ふぅ……」
そして、俺の頭が
最後に紅茶を飲み終えたアマンダさんが満足げに息を吐いた。
よし、食事も終わったことだし、これでひとまずお別れだな。
いやぁ~、仕方がない。
任務や仕事で
それに今回も、俺が決断する前に時間が来ただけだ。
うん、そういうことだ。
「さて、そろそろ行くとするか。私が奢ると言ったばかりに待たせてしまったな。時間は大丈夫だったか?」
「はい。自分はそこまで忙しい人間ではないので。それより、ご
「気にしないでくれ。
誠実さに欠ける自分から早く
ようやくこの場は
ここで本日最後の難関となる質問を彼女が口にした。

「再会のときのために、最後に名前を聞いても良いか? 私はアマンダだ」
できれば名前を言わずに別れて、団長やリーナがいるところで挨拶をしたかった。
もしかするとすでに俺の名前を手紙の中で知っているかもしれない。
これが第六騎士団の新たな団員だとバレるきっかけにならないといいが……。
けれど、別にそこまで珍しい名前でもないからな。
ここで
みっともなく
「……テオル、です」
まさか、気づかれた?
「テオル、いい名前だな。では私は先に失礼する。またどこかで会おう」
そう言って、アマンダさんは会計を済ませると振り返ることもなく店を出て行った。チリン、と鈴の音が
窓の外の道を彼女が歩いていき、姿を消したのをしっかりと確認する。
店内を
それじゃあ俺もそろそろ出るとするか。
まるで
「……ふぅ」
どっと押し寄せてくる疲れを感じながら、深く息を吐いていると、
「あれ? あんた、来てたのね。声をかけてくれたら私も
振り返ると後頭部に少し
どうやら彼女はいま来店して、ついさっきまでアマンダさんが座っていた席に案内されたらしい。
この広くて人が多い王都でも珍しいことがあるものだ。
世間は広いようで
「お、リーナ。ほら、前に教えてもらったからな。大図書館で紅玉のことを調べるついでに来てみたんだ。……もしかして寝起きか?」
「ええ、まあね。昨日は少し遅かったから」
「報告を任せてしまってすまないな」
「あぁ、いいのよいいのよ。これくらいしないと、ドラゴンの一件ではあんたに助けてもらってばかりだったから」
彼女は立ったまま椅子の背もたれの上に手を置き、そう話してから騎士団服を
そしてそれを、俺と同じように背もたれにかける。
「そういえばさっきアマンダさんに会ったんだ」
「へえ、もう帰ってきてるのね。……て、あれ。あんた初対面だったんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどさ。アマンダさんってそんなに厳しい人なのか? 団長から聞いていたよりも優しそうな感じだったけど」
眠たそうな目を
そう、そうなのだ。
聞いていたアマンダさんの印象と、実際に会ってみて感じた印象がかなり違う気がしていた。
勝手にもっとこう、
それか、暴れ馬のようなタイプ。
リーナは椅子にかけた手を離し、
「厳しいっていうか、どちらかというと
「しっかりした人……か」
「うん。ジンなんかよりはよっぽどしっかりしてるわよ? 結構優しいところもあるから心配しないで大丈夫じゃないかしら。ま、時々同じ騎士として、私たちにはちょっと
「そ、そうか……。人間、そう単純じゃないもんな。けどな、実は俺のことを──」
アマンダさんは俺の入団を快く思ってないらしく、さっき会った時も名乗れなかったんだ。リーナにそう伝え、相談を持ちかけようとした。
しかし、その時。
小走りでこちらに近づいてくる
視線を向けると、そこには先ほど別れたばかりの眼鏡をかけた黒髪の女性が。
「テオル、まだいたか。良かった……うっかり忘れ物をしてしまってな。これをなくすと大変な問題になって仕事に支障が──あれ?」
「あ」
アマンダさんが、リーナと顔を見合わせて固まった。
何が何だかと言った感じで、ゆっくりと彼女はリーナが座ろうとしていた椅子を引く。
そしてその席に置かれていたのは──。
自分の物を隠すのに夢中で忘れていた。
アマンダさんは騎士としての仕事から帰って来たばかりなのだから、彼女も持っていて当然なのに。オフだからと言っても、流石にぼうっとしすぎだろ俺!?
忘れ物と言ってアマンダさんが手に取ったそれは、テーブルの下に入っていた椅子の座面に置かれていた。
丸められた、俺やリーナの物と同じデザインの騎士団服だ。
そんなところに……忘れ物があるだなんて。
「久しぶりだな、リーナ。
「えっ? あぁいや。アマンダさん、こいつは──」
俺は慌てて決意を固めると立ち上がった。
もう、どうにでもなれっ!!
「──
限界まで深く頭を下げる。
数秒の後、あまりの無音に
俺の顔を見ていたアマンダさんは、ゆっくりと口を開いた。
「…………は?」
◆ ◆ ◆
「──で、こうなったのよ」
リーナが腰に手を当てて、俺とアマンダさんがここに来るまでのあれこれを、団長とヴィンスにざっと説明する。
かなり
「なるほどね……それでか。なんかテオルと誰かさんで、前にも同じような光景を見たような」
「あ? んなことあったのか……?」
「い、今はいいのよ! それはっ!」
以前、リーナと手合わせを行った騎士団本部の地下訓練場。
カフェを後にした俺は、現在そこでアマンダさんと
「……はぁ」
「あんた、ビシッと気合い入れなさいよ? 認めてもらわないといけないんだから」
「まあ……やるけどさ。なんでリーナも、それに団長とヴィンスも間を取り持ってくれないんだ」
「そ、それは……ねえ? あ、あれよ、ほらっ。ちょっとジン、なんとか言いなさいよ」
「僕たちにだっていろいろとあるのさ。だから
「オレぁ、シンプルに
後ろに立つ三人がそれぞれの反応を見せる。
こうは言っているが、結局は三人とも俺を冷やかしに来ただけなのだろう。
一体どこから聞きつけたのか、気がついたら団長とヴィンスもいたし。
どうして俺が楽しみを提供しないといけないのか。いまいち納得できないが、ここまで来たのだからもうやるしかない。
カフェで俺が新団員だと白状すると、アマンダさんが言ったのだ。
『──貴殿に、第六騎士団の仲間として
優しさが消えた
「そろそろ始めるが良いか?」
「あっ、はい」
すぐ近くにいるリーナたちを半目で見ていると、アマンダさんが声をかけてきた。
彼女は俺の前方三
なんか妙に近いし、後ろの三人もそこにいたら危なくないか?
リーナとやったように手合わせを始めるのだから離れるように言おうとしたが、その前に、背後から肩にぽんっと手を置かれた。
リーナだ。
「実力を見るって言っても別に戦うわけじゃないと思うわよ? 団員として最低限の素質があるか、ひとまずアマンダさんの〝アレ〟があんたを確認するんじゃないかしら」
なんだ、
いつでも気配を消せるよう体内の魔力の
それにしても……アレ?
なんのことを言っているんだろうと疑問に思い、アマンダさんの方を見る。
すると眼鏡を外した彼女の右目が
「なるほど……悪魔か」
悪魔。
それは異界に
俺たち人族などとは違い、生まれ落ちたその瞬間から強大な力を持ち、世界のありとあらゆる場所の伝説や伝承に登場する。時に人々の敵であり、また別の時には味方でもある
アマンダさんの体内にはそれがいるようだ。
しかも、かなり強力な。
世界には体内に悪魔が
だが、それは本来集落などの神職者の務め。選ばれし者が悪魔を代々引き
そもそも体への
決して騎士として、人が
ならばアマンダさんは悪魔との……? いや、この気配からは体内に悪魔を押し込み棲まわせている、そんな印象を受ける。それじゃあやっぱり封印されているのか?
「
彼女がそう
そして次の瞬間。
魔力が赤黒い
最後に
『何の用かしら、アマンダちゃん? いきなり
「その者の力量を測ってくれ」
『もう! 人使いが
気がつくと俺のそばに悪魔の女が移動していた。
布地の少ないかなり
明るい
『じっとしててね。すぐに終わるから』
悪魔はそう言うと返事も聞かず、一方的に腕を伸ばし俺の体に手を
魔力や筋肉のつき方、思考のパターンまで。
様々な情報を読み取られ、満足いく者かどうか試されているのがひしひしとわかる。
まるで俺という人間を採点されているみたいで、あまり居心地は良くないが抵抗はよそう。素性がわからない悪魔に
大人しくじっと
「そいつは魔天十三王の一人、かの
「えっ、深淵王の……腹心?」
「ああ。危険はないと
「……わかりました。でも、あの、このままだと──」
アマンダさんが言うには、このイシュイブリスという悪魔は十三体存在する悪魔の王、そのうちの一体に仕えている存在だそうだ。
すごいな。そんな悪魔を体の中に飼っているのか、この人は。
あまりの特異さに
でないと、いくらなんでも危険すぎる。
そう伝えようとしたが、すでに
『……っ! こ、これは……いったい、どういうことなの……ッ!?』
「どうしたイシュイブリス」
『い、いや、アマンダちゃん。この
イシュイブリスの手がそっと引かれたのを確認してから、俺は先ほどからずっと「出せ出せ」とうるさかった
「闇魔法〈
『や、やっぱり! こんなところでお会いできるなんて……っ!!』
俺が
状況を見ていたリーナたち三人と、アマンダさんが
驚くのも無理はないだろう。悪魔が人間に対して頭を下げるなど、本来はあり得ないことなのだ。
「テオル、それって君が使ってる……」
「はい。いつもは剣の形を保っていますが、でも正体はこいつなんです」
俺が応えた瞬間、
「ほう……これは面白いね」
「な、なによこの気配……!? もしかして、こっちも悪魔っ?」
「おいッ、こりゃ
「……こ、これはっ」
団長とリーナ、ヴィンス、アマンダさんが
『イシュイブリス、久しいな。この身の程知らずが』
感じる魔力は確かに悪魔のものだが、そう発声した影はイシュイブリスとは違い顔を窺うことができない。
髪や
その深い闇を前にして、イシュイブリスはさらに頭を下げた。
『お、お久しぶりです──深淵王様っ!』
『余の
『めっ、
数秒前までの態度からガラリと変わり、額を地面に
そこにはただ静かに、深い闇が
俺が
『ア、アマンダちゃん。私は今すぐこの方の実力を認めるわ! だからあとは自分の目で見て判断してちょうだい。そ、それじゃあ今日のところは失礼するわね……っ』
プルプルと
そしてすぐに靄に変化し、アマンダさんの瞳の奥へと消えていった。
『……うむ、では余も去るとしよう』
最後になぜか満足げな深淵王も姿を消し、訓練場内に
「…………」
「…………」
深淵王が暴れなくて良かったけど……イシュイブリスがいなくなってしまった。
俺のことを認めるとは言ってくれていた。
けれど、これで合格ということでいいのか?
口を開いて呆然とし、固まっているアマンダさんに目を向ける。
「あの、こういう場合は……」
「よ、よくわからないが、とりあえず貴殿の入団に異議は唱えない。……いや、待て。イシュイブリスは『自分の目で判断しろ』と言っていたな。だったらまだ保留か? だが、深淵王と契約している化け物を認めないなど、そんな愚かな話が……」
アマンダさんはぶつぶつと独りごちている。
その結果。
「よし! とにかく今は、仮で入団に賛成するという形にしておこう!」
俺は、曖昧な判断を下された。
◆ ◆ ◆
そのままの流れで団長が紅玉のことをアマンダさんに尋ねてくれたので、より細かな部分を俺が
「……その心臓から変化した紅い石を持ったら突然割れたらしいんだ」
「はい。本当にいきなりだったんですけど、粉々になって俺の体の中に吸い込まれて」
「それで魔力が増えたって聞いたんだけど、テオル、そのあたりも合ってるかい?」
「そうです。魔力の総量と全体的なパワーが上がった気がします。まだちょっと、他にも違和感があるので何かしら変化があるとは思いますが……」
アマンダさんは顎を
リーナとヴィンスもあの
どんな返答がくるのか興味ありげに耳を
「そういえば、一瞬だけど
「だな。テオルのやつも苦しそうにしてよ」
二人から客観的な情報を聞いて思い出す。
「確か、あの時……体が
伝え
彼女は目を閉じ、難しい顔をしていた。
この場ですぐに答えがわかればいいんだが……。
そうすれば、あの時の現象に関して何か対応を要するのであれば、すぐに行動に移すことができる。場合によっては、リーナたちに協力を
そして、数秒後。
アマンダさんが目を開くと、再び彼女の体内にいる悪魔──イシュイブリスが姿を現した。
「すまないが私の知識に思い当たるものはない。だが、こいつと対話をしたところ、何か良い案があるらしくてな。ではイシュイブリス」
『ええ、任せて。じゃあ少しだけ話を聞いてくれるかしら?』
対話……か。
悪魔との関係にも色々とあるんだな。
適度な
イシュイブリスは俺たちが頷いたのを確認すると、人差し指を立てた。
『うん。つまり……
その言葉に対し、対話したと言っても
「お前、それは厳しいのではないか?」
『え、どうしてかしら?』
「確かにこいつらが
『わかってるわよ、もう! アマンダちゃんったら……。私がその穏便なドラゴンの居場所に心当たりがあるから言ってるに決まってるじゃない!』
「そっ、そうか。いや、本当かっ!?」
ここまで協力的で友好的な悪魔も珍しいな。
道を
「……んで。結局、どういうことなんだよ」
「何か知っているかもしれない上位竜の居場所を彼女が教えてくれるってことさ」
シンプルに話をまとめろ、といった感じのヴィンスに団長が説明する。
続きが気になる俺は先を
「それで、思い当たるドラゴンはどこにいるんだ?」
するといきなり、
『アイライ島でございます』
イシュイブリスが
「そ、そうか……。あそこか」
『はい。数百年前からあの島に
俺が深淵王と契約しているからなのか、えらく
それにしても。
ドラゴンの中にもそんなやつがいるんだな。
数百年も前から
「ありがとうな、教えてくれて」
『い、いえ! この程度、当然でございますっ!』
感謝を伝えると、彼女は目を逸らしすぐに消えていってしまった。
慌てたように去ってしまったけど、何か対応を間違っただろうか。
話を聞き、これからどうするかと考えていると、それまで静かにしていたリーナに突然、
「痛っ……な、なんだよ」
「なんでもないわよ! ふんっ」
「……えぇ」
よくわからない。
何を
「ははっ。まあ、とりあえずそうだな……」
俺が理不尽な態度のリーナに
「アイライ島に行ってみたらどうだい? みんな仕事を終わらせたばかりだし、
一応、と団長は言葉を継ぐ。
「全員が王都を離れるわけにはいかないから、僕は残るよ」
「えっ、アイライ島に? 本当にいいのよね、ジン!? 感謝するわっ!」
「……そうだな。イシュイブリスも事の真相が気になるらしい。私も行くぞ」
高速で
アイライ島での滞在期間に行きと帰りの移動を
自分の身に起こったことに関する調査とはいえ、こんなにも休暇をもらっていいのだろうか? 仕事を終えたばかりだからなのか、のんびりしている時間の方が長い気がする。
そんなことを考えながら
「お前も行くか?」
「いや、オレぁいい。いくらなんでも遠すぎんだろ。
ヴィンスは気になってはいても、休暇を
島へは三人で行くことに決まった。