騎士団宿舎。
昨日、
ジン団長に案内されてここにやって来る最中、俺が
どうやら、俺のいた第十八グループの
他の受験者たちも本気で騎士になりたくて試験を受けに来ていたんだからな。
取り返しのつかない
宿舎はどこぞの高級宿かと
内装も同じように
何やら
入団は反対、もしくは時間をおいてから。
そう言っていたのはこれを
団長がリーナの部屋の扉を何度
「せっかく広い部屋なんだから、早く片付けてもらわないとな……」
ベッドの上で体を起こし、室内を
〈状態
積まれた木箱によって形成された道を通り、俺は顔を洗いに洗面所へ向かうことにした。
そうこうしている内にようやく日が
白い光が室内を照らし、
三時間以上
鏡に映る自分の顔はいつもの眠たげな目をしておらず、
今日は休日なので、自由に過ごしていいと団長に言われている。
まだ自分が暗殺者を辞め、騎士になったという実感を持てていないからな。本当に有り難い限りだ。今日くらいはのんびりと気を休め、気持ちを整理させてもらうことにしよう。
そう思い、俺は私服に
と、そのとき。
「「あ」」
ちょうど同じタイミングで
「おはよう、リーナ。荷物を──」
「お、おはよう! ちょうどいいから街の案内でもしようかしら? ほら、いい天気だしっ! 私、あんたの教育係になった訳だしっ! ね? どうかしら」
「いや、それは確かに
「あっ、特別に私のお気に入りの料理屋も教えてあげるわ! あそこは何回行っても
「荷物を、運び出してくれ」
俺が何も言わなかったら、勝手に下手な口笛でも
最後に強く、
しばらく無言の状態が続き、視線が交差する。
それでも目を
「…………あぁ~もう、わかったわよ! わかったっ! はいはい、今日中にやるから!!」
観念したのか、これ以上
よし、
「てか何よ!?
「……に、逃げ出すつもりだったのか」
「休日なんだからもっと
なんか俺が悪いみたいになってるし。
大体リーナがこの時間に部屋を出て行って、俺が
「この時間に起きたおかげで、誰もいない部屋の前で一日中張り
「はっ? いや、えー……は? いやいやっ、あんた張り込みって……なんかあっさりヤバい本性現してくれるわね!? しょ、正直言いにくいけど……それは
「そのくらいのことってことだ。他人の部屋を物置にするってのはな」
「うっ……。そ、そう言われると、私には何とも……言えないけど……」
ドン引きから一転、ぎくりとするリーナ。
そんな
「じゃ、じゃあ、街を案内するから早く行きましょ? どうせ私も
「いや、まずは荷物をだな──って、案内してくれる話、本当だったのか?」
「まあそれは……元から考えてたことだから。一応あんたの
少し
どうやら俺の教育係を
先を行く彼女の表情は
まあ単に荷物運びが面倒くさくて、後回しにしただけなのかもしれないけど。
荷物のことは一度端に置いて、今はありがたく街を案内してもらうとするか。
◆ ◆ ◆
「ここが大図書館ね。歴史から魔法、
街の中心地にある
その前をリーナの説明を聞きながら通過する。
まだ時間が早いため現在の人通りは少ないが、もう少しするとこの辺りは王国でも指折りの
「あっ、あそこは最近人気のカフェね。でも、今日のお昼は私のおすすめの店にするわ。これだけは、本当に他言無用で頼むわよ?」
リーナは街の様々な場所を教えてくれた。
誰かに何かを教わるのも、街をこんなにゆっくり見て回るのも、かなり久しぶりのことだ。
日が高くなり少しずつ人の出が多くなってくると、昼食をリーナの行きつけの店で
暗殺者時代は自由に使えるお金が少なかった。
自由にお金を使える時間もなかった。
家を出てきた時、持っていたのはかつて地道に
手持ちのお金が少ないとはいえ、今も手元に少しは残っている。
だが、宿舎を出る時に一銭も持ってこなかったので「しまった」と思ったが、そんな俺にリーナは快く
「本当にいいのか? この店、見たところ安くはないだろ。別に俺だけ外で待ってても──」
「このくらい別にいいわよ。あんたも給金が出たらわかるだろうけど、私たちってそこそこ
リーナはパチンと手を合わせて話を強制的に
結局、昼食はご
数時間かけ、王都を訪れた旅人たちに人気の観光スポットや、この街に住む人々が生活の中で利用する
「数年ぶりだよ、こんなにのんびりした時間は」
「へ? あんた、今まで一体どんな環境にいたのよ……」
「まあ、ちょっとな」
「ふーん」
骨の
そして俺自身の性格的にも、自らを深く話すことはまだできなかった。
自分というものを語るのに、
しかし暗殺任務とは
その素っ気ない返事が
「うちの騎士団はみんな自分の意志で
「ああ」
「案外人間ってどこでも生きていけるから。といっても、あんたに目的があるかは知らないけど」
そう言って、リーナが顔を
目を細め、
目的があって騎士になったという彼女。俺の目的は人を護り、知らない世界を知るというもの。
そうだ、騎士になることそのものが目的だったのではない。
無事に騎士になれて喜びを覚えたが、まだ何も目的は達成されていないじゃないか。
重要なことは俺がこれから騎士として何をするのか、何ができるのかだ。
主に王都の中心区を一通り巡り終え、俺たちは宿舎のあたりに戻ってきた。
出発時にはまだ白かった空が、今はもうすっかり赤く染まっている。
夕暮れ時、太陽が
これから夜に向け、王都の一部の地域はまた別の顔を見せ始めるらしい。
「今日はありがとうな。楽しかったよ」
「そっ、そう。なら良かったわ。私も結構……その、楽しかったし」
宿舎を目指しながら一日の感謝を述べると、リーナは
話が
変に
「テ、テオルさえよければまた──」
「? なんだあれ」
「え? あっ、ああ。あれは
リーナが顔を向けた方にあった屋台。
そこから流れてくる良い
「…………なに、食べたいの?」
時間的にお腹が減っていたこともあり、屋台を
「いや、そういうわけじゃ。ほら俺、いま一銭も持ってないし」
「はぁ……もう、わかったわよ。買って来てあげるから、ちょっとここで待ってて」
これ以上話の
そう思い
彼女は数人が形成している列の
「しまった……申し訳ないことをしたな。なに
こうなったからには最初の給金が手元に入ったらリーナに何か恩返しをしよう。
自分の言動を反省し、心に決めたその時。
ふと、街の一角で盛り上がる集団が目に入った。
「うぉーすっげーっ! あのおっさん、昼からずっと負けなしだぞ!?」
「
「誰か、誰か俺の金を吸い取ったあいつに勝ってくれぇえええっ!」
一団の中央には大男の姿がある。
何をしているのかと見てみると、
銅貨一枚はそこまで高くないが、それでも積み上がった賞金はかなりの額になっている。
あの木箱に入った硬貨の山を目当てに、次々と男たちが
「ふぅ……ぬんっ」
「──うおッ!?」
その盛り上がりに気を惹かれ近くに行ってみると、ちょうどまた、
大男は観客たちを
「さあ次! この大金が
箱にたんまりと入った硬貨をこれでもかと言うほど見せながら、大男は俺たちの方に目を向けた。
すると
「な、な……」
「ようっし! 次は俺だぜッ、おっさん! 数時間前に挑んで負けたが、流石に
「だ、
見る見るうちに青くなっていく大男は、
今、たしか俺の顔を見て……。
知り合い、ではないはずだ。
それに気配も
俺はきっと、どこからどう見ても、どこにでもいる街人にしか見えない……と思うんだが。
どうかしたのだろうか?
考えてみるが、適切な答えが出ることはない。
「──もう、待っててって言ったわよね? はいこれ、買って来てあげたわよ?」
「あ、すまん。それにわざわざありがとうな」
顔の横にすっと肉串を差し出されたので、
「ん? なによこの人混み」
「あっ、なんかガタイのいい男が腕相撲をな……ってうおっ、これ
「本当ね! 確かに想像してたより美味しいわねっ!」
リーナに貰った肉串に有り難く
口に入れた瞬間、シンプルな味付けながらジューシーな
「ガタイのいい男ってどこかしら? 私には
「あれ? さっきまでいたんだけど……あっ、もうあんなところに……」
見るとすでに大男の姿はなくなっていた。
あたりを見回すと、硬貨が入った木箱を
◆ ◆ ◆
騎士団宿舎に戻ると、リーナはすぐに俺の部屋から木箱を運び出してくれた。あまりに量が多かったので俺も手伝うことにしたところ、彼女自身の部屋が案外整っていたことが解せなかったが。
「やっと終わったわね。じゃあ、そろそろ行きましょうか」
夕飯はタダで利用できる宿舎の食堂で済ますつもりだったんだけどなぁ。
リーナが騎士たちに人気の酒場を
どんな場所なのか気にならないと言ったら
もちろん今回は自分のお金を持参してだ。いくら残り少ないとはいえ一食分くらいの金額はある。
今日の街案内で奢ってもらった分の一部だけでもリーナに返そうとしたが、それだと持ち金がなくなるだろうからと断られてしまった。
やはり初回の給金で食事かプレゼントを
酒場は宿舎から数分の場所にあった。
細い路地の先にある、
「騎士ってのは
「まあ、相当な酒好きと美食好きに限った話よ? ここ、結構値が張るから」
「……そ、そうなのか」
や、やばい。
大衆的な店を想像していたので
今の所持金で足りるのか?
「
お高そうな店構えに足が止まっていると、俺の考えを察したのかリーナに背中を
俺はまた、彼女に奢られるのか……。
自分の金欠具合が流石にそろそろ情けなくなってくる。
早くと
「おぉ? おい、リーナじゃねえか。お前が一人じゃねえなんて
後ろから声がした。
俺たちが
首元がよれたシャツに、ポケットに入れられた手。かなり
「んだよそいつ。あれか? お前の友達か?
「げっ。ヴィンス……」
「うぉいっ、『げっ』ってなんだよ!? 『げっ』って!! オレ様がせっかく話しかけてやってんのによぉ、そいつはねえだろォっ! 失礼にもほどがあんな、ほどってやつが!」
「行きましょ、テオル」
顔を
彼女は
「ちょっ、おま、無視してんじゃねぇよっ!? 別にお前がひょろい男がタイプでも何も言わねえし、ただのコミュニケーションだろっ、コミュニケーション!」
「──は、はあ!? た、タイプってなによ! 本当に意味わかんないんだけど!?」
しかし、俺たちが店の中に足を進めると、ヴィンスさんも続いて店内に入ってくる。
彼の言葉を無視しきれなかったのか、リーナは
「それにね! あんたは顔も出さずにほっつき歩いてたから知らないだろうけど、テオルは新しく第六に入ったのよ!? こう見えて強いから! あんたよりも断然強いって私が保証するわ!」
ちょっとリーナさん。こう見えて、は余計だろ。
それになんで自分のことのように胸を張って言っているんだか……。
「んなッ!? おいおい、そんな
「ヴィ、ヴィンス……あんたねぇ……っ!」
「だってそうじゃねえかよ!
「だから! テオルは弱くないって言ったわよね!? なんで人の話を聞かないで……」
ぐぎぎ、とリーナが
あまりの言われように俺も
「この人も、第六騎士団の……?」
「ええ、まあ一応ね。命令がないと出勤さえしないバカだけど、残り二人の団員のうちの一人よ」
話の流れから気になったので、リーナに耳打ちで尋ねてみた。
するとやはり彼は俺の
二人の間にはいまだに火花が散っているが、店先で長々と言い争いを続けるのも良くない。
それに同僚と不仲になって得することはないだろうし、ここは自分から歩み寄ってみるか。
「よろしくお願いします、ヴィンスさん。テオルといいます」
そう思って
「んだよ気持ち悪りィ。利口ぶった
「そうよテオル、こんなやつに」
「は、はあ……。じゃあよろしくな、ヴィンス」
「るっせぇ。お前みたいになよっとした奴がオレは一番
二人ともに言われたので
ヴィンスは元からこの店で誰かと待ち合わせていたらしく、店の
「あれ?」
「ん、どうかした? ほら、もうあんなやつ放っておいて、私たちも早く座りましょう」
「いや、あの人って……」
「……ああ、ヴィンスの
「えっ……あの人が、あの雷鳴なのか!? 噓だろ……」
すでに何
彼はちょうど、俺が街で腕相撲をしているところを見かけた、あの大男だった。
「待たせたな、ガリバルトのおっさん」
「おうヴィンス、遅かったじゃないかぁ~。今日も
「へへっ、えらく気分が良さそうじゃねえか。どうせまた
「ああ! 昼間っから腕相撲大会でボロ
かつて傭兵として名を
「おっ、そうだヴィンス。さっきなあ、街でヤバそうな奴を見たから気ぃつけろよ? 一見すると
「はあ? んだよそれ。おっさんでも
「おう。若い
雷鳴に会えたことに感動を覚えていると、トロンとした表情のガリバルトさんと目があった。
街で顔を合わせたとき、逃げるように消えていったことも気になる。
何か失礼を働いていたら申し訳ないし、せっかくだからな。軽く
「どうも。ヴィンスと同じ第六騎士団に──」
「お、おま、おっおま、お前ッ!? な、何故ここがッ──!?」
ヴィンスたちが座る席に近づき、俺が声をかけた瞬間、ガリバルトさんが
さっきまでの
「ま、まさか!! 儂の命を狙って追って来たのか……っ!? くそッ、儂はもう現役を引退した身。どこの差し金かは知らんが──た、頼むっ。どうか、どうか
「……はい? あの、それはどういう……」
「わ、わかるぞ。『何を
真っ青な顔で勢いよく額を地面に擦り、ガリバルトさんが土下座をする。
その
時間的になのか、まだ客入りが少ないとはいえ、だ。
なんなんだこれは!?
「やっぱり、ガルバルトさんにはわかるのね……」
後ろでリーナが「実力を
何に思案を巡らせているのか気にならないと言えば噓になる。
しかし、今はどうでもいい。
とにかく……なんなんだ、この
◆ ◆ ◆
「ハハハッ。いやぁ~驚かせてしまったか、すまんすまん。それにしても我ながら
机を囲んで椅子に座ると、ガリバルトさんが大きな声で笑った。
彼はジョッキを
「
「あ、ありがとうございます……」
「金はたんまりとあるからな!
あの後、俺はガクガクと
かなり
いきなり巻き込まれたのだ。
こっちの身にもなってほしいと思うが、結果的に俺とリーナも成り行きでガリバルトさんに奢ってもらえることになったので、まあ水に流すとしよう。
店員から次の
「ちと、儂の演技が上手すぎたな」
どこかぎこちない笑顔を浮かべ、何度かそう独りごちている。
それを見て、俺は隣で料理に
「何事かと思ったけど、結局冗談だったんだな」
「いや、どうせ
「……え?」
「ほら、この人は
幸せそうにステーキを
「いやいや、そんなわけないだろ。あの〝雷鳴〟が、だぞ? いくらなんでも……」
「それはどうかしら。ほら、見てみなさいよ?」
リーナが向けた視線の先で、ガリバルトさんはヴィンスと言い争っている。
「んだよおっさん。雑魚相手に冗談なんか飛ばしやがってよぉ。
「お前、わっ、儂が本気であんな
「なにテンパってくれてんだよッ!! こうなってくるとマジみたいに見えんじゃねえか……」
う~ん、確かに。
言われてみると
「いや、やっぱり流石にそれはないだろ。リーナの気のせい──であってほしいけど」
「ふぅ~ん。ま、あんたがそう思うならそうなんじゃない?」
俺たちが状況を見ていると、それに気がついたヴィンスがキッと
「ウォイッ!! てめぇら、調子乗んじゃねえかんな!? オレくらいになったら一目見たらわかんだよッ。雑魚かどうかぐらい! だからなァ──」
「それにしてもここの料理、本当に美味いな」
「でしょう? 気に入ってもらえて良かったわ」
「──おぉい! 無ッッッ視すんじゃねえーよっ!!」
「お、そういやお前ぇさんらの団長から聞いたが、ヴィンスとリーナ
「──おっさんッ、お前ぇもかよッ。んあ!? ……つか」
ふと発したガリバルトさんの言葉に、一人で騒いでいたヴィンスがぴたりと止まった。
そして少し間を置いて、俺たち三人は
「初仕事、か」
「思ったより早く来たわね」
「ちっ、んだよそれ。あぁッ、めんどくせぇ……」
◆ ◆ ◆
十日後、支給された黒のブルゾンを着た俺は、リーナとヴィンスと共に森の中を歩いていた。
俺たち三人が着ている騎士団のエンブレムが入ったこの服は、魔法によって
軽い上に安心して身を預けることができる。
第六騎士団のメンバーにだけ配られるオリジナルの騎士団服だそうだが、値段を想像するとゾッとする。とにかく、なくさないように細心の注意を払わなければ。
「うぉいッ! テオル、てめぇいらねえことすんじゃねえからな!? オレの仕事の
両手に
ここまでの道中、ずっとこの調子だ。
リーナを見習ってヴィンスへの対応の仕方もわかってきた。軽く流しておけばいい。
「ああ、わかってるよ」
「リーナ! お前ぇもだかんな!!」

「はいはい」
昼だというのに空は暗い。
一面、深い
これは一定の
魔結界が発生すると外から結界内に入ることはできるが、中から外には出られなくなる。
ある程度のラインまで人の手で魔物を減らさなければ、自然に魔結界が解消されることは数ヶ月間ない。
今回は、運悪くとある村が結界の範囲内にあった。
いち早く魔物を
「村の人たちに被害がなくて良かったわよね。ほんと、間に合って良かったわ」
「ああそうだな。でも、
先々と進むヴィンスの後に続きつつ、リーナと言葉を
彼女は
あまり良い予感はしない。これは簡単な仕事になるとは言えなそうだ。
昔から、俺のこういう勘はよく当たる。
「魔物って、あんたまさか! もう探知したって言うんじゃないわよね!?」
「え、そうだけど……もしかしてダメだったか?」
「いや、別に悪くはないけど。そ、それよりもそれ、どれくらいの距離での話よ? 私も〈探知〉の魔法は使えるけど、まったく感知できないわよ?」
「ここから前に三
「……へ? さっ、三
探知魔法の結果を伝えると、リーナが化け物を見るような目を向けてきた。
普通の基準がよくわからないが、俺は相手にバレないように極限まで魔力を薄くして広げているからな。
ひょっとすると他の人が使うものよりも範囲が広いのかもしれない。
でも、このくらいの距離は探知できないと探知魔法の意味がないと思うんだが……。
「おいッ、うっせーぞ!? 邪魔すんなら帰れやッ」
リーナが大声でリアクションを取っていると、いつの間にか距離が広がってしまっており、少し離れた場所からヴィンスが振り返って厳しく注意してきた。
仕事に向かうと聞いて
バツが悪そうにしているリーナは、声を小さくして俺との話を続ける。
「そうね、テオルだものね……。うん、これくらいで驚いてたら身がもたないわ……。で、魔物が動いてないってどういうことよ?」
「そのままの意味だ。集団になって、一歩も動かずに突っ立ってる」
「そんなこと──いや、この目で見たらわかる話ね。魔結界の規模的にも魔物が多そうだし、とにかく今は急ぎましょ」
相変わらずの化け物
確かに疑問はこの目で魔物を見るまでは解消しないだろう。うまく状態を共有することもできないので、俺とリーナはヴィンスに追いつくために先を急いだ。
──そうして少し行くと森を抜け、開けた場所に出た。
「どうなってやがんだよッ、これ……」
「確かに、これは妙な光景ね……」
小高くなった崖の上から下を見る。
大地を分断するように入った
そして──。
その河原には、地面を覆い
黒く筋骨
数千体はいるであろうあれは──
「ゴブリンアンデッド、か」
アンデッド系の魔物が普通に出現することは
それにこの数だ。何者かの手によって生み出され、
あれほどの大群が少しも動くことなく、あたりにはただ風の音が鳴り
「なんか固まってるのもまた気味が悪いわね……。とりあえず魔結界を消すためにこいつらを倒さないといけないってことだけど、どうしましょうか?」
「うーん、そうだな」
「
「──決まってんだろ。一分でも早く魔結界を消す、それだけだ。ここで全部ぶっ
リーナの問いに俺が一考していると、ヴィンスが食い気味に答えを出した。
すでに彼は武器を構え、準備運動を始めている。
やる気は充分、自分に続けと言っているようだ。
「オレとリーナがぶっ放す。テオル、お前ぇはサポートに回れ。その程度の魔力量じゃ大技は無理だろうからな。お前が迷惑さえかけねえなら、こんぐらい傷一つ負うことなく片付けられんだよ」
「いや、俺もやる」
俺はヴィンスの横に立ち、ゴブリンアンデッドたちには気づかれないよう、狭い範囲で全ての魔力を解放した。今まで体内に抑え込んでいた魔力が一気に放出される。
「これなら──いけるだろ?」
「な、なるほどな。ちっとは……は、はぁ? おっ、おお、おい! こ、ここまでの……ッ!?」
初めは腕を組んだヴィンスだったが、
それを見て俺は急いで魔力をコントロールし、再度抑え込む。
「す、すまない。大丈夫か?」
突然の魔力
「おっ、おぅ……。……な、なるほどな。その程度の魔力がありゃ、少しは役に立つ、かもしんねえけどな? だけどよ、
「あ……じゃあ」
いくら裏で一人で働いても、実績を認めてもらえなければ意味はないのだ。
家を追い出される時に身をもって学んだことなのだから、同じ過ちを
今度は少量の魔力を体外に出し、俺は
流れを意識して、限りなく
「──よし、これでどうだ?」
「…………」
「……ヴィンス、これで納得してくれるか?」
俺の魔力に
何か考えているようだ。
さて、共闘を認めてもらえることができるのか、それから数秒間答えを待っていると。
「こ、これは
「リーナも待たせてすまなかったな。じゃあ
待たせていたリーナの方を見ると、彼女は大きく俺から距離をとり、離れた場所にある森の木の後ろに隠れていた。
顔だけを覗かせて、こちらを見ている。
「い、いや……思わず反射的にね。やっぱりさっきの魔力は化け物以外のなんでもないわよ……」
「化け物……」
「あんなに
こちらに戻ってきながらリーナがそう言う。
言い方は
「ありがと……う? ま、まあそうだな。じゃあ、気を取り直して早速始めるか」
俺たちはそれから軽く作戦を立て、横に広がるようにポジションを取った。
まずは三人とも崖の上から全力の
リーナは
身の危険を心配する必要はなく、どれだけできるのか楽しみな気持ちの方が強いくらいだ。安心して自分のことだけに集中できる。
俺が今から使うのは、命を確実に
二人とタイミングを合わせ、大量の魔力の放出に備える。
体への負担を減らすため、俺はゆっくりと呟いた。
「闇魔法──反転」
そっと言葉にしたその
目の前に
同時に要求されるのは、危険なまでの高度な
眼前に浮かぶ光は静かに縮小していき、やがて小さな
そして。
「────〈暗殺の極地〉」
瞬間、練った弾丸は高速で崖の下にいる魔物たちへと向かい──。
その全てを消し去るように激しい光線が
◆ ◆ ◆
最後の一体のアンデッドゴブリンを、
「しゃッ! 最後はこのオレ様が頂いたからな!! ぜってぇに覚えとけよ、わかったか!?」
何しろ、最初に俺の魔法で大半が消し飛んだからだ。
なかなか使う機会がなかったので、上手くいくかどうか不安だったがなんとか成功してよかった。その対価に、魔力が一気に減ったため微妙に集中力が
魔結界はその時点で解消された。
しかし俺たちは、安全確保のため魔物たちを
「もう問題なさそうだし、早いとこ帰りましょうか」
「……だな。まともな
「誰かさんの魔法のおかげでね。ほんと、今思い出してもゾッとするわ。気配を消すだけじゃなくて、あんな火力もあるなんて……いくらなんでも規格外すぎよ、あんた」
「そう、か? あれくらいなら世界にごまんといるだろ。他にも使えるやつ」
「はぁ……もうそういうことでいいわよ。はいはい、じゃあ行きましょ」
リーナと話をまとめ、
「おーい! 村に報告しに戻るぞ~」
俺たちは崖を登り、来た道を戻ることにした。
魔結界の中に入っていた村に行き、問題がないか安全確認をするためだ。
まあでも、行きに村で顔合わせをしてからほとんど時間が
森を歩いていると、あんなにいつも言い争っているリーナとヴィンスが、珍しく
「つか、なんかアイツらおかしかっただろ。手を出したら反撃してきやがったが、それまでは動くことなく突っ立ってんなんてよ? けっ、気色悪りぃーぜ」
「そうよね、まだ何かありそうだわ。ていうか、偶にはヴィンスもまともなこと言うじゃない」
「なっ……んだとこらァ!?」
やっぱり、二人も不思議に思っていたらしい。
魔物としての性質に変なところはなかったが、その前の行動に強い違和感があった。
まるで何かを待っているような……。
だが結局、統率しているであろう何者かは姿を現さなかったし、一体何が目的だったんだ?
「……一応、
何が起こるか分からない。
最後の最後まで決して気は抜かないでおこう。
俺は早速いつもの調子に戻り、やいやいと言い合っている二人に声をかけ、起こり得る全ての可能性を
「いや~、本当に有り難うございました! まさかこんなに早く解決していただけるなんて。さっ、ほんの感謝の気持ちです。村
そこで、現在料理を
今はすっかり日も暮れ、村長宅で豪華な食事を頂いているところだ。
「うーんっ、
「クゥーッ! ここの地酒うめぇーなおい!? こんなもん
リーナとヴィンスはご
「──ねえ! お兄ちゃんは騎士様たちのお手伝いさん?」
俺も料理に手を伸ばそうとしていると、
彼女は村長の
満面の
けど……なんでお手伝いさん?
疑問は残るが、その前にまずはこの村の説明だ。
今回魔結界の被害にあったのは王国西部に位置する〝神秘の森〟の中にある──エルフたちの村だった。
村の家は
ピトの質問の意味が分からず、どう答えるべきかと首を
同時に食事から顔を上げたヴィンスとリーナが俺を見て
「ぷはっ、勘違いされてるじゃねえか! 確かに弱っちそうだもんな、こいつ」
「ぷふっ、違うわよ? このお兄さんも騎士。お手伝いさんじゃなくて私たちと同じよ」
「えーっ!? そうなのー? ぜんぜん見えなーい!!」
「ぐっ……」
少女の
そうか、これは単純に俺が弱そうに見えるという意味の発言だったのか。
だけど……リーナたちの仲間じゃなくてお手伝いさんはなぁ。
ショックというか、なんというか。
今後は騎士に見合った立ち居振る
「こらっ、騎士様に失礼だろ? すみません、うちの娘が……」
「そうよ、ピト? 村のみんなのためにわざわざ遠くから来てくださったんだから、そんなこと言っちゃ。ほら、こういう時はなんて言うの?」
「……お兄ちゃん、ごめんなさいっ!」
村長とその奥さんに注意され、少女が快活に歯を見せながら頭を下げる。
しかし。
一連のやり取りを見て、お腹を抱えて笑っているリーナたちの方をどうにかしてほしいものだ。
「いいよ、別に。俺は全然傷ついてないから、うん……本当に、全然」
いや、な。そんなことよりもご両親。
リーナの言葉で俺が騎士だとわかったとき、貴方たちも絶対にびっくりしていたでしょう。
「ご、ごほんっ。それにしても、まさかそんなに多くの魔物がいるとは。我々も予想だにしませんでした……。本当に、
「あなた。でも、それってまさか……」
俺の視線に気づいた村長が
気になったので、リーナたちと顔を合わせてから俺が代表して話を聞いてみることにした。
「何か、心当たりが?」
「は、はい。実は……私どもの住むこの森の北西に、〝
「大丈夫、ここからは
言葉を詰まらせ
一方で顔色が良くない奥さんはピトを連れ、小さく頭を下げてから他の部屋へ行った。
口にするのも
何か、
胸に
「そのドラゴンが少々
「死者を操る……ですか? なるほど、それなら今回の件と
「はい。村の防衛を固めていたなか、『もしかすると』と思っていた村人もいたとは思いますが、お伝えできずに申し訳ありませんでした。しかしやはり、今回現れた魔物たちがアンデッドゴブリンだったとなると、これはおそらく……」
深刻な
リーナとヴィンスからも先ほどまでの楽しそうな表情は消え去り、食事の手を止め、口を一文字に結んで真剣に話を聞いていた。
そんな彼女たちと視線を合わせ、意思
俺が力強く
「魔結界の解消が仕事だけど、このまま帰ったらジンに
「ちっ、めんどくせえけど上位竜と戦いてえからな。仕方ねえ……いっちょ殺るかッ!」
「ああ。そうだな。では村長、一度俺たちの方でそのドラゴンのことを調査してみます」
「──で、ですが! あのドラゴンは手を出さなければ何もしてこないはずなのです。百年前に我々が退治しようとした際、数百の
エルフは俺たち人族に比べ、
この怯え具合からすると、もしかすると今言った百年前の話は、村長が実際にその目でドラゴンの恐ろしさを知ったきっかけなのかもしれない。
しかし、ここで俺たちが何もせずに王都へ帰る場合と、ドラゴンの調査に乗り出す場合、どちらの方が彼らを危険から遠ざけ、護ることができるのか。
「この事態に何もしないのは危険よ。私たちは騎士として、護るために働く。だけどあなたたちに不利益があると判断するのなら、これ以上
リーナは彼の不安を見て、この地に住むエルフ自身が決断するように言った。
俺たちは助けを求められなければ動くことはできないのか。
いいや、そんなことはない。
だが、ゆっくりと優しく、リーナは続けて
「もちろん、なんと決断しても私たちは勝手にしばらく村の警護だけはさせてもらうけど。それにもっと多くの騎士の派遣を
可能な限り最良の
これが騎士リーナの、彼女なりの
相手を安心させるように
今まで見た彼女のどんな表情よりも優しい。
その問いかけに、しばらくして村長は意を決したのか大きく頷いた。
「……はい。では早速、今晩のうちに村の者たちと話をして対応を──」
その時、だった。
「ッ!?」
俺は瞬時に席を立ち、開いていた窓から身を乗り出し外に飛び降りた。
「ちょっと! て、テオル!?」
「おいおいッ、いきなりどうしやがった……!!」
高い木から地上に向かって落下する中、そんなリーナとヴィンスの声が遠くなっていく。
冷たい夜の空気、耳元を通過する風の音がうるさい。
地上に着地するのに合わせ、
一瞬で後ろを
村外れにある住居が設置されていない巨木。
その下に
天辺に差し
そして、次々と全身に当たる硬い葉っぱの中を抜けると、視界には遠く続く森と美しい夜空。
後方では、他の木から同じように上空に飛び出したリーナとヴィンスの
「──来た」
前方に出現した小さな点。
それは
月光に照らされた、純白の竜が目の前に現れた。
◆ ◆ ◆
テオルたち一行がアンデッドゴブリンの下へ辿り着く前。
竜山と
テオルの
「
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、これヤバくないっ? 聞いてたより全然厳しいんだけど!?」
ドラゴンを
事前の調査では簡単な任務だと判断された仕事だった。
だがしかし、彼らは現在、予想外の困難に見舞われていた。
何もできないくせに祖父に気に入られていた
そう証明するつもりだった。
しかし──何故だ。
『グルゥアッッ!!』
「ちょ、ちょっと! ねえ、どうすんのっ!?」
ルウが小さく
それからしばらくの間、二人は飛びかかり続けてくるグールたちの
その
四つ足の先には黒光りする
ドラゴンに素早く位置を
必死の思いで
「……っ。お兄ちゃんッ、もう
「──うるさいッ。このまま帰れるわけがないだろ!? 僕の言う通りに、お前はとにかくグールを倒せ!! ルウッ、分かったか!?」
「ああっ……もう!」
負傷した肩を押さえながら、ルウは状況が悪すぎると撤退を提案した。
だが、兄のルドの反対によって計画は立たず、戦いは続く。
彼らは現在、巨大な白竜と
早速、兄の命令通りにルウは自身の魔弓を発現させ、弓を引いて矢を放つ。
一直線に飛んでいった矢が突き
何しろ数が多い。
今まで経験してきた任務では、前方の
しかし、今回は全方位から敵が接近してくるため、慣れない立ち回りに集中が乱れ、次第に手元が
「全然当たんないんだけどっ!」
「くそ!! ど、どうしたらいいんだ……。
一撃一撃が重いドラゴンに、グールによる数の暴力。
標的に接近する際の道選び。
そして、
今回の任務には、もはや暗殺に
本人たちはいつも通りの
「……くッ、仕方ない! おいルウ、とりあえず移動するぞ!」
「わかった! って、お兄ちゃ──」
「──? ……っ、しまっ」
今いる場所を離れ、一度に相手する敵の数を
山の中腹まで行けば、高い岩に挟まれ細い道になった場所があった。
あそこまで下がったらグールたちの対応は
ルドが考えた、その時だった。
妹の顔に浮かんだ
「ぐはっ……!」
幸運にも
しかしドラゴンの硬い鱗に覆われた
全身の至る所で骨が
「げほっ……げほっ……」
ボヤけていく視界には、自分を見下ろすグールの群れと、その
次に目を覚ました時、ルドは森の中にある
隣にはボロボロな状態のルウがいる。
「ここ、は……?」
「さっきの山から少し離れた場所。でも、いつ見つかるか分からないから静かにね」
「うっ……早くどこかで
「──ちょっ、静かにしてって言ったよね!?」
ルウが体を起こそうとしているルドの口を
「それに、状態が良くなったらドラゴンじゃなくて、まずは魔物を倒さないと」
「どうして、だ……?」
「ほら。あのドラゴンが魔物を大量に生み出してさ、魔結界を発生させて……」
ルウが指さした洞窟の外を見る。
すると空が異様に暗かった。
一面、深い紫色の空が広がっている。
「お兄ちゃんを背負って命からがら逃げてきたけど、マジで危なかったからねっ? 魔結界の範囲ギリギリまで行こうとしたら、なんか、あの崖のところにアンデッドゴブリンが大量にいるしさ」
「大量、に? 何体くらいだっ?」
「多分……四、五千体? こんなに魔物を生み出せるなんて、完全に計画外だし、もうどうしたら……っ。絶対に逃さないつもりでしょ、これ」
「そう……か」
ドラゴンを暗殺するにも、結界を消して逃げるにも、とにかくまず初めに傷が
その間、自分たちを
「くそっ……! くそッくそッ、くそッ!! なんで僕が、どうしてこんなことに……!」
絶望に打ちひしがれ、ルドは気が触れたように自身の顔に爪を立てる。
いつもの調子なら、絶対に失敗しなかったはずだ。
巡回をしていたグールに見つかることもなく、ドラゴンでさえ自分たちの存在を察知することができなかったはずだ。
絶対に必殺の一撃を決められていた。
任務は成功し、
だが現実は──
なぜ、なぜだ? 単に運が悪かったのか?
ルドは
実際には、テオルに教わったことを無視し、さらにこれからまだ多くのいろはを学ぶ
人生で初めての任務失敗。
「もう、終わりだ。最悪だ……。こんなにも
死が迫ってくる
◆ ◆ ◆
「──闇魔法〈
勢いのままに夜空を駆け
ついにやってきた
「
「雷装──
それと同時に、背後から前へ出る影が二つ。
手合わせの時とは違う〝
激しい風が巻き起こり、耳をつく金属質な音が鳴り響く。
ドラゴンは力に押され地上に向かって吹き飛ばされた。
が、しかし。
リーナたちの攻撃は、当然のようにその硬い鱗に
ヴィンスが舌打ちをした。
「ちっ、噓だろ……こいつバカみてえに硬えぞッ!?」
俺たちもドラゴンを追い、急いで
「こいつが例のドラゴンよね……?」
「みたいだな。でも、まさかあっちから来るとは……」
「いいじゃねえか。これであれこれ考えずに戦えるんだからよぉ!」
落下地点だった村の広場では、逃げ回るエルフたちの姿があった。
ちらりと、隣に立つ
彼女の
今回のは
大きな足音を鳴らし、
すると、
『貴様ら、二
ドラゴンが、人語で話しかけてきた。
リーナはそこに糸口を見つけたようだ。
「あなた、言葉を話せるのね!? じゃ、じゃあ聞きたいのだけど、どうして私たちを狙ってくるのかしら? 何か理由があるなら……ぜひ教えてほしいのだけど」
長い時を生きる上位竜ともなれば人語を扱えてもなんら不思議ではない。
決して異常な光景ではなく、驚きに値する特別なことでもないのだが……。
村人たちの
今も近辺の家から飛び出したエルフが、頭上に
「あぁ? お前ぇ、今はそんなこたぁどうでもいい──」
「そ、そうだな! 俺も戦う前に聞いておきたい! ここの村人たちから、こちらから手を出さなければあなたは何もしてこないと聞いた。しかしどうしてだ。俺たちが魔物を倒したからか?」
「テオル、お前もかよッ! だっかんな? んなこたぁ──」
「おぉい、ヴィンス……っ。お前はとりあえず黙っとけっ!!」
こっちは時間を稼いでるんだよ!
察しろ! ちょっとくらいは。
リーナも俺と同じ様に睨んでいるが、当のヴィンスは
「あァ? お前ぇらな……──あっ。お、おー……なるほどな?」
しかし俺たちの思いがうまく伝わったのか、それとも伝わっていないのか。
よく分からないがとにかくヴィンスが
『何を言うかと思えば! 愚かにも程があるぞ、人間どもがァ!! 貴様らが我の眠りを
腹立たしげに口を開いたドラゴン。
やばい。何故かは知らないが話題のチョイスが
ドラゴンが聞き覚えのない言語で何かを呟く。
その瞬間、地面に亀裂が入り地中から巨大なゴーレムが二体現れた。
岩人形が
「ま、待って! 私たちは魔結界を消すために──」
「もう無理だリーナ! 村人達が遠くに行くまで最小範囲で抑え込むぞ!」
「んだよッ!! なんか知らねえけどお前らミスってんじゃねえーかよっ!?」
過去に
顔の部分にある一つ目のような魔石は赤く光り、夜の闇を不気味に照らしていた。
周囲の状況を把握するため探知魔法を展開しようとしていると、さらに森の奥から
どこに潜んでいたんだ!
元々この近くにいたのだろうか。
敵が強力なドラゴンである上に、ここまで数で負けているとなると厳しいかもしれない。
適切な戦略を立てなければ
「おいおい! 面倒くせぇのが出てきやがったぞッ。テオル、あの光線また出せねえのか!?」
「無理だ! けど残り少ない魔力を使って考えがある。ドラゴンは俺が、二人はゴーレムの相手をしてくれ。他の魔物をどうするかだが……」
「こうなったらつべこべ言わず、もうやるしかないわっ! さあ早く、二人とも行くわよ!!」
全員がゴブリンアンデッドに対して大技を放った後だ。
だが、それでもやるしかない。
後ろには村人のエルフたち──戦う力がないピトのような子供もいるのだ。巨大なドラゴンとゴーレムが二体、百を超えるアンデッド系の魔物たちを前に。
これ以上俺たちに考える時間はないようで、腹を決め一斉に駆け出そうとした時。
「──騎士様! 我々も戦いますッ!!」
背後から声がした。
前方に意識が向いていたので気がつかなかったが、そこにはとっくに逃げたはずのエルフたちが。
先頭に立つ村長を
誰もが膝を震わせながら、それでも
その目に、確かな
「男手三百。村や家族を
村長の言葉に
彼らのほとんどが弓を持っているが、中には農具を
勇ましさに敬意を。だが、これからどれだけの命が失われることになるのか。
前向きにも後ろ向きにも、思うことは様々あるが今はとにかく時間がない。
ヴィンスが不敵に笑った。
「よっしゃ、気に入った! お前たちは小さい魔物を相手してくれッ! ドラゴンとゴーレムはオレたちに任せとけばいいからな!?
「「「はい!!」」」
村人たちの
俺たちは接近してくる敵を前に、一斉に
そしてやがて、敵味方が入り乱れる戦闘が始まった。
◆ ◆ ◆
二体のゴーレムのうち片方を担当することになったリーナは、すぐさま刀を構え、降ろした
今回選んだ〝
魔力によって鋭さを増した刀を
ゴーレムは通常、体内に存在する動力源である魔石を破壊することで、活動を停止させ倒すことができるとされている。
ゴーレムの表面の硬い岩を破壊し、魔石を露わにするためにリーナは刀を振り続けた。
うぉぉおおおおおおッ、というけたたましい声を上げながら何度も何度も岩を
それも大ぶりな敵の
周囲のエルフたちを巻き込まず、ヴィンスたちとも一定の距離を取れるように気を配る。
速度ではヴィンスに
そのためリーナは全ての攻撃に全身
その戦いは、体格差数倍の巨大ゴーレムと少女によるものだった。
が、
リーナは
一人の村人が矢でグールを
一方でテオルは、ドラゴンと相対し睨み合っている。
「よし、俺もやるか……」
『ふんっ、かなり自信があるようだな。確かに貴様からはそれなりの力を感じる。だがな、あまりに未熟よ! 人間
「それは、やってみないと分からないだろ?」
わざと
彼の
「……は?」
『ガッハッハ、だから言ったろう。我と対等に戦おうなんざ夢のまた夢。
口から
テオルは全身から力が抜け、膝から地面に崩れ落ちた。
「噓、だろ」
最後に目を
それはなぜか、遠くのリーナの耳に届いた。
リーナはその状況を見て、周囲の世界の動きが遅くなり、無音に包まれた
テオルがドラゴンは自分に任せろと言ったのだから、なんとかなると信じて疑わなかったのだ。しかしそれが、
まだ、出会ってそれほど時間は
これからだ。
これから仲間として騎士団に
バタリと前に倒れ意識を失ったテオルを見て、
それでも彼女の
離れた場所にいたヴィンスも異変に気づき、同様にゴーレムと戦いながらテオルを見ているのがリーナの目には入った。
「ちょ、ちょっと……テオル? あんた、それ……っ」
「おい! お前……そりゃあねえだろ……」
勝利によってよほど気が高まったのか、白竜は上を向き
太い叫びが、大気を震わした。
『やってもやらんでも勝敗は決していたということ。我の言葉通りであったなッ!』
ドラゴンの高笑いが森に響いた、その時だった。
リーナの視界の
広場の中央でその赤黒い
『なんだ、これは……? ──っ!? ま、まさか!?』
疑念から驚愕に変化するドラゴンの声には、ヒューと間の抜けた音が混じっている。
何かに気がついたのか、ドラゴンが自身の背に目を向けると──
そこには、穴が空いていた。
テオルが胴体に空けられたものに比べると、小さな穴である。
人間の手のひらサイズのものだ。
ドクンドクン、ドクンドクン、ドクンドクン。
広場の中央では、
(っ! ……そう、そうよね。まともに考えた私が馬鹿だったみたいじゃない。ほんと、まったく……あんたは)
ホッと安心すると共に、
もう心配する必要はないとゴーレムに視線を戻す
彼は負けない。手合わせをした自分が一番そのことを理解していたはずだったのに。
「──……だから言っただろう。やってみないと分からないって」
『な、なぜだ……っ。貴様は確かにそこに──ぬぁっ!?』
ドラゴンが素っ
今の今まで、目の前で倒れていたテオルの死体だったものが消えていったのだ。
まるで……全てが
『し、信じられん……』
それが、ドラゴンの

始まった戦いは一瞬で終わる。
美しい白竜はゆっくりと横に倒れていき、絶命すると灰になった。
同時に生み出されていた魔物たちも
先ほどまでの
戦いは始まる前にすでに終わっていたのかもしれない。リーナはそう思った。
前もってテオルの手によって展開されていた、誰もを
広場の中央には、活動を停止した巨大なドラゴンの心臓が、
◆ ◆ ◆
「ふう……相手が
「おいテオル! お、お前ぇ、今のなんだよ!? 何がどうなって……ああなったんだッ!」
「おっ、ヴィンス……それにリーナも。ゴーレム、倒し終わったんだな。お疲れ」
魔力で強化した腕をドラゴンの体内に差し込み心臓を抜き取ったので血だらけになってしまった。
手をブンブンと振り
他の魔物はドラゴンの術によって生命を与えられ
術者が死んだ時点で、ドラゴン同様に灰となって崩れ去った。
しかし、ゴーレムの場合は廃棄された
魔石に魔力を込められた無生物だったものだから、ドラゴンを倒しても活動が停止することはなかった。
二人ともあと少しで倒せそうだったので、各自に任せて俺は待っていたのだが……。
予想通り無事に、それから十秒もかからずにゴーレムを
ヴィンスは初めて〈幻想演劇〉を見たからな。
答えようとしたがその前に、リーナがうんざりした顔で話しかけてきた。
「……てか、あんなことするなら最初っから言っときなさいよ! 私たちがあんたに気を取られた一瞬でゴーレムにやられてたらどうしてくれたのかしら。重要なのは
「ああ……それは、すまなかった。でもゴーレムに負けるなんてそんなわけないだろ、二人なら。それに、あの自然な反応のおかげでドラゴンの不意を打てたんだ。一撃で決めるチャンスを逃して長期戦になっていたら、こう上手くいくとは限らなかっただろ」
「そうは言っても……結果論じゃない。まっ、まあもういいいわ! 今後改善していけばいいんだし、今はそんなことよりも村人たちを……」
リーナたちを
協力や連携、情報を共有して仲間の力を借りること。
今後、それらをしっかりと学習していかなければ。
これは反省だ。
そう思った時、
「……ん? なに、あれ」
俺とヴィンスもそれを探し、リーナが見つめる先に視線を動かす。
──すると。
少し離れた場所にあるドラゴンの心臓が、見る見る小さくなっていっているのに気がついた。
音もなく収縮していく心臓。
そしてそれは、やがてキラリと輝く小さな紅玉になったのだった。
「……ドラゴンの心臓が、
「いんや、オレぁ知んねえな。そもそも体の中にあったもんがあんなのに成るのか? 気色悪りい」
「私もないわね。でも……ほら、これ結構綺麗じゃないかしら?」
リーナはそう言うと紅玉の下へ走っていき、
「おい、リーナ! 無闇に触れない方が──」
止めようとしたが、すでに遅かった。
彼女は拾い上げた紅玉を木々の隙間から
近くに寄ってみると、特に魔力を感じないただの石のようだった。
これなら触っても問題ない、と思うが……。
俺はリーナの手の中で輝く紅玉を観察する前に、最後に周囲の状況を改めて確認した。
見える限りの場所にいるエルフの中に死者はなく、傷を負った者も仲間たちに運ばれ治療に向かっているみたいだ。
森に生きる者たちの
良かった。これなら俺たちの手助けも特に必要なさそうだ。
隣でヴィンスがうげーっと顔を顰める。
「元はといえば心臓だかんな? 綺麗もなにもねえだろ」
「ヴィンスにはわからないだけよ。元が何であっても実際にこうして見るとほらっ、綺麗じゃない。テオルも見てみなさいよ、そう思うでしょう?」
リーナは月明かりが
確かに、綺麗だ。
「念のため魔力を流して性質を確認しておくか」
と言って俺が受け取ろうとすると、リーナは目を輝かせた。
「一応、私が回収して持ち帰ろうかしら。正体が気になるし、これは絶対に調査すべきよっ!」
「うーん、まあそれもいいけどな? とりあえず危険物かどうか簡単に調べるからちょっと待ってくれ。なんともなかったら団長に聞いたり、あとは……あの大図書館で調べるのもいいかもな」
「そうね。最終的に何も分からなかったら、私が貰うのもアリだし」
最後のが絶対に彼女の本音なんだろう。
紅玉を受け取り俺が調査のために魔力を流そうとすると──
「って、あれ……?」
「うぉいお前、また変なことしたんじゃねえだろうな!?」
「あ、あぁぁあああああああああああああああ──っ!!」
ピキッ、と音がした。
かと思うと、次の瞬間には紅の宝石が形を保てなくなったように一気に粉々になってしまった。さらさらと一部が指の間を
「あ……あんた! 何してくれてんのよっ!? 私の、私の大切なお宝がぁ~!!」
「い、いやっ、俺はまだ何もしてなかったからな!? これから調べようと思っていただけであって」
「……テオル、ここは正直になっとけ。後々
「ヴィンス、お前もか!! だ、だから本当にだな、今、勝手にこの紅玉が────」
「どうせあんたの
ひどい言われようだ。
ヴィンスには肩に手を置かれるし、リーナは頭を抱えて詰め寄ってくるし。
それになんでもうリーナの物みたいになってるんだよ。
「だから、一回落ち着いて聞いてくれ! 普通に持っていただけなのにこれがいきなり割れたんだ。いや、本当に!」
力強く訴えるも、返ってきたのは二人からの
と、その刹那。
「な、なんだ……?」
「やっぱお前が割ったろッ!? オ、オレは知んねえからな!」
「わ、私も!」
風が吹いてもいないのに、粉々になった紅玉が
そしてゆっくりと浮かびあった光粒が──俺の胸のあたりに向かって吸い込まれていく。
ヴィンスとリーナは突然の出来事に俺から素早く距離を取る。
「お、おい──!?」
それ以上動くことができなくなり……なんだ、体の奥底から感じたことがないほどの力が
満足に呼吸をすることもできない!
しばらく
と思うや否や、それと同時に体内の魔力が暴走し始め、目の奥に刺されるような痛みが走る。
俺にはその痛みに必死に
魔力の暴走が限界まで達したのを感じると──。
何かが
その暴風に、太さ一〇
そうして激しい木々の揺れが収まった頃、俺の額には
「はぁ……はぁ……っ。今の、なんだったんだ……?」
息も絶え絶えだが、とにかく何かが終わった。
いや、終わってくれていないと困る。
あれほどの苦しみや痛みは、人生でそう何度も味わいたいものではない。
それにしても──もしかして、今の一瞬で魔力総量が増えたのか?
急速な魔力的成長を
意識を集中させると、自分の最大魔力量がつい先ほどまでよりも数倍増えていると感じられた。
それに、だ。
他にも変化があるようだ。
自分のことだからほんの少しでも違いがあると、言葉にできずともはっきり違和感を覚える。
実際にどこに変化があったのか、と問われると答えるのは容易ではない。
拳を作ったりして身体を確かめていると、おずおずとリーナとヴィンスが戻ってきた。
「大丈夫? テオル」
「ああ。本当に、なんとかな。それよりも
「あ、あはは……まあ何ともないんだったら良かったじゃない。ねえ?」
「だな。オレたちも何ともなく、お前も何ともなかったつーわけだ。
明らかな作り笑いを浮かべたリーナにすかさずヴィンスが同調する。
こんな時だけ手を組むとはな。まったく、都合がいいやつらだ。
俺が二人をジト目で睨んでいると、
「騎士様、お
村長が駆け寄って来た。
怪我をした村人たちの救護が終わったのだろうか。
辺りを見渡すと、先ほど俺を襲った謎の現象を目にしていた周囲の者たちが、
村長はその一人だったようで、エネルギーの爆発音を聞きつけて来てくれたらしい。
「ああいえ、大丈夫です。特に心配はいりません」
「それは……良かったです。あの、では村の者たちが騎士様方に感謝を伝えたいと言っておりますので、ぜひこちらへ付いてきていただけるでしょうか?」
ドラゴンの
しかし、今は怪我人の治療に専念すべきではないのか?
リーナもまず初めに俺と同じ疑問が浮かんだようだ。
「今から、かしら?」
「はい。まだお食事の最中でしたし、村の防衛と
俺たちの疑問は、なんかめちゃくちゃ凄い薬が解決してたらしい。
話を聞くとその秘薬とやらは、死ぬこと以外の大半の傷や病、
実際に
だが、秘薬というのだから流石に外から来た俺たちには見せてはもらえない──
「──それが、こちらになります」
「いや見せんのかよッ!!」
村長がどこからともなく
俺が心の中で叫んだセリフを、ヴィンスが代わりに口にしてくれた。
デリカシーがないとも言うが今回ばかりはナイスだ。
「本来は村の者にしか渡してはいけないのですが、今回は皆が賛成しているということで、騎士様方にも感謝の気持ちとしてお渡しさせていただくことになりました。ただ、この場でお飲みいただくという条件付きですが……」
村長は「それでもよろしければ、疲れが取れますので
淡く光って、何とも神秘的な液体である。
鼻に近づけてみるが
ヴィンスは飲むのを
素晴らしい効能があるのだから有り得ないくらい
案外爽やかな口当たりで、これが美味い。
粘り気などはないが水とはまた少し違った
ひと瓶を飲み干すと体が柔らかな光に包まれた。
小さなかすり傷が治り、次に疲れや汚れまでが順々になくなっていく。
汚れた服を
「魔力も全回復した……まさに万能薬、秘薬に相応しい効能だな」
「気に入っていただけたようで何よりです。では、こちらへ」
むしろ
魔力が満タンまで回復したことでわかったが、やはり俺の魔力総量が増えている。
あの紅玉は一体何だったのか。
俺に何をもたらしたのか。
これらの件は、追ってはっきりとさせないといけないな。
俺たちは村長に連れられ、村人たちが待つ村の集会所へと向かった。
集会所はその大きさからか住居とは違い木に張り付くような形ではなく、地上に独立して建てられていた。
そしてその中に入った俺たちは現在、大量のエルフたちの前に立ち──
「この度は魔結界の解消のみならず、竜山に棲み着いていたドラゴンの
村長のお
女性や子供まで、この村に住む全員が集まってくれたと聞いた。
ここまでされるとなんだか照れくさいが……
「この
最後に村長からそんな言葉を贈られ、それから多くの村人が参加して
◆ ◆ ◆
「皆さんの勇気あってこその勝利ですよ」
「あっはっは、それは嬉しいお言葉だ! 騎士様にそう言っていただけると私共も
共に魔物に立ち向かってくれた戦士たち。
「──ねえねえ」
背後からくいっと服を引っ張られた。
振り返ると
「ん、どうかした?」
「あのね……」
彼女は決心したように満面の笑みを浮かべる。
子供らしく頰を赤くして、ピトは〝騎士のお手伝い〟と俺のことを勘違いしたことを謝ってから、俺の
そして最後に──
「──お兄ちゃん、ありがとうっ!!」
このときばかりは照れくささなんてものは
自分が人を、彼らの生活を護ったのだと。
今、目の前には自分が知らなかった温かい世界というものがあるのだと。
思い
俺はこれからも、こんな風に生きられたらいい。
この森で生きるピトたちのように、真っ直ぐで純粋な、それでいて等身大な彼らの世界──温かな
これが、本当の意味での騎士としての始まり。
そしてこの気持ちこそが、俺の目指す騎士としての在り方なのかもしれない。