二章 としての在り方


 騎士団宿舎。

 やわらかなベッドの上で、久しぶりのすいみんから目を覚ます。

 昨日、おれは正式にオイコット王国第六騎士団に入団し、晴れて騎士になった。

 ジン団長に案内されてここにやって来る最中、俺がらしてしまった試験のその後を聞かされた。

 どうやら、俺のいた第十八グループのすべての希望者に再試験が認められたらしい。

 他の受験者たちも本気で騎士になりたくて試験を受けに来ていたんだからな。

 取り返しのつかないあやまちを犯してしまったと思っていたので、何とかホッと胸をで下ろすことができた。


 宿舎はどこぞの高級宿かとかんちがいしてしまうほどごうけんらんな外観をしている。

 内装も同じようにらしく、どんな一室があたえられるのか期待をふくらませていたのだが……団長に連れられた部屋のとびらを開くと、そこは当然のように物であふれかえっていた。

 何やらとなりの部屋の住人──リーナが無断でここを自分の物置にしていたようだ。

 入団は反対、もしくは時間をおいてから。

 そう言っていたのはこれをかくすためだったのだろう。

 団長がリーナの部屋の扉を何度たたいても、手合わせ後に消えたかのじよが姿を現すことはなかった。

「せっかく広い部屋なんだから、早く片付けてもらわないとな……」

 ベッドの上で体を起こし、室内をわたすとところせましと木箱が積み重ねられている。

〈状態〉のほうがかけられているためほこりなどは気にならないけれど、とにかくせまく感じる。

 積まれた木箱によって形成された道を通り、俺は顔を洗いに洗面所へ向かうことにした。


 そうこうしている内にようやく日がのぼってきた。

 白い光が室内を照らし、さわやかな朝のおとずれをしらせてくれる。

 三時間以上ねむったのはいつぶりだろう。久しぶりにスッキリした気分だ。

 鏡に映る自分の顔はいつもの眠たげな目をしておらず、くまもかなりうすくなっていた。

 今日は休日なので、自由に過ごしていいと団長に言われている。

 まだ自分が暗殺者を辞め、騎士になったという実感を持てていないからな。本当に有り難い限りだ。今日くらいはのんびりと気を休め、気持ちを整理させてもらうことにしよう。

 そう思い、俺は私服にうでを通して部屋を出た。

 と、そのとき。

「「あ」」

 ちょうど同じタイミングでりんしつの扉が開き、部屋から出てきたあおかみの少女と目があった。

「おはよう、リーナ。荷物を──」

「お、おはよう! ちょうどいいから街の案内でもしようかしら? ほら、いい天気だしっ! 私、あんたの教育係になった訳だしっ! ね? どうかしら」

「いや、それは確かにうれしいさそいなんだがな。その前に荷物を運び出してくれないか? ここの部屋、俺が使うことになったんだ」

「あっ、特別に私のお気に入りの料理屋も教えてあげるわ! あそこは何回行ってもきないぐらいしいから、本っっっ当ぉぉぉ~だれにも教えたくないんだけど、あんただけに──」

「荷物を、運び出してくれ」

 ななめ上を見ながら一方的に話を進めようとするリーナに待ったをかける。

 俺が何も言わなかったら、勝手に下手な口笛でもき出しそうな勢いだ。

 最後に強く、たんたんと俺が再三のたのみをすると、彼女は決まりが悪そうに表情を固くした。

 しばらく無言の状態が続き、視線が交差する。

 それでも目をらさずねばり強く待っていると、

…………あぁ~もう、わかったわよ! わかったっ! はいはい、今日中にやるから!!

 観念したのか、これ以上のがれようとはしなかった。

 よし、げんは取ったぞ。

「てか何よ!? げ出そうと思ってせっかく早起きしたっていうのに、ここではちわせって!」

「……に、逃げ出すつもりだったのか」

「休日なんだからもっとてなさいよね! それなのにあんた、こんな時間に起きてっ」

 なんか俺が悪いみたいになってるし。

 大体リーナがこの時間に部屋を出て行って、俺がおそくに起きていたらあしになるところだったじゃないか。

「この時間に起きたおかげで、誰もいない部屋の前で一日中張りまずに済んだんだ」

「はっ? いや、えー……は? いやいやっ、あんた張り込みって……なんかあっさりヤバい本性現してくれるわね!? しょ、正直言いにくいけど……それは流石さすがこわいわよっ!?

「そのくらいのことってことだ。他人の部屋を物置にするってのはな」

「うっ……。そ、そう言われると、私には何とも……言えないけど……」

 ドン引きから一転、ぎくりとするリーナ。

 そんなやましさがあったなら初めからするなよな……。

「じゃ、じゃあ、街を案内するから早く行きましょ? どうせ私もひまだし」

「いや、まずは荷物をだな──って、案内してくれる話、本当だったのか?」

「まあそれは……元から考えてたことだから。一応あんたのめんどうを見るってことだし。もどったら荷物は少しずつ私の部屋に移すから! ほらっ、とにかく今は、人出が増える前に行くわよ」

 少しごういんに腕をつかまれ、ろうを進む。

 どうやら俺の教育係をけ負ってくれるという約束は、有効だったみたいだ。

 先を行く彼女の表情はうかがえないが、これも慣れないかんきように来たばかりの俺に対するリーナなりのやさしさなのかもしれない。

 まあ単に荷物運びが面倒くさくて、後回しにしただけなのかもしれないけど。

 荷物のことは一度端に置いて、今はありがたく街を案内してもらうとするか。


◆ ◆ ◆


「ここが大図書館ね。歴史から魔法、いつぱんに流通してない希少な書物まであるわ。騎士ならいつでも利用できるから、調べ物にはもってこいよ。……ま、大半の騎士は暇があっても使わないけど」

 街の中心地にあるしん殿でんのような建物。

 その前をリーナの説明を聞きながら通過する。

 まだ時間が早いため現在の人通りは少ないが、もう少しするとこの辺りは王国でも指折りのにぎわいを見せるらしい。通りには多種多様な店がのきを連ねている。

「あっ、あそこは最近人気のカフェね。でも、今日のお昼は私のおすすめの店にするわ。これだけは、本当に他言無用で頼むわよ?」

 リーナは街の様々な場所を教えてくれた。

 誰かに何かを教わるのも、街をこんなにゆっくり見て回るのも、かなり久しぶりのことだ。

 日が高くなり少しずつ人の出が多くなってくると、昼食をリーナの行きつけの店ではさむ。

 暗殺者時代は自由に使えるお金が少なかった。

 自由にお金を使える時間もなかった。

 家を出てきた時、持っていたのはかつて地道にめていた貯金、こう数枚だけ。

 手持ちのお金が少ないとはいえ、今も手元に少しは残っている。

 だが、宿舎を出る時に一銭も持ってこなかったので「しまった」と思ったが、そんな俺にリーナは快くおごると言ってくれた。

「本当にいいのか? この店、見たところ安くはないだろ。別に俺だけ外で待ってても──」

「このくらい別にいいわよ。あんたも給金が出たらわかるだろうけど、私たちってそこそこもらえるのよ? 服とか雑貨以外に使い道もないし、とにかく私がいいって言ってるんだから大人しく奢られてなさい。はい、これでこの話は終わり!」

 リーナはパチンと手を合わせて話を強制的にしゆうりようさせると、店員に声をかけ料理を注文し始める。

 結局、昼食はごそうになり、俺たちは店を出ると散策を再開することになった。


 数時間かけ、王都を訪れた旅人たちに人気の観光スポットや、この街に住む人々が生活の中で利用するきよだい市場、子供たちが遊ぶ美しいふんすいが目印の広場など、色々な場所をめぐった。

「数年ぶりだよ、こんなにのんびりした時間は」

「へ? あんた、今まで一体どんな環境にいたのよ……」

「まあ、ちょっとな」

「ふーん」

 骨のずいまでみ込んだ暗殺者のおきて

 そして俺自身の性格的にも、自らを深く話すことはまだできなかった。

 自分というものを語るのに、ぬぐいきれない強い感がある。

 しかし暗殺任務とははなれた場所で築かれた初めての人間関係。

 その素っ気ない返事がここ良い。

「うちの騎士団はみんな自分の意志でざいせきしてるから、けるのは自由よ。それぞれ目的があって、ジンにスカウトされて騎士になった。だからあんたも気楽にやるといいわ」

「ああ」

「案外人間ってどこでも生きていけるから。といっても、あんたに目的があるかは知らないけど」

 そう言って、リーナが顔をのぞき込んでくる。

 目を細め、かべられているのは明るいがお

 やみひそみ人を暗殺してきた俺には、その笑顔がまぶしすぎて、思わず顔を逸らしてしまう。

 目的があって騎士になったという彼女。俺の目的は人を護り、知らない世界を知るというもの。

 そうだ、騎士になることそのものが目的だったのではない。

 無事に騎士になれて喜びを覚えたが、まだ何も目的は達成されていないじゃないか。

 重要なことは俺がこれから騎士として何をするのか、何ができるのかだ。

 主に王都の中心区を一通り巡り終え、俺たちは宿舎のあたりに戻ってきた。

 出発時にはまだ白かった空が、今はもうすっかり赤く染まっている。

 夕暮れ時、太陽がしずもうとしていた。

 これから夜に向け、王都の一部の地域はまた別の顔を見せ始めるらしい。

「今日はありがとうな。楽しかったよ」

「そっ、そう。なら良かったわ。私も結構……その、楽しかったし」

 宿舎を目指しながら一日の感謝を述べると、リーナはほほを夕焼けで赤く染め、そっぽを向いた。昨日はまだ、どんな人物なのかく摑めずにいたけれど、この一日で仲を深められたように思う。

 話がはずんだのも、しばしの無言が気にならなかったのも、きっと彼女のおくそこにある優しさゆえだったはずだ。

 変にかたひじを張ることもないし、これから騎士団の仲間として上手くやっていけそうだな。

「テ、テオルさえよければまた──」

「? なんだあれ」

「え? あっ、ああ。あれはくしき屋よ。で、なんだけど、テオルさえよければまた……」

 リーナが顔を向けた方にあった屋台。

 そこから流れてくる良いかおりにきつけられる。

…………なに、食べたいの?」

 時間的にお腹が減っていたこともあり、屋台をぎようしているとリーナがジト目でたずねてきた。

「いや、そういうわけじゃ。ほら俺、いま一銭も持ってないし」

「はぁ……もう、わかったわよ。買って来てあげるから、ちょっとここで待ってて」

 これ以上話のこしを折るのも悪い。手持ちがないのだから、ここは大人しくあきらめて、また次の機会に一人で買いに行こう。

 そう思いとつに返事をしたところ、遠回しにったみたいになってしまった。

 ためいきいたリーナが、俺が止める前にけ足で串焼きを買いに屋台へ向かう。

 彼女は数人が形成している列のさいこうに並んだ。

「しまった……申し訳ないことをしたな。なにれいを欠いたことをしてるんだ……」

 こうなったからには最初の給金が手元に入ったらリーナに何か恩返しをしよう。

 自分の言動を反省し、心に決めたその時。

 ふと、街の一角で盛り上がる集団が目に入った。

「うぉーすっげーっ! あのおっさん、昼からずっと負けなしだぞ!?

たましいとこまではいくんだけどなっ! にしても何連勝してんだよ!!

「誰か、誰か俺の金を吸い取ったあいつに勝ってくれぇえええっ!」

 一団の中央には大男の姿がある。

 たくわえたひげが口元をおおう、かなり身長が高いくまみたいな中年だ。

 何をしているのかと見てみると、強面こわもてかれに参加費の銅貨一枚をはらい、腕相撲うでずもういどんでいるらしい。勝利すれば今までのちようせんしやたちがはらった参加費の全てを貰えるそうだ。

 銅貨一枚はそこまで高くないが、それでも積み上がった賞金はかなりの額になっている。

 あの木箱に入った硬貨の山を目当てに、次々と男たちがちようせんしている。

「ふぅ……ぬんっ」

「──うおッ!?

 その盛り上がりに気を惹かれ近くに行ってみると、ちょうどまた、かんな青年が敗北をきつしたところだった。

 大男は観客たちをあおるように勢いよく腕をき上げる。

「さあ次! この大金がしいバカどもはかかって…………なッ!?

 箱にたんまりと入った硬貨をこれでもかと言うほど見せながら、大男は俺たちの方に目を向けた。

 するととつぜん、俺と目があったしゆんかんに彼はかギョッとした顔になり、まぶたをヒクつかせる。

「な、な……」

「ようっし! 次は俺だぜッ、おっさん! 数時間前に挑んで負けたが、流石につかれ始め──」

「だ、だまらんかッ! えーいっ、きょ、今日はここまでだ……っ! ろうども、散った散った!!

 見る見るうちに青くなっていく大男は、む次の挑戦者にそう言うと、そそくさとてつしゆうの準備を始めた。

 今、たしか俺の顔を見て……。

 知り合い、ではないはずだ。

 それに気配もじゆうぶんおさえているので、オーラなどから実力を看破されることはないだろう。

 俺はきっと、どこからどう見ても、どこにでもいる街人にしか見えない……と思うんだが。

 どうかしたのだろうか?

 考えてみるが、適切な答えが出ることはない。

「──もう、待っててって言ったわよね? はいこれ、買って来てあげたわよ?」

「あ、すまん。それにわざわざありがとうな」

 顔の横にすっと肉串を差し出されたので、り返ると両手に串を持ったリーナが立っていた。

「ん? なによこの人混み」

「あっ、なんかガタイのいい男が腕相撲をな……ってうおっ、これいなっ!?

「本当ね! 確かに想像してたより美味しいわねっ!」

 リーナに貰った肉串に有り難くかじり付く。

 口に入れた瞬間、シンプルな味付けながらジューシーなあぶらを感じた。

 むたびに広がるうまに俺が感動していると、リーナも自身の分の肉を食べながら興奮したように目をかがやかせる。そして俺しに腕相撲をしていた集団へと目を向け、首をかしげた。

「ガタイのいい男ってどこかしら? 私にはいつぱんじんばかりいるように思えるけど」

「あれ? さっきまでいたんだけど……あっ、もうあんなところに……」

 見るとすでに大男の姿はなくなっていた。

 あたりを見回すと、硬貨が入った木箱をかたかかえ、男は街角に走って消えていくところだった。


◆ ◆ ◆


 騎士団宿舎に戻ると、リーナはすぐに俺の部屋から木箱を運び出してくれた。あまりに量が多かったので俺も手伝うことにしたところ、彼女自身の部屋が案外整っていたことが解せなかったが。

 うんぱんが終わり、木箱が積み重ねられ無事に立派な道が形成されたリーナの部屋の中で、彼女がびをしてからふぅーと息を吐いた。

「やっと終わったわね。じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 夕飯はタダで利用できる宿舎の食堂で済ますつもりだったんだけどなぁ。

 リーナが騎士たちに人気の酒場をしようかいしてくれるという。

 どんな場所なのか気にならないと言ったらうそになるので、俺は同行させてもらうことにした。

 もちろん今回は自分のお金を持参してだ。いくら残り少ないとはいえ一食分くらいの金額はある。

 今日の街案内で奢ってもらった分の一部だけでもリーナに返そうとしたが、それだと持ち金がなくなるだろうからと断られてしまった。

 やはり初回の給金で食事かプレゼントをおくるとしよう。


 酒場は宿舎から数分の場所にあった。

 細い路地の先にある、ふんのあるレンガ造りの建物だ。

「騎士ってのはずいぶんしやたところに来るんだな」

「まあ、相当な酒好きと美食好きに限った話よ? ここ、結構値が張るから」

「……そ、そうなのか」

 や、やばい。

 大衆的な店を想像していたのでおどろいた。

 今の所持金で足りるのか?

だいじようよ、足りなかったら私が奢るから。ほら、さっさと入った入った。もうお腹ペコペコよ」

 お高そうな店構えに足が止まっていると、俺の考えを察したのかリーナに背中をされる。

 俺はまた、彼女に奢られるのか……。

 自分の金欠具合が流石にそろそろ情けなくなってくる。

 早くとかされたので扉を開け、店内に入ろうとしていると──。

「おぉ? おい、リーナじゃねえか。お前が一人じゃねえなんてめずらしいこともあんだな、へへっ」

 後ろから声がした。

 俺たちがそろって振り返ると、そこにはり目がちな赤髪の青年がいた。

 首元がよれたシャツに、ポケットに入れられた手。かなりねこの青年はニヘラと笑う。

「んだよそいつ。あれか? お前の友達か? かれか? ぼくかあ?」

「げっ。ヴィンス……」

「うぉいっ、『げっ』ってなんだよ!? 『げっ』って!! オレ様がせっかく話しかけてやってんのによぉ、そいつはねえだろォっ! 失礼にもほどがあんな、ほどってやつが!」

「行きましょ、テオル」

 顔をしかめ、明らかに彼をけむたがっているリーナ。

 彼女はおおなリアクションを取る男にくるりと背を向けると、俺の背中にえた手に再び力を加えた。

「ちょっ、おま、無視してんじゃねぇよっ!? 別にお前がひょろい男がタイプでも何も言わねえし、ただのコミュニケーションだろっ、コミュニケーション!」

「──は、はあ!? た、タイプってなによ! 本当に意味わかんないんだけど!?

 しかし、俺たちが店の中に足を進めると、ヴィンスさんも続いて店内に入ってくる。

 彼の言葉を無視しきれなかったのか、リーナはもうれつな勢いで振り向いた。

「それにね! あんたは顔も出さずにほっつき歩いてたから知らないだろうけど、テオルは新しく第六に入ったのよ!? こう見えて強いから! あんたよりも断然強いって私が保証するわ!」

 ちょっとリーナさん。こう見えて、は余計だろ。

 それになんで自分のことのように胸を張って言っているんだか……。

 に落ちないが、ヴィンスさんはカッと目を見開いている。

「んなッ!? おいおい、そんなやつが第六にかよッ! 団長もついに血迷っちまったのか?」

「ヴィ、ヴィンス……あんたねぇ……っ!

「だってそうじゃねえかよ! は入れねえ方針だったろ!? 忘れたとは言わせねえぞ!」

「だから! テオルは弱くないって言ったわよね!? なんで人の話を聞かないで……」

 ぐぎぎ、とリーナがいらちを見せる。

 あまりの言われように俺もしようを浮かべるしかないが。

「この人も、第六騎士団の……?」

「ええ、まあ一応ね。命令がないと出勤さえしないバカだけど、残り二人の団員のうちの一人よ」

 話の流れから気になったので、リーナに耳打ちで尋ねてみた。

 するとやはり彼は俺のどうりようとなった人物の一人らしい。

 二人の間にはいまだに火花が散っているが、店先で長々と言い争いを続けるのも良くない。

 それに同僚と不仲になって得することはないだろうし、ここは自分から歩み寄ってみるか。

「よろしくお願いします、ヴィンスさん。テオルといいます」

 そう思ってあくしゆを求めてみたけれど、返ってきたのは冷たい視線だった。

「んだよ気持ち悪りィ。利口ぶったしやべり方すんじゃねえ」

「そうよテオル、こんなやつに」

「は、はあ……。じゃあよろしくな、ヴィンス」

「るっせぇ。お前みたいになよっとした奴がオレは一番きらいなんだよ! ほれ、さっさとどいた」

 二人ともに言われたのできよめてみたが、差し出した手は叩かれてしまった。

 ヴィンスは元からこの店で誰かと待ち合わせていたらしく、店のおくへ行くと、席にすわって骨つき肉をごうかいに食べているおおがらな男に手を挙げた。その男性は──

「あれ?」

「ん、どうかした? ほら、もうあんなやつ放っておいて、私たちも早く座りましょう」

「いや、あの人って……」

「……ああ、ヴィンスのしようのガリバルトさんよ。ほら、〝らいめい〟のガリバルト。結構有名だから、あんたも一度くらいは聞いたことあるんじゃない? かなり名の通ったようへいよ?」

「えっ……あの人が、あの雷鳴なのか!? 噓だろ……」

 すでに何ばいもの酒を飲み干し、真っ赤な顔で完全に出来上がっている男。

 彼はちょうど、俺が街で腕相撲をしているところを見かけた、あの大男だった。

「待たせたな、ガリバルトのおっさん」

「おうヴィンス、遅かったじゃないかぁ~。今日もあらかせぎしたからよ、飲みまくるぞぉ~」

「へへっ、えらく気分が良さそうじゃねえか。どうせまたきたねえかせぎ方したんだろ?」

「ああ! 昼間っから腕相撲大会でボロもうけだ! やっぱああいう時は、適度に手を抜いて『勝てるかも~』って思わせないといけねぇな。これがコツよ。お前ぇも覚えとけ、いざというときに役に立つからなぁ~。さ、今日はヴィンスも好きなだけ飲め!」

 かつて傭兵として名をせた魔法師。

 おもてたいから姿を消し、消息不明と言われている有名な人物に、まさかこんな場所で会えるとは。腕相撲で小銭稼ぎをしているなんて、聞いていたイメージとはかけ離れているけれど。

「おっ、そうだヴィンス。さっきなあ、街でヤバそうな奴を見たから気ぃつけろよ? 一見するとじんちくがいに見えるが、あいつぁ化け物だ。隠してもわしかんせねぇ」

「はあ? んだよそれ。おっさんでもかなわねぇっつーのか、そいつとやり合ったら」

「おう。若いころならどうなるかわからねえがな。とにかくだ、何がねらいかわからんが……ぬ?」

 雷鳴に会えたことに感動を覚えていると、トロンとした表情のガリバルトさんと目があった。

 街で顔を合わせたとき、逃げるように消えていったことも気になる。

 何か失礼を働いていたら申し訳ないし、せっかくだからな。軽くあいさつでもしておくか。

「どうも。ヴィンスと同じ第六騎士団に──」

「お、おま、おっおま、お前ッ!? な、何故ここがッ──!?

 ヴィンスたちが座る席に近づき、俺が声をかけた瞬間、ガリバルトさんがから転げ落ちた。

 さっきまでのぱらいはどこへやら、けんのんな顔つきでばやく地面を後ずさる。

「ま、まさか!! 儂の命を狙って追って来たのか……っ!? くそッ、儂はもう現役を引退した身。どこの差し金かは知らんが──た、頼むっ。どうか、どうかのがしてくれぇええっ」

「……はい? あの、それはどういう……」

「わ、わかるぞ。『何を鹿げたいのちいを』と思っているんだろ!? だ、だがなっ、儂もこの余生を楽しんでおるんだ。だからどうか、どうかこの通りだ! 見逃してはくれまいか……っ?

 真っ青な顔で勢いよく額を地面に擦り、ガリバルトさんが土下座をする。

 そのさわがしさに、他の客たちから向けられるの視線。

 時間的になのか、まだ客入りが少ないとはいえ、だ。


 なんなんだこれは!?


「やっぱり、ガルバルトさんにはわかるのね……」

 後ろでリーナが「実力をく」とかなんとか、あごに手を当てつぶやいている。

 何に思案を巡らせているのか気にならないと言えば噓になる。

 しかし、今はどうでもいい。

 とにかく……なんなんだ、このじようきようは!


◆ ◆ ◆


「ハハハッ。いやぁ~驚かせてしまったか、すまんすまん。それにしても我ながらはくしんの演技だったわ……ぬはっ、ぬははは」

 机を囲んで椅子に座ると、ガリバルトさんが大きな声で笑った。

 彼はジョッキをかたむけ一息に酒を飲み干し、俺たちに対して顔を寄せるようにまえかがみになる。

めいわくをかけてしまったからな。今日は儂の奢りだ、気にせずじゃんじゃん頼んでくれ!」

「あ、ありがとうございます……」

「金はたんまりとあるからな! にも角にも、としもなく調子に乗りすぎた。も、もちろん本気でビビってなどはいないが……ジョークで、ジョークでなっ?」

 あの後、俺はガクガクとふるえるガリバルトさんに「何もする気はない」と伝えた。

 かなりおびえているようだったので心配したけれど……話を聞いたところ、あれは彼なりのじようだんだったらしい。

 いきなり巻き込まれたのだ。

 こっちの身にもなってほしいと思うが、結果的に俺とリーナも成り行きでガリバルトさんに奢ってもらえることになったので、まあ水に流すとしよう。

 店員から次のいつぱいを受け取り、ガリバルトさんは何故か震える手でジョッキを傾ける。

「ちと、儂の演技が上手すぎたな」

 どこかぎこちない笑顔を浮かべ、何度かそう独りごちている。

 それを見て、俺は隣で料理にしたつづみを打っているリーナに小声で話しかけた。

「何事かと思ったけど、結局冗談だったんだな」

「いや、どうせ弟子ヴインスの前だからかつこうつけてるだけよ」

「……え?」

「ほら、この人はんできた場数がけたちがいだから。多分あんたの強さをかいて、本気でビビってたんじゃないかしら? 私にはとうていわからない領域だけど、冗談じゃなくて本気だったのよ」

 幸せそうにステーキをほおるリーナから、予想外の言葉が返ってくる。

「いやいや、そんなわけないだろ。あの〝雷鳴〟が、だぞ? いくらなんでも……」

「それはどうかしら。ほら、見てみなさいよ?」

 リーナが向けた視線の先で、ガリバルトさんはヴィンスと言い争っている。

「んだよおっさん。雑魚相手に冗談なんか飛ばしやがってよぉ。められたらどうすんだ!?

「お前、わっ、儂が本気であんなしゆうたいさらすとでも思ったか!? そそっ、そんなはずはないとお前が一番知っているだろう! 師匠にはじをかかせるようなことを言うなッ!」

「なにテンパってくれてんだよッ!! こうなってくるとマジみたいに見えんじゃねえか……」

 う~ん、確かに。

 言われてみるとどうようしている気もするが、これはどっちなんだろう?

「いや、やっぱり流石にそれはないだろ。リーナの気のせい──であってほしいけど」

「ふぅ~ん。ま、あんたがそう思うならそうなんじゃない?」

 俺たちが状況を見ていると、それに気がついたヴィンスがキッとにらんでくる。

「ウォイッ!! てめぇら、調子乗んじゃねえかんな!? オレくらいになったら一目見たらわかんだよッ。雑魚かどうかぐらい! だからなァ──」

「それにしてもここの料理、本当に美味いな」

「でしょう? 気に入ってもらえて良かったわ」

「──おぉい! 無ッッッ視すんじゃねえーよっ!!

「お、そういやお前ぇさんらの団長から聞いたが、ヴィンスとリーナじようが仕事に向かう手続きをしているらしいな。二人が行くなら、テオル少年も同行することになんじゃねえか?」

「──おっさんッ、お前ぇもかよッ。んあ!? ……つか」

 ふと発したガリバルトさんの言葉に、一人で騒いでいたヴィンスがぴたりと止まった。

 そして少し間を置いて、俺たち三人はいつせいにガリバルトさんへ顔を向ける。

「初仕事、か」

「思ったより早く来たわね」

「ちっ、んだよそれ。あぁッ、めんどくせぇ……」


◆ ◆ ◆


 十日後、支給された黒のブルゾンを着た俺は、リーナとヴィンスと共に森の中を歩いていた。

 俺たち三人が着ている騎士団のエンブレムが入ったこの服は、魔法によっててつがいと同等の強度を与えられた防具であり、よごれを付着させないという効果がされたいつぴんだ。

 軽い上に安心して身を預けることができる。

 第六騎士団のメンバーにだけ配られるオリジナルの騎士団服だそうだが、値段を想像するとゾッとする。とにかく、なくさないように細心の注意を払わなければ。

「うぉいッ! テオル、てめぇいらねえことすんじゃねえからな!? オレの仕事のじやしたらタダじゃおかねえぞ! おぉ? わぁったかッ?」

 両手にそうけんを持ったヴィンスが、先頭を進みながらつばを飛ばしてきた。

 ここまでの道中、ずっとこの調子だ。

 リーナを見習ってヴィンスへの対応の仕方もわかってきた。軽く流しておけばいい。

「ああ、わかってるよ」

「リーナ! お前ぇもだかんな!!

「はいはい」


 昼だというのに空は暗い。

 一面、深いむらさきいろの空が広がっている。

 これは一定のはん内で大量の魔物が発生することによって自然発生する現象──魔結界のえいきようによるものだ。

 魔結界が発生すると外から結界内に入ることはできるが、中から外には出られなくなる。

 ある程度のラインまで人の手で魔物を減らさなければ、自然に魔結界が解消されることは数ヶ月間ない。

 今回は、運悪くとある村が結界の範囲内にあった。

 かくてき大きめの結界の中にいるであろうあまの魔物たちによって、村人たちにいつがいが出るかはわからない。

 いち早く魔物をたおし、魔結界を解消するために俺たちはけんされたのだった。

「村の人たちに被害がなくて良かったわよね。ほんと、間に合って良かったわ」

「ああそうだな。でも、みようだ……魔物たちが少しも動いてない」

 先々と進むヴィンスの後に続きつつ、リーナと言葉をわす。

 彼女はあんしているようだが、俺は先ほどから感を覚えていた。

 あまり良い予感はしない。これは簡単な仕事になるとは言えなそうだ。

 昔から、俺のこういう勘はよく当たる。

「魔物って、あんたまさか! もう探知したって言うんじゃないわよね!?

「え、そうだけど……もしかしてダメだったか?」

「いや、別に悪くはないけど。そ、それよりもそれ、どれくらいの距離での話よ? 私も〈探知〉の魔法は使えるけど、まったく感知できないわよ?」

「ここから前に三KMキーロミトル先。森を抜けたがけの下だな」

「……へ? さっ、三KMキーロミトル……? あんた、つうは一〇〇ミトルもいったらゆうしゆうって言われるのよ!?

 探知魔法の結果を伝えると、リーナが化け物を見るような目を向けてきた。

 普通の基準がよくわからないが、俺は相手にバレないように極限まで魔力を薄くして広げているからな。

 ひょっとすると他の人が使うものよりも範囲が広いのかもしれない。

 でも、このくらいの距離は探知できないと探知魔法の意味がないと思うんだが……。

「おいッ、うっせーぞ!? 邪魔すんなら帰れやッ」

 リーナが大声でリアクションを取っていると、いつの間にか距離が広がってしまっており、少し離れた場所からヴィンスが振り返って厳しく注意してきた。

 仕事に向かうと聞いていやいやといった感じだったが、実際に始まるとかなり集中しているようだ。

 バツが悪そうにしているリーナは、声を小さくして俺との話を続ける。

「そうね、テオルだものね……。うん、これくらいで驚いてたら身がもたないわ……。で、魔物が動いてないってどういうことよ?」

「そのままの意味だ。集団になって、一歩も動かずに突っ立ってる」

「そんなこと──いや、この目で見たらわかる話ね。魔結界の規模的にも魔物が多そうだし、とにかく今は急ぎましょ」

 相変わらずの化け物あつかいはスルーだ。

 確かに疑問はこの目で魔物を見るまでは解消しないだろう。うまく状態を共有することもできないので、俺とリーナはヴィンスに追いつくために先を急いだ。


 ──そうして少し行くと森を抜け、開けた場所に出た。

「どうなってやがんだよッ、これ……」

「確かに、これは妙な光景ね……」

 小高くなった崖の上から下を見る。

 大地を分断するように入ったれつの下では、細い川が流れていた。

 そして──。

 その河原には、地面を覆いくすほどの魔物たちの姿。

 黒く筋骨りゆうりゆうな肉体に、まがまがしいオーラ。

 数千体はいるであろうあれは──

「ゴブリンアンデッド、か」

 アンデッド系の魔物が普通に出現することはめつにない。

 それにこの数だ。何者かの手によって生み出され、とうそつられていると考えるべきだろう。

 あれほどの大群が少しも動くことなく、あたりにはただ風の音が鳴りひびいている。

「なんか固まってるのもまた気味が悪いわね……。とりあえず魔結界を消すためにこいつらを倒さないといけないってことだけど、どうしましょうか?」

「うーん、そうだな」

いつたん戻って作戦を立て直す? この数に三人だと流石に厳し──」

「──決まってんだろ。一分でも早く魔結界を消す、それだけだ。ここで全部ぶっつぶしてやんぞ」

 リーナの問いに俺が一考していると、ヴィンスが食い気味に答えを出した。

 すでに彼は武器を構え、準備運動を始めている。

 やる気は充分、自分に続けと言っているようだ。

「オレとリーナがぶっ放す。テオル、お前ぇはサポートに回れ。その程度の魔力量じゃ大技は無理だろうからな。お前が迷惑さえかけねえなら、こんぐらい傷一つ負うことなく片付けられんだよ」

「いや、俺もやる」

 俺はヴィンスの横に立ち、ゴブリンアンデッドたちには気づかれないよう、狭い範囲で全ての魔力を解放した。今まで体内に抑え込んでいた魔力が一気に放出される。

「これなら──いけるだろ?」

 なつとくさせるために向けた俺の魔力が彼にとうたつすると、

「な、なるほどな。ちっとは……は、はぁ? おっ、おお、おい! こ、ここまでの……ッ!?

 初めは腕を組んだヴィンスだったが、だいに目を見開き、息を詰まらせた。

 それを見て俺は急いで魔力をコントロールし、再度抑え込む。

「す、すまない。大丈夫か?」

 突然の魔力のうの変化に息苦しくなったのだろう。

「おっ、おぅ……。……な、なるほどな。その程度の魔力がありゃ、少しは役に立つ、かもしんねえけどな? だけどよ、きようとうするなら練度が高くねえと。魔力が多いだけじゃ意味ねえかんな?」

「あ……じゃあ」

 いつしよに戦うのだから実力を認めてもらわないといけない。ここまで上手くアピールするタイミングがなかったとはいえ、事前に済ませておくべきことだったかもしれないな。

 いくら裏で一人で働いても、実績を認めてもらえなければ意味はないのだ。

 家を追い出される時に身をもって学んだことなのだから、同じ過ちをり返すわけにはいかない。

 今度は少量の魔力を体外に出し、俺はていねいに練り込んだ。

 流れを意識して、限りなくわたるように。

「──よし、これでどうだ?」

…………

「……ヴィンス、これで納得してくれるか?」

 俺の魔力にれたヴィンスはちんもくしている。

 何か考えているようだ。

 さて、共闘を認めてもらえることができるのか、それから数秒間答えを待っていると。

「こ、これはすげぇ──じゃねえッ。一応ギリギリ認めてやらねえこともねえけどな? まっまあ、オレの邪魔をしねえなら認めてやんねぇ……こともねえよ!」

 しぶしぶだが、納得してくれたらしい。

「リーナも待たせてすまなかったな。じゃあさつそく──って、そんなとこでどうしたんだよ?」

 待たせていたリーナの方を見ると、彼女は大きく俺から距離をとり、離れた場所にある森の木の後ろに隠れていた。

 顔だけを覗かせて、こちらを見ている。

「い、いや……思わず反射的にね。やっぱりさっきの魔力は化け物以外のなんでもないわよ……」

「化け物……」

「あんなにれいおそろしい魔力、初めて見たわ。今まで見てきた誰よりも澄んでいて、だけど底が見えないほど深かった。量も練度も、世界にはこんなやつがいたのね」

 こちらに戻ってきながらリーナがそう言う。

 言い方はみようだが、これは一応めてくれてる……んだよな?

 ぎようのものを見る目をしているから、まったくなおに受け入れられないが。

「ありがと……う? ま、まあそうだな。じゃあ、気を取り直して早速始めるか」

 俺たちはそれから軽く作戦を立て、横に広がるようにポジションを取った。

 まずは三人とも崖の上から全力のいちげきをおいする。そして敵の反応を見つつ、残った魔物たちを接近戦でかたぱしから処理していくことになった。

 リーナはちよう一流、ヴィンスも気配からしてなかなかいないレベルのつわものであることは間違いない。

 身の危険を心配する必要はなく、どれだけできるのか楽しみな気持ちの方が強いくらいだ。安心して自分のことだけに集中できる。

 俺が今から使うのは、命を確実にうばっていい相手にのみ使うようにしている大技。

 二人とタイミングを合わせ、大量の魔力の放出に備える。

 体への負担を減らすため、俺はゆっくりと呟いた。

「闇魔法──反転」

 そっと言葉にしたそのせつしんえんを覗く闇から魔法属性が反転。

 目の前にまばゆい光がけんげんし、じよういつした量の魔力が消費される。

 同時に要求されるのは、危険なまでの高度なせいぎよ技術。

 眼前に浮かぶ光は静かに縮小していき、やがて小さなつぶ──だんがんとなる。

 そして。


────〈暗殺の極地〉」


 瞬間、練った弾丸は高速で崖の下にいる魔物たちへと向かい──。

 その全てを消し去るように激しい光線がふんしやした。

 ごうおんが、大気をつんざく。


◆ ◆ ◆


 最後の一体のアンデッドゴブリンを、かみなりまとったヴィンスが目にも留まらぬ速さで倒した。

「しゃッ! 最後はこのオレ様が頂いたからな!! ぜってぇに覚えとけよ、わかったか!?

 がいへ降りたあと、俺たちが倒した敵の数はそこまで多くない。

 何しろ、最初に俺の魔法で大半が消し飛んだからだ。

 なかなか使う機会がなかったので、上手くいくかどうか不安だったがなんとか成功してよかった。その対価に、魔力が一気に減ったため微妙に集中力がさんまんになっているが。

 魔結界はその時点で解消された。

 しかし俺たちは、安全確保のため魔物たちをぜんめつさせることを選んだ。

「もう問題なさそうだし、早いとこ帰りましょうか」

「……だな。まともながいもほとんど残ってないし、後処理の必要はないだろう」

「誰かさんの魔法のおかげでね。ほんと、今思い出してもゾッとするわ。気配を消すだけじゃなくて、あんな火力もあるなんて……いくらなんでも規格外すぎよ、あんた」

「そう、か? あれくらいなら世界にごまんといるだろ。他にも使えるやつ」

「はぁ……もうそういうことでいいわよ。はいはい、じゃあ行きましょ」

 リーナと話をまとめ、しかばねを積んだ上で腰に手を当てガハハッと笑っているヴィンスに声をかける。

「おーい! 村に報告しに戻るぞ~」

 俺たちは崖を登り、来た道を戻ることにした。

 魔結界の中に入っていた村に行き、問題がないか安全確認をするためだ。

 まあでも、行きに村で顔合わせをしてからほとんど時間がっていないので、特に変わりはないだろう。


 森を歩いていると、あんなにいつも言い争っているリーナとヴィンスが、珍しくしんけんな表情で会話している声が聞こえてきた。

「つか、なんかアイツらおかしかっただろ。手を出したら反撃してきやがったが、それまでは動くことなく突っ立ってんなんてよ? けっ、気色悪りぃーぜ」

「そうよね、まだ何かありそうだわ。ていうか、偶にはヴィンスもまともなこと言うじゃない」

「なっ……んだとこらァ!?

 やっぱり、二人も不思議に思っていたらしい。

 魔物としての性質に変なところはなかったが、その前の行動に強い違和感があった。

 まるで何かを待っているような……。

 だが結局、統率しているであろう何者かは姿を現さなかったし、一体何が目的だったんだ?

「……一応、けいかいしておくか」

 何が起こるか分からない。

 最後の最後まで決して気は抜かないでおこう。

 俺は早速いつもの調子に戻り、やいやいと言い合っている二人に声をかけ、起こり得る全ての可能性をこうりよしながら村へ急ぐことにした。


「いや~、本当に有り難うございました! まさかこんなに早く解決していただけるなんて。さっ、ほんの感謝の気持ちです。村まんの食材を使った郷土料理、お好きなだけし上がってください」

 かんした村に変化はなく、何も問題はないようだった。

 そこで、現在料理をすすめてきている村長から「ぜひ一ぱくしていってくれ」と誘いがあり、時間も遅かったので俺たちは世話になることになった。

 今はすっかり日も暮れ、村長宅で豪華な食事を頂いているところだ。

「うーんっ、っしー!! テオル、この野菜最高よ!?

「クゥーッ! ここの地酒うめぇーなおい!? こんなもんんだことねぇぞ、どうなってんだッ」

 リーナとヴィンスはごまんえつな様子で、めちゃくちゃ幸せそうにしている。

「──ねえ! お兄ちゃんは騎士様たちのお手伝いさん?」

 俺も料理に手を伸ばそうとしていると、ひざに勢いよく耳の先がとがった少女が飛びついてきた。

 彼女は村長のむすめさんで、名前は確か……ピト、だったか。

 満面のみで俺の顔を見上げ、キラキラしたまなしを向けてきている。

 けど……なんでお手伝いさん?

 疑問は残るが、その前にまずはこの村の説明だ。

 今回魔結界の被害にあったのは王国西部に位置する〝神秘の森〟の中にある──エルフたちの村だった。

 村の家はきよぼくに張り付く様に高い位置に建てられており、吊り橋によって木々の間には道が作られている。まさに、森と共に生きる者たちの生活。ここには豊かな自然が広がっている。

 ピトの質問の意味が分からず、どう答えるべきかと首をひねっていると。

 同時に食事から顔を上げたヴィンスとリーナが俺を見てき出した。

「ぷはっ、勘違いされてるじゃねえか! 確かに弱っちそうだもんな、こいつ」

「ぷふっ、違うわよ? このお兄さんも騎士。お手伝いさんじゃなくて私たちと同じよ」

「えーっ!? そうなのー? ぜんぜん見えなーい!!

「ぐっ……」

 少女のさがつらい。

 そうか、これは単純に俺が弱そうに見えるという意味の発言だったのか。

 がないだとかは意識的に訓練し、有象無象にもれられるようにしたものだから構わない。

 だけど……リーナたちの仲間じゃなくてお手伝いさんはなぁ。

 ショックというか、なんというか。

 今後は騎士に見合った立ち居振るいやオーラを身につける必要があるかもしれないな。

「こらっ、騎士様に失礼だろ? すみません、うちの娘が……」

「そうよ、ピト? 村のみんなのためにわざわざ遠くから来てくださったんだから、そんなこと言っちゃ。ほら、こういう時はなんて言うの?」

「……お兄ちゃん、ごめんなさいっ!」

 村長とその奥さんに注意され、少女が快活に歯を見せながら頭を下げる。

 しかし。

 一連のやり取りを見て、お腹を抱えて笑っているリーナたちの方をどうにかしてほしいものだ。

「いいよ、別に。俺は全然傷ついてないから、うん……本当に、全然」

 いや、な。そんなことよりもご両親。

 リーナの言葉で俺が騎士だとわかったとき、貴方たちも絶対にびっくりしていたでしょう。

 はたから見るとそんなに騎士に見えないのか、俺は?

「ご、ごほんっ。それにしても、まさかそんなに多くの魔物がいるとは。我々も予想だにしませんでした……。本当に、じんだいな被害が出る前に対応していただきありがとうございました」

「あなた。でも、それってまさか……」

 俺の視線に気づいた村長がせきばらいをしてから言うと、その安堵とは裏腹に奥さんが何かにねんを示した。血の気が引いた表情で、口元に添えた手を震わせながら。

 気になったので、リーナたちと顔を合わせてから俺が代表して話を聞いてみることにした。

「何か、心当たりが?」

「は、はい。実は……私どもの住むこの森の北西に、〝りゆうざん〟と呼ばれている山があるのです。そこには百五十年ほど前からじやあくなドラゴンがみ着いていて、その……」

「大丈夫、ここからはぼくが話すよ」

 言葉を詰まらせうつむいてしまった奥さんの肩に手を置き、村長が話を引きぐ。

 一方で顔色が良くない奥さんはピトを連れ、小さく頭を下げてから他の部屋へ行った。

 口にするのもはばかられ、耳に入れたくもない話。

 何か、いやなことを思い出させてしまったのかもしれないな。

 胸にいだいた申し訳なさに、俺は謝罪の意を込め彼女に目礼してから話を聞くことにした。

「そのドラゴンが少々とくしゆで──分類上、上位りゆうと呼ばれる個体だそうなのですが──どうやら、死者を操る力を持っているのです。純白のうろこに覆われた、邪悪な竜です」

「死者を操る……ですか? なるほど、それなら今回の件とつじつまは合いますね。かなりやつかいなことになりましたが」

「はい。村の防衛を固めていたなか、『もしかすると』と思っていた村人もいたとは思いますが、お伝えできずに申し訳ありませんでした。しかしやはり、今回現れた魔物たちがアンデッドゴブリンだったとなると、これはおそらく……」

 深刻なこわまゆを寄せる村長は、まるで苦虫を嚙み潰したような表情をしている。

 リーナとヴィンスからも先ほどまでの楽しそうな表情は消え去り、食事の手を止め、口を一文字に結んで真剣に話を聞いていた。

 そんな彼女たちと視線を合わせ、意思つうを図る。

 俺が力強くうなずくのと同時に、二人とも口のはししようを刻んだ。

「魔結界の解消が仕事だけど、このまま帰ったらジンにおこられるわね」

「ちっ、めんどくせえけど上位竜と戦いてえからな。仕方ねえ……いっちょ殺るかッ!」

「ああ。そうだな。では村長、一度俺たちの方でそのドラゴンのことを調査してみます」

「──で、ですが! あのドラゴンは手を出さなければ何もしてこないはずなのです。百年前に我々が退治しようとした際、数百のどうほうが命を失いました……それからは一度もこんなことは」

 エルフは俺たち人族に比べ、ちよう寿じゆな種族だ。

 この怯え具合からすると、もしかすると今言った百年前の話は、村長が実際にその目でドラゴンの恐ろしさを知ったきっかけなのかもしれない。

 しかし、ここで俺たちが何もせずに王都へ帰る場合と、ドラゴンの調査に乗り出す場合、どちらの方が彼らを危険から遠ざけ、護ることができるのか。

「この事態に何もしないのは危険よ。私たちは騎士として、護るために働く。だけどあなたたちに不利益があると判断するのなら、これ以上やみに手出しはしないわ」

 リーナは彼の不安を見て、この地に住むエルフ自身が決断するように言った。

 俺たちは助けを求められなければ動くことはできないのか。

 いいや、そんなことはない。

 だが、ゆっくりと優しく、リーナは続けてかたい表情の村長に声をかける。

「もちろん、なんと決断しても私たちは勝手にしばらく村の警護だけはさせてもらうけど。それにもっと多くの騎士の派遣をようせいすることもできるわよ?」

 可能な限り最良のせんたくを提示する。

 これが騎士リーナの、彼女なりのたみとのかかわり方なんだろう。

 相手を安心させるようにことづかいや喋りのテンポ、身の動かし方に気を配っているのがわかる。

 今まで見た彼女のどんな表情よりも優しい。

 その問いかけに、しばらくして村長は意を決したのか大きく頷いた。

「……はい。では早速、今晩のうちに村の者たちと話をして対応を──」

 その時、だった。


「ッ!?


 俺は瞬時に席を立ち、開いていた窓から身を乗り出し外に飛び降りた。

「ちょっと! て、テオル!?

「おいおいッ、いきなりどうしやがった……!!

 高い木から地上に向かって落下する中、そんなリーナとヴィンスの声が遠くなっていく。

 冷たい夜の空気、耳元を通過する風の音がうるさい。

 地上に着地するのに合わせ、しようの魔力を使ってしようげきそうさい

 一瞬で後ろをかくにんし、おくれて二人が降ってくるのを確かめながら俺は全速力で駆け出す。

 村外れにある住居が設置されていない巨木。

 その下に辿たどり着くと、足を止めず木の表面を垂直に駆け登る。

 天辺に差しかり、俺は全力でちようやくした。

 そして、次々と全身に当たる硬い葉っぱの中を抜けると、視界には遠く続く森と美しい夜空。

 後方では、他の木から同じように上空に飛び出したリーナとヴィンスのかげがあった。

「──来た」

 前方に出現した小さな点。

 それはたちまち大きくなり──。


 月光に照らされた、純白の竜が目の前に現れた。


◆ ◆ ◆


 テオルたち一行がアンデッドゴブリンの下へ辿り着く前。

 竜山としようされている険しいみねの付近には、任務にやって来たふたの姿があった。

 テオルのであるルドとルウだ。

ちくしようッ、どうなってるんだっ……!

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん、これヤバくないっ? 聞いてたより全然厳しいんだけど!?

 ドラゴンをとうばつし、秘宝を持ち帰る。

 事前の調査では簡単な任務だと判断された仕事だった。

 だがしかし、彼らは現在、予想外の困難に見舞われていた。

 何もできないくせに祖父に気に入られていた邪魔者テオルがようやくいなくなったのだ。自分たち二人だけでも何ら変わりなく、いつも通りかんぺきに仕事をすいこうできる。

 そう証明するつもりだった。

 しかし──何故だ。

『グルゥアッッ!!

 いわかげに隠れていたルドとルウに、同時に三体のグールがおそいかかってくる。

「ちょ、ちょっと! ねえ、どうすんのっ!?

 ルウが小さくさけんだが、答える声はない。

 それからしばらくの間、二人は飛びかかり続けてくるグールたちのこうげきをなんとかかわすことに気を取られ、視野が狭くなっていた。

 そのだいしようとして、気がついた時には今回の標的ターゲツトであるドラゴンの目前に立っていた。

 四つ足の先には黒光りするするどつめ。大きなつばさを持ち、純白の鱗に覆われた竜だ。

 ドラゴンに素早く位置をあくされ、きようせまり来る。

 必死の思いでかいするも、ドラゴンの鋭い牙によってルウが肩に傷を負う。

「……っ。お兄ちゃんッ、もうだって! 早く、てつ退たいしよっ!」

「──うるさいッ。このまま帰れるわけがないだろ!? 僕の言う通りに、お前はとにかくグールを倒せ!! ルウッ、分かったか!?

「ああっ……もう!」

 負傷した肩を押さえながら、ルウは状況が悪すぎると撤退を提案した。

 だが、兄のルドの反対によって計画は立たず、戦いは続く。

 彼らは現在、巨大な白竜とたいし、百をえる大量のグールにぐるりと周囲を囲まれている。

 早速、兄の命令通りにルウは自身の魔弓を発現させ、弓を引いて矢を放つ。

 一直線に飛んでいった矢が突きさり、グール一体を倒すことはできた──が。

 何しろ数が多い。

 今まで経験してきた任務では、前方の標的ターゲツトだけを意識すれば良かった。

 しかし、今回は全方位から敵が接近してくるため、慣れない立ち回りに集中が乱れ、次第に手元がくるい出す。

「全然当たんないんだけどっ!」

「くそ!! ど、どうしたらいいんだ……。標的ターゲツト以外に敵が多すぎる……っ!

 一撃一撃が重いドラゴンに、グールによる数の暴力。

 けんせいになっていたルウの攻撃が意味をさず、グールたちが四方八方からじよじよに接近してくる。このままではジリ貧であることは明白だったが、ルドは妹の提案をった手前、撤退の指示を出せずにいた。

 標的に接近する際の道選び。

 けては通れぬ敵のはいじよ

 そして、とうそうルートの確保。

 今回の任務には、もはや暗殺に相応ふさわしいものなど何もなかった。

 本人たちはいつも通りのがいで臨んだつもりだったが、あつなくじゆんかい警備をしていたグールに発見され、眠りについていたドラゴンが目を覚ました──そうして今に至る。

「……くッ、仕方ない! おいルウ、とりあえず移動するぞ!」

「わかった! って、お兄ちゃ──」

「──? ……っ、しまっ」

 今いる場所を離れ、一度に相手する敵の数をしぼろう。

 山の中腹まで行けば、高い岩に挟まれ細い道になった場所があった。

 あそこまで下がったらグールたちの対応はやすくなるはずだ。

 ルドが考えた、その時だった。

 妹の顔に浮かんだきようがくの表情が目に入り、距離を取ったはずのドラゴンが間近に迫っていることに気づいたのは。

「ぐはっ……!

 幸運にもみ殺されることはなかった。

 しかしドラゴンの硬い鱗に覆われたきよに、激しい体当たりをらう。

 全身の至る所で骨がくだける音がした。

「げほっ……げほっ……」

 いわはだに叩きつけられ、き込むたびに血液が口から溢れ出る。

 ボヤけていく視界には、自分を見下ろすグールの群れと、そのすきにあった妹のそうな顔。

 もうろうとする意識の中、ルドはいつの間にか自分が妹に背負われていることに気がついた──。


 次に目を覚ました時、ルドは森の中にあるどうくつにいた。

 隣にはボロボロな状態のルウがいる。

「ここ、は……?」

「さっきの山から少し離れた場所。でも、いつ見つかるか分からないから静かにね」

「うっ……早くどこかでりようして、あのドラゴンを倒しに戻るぞ。次は絶対に失敗しない! もう、油断はしない! だからッ!」

「──ちょっ、静かにしてって言ったよね!?

 ルウが体を起こそうとしているルドの口をあわてて押さえ、苛立ちをあらわにする。

「それに、状態が良くなったらドラゴンじゃなくて、まずは魔物を倒さないと」

「どうして、だ……?」

「ほら。あのドラゴンが魔物を大量に生み出してさ、魔結界を発生させて……」

 ルウが指さした洞窟の外を見る。

 すると空が異様に暗かった。

 一面、深い紫色の空が広がっている。

「お兄ちゃんを背負って命からがら逃げてきたけど、マジで危なかったからねっ? 魔結界の範囲ギリギリまで行こうとしたら、なんか、あの崖のところにアンデッドゴブリンが大量にいるしさ」

「大量、に? 何体くらいだっ?」

「多分……四、五千体? こんなに魔物を生み出せるなんて、完全に計画外だし、もうどうしたら……っ。絶対に逃さないつもりでしょ、これ」

「そう……か」

 ドラゴンを暗殺するにも、結界を消して逃げるにも、とにかくまず初めに傷がばんぜんな状態になるのを待つしかない。

 その間、自分たちをさがすドラゴンの手先から隠れ続けられるのか。

「くそっ……! くそッくそッ、くそッ!! なんで僕が、どうしてこんなことに……!」

 絶望に打ちひしがれ、ルドは気が触れたように自身の顔に爪を立てる。

 いつもの調子なら、絶対に失敗しなかったはずだ。

 巡回をしていたグールに見つかることもなく、ドラゴンでさえ自分たちの存在を察知することができなかったはずだ。

 絶対に必殺の一撃を決められていた。

 任務は成功し、いまごろは意気ようようと帰路についていた。

 だが現実は──せんにゆう中に見つかってしまった。

 なぜ、なぜだ? 単に運が悪かったのか?

 ルドはおくを割れんばかりに嚙む。

 実際には、テオルに教わったことを無視し、さらにこれからまだ多くのいろはを学ぶじようであったのにもかかわらず、「自分にはもうできる」とまんしんしたがために、このような状況におちいったのだが。しかしそうとは気づかず……ルドは情けなくも頰を涙でらした。

 人生で初めての任務失敗。

 いまだ危機の中、これからどうなるのかと浮かんだ不安が胸を支配する。

「もう、終わりだ。最悪だ……。こんなにもおろかな失態、絶対に許されるはずがない……」

 死が迫ってくるげんかくにうなされながらも、ただ洞窟の中で息を潜め続ける。

 とつじよとしてばくはつおんとどろき、大地がれ、魔結界が消えたのは十日後のことだった。


◆ ◆ ◆


「──闇魔法〈しんえんけん〉」

 勢いのままに夜空を駆けとつげきしてくる白竜を、俺はしつこくの剣でむかつことにした。

 またたく間にドラゴンは接近。りようよくを広げたその巨大な体軀が、俺の視界を覆い尽くす。

 ついにやってきたせつしよくの瞬間。

 しんえんけんから重低音が鳴り響き、衝撃が全て剣に吸収されていく。

けつしんこうけん──〈じやきようきつおう〉!」

「雷装──そうけんじゆつ!」

 それと同時に、背後から前へ出る影が二つ。

 手合わせの時とは違う〝じやきようきつおう〟というおにを降ろしたリーナと、雷を纏ったヴィンスだ。

 せんとうモードに入った二人は俺とぶつかり体勢をくずしたドラゴンの背を叩くように、それぞれ刀と双剣を振り下ろす。

 激しい風が巻き起こり、耳をつく金属質な音が鳴り響く。

 ドラゴンは力に押され地上に向かって吹き飛ばされた。

 が、しかし。

 リーナたちの攻撃は、当然のようにその硬い鱗にはじかれ──火花が散る。

 ヴィンスが舌打ちをした。

「ちっ、噓だろ……こいつバカみてえに硬えぞッ!?

 俺たちもドラゴンを追い、急いでつちけむりただよう地上へと降下する。

「こいつが例のドラゴンよね……?」

「みたいだな。でも、まさかあっちから来るとは……」

「いいじゃねえか。これであれこれ考えずに戦えるんだからよぉ!」

 落下地点だった村の広場では、逃げ回るエルフたちの姿があった。

 ちらりと、隣に立つひとみが赤く染まったリーナを見る。

 彼女のけつしんこうけんは、ようによってタイプの違う鬼を降ろすことができるのか。

 今回のはりよりよく特化といったところだろう。

 おもしろわざだな……と感心しながらも武器を構え警戒していると、ドスンドスンと地面が揺れた。

 大きな足音を鳴らし、すなけむりの中からドラゴンが姿を見せる。

 すると、

『貴様ら、二ひきではなかったのか? ……まあ良い。全てほろぼしてやるわい』

 ドラゴンが、人語で話しかけてきた。

 リーナはそこに糸口を見つけたようだ。

「あなた、言葉を話せるのね!? じゃ、じゃあ聞きたいのだけど、どうして私たちを狙ってくるのかしら? 何か理由があるなら……ぜひ教えてほしいのだけど」

 長い時を生きる上位竜ともなれば人語を扱えてもなんら不思議ではない。

 決して異常な光景ではなく、驚きに値する特別なことでもないのだが……。

 村人たちのなんが終わっていないことを確認し、リーナは会話しようと試みている。つまり、時間を稼ごうとしているのだ。

 今も近辺の家から飛び出したエルフが、頭上にかる吊り橋を走って遠くへ行こうとしている。

「あぁ? お前ぇ、今はそんなこたぁどうでもいい──」

「そ、そうだな! 俺も戦う前に聞いておきたい! ここの村人たちから、こちらから手を出さなければあなたは何もしてこないと聞いた。しかしどうしてだ。俺たちが魔物を倒したからか?」

「テオル、お前もかよッ! だっかんな? んなこたぁ──」

「おぉい、ヴィンス……っ。お前はとりあえず黙っとけっ!!

 こっちは時間を稼いでるんだよ!

 察しろ! ちょっとくらいは。

 どんかん野郎に苛立ちを覚え、歯を食いしばって目でうつたえる。

 リーナも俺と同じ様に睨んでいるが、当のヴィンスはしやくさわったのかけんしわを寄せた。

「あァ? お前ぇらな……──あっ。お、おー……なるほどな?」

 しかし俺たちの思いがうまく伝わったのか、それとも伝わっていないのか。

 よく分からないがとにかくヴィンスがおおぎように頷き黙ったところで、

『何を言うかと思えば! 愚かにも程があるぞ、人間どもがァ!! 貴様らが我の眠りをさまたげ、しゆうげきしてきたのではないかッ。忘れたとは言わせんぞ。ひ弱な森の民ども諸共、ここで死ぬが良い!』

 腹立たしげに口を開いたドラゴン。

 やばい。何故かは知らないが話題のチョイスがげきりんに触れてしまったらしい。

 ドラゴンが聞き覚えのない言語で何かを呟く。

 その瞬間、地面に亀裂が入り地中から巨大なゴーレムが二体現れた。

 岩人形がそうされた広場のいしだたみかいし、土を落としながら立ち上がる。

「ま、待って! 私たちは魔結界を消すために──」

「もう無理だリーナ! 村人達が遠くに行くまで最小範囲で抑え込むぞ!」

「んだよッ!! なんか知らねえけどお前らミスってんじゃねえーかよっ!?

 過去にはいされた物なのか、ゴーレムたちは禍々しいオーラを発している。

 顔の部分にある一つ目のような魔石は赤く光り、夜の闇を不気味に照らしていた。

 周囲の状況を把握するため探知魔法を展開しようとしていると、さらに森の奥からおびただしい数の死した魔物たちが現れる。

 どこに潜んでいたんだ!

 元々この近くにいたのだろうか。

 敵が強力なドラゴンである上に、ここまで数で負けているとなると厳しいかもしれない。

 適切な戦略を立てなければひとすじなわではいかないだろう。

「おいおい! 面倒くせぇのが出てきやがったぞッ。テオル、あの光線また出せねえのか!?

「無理だ! けど残り少ない魔力を使って考えがある。ドラゴンは俺が、二人はゴーレムの相手をしてくれ。他の魔物をどうするかだが……」

「こうなったらつべこべ言わず、もうやるしかないわっ! さあ早く、二人とも行くわよ!!

 全員がゴブリンアンデッドに対して大技を放った後だ。

 ばんぜんの状態とは言えない。

 だが、それでもやるしかない。

 後ろには村人のエルフたち──戦う力がないピトのような子供もいるのだ。巨大なドラゴンとゴーレムが二体、百を超えるアンデッド系の魔物たちを前に。

 これ以上俺たちに考える時間はないようで、腹を決め一斉に駆け出そうとした時。

「──騎士様! 我々も戦いますッ!!

 背後から声がした。

 前方に意識が向いていたので気がつかなかったが、そこにはとっくに逃げたはずのエルフたちが。

 先頭に立つ村長をふくめ、一目でみながドラゴンに恐れを抱いているのがわかる。

 誰もが膝を震わせながら、それでもけんめいに立っていた。

 その目に、確かなとうを宿らせて。

「男手三百。村や家族をまもるため、加勢させていただきます──ッ!!

 村長の言葉にかくを決めた表情で頷く男たち。

 彼らのほとんどが弓を持っているが、中には農具をにぎっている者の姿もある。

 りの経験などもない、ごろは畑を耕している農民なんだろう。

 勇ましさに敬意を。だが、これからどれだけの命が失われることになるのか。

 前向きにも後ろ向きにも、思うことは様々あるが今はとにかく時間がない。

 ヴィンスが不敵に笑った。

「よっしゃ、気に入った! お前たちは小さい魔物を相手してくれッ! ドラゴンとゴーレムはオレたちに任せとけばいいからな!? ひるまねえで突っ込んでいけッ」

「「「はい!!」」」

 村人たちのたけびにも似た返事が背に投げつけられる。

 俺たちは接近してくる敵を前に、一斉にめに出る。

 そしてやがて、敵味方が入り乱れる戦闘が始まった。


◆ ◆ ◆


 二体のゴーレムのうち片方を担当することになったリーナは、すぐさま刀を構え、降ろしたじんの力を存分に発揮していた。

 今回選んだ〝じやきようきつおう〟は、テオルの予想通りパワー一点特化の鬼だ。

 魔力によって鋭さを増した刀をあつとう的なパワーで振り回し、高度な刀術と合わせ敵をる。

 ゴーレムは通常、体内に存在する動力源である魔石を破壊することで、活動を停止させ倒すことができるとされている。

 ゴーレムの表面の硬い岩を破壊し、魔石を露わにするためにリーナは刀を振り続けた。

 うぉぉおおおおおおッ、というけたたましい声を上げながら何度も何度も岩をけずる。

 それも大ぶりな敵のこぶしを的確なステップで躱し、ヒット・アンド・アウェイをけいぞくしてだ。

 周囲のエルフたちを巻き込まず、ヴィンスたちとも一定の距離を取れるように気を配る。

 速度ではヴィンスにおとっており手数で勝つことはできない。

 そのためリーナは全ての攻撃に全身ぜんれいささげた。


 その戦いは、体格差数倍の巨大ゴーレムと少女によるものだった。

 が、たがいに繰り出す一手のりよくはほぼかく──むしろ、わずかにだがリーナの方が上回っていた。

 リーナはゆうが生まれると、ゴーレムとの戦いと並行して、その他の魔物をエルフたちの負担が減るように間引いていく。

 一人の村人が矢でグールをき、また別の村人がくわでアンデッドウルフの脳天を叩いていた。


 一方でテオルは、ドラゴンと相対し睨み合っている。

「よし、俺もやるか……」

『ふんっ、かなり自信があるようだな。確かに貴様からはそれなりの力を感じる。だがな、あまりに未熟よ! 人間ぜいが我らドラゴンに挑もうなど身の程を知れッ!』

「それは、やってみないと分からないだろ?」

 わざとちようはつするように笑ったテオルだったが──その刹那。


 彼のどうたいには大きな穴が空いていた


「……は?」

『ガッハッハ、だから言ったろう。我と対等に戦おうなんざ夢のまた夢。おのれの力を見誤ったこと、死しているが良い』

 口からけむりを出しドラゴンが言う。

 テオルは全身から力が抜け、膝から地面に崩れ落ちた。

「噓、だろ」

 最後に目をみはり、理解しきれないとばかりに口にした一言。

 それはなぜか、遠くのリーナの耳に届いた。


 リーナはその状況を見て、周囲の世界の動きが遅くなり、無音に包まれたここがした。

 テオルがドラゴンは自分に任せろと言ったのだから、なんとかなると信じて疑わなかったのだ。しかしそれが、あわい希望だったことをたりにし、自身の観察眼のなさにこうかいの念をいだく。

 まだ、出会ってそれほど時間はっていない。

 これからだ。

 これから仲間として騎士団にみ、様々な仕事を共にすることになるはずだったのに。

 バタリと前に倒れ意識を失ったテオルを見て、ぼうぜんしつとなるリーナ。

 それでも彼女のきたえられた体は無意識にゴーレムが放った重い突きを躱し、地面にり込んだ拳が引き上げられる前に攻撃へと転じる。

 離れた場所にいたヴィンスも異変に気づき、同様にゴーレムと戦いながらテオルを見ているのがリーナの目には入った。

「ちょ、ちょっと……テオル? あんた、それ……っ」

「おい! お前……そりゃあねえだろ……」

 勝利によってよほど気が高まったのか、白竜は上を向きほうこうする。

 太い叫びが、大気を震わした。

『やってもやらんでも勝敗は決していたということ。我の言葉通りであったなッ!』

 ドラゴンの高笑いが森に響いた、その時だった。

 リーナの視界のはし──ドラゴンの前に、ドサリと大きな物体が落ちたのが見えた。

 広場の中央でその赤黒いなぞの物体は、定まったリズムを刻み動きながら、にぶい音を立てている。

『なんだ、これは……? ──っ!? ま、まさか!?

 疑念から驚愕に変化するドラゴンの声には、ヒューと間の抜けた音が混じっている。

 何かに気がついたのか、ドラゴンが自身の背に目を向けると──


 そこには、穴が空いていた。


 テオルが胴体に空けられたものに比べると、小さな穴である。

 人間の手のひらサイズのものだ。

 ドクンドクン、ドクンドクン、ドクンドクン。

 広場の中央では、ちんする謎の物体が今もなお脈を打っている。

(っ! ……そう、そうよね。まともに考えた私が馬鹿だったみたいじゃない。ほんと、まったく……あんたは)

 とうわくするドラゴンに続き、とある結論に辿り着いたリーナはその瞬間、冷えた指先に再び血が巡り始め、感覚を取り戻した。

 ホッと安心すると共に、あきれた苦笑いを浮かべる。

 もう心配する必要はないとゴーレムに視線を戻すちゆう、突然ドラゴンの目の前の景色がゆがみ、闇からテオルが姿を現したのが見えた。

 彼は負けない。手合わせをした自分が一番そのことを理解していたはずだったのに。

──……だから言っただろう。やってみないと分からないって」

『な、なぜだ……っ。貴様は確かにそこに──ぬぁっ!?

 ドラゴンが素っとんきような声を出す。

 今の今まで、目の前で倒れていたテオルの死体だったものが消えていったのだ。

 まるで……全てがげんそうだったかのように。

『し、信じられん……』

 それが、ドラゴンのさいの言葉だった。


 始まった戦いは一瞬で終わる。

 美しい白竜はゆっくりと横に倒れていき、絶命すると灰になった。

 同時に生み出されていた魔物たちもしようめつし、森に静けさが戻ってくる。

 先ほどまでのけんそうが噓だったかのようにせいじやくがあたりを支配していた。

 戦いは始まる前にすでに終わっていたのかもしれない。リーナはそう思った。

 前もってテオルの手によって展開されていた、誰もをだます──〈幻想演劇〉によって。

 広場の中央には、活動を停止した巨大なドラゴンの心臓が、ものさびしげにポツリと残った。


◆ ◆ ◆


「ふう……相手がごうまんなドラゴンで助かったな。それにしても手が血でベトベトだ」

「おいテオル! お、お前ぇ、今のなんだよ!? 何がどうなって……ああなったんだッ!」

「おっ、ヴィンス……それにリーナも。ゴーレム、倒し終わったんだな。お疲れ」

 魔力で強化した腕をドラゴンの体内に差し込み心臓を抜き取ったので血だらけになってしまった。

 手をブンブンと振りのりを払っていると、ヴィンスたちが駆け寄ってくる。

 他の魔物はドラゴンの術によって生命を与えられ身体からだを保っていたらしい。

 術者が死んだ時点で、ドラゴン同様に灰となって崩れ去った。

 しかし、ゴーレムの場合は廃棄されたいにしえのゴーレムの破面を再び集め、組み立てられたもの。

 魔石に魔力を込められた無生物だったものだから、ドラゴンを倒しても活動が停止することはなかった。

 二人ともあと少しで倒せそうだったので、各自に任せて俺は待っていたのだが……。

 予想通り無事に、それから十秒もかからずにゴーレムをげきしたようだ。

 ヴィンスは初めて〈幻想演劇〉を見たからな。

 こんわく気味に、先ほど俺とドラゴンの間に起こったことを解説しろと言ってくる。

 答えようとしたがその前に、リーナがうんざりした顔で話しかけてきた。

「……てか、あんなことするなら最初っから言っときなさいよ! 私たちがあんたに気を取られた一瞬でゴーレムにやられてたらどうしてくれたのかしら。重要なのはれんけいなのよ、連携!」

「ああ……それは、すまなかった。でもゴーレムに負けるなんてそんなわけないだろ、二人なら。それに、あの自然な反応のおかげでドラゴンの不意を打てたんだ。一撃で決めるチャンスを逃して長期戦になっていたら、こう上手くいくとは限らなかっただろ」

「そうは言っても……結果論じゃない。まっ、まあもういいいわ! 今後改善していけばいいんだし、今はそんなことよりも村人たちを……」

 リーナたちをしんらいしての行動のつもりだったが、本当に信頼していたというのなら、たしかに事前に相談ぐらいはするべきだったかもしれないな。

 協力や連携、情報を共有して仲間の力を借りること。

 今後、それらをしっかりと学習していかなければ。

 これは反省だ。

 そう思った時、にんの救護をしようと辺りを見回したリーナが、何かを見つけて目を細めた。

「……ん? なに、あれ」

 俺とヴィンスもそれを探し、リーナが見つめる先に視線を動かす。

 ──すると。

 少し離れた場所にあるドラゴンの心臓が、見る見る小さくなっていっているのに気がついた。

 音もなく収縮していく心臓。

 そしてそれは、やがてキラリと輝く小さな紅玉になったのだった。

「……ドラゴンの心臓が、けつしよう? 二人とも聞いたことあるか?」

「いんや、オレぁ知んねえな。そもそも体の中にあったもんがあんなのに成るのか? 気色悪りい」

「私もないわね。でも……ほら、これ結構綺麗じゃないかしら?」

 リーナはそう言うと紅玉の下へ走っていき、かがんで手に取ろうとする。

「おい、リーナ! 無闇に触れない方が──」

 止めようとしたが、すでに遅かった。

 彼女は拾い上げた紅玉を木々の隙間かられる月明かりにかざし、うっとりとながめ始める。

 近くに寄ってみると、特に魔力を感じないただの石のようだった。

 これなら触っても問題ない、と思うが……。

 俺はリーナの手の中で輝く紅玉を観察する前に、最後に周囲の状況を改めて確認した。

 見える限りの場所にいるエルフの中に死者はなく、傷を負った者も仲間たちに運ばれ治療に向かっているみたいだ。

 森に生きる者たちのゆうかんさが、彼ら自身に幸運を引き寄せた面もあるのだろう。

 良かった。これなら俺たちの手助けも特に必要なさそうだ。

 隣でヴィンスがうげーっと顔を顰める。

「元はといえば心臓だかんな? 綺麗もなにもねえだろ」

「ヴィンスにはわからないだけよ。元が何であっても実際にこうして見るとほらっ、綺麗じゃない。テオルも見てみなさいよ、そう思うでしょう?」

 リーナは月明かりがとうした紅玉を寄せて見せてくる。

 確かに、綺麗だ。

「念のため魔力を流して性質を確認しておくか」

 と言って俺が受け取ろうとすると、リーナは目を輝かせた。

「一応、私が回収して持ち帰ろうかしら。正体が気になるし、これは絶対に調査すべきよっ!」

「うーん、まあそれもいいけどな? とりあえず危険物かどうか簡単に調べるからちょっと待ってくれ。なんともなかったら団長に聞いたり、あとは……あの大図書館で調べるのもいいかもな」

「そうね。最終的に何も分からなかったら、私が貰うのもアリだし」

 最後のが絶対に彼女の本音なんだろう。

 紅玉を受け取り俺が調査のために魔力を流そうとすると──

「って、あれ……?」

「うぉいお前、また変なことしたんじゃねえだろうな!?

「あ、あぁぁあああああああああああああああ──っ!!

 ピキッ、と音がした。

 かと思うと、次の瞬間には紅の宝石が形を保てなくなったように一気に粉々になってしまった。さらさらと一部が指の間をい、地面に落ちていく。

「あ……あんた! 何してくれてんのよっ!? 私の、私の大切なお宝がぁ~!!

「い、いやっ、俺はまだ何もしてなかったからな!? これから調べようと思っていただけであって」

「……テオル、ここは正直になっとけ。後々つらくなんのは自分だぞ?」

「ヴィンス、お前もか!! だ、だから本当にだな、今、勝手にこの紅玉が────

「どうせあんたの鹿ぢからで握ったんでしょう! いっつも『これ普通でしょ?』みたいな顔でやらかしてくれて! どうすんのよっ。どうすんのよぉおおおおお!!

 ひどい言われようだ。

 ヴィンスには肩に手を置かれるし、リーナは頭を抱えて詰め寄ってくるし。

 それになんでもうリーナの物みたいになってるんだよ。

「だから、一回落ち着いて聞いてくれ! 普通に持っていただけなのにこれがいきなり割れたんだ。いや、本当に!」

 力強く訴えるも、返ってきたのは二人からのいぶかしむような視線だけだった。

 と、その刹那。

「な、なんだ……?」

「やっぱお前が割ったろッ!? オ、オレは知んねえからな!」

「わ、私も!」

 風が吹いてもいないのに、粉々になった紅玉がとうとつに舞い上がり赤い光を放ち始めた。

 そしてゆっくりと浮かびあった光粒が──俺の胸のあたりに向かって吸い込まれていく。

 ヴィンスとリーナは突然の出来事に俺から素早く距離を取る。

「お、おい──!?

 はくじような二人に腕を伸ばしたが、体がこわった。

 それ以上動くことができなくなり……なんだ、体の奥底から感じたことがないほどの力がき立って、動けないッ。

 満足に呼吸をすることもできない!


 しばらくもだえていると、いきなり苦しみから解放された。

 と思うや否や、それと同時に体内の魔力が暴走し始め、目の奥に刺されるような痛みが走る。

 俺にはその痛みに必死にえることしかできない。

 魔力の暴走が限界まで達したのを感じると──。

 何かがばくはつし、俺を中心とする光と風のうずがドーム状に広がった。

 その暴風に、太さ一〇ミトル以上の巨木が大きく揺れる。

 が引き千切られるような痛覚に意識が飛びそうになるが、それにもえる。

 そうして激しい木々の揺れが収まった頃、俺の額にはおおつぶあせがいくつも浮かんでいた。


「はぁ……はぁ……っ。今の、なんだったんだ……?」

 息も絶え絶えだが、とにかく何かが終わった。

 いや、終わってくれていないと困る。

 あれほどの苦しみや痛みは、人生でそう何度も味わいたいものではない。

 それにしても──もしかして、今の一瞬で魔力総量が増えたのか?

 急速な魔力的成長をげた時に感じるものと似た、全身を覆い尽くすまでのばんのう感がある。

 意識を集中させると、自分の最大魔力量がつい先ほどまでよりも数倍増えていると感じられた。

 それに、だ。

 他にも変化があるようだ。

 自分のことだからほんの少しでも違いがあると、言葉にできずともはっきり違和感を覚える。

 実際にどこに変化があったのか、と問われると答えるのは容易ではない。

 拳を作ったりして身体を確かめていると、おずおずとリーナとヴィンスが戻ってきた。

「大丈夫? テオル」

「ああ。本当に、なんとかな。それよりもひどいだろ二人とも?」

「あ、あはは……まあ何ともないんだったら良かったじゃない。ねえ?」

「だな。オレたちも何ともなく、お前も何ともなかったつーわけだ。ばんばんざいじゃねえか」

 明らかな作り笑いを浮かべたリーナにすかさずヴィンスが同調する。

 こんな時だけ手を組むとはな。まったく、都合がいいやつらだ。

 俺が二人をジト目で睨んでいると、

「騎士様、おはありませんか!? 今、こちらで何かが爆発したような音がしましたが……!」

 村長が駆け寄って来た。

 怪我をした村人たちの救護が終わったのだろうか。

 辺りを見渡すと、先ほど俺を襲った謎の現象を目にしていた周囲の者たちが、ぼうぜんとした顔でこちらを見ている。

 村長はその一人だったようで、エネルギーの爆発音を聞きつけて来てくれたらしい。

「ああいえ、大丈夫です。特に心配はいりません」

「それは……良かったです。あの、では村の者たちが騎士様方に感謝を伝えたいと言っておりますので、ぜひこちらへ付いてきていただけるでしょうか?」

 ドラゴンのしゆうらいに心理的な負担も大きいことだろう。だからこれ以上おんなことは言わないでおくべきだ。そう思い、紅玉の一件は伝えないことにした。

 しかし、今は怪我人の治療に専念すべきではないのか?

 リーナもまず初めに俺と同じ疑問が浮かんだようだ。

「今から、かしら?」

「はい。まだお食事の最中でしたし、村の防衛ときようであったドラゴンの討伐を祝いまして。皆でうたげをと。……あ、怪我をした者はみなすでに〝村の秘薬〟で全快しておりますのでご安心を」

 俺たちの疑問は、なんかめちゃくちゃ凄い薬が解決してたらしい。

 話を聞くとその秘薬とやらは、死ぬこと以外の大半の傷や病、のろいなんかをやすことができると言い伝えられているという。

 実際にすさまじいりよくがあるようなので、かなり気になった。

 だが、秘薬というのだから流石に外から来た俺たちには見せてはもらえない──

「──それが、こちらになります」

「いや見せんのかよッ!!

 村長がどこからともなくびんを取り出した。

 俺が心の中で叫んだセリフを、ヴィンスが代わりに口にしてくれた。

 デリカシーがないとも言うが今回ばかりはナイスだ。

「本来は村の者にしか渡してはいけないのですが、今回は皆が賛成しているということで、騎士様方にも感謝の気持ちとしてお渡しさせていただくことになりました。ただ、この場でお飲みいただくという条件付きですが……」

 村長は「それでもよろしければ、疲れが取れますのでどうぞ」と言って緑色の液体が入った小瓶を俺たちに一人一本ずつ丁寧に手渡してくれる。

 淡く光って、何とも神秘的な液体である。

 鼻に近づけてみるがにおいはしない。しゆうだ。

 ヴィンスは飲むのを躊躇ためらっていたが、俺とリーナが感謝を伝え口にしたのを見て、安全と判断したのか続いた。

 素晴らしい効能があるのだから有り得ないくらいかったりするのか、と思ったが……。

 案外爽やかな口当たりで、これが美味い。

 粘り気などはないが水とはまた少し違ったしたざわりがする。

 ひと瓶を飲み干すと体が柔らかな光に包まれた。

 小さなかすり傷が治り、次に疲れや汚れまでが順々になくなっていく。

 汚れた服をせんたくするみたいに、自分という存在が洗われているみたいだ。

「魔力も全回復した……まさに万能薬、秘薬に相応しい効能だな」

「気に入っていただけたようで何よりです。では、こちらへ」

 むしろだんよりも調子が良いくらいだ。俺が驚いていると、村長はほこらしげに微笑ほほえんだ。

 魔力が満タンまで回復したことでわかったが、やはり俺の魔力総量が増えている。

 あの紅玉は一体何だったのか。

 俺に何をもたらしたのか。

 これらの件は、追ってはっきりとさせないといけないな。


 俺たちは村長に連れられ、村人たちが待つ村の集会所へと向かった。

 集会所はその大きさからか住居とは違い木に張り付くような形ではなく、地上に独立して建てられていた。

 そしてその中に入った俺たちは現在、大量のエルフたちの前に立ち──

「この度は魔結界の解消のみならず、竜山に棲み着いていたドラゴンのもうから我々を救っていただき、誠に有り難うございました。改めまして感謝を申し上げます」

 村長のおのあと、後ろに並ぶ数百の村人たちから感謝の言葉を受けている。

 女性や子供まで、この村に住む全員が集まってくれたと聞いた。

 ここまでされるとなんだか照れくさいが……がんったがあったというものだ。

「このおんは一生忘れません」

 最後に村長からそんな言葉を贈られ、それから多くの村人が参加してだいえんかいが開かれることになった。


◆ ◆ ◆


「皆さんの勇気あってこその勝利ですよ」

「あっはっは、それは嬉しいお言葉だ! 騎士様にそう言っていただけると私共もむくわれます」

 共に魔物に立ち向かってくれた戦士たち。

 ごうせいな食事を囲みながら、彼らをたたえていると。

「──ねえねえ」

 背後からくいっと服を引っ張られた。

 振り返るとずかしそうにしている村長の娘のピトがいた。

「ん、どうかした?」

「あのね……」

 彼女は決心したように満面の笑みを浮かべる。

 子供らしく頰を赤くして、ピトは〝騎士のお手伝い〟と俺のことを勘違いしたことを謝ってから、俺のかつやくをお父さんに聞いたと話した。

 そして最後に──


「──お兄ちゃん、ありがとうっ!!


 ぐでじゆんすいな、それでいて等身大の感謝の言葉を贈ってくれた。

 このときばかりは照れくささなんてものはじんも感じず、俺はようやく気づかさせられた。

 自分が人を、彼らの生活を護ったのだと。

 今、目の前には自分が知らなかった温かい世界というものがあるのだと。


 思いえがいていた目的の達成は、新たな目的を作る。

 俺はこれからも、こんな風に生きられたらいい。

 この森で生きるピトたちのように、真っ直ぐで純粋な、それでいて等身大な彼らの世界──温かな日向ひなたの人々に初めて受け入れられたような気がしたのだから。

 これが、本当の意味での騎士としての始まり。

 そしてこの気持ちこそが、俺の目指す騎士としての在り方なのかもしれない。