一章 始まりの転機


「テオル、お前は家から出ていけ。このッ……そこないが!!

 おれは今、しきの一室でごうを浴びせられている。その怒号は、父さんに代わって新たに当主の座についた──ゴルドー・ガーファルドから発せられたものだった。

 き上げられたちようはつしようひげするどひとみやみのように黒い。

 ゴルドーはいまいましげに俺をにらんでいる。

「なんだその目は!? 気合いも能力もない──何もできないお前に、ガーファルドを名乗る資格があるとでも言いたいのか!? あァ?」

「……いえ、ただ理由を聞かせてもらえますか?」

 ここで感情的になっても意味はない。

 俺の家は祖父の代から始まった暗殺者一家だ。幼いころからとくしゆな教育をほどこされ、各自で任務に当たっている。元は長男である俺の父さんが二代目当主だったが、病にたおれ亡くなってしまい、弟のゴルドーがそれを引きいだ。

 それからだ。数ヶ月間休みもなく、働きめの毎日が始まったのは。

 今だって五日もてつを重ねた状態で任務をこなし、最速でかんしてきたばかり。しかしそんなじようきようでも俺は、ミスすることなく仕事をすいこうしてきたはずだ。かんどうされるいわれはない。

「はっ、自分で考えることもできないのか……まったくあきれたものだなッ! ルドとルウから聞いたぞ! お前、また仕事中にサボっていただろう。そんな役立たずが、我が一族にいられるとでも思ったかッ!? あァ? どうだ、何か言ってみろ!?

「ですから、俺はサボっているんじゃなくて──」

だまれッ! だれが言い訳をしろと言った!? 俺は反省の言葉を聞いたんだッ、反省の!」

 ゴルドーが激しくつばを飛ばす。

 するとそれに続くように、周囲にいた従兄妹のルドとルウがかんはつを容れずに口を開いた。

「ほんと困りますよ。こいつ、いっつもぼくたちに任務をし付けて勝手にげ出すんですよ?」

「そうそう! 無能のくせに一丁前にビビっちゃってさぁ。マジでダサすぎでしょ」

 けがらわしい物を見るような目つきを俺に向けてくるかれらの顔やふんは、性別やその茶色のかみの長さ、体格などを除けばうりふたつ。ふたのルドとルウは俺より二つ下の十四さいだ。

 彼らの仕事にはまだ粗が多く、一人前とは言えない。そのため俺が祖父から直々にたのまれ、任務に出る際はチームを組み二人が成長できるようにサポートに回ることになっていた。

「年上だというのにまさか逃げ出すとはなッ。このこしけが!」

「いえ、だから何度も言ってますけど、俺はサボってるわけでも逃げ出してるわけでもなくて……二人がえんかつに任務を遂行できるよう──」

 危険すぎる障害のはいじよなどにあたっている。あまり手を出しすぎるのは良くないので、今回は主に標的ターゲツトの護衛をしていた同業者の対応をしていた。

 ルドたちにはすでに帰路で話しているが、誤解を解くために再度そう説明する。

 しかし、当のゴルドーは呆れたように首をり、鼻で笑うだけだった。

「はっ、またその見えいたうそか。暗殺をぎようにする者──それも我々ガーファルドの人間が気配を感じ取れないとでも言いたいのか? 態度次第では使用人として今後も家に置いてやらないこともなかったが……これではなァ?」

流石さすがに僕たちのことめすぎだって。派手に動いてたら絶対に気づくから」

「さっさと出て行けばいいのに、見栄張って有能アピールとか……最後まで口から出任せばっかでキモいんだけど。ぷぷっ、使えない鹿丸出しじゃん」

 親子そろってちようしようかべてくる。

「……」

 もう、この場で俺が何を言ってもみたいだ。話をまともに聞いてくれさえしない。

 後で祖父に相談して、ゴルドーと話をしてもらおう。

 正直、人を平気でおとしめる彼らを好きにはなれない。だが、俺には他に生きていく道がないのだ。生まれてこの方、暗殺術以外に学んできた物がないから。

 だからこそ、現状にどこか不満を感じながらも反りが合わない叔父一家に強い態度で出ることはせず、せわしなくあたえられる仕事をもくもくとこなしてきた。だいじよう、俺の仕事ぶりをゆいいつ認めてくれ、期待してくれている祖父から話してもらえれば……今回もなんとかなるはずだ。

 しかし、その前に。

 せめて実際に目の前で気配を消してみせよう。

 昔から気配を消すことは得意としていた。が、そのせいで俺がサポートにてつし動き回り、働いていても仕事に気付いてもらえていなかった──というのならここは技術を示すべきだろう。

 その目でかくにんをすれば、彼らだって俺が逃げ出したと言い張るだけではいられなくなるはずだ。

「では、今から」

 ほんの少しだけムキになって口を開いた、その時だった。

 ゴルドーが俺の目を見て、ニヤリと笑ったのは。


「それとおや──じいさんにも話は通してあるからな。今さら泣きついたってだぞ」


…………え?」

 予想外の言葉に思考が停止する。目の前が、真っ白になった。

 そんな俺を見て、ブフッとき出すゴルドーたち親子。

 そして。

「テオル、そういうことじゃ」

 まるでタイミングを合わせたかのように部屋のとびらが開かれ、祖父が現れた。

「これは一族の総意じゃからな。ゴルドーから話は聞いたが、暗殺者として使えない者に我が家で存在価値などない。──早く、出ていきなさい」

「い、いや……じ、じいちゃん……?」

 いつもとはちがう祖父の冷たいこわに、俺はあつに取られ、すべての音が遠くなっていくのを感じる。

 祖父は目さえ合わせてくれず、じゆうの決断とも、痛快さとも取れる表情を浮かべていた。

「ふっはっはっは。親父、賛同に感謝する! というわけでだテオル、さっさとせろ!! そして二度と俺の前にそのつらを見せるなよッ!? わかってるだろうな、もしもいらんことをしたら──」

 まだく頭の中を整理できないでいると、ゴルドーは真顔になりドスのきいた声で言った。

「そのときは命があるとは思うな? 親父にめんじてせめてものやさしさだ。俺に感謝して、せいぜい外で生きるんだな! ふっはっはっはっ!!

 人生においてたった一つの生き方──天命だと思った。

 だからたとえひどあつかいをされても、気にせず身を粉にして働いてきたのに……。

 これではとつぜん、生きてきた理由をうばわれるも同然じゃないか。

「ひゃひゃっ。おつかれー。ま、あとは死ぬまで大人しくやりなよ」

「それじゃ、さよなら。無能~さん」

「──あっ……え……」

 部屋を出て行くルドとルウが、すれ違いざまにかたたたいてくる。

 心のどこかで「もういいか」とあきらめる声がする。同時に「これでいいか」とあんする声も聞こえたような気がした。もう、祖父の言葉に反論する気もすがり付く気もかない。

 俺はこうして、その日のうちに家を追い出されることになった。


◆ ◆ ◆


 やまおくにある屋敷を飛び出してきたのは良いものの、これからどうしよう。

 俺は険しい山道を下りながら考えていた。少しだけだが、落ち着きを取りもどせたとは思う。

 今まで暗殺に関することばかりやってきたので、他に得意なことは何もない。

 個人で暗殺稼業を続けるという手もあったが、ガーファルド家に目をつけられるようなことはけたかった。これ以上、めんどうなことに巻きまれるのはめんだ。

 それに生きとしてしまっていた〝与えられた仕事にぼつとうする日々〟の結果がこれだからな。

「情けないけど、いい転機かもしれないな……」

 足を洗って人生を変えよう。自分には暗殺これしかないのだと言い聞かせるのはもう終わりだ。

 家を追い出されて、結果的に自分を変える機会を得られたのかもしれない。前々からばくぜんとしたけん感を暗殺にいだいていたのだ。とにかく今はまだ、少しでも前向きに考えよう。


 一度吹っ切れると後は早い。

 もしかすると心の傷から目をらすための自己防衛かもしれないが……まあ、それでもいい。

 これからは自分自身がなつとくできる生き方をしたい。心と身体からだかいしないような生き方を。

 それに知らない他の世界のことを知りたいとも思う。生きていくためにはどうしてもお金が必要だから、どこかの街で働きながら。

 できればこれまでつちかってきた技術をかせる仕事をしたいけれど、俺が「やりたい」と思うものの中で何があるだろうか。

 一気に広がっていく無数のせんたく。まだ幼い頃はこんな風に、よく様々な可能性や人生に思いをせたものだ。十六になった今、長らく忘れていた久しい感覚によって名状しがたおもいにられる。

 だけどそうだな……すいみん不足の状態で大切な考え事をするのは良くない。らしい考えだと思ったものでも、ひとねむりしてから思い返すとたいていそこまでではなかったりするものだ。

「とりあえず、どこかで睡眠をとって──あっ、そういえば……」

 その時、か不意に、先日祖父がしていた話がのうをよぎった。

「確か……『オイコット王国でになるためのいつぱん試験が行われる』って」

 それは日常会話の中での何気ない話題の一つだった気がする。今となっては何故その話になったのかもくわしく思い出せない。だが、祖父は確かに、年に一度の試験の時期だと話していた。

 あの時は俺の心を特別深くとらえるような話題ではないとしんけんに聞くこともなく、その後も振り返ったりはしなかった。……しかし、そうだ。思い出した。

 今は亡き父さんが、幼い頃に読んでくれた騎士の物語。そこに登場する人々を護る騎士に、俺はあこがれていたじゃないか。どうして忘れていたんだろう、あんなに強く憧れていたのに。


 ──これだ。やりたいことは、心のふたを開けてすぐの場所にあった。


 馬鹿げた殺しをしたことはない。胸を張ってそう言えるが、これまで送ってきた人生は誰かの命を奪うものだった。

 これからは人を護る〝騎士〟になってみるのも良いかもしれない。培ってきた技術を活かせることもあるだろうし、知らない世界のことをたくさん知ることもできるだろう。ぴったりだ。

 オイコット王国は大陸の東に位置し、広大な領土を有する大国。

 騎士たちは非常に高いレベルにあるという。

「今から向かって試験に間に合うか分からないけど──とにかく、行ってみるか」

 思い立ったが吉日だ。決断を下したら行動は早いにしたことはない。

 眠い目をこすり、俺は大急ぎで王国を目指すことにした。

 やっぱり、るのは後回しにしよう。


◆ ◆ ◆


 オイコット王国。

 その都は活気に満ちていた。

 はばの広いかいどうにはいくつもののてんが立ち並び、往来にはあふれんばかりの人々の姿がある。

「あの……すみません?」

 そんな王都で俺は今、騎士になるための入団試験──その受付会場にいる。

 受付のピークは去り、すべり込みの受験者の姿がちらほらと見えるだけだが、どうにかしめきり時間には間に合ったようだ。グッジョブ、不眠不休!

「あのー」

…………

 しかし。

 十個以上ある窓口のうち、唯一対応中でなかったここに来たわけだが、声をかけても一向に青髪のうけつけじようは反応してくれない。机にひじをついて、ただぼうっとしているだけだ。

 気のけた顔でどこか遠くを見つめている。

「えーっと……」

…………

「受付! いいですか?」

「……? っ!? あっ、ご、ごめんなさい。もう終わりとばかり……気を抜いちゃって」

 顔の前で手を振りながら大声を出すと、ようやくかのじよんだ空色の瞳に俺の姿が映ったらしい。ハッとしようてんが合うと、おどろきの表情で勢いよく肩をねさせた。

 どうやら、本当に俺がいることに気付いていなかったみたいだ。

 彼女はていねいな口調で謝罪を述べると、それからテキパキと登録手続きを行ってくれる。

 別に意識的に気配を消しているわけでもないのに、あそこまでしないと存在をにんしきされないなんて……。きっと多くの受験者を相手にして、相当疲れているんだろう。決して俺のかげうすいとか、そんなことではないはずだ。多分。

「では、受付は以上になります。こちら、受験番号です」

「ありがとうございます。お仕事お疲れ様です」

「あっ、おづかいありがとうございます。それよりも、えーっと大丈夫ですか? その……」

 番号が書かれた紙を受け取り、さっそく試験会場に向かおうとしていると。

 改めて俺の全身をながめた受付嬢が、最後に声をかけてきた。

がんりすぎて、をしないようにお気をつけください」

「えっ、あ……あぁ、はい。ありがとう……ございます……?」

 身を案じられているようなその言葉に、思わずが疑問形になってしまう。おそらく参加者全員に言っている言葉なんだろうが、もしかしてそんなに危険な試験が待っているというのか?


 ドーム状の会場内に入ると、そこには数十のいしたいがずらりと並んでいた。

 それぞれ百人前後の受験者たちが、その上で試験の開始を今か今かと待っている。

「すごい人の数だなぁ……」

 道中で立ち寄った食堂でたまたま耳にした話によると、この試験には各地からつわものたちがつどうらしい。最終試験でほうじんき込まれた道具──どうを用い、危険人物かそうではないかを確認することができるからこそ、王国はこの一般試験を設けられたという。

 オイコット王国ならではのこの試験制度は、国家の戦力の柱となる騎士が──他のほとんどの国でそうであるように──通常、騎士学園を経てからではないとなることができないとされているなか、一人でも多くのゆうしゆうな人材をこの国に騎士として引き入れることを可能にしている。

 これが結果的に広大な領土を治める力となり、王国を大陸でも有数の大国にしているわけだ。

 俺も他の受験生たちと同じように、用意されていたぼつけんを手に取り受験番号で割り当てられた石舞台に上がる。そして周囲を観察しながら試験の開始を待っていると。

「──おっと」

「んあ?」

 突然、背後から誰かにぶつかられた。

 振り返るとそこにはスキンヘッドのガタイが良い男がいた。近づいてくる気配からして、当然避けてくれるとばかり思いこちらから動きはしなかったのだが……。

「おい、なにっ立ってんだよ!?

「ああ……すまない」

「はっ、見るからに弱そうなガキだぜ! 細えしまるでがねえ」

 男はいきなり高圧的な態度でってくる。

 俺が呆気に取られていると、それをどういう風に取ったのか、腹をかかえて笑い出す男。

「ぎゃははっ、何ビビってんだよ!」

 そして指をボキボキと鳴らし、周囲に聞かせるようにわざとらしく声を張り上げると、俺の肩を乱暴に叩いてきた。

「自信がねえなら来んなよな……ったく」

 これは……面倒な人にからまれてしまったな。

 でも、おかげで思い出すことができたから、まあ良しとしよう。仕事のきんちよう感を持たずに外に出るのが久しぶりだったから、ついうっかりしていた。そういえば暗殺者は自分でも気付かぬうちにくせで存在をはくにしてしまうのだ。

 だから一般の人と接する時は、意識的に気配を強めないといけない。そう父さんから教えられていたのだった。でないと俺がいることに気づいてさえもらえないからと。

 この男や──受付の彼女のように。

「一般わくはなぁ? 実力があるやつが受けに来んだよ……俺みたいにな! は怪我する前にお家に帰って、学園に入るためにお勉強するこった」

 男はそう言って、わざと俺に肩をぶつけ石舞台の中央へと消えていく。

「ぷっ……あいつ、言い返すこともできないってか」

「ありゃビビって動けないんじゃないか? 俺たちの組はライバルが一人減ったな」

「ふん、みっともない。立ち向かうことすらしないあのような精神で、騎士が務まるか」

 それにしても周りの人たちもみな、かなり自信があるらしい。見るからに体が大きい者ばかりで、口々にあざわらい、見下した目を俺に向けてきている。

「はぁ……仕方ない。やる気があるってことで好意的に受け取っておくか……」

 試験を失格になるかくけんをする気はさらさらないので、俺はじようだんめかして小さくつぶやいた。


 不本意な視線にさらされしばらくすると、高い台になった場所に男性試験官が現れた。

「──受験生諸君ッ! これより試験を始める!! 一次試験の内容は至ってシンプル。そのとう台の上で戦い、場外に飛ばされるかダウンした時点でそつこくだつらく。各台最後まで残った十名が二次試験へとこまを進めるッ!」

 それからされた説明によると、他にも優秀な者は追加合格となる可能性もあるらしい。

「どのようなわざを使っても構わないが、もちろん相手を死なせるようなことはないように! の設備は整えているとはいえ、殺害は断固として許さん! また試験を乱す者はようしや無く失格とする。以上、最低限のルールを守り、各自全力をくせ!! では、開始の合図を待たれよ!!

 説明を終えた試験官が後方に下がっていく。誰もが口をつぐみ一時せいじやくに包まれていた会場内は、段々とそうぞうしさを取り戻していった。

 先ほどの説明からすると、つまりこの一次試験で最優先すべきことは──試験官にアピールしながら残ること。

 例えばグループにあつとう的な強者が八人いて、次にきつこうした実力の者たちが五人いた場合、全員がじゆうぶんに試験官に力をアピールできていれば五人とも合格となり、一組から十三人の合格者が出る。

 十パーセント前後の合格率を少しでも上げるためには、格下を派手に倒すに限るというわけだ。

 だから、そう理解した者は──準備運動をしている俺に当然のように視線を注いでくる。

「そりゃそうなるよなぁ……」

 ギラギラしたものを見るような目つき。これは完全にねらわれているな……。

 先ほどの男との一件から俺をえらく弱いと思っている連中が、実力をアピールするためのかつこうの獲物として見てきているのがわかる。

 たがいに表面上の実力をしていることを前提に考えると、俺が記念受験者程度の弱いやつだとかんちがいされることに無理はない。こちらだって相手が弱そうでも油断は禁物。彼らは皆、各地から集まったうでまんたちなのだ。

 気配を消して逃げ回れば、もしかすると戦わずして最後の十人に残れるかもしれない。

 だがしかし、複数人に狙われたからといって、勝負を避ける気にはなれなかった。

 二次、三次と続く試験に備え、俺は真っ向からいどむつもりだ。全力でめに出る。

「へへっ、景気づけにお前は俺がいただくぜ。安心しろ、骨折程度で済むようにしてやるからよ」

 気配を薄くしすぎると試験官にアピールができず、それでいて自分よりも強いやつが十人いたら困る。その辺りは気をつけないとな……などと考えていると、スキンヘッドのくだんの男がこちらに戻ってきた。

 であればあるほど、実力を測られないように対策はしているはず。

 一見そこまで強そうには見えないこの人物にもけいかいおこたれない。

 むしろ、こういう奴にこそ注意が必要だ。

ただいまよりオイコット王国騎士団、第一次入団試験を開始する!! それでは、始め──ッ!

 その時、とうとつに会場内に試験開始を告げる合図がひびいた。

 目を向けると、先ほど説明をしていた試験官が再び高い台の上に姿を現し、魔導具をかかげブザー音を鳴らしている。

 スキンヘッドの男に気を取られ、突然試験が始まってしまったが……特に問題はない。

 準備は整っている。俺はまず初めに周囲を見回した。

 さつそく駆け出しめに出る者。それに便乗してかつやくしようとする者。きよを置き、相手の強さを測ろうとする者。全員がそれぞれの考えのもと、それぞれの行動を始めている。

 そんな中、十人前後の受験者たちが俺の周囲にポジションを取っていた。

 まずは彼らをどうにかしないとな。

 突っ立っているだけでは何も始まらない。

 自分を狙う敵が複数人いるのだから、こちらのペースで動き、自由に攻めていくべきだ。決して相手に合わせるのではなく、自分が中心の戦い方をしよう。

 調子を確かめるように俺は全身の力を抜き、何度か軽くジャンプする。

 そうして──修練で身につけた特殊な方法を使い、ちょうど良いあんばいで気配を薄くした。

「な……ッ!?

 すると、我先にと俺を狙っていた連中が一様に目を見開きぜんとした。

 当然、全員が全員驚いた表情をするわけがない。

 この中のうち、どれくらいが演技をしてさそってきているのか……。

 もちろん、この程度の気配の薄さならオイコット王国の騎士である試験官たちには見破れるレベルだろう。活躍しても評価されない、という最悪の事態はおとずれないはずだ。

「おいッ! あいつどこに消えやがった!? クソッ、どうなってやがる!!

 俺を自分の獲物だと主張していたスキンヘッドも取り乱している。

 見た目とは違って、かなりの演技派だな。ごく自然なこんわくっぷりだ。

 けれどまあ、あんなに息巻いていたんだ。

 俺が気配を薄くしたのを見てとつに頭を使ったのだろうが……あれは完全にわな確定だな。

「ふぅ──じゃ、行くか」

 周囲の観察を終え、気を入れ直した俺は希薄な存在感のまま駆け出した。

 運良く周囲にはあまり強い者がいなかったようで、簡単に背後を取れてしまった。

 俺は小回りのきく手刀を振り下ろし、移動しながら一人、二人、三人と気絶させていく。

「お、おいおいッ!? なんでいきなり倒れて──」

 敵の数を減らしていく中、リアルな演技で絶賛とうわく中のスキンヘッドの背後にも回り込むことに成功。役者になることをすすめたいくらいの演技に、思わず本気でまどっているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

 に、してもだ。

 あまりにもあっさりと背後を取れたが……いや、そうか。

 この男はいちげき必殺を狙っているのかもしれない。

 後ろからせまる俺を「決まった」と油断させ、そこから最小限の動きでうでつかみ背負い投げ。石舞台に叩きつけたところで木剣を使い一気にとどめをす、という手もある。

 ずいぶんと舐められたものだが、思わずのどが鳴ってしまう。

 ならば、これならどうだ!?

 俺は警戒を高め、手刀ではなく木剣を振り下ろすことにした。

 その時、ふと受付嬢が最後に見せた表情を思い出した。

 あれが受験者全員に言っていた言葉だったとしたら、あの表情はあまりに真に迫っていたように思う。やはり、俺の何かが気になって最後に一言、声をかけてきたのではないか? 試験に怪我の危険がある──それだけではない何かが。

 じゃあ、受付嬢があそこまで心配してきた理由とは何だ? 俺の気配が薄かったことが原因とは考えにくい。すると最も可能性があり、つじつまが合いやすいのはやはり──この入団試験に身の危険があるということに帰着するのだが。この調子だと一次試験がそこまで危ないものだとは思えないので、この後に待つ二次、三次試験が命を落とす可能性があるほどのものなのか……?

 試験内容のしようさいを事前にあくするひまがなかったとはいえ、こんなことになるのなら受付嬢から簡単な説明だけでも受けておくべきだったな。ああ、答えが気になる……。

 い、いや、何を考えてるんだ俺は。

 今はそんなことよりも目の前の相手に集中しなければならない。

 じやな思考をはらうため、ここまでわずかコンマ数秒で辿たどり着くと──。

 木剣はより一層美しく、鋭いどうえがいた。

 そして、次のしゆんかん


「──ぶぐぅはっ!?


「えっ」

 何のていこうもなく首筋に木剣が直撃し、男はひざからくずれ落ちたのだった。

…………あれ?」

 騎士を目指す若き強者たち。

 その彼らが、白目をいて倒れているこれなのか?

 今しがた目の前で起きたことに、ついさきほどまでのスキンヘッドのように困惑してしまう。

 と言っても自分でやったことなんだが、あまりにも……その、予想外の結果すぎて。

「いやいや、今は試験中だ。と、とにかく無駄な思考はよそう……!」

 俺は混乱をかき消すために考えることをほうした。

 気配を消し、次に誰かに察知されるまで木剣はもう使わないでおこう。そう決意し、体を動かし続けることにする。


 しかし結局、誰にも察知されることなく簡単に背後を取れる参加者たちの間を駆け抜け、一陣の風のように最高速度で手刀を連発。

 そして気がついた時には──台上に立っているのは俺だけになっていた。


◆ ◆ ◆


「……だっ、第十八グループ。そ、そこまで!」

 グループをかんとくしていた試験官がそう告げると、早すぎる試験しゆうりようの合図に周囲の他のグループや試験官達の動きがいつせいに止まった。

 だいにざわつきが広がり出す。

「おい、あのグループ……何があったんだよ……」

「あっ、あいつが。あのはくはつが全部一人でやったのか!?

「ひょえー、別の組でマジで助かったぁ~」

 それからしばらくして俺の近くに数人の試験官が駆け寄ってくるまでの間、俺は他のグループからの注目に視線を落とし、ひたすらえるしかなかった。

 順次試験が再開されていく中、近くにきた試験官に声をかけられる。

「こ、これは君が?」

「えっと……はい」

 やらかしてしまった。

 どうせ数人しか倒せず、すぐに木剣を使ったやり取りに移るだろう。

 そんな風に考えたのが間違いだった。

 まさか今までたいしてきた人たちと、こんなにレベルの差があるなんて。

「参ったな……私たちもこんなことは初めてでね。『一瞬で全員が倒れていった』と聞いたんだが、一体どんな魔法を使ったんだい?」

「いえ、魔法は使ってません。ただ……その、手刀でダウンさせることに集中してしまって……」

…………そっ、そうか」

 この人が一番せんぱいなのだろう。代表して声をかけてきた試験官は、それきり黙り込んでしまう。

 気まずい空気が流れる。

 何しろ、今回の試験は石舞台の上に十人の受験者が残ることを前提としたものだ。定められた制限時間などはないとはいえ、これは騎士団が良い人材を得るために設けた機会である。

 の実力差を見誤るという情けない事態に冷静さを失い、結果的に俺はその試験をらしてしまった。たとえ能力面を認められたとしても、選ぶ側の騎士団にも、参加していた他の受験者たちにもめいわくをかけてしまったからな。

 もしかすると──いや確実に、これは失格になるだろう。

 なんとか他の受験者たちだけで再度試験を行ってもらえないだろうか。

「──いやぁ~、いいものを見させてもらったよ」

 自分の行いをもうせいしつつ、これから自分がすべきことを考えていると、突然後ろから声がした。

 振り返ると俺よりも年下に見える金髪の少年がいた。

 ねんれいは十二歳くらいだろうか。

 ひとなつっこそうなみを浮かべているが、そのやまぶきいろの瞳はじんじようではない何かを感じさせる。

 一瞬、反射的に身構えそうになった。しかし羽織っている真っ黒のブルゾンには、オイコット王国騎士団のエンブレム。

 ……この人も騎士だ。

「でも、残り十人になった時点で試験は終了なんだから、これじゃダメだよ。最低限のルールを守れないようでは失格になる、そう説明されてただろ?」

 こちらに近づいてくる少年に、周りにいた試験官のうちの一人が声をあげる。

「おい! どこの所属かは知らんが、一次試験は我々のかんかつだぞ!! 勝手に口出し──」

「ば、馬鹿ッ。つつしまんか! お前、この方を……ぶ、部下が失礼いたしましたッ……!

 すると俺に話しかけてきていた男性が少年をとがめようとした試験官を制止し、勢いよく頭を下げた。青ざめた表情の先輩と、何が何やらといった様子の後輩。

「いやいや、そんなにかしこまらないでくれよ。僕は全然気にしてないからさ。大丈夫、大丈夫」

 少年は軽く手を挙げると、再び俺に顔を向ける。試験官たちから一様に強い安堵が伝わってきた。

 どうやらこの少年、なかなかにえらい人物だったらしい。

 それよりもだ。わかってはいたが、やっぱり失格かぁ……。

 お偉いさんに言われたとなったからには、もう間違いないだろう。確定だ。

 俺は試験を台なしにしてしまった申し訳なさ半分、やらかしてしまったこうかい半分で何も言えない。

「と、いうわけで。この少年は僕が預かるよ」

「え……? も、もちろん構いませんが……それは、つまり」

「うん。つまりそういうことさ」

 結局、試験官と少年が話をして、俺は少年に引き連れられ会場を後にすることになった。

 周りの試験官たちが何やら俺の方を見てさわいでいたけれど、ここを出たら別の仕事を探さないといけない。

 そう思うと、周囲の言葉は全て右から左に流れていった。


◆ ◆ ◆


 ──で、俺は何故か今、きよだいな建物の前にいる。

 えっと……何がどうしてこうなったんだ?

「ここが騎士団本部だ」

「え?」

「まあ、うちは小規模だし、面倒な上下関係もないから。これから気楽によろしくね」

「え?」

「うちはひめさま直属の新設の騎士団でね……団員は全員、こうやって僕がスカウトしているんだ」

「……え?」

 困惑する俺をよそに、建物の中へと足を進める金髪の少年。

 あわてて後を追うと、王都の中心地にある一区画まるごとをせんきよした騎士団本部の中は、三階まで吹き抜けになっており各階でせわしなく働く人々の姿が見えた。

 中央には魔力昇降機エレベーターが三つもある。

「どうだい? なかなかそうかんだろう。ここまで大きい建物は世界でも数えるほどしかないからね。といっても、ここも二年前に完成したばかりだけど」

 俺が巨大なせつに舌を巻いていると、立ち止まった少年はどこかまんげに振り返り、ニヤリと笑ってそう言ってきた。

 確かに、これはすごい。

 大きさだけでなく世界でもまだめずらしい魔力昇降機エレベーターがあるだなんて。

 それも三つもだ。この国の力と、その中で騎士団が有する多大なえいきようりよくうかがえる。

 しかし──。

「すみません。それよりもさっき言っていたのって……」

「ん? さっきかい?」

「はい。あの……スカウトがどうたらって」

「ああ、それのことか! あれ、話は──いや、まあ今は細かいことは置いておくとして、それよりもだ。いやぁーこれはすまなかったね、僕一人で勝手に話を進めてしまってさ」

 少年は顔の前で両手を合わせると、まゆを八の字にしてみせた。

「とにかくだ。僕はオイコット王国第六騎士団、団長のジンだ。残念ながら試験は失格になってしまったことだし、ぜひ特別枠のうちに来てくれないかい? ってことさ」

「……え。あの、それってつまり」

「うん。君さえよければ、うちの第六騎士団に入団できるってこと。試験を受けていたくらいだし、騎士になりたくないってことはないんだろう?」

「っ!? も、もちろんうれしいお誘い──って、だ、団長ですかっ!?

 あまりにあっさりと言われたものだから、つい流してしまいそうになった。

 だが、このジンと名乗った少年の口から〝団長〟の二文字が出たのは間違いない。

「まあ一応ね。本当に小規模な騎士団だから、偉くもなんともないんだけど。他の団とは違って、ただのおかざり──雑務担当の役職名に過ぎないさ。はぁ、いっつも団員からは面倒事を……」

「あっ。な、なんかすみません……」

 団長と聞きびっくりしてしまったがために、いらぬ心理的ダメージを与えてしまったみたいだ。これ以上、この話をふかりするのはやめておこう。

 俺のせいで重い足取りになったジン団長に続き、魔力昇降機エレベーターに乗り込む。

 もうオイコット王国の騎士になるチャンスはないと思っていたから驚いたな。

 まさかこんな幸運にめぐまれるなんて。不幸中のちよう幸いだ。

「それにしても気配の消し方──魔力せいぎよ技術には目を疑ったよ」

 扉が閉まると、気を取り直した様子のジン団長が感心したように俺を見上げた。

 聞くと、試験を見ていた彼は気配を消して暴れ回る俺を目で追っていたらしい。

 さっきの今で、すでに思い出したくもない忌々しき黒歴史になっているが、あれのおかげでスカウトされたと言うのなら、少しは救われる……かもしれない。

「君のあの技術を見て確信したね、しい人材だと。だから僕としてはぜひ、えー……」

「あ、すみません。申しおくれました。テオルと言います」

「うん、テオルには入団してもらいたいところなんだけど、改めてどうかな?」

 当初の望み通り、興味のある職業にけるのだ。

 この上ない話である。安定した収入も確保でき、幼い頃の憧れだった騎士になれる。

 もちろん、断る理由などどこにも見当たらない。

「ぜひ、よろしくお願いします!」

「良かった。よし、じゃあよろしく。っと、その前に一つだけお願いがあるんだけど……」

 人生の新たな門出に胸をおどらせていると、ジン団長は人差し指を立てた。

 同時にチーンと音が鳴り、魔力昇降機エレベーターの動きが止まる。

 扉が開くとそこは、魔法しようへきかべが強化された──人気ひとけのない地下訓練場だった。

「他にいる三人の団員のうち、今日来てた一人が新しく誰かを入れるのは反対だって言ってね。納得させるために彼女と手合わせをしてほしいんだ。僕の見立てではテオルなら大丈夫だと思うけど、念のために実力をろうするってことでさ」

 魔力昇降機エレベーターを降りると団長はただ一人、訓練場の中央で腕を組んで立っている少女に目を向けた。

 こしまでびた青髪に同色系統の瞳、整った顔の美しい少女。年は俺と同じくらいで、スラッと伸びたたいに、強い意志を感じさせるまなしが印象的だ。一見冷たい印象を受けるが、世に言う美少女に分類され──なんかめちゃくちゃ睨んできてないか?

「あれ。あの人……」

 鋭い刺すような目つきは置いておくとして、見覚えがあるような気がする。

 強い感情をはらんだ目力を除けば、どこかで会ったことがあるような……。

 彼女の下へと進む団長の後に続き、訓練場中央へ行く。

 すると腰に手を当てた少女は、眼前にやってきた団長にぐいっとめ寄った。

「ジン! いきなり団員を増やすって出ていって一体どういうつもりよ!?

「仕方ないじゃないかリーナ。急に良い人材を得られるチャンスが来たんだからさ。まったく……あいつももっと早く教えてくれたら良いのに。ほんと、困ったものだよ」

「っ! 団員は四人で決まり。あんた、前にそう言ったわよね!?

 リーナと呼ばれた少女は、それから辺りをぐるりと見回し、いぶかしげにまゆを寄せた。

「それで──結局、誰も見つからなかったってことでいいのねっ?」

「いや、もちろんいつざいがいたよ。君も見たら絶対に納得すると思うんだけどなぁ」

「なっ……何よそれ! そんなの私がこの目で見てから決めるわ! で、そいつはどこよ!?

 団長はひようひようとした態度で楽しそうに話しているが、どうやら俺はあまりかんげいされていないらしい。面倒なことになりそうだったのでつい気配を消してしまっていたので、意識的に存在感を強める。

「──ここだ」

「ひぃっ!? なっ、なによ!? あ、あああ、あんたっ。今、どこから! ──って」

 彼女には突然、俺がどこからともなく現れたように見えたのだろう。

 びくりと跳ね上がると、顔を引きながら目を丸くした。

 そうして目が合うとすぐに、リーナはハッとした表情に変わる。

 口調や態度など、受ける印象が正反対だったので他人の空似──はたまた対照的な双子か何かだと思いたかったが、この反応……やっぱりそういうことか。

「あぁー!! あ、あんたっ、あの記念受験の!!

「あれ? 君たち知り合いかい?」

「私が受付の手伝いをしてた時に来たのよ、こいつが! 迷惑この上ない受付時間ギリギリに」

「……団長、一応そういうことです。……はあ、やっぱり同一人物だったのか。顔つきもことづかいも全く違うから別人だと思ったんだけどな……」

「何よ!? せっかく人が頑張って猫かぶってたっていうのに! あれでも仕事だからあい良くやれってことで努力してたのよ!? なんか文句あるっ……!?

 そう。団員だと言う彼女──リーナは俺を担当してくれた受付嬢、その人だったのだ。

 本人が言うようにあの時は猫を被っていたらしく、受ける印象がまるで違う。

 口の動かし方ひとつ取っても別人のように思える。

 とはいえ、あの時は俺のことを〝記念受験〟だと思っていたらしいが、業務とは別に怪我をしないようにと心配してくれたのだから決して悪いやつではないのだろう。

「ははっ、結構気が合ってるじゃないか」

「「いや、どこが」」

 揶揄からかうような団長のセリフに、リーナと発言が被った。

 顔を赤くして、ぎろりと睨まれる。

「ほら、やっぱり。で、リーナ。君が手合わせに勝ったら入団は認めないと言うんだろう?」

「もちろんよ! なんでジンがこいつを買っているのか知らないけど、弱い奴はうちにはいらないし、と、とにかく! 私は団員を増やすのに納得がいかないのよっ」

「わかった。じゃあ約束通り、新たな団員をむかえ入れられるかどうかは君との手合わせで決めよう。その代わり、君が負けた場合の反論はなし。団員同士には仲良くやってもらいたいから、当分の間、テオルにいろいろと教えてあげる指導係になってくれ」

「ふんっ、まあ細々した条件は別にいいわ。万が一、私がこの弱そうなのに負けた場合の話なんて。ほら、さっさとやって入団を取り消すわよ」

 ジン団長とリーナが次々と話を進める。

 なぜ彼女がここまで俺の入団をいやがるのか。

 いまいち判然としないが、とにかくだ。

 手合わせに勝利し、リーナを納得させられなければ入団はできないということらしい。

 団長は俺なら大丈夫だと思っているみたいだけれど、一対一の手合わせ──相手と面と向かって戦うのはそもそも俺の領域ではない。

 それにリーナはこの国の騎士だし、立ち姿から感じるオーラからもかなりの強者と見て間違いはないだろう。かくされることのない剝き出しの覇気に、腰にたずさえているさやから感じるぼうだいな魔力。

 果たしてできるのだろうか。

「テオル、頑張ってくれよ?」

「……はい。頑張ります、全力で」

 不安は残るが、決意を固め俺はリーナと一戦を交えることになった。

 騎士になるため、入団するために必要なことなのだから持ち合わせている力を使って全力で勝利をもぎ取りにいくしかない。

 一度はやらかし、試験を失格になった身だ。

 存分にチャンスを活かすとしよう。


◆ ◆ ◆


 一通り準備を終えると早速距離を取り、俺たちは他に人がいないこの訓練場で手合わせを始めることになった。

「よし、じゃあ始めようか! 二人とも準備はいいかい?」

 しんぱんを担当するジン団長が、俺とリーナの中間に立ち意気ようようたずねてくる。

「はい」

「ええ、いつでもいいわよ」

 返事をするとどこかワクワクした様子で、団長が挙げた手をばやく振り下ろした。

「では、始めッ──!!

 勝負、開始。

 そのせつ、リーナのまとう空気が変化する。

 腰に差した鞘から抜いたのは、美しくもあやしい刀。

 黒い刀身を光らせながら、まがまがしい膨大な魔力を発しとつぷうを巻き起こす。

けつしんこうけん──〈あんこくどう〉!」

 リーナは刀を持ち上げ指を小さく切ると、刀身に自らの血液を伝わせ、ゆっくりとまぶたを閉じる。

 ごうごうと鳴り響く風の音。

 れた刀は赤黒く変化する。

 うわさに聞いたことがあった。神になった太古のおにを降ろし、圧倒的なまでの力を得ることができる刀術があると。……おそらくこれが、その刀術だ。

「一瞬でわからせてあげるわ。あんたが実力不足だってこと」

「っ!?

 次の瞬間、リーナが目を開けると透き通った青だった瞳が真っ赤に染まっていた。

 そしてそのいろが今、俺の目と鼻の先に迫っている。

 予想外のパワー型。強化された肉体の、ふざけたきやくりよくが可能にした超高速移動。

 単純な力でり出される技は、たとえどんなものであろうと注意が必要だ。

 鹿しようじきに正面からやり合おうとするのは得策じゃない。

 そう判断し、後方にんだ俺は瞬時に得意の魔法を展開する。

「闇魔法〈存在いんぺい〉」

 すると何もなかった俺の背後の空間にとつじよとして闇が出現。

 宙に浮く深い闇は、大きく口を開き俺の身体をがぶりと飲み込んだ。

 そして極限までその存在感を薄くしてくれる。

「──!? 消え……た?」

 目をみはり、足を止めるリーナ。

 それもそのはずだ。入団試験でも使った魔力制御とこの闇魔法〈存在隠蔽〉を二重使用し、俺は現在かんぺきに気配を消している。

 リーナには突然、俺が目の前から消えたように見えただろう。

 彼女は刀をにぎりしめるとたんに周囲に目を走らせ警戒し始める。

 俺はそんな様子を、ゆっくりと歩きながら観察していた。

 身体が闇にみ、存在が希薄になっていく不思議な感覚。

 意識を深いどろぬましずめていくイメージだ。

 ……よし、ハマった。

 こうなってしまえばもう、いくら動いても風を切る音すらせず、たいがいの相手には看破されない。それは世界から俺の存在が完全に消失したことと同義。言ってしまえば、ゆうれいも同然の状態だ。

「おーこんなことも……。凄いなぁ、本当にいなくなったみたいだ」

 きんぱくした空気の中、審判を務める団長の感心したような呟きが聞こえてくる。

 幼い頃から父さんにまれた気配の消し方。

 これのせいで叔父のゴルドーたちになんくせをつけられた。

 何もできない。仕事をサボって逃げ出した、と。

 けれどまあ、これでも一応自信がある俺の立派な特技の一つである。

 同業者からも見破られないくらいの。

「あいつ……どこいったのよっ!?

 リーナは刀を正中線に構え、僅かなあせりを見せながら四方八方に体を向けている。

 この様子では暗殺者との戦いに慣れてはいないようだ。

 だが、すぐに打開の一手を決めたのか、表情から焦りが消え失せた。

 冷静ちんちやくに、ペースを乱さず着実に接近して行っていた俺はそこでぴたりと足を止める。

 ──その時。

じゆつけん……〈ものさびり〉ッ!」

 勢いよく彼女が刀を横いつせんに振り、回転した。

 全方位に円形のざんげき──魔力によって飛ばされた剣撃が広がるように飛んでくる。

 とんでもない速度にきつな予感。

 リーナが放った未知のこうげきに、「よっと」とタイミング良くちようやくしている団長と同様に、俺は高く跳んでかいすることを選んだ。

 しかし。

「連撃ッ!」

 リーナもまた、垂直に高く跳びながら先程の斬撃を何度も飛ばしてきた。

 空間に生じたいくそうもの斬撃は、訓練場内の空間をめ尽くすように広がる。

 そして例にれず──今、俺の下へもたつしようとしている。

 くそっ、ここまで連発できる技だったとは……。

 完全に予想外だ。あまく見ていた。

 彼女のごわさはかなりのものだ!

「闇魔法〈しんえんけん〉」

 体をひねりなんとか全ての斬撃をかわそうとしたが、最後の一つは厳しかった。

 いくら気配を消していても、攻撃にれると流石にバレてしまう。

 だからこの手は避けたかったけれど、仕方がない。

 何もない空間かららめくしつこくの剣を取り出し、俺は迫り来る斬撃を打ち払った。

「見つけたわ! ──そこッ!! じゆつけんいんいんめつめつざん!!

 リーナが視界のはしで起きた事象をのがすことはなかった。

 すさまじい反応速度で、すぐさま次なる技が繰り出される。

 彼女の声が耳に届いた直後、俺はハッと息をんだ。

「……!?

 さらに速度とりよくが上がった斬撃が、すでに眼前にあったのだ。

 ここまでの相手は久しぶりだ。技の構成から何まで、おそらく並の剣士や魔法師が十数人束になって挑んでも彼女にはかなわないことだろう。素晴らしい。

 入団できるように頑張るのはもちろんだ。

 しかし、ただなおに楽しい。この壁を越えてみたいと。

 ギアをさらに一段階上げ、手に持ったしんえんけんで斬撃を払う。

 すると突如、なめらかな動きでせいかんだった斬撃が──変容した。

 いきなりのごうおんと共にもうれつばくふうに俺はおそわれる。

「ふんっ、これで終わりよ!」

「──なるほど……精神かんしようか!」

 この斬撃は他の物体と触れた瞬間にばくはつを起こすみたいだ。

 それと同時に、せつしよくした敵の精神をおかす効果を持っている。

 発現した白い魔力が身体にまとわりついてくる。

 魔力は精気を吸い、対象を混乱状態におちいらせる類のもののようだ。

 まったく、またかなり面倒な技だな……。

 パワーいつぺんとうではなく、繰り出される技はトリッキーときた。

 凄まじい勢いで精気を吸い出していく魔力への対応に追われ、爆発によって発生した暴風により吹き飛ばされた俺はそのままの勢いで壁に打ち付けられる。

「かは……っ」

 訓練場内は魔法障壁が張られ、施設がこわれないように保護されていた。

 だが──それが今、破れたのだ。

 背中に受けた魔法障壁を壊すほどのしようげきに、意識が遠のく。

 訓練場の壁は激しくかいされふんじんっていた。

「早く降参しなさい。このままだと最悪死ぬわよ?」

 勝利を確信したようなリーナの声がまくを揺らす。

 俺が負けを認め、彼女に技を解いてもらわない限り死に至る……か。

 体内にしんにゆうしてきた白い魔力によって俺の精神はむしばまれる。

 そしてやがて全身の筋肉はかんし、苦しみはつきようしながら死んでいくのだ。

 つまり現在、手合わせの勝敗だけではなく、俺の生き死にはリーナに握られている。

 ……そんな風に思っているんだろうな、彼女は。

 だから自信満々に降参を進めてきた。


 しかしリーナには悪いが、当の俺はつちけむりの中で立っていた。


「なっ……無傷!? そ、そんなはずは……っ」

 しんえんけんを振って風を起こし、視界を晴らす。

「もしかして精神攻撃無効化の魔導具……? いえ、確かに発動したごたえはあったはずよ!」

「それは、このしんえんけんに対して発動したんだ」

「……えっ?」

「これはあらゆる攻撃を引き寄せる効果を持った、ぼうぎよ特化型の剣──そして一つの生命体でもあるからな。精神干渉はこのしんえんけんに発動したんだよ」

 飼い慣らした、闇魔法に分類される俺の固有魔法だ。

 と、発動したはずの精神攻撃が剣に向かった理由を説明する。

「ちなみに迫ってきた攻撃をこの剣で切れば、威力をある程度までは完全に殺してくれる」

 できる限り避けたいが、正面対決になった場合はこれを使って策を練る。それが俺が最も慣れたせんとうスタイルの一つであり、今回初見の技に痛手を負わずに済んだ理由でもあった。

「はぁ? ちょ、ちょっと待って。なによ、それ……」

 だが、話を聞きリーナは明らかにげんになってしまった。

 自分では結構良い戦いができていると思っていたが、彼女には期待外れだったのだろうか。

 立ち回りが……悪かった?

 もしかするとしんえんけんの性能の話かもしれない。

 何しろ精神干渉を主とする攻撃だったためか、そこまで威力がなかった先程の彼女の一撃。

 あの倍の威力もあれば、しんえんけんは耐えきれずに簡単にかんつうされてしまうのだ。

「あ、いや。一応他にも念のために保険として──」

「そんなの、いくら戦っても無理じゃない」

 ……ん?

 言い訳がましいにも程がある。そう心得た上で少しでも認めてもらえるように他の技もアピールしようとしたら、リーナの口から出てきたのは予想外の言葉だった。

「え? あっ、あぁ……ん? いや、だからもっと威力の高い攻撃がきた場合は……」

「あーもうっ! さっきのが私の最大火力だって言ってるのよ!! だから、あんたに届く前にその剣にほうむられるって言うなら、どうしろってのよ!?

 リーナは地面をると、剣を鞘に戻し乱暴に頭を抱えた。

 膝から崩れ落ち、瞳の色が青に戻る。

 もしかして俺の気を抜かせるためのしばでは。そう疑うが、どうやらそうでもないらしい。

 彼女は乱れた髪でぐったりとうなれている。

 いまいちしやくぜんとしない終わり方だったけれど、俺の未熟さにおこっているわけでも失望しているわけでもない、ということはだ。

「あぁ……。じゃあ、俺の勝ちで……?」

「──ひ・き・わ・け! 私が降参してないんだから、引き分けよ! 入団も認めるし教育係もやるから、入団は今日じゃなくてまた後日にしてちょうだい! ね、それでいいわよねっ?」

 いや、なんでだよ。

 まあ入団を認めてくれるなら別にいいんだが。

 どうも発言の後半、「入団は後日」と言った部分が気になる。

 これはどうしたらいいんだ?

 目を向けると、こちらに歩いてきている団長もあやしむような視線をリーナに向けている。

 それに気がつきリーナはというと……あっ、目を逸らした。

「団長、こう言ってるんですけど……とりあえず手合わせは終了ってことでいいですか?」

「うん、そうだね。リーナももうこんな感じだし」

 念のために団長に確認をしてから、俺は発動していた魔法を全て解除することにした。

 まずは手に持っている漆黒の剣が消える。

 そして次に、俺自身ももやとなって消えた。

「へ? ジ、ジンっ……あいつ、また消えたわよ!?

「──いや、ここにいるぞ」

「きゃあっ!?

 いきなり後ろから聞こえてきた俺の声から逃げるように、またもやリーナは肩を跳ねさせ、今回はバタリと前に倒れ込んだ。

 何度も驚かせる形になってしまい少々の申し訳なさを感じるな。

「やっぱりそこにいたんだね」

「あ、団長には見破られてましたか?」

「いや。急に君が無防備に剣の説明をするものだからさ、これはもしかしてって思ってね。確信はなかったんだけど、最善はどこか考えていたから。でもやっぱり君の気配の消し方は凄いなぁ……あまりにどこにいるかわからなかったから、さっきまでいた君が本物だと信じかけたよ」

 相手が暗殺者の戦い方に慣れていないリーナ一人だけだったので、そこまで手の込んだ位置どりをしていなかったとはいえ考察だけで場所を特定されていたのか。

 かなり頭が切れる人だな。

 しかし、技術をめられるのはなんだかむずがゆい経験だ。

「な、何がどうなってるのよ……」

「リーナ。君がさっきまで話していたのはテオルが生み出したまぼろしじゃないかな。ちゆうまで僕もまんまとだまされていたから、場にいる全員が対象の少し変わった魔法なんだと思うけど……合ってるかい?」

 ぼうぜんとするリーナに解説をしてくれた団長が、俺に確認してくる。

「はい。会話で時間をかせいで視野外から一撃で決めようと思っていたので」

 あの時、俺はしんえんけんでリーナの斬撃を払うと、爆風によって実際に壁に打ち付けられた。

 だがしんえんけんった彼女の攻撃が精神干渉系だと分かった瞬間、この次の一手が攻めに出る絶好のチャンスになるのでは、そう睨んだのだ。

 壁にぶつかり背中は痛かったが、土煙の中で手印を結び〈げんそう演劇〉という闇魔法を発動。

 周囲の一定はん内にいる全ての者に多種多様な幻を見せることができるこの魔法を使し、もう一人の自分を浮かび上がらせた。

 その間に再び気配を消した俺本人は、リーナの背後に回り込み彼女の気が抜ける機会を窺っていた──のだが、その前に手合わせ自体が終わってしまったからな。こうなったわけだ。

「は、はははっ……。な、なによ、それ……」

 リーナが顔を引きらせ、かわいた笑みをこぼす。

 そしてむしゃくしゃと立ち上がると、彼女は言った。

「あーもういいわ! 私の完敗で。もう勝手にしなさいよっ! こんな化け物、初めて見たわ」

「おおっ! ありがとう。じゃあ入団は……!」

「あ。や、やっぱりちょっと待って! じ、実は──」

「うん、問題なしってことでひとまず決定だね。じゃあ改めてテオル、ようこそオイコット王国第六騎士団へ。君も今日から僕たちと同じ騎士の一人だ。これからよろしく頼むよ!」

 リーナが敗北を認めてくれたことで、俺は無事、騎士になれることになった。

 口角を上げる団長の横で、何かを言おうとした青髪の少女。その姿は気がつくとなくなっていた。

 その後、事務室のような場所に移動し、団長に説明を受けながらもろもろの手続きを済ませていく。

 こうして、俺の騎士生活が始まったのだった。


◆ ◆ ◆


「──次の当主はルドちゃんに決まりね!」

 ガーファルド家の屋敷の一室。

 テオルの叔父であり現ガーファルド家当主のゴルドーは、妻のフレデリカと共にえつに入っていた。

 これでもう、兄のせがれで本来はちやくにあたるテオルはいなくなった。

 忘れ形見とでもいえる者が家を継ぐ可能性を排除し、なんとしてでも自分たちのむすあとりにしたい。ゴルドー夫妻は、これがガーファルド家の未来を考えれば当然の判断だと思っている。

 結果を見れば、策略は全て上手くいったと捉えられるだろう。

「ああ。もう何の心配もいらない。しかし、難しい任務に同行させた瞬間に逃げ出すとはな。あの邪魔虫の無能さを思い知り、親父もさぞ失望したはずだ。思いの外簡単に説得できたからな」

「それはもちろん、ルドちゃんたちが立派に育ったからこそよ! あいつとは違ってね」

「なんだ、そんなことは当たり前だろ? なんせ、あいつらは俺とお前の子供なんだぞ」

「うふふ。そうね、あなた」

 二人は笑みをわすと、ごうしやな部屋の中で高級酒をあおる。

「……に、してもだ。奴を追い出した途端に大きな仕事が入ってくるとはな。いい風向きだ」

「きっと、あいつのせいで私たちの運気まで下がっていたのよ! あの、いんさときたら」

 妻の言葉を聞き、ゴルドーはげんよく笑う。

 そう。テオルが家を出てからすぐに、新たに大きな仕事のらいが入ったのだ。

「はっ、何が『サポートはするが気に入らない殺しはしない』だ。簡単な仕事しかできない雑魚ぜいが、毎度毎度偉そうにほざきやがって!」

「本当よ。あの子たちの前では教育者面。私たちの前ではぜんを振る舞って本当に気持ちが悪い」

「あの不健康そうな顔を思い浮かべるだけで腹が立つな! まあだが、ひとまずこれで一安心だ」

「……そうね。暗にお義父さまもご理解を示してくださったのだし、これで私たちのルドちゃんがこうけいになることは確実だわ!」

 自分たちの子供をほこらしく感じる。

 今回受けた依頼の内容は、あるドラゴンをとうばつし秘宝を持ち帰るというもの。

 住処すみかせんにゆうし、察知されずに強力なドラゴンを暗殺する。

 決して簡単ではないが、この程度ならとルドとルウに向かわせることにした。

 ドラゴンなどの他種族の暗殺依頼も特段珍しいことではない。

 下調べを命じた使用人によると、これまでの二人の功績から考えるに問題はないそうだ。

「親父が死んだ頃に奴を戻してやるのもまた一興だな。もちろん、その時は雑用係として」

「ふふっ、もうあなたったら。あんなやつ、いくら使用人としてでもいらないわよ?」

「くくくっ、それもそうだな。奴にはああ言ったが元々使用人としてでも不要な男だ」

 ゴルドーは今回の任務の成功を信じて疑わなかった。

 子供たちがこれまで、自分たちの力だけで完璧に仕事をこなしてきたと思っていたから。

 テオルが裏でどれだけのサポートをしていたのか。

 何も出来ない〝邪魔虫〟とさげすまず、彼の言葉に耳をかたむけるべきだったのだ。

 現場をはなれ自分の利益ばかりを優先せず、冷静な判断を下して。

 今はただ、ルドとルウの帰還を心待ちにしている。

 悲劇が確実に、自分たちの下へしのび寄っていることも知らずに。