「テオル、お前は家から出ていけ。このッ……
ゴルドーは
「なんだその目は!? 気合いも能力もない──何もできないお前に、ガーファルドを名乗る資格があるとでも言いたいのか!? あァ?」
「……いえ、ただ理由を聞かせてもらえますか?」
ここで感情的になっても意味はない。
俺の家は祖父の代から始まった暗殺者一家だ。幼い
それからだ。数ヶ月間休みもなく、働き
今だって五日も
「はっ、自分で考えることもできないのか……まったく
「ですから、俺はサボっているんじゃなくて──」
「
ゴルドーが激しく
するとそれに続くように、周囲にいた従兄妹のルドとルウが
「ほんと困りますよ。こいつ、いっつも
「そうそう! 無能のくせに一丁前にビビっちゃってさぁ。マジでダサすぎでしょ」
彼らの仕事にはまだ粗が多く、一人前とは言えない。そのため俺が祖父から直々に
「年上だというのにまさか逃げ出すとはなッ。この
「いえ、だから何度も言ってますけど、俺はサボってるわけでも逃げ出してるわけでもなくて……二人が
危険すぎる障害の
ルドたちには
しかし、当のゴルドーは呆れたように首を
「はっ、またその見え
「
「さっさと出て行けばいいのに、見栄張って有能アピールとか……最後まで口から出任せばっかでキモいんだけど。ぷぷっ、使えない
親子
「……」
もう、この場で俺が何を言っても
後で祖父に相談して、ゴルドーと話をしてもらおう。
正直、人を平気で
だからこそ、現状にどこか不満を感じながらも反りが合わない叔父一家に強い態度で出ることはせず、
しかし、その前に。
せめて実際に目の前で気配を消してみせよう。
昔から気配を消すことは得意としていた。が、そのせいで俺がサポートに
その目で
「では、今から」
ほんの少しだけムキになって口を開いた、その時だった。
ゴルドーが俺の目を見て、ニヤリと笑ったのは。
「それと
「…………え?」
予想外の言葉に思考が停止する。目の前が、真っ白になった。
そんな俺を見て、ブフッと
そして。
「テオル、そういうことじゃ」
まるでタイミングを合わせたかのように部屋の
「これは一族の総意じゃからな。ゴルドーから話は聞いたが、暗殺者として使えない者に我が家で存在価値などない。──早く、出ていきなさい」
「い、いや……じ、じいちゃん……?」
いつもとは
祖父は目さえ合わせてくれず、
「ふっはっはっは。親父、賛同に感謝する! というわけでだテオル、さっさと
まだ
「そのときは命があるとは思うな? 親父に
人生においてたった一つの生き方──天命だと思った。
だからたとえ
これでは
「ひゃひゃっ。お
「それじゃ、さよなら。無能~さん」
「──あっ……え……」
部屋を出て行くルドとルウが、すれ違いざまに
心のどこかで「もういいか」と
俺はこうして、その日のうちに家を追い出されることになった。
◆ ◆ ◆
俺は険しい山道を下りながら考えていた。少しだけだが、落ち着きを取り
今まで暗殺に関することばかりやってきたので、他に得意なことは何もない。
個人で暗殺稼業を続けるという手もあったが、ガーファルド家に目をつけられるようなことは
それに生き
「情けないけど、いい転機かもしれないな……」
足を洗って人生を変えよう。自分には
家を追い出されて、結果的に自分を変える機会を得られたのかもしれない。前々から
一度吹っ切れると後は早い。
もしかすると心の傷から目を
これからは自分自身が
それに知らない他の世界のことを知りたいとも思う。生きていくためにはどうしてもお金が必要だから、どこかの街で働きながら。
できればこれまで
一気に広がっていく無数の
だけどそうだな……
「とりあえず、どこかで睡眠をとって──あっ、そういえば……」
その時、
「確か……『オイコット王国で
それは日常会話の中での何気ない話題の一つだった気がする。今となっては何故その話になったのかも
あの時は俺の心を特別深く
今は亡き父さんが、幼い頃に読んでくれた騎士の物語。そこに登場する人々を護る騎士に、俺は
──これだ。やりたいことは、心の
馬鹿げた殺しをしたことはない。胸を張ってそう言えるが、これまで送ってきた人生は誰かの命を奪うものだった。
これからは人を護る〝騎士〟になってみるのも良いかもしれない。培ってきた技術を活かせることもあるだろうし、知らない世界のことをたくさん知ることもできるだろう。ぴったりだ。
オイコット王国は大陸の東に位置し、広大な領土を有する大国。
騎士たちは非常に高いレベルにあるという。
「今から向かって試験に間に合うか分からないけど──とにかく、行ってみるか」
思い立ったが吉日だ。決断を下したら行動は早いに
眠い目を
やっぱり、
◆ ◆ ◆
オイコット王国。
その都は活気に満ちていた。
「あの……すみません?」
そんな王都で俺は今、騎士になるための入団試験──その受付会場にいる。
受付のピークは去り、
「あのー」
「…………」
しかし。
十個以上ある窓口のうち、唯一対応中でなかったここに来たわけだが、声をかけても一向に青髪の
気の
「えーっと……」
「…………」
「受付! いいですか?」
「……? っ!? あっ、ご、ごめんなさい。もう終わりとばかり……気を抜いちゃって」
顔の前で手を振りながら大声を出すと、ようやく
どうやら、本当に俺がいることに気付いていなかったみたいだ。
彼女は
別に意識的に気配を消しているわけでもないのに、あそこまでしないと存在を
「では、受付は以上になります。こちら、受験番号です」
「ありがとうございます。お仕事お疲れ様です」
「あっ、お
番号が書かれた紙を受け取り、さっそく試験会場に向かおうとしていると。
改めて俺の全身を
「
「えっ、あ……あぁ、はい。ありがとう……ございます……?」
身を案じられているようなその言葉に、思わず
ドーム状の会場内に入ると、そこには数十の
それぞれ百人前後の受験者たちが、その上で試験の開始を今か今かと待っている。
「すごい人の数だなぁ……」
道中で立ち寄った食堂で
オイコット王国ならではのこの試験制度は、国家の戦力の柱となる騎士が──他のほとんどの国でそうであるように──通常、騎士学園を経てからではないとなることができないとされているなか、一人でも多くの
これが結果的に広大な領土を治める力となり、王国を大陸でも有数の大国にしているわけだ。
俺も他の受験生たちと同じように、用意されていた
「──おっと」
「んあ?」
突然、背後から誰かにぶつかられた。
振り返るとそこにはスキンヘッドのガタイが良い男がいた。近づいてくる気配からして、当然避けてくれるとばかり思いこちらから動きはしなかったのだが……。
「おい、なに
「ああ……すまない」
「はっ、見るからに弱そうなガキだぜ! 細えしまるで
男はいきなり高圧的な態度で
俺が呆気に取られていると、それをどういう風に取ったのか、腹を
「ぎゃははっ、何ビビってんだよ!」
そして指をボキボキと鳴らし、周囲に聞かせるようにわざとらしく声を張り上げると、俺の肩を乱暴に叩いてきた。
「自信がねえなら来んなよな……ったく」
これは……面倒な人に
でも、お
だから一般の人と接する時は、意識的に気配を強めないといけない。そう父さんから教えられていたのだった。でないと俺がいることに気づいてさえもらえないからと。
この男や──受付の彼女のように。
「一般
男はそう言って、わざと俺に肩をぶつけ石舞台の中央へと消えていく。
「ぷっ……あいつ、言い返すこともできないってか」
「ありゃビビって動けないんじゃないか? 俺たちの組はライバルが一人減ったな」
「ふん、みっともない。立ち向かうことすらしないあのような精神で、騎士が務まるか」
それにしても周りの人たちも
「はぁ……仕方ない。やる気があるってことで好意的に受け取っておくか……」
試験を失格になる
不本意な視線に
「──受験生諸君ッ! これより試験を始める!! 一次試験の内容は至ってシンプル。その
それからされた説明によると、他にも優秀な者は追加合格となる可能性もあるらしい。
「どのような
説明を終えた試験官が後方に下がっていく。誰もが口を
先ほどの説明からすると、つまりこの一次試験で最優先すべきことは──試験官にアピールしながら残ること。
例えばグループに
十パーセント前後の合格率を少しでも上げるためには、格下を派手に倒すに限るというわけだ。
だから、そう理解した者は──準備運動をしている俺に当然のように視線を注いでくる。
「そりゃそうなるよなぁ……」
ギラギラした
先ほどの男との一件から俺をえらく弱いと思っている連中が、実力をアピールするための
気配を消して逃げ回れば、もしかすると戦わずして最後の十人に残れるかもしれない。
だがしかし、複数人に狙われたからといって、勝負を避ける気にはなれなかった。
二次、三次と続く試験に備え、俺は真っ向から
「へへっ、景気づけにお前は俺がいただくぜ。安心しろ、骨折程度で済むようにしてやるからよ」
気配を薄くしすぎると試験官にアピールができず、それでいて自分よりも強い
一見そこまで強そうには見えないこの人物にも
むしろ、こういう奴にこそ注意が必要だ。
「
その時、
目を向けると、先ほど説明をしていた試験官が再び高い台の上に姿を現し、魔導具を
スキンヘッドの男に気を取られ、突然試験が始まってしまったが……特に問題はない。
準備は整っている。俺はまず初めに周囲を見回した。
そんな中、十人前後の受験者たちが俺の周囲にポジションを取っていた。
まずは彼らをどうにかしないとな。
突っ立っているだけでは何も始まらない。
自分を狙う敵が複数人いるのだから、こちらのペースで動き、自由に攻めていくべきだ。決して相手に合わせるのではなく、自分が中心の戦い方をしよう。
調子を確かめるように俺は全身の力を抜き、何度か軽くジャンプする。
そうして──修練で身につけた特殊な方法を使い、ちょうど良い
「な……ッ!?」
すると、我先にと俺を狙っていた連中が一様に目を見開き
当然、全員が全員驚いた表情をするわけがない。
この中のうち、どれくらいが演技をして
もちろん、この程度の気配の薄さならオイコット王国の騎士である試験官たちには見破れるレベルだろう。活躍しても評価されない、という最悪の事態は
「おいッ! あいつどこに消えやがった!? クソッ、どうなってやがる!!」
俺を自分の獲物だと主張していたスキンヘッドも取り乱している。
見た目とは違って、かなりの演技派だな。ごく自然な
けれどまあ、あんなに息巻いていたんだ。
俺が気配を薄くしたのを見て
「ふぅ──じゃ、行くか」
周囲の観察を終え、気を入れ直した俺は希薄な存在感のまま駆け出した。
運良く周囲にはあまり強い者がいなかったようで、簡単に背後を取れてしまった。
俺は小回りのきく手刀を振り下ろし、移動しながら一人、二人、三人と気絶させていく。
「お、おいおいッ!? なんでいきなり倒れて──」
敵の数を減らしていく中、リアルな演技で絶賛
に、してもだ。
あまりにもあっさりと背後を取れたが……いや、そうか。
この男は
後ろから
ならば、これならどうだ!?
俺は警戒を高め、手刀ではなく木剣を振り下ろすことにした。
その時、ふと受付嬢が最後に見せた表情を思い出した。
あれが受験者全員に言っていた言葉だったとしたら、あの表情はあまりに真に迫っていたように思う。やはり、俺の何かが気になって最後に一言、声をかけてきたのではないか? 試験に怪我の危険がある──それだけではない何かが。
じゃあ、受付嬢があそこまで心配してきた理由とは何だ? 俺の気配が薄かったことが原因とは考えにくい。すると最も可能性があり、
試験内容の
い、いや、何を考えてるんだ俺は。
今はそんなことよりも目の前の相手に集中しなければならない。
木剣はより一層美しく、鋭い
そして、次の
「──ぶぐぅはっ!?」
「えっ」
何の
「…………あれ?」
騎士を目指す若き強者たち。
その彼らが、白目を
今しがた目の前で起きたことに、つい
と言っても自分でやったことなんだが、あまりにも……その、予想外の結果すぎて。
「いやいや、今は試験中だ。と、とにかく無駄な思考はよそう……!」
俺は混乱をかき消すために考えることを
気配を消し、次に誰かに察知されるまで木剣はもう使わないでおこう。そう決意し、体を動かし続けることにする。
しかし結局、誰にも察知されることなく簡単に背後を取れる参加者たちの間を駆け抜け、一陣の風のように最高速度で手刀を連発。
そして気がついた時には──台上に立っているのは俺だけになっていた。
◆ ◆ ◆
「……だっ、第十八グループ。そ、そこまで!」
グループを
「おい、あのグループ……何があったんだよ……」
「あっ、あいつが。あの
「ひょえー、別の組でマジで助かったぁ~」
それからしばらくして俺の近くに数人の試験官が駆け寄ってくるまでの間、俺は他のグループからの注目に視線を落とし、ひたすら
順次試験が再開されていく中、近くにきた試験官に声をかけられる。
「こ、これは君が?」
「えっと……はい」
やらかしてしまった。
どうせ数人しか倒せず、すぐに木剣を使ったやり取りに移るだろう。
そんな風に考えたのが間違いだった。
まさか今まで
「参ったな……私たちもこんなことは初めてでね。『一瞬で全員が倒れていった』と聞いたんだが、一体どんな魔法を使ったんだい?」
「いえ、魔法は使ってません。ただ……その、手刀でダウンさせることに集中してしまって……」
「…………そっ、そうか」
この人が一番
気まずい空気が流れる。
何しろ、今回の試験は石舞台の上に十人の受験者が残ることを前提としたものだ。定められた制限時間などはないとはいえ、これは騎士団が良い人材を得るために設けた機会である。
もしかすると──いや確実に、これは失格になるだろう。
なんとか他の受験者たちだけで再度試験を行ってもらえないだろうか。
「──いやぁ~、いいものを見させてもらったよ」
自分の行いを
振り返ると俺よりも年下に見える金髪の少年がいた。
一瞬、反射的に身構えそうになった。しかし羽織っている真っ黒のブルゾンには、オイコット王国騎士団のエンブレム。
……この人も騎士だ。
「でも、残り十人になった時点で試験は終了なんだから、これじゃダメだよ。最低限のルールを守れないようでは失格になる、そう説明されてただろ?」
こちらに近づいてくる少年に、周りにいた試験官のうちの一人が声をあげる。
「おい! どこの所属かは知らんが、一次試験は我々の
「ば、馬鹿ッ。
すると俺に話しかけてきていた男性が少年を
「いやいや、そんなに
少年は軽く手を挙げると、再び俺に顔を向ける。試験官たちから一様に強い安堵が伝わってきた。
どうやらこの少年、なかなかに
それよりもだ。わかってはいたが、やっぱり失格かぁ……。
お偉いさんに言われたとなったからには、もう間違いないだろう。確定だ。
俺は試験を台なしにしてしまった申し訳なさ半分、やらかしてしまった
「と、いうわけで。この少年は僕が預かるよ」
「え……? も、もちろん構いませんが……それは、つまり」
「うん。つまりそういうことさ」
結局、試験官と少年が話をして、俺は少年に引き連れられ会場を後にすることになった。
周りの試験官たちが何やら俺の方を見て
そう思うと、周囲の言葉は全て右から左に流れていった。
◆ ◆ ◆
──で、俺は何故か今、
えっと……何がどうしてこうなったんだ?
「ここが騎士団本部だ」
「え?」
「まあ、うちは小規模だし、面倒な上下関係もないから。これから気楽によろしくね」
「え?」
「うちは
「……え?」
困惑する俺をよそに、建物の中へと足を進める金髪の少年。
中央には
「どうだい? なかなか
俺が巨大な
確かに、これは
大きさだけでなく世界でもまだ
それも三つもだ。この国の力と、その中で騎士団が有する多大な
しかし──。
「すみません。それよりもさっき言っていたのって……」
「ん? さっきかい?」
「はい。あの……スカウトがどうたらって」
「ああ、それのことか! あれ、話は──いや、まあ今は細かいことは置いておくとして、それよりもだ。いやぁーこれはすまなかったね、僕一人で勝手に話を進めてしまってさ」
少年は顔の前で両手を合わせると、
「とにかくだ。僕はオイコット王国第六騎士団、団長のジンだ。残念ながら試験は失格になってしまったことだし、ぜひ特別枠のうちに来てくれないかい? ってことさ」
「……え。あの、それってつまり」
「うん。君さえよければ、うちの第六騎士団に入団できるってこと。試験を受けていたくらいだし、騎士になりたくないってことはないんだろう?」
「っ!? も、もちろん
あまりにあっさりと言われたものだから、つい流してしまいそうになった。
だが、このジンと名乗った少年の口から〝団長〟の二文字が出たのは間違いない。
「まあ一応ね。本当に小規模な騎士団だから、偉くもなんともないんだけど。他の団とは違って、ただのお
「あっ。な、なんかすみません……」
団長と聞きびっくりしてしまったがために、いらぬ心理的ダメージを与えてしまったみたいだ。これ以上、この話を
俺のせいで重い足取りになったジン団長に続き、
もうオイコット王国の騎士になるチャンスはないと思っていたから驚いたな。
まさかこんな幸運に
「それにしても気配の消し方──魔力
扉が閉まると、気を取り直した様子のジン団長が感心したように俺を見上げた。
聞くと、試験を見ていた彼は気配を消して暴れ回る俺を目で追っていたらしい。
さっきの今で、すでに思い出したくもない忌々しき黒歴史になっているが、あれのおかげでスカウトされたと言うのなら、少しは救われる……かもしれない。
「君のあの技術を見て確信したね、
「あ、すみません。申し
「うん、テオルには入団してもらいたいところなんだけど、改めてどうかな?」
当初の望み通り、興味のある職業に
この上ない話である。安定した収入も確保でき、幼い頃の憧れだった騎士になれる。
もちろん、断る理由などどこにも見当たらない。
「ぜひ、よろしくお願いします!」
「良かった。よし、じゃあよろしく。っと、その前に一つだけお願いがあるんだけど……」
人生の新たな門出に胸を
同時にチーンと音が鳴り、
扉が開くとそこは、魔法
「他にいる三人の団員のうち、今日来てた一人が新しく誰かを入れるのは反対だって言ってね。納得させるために彼女と手合わせをしてほしいんだ。僕の見立てではテオルなら大丈夫だと思うけど、念のために実力を
「あれ。あの人……」
鋭い刺すような目つきは置いておくとして、見覚えがあるような気がする。
強い感情を
彼女の下へと進む団長の後に続き、訓練場中央へ行く。
すると腰に手を当てた少女は、眼前にやってきた団長にぐいっと
「ジン! いきなり団員を増やすって出ていって一体どういうつもりよ!?」
「仕方ないじゃないかリーナ。急に良い人材を得られるチャンスが来たんだからさ。まったく……あいつももっと早く教えてくれたら良いのに。ほんと、困ったものだよ」
「っ! 団員は四人で決まり。あんた、前にそう言ったわよね!?」
リーナと呼ばれた少女は、それから辺りをぐるりと見回し、
「それで──結局、誰も見つからなかったってことでいいのねっ?」
「いや、もちろん
「なっ……何よそれ! そんなの私がこの目で見てから決めるわ! で、そいつはどこよ!?」
団長は
「──ここだ」
「ひぃっ!? なっ、なによ!? あ、あああ、あんたっ。今、どこから! ──って」
彼女には突然、俺がどこからともなく現れたように見えたのだろう。
びくりと跳ね上がると、顔を引きながら目を丸くした。
そうして目が合うとすぐに、リーナはハッとした表情に変わる。
口調や態度など、受ける印象が正反対だったので他人の空似──はたまた対照的な双子か何かだと思いたかったが、この反応……やっぱりそういうことか。
「あぁー!! あ、あんたっ、あの記念受験の!!」
「あれ? 君たち知り合いかい?」
「私が受付の手伝いをしてた時に来たのよ、こいつが! 迷惑この上ない受付時間ギリギリに」
「……団長、一応そういうことです。……はあ、やっぱり同一人物だったのか。顔つきも
「何よ!? せっかく人が頑張って猫
そう。団員だと言う彼女──リーナは俺を担当してくれた受付嬢、その人だったのだ。
本人が言うようにあの時は猫を被っていたらしく、受ける印象がまるで違う。
口の動かし方ひとつ取っても別人のように思える。
とはいえ、あの時は俺のことを〝記念受験〟だと思っていたらしいが、業務とは別に怪我をしないようにと心配してくれたのだから決して悪いやつではないのだろう。
「ははっ、結構気が合ってるじゃないか」
「「いや、どこが」」
顔を赤くして、ぎろりと睨まれる。
「ほら、やっぱり。で、リーナ。君が手合わせに勝ったら入団は認めないと言うんだろう?」
「もちろんよ! なんでジンがこいつを買っているのか知らないけど、弱い奴はうちにはいらないし、と、とにかく! 私は団員を増やすのに納得がいかないのよっ」
「わかった。じゃあ約束通り、新たな団員を
「ふんっ、まあ細々した条件は別にいいわ。万が一、私がこの弱そうなのに負けた場合の話なんて。ほら、さっさとやって入団を取り消すわよ」
ジン団長とリーナが次々と話を進める。
なぜ彼女がここまで俺の入団を
いまいち判然としないが、とにかくだ。
手合わせに勝利し、リーナを納得させられなければ入団はできないということらしい。
団長は俺なら大丈夫だと思っているみたいだけれど、一対一の手合わせ──相手と面と向かって戦うのはそもそも俺の領域ではない。
それにリーナはこの国の騎士だし、立ち姿から感じるオーラからもかなりの強者と見て間違いはないだろう。
果たしてできるのだろうか。
「テオル、頑張ってくれよ?」
「……はい。頑張ります、全力で」
不安は残るが、決意を固め俺はリーナと一戦を交えることになった。
騎士になるため、入団するために必要なことなのだから持ち合わせている力を使って全力で勝利をもぎ取りにいくしかない。
一度はやらかし、試験を失格になった身だ。
存分にチャンスを活かすとしよう。
◆ ◆ ◆
一通り準備を終えると早速距離を取り、俺たちは他に人がいないこの訓練場で手合わせを始めることになった。
「よし、じゃあ始めようか! 二人とも準備はいいかい?」
「はい」
「ええ、いつでもいいわよ」
返事をするとどこかワクワクした様子で、団長が挙げた手を
「では、始めッ──!!」
勝負、開始。
その
腰に差した鞘から抜いたのは、美しくも
黒い刀身を光らせながら、
「
リーナは刀を持ち上げ指を小さく切ると、刀身に自らの血液を伝わせ、ゆっくりと
「一瞬でわからせてあげるわ。あんたが実力不足だってこと」
「っ!?」
次の瞬間、リーナが目を開けると透き通った青だった瞳が真っ赤に染まっていた。

そしてその
予想外のパワー型。強化された肉体の、ふざけた
単純な力で
そう判断し、後方に
「闇魔法〈存在
すると何もなかった俺の背後の空間に
宙に浮く深い闇は、大きく口を開き俺の身体をがぶりと飲み込んだ。
そして極限までその存在感を薄くしてくれる。
「──!? 消え……た?」
目を
それもそのはずだ。入団試験でも使った魔力制御とこの闇魔法〈存在隠蔽〉を二重使用し、俺は現在
リーナには突然、俺が目の前から消えたように見えただろう。
彼女は刀を
俺はそんな様子を、ゆっくりと歩きながら観察していた。
身体が闇に
意識を深い
……よし、ハマった。
こうなってしまえばもう、いくら動いても風を切る音すらせず、
「おーこんなことも……。凄いなぁ、本当にいなくなったみたいだ」
幼い頃から父さんに
これのせいで叔父のゴルドーたちに
何もできない。仕事をサボって逃げ出した、と。
けれどまあ、これでも一応自信がある俺の立派な特技の一つである。
同業者からも見破られないくらいの。
「あいつ……どこいったのよっ!?」
リーナは刀を正中線に構え、僅かな
この様子では暗殺者との戦いに慣れてはいないようだ。
だが、すぐに打開の一手を決めたのか、表情から焦りが消え失せた。
冷静
──その時。
「
勢いよく彼女が刀を横
全方位に円形の
とんでもない速度に
リーナが放った未知の
しかし。
「連撃ッ!」
リーナもまた、垂直に高く跳びながら先程の斬撃を何度も飛ばしてきた。
空間に生じた
そして例に
くそっ、ここまで連発できる技だったとは……。
完全に予想外だ。
彼女の
「闇魔法〈
体を
いくら気配を消していても、攻撃に
だからこの手は避けたかったけれど、仕方がない。
何もない空間から
「見つけたわ! ──そこッ!!
リーナが視界の
彼女の声が耳に届いた直後、俺はハッと息を
「……!?」
さらに速度と
ここまでの相手は久しぶりだ。技の構成から何まで、おそらく並の剣士や魔法師が十数人束になって挑んでも彼女には
入団できるように頑張るのはもちろんだ。
しかし、ただ
ギアをさらに一段階上げ、手に持った
すると突如、
いきなりの
「ふんっ、これで終わりよ!」
「──なるほど……精神
この斬撃は他の物体と触れた瞬間に
それと同時に、
発現した白い魔力が身体に
魔力は精気を吸い、対象を混乱状態に
まったく、またかなり面倒な技だな……。
パワー
凄まじい勢いで精気を吸い出していく魔力への対応に追われ、爆発によって発生した暴風により吹き飛ばされた俺はそのままの勢いで壁に打ち付けられる。
「かは……っ」
訓練場内は魔法障壁が張られ、施設が
だが──それが今、破れたのだ。
背中に受けた魔法障壁を壊すほどの
訓練場の壁は激しく
「早く降参しなさい。このままだと最悪死ぬわよ?」
勝利を確信したようなリーナの声が
俺が負けを認め、彼女に技を解いてもらわない限り死に至る……か。
体内に
そしてやがて全身の筋肉は
つまり現在、手合わせの勝敗だけではなく、俺の生き死にはリーナに握られている。
……そんな風に思っているんだろうな、彼女は。
だから自信満々に降参を進めてきた。
しかしリーナには悪いが、当の俺は
「なっ……無傷!? そ、そんなはずは……っ」
「もしかして精神攻撃無効化の魔導具……? いえ、確かに発動した
「それは、この
「……えっ?」
「これはあらゆる攻撃を引き寄せる効果を持った、
飼い慣らした、闇魔法に分類される俺の固有魔法だ。
と、発動したはずの精神攻撃が剣に向かった理由を説明する。
「ちなみに迫ってきた攻撃をこの剣で切れば、威力をある程度までは完全に殺してくれる」
できる限り避けたいが、正面対決になった場合はこれを使って策を練る。それが俺が最も慣れた
「はぁ? ちょ、ちょっと待って。なによ、それ……」
だが、話を聞きリーナは明らかに
自分では結構良い戦いができていると思っていたが、彼女には期待外れだったのだろうか。
立ち回りが……悪かった?
もしかすると
何しろ精神干渉を主とする攻撃だったためか、そこまで威力がなかった先程の彼女の一撃。
あの倍の威力もあれば、
「あ、いや。一応他にも念のために保険として──」
「そんなの、いくら戦っても無理じゃない」
……ん?
言い訳がましいにも程がある。そう心得た上で少しでも認めてもらえるように他の技もアピールしようとしたら、リーナの口から出てきたのは予想外の言葉だった。
「え? あっ、あぁ……ん? いや、だからもっと威力の高い攻撃がきた場合は……」
「あーもうっ! さっきのが私の最大火力だって言ってるのよ!! だから、あんたに届く前にその剣に
リーナは地面を
膝から崩れ落ち、瞳の色が青に戻る。
もしかして俺の気を抜かせるための
彼女は乱れた髪でぐったりと
いまいち
「あぁ……。じゃあ、俺の勝ちで……?」
「──ひ・き・わ・け! 私が降参してないんだから、引き分けよ! 入団も認めるし教育係もやるから、入団は今日じゃなくてまた後日にしてちょうだい! ね、それでいいわよねっ?」
いや、なんでだよ。
まあ入団を認めてくれるなら別にいいんだが。
どうも発言の後半、「入団は後日」と言った部分が気になる。
これはどうしたらいいんだ?
目を向けると、こちらに歩いてきている団長も
それに気がつきリーナはというと……あっ、目を逸らした。
「団長、こう言ってるんですけど……とりあえず手合わせは終了ってことでいいですか?」
「うん、そうだね。リーナももうこんな感じだし」
念の
まずは手に持っている漆黒の剣が消える。
そして次に、俺自身も
「へ? ジ、ジンっ……あいつ、また消えたわよ!?」
「──いや、ここにいるぞ」
「きゃあっ!?」
いきなり後ろから聞こえてきた俺の声から逃げるように、またもやリーナは肩を跳ねさせ、今回はバタリと前に倒れ込んだ。
何度も驚かせる形になってしまい少々の申し訳なさを感じるな。
「やっぱりそこにいたんだね」
「あ、団長には見破られてましたか?」
「いや。急に君が無防備に剣の説明をするものだからさ、これはもしかしてって思ってね。確信はなかったんだけど、最善はどこか考えていたから。でもやっぱり君の気配の消し方は凄いなぁ……あまりにどこにいるかわからなかったから、さっきまでいた君が本物だと信じかけたよ」
相手が暗殺者の戦い方に慣れていないリーナ一人だけだったので、そこまで手の込んだ位置どりをしていなかったとはいえ考察だけで場所を特定されていたのか。
かなり頭が切れる人だな。
しかし、技術を
「な、何がどうなってるのよ……」
「リーナ。君がさっきまで話していたのはテオルが生み出した
「はい。会話で時間を
あの時、俺は
だが
壁にぶつかり背中は痛かったが、土煙の中で手印を結び〈
周囲の一定
その間に再び気配を消した俺本人は、リーナの背後に回り込み彼女の気が抜ける機会を窺っていた──のだが、その前に手合わせ自体が終わってしまったからな。こうなったわけだ。
「は、はははっ……。な、なによ、それ……」
リーナが顔を引き
そしてむしゃくしゃと立ち上がると、彼女は言った。
「あーもういいわ! 私の完敗で。もう勝手にしなさいよっ! こんな化け物、初めて見たわ」
「おおっ! ありがとう。じゃあ入団は……!」
「あ。や、やっぱりちょっと待って! じ、実は──」
「うん、問題なしってことでひとまず決定だね。じゃあ改めてテオル、ようこそオイコット王国第六騎士団へ。君も今日から僕たちと同じ騎士の一人だ。これからよろしく頼むよ!」
リーナが敗北を認めてくれたことで、俺は無事、騎士になれることになった。
口角を上げる団長の横で、何かを言おうとした青髪の少女。その姿は気がつくとなくなっていた。
その後、事務室のような場所に移動し、団長に説明を受けながら
こうして、俺の騎士生活が始まったのだった。
◆ ◆ ◆
「──次の当主はルドちゃんに決まりね!」
ガーファルド家の屋敷の一室。
テオルの叔父であり現ガーファルド家当主のゴルドーは、妻のフレデリカと共に
これでもう、兄の
忘れ形見とでもいえる者が家を継ぐ可能性を排除し、なんとしてでも自分たちの
結果を見れば、策略は全て上手くいったと捉えられるだろう。
「ああ。もう何の心配もいらない。しかし、難しい任務に同行させた瞬間に逃げ出すとはな。あの邪魔虫の無能さを思い知り、親父もさぞ失望したはずだ。思いの外簡単に説得できたからな」
「それはもちろん、ルドちゃんたちが立派に育ったからこそよ! あいつとは違ってね」
「なんだ、そんなことは当たり前だろ? なんせ、あいつらは俺とお前の子供なんだぞ」
「うふふ。そうね、あなた」
二人は笑みを
「……に、してもだ。奴を追い出した途端に大きな仕事が入ってくるとはな。いい風向きだ」
「きっと、あいつのせいで私たちの運気まで下がっていたのよ! あの、
妻の言葉を聞き、ゴルドーは
そう。テオルが家を出てからすぐに、新たに大きな仕事の
「はっ、何が『サポートはするが気に入らない殺しはしない』だ。簡単な仕事しかできない雑魚
「本当よ。あの子たちの前では教育者面。私たちの前では
「あの不健康そうな顔を思い浮かべるだけで腹が立つな! まあだが、ひとまずこれで一安心だ」
「……そうね。暗にお義父さまもご理解を示してくださったのだし、これで私たちのルドちゃんが
自分たちの子供を
今回受けた依頼の内容は、あるドラゴンを
決して簡単ではないが、この程度ならとルドとルウに向かわせることにした。
ドラゴンなどの他種族の暗殺依頼も特段珍しいことではない。
下調べを命じた使用人によると、これまでの二人の功績から考えるに問題はないそうだ。
「親父が死んだ頃に奴を戻してやるのもまた一興だな。もちろん、その時は雑用係として」
「ふふっ、もうあなたったら。あんなやつ、いくら使用人としてでもいらないわよ?」
「くくくっ、それもそうだな。奴にはああ言ったが元々使用人としてでも不要な男だ」
ゴルドーは今回の任務の成功を信じて疑わなかった。
子供たちがこれまで、自分たちの力だけで完璧に仕事をこなしてきたと思っていたから。
テオルが裏でどれだけのサポートをしていたのか。
何も出来ない〝邪魔虫〟と
現場を
今はただ、ルドとルウの帰還を心待ちにしている。
悲劇が確実に、自分たちの下へ