盗賊騒動を収めた翌日、私達はニュースナカを急いで離れた。

戦闘車まで持ち出して私達を害そうとした連中が、次の手を打ってこないとも限らない。最低限の護衛しかいない状況で、容易に救援を求められない土地での滞在は続けられなかった。

私達を乗せた車列はまっすぐ東へ進む。

確実に信用できるのは私達いずれかの実家と言えるのだけれど、最も近いキッシュナー伯爵領へ向かうとしても三日は必要となる。しかも王都とは別方向な上、想定日数も最短ルートを通った場合で、待ち伏せの警戒が必須の入り組んだ道を延々と進まなければならなかった。

それなら、何処か大きな町に留まって援軍を呼んだ方が危険は少ない。

そこで滞在場所として選んだのが、コールシュミット侯爵領だった。あそこの領主とはお父様を通じて面識があって、襲撃に加担していないだろうってくらいには信用できる。

私の暗殺未遂事件でお父様が怒った結果、隣領のエッケンシュタインが没落した経緯は知っているだろうから、領内で私が襲われる事態を看過するような真似はしないと思う。


ところで、私達が置かれている状況とは別に、私にはニュースナカ出立からずっと気になっていた事がある。

グリットさん達が、とっても大きな背負しょいを何故だか運んでいた。

コールシュミット領の宿場町ニーチアへ向かう二日目、今はグラーさんの番となっている。朝の時点ではニュードさんが背負っていた。

強化魔法が使えるから持ち運びに不便はなさそうだけど、とんでもなく目立つ。何しろ背負子の荷物の方が、ニュードさんより更に大きい。

余程大事なものなのか、道中で魔物の群れと遭遇しても背負子役は後方に待機して、全く戦闘に参加しないほどの徹底ぶりだった。

勿論、ニュースナカへの往路でそんなものは確認していない。

「それ、何を運んでいるんです?」

「……」

思い切って訊ねてみると、烏木うぼくきばの面々は気まずそうに互いの視線を交わした。隠し事と言うには堂々と運んでいるものの、そっとしておいてほしかったらしい。

「ただの好奇心ですから無理にとは言いませんけど、私が知ると何か不味いものですか?」

「あ、いえ、そういった訳ではないんですが、できるなら伝えないで済ませたかったといいますか……」

どうも要領を得ないね。

当たり前だけど、関心を向けているのは私だけじゃない。大変な役目をお願いしているから突っ込んで聞かなかっただけで、オーレリアやキャシー達もずっと不思議そうだった。私が質問したので、興味津々背負子へ視線を向けている。

「すみません、スカーレット様。実験の過程で討伐した魔物の魔石や素材については、私達の自由にして構わないというお話でしたよね」

「ええ、その通りです。私が研究に活用したいと考える場合もあるかもしれませんが、あくまでも所有権は烏木の牙の皆さんにあります。その時は買取の交渉を改めて行うつもりです」

「……それを聞けて安心しました」

目が泳いでいる状態のグリットさんに任せておけないと思ったのか、ヴァイオレットさんが説明を代わる。

要するに、そのあたりの契約に抵触する内容って事かな。

正式な約定やくじょうであっても平民と交わしたものなら順守する必要はないと、支払いの段階になって話を覆したり、別の条件を後出しで付け加えたりする貴族は存在する。私にそんなつもりはないけれど、貴族の理不尽に振り回されてきた彼等が警戒するのは仕方ないのだと思う。

「それで、一体何を手に入れたのですか?」

あらかじめ予防線を張るほど拒絶の姿勢を見せたのに、まだ踏み込んでくるのかとグリットさん達の警戒が強まる。

とは言え、私的には何を運んでいるのか気になってしょうがない。

「引き渡せと言っている訳ではありませんよ? 単なる興味です。実態を知って買い取りたいと思うかもしれませんけど、無茶は言いません。断られたなら諦めます」

私は貴族なので、侯爵家の財力と権力で手に入れられないものってあまりない。だから欲しいと思っても彼らの成果物にこだわる必要はないし、大抵のものに執着は感じていない。

「竜を討伐したと言うなら、その素材は是が非でも研究したいと思うかもしれませんけど」

「い、いいえ。流石さすがにそこまで大それたものではありません」

だろうね。

竜っていうのはそこらの魔物とは脅威度がまるで違う。

遭遇自体がまれで、魔物領域の奥地にのみ生息している。その厳しい環境に耐えるだけの巨躯きょくと強大な魔力を備えているため、一説によると魔法ではあり得ないレベルの現実改変を行うのだとか。討伐するだけで歴史に名を刻む。

冒険者達の間で〝竜殺し〟は最高の栄誉である一方で、命知らずと同義でもある。そのくらい竜は危険で、接敵したなら逃げるのが常識とされている。

もしも彼等が竜殺しを成し遂げていたなら、盗賊騒動もかすむほどの大騒ぎになっていただろうね。

血の一滴、うろこの一枚まで大金に換えられる。骨や牙を飾りたい物好きな貴族は多いし、脊髄せきずいや臓器は研究の対象となる。筋繊維や体毛は魔道具に、革はかばんよろいに加工して、個体によっては肉まで美味しく食べられるらしい。

ファンタジーの代表格みたいなものだから、当然私も興味がある。大抵の魔物は図鑑で満足できたけど、竜となると俄然がぜん関心が違う。生きた実物はオーレリアもまだ見たことがないって言うし、いつか秘境を探検したいとも思ってる。

「実は……、ロック鳥の卵を手に入れたんです」

「へえ、それは凄いですね」

派手に脱線したせいで、このまま秘匿ひとくを続けると私の想像がどこまでも飛躍してしまうと観念したのか、背負子を覆っていた布をとって中身を見せてくれた。

ロック鳥はとにかく大きな鳥として有名で、ひなに与えるための餌として象を狩っていたとか、とんでもない伝説も残る。鳥系統の魔物の中でも最大クラスで、魔素濃度が高い酷地に生息する個体ほど大きく育つ。

巨体の維持に魔力を使っている為、理論上は際限がないのだと言う。

「卵は貴族に人気がありますからね。高く売れるんじゃないですか?」

とは言え、あんまり興味は刺激されない。

高級品には違いないので普段の食卓に並ぶほどではないけれど、ちょっと大きめの食事会やパーティーなら定番として提供される。珍しくはあっても、そこまで希少ってほどじゃなかった。

ちなみに、肉は硬く臭くて食用に向かないらしい。

「スカーレット様は食べた事があるんですかい?」

「ええ、何度か。美味しいですよ、黄身がとっても濃厚で」

「へえ……」

値段に見合うかというと微妙だけれど。

貴族の見栄を満たす為って目的が大きいよね。侯爵家には色々な貴族を招くので、財力を見せつけるって意味もあった。

「ますます楽しみになってきたっス!」

「……期待、できる」

「あれ? もしかして皆さんが食べるつもりですか?」

「まあね。スカーレット様の依頼でふところはあったかいから、お貴族様が好む珍味を一度食べてみよーって話になったんでさ」

「……浄化の魔道具は持っているんですか?」

「え?」

私の指摘に、彼等の期待に満ちた笑顔が凍った。

「まさか、このまま食べられないんスか!?

特にグラーさんの絶望的なリアクションが酷い。

水を差すつもりじゃなかったけれど、食べ方まで知っていた訳ではないらしい。

「いや、でも、ロック鳥が毒を持ってるなんて話は聞いたことが……」

「有毒という訳ではなくて、含有魔力が高いので、きちんと処理をしないまま食べると魔力過多症になるんです。それから、魔力にさらされた環境によっては既に細胞の変質が始まっているかもしれません。そういった部分は浄化してからじゃないと、臭みが強くて食用は無理ですね」

魔物は単純に有毒であるより、魔力による変質の方が厄介である場合が多い。

毒性が明らかなら、その部分を取り除けばいい。毒の種類が特定できていれば、それに見合った中和薬も調合できる。

一方で魔力の影響を受けた食材は、どの部分が変質したのか判別できない。変質箇所も、環境や個体差で変わってしまう。凄腕の鑑定術師なら変質した部分を上手く見分けられるらしいけど、そこまでの術師はそうそういない。都合よく見つかったとしても、依頼料はかなり高額になる。

変質の傾向や箇所を特定しないまま不適部分を除去するなら、浄化の魔法、あるいは魔道具が必須となる。なお、親鳥の肉は全体が変質しているので浄化後は可食部が残らない。

あらゆる毒や有害物質を問答無用ではらえる〝浄化〟は光属性のかなり高度な魔法で、国中探しても使い手は数人しか見つからない。

当然、卵の食用化にわざわざ呼べる筈もないから、普通は魔道具を使う。

で、これがまたかなり高価な品だった。

ただでさえ希少な卵を食べるために、これまた高額の魔道具を使う。貴族の贅沢品で一般の食卓まで出回らない状況は、それなりに訳ありって事だよね。

「まさか、浄化の魔道具が必要とは思わなかったわね。大人しく売ってしまいましょうか」

「そんな……、何とかならないんスか!?

「ちょっとした興味で出せる金額じゃねーよ。諦めよーぜ」

「……残念」

「私が浄化しましょうか?」

「「「「え?」」」」

「スカーレット様、できるんですかい!?

「ええ、まあ」

一般的な浄化じゃなくて、魔力量任せの私オリジナルだけど。

対象へ魔力を押し込めば、別の魔力の影響下にある部分だけが排出できる。付与魔法だと自覚しないままモヤモヤさんをあちこちへ押し込んでいた頃、偶然発見した副産物なんだよね。

「その代わり、皆で食べましょう!」


ひとまず宿泊地であるニーチアへ移動してから食べ方を相談した。浄化の手間を払ってまで野外料理じゃ、味気ないからね。

巨大な卵を料理できるだけの調味料も運んでいない。

「私はホットケーキがいいですね」

「あたしはオムレツが食べたいです!」

「私は…、私はポーチドエッグが好きです」

「できるなら、私はキッシュが食べたいところですね」

「単純にスクランブルエッグなんてどうですかい?」

「ゆで卵にして丸かじりしたいっス!」

「浄化するなら生でも食べられるんじゃない?」

「……目玉焼き」

「肉や野菜を卵とじにして食いてーな」

うん、見事にばらけたね。

とりあえず、私の浄化は黄身の形を保てないのでゆで卵や目玉焼きはオススメしない。

でもって、私はカステラが食べたい!

ニュードさんがすっぽり入れそうな卵を見て、真っ先に思い出した。お月様みたいな目玉焼きもベッドより柔らかい卵焼きも捨てがたいけど、やっぱりカステラがいい!

お砂糖と混ぜた卵をしっかり泡立てて、牛乳、バター、薄力粉の順番で加えて丁寧に混ぜる。大きなフライパンを用意して、生地を流し込んだらじっくりと焼いていく。

「焼き上がったらふわっふわのカステラが黄色い顔を覗かせて、お砂糖のちょっと焦げた甘い匂いとバターの香りがそこら中に漂うんだよ? 食べたいと思わない?」

「……」

「……」

「……」

「……ゴクリ」

「レティ、それはズルいです」

「想像しちゃったじゃないですかぁ~!」

「……我慢、無理」

「フライパンいっぱいに盛られたカステラ……、想像するだけで幸せになれるっス……!」

前の世界なら常識的な範囲でしか真似できなくても、目の前には抱えるのも難しそうな巨大卵がある。ファンタジーが子供の頃の夢を可能にする。

「しかしスカーレット様、ロック鳥の卵が全部入るほどのフライパンを用意できますか?」

「特注で……、特注で作ってもらうのを待つ時間はありませんよね?」

「無いなら、作ればいいんじゃない?」

どっちみち室内で調理できる大きさじゃないので、フライパンを用意するついでに外へ出る。

宿は私達が貸し切ってあるから、庭で魔法を使っても迷惑は掛からない。ロック鳥の卵を調理してくれと強いられた事はあっても、調理させてくれと頼まれた経験はなかったみたいだけど。

庭に立った私は地面へ魔力を流して、意識を集中させる。町の中でフライパンを構築するだけの金属を結集させるのは現実的じゃないから、対象となるのは石。地面に埋まった石をかき集めてイメージしたフライパンの形へ成形する。夢を叶えるために大きく、じっくり熱を伝えられるように厚く。

フライパンの形をしているだけの不格好なものだけど、今回限りだから問題ないよね。

「ニュード、アレ、真似できるか?」

「……無理」

「条件に合致するだけの石を探知して、魔力で強引に結合させる……。しかも頭の中で思い描いた通りに、だ。見た目ほど簡単じゃねーぞ」

グリットさん達の反応を見る限り、常識的な範囲には収まってないらしい。とは言え、ニュースナカで散々恐れられた後だから今更かな。

私からすると、モヤモヤさんを成形するのも、地属性で石へ干渉するのもあまり差は感じない。

フライパンを用意した後は、皆で食材の買い出しに出た。

甘いものを食べるならお茶は欠かせないし、果物やクリームを用意して味変も楽しみたい。牛乳を樽で買ったり、お店のバターを買い占めたりと悪目立ちしながら材料を揃える。

硬い卵の殻はオーレリアが綺麗に斬ってくれて、材料を混ぜる力仕事は烏木の牙が買って出てくれた。

「作ってからなんですけど、これ、本当に火が通るんでしょうか?」

私のベッドより大きなフライパンがたっぷり埋まるのを見て、キャシーが不安そうな顔を見せた。生焼けは食べたくないよね。

ここからは、絵本と同じように薪を集めて直火って訳にはいかない。

「そこも魔法で工夫するしかないかな。マーシャ、表面を焦がさないように熱だけ内部へ伝えられる?」

「できる限り…、できる限りやってみます」

「私も手伝うから無理はしないでいいよ」

「レティ、熱を生地に伝えるなら、水属性を応用できるのではないですか?」

「そうだね。この中で水属性となると……、グリットさん?」

「無理です、無理です!」

協力をお願いしようとしたら、大きく首を振られてしまった。

強化魔法が得意って典型的な騎士タイプで、水へ干渉するのは苦手らしい。それなら、そっちも私が補うしかないのかな?

「これ、オレ達だけで食べようと思っても無理だったっスね」

「……大変」

「小分けすれば済んだ話かもしれないけど、大きいままの方が浪漫だって無茶をして、折角の高級品を無駄にした可能性が高いわね」

「浄化だけじゃなくて、スカーレット様あってのカステラだな」

私が食べたいって思った訳だから、手間でも何でもないけどね。

「光属性の浄化に、フライパン作り、火加減を調節して、水属性で熱を伝達させる……レティ様っていくつ属性を扱えるんです?」

「え? 全部」

「へぇ~、便利ですね。……………………って、全部!?

何? そのノリツッコミ。

実は普通の無属性じゃないってフランに聞かされた時、私も似たテンションだった覚えがあるけどね。

「二重属性ってだけでも珍しいのに、全部!? 土も水も火も風も光も闇もだなんて、あり得るんですか……!?

「実際に使えてるよ? ほら」

「そうですけど! そうなんですけど……! ニュースナカでオーレリア様が言ってた事を、あたしは今、痛いくらいに実感してます。属性全部が自分の中にあるって一体どういう感覚なんですか?」

「んー……、別に隠す気はないんだけど、それって今重要?」

キャシーの困惑を他所に、膨らんだカステラがフライパンの蓋を持ち上げて、黄色い幸せが顔を見せていた。当然、甘い香りが辺りに充満する。

「……どうでもいいです」

だよね。

この甘い誘惑に、抵抗できるとはとても思えない。後でいくらでも検証できることへの興味なんて、今は塵芥ちりあくたに等しい。

「さあ、早く食べましょう!」

実はグラーさんと同じくらい楽しみにしていたオーレリアは、既にスプーンを構えていた。甘いの、好きだもんね。

私も、抗う気なんてさらさらない。

「ん~~~♡ ふわっふわ~……!」

「想像以上ですね。雲を食べるならこういう感覚なのでしょうか」

口に入れた途端にほどけて消える。続く甘さが満足感を満たしてくれた。紅茶で一息つくと、バターの香りと相まってマリアージュを生む。

「コーヒーも合いますよ」

あー、そっちも捨てがたい。

「旨い、旨い! 旨いっス……!」

「あ、パカパカがっつくな、馬鹿!」

「こんなに沢山あるんだから、いくらグラーでも食べ尽くすのは無理よ。放っておいて落ち着いて食べなさいな」

「フライパンにこびりついたところ、こんがりしててうめーな」

「……最高」

「あ、コラ! あんた達、私にも分けなさいよ!」

「落ち着けって話はどこ行った……?」

烏木の牙は大騒ぎの様子だった。

もっとも、私達も人のことは言えない。一口食べてはこれが良い、次はこうして食べたいとワイワイ盛り上がる。合わせ比べの為にと、いろんなお茶も淹れてもらった。

食事のマナー?

圧倒的な美味しさの前には無意味だよ。

「火属性の…、火属性の使い方が参考になりました。炎ではなく、熱と捉えて伝達できれば、魔法の幅が広がりそうです」

「……売れるのは間違いないでしょうね。しかし、値段を下げられそうにないのが問題です。貴族のパーティーなどで、対面調理して注目を集めるのがいいでしょうか」

明後日の方向へ関心を向けている人達もいるけれど。

それでも、頬張る口は止まっていない。


現在、私達は避難の真っ最中。

こうしている今も、襲撃される危険を否定できない。だからって、常に気を張り詰めていられる筈もない。

たまにはこんなバカ騒ぎもいいよね。