勉強、勉強、また勉強って日々。
大変ではあるものの、苦痛とまでは思っていなかった。
その理由として、ハイスペック侯爵令嬢に転生したってのがまず大きい。前世の記憶と比較すると頭の構造から違う感じで、吃驚するくらいに物覚えがいい。いや、自分の事なんだけども。
おかげで苦手な語学や数学、礼儀作法も大きく
歴史や政治はファンタジー設定を学んでいるみたいで楽しめたし、時々突っ込みどころもあって飽きる事無く学んでいけた。神様からの啓示を得たとか、魔法で未来を垣間見たとか普通に歴史に組み込んである。
そんなふうに前向きに取り組めたのには、前世で研究職に従事していた経験も影響している。
何しろ、技術の革新は日進月歩。
最先端に置いて行かれないように情報の感度を常に高めておく必要があった。類似研究には関心を張り巡らせる。
そうして新しい発見を追いかけるだけでもまだ足りない。特許や論文、膨大なデータベースから抽出した関連事例、それらを精査して推論を構築する。先人の積み重ねと進行形の試み、更に自分達が実験を通して得た知見をできる限り搔き集めて研究を結実させていた。
開発なんて、その繰り返しだったよね。一つの研究に区切りがつけば、次の分野の基礎へ立ち返る。新しい知識の修得に終わりなんてなかった。かつての習慣が
前世の常識が通用しない自然科学にはしばらく戸惑いが大きかったけれど、魔法を学びたいなら逃げられない。とは言え、入り口の困難さえ乗り越えたなら、異世界なりの可能性が広がっていた。
前世との違いも興味深い。世界の成り立ちが違うって事だからね。
そして、漸く始まった魔法の勉強にはのめり込むだけの価値があった。ついでにモヤモヤさんが魔素だと判明したおかげで、疑問の解明と魔法の修得は私の中で一本化した。
どうして私にだけモヤモヤさんが見えるのかって事象は置いておく。ヘドロに浸かったトラウマと見た目の不味さで私が不快感を覚えるだけで、害はないから今は好奇心のまま突き進めばいい。
「レグリットせんせ! 魔弾と回復魔法の他に
基礎はおおよそ予習してある。私に魔法を教える教師となったレグリットさんからは実践的な知識を学びたいと思っている。
現在、彼女はノースマークの魔法研究部門に所属している。なので、臣下でもあるのだけれど、教師、生徒として向き合う場合は先生と呼ぶと決めた。
応用幅の少ない無属性だった件で、私が魔法に失望するような事態には陥らなかった。可能性が限定されるなら私が広げればいい。
少なくともラバースーツ魔法にビー玉錬成、既に私は新しい展望を切り開きつつある。詳しい理屈は理解できていないけど、モヤモヤさんを物体へ押し込む行為にも魔法的な作用が働いているような気がしてる。
不遇属性ってくらいで私の魔法への期待は止められないよね。
既に家中の魔法に関する書物は読み漁った。なのに、具体的な魔法の発動方法について記した本って著しく少ないんだよね。地水火風の基本属性はともかく、無属性となると皆無と言っていい。
「そうですね……、属性に関わらず扱える魔法となりますが、鑑定魔法など如何でしょう?」
鑑定!?
有名な異世界ワードが飛び出して、私のテンションはぐいぐい上がる。
それって、敵対相手のステータスを盗み見て「ふっ、ゴミめ」とかマウント取ったり、身分を隠した人物の素性をこっそり盗み見てニンマリしたり、捨て値で売られてる伝説の武器とか見つけて大儲けしたりできるのかな?
他にも、優秀な能力を持った人材を大勢スカウトして最強の軍勢を作ったり……は、
それでも、少し妄想しただけでワクワクが止められない。
「レグリットせんせは国家認定準級の鑑定師だって話だよね? でもってせんせは光属性。属性が違うなら似てるだけで別の魔法って事にはならないの?」
「強化魔法と同じで魔力そのものを作用させますから、属性の偏りは結果に影響しません。強いて言うなら、反発する属性、私の場合は闇属性の対象を鑑定する場合に成功の確率が少し下がる程度でしょうか」
魔力そのものを扱うなら私の得意分野って気がする。他の属性と魔力が反発しない分、私は鑑定魔法に向いているかもしれない。
「鑑定魔法については属性の種類より、鑑定魔法に必要な感覚が術者に備わっているかどうかが重要ですね」
「必要な感覚? どういうもの?」
「……それについては、口頭で説明するより実際に体験してもらった方が早いですね」
何故だか質問を先送りにされて、代わりに鑑定魔法の使用方法について教わった。
方法は単純、鑑定したい対象に魔力を薄く浸透させて、馴染んだ時点でその魔力を素早く引き抜く。
モヤモヤさん漏れ防止に魔力を押し込むのと違って、薄く、対象に満遍なく染み渡らせる。そうして魔力を対象へ順応させると、魔力を引き上げた際に対象の情報が術者側に伝わるのだとか。
操作自体に懸念点は思い当たらない。
魔力の薄い膜、喩えるならラップを対象へ巻き付けるイメージ。ラバースーツ魔法を自分以外へ施すのに近い。
魔力操作はモヤモヤさんのお掃除で散々実践したから容易にできる。得意と言っていい。寝ながらラバースーツ魔法を常時展開しているくらいだから、今更戸惑いはない。失敗する要素なんて考えられなかった。
「…………なんだろ? 頭の中がもにょもにょするよ?」
浸透させた魔力を回収してみると、何とも表現し難い違和感に襲われた。痛みを伴ったり吐き気を催したりするのとも違う。ただ気持ち悪い。
何かしらの情報は回収できたと思うのに、それが何だか理解できない。記憶とも思考とも結びつかない不思議な情報が頭の中を渦巻いて、不快感だけを覚える。
「残念ながら、スカーレット様に鑑定魔法の適性はないようですね」
この訳の分かんない感覚をどうやって適切な知識として読み取るのだろうと試行錯誤していたら、レグリットさんから悲しい事実を突きつけられた。
「えー……」
「不満そうな顔をされても現実は変わりませんよ。魔法は自分の中で理屈を構築する事で習得します。それはあくまで個人にのみ通用するもので、他の人に理解される必要はありません。その代わり、それを消化する感覚が身に付いていなければ、同属性の魔法であっても決して習得できないのです」
「鑑定魔法について、私にそれはないって事?」
「はい。簡単な説明でスカーレット様が回復魔法や魔弾魔法を習得した時、初めてなのに不思議とできる気がしていたでしょう? その根拠を支えるのが、生まれつき備わった魔法感性と呼ばれるものです」
回復魔法については自覚のないまま習得していたのでレグリットさんの前で披露したのが初ではないけれど、ひたすら快方を願ったフランやベネットの治療を経て、倒れたお母様を助けた際にはそれが可能だって確信があった。
発動が不安定だったのはイメージの構築が不完全だったせいかな。魔法を使っている自覚があった訳じゃないから、その時の精神状態に左右されていた。
それでもって、今なら対象が誰であっても回復魔法が施せる確信がある。なるほど、これが魔法感性って訳だね。
その理屈で言うなら、鑑定の為に情報を得る技術は備わっているけど、解析の為のコードを持っていないから、私にとっては意味不明な数字の羅列でしかないってところかな。物体から抜き取った情報がどういったものなのか、私はまるでイメージできない。
魔法が成功しないのも頷ける。
それでも何とか上手いコツはないものかと魔力の流し方や引き抜く手法を工夫してみたものの、気分が悪くなっただけだった。
修得できたらいろいろ便利そうな魔法なのにね。
「それほど残念がる事ではありませんよ。鑑定魔法の為の感性が備わっている例は、十人に一人もいないと言われています。より詳細に情報が得られる上級の鑑定師となれば一万人に一人も見つけられない才能です。スカーレット様には侯爵家の財力があるのですから、必要となれば上級鑑定師を雇えばよいのではございませんか?」
「どんな場合に鑑定師を呼ぶの?」
「そうですね、領地を治めるなら土地の性質を調べたり、軍隊に支給される装備の品質を確認したりと、幅広く利用できると思います。ただし、術師の知らない知識については読み取れませんから、専門性の高い教養を得ておく必要が出てきます」
うーん、どうも鑑定魔法さえ使えればどんな情報でも手に入るってほど便利でもないみたい。
「レグリットせんせは鑑定を研究に応用してたんだよね。どんな内容だったの?」
「私は薬品の開発を専攻していました。魔草の薬効成分について調べたり、配合した後で成分がどの程度残っているかを調べるといった使い方が主でしたね。協力を求められた際に多かったのは魔法の鑑定ですね」
「魔法? 魔法の何を調べるの?」
「個人がどういった理屈で魔法を発動させているか、ですね。感性で完結している部分を詳しく紐解いて、どういった手順を辿れば再現できるのかを調べるのです」
魔法と聞いて改めて興味が湧く。でも、個人の感覚が左右する魔法を鑑定する事にどんな意味があるのか分からない。
「多くの術者の傾向をまとめて、共通点から使用手順を画一化するのです。例えば火の魔法を使うなら、魔力を燃料に発火点以上の熱を発生させます。空気は周辺に満ちていますから、維持にはそれほど魔力を必要としません。そうした大勢が理解できる理論を共有する事で、火を出す魔法の一般的な発動方法として周知するのです」
「なるほど、随分面倒な手順を踏んでいるんだね。それで、使用方法をまとめた書物が少なかった訳だ」
「はい。私が魔弾魔法を教示したように、基本的な魔法なら広く知れ渡っています。ですが、特殊な魔法となると研究機関や企業が秘匿しているのが現状ですね」
人と違う魔法が個人だけのもので終わるなら発展はない。
感性に頼るだけじゃなくて技術に昇華させるなら、鑑定魔法が必須になるって訳だね。本来なら見えない情報を獲得する魔法、この世界の文明を支えているのだと分かった。
当然、領地の独自性を示すものにもなるから、鑑定によって解明した魔法の使用方法については慎重に扱わざるを得ない。
魔法について勉強していくなら、そう言った魔法で領地に貢献する方法についても学んでいかないといけないみたいだね。私の目指す貴族は個人の趣味で魔法を嗜む存在じゃない。お母様みたいに気高くありたい。
「魔法の画一化は魔道具を作る上でも重要になってきます。付与魔法の組み合わせで疑似的に魔法を発生させるのですから、理論が明示されている必要があります」
魔道具。
前世で言う電化製品。その名前の通りに電気じゃなくて魔力を動力として稼働する。
生活に困らない程度に発展している世界ではあるものの、スマホとか飛行機とか前世と比べると不足している技術も多くある。魔法研究のついでに前世の利便性を目指すなら、魔道具についても知っておきたいかな。
「お話ししましたように、貴族としても魔法の研究者としても鑑定魔法は外せません。スカーレット様が優秀な鑑定師と巡り合えると良いですね」
「レグリットせんせじゃダメなの?」
「そう言っていただけるのは光栄ですが、私より優秀な鑑定師は大勢いますよ。最初は私で十分でも、私の専門と異なる分野へ進むならお抱えの鑑定師を探す事は必須になると思います」
私の目指す方向性を得意としている人、或いは一緒に専門性を高めていってくれる人を探さないといけない訳だね。
目指す分野を確定させる為にも、今は多くを学んでおかないといけない。
「無属性のスカーレット様は魔法感性において不利な立場にいます。魔力量はかなり多いようですので、これから学びを得る中で感性に触れる事柄を見つけられれば、魔法の可能性を広げられるかもしれません」
「そんなに不利なの?」
「ええ、私が魔弾魔法と回復魔法くらいしか教えられなかった理由もそこにあります。無属性がどういった現象に作用するものか、あまり明らかになっていないのです」
「先日読んだ本では、魔力そのものを形成するって可能性に触れてたけど?」
「私もその本は読んだ事があります。けれど、大量の魔力消費と繊細な魔力操作を必要とするにも関わらず、実体化させるところまで届いていないのが現状です。水属性が作る氷、地属性が作る石や金属には及びません。実用的な技術とまでは言えないと思います」
実体化させたところでビー玉ができるだけだから、その後の扱いに困るよね。
「無属性の不利を示す設問として、こう言ったものがあります。スカーレット様、〝ここに何がありますか?〟」
そう言ってレグリットさんは何もない空間を指差す。
何もない訳だから、そのままを答えるしかないよね。意図が分かんなくてとても困る。
ところが、同じ質問をフランに振ると回答は違った。
「空気、でしょうか? 多少は動いていますから、〝風〟と言って良いかもしれません」
「そうですね。私なら〝光〟でしょうか。水属性の人なら水分、冷気、闇属性の人は重力が働いていると答えるのではないかと」
うわ、自分の中からは湧いてこない答えが出てきて戸惑いを覚える。
「これが魔法感性です。多くの場合で、自分が干渉できる存在を最初に思い浮かべます」
「えっと、つまり、何もないと考えた私は、最初の印象の時点で可能性を狭めてしまっていたって事?」
「はい。そこを突き崩す事が、スカーレット様が乗り越えるべき壁になると思います」
困ったね。
最初のハードルが随分高い。
その点では鑑定魔法に適性がなかった事も手掛かりを狭めてしまっている。
しかも前世の物理法則を齧ってしまっているものだから、物体に対して何かしらの作用が働いていると分かってしまう。それが無属性に分類されるって何?
……
…………
………………
……………………あれ?
先行きの不安に頭を抱えていたら、ふと引っ掛かるものに気が付いた。
さっきのレグリットさんの設問に、私は何を連想した?
〝何もない空間〟
最初に思い浮かべたものに干渉できるなら、
前世の常識を思えばとんでもなく
この感覚には覚えがある。ビー玉を作った時、ラバースーツ魔法を完成させた時、最近では回復魔法を完全に習得した時、何故だか理屈を超えて確信が生まれた。そして、これは鑑定魔法では得られなかったものでもある。
頭の中のパズルがカチリと嵌まる。
でも、まだピースは足りていない。空間と言っても、何もないと判断した感性も間違っていない。このままでは干渉する空間の始点と終点を設定できない。魔法を作用させる範囲を明確にする必要がある。
その問題もすぐに解決した。
授業は室内で行っているんだから、この部屋は〝区切られた空間〟と言える。
「お嬢様?」
「スカーレット様……?」
フラン達の呼びかけも今は耳に入らない。
魔法を施す空間をこの部屋と決めたなら、私はすぐさま実行に移そうと部屋の入口へ駆けた。扉は閉めておかないといけない。
その上で壁に手を突き、意識と魔力を集中させる。
魔法は魔力を消費して無から有を生み出せる。私の中でイメージした通りに現実を改変する。
この部屋、空間そのものの複製を考える。増えた空間を重ねれば、当然内部面積は広がる。魔法が作用するのはこの部屋だけだから、外へ増加面積が漏れる事態はきっとない。
空間を一つ重ねたなら面積は倍に、更に二つ複製したなら四倍へ……。
「……空間構築、魔力量調整……複製、内部重複、魔法干渉範囲内安定。……構築、複製、重複、安定。……構築、複製、重複、安定。……構築、複製、重複、安定。……構築、複製、重複、安定。……構築、複製、重複──」
広がれ、広がれ、広がれ、広がれ、広がれ、広がれ…………!
新しい可能性で夢中になって、加減ってものは何処かへ行方不明になっていたのだと思う。ひたすら魔力を空間へ注いで、ふと後ろを振り返ってみると室内に地平線が広がっていた。
「流石お嬢様、早速無属性の可能性を広げられたのですね。お見事です」
「こ、こんな……、まさか」
フランは何故だか誇らしそうで、レグリットさんは恐ろしいものを見るみたいな視線を私へ向ける。どうでもいいけど、ぱっと見、広大な部屋で遭難しているように見えるね。
レグリット先生、理解できる範疇を超えたのかな。でも、教えられた通りに実践しただけだよ?
乗り越えるべき壁、秒で崩れたけども。
「空間に魔力を作用させるから、広義には空間魔法ってところかな」
「……」
「あれ?」
理論を解説したら、レグリットさんが頭を抱えて動かなくなってしまった。色々とキャパを超えたらしい。フランはまるで動じていないのにね。
当たり前の流れとしてお父様へ報告が行った結果、極秘会議が開かれた。
空間魔法という新しい概念を生み出したと説明すると、お父様も頭を抱えたよね。
まず、私が新しい魔法を作った事実は伏せる。その上で私以外にも
とりあえず、そんな流れに決まった。
使い方によっては従来の輸送の概念を大きく突き崩す。有益であると同時に、混乱も招くと私にも想像できた。
他の無属性術師でも真似られるならともかく、私以外に再現できないとなると、私の人権を無視して空間魔法を発動させるだけの人生が待ちかねない。王家含めてその利便性のみを追求するなら、侯爵家の権力でもっても抗いきれない可能性が高いらしい。
そんな未来は望んでいない。だから方針に異論はない。
便利魔法を封印するのは勿体ないので、検証は続けてほしいと思う。何しろ、無限収納を可能とするファンタジーの具現だからね。
空間魔法にはきっともっと先がある。
とは言え、当事者の私は魔法の勉強を始めたばかりで、研究に関わるには色々足りていない。
残念だけど検証はレグリットさん達に任せて、私はこっそり便利使いしようかな。開発者の特権だからね。