埒外の魔法使い
烏木の牙の活躍を目撃して、何やら友人の春を目撃して、めでたしめでたしとは終わらなかった。
具体的に言うと、水を差す馬鹿が出た。
──ゴウン! ゴウン! ゴウン!! ゴウン!! ブルルルルルル……!!
突然鳴り響いた轟音が私達の意識を引き戻す。
今度は大型魔物の咆哮かと一瞬山岳部へ警戒を向けたけれど、よくよく聞けば機械的な音調が混じっていた。
このタイミングで騒音とか、空気を読めないにも程がある。
「レティ、あれ!」
オーレリアはいち早く音の発生源に気付いたようだけど、私はまだ視線が目標に定まらない。地形のせいもあって音が反響して分かり難いものの、何となく大型のエンジンっぽい確信だけはあった。
派手なエンジン音で周囲を威嚇する改造車両?
トラックの前面に追加装甲を張り付けた突撃車両モドキ?
周囲の迷惑を顧みない感じはどう考えても盗賊共の残党だから、どうも前世迷惑集団の想像が付きまとう。
──ドゥン……!!
「──!!」
その正体を私が見極めるより早く、今度はお腹の底まで響くような炸裂音が轟いた。それが何か分からないまま、キャシー達は身を竦ませる。
グリットさんが彼女達を庇うように両手を広げて立ち塞がって、グラーさん達も腰を落として警戒する素振りを見せた。
次の瞬間、私達から少し離れた位置にあった建物が倒壊する。
「「きゃあっ!」」
その衝撃に二人は悲鳴を上げて顔を伏せる。
炸裂音と衝撃から、漸く私も音の正体に気が付いた。
侯爵令嬢として教育を受けた身なので、興味とかに関係なく軍事訓練も何度か見学している。お父様曰く、戦争の選択肢もあり得るのだと心に刻んでおく必要があったらしい。
平和主義さえ唱えておけば平穏な生活が守られると妄信していた前世と違って、実弾を用いて真剣に訓練する様子からは現実味が感じられた。もしもの場合、私は彼等に命を懸けろと命じなければならない立場にある。
その経験から、炸裂音には聞き覚えがあった。
弾丸を撃ち出す為の瞬間的な火薬燃焼による破裂音。しかも体の底まで響く大きさからするとかなり大口径に違いない。個人で運用するレベルは軽く超えている。僅か一発で建物を破壊した威力からもそれが窺えた。
実体を把握した上で改めて音源の方を見ると、思い描いた通りの威容がそこにあった。私が妄想していた迷惑車両像はどちらも彼方へ霞む。そんな可愛らしい代物じゃない。
「装輪型の機動戦闘車両、ですね。主砲は百二十ミリ、機銃も備えて時速百キロ以上で走行する兵器です。国軍に主力配備されているものと同型でしょう」
あの手の兵器類に私より詳しそうなカロネイアの御令嬢が仕様について教えてくれた。
分厚い装甲に守られた車体を八輪の大型タイヤが支えて、その上部には存在感のある砲身が伸びている。その上に更に機銃が載っている訳だけど、施条砲と比べると可愛く見えるくらいだね。いや、機銃だって人間を一瞬でミンチに変えるレベルなんだけど。
言ってみれば、車輪で走行する戦車。キャタピラーの代わりに特注のゴムタイヤを履いているから悪路に弱い反面、荷物をいっぱいに積んだ大型トラックくらいの重量があるのに、機動性は無駄に長い貴族用車両の遥か上を行く。
侯爵家でも十台しか配備されていないそれが、細い山道を器用にこちらへ迫って来ていた。
あれはちょっと洒落にならない。
「グリットさん、あれも何とかなりますか?」
念の為に確認してみた。
もしかすると、さっきみたいな活躍がまた期待できるかもしれない。ちょっとワクワクしてる。
そんな無責任な質問に、グリットさんは困った顔で答えを返す。
「あー、ちょっと手に余ると言うか、個人で何とかできる
「しかもあの装甲、中身を引き摺り出すのは骨が折れるっス」
返答は想定通りのものだった。
まあ、無理もない。機動性を重視して装甲は戦車より薄いと言ったところで、剣や銃器で貫けるレベルじゃない。前世で見知った近代兵器に見えて、ああいった軍事武装には魔法防御も施してある。むやみやたらと願望を押し付けても仕方ないよね。
「私なら車輪を撃ち抜いて足を止めるくらいはできます。けれど……」
「既に主砲の射程内に入ってますからね。そのまま砲撃を続けると思います」
オーレリアの言う通り、機動力を止めれば何とかなる段階は過ぎている。さっきは走りながらの砲撃だったから外れてくれたけど、じっくり狙われたならその精度も上がる。私達は逃げられても村には壊滅的な被害が出る。
「……接近、無理」
「取り付いてしまえば、グリットやニュードが乗り込み口を無理矢理こじ開ける事も可能かもしれねーな。だが……」
クラリックさんが言い淀んだのは、彼やグラーさんが囮となって機銃の照準を引き付けるって方法じゃないかと思う。当然、接近する役のグリットさん達も多大な危険を伴う。
実験の協力者として雇っているだけの彼等に命を懸けろとは言えない。
そもそも、あんなの相手にする事態なんて想定していない。対戦車擲弾とか用意してるならともかく、この近辺の魔物を想定した装備で何とかできる筈がない。
そして、敵対勢力がちょっと犯罪組織の支援を受けているだけの盗賊って可能性も無くなった。あんなの、軍事企業との太いパイプでもなければ入手できる代物じゃない。連中のバックはかなり大きい。
とりあえず、エイシュバレー子爵への疑いが強まったよね。あんな物体が領内を走行していて、何の対処もないとか考えられない。領内に犯罪組織の大規模な基地があるか、領地守備軍の軍事行動に見せかけて黙認したか、どちらにせよ領主の関与無しにこの事態は引き起こせない。
そして、ここに居る誰かに向けた明確な殺意も間違いないと思う。
侯爵令嬢、戦征伯令嬢、大企業の御曹司、目標になりそうな人材も揃っているしね。
ま、詳しいところはふん捕まえた後で吐いてもらおう。
エイシュバレー子爵も締め上げなきゃだしね。
「じゃ、私が片付けようか。オーレリア、動きを止めて主砲を無力化すれば捕まえられる?」
「私の力では鉄鋼に刃が通りませんから、できれば車体に穴を開けてもらえると助かります」
「確か、砲塔を吹き飛ばせば中に通じてるよね?」
「ええ、それで問題ありません。それなら機銃も一緒に無効化できますね」
機銃は上部ハッチから乗り出して照準を定めるよう設置してある。つまり、砲塔を吹き飛ばしたなら戦闘車は武装を失う。高速走行する質量自体も凶器だけど、車輪も止めてしまえばいい。
短くオーレリアと打ち合わせて前に出た。
「は?」
「レティ様?」
キャシー達も烏木の牙の面々も、まるで理解の及ばない様子のまま成り行きを見つめているけど、詳しく説明している暇はちょっと無さそうかな。言葉だけで納得させられる自信もないし、弾薬装填の時間を与えれば戦闘車は次を撃ってくる。
普通の令嬢なら逃げるのが正解かもしれないね。
でも、それだと狙い撃たれるままになるから全くの無事でいられる保証がない。砲撃の着弾位置によっては、この村の構造上、村ごと崩落するかもしれない。
と言うか、どれだけ私達を殺したいのか知らないけど、盗賊の仕業に見せかけるには過剰戦力を持ち出した黒幕に対して何より苛立ってるんだよね。
どこまで辿れるか分からないにせよ、実行犯くらいは叩き潰しておかないと気が済まない。
私はラバースーツ魔法に魔力を籠める。
コツはさっき聞いた。下半身を重点的に強化すれば少年漫画の主人公みたいに高く、遠く跳べる。
目一杯空へ舞った私は、ミニ箒リュクスを引き抜いた。同時にアーリーとウィッチも傍へ放つ。私が戦闘車へリュクスを向けると、他の二本も空中で静止して照準を定めた。
跳躍してから気付いたけど、着地に自信がないから初撃で全てを終わらせる。
「魔力集束、射線確認。……魔法展開同調。アーリー、ウィッチ、目標を車輪へ調整……」
村から単身飛び出した私を警戒したのか、砲塔は私を追う。
でも遅い。
照準を合わせる時間なんて与えない。
「