温泉大好き 二

ニュースナカ村の規模は大きくなくて、本来貴族が滞在するようにはできていない。だから村長さんに打診して、村で一番大きい宿泊施設を私達用に貸し切ってもらう手筈になっている。

現在、フランをはじめとした各家の世話係の人達が、最低限私達が滞在できるスペースへと模様替えの最中です。

やけに荷物が多いと思ったら、この為だったんだね。

いつの間にかウォズと交渉して、調度品やら事務用品を調達していて、短期滞在用の寝室と執務室を確保するつもりらしい。

私としては何もそこまでしなくてもと思うけれど、それで済まないのが貴族の面倒なところだよね。

仕方無いので学生組はロビーでお茶して時間を潰す。

ウォズも部屋を誂える側に加わろうとしていたから、強制的に引き留めたよ。

「オーレリア様、この辺りにはかなり強力な魔物が出没するって聞きますけど、烏木の牙の皆さんは大丈夫でしょうか?」

道中の彼等だけ見てると心配する気持ちは少し分かる。

コボルトやオーガ、リザードマンなんてのもいると聞く。人型は知能が高くて罠や武器も扱う厄介な魔物で、中堅冒険者でも条件次第では忌避するらしい。

「ニュードさんとクラリックさんは魔物間伐部隊にいた頃、この辺りにもよく来ています。事前打ち合わせの際に彼らが地図を見て、問題ないと判断したなら大丈夫でしょう」

「見栄を張って自分達を大きく見せても、結局自らの首を絞めるだけだと彼等なら分かっていると思いますよ。ビーゲール商会としても、そういった評判の方でなければ、契約しません」

私からはちょっと面白い人くらいにしか見えなかったけれど、ウォズに認められるくらいなら彼等は本物なんだろうね。

「それに、必要以上の歓待を受けた人は高慢になるか、恐縮するかに分かれます。スカーレット様が意図したかどうかはわかりませんが、おかげで随分彼等の地が見えました。恩を感じてくれているなら、必要以上に彼等から情報が漏れる事もないでしょう」

「私、そんな人を試すような真似しないよ?」

「レティならそうでしょうね」

「申し訳ありません。ですが、信用できるかどうかは知っておく必要があったのです。その為の監視要員を、予めこの村に送り込んでおいたくらいですから」

流石商人、抜け目ないね。

私が抜けてるところをフォローしてくれる分には問題ないけど。

「正直、小型魔導変換器がこんなにも早く形になるとは思っておりませんでしたので、少々気を張り過ぎているかもしれません」

「でも……、でも先日、魔塔で研究者の方が行方不明になる事件もありましたから、新しい技術を狙った犯罪を警戒し過ぎると言う事はないと思います」

まあ、私としても、アドラクシア殿下に分割付与の存在が漏れた事もあって、今回はしっかり戸締りして来たしね。私達の遠征中、研究室に忍び込もうと思ったら、私のちょっと本気付与を超えるくらいでないとね。

「出向組の……、出向組の方達のように、烏木の牙の方達と魔導契約は行わないのですか?」

「それは信用できると確定してからですね。魔導契約で行動は縛れますが、悪意がある場合は先に対策を取られている場合もあります。それに、無闇に秘密を知ってしまう事でその後の生活に支障をきたす場合もありますから、軽々しくは行えないのですよ」

「有名なところだと、契約直前に名前を変更する、意識を混濁させた状態でサインさせる、などですね。それに、冒険者達は様々な人達と接しますから、行動を縛られる契約を避ける場合も多いと聞きます」

「あの人達なら、レティ様からの申し出は断らないと思いますけど」

「それは……否定しません」

楽しい人達だから、できれば今後も依頼したいと思ってるけどね。

冒険者としての実力はまだ分からないから、もう少し様子見しようか。別に急ぐ話じゃないし。

そうこう話していると、フランが改装完了を告げに来た。

「よし、そろそろお風呂に行こう!」

「え──?」

「……」

「……」

何で皆固まってるの?

ここ、ニュースナカには温泉がある。だから実験場所に選んだと言ってもいいくらいなんだよ? 今日一番の楽しみだよ?

「……レティ、ここ、こ、混浴ですよ?」

うん、知ってる。事前調査はばっちりだからね。

それが何か?

「「「無理、無理、無理、無理です!!」」」

すっごい勢いで断られた。

オーレリアだけじゃなくて、キャシーとマーシャも駄目か、残念。

「じゃあ、ウォズ、行こうか?」

「へ──?」

あれ?

ウォズまで固まるの?

混浴なんだから、誘ってもおかしくないでしょう?

「は!? え? い、いえ、申し訳ありません。無理です、ご一緒できません。すみません、失礼します!」

真っ赤になって頭を下げると、あっという間に逃げて行った。

解せぬ。


ここの温泉は、川に張り出すように造られてる。

湯船のガラス張りの向こう側には、川面が広がる。湯船と川が一体化したみたいで、横から覗くと、川魚が泳ぎ去る様子が見える。

一日車に揺られて、凝った身体がほぐされてゆくよ。

ああ、幸せ。

硫黄の香りがして、ここが私の場所だと再確認できる。

この宿は私達が貸し切ってあるので、当然他に人の姿はない。そもそも、貴族が滞在していると知って、近付いて来る人なんていない。

「実際の有無ではなく、男性が立ち入るかもしれない空間で服を脱ぐという行為が問題なのです」

寂しく湯に浸かりながら、諦め顔のフランの説明を受ける。

貴族の常識めんどくさい。

温泉くらい、気ままに入ればいいのにね。

キャシーとマーシャも加えたキャッキャウフフを期待してたのにね。膨らむ気配のない私の胸に、何か貴重な成分を取り込めるかもだし。

仕方ないから、呆れながらも付き合ってくれるフランに甘えよう。

「湯着を着てるのに?」

「濡れた布一枚を服とは見做しません。殿方によっては、より欲情する場合もあります。そういった可能性には決して近付いてはならないのです」

私の前世の温泉観が、一切通じない事は分かったよ。

子供のままの私になんて興奮する筈ないって言っても、通用しそうにない。

温泉宿で狭い部屋風呂なんて味気ないから、自重する気はないけどね。

見上げると、輝く星が岩壁と紅葉樹の隙間から見える。

ガラスに隔てられてはいるけど、川いっぱいの湯船に浮かんでる気分。川はまっすぐ山の向こうへ続いている。

絶景をのんびり独り占めも悪くないかも。

もうすぐ月も見えるかな?

お酒を片手に景色を楽しめたら最高なんだけど、残念ながら未成年。この国では十六歳まで待たないとだね。