王子と対面
私の気分がどうであろうと、招待された日はやって来る。身分差のあるこの世界では、王族の紋章が使われた時点で選択肢なんて存在しない。
せめて、ため息の数を覚えきれないくらいは許してほしい。
王城へは歩いて行った。普通、王城に出入りする貴族は車を使うのだけれど、それだと早く着いてしまう。少しでも後回しにしたいし、心の準備もいるからね。
約束の時間は変わらないのでは? とか言わないで、気分の問題だから。
紋章入りの招待状の効果は絶大で、ドレスで歩いてきた不審人物でも、何も言わずに通してくれたよ。
追い払ってくれたら帰る理由になったのに、とか考えてないよ。
案内されたのは、八階に造られた庭園を臨む部屋だった。
庭園側はガラス張りで、柔らかい光が入ってくる。紅や黄に変わった落葉樹が空中庭園を彩っているから、秋用のサロンなんだろうね。紅葉で飾られた先に王都の街並みが見える。侯爵邸も随分立派だと思っていたけど、王城ともなると贅沢の桁が変わるね。
登城は一緒だったフランも、今はいない。
サロンに入る少し前、彼女は従者用の控室へと別れた。屋敷の外で離れる事はほとんどないので、少しだけ心細い。前世含めて、偉い人からの呼び出しなんて初めてだから、緊張くらいするよ。むしろ、前世の記憶がない方が、割り切れたかもね。
いつもフランが後ろに控えてくれてるだけで、随分支えてもらってる。
なら、私も彼女が誇れる主でいないとね。
モチベーションの低さと心許なさを振り切って、令嬢モードへスイッチを切り替えたところに王子が入室してきた。
護衛の騎士と並んでも遜色のないくらいに鍛えてあって、王族の証である赤い髪も邪魔にならないよう短めに切り揃えている。戦争の意義を訴えながら、戦場に立つ気概のない人物ではないみたい。もう一つの王族の特徴である金の瞳は、切れ長で少し神経質そう。粗暴の延長って訳じゃなくて、思慮深そうな印象が強いかな。少なくとも、周囲に流されて戦争を望む愚かさは見て取れない。
首元と袖口に空色の刺繍がしてあるだけの白いシャツ、上着を羽織っていないのは、このお茶会が公式のものではないと示す為かな?
入って来たのは王子本人と側近、護衛が五人。
他に王族が加わらなくてホッとした。単身呼ばれて王族に囲まれたら、キャパを超えそうで不安だったんだよね。元々王族となんて関わりたくないんだから一対一で十分、いっぱいいっぱいです。
「お招き、ありがとうございます。スカーレット・ノースマークです。アドラクシア殿下からお声掛けしていただいて、光栄です」
「ああ、急に呼び立ててすまなかったな。噂の令嬢と顔を合わせてみたいと思っただけだ。堅苦しく考える必要はない、楽にしてくれ」
「ありがとうございます。失礼いたします」
言葉通りに受け止められたら、楽なんだけどね。
王子の勧めに従って、所作ができるだけ優雅に見えるように、ゆるりとソファーに腰を下ろす。一挙手一投足に気を遣いながら動くのって、疲れるんだよ。
「アドラクシア殿下に興味を持っていただけるのは喜ばしい事ですが、どのような噂が耳に入ったのかと思うと、少し怖いですね」
「何、入学早々、講師試験まで終わらせたのは、近年では弟以来だ。しかも、カロネイアの令嬢とも交流があるという。既に知らぬ貴族もおるまいよ」
ゆっくり世間話から入るつもりはないんだね。
まあ、私としても都合がいいけど。
「王都に入って早々にご縁がありましたから」
「侯爵の指示で接触した訳ではない、と?」
「神様の巡り合わせまで組み入れられるほど、父の計らいも万能ではありません。私が彼女と友誼を結びたいと思ったのは、その人柄故。けれど、カロネイア伯も国の為に身を粉にしてきた貴人。志を共にする事に差障りなどありません」
「あくまで国の為。含むところなど無いと?」
「はい。私も噂はいくつか耳にしておりますが、ノースマークもカロネイアも派閥を作って国を割ろうなどと、考えておりません」
「何やら特殊な魔法習得法まであると聞いたが? それを秘匿するつもりも、派閥拡大の道具にするつもりも無いと?」
……考えたけどさ。
あっぶな。お父様、オーレリア、止めてくれてありがとう。
「幸運に恵まれまして。まだ試験段階ですので公にはできませんが、国の事を思えばこそ、軍の強化を優先すべくカロネイア伯を頼った次第です」
「縁、幸運……其方、随分と神に愛されているようだな」
「恐れ多い事です」
嘘っぽいかもだけど、そうとしか答えられないんだよね。
「国軍の増強は私の望むところでもある。このまま私に付いて、強い国を作るつもりはあるか?」
やっぱりそう来るよね。
「申し訳ありません。ノースマークが個人の意思の下に動く事はありません」
「ふん、侯爵と同じ事を言う」
王子は特に表情を変えなかったけれど、後ろの方々は不満そうだね。
王子と私が話す場だから口は挟んでこないけど、王子の誘いを断るなんてとんでもない、とか思ってそう。
小娘がって小声で毒づいたの、聞こえたからね。
「侯爵家としてではなく、其方個人としても同じか?」
そんなの同じに決まってる。
「率直に意見しても?」
「構わん。折角の機会だ、若き才女の意見を聴かせてほしい」
さて、第三王子に続いて第一王子まで敵に回すかもだけど、私の立場を貫き通す為、この機会に言いたい事を言わせてもらおうか。
「国土は広くとも、その大部分は魔物の領域。生活圏の拡大、生産領域の拡充、資源の確保を目的として、他国を侵略する。一見、筋が通っているように思えるこの理屈が、私には理解できません」