利にさとく、機を見るにびん

「ノースマーク侯爵令嬢! このようなところでお会いできるなんて、光栄です!」

嫌そうな顔したオーナーに見送られてペイスロウ工房を出ると、知らない声で名前を呼ばれた。しかも勢い結構強めで。

前世ならともかく、今の私は記憶力に自信があるのにどういう事だろうと確認すると、確かに声も名前も知らないけど見覚えはあって、私の中ではあだ名も決まっている人が駆け寄ってきた。

あ、ソ〇ーさん。

「先日はありがとうございました。改めてご挨拶させていただきます、ウォージス・ビーゲールです。普段は父が経営する商会で手伝いをしております」

大商会の息子の登場にギョッとするオーナーさんと私の間にサッと入ると、両手を重ねて胸に、最上級の感謝を示す深い礼をした。

貴族間でもここまで丁寧な謝礼は見ないのだけれど、そこまで私の下心入りの手助けを気にしてくれてたのかな?

ソ〇ーさん改め、ウォージスさん。

うん、覚えた。

私、自分に有用そうな人、忘れない。

「……申し訳ありません。思わぬところで再会できて、つい興奮してしまいました。もしかして立場を隠しておられましたか?」

さっきまで喜びを全身で表していたのに、私がお忍び服である事に気付いて慌てて声を落とした。

失敗してしゅんとした大型犬みたいで、この人、少し可愛い。

短く揃えられた灰髪色が、昔飼ってた犬に似てる。あの子も勇ましいより、柔らかい表情をよくしてたっけ。

背は高いのに線が細くてなよっとした雰囲気を先日は感じたのだけど、三つ揃いをピシッと着こなした今日は凛々しくすら思えて、印象が随分違う。こっちが地で、あの日は貴族に囲まれて緊張してたのかな?

「気にしないでください。皆さんを刺激しない為にこのような格好ですが、立場を知られて不都合はありません」

現在進行形で注目を集めてるけど、侯爵令嬢に生まれて十二年、このくらいは慣れたよ。

こんなところにいらっしゃったのは、スカーレット様の研究についてご依頼ですか?」

オーナーさんを一瞥してから、こんなを強調しましたけど、貴方もこの工房お嫌いですか? さっき、オーナーさんから私を隠しましたよね。

「そのつもりだったのですが、残念ながら断られてしまったところです」

「なんと! では、私にお話しくださいませんか? 私の父は少々魔道具を取り扱う商売をしておりますので、何かお力になれるかもしれません」

え、いいの?

少々なんて謙遜だって知ってるから、しっかり頼りにさせてもらうよ?


話を聞いてもらう為に、近くの菓子店に移動した。以前にオーレリアに教えてもらったところで、喫茶スペースが併設してある。

苺はシーズンじゃないので、シロップ煮で代用した苺練乳は少し甘過ぎるけれど、濃いめのお茶と合わせると美味しい。お忍び服でお出掛けしたのはここに寄る為で、散歩して来たのはカロリー消費の為なのです。

うん? ウォージスさん、不思議そうな顔してない? 甘いの嫌いだった?

「い、いえ。このような庶民向けの店に入ると思っておりませんでしたので、少し驚いてしまいました」

「意外でしたか?」

「あ、すみません。内装も菓子も、もっと飾りの多いところを好まれるとばかり……」

「きらびやかなところばかりに通っていては、私のように肩が凝ってしまう者もいるのです。逆に、このような行為は貴族らしからぬと眉を顰める者もいますから、あまり公然とは来られませんけれど」

だから内緒ですよ、と口に人差し指を当てて微笑んだら、顔を赤くして視線をそらしちゃったよ。女性に免疫、あんまりないのかな?

いつまで経っても成長する気配のない私でも女の子扱いしてくれるみたいで、ちょっと嬉しい。

お茶を飲みながら状況を共有する。

魔素変換装置に興味を持った事、魔導変換炉の見学に行った事、試作してみたけど失敗だった事、試してみたいアイディアはあるけれど実行するだけの技術が無い事。

大まかに説明してから資料を見せる。

資料を流し読みしたウォージスさんは、もう一度、じっくり読み込み始めた。さっきまでとは目の色が違う。人当たりの良さそうな笑みはどこかに消えたよ。

「スカーレット様、この資料、一日お借りできませんか?」

うん?

「私だけでは判断できかねますので、一旦持ち帰って相談したいのですが、宜しいでしょうか?」

専門の人に相談して意見をもらえるのかな?

それは私もありがたい。

ちょっと期待して許可を出すと、ウォージスさんはまだ熱そうなお茶を一気に飲み干して、渡した資料を鍵付きのカバンに丁寧にしまった。

「ゆっくりできなくて申し訳ございません。その代わり、明日は良いお返事を届けられるように尽くしますので、少しだけお待ちください」

それだけ告げると再び丁寧に礼をしてから、あっという間に歩き去った。それだけ急いでいるのに、支払いも済ませる気遣い付きだよ。

自信に満ちた顔をしてたから、少し高望みしてもいいのかな?


──なんて、暢気な事を考えてたら、朝一番で研究室にやって来た。

入室の許可を出したら、ウォージスさんを先頭に十人ばかりがぞろぞろ続く。何事?

「朝早くから申し訳ございません、スカーレット様。驚かれたと思いますので、説明させていただきます。まずはこちらをご確認ください」

と、渡されたのは……誓約書?

内容を簡単にまとめると、ウォージスさん及びビーゲール商会は私から得た情報を許可なく外部に漏らさない、と書いてある。

署名の日付は何故か昨日だよ。私、絡んでないけど、然るべきところへ提出すればきちんと効力を発揮する正式なものだね。

「本来であれば、魔導契約を締結して行動を縛るべきですが、昨日の時点では叶わなかった為、そちらの誓約書で代用させていただきました。それはスカーレット様がお持ちください」

魔導契約は署名する人間が揃ってないといけないからね。

前世で言う秘密保持契約書みたいなものだね。会社を跨いで仕事をするなら必須だって知っていた筈なのに、貴族生活に慣れたせいで忘れていたよ。

私が契約関係を適当にしたまま資料を渡してしまったものだから、あとで困る事が無いようにと誓約書を作ってくれた訳だね。

でもこの誓約書、もしも書かれてる違反金を支払ったら、いくらビーゲール商会でも傾くよ? 本気?

「我々側に、情報漏洩の意思は無いとご理解いただいた上で、次にこちらをご覧ください」

続いて渡されたのは……分厚いよ?

びっしり書かれていたのは、昨日の資料に簡単に付け足してあった並列回路の提案を基に、実際に試作して実験を行った報告書だった。

話したの昨日だよ?

何やってんの?

単付与した基板を並列につないだら、望む機能が得られた事。想定通り基板への負荷が減る為、素材の質を変えられる事。数は少ないものの、虐待試験を行った結果と、多重付与との比較。いくつかの魔導線を試して見えてきた、並列接続による抵抗増加への考察。

これ、ほんとに一日でやったの?

いきなり新しい仕事捻じ込んで、通常業務が滞ったりしてない?

ビーゲール商会、意外とブラックだったりするの?

「我々ビーゲール商会は、スカーレット様の研究に全面的に協力する事を幹部会で正式決定いたしました。勿論、魔素変換装置についても最大限連携させていただきます」

まだ朝早いんだけど、大商会の幹部って集まるものなの?

いや、ありがたい事には違いないんだけどね?

展開が早過ぎてついて行けてないと言うか、いきなり話が大きくなって引いてると言うか……。

普段は私が考え無しに動いてこうなる前にフランが止めてくれるんだけど、今回は私と一緒に並列回路の反響を甘く見てたよ。

いや、甘く見てたのは商機を捉える目と、商人の本気かな?

「私がノースマーク侯爵家の担当となりましたので、何でもご相談ください。そして、こちらの十名を研究室に出向させますので、魔道具の組み立てでも、動作確認でも、設計図の清書でも、測定結果のまとめでも、ご自由にお使いください。新しい魔道具の基礎技術に可能性を感じている者たちばかりですので、ご指示が無ければ自主的に研究を進めて、成果を提出いたします」

あ、はい、お世話になります。

どの人も目が生き生きしてるから、左遷じゃないみたい。なら、私から言える事なんてないです。私、ちょっとお手伝いが欲しかっただけだからね。

うん?

紹介された十人の中に、グラントさん、リオンさん、トリムさんって居るけど、その名前、聞き覚えがあるよ?

「はい。特定の貴族とだけ取引を行うペイスロウ工房にはもったいない職人達でしたので、スカーレット様の為に引き抜いてまいりました」

微笑むウォージスさんが、頑張ったから誉めてとしっぽを振ってた愛犬に見えるよ。可愛かったけど、当時、私より大きかったから喜びで飛びつかれたら潰されてたんだよね。

貴族の権力を使ってフランが引き抜こうとしたのとは訳が違うよね。しかも、昨日の今日だよ?

そんなに待遇悪かったの?

資金力で殴ったの?

誰よ? こんな凄い人いじめてたの。

私、絶対敵に回したくないよ?

そもそも、何で言われるままになっていたの? いつでも捻り潰せたでしょう?

味方でいてくれるならこの上なく頼もしいけど、本気になった商人は行動が早過ぎて、私、付いていけないかもしれません。

でも、おかげで掃除機作りは進められそうです。