面倒な工房

魔道具の工房は、アルドール先生に紹介してもらった。

先生は素材の専門家だから、その活用業者ともつながりが強い。幅広く素材を扱っていて、職人のレベルが高いところを見繕ってくれた。

私の掃除機開発はまだ模索段階なので、多くの経験を積んだ人の協力が欲しい。

資料を大量に読み込んだだけの私ではできない事が多いと学んだからね。

紹介先は近かったので、今回は散歩ついでに歩いて向かう。

オーレリアがいなくて運動が滞りがちだしね。

公園を通って軍関係の施設群を抜けた先、貴族街と商店街の境界の辺りに目的地はあった。作業場は三階までなのか、どっしり広い空間が取られて、その上に居住空間らしい部分が塔のように十階くらいまで伸びている。

看板にはペイスロウ工房の文字。思ったより大きい建物だね。

受注製作専門の工房と聞いていたけど、立地的に貴族の直接注文が多いのかもしれない。機能に違いが無くても、貴族はオーダーメードを好むからね。

「すみません、お約束していたノースマークの者です。オーナーへ取次ぎをお願いします」

「あー、すみませんが、少々お待ちください」

フランが紹介状を見せて声をかけたけれど、受付の人は走り去ってしまった。どうも素材の受け入れと重なったらしい。

普通は貴族への対応が優先だけど、今の私達はお忍び服なんだよね。

ノースマークの名前を出したのにとか、約束通りの時間なのにとか、突っ込みどころはあるけど、少しくらいは待とうか。

私は気にしないから、刺しそうな視線で受付の去った先を睨むのは止めようね、フラン。

「お待たせして申し訳ございません。私がオーナーのフィリップ・ペイスロウです」

しばらく待っても受付さんは戻って来なかったけれど、責任者が気付いて飛んできた。慌てながらも、私に対してきちんと謝罪礼ができる人で良かったよ。これ以上はフランを止められそうになかったからね。

貴族と約束がある場合の正解は、約束の時間に当人が入り口前で待機している事だよ。貴族相手に商売してる筈なのに、あんまり態度が良くないね。


案内された応接室で、概要をまとめた資料を渡す。フランが。

普段はあんまり前に出る子じゃないんだけど、すっかり怒って、私に対応させる気が無くなったみたい。

私が気にしていなくても、主が等閑なおざりにされた訳だから、ちょっと止められそうにない。

資料を流し読みしたペイスロウさんは、困った顔でもう一度じっくり読み返し始めた。

まあ、思った通りだね。

成功例のない魔素変換装置の試作依頼。無茶を言ってるつもりはあるから、アルドール先生に相談したんだよね。

私としてはアイディアを形にしてくれる技術者が欲しいだけ。きちんと協力してくれるなら成功の有無で責任を押し付けるつもりはないんだけど、この人に通じてるかな?

「申し訳ありませんが、このご依頼をお引き受けするのは難しいです」

たっぷり時間を取って、運ばれて来たお茶も冷めた頃に答えをくれた。そんなに読み込むほど、資料のボリュームあったかな?

お茶? これだけ失態続きの場所で口にはできないよ。信用できないからね。

「アルドール様から、技術的な問題はないと聞いておりますが、どういった理由で断られるのでしょう?」

「……実は、第三王子、アロガント殿下から急ぎの製作依頼を受けまして、現在追加で受け入れられる状況にないのです」

断っても角が立たないように考えたつもりかもしれないけど、それも悪手だよ。予定が詰まっているなら、面会の打診をフランがいれた時点で、最悪でも入り口で頭を下げた時点で断らなきゃいけない。

このタイミングになると、依頼内容次第で対応を変えられるくらい侯爵令嬢を軽んじてますって告白してるのと同じだよ。

しかし、意外なところで王子の名前が出て来たね。

私の研究を妨害するために依頼を被せてきたとかじゃないよね? 嫌がらせにしてもセコ過ぎるから、偶々だろうと思いたいけど。

「そうですか──ところで、アルドール様から伺いましたが、こちらの工房ではグラント、リオン、トリムのお三方が特に腕のいい職人だそうですね」

「……はい、当工房でも自慢の者達ですが……」

「では、そのうちの二人を侯爵家の専属職人としていただきます。ここに連れてきてください」

「え!?

おっと、そこまで言っちゃうか。オーナーさん、いい加減顔色ないよ?

でも、貴族にはそれくらいできるし、フランには私に代わってそれを言える権限を与えている。ここに来てからの仕打ちに対する返礼としては、随分甘い方だと思う。

私の方をチラチラ窺ってるけど、私からは何もないよ。私が否定しない限り、彼女の言葉は私のものだからね。

「い、いえ、彼らがいなければ、アロガント殿下のご依頼に応える事が出来ませんので……」

それは私達には関係のない事情だよ。

「それが何か? 早く職人を連れてきてください」

「え?」

第三王子がどの時点で依頼に来たのか知らないけど、私達より先なら面会の打診を断らなきゃだし、後なら今日より前に状況が変わった旨の報告が要る。今に至らなければ、第三王子の依頼は私達の方を断れるだけの理由になった。

前もって断りがなかった以上、第三王子と私達の両方を受ける予定だったと受け取れる。私達に無茶を言われたくらいで第三王子の依頼を満たせなかったとしても、それはそちら側だけの責任だよね。

実際のところは私達の依頼を受けたくないだけなんだろうけど。

「フラン、もういいわ。第三王子の名前を出せば私達が引くと思われて不愉快ですし、ここの職人の能力では、私達の研究には不足しているみたいよ。もう失礼しましょう」

オーナーさん、不服そうな顔してるけど、助けてあげたんだよ?

フランの提案通り職人さん引き抜いて帰っても、私達の目的は果たせるんだからね。

引いてあげる義理はないけど、この人の相手してる時間がもったいないよ。

それに、ここで依頼を断ると、この工房の評判は地に墜ちる。

この人は分かってないみたいだけど、アルドール先生の紹介って事は、この工房なら私を満足させられるという先生の信頼。それを裏切った訳だからね。

あの人、伯爵家の長男なのに家を弟に任せて身軽な立場のままでいる。だけど、いろんな方面に影響力は残ってる。そんな人の信用に泥を塗ったから、放っておいても干上がるよ。

ちなみに、私の依頼を断る為に第三王子の名前を使ってたけど、身分差を振りかざして無理を言ったように貴族の間で受け取られて、貴方のせいで王子の株が下がるからね。そういうの、許せない人だろうから後で知ったら怒ると思う。

もし、私達の邪魔がしたかったなら自業自得だけど。