ファンタジー施設見学会
魔導変換炉見学の許可はあっさり下りた。
普通は管理担当以外の人間、ましてや貴族が立ち入る場所じゃないけれど、侯爵令嬢が望めば、周りが勝手に
変換炉は王都の東、海側にある。
原子炉みたいに危険をはらむ訳じゃないから、住宅街からそれほど離れていない。学院寮からでも、王都邸で手配した車を使えば一時間もあれば行ける。近いので、空間魔法で座席を広げなくてものんびりできた。
「少し気になっているのですが、お嬢様。魔素変換の魔道具を、変換炉がある王都にいる間に作っても活用する機会がないのではありませんか? 王都の外に実験施設を造りますか?」
道中、フランが疑問を口にした。
私にとっては掃除機、表向きは魔素変換装置。用途から考えると魔素のないところでは使い道がない──その当たり前の認識に、私はぎょっとした。
そうか、魔導変換炉はそこまで高性能なものだと思われてるんだ。
モヤモヤさんが見えるせいで効果範囲がはっきり分かる私には、決して無い誤解。フランに限らず、これが一般的な認識なんだと思う。天才が造ったものだから、世界の在り方を一変させたものだから。思い込みで事実から引き離されてる。専門機関が行う魔素量の測定も街中では行われていないから、情報の更新が無いんだね。
これは私にしかできない事、割とあるかもしれない。
ゆっくり走る車内から流れる景色を眺めていると、町の様子がふっと変わった。
線を引いたみたいに一定の場所からモヤモヤさんが無くなった。気のせいだろうけど、空気がおいしいとさえ思ってしまう。
わー、凄い。
気分が上がる。
王都にいる間、ここに住みたい。
海側を見ると、巨大な建造物が視界に入る。
沿岸部から海へはみ出すように造られたドーム状。それが四つ、団子みたいに連なっている。光を取り込む為か、東側はガラス張りでキラキラ輝いて、エネルギー機関と言うよりレジャー施設みたい。
建物と一緒に目に入ったのは、ズラッと並ぶ管理職員。車のスピードは遅くて、到着まではもうしばらくかかるけど、きちっと整列して迎えてくれている。忖度効果、凄いね。
「ようこそいらっしゃいました、スカーレット・ノースマーク様」
代表して挨拶してくれた髭のおじさん、シドニー・エジーディオ子爵がここの管理責任者となる。お偉いさんだけど、身分的に私の対応を任せられる人がいなかったんだろうね。彼の上司、魔力供給省大臣は現場には来ないだろうし。
エジーディオ所長の案内で施設に入る。
最初に入ったのは綺麗に整えられた応接室。まあ、お嬢様をいきなり施設内には連れて行かないよね。
「学院に入学されたばかりの御令嬢をご案内するとは思っておりませんでした。学院の課題、と言う訳ではないのですよね?」
「急な依頼を引き受けていただいて、感謝しております。申し訳ないのですが、個人的な興味です。魔道具について学ぶのにあたって、世界で最も偉大な発明の現物を見ておきたいと思いまして」
「おお、それは素晴らしいお考えです。私もここで働かせていただいて、エッケンシュタイン卿の凄さを日々感じさせてもらっております」
それからしばらく、魔導変換炉がどう優れているのか、
この人、法的な条件を満たす為だけの責任者じゃなくて、所長さん自身がこういう大規模魔道具が好きなんだね。現場の仕事を見てるだけじゃなくて、参加もしてるっぽいよ。
「魔素変換自体に熱の発生はありませんが、中核部分はかなりの勢いで回転しているため、どうしても高温になるのです。この事がきっかけとなって、魔道具ではなく、炉と呼ばれるようになったと聞いております」
「冷却の術式は付与されていないのですか?」
「魔素変換に必要な術式が七つ刻まれております。それ以上の付与はできなかったのでしょう。その代わり、高温に耐えられるよう、芯の部分は竜の骨と鱗で造られています。残念ながら、変換炉の中枢部分ですので、本日はご覧いただけませんが」
「それほど希少な素材を用いたという事は、当時の金属工技術では炉の条件を満たせなかったのでしょうか?」
「それもあるかもしれませんが、魔素変換技術自体、竜から得た最高級の魔石からエッケンシュタイン卿が発想を膨らませたそうです。その流れから、素材として竜を扱うのは当然の認識だったのではないでしょうか」
「なるほど、竜を模して魔素変換を試みたのが始まりだった、と」
竜、か。
私でも簡単に手に入る素材じゃないね。
掃除機作りでも素材の選定は苦労するかもしれない。
「ご存じだと思いますが、ここではドーム毎に四つの魔石による変換を行っております」
「はい、それは学びました。地、水、火、風の四属性で、条件を満たす魔石が手に入る度に拡張されたのですよね」
「そうです。竜や幻想級の魔物はそうそう姿を現すものではありませんから、四属性が揃った変換炉はここと、エルグランデ侯爵領のものだけとなります。触媒の魔石も永遠に使い続けられる訳ではありませんから、簡単に拡張はできません」
そう言えば、昔私が作ったビー玉は新しい魔導変換炉を造る目的で王家が引き取ったらしい。ご先祖様が竜を倒した歴史を捏造して、古くから保管されていた事になってるとか。
随分大事になっているけど、何も知らない一歳児がやった事だから、許してね。
建造が始まった話は聞かないから、例のない無属性の魔石でも変換炉が造れるのか、魔塔あたりで現在検証中ってところかな。
「さて、長々と語ってしまいましたが、そろそろ実際の魔導変換炉へ参りましょう」
私も楽しんでいたからいいけど、ほんとに長かったよ。
案内されていくらも経たないうちに、轟々と水音が聞こえ始めた。
魔力変換炉は水中から魔素を抽出する。
空中では攪拌効率が激減してしまう。実験はしたものの、広範囲の空気を集めるには風魔法の補助が必要になるけれど、変換器にこれ以上の付与が足せない事から断念したと先程聞いた。
見学用の部屋はないから制御室へ入る。
で、がっかりした。
「……何も、見えませんね」
「ええ、中心部分が高温になるものですから、蒸気で常にこの状態です。少々お待ちください、風属性の術師が準備しておりますので」
うん、風魔法で水蒸気を払わないと、設備の監視もできないよね。風魔法術師は必須でしょう。
「ここの魔石は地属性だそうですけど、近くで他の魔法を使っても大丈夫なのですか?」
「はい。膨大な魔素を扱っておりますので、多少の魔法行使で影響はありません」
話している間に準備は整って、十人がかりの風魔法で蒸気を払ってくれた。これだけの規模だから、相当優秀な魔法使いなんだろうね。
「おおぉ──」
感嘆が漏れた。
ドームを逆さまにしたような巨大な受け皿が回転して、海をかき混ぜている。構造も調べたから、連なったドームが丸ごと魔道具なのは知っていたけど、迫力が凄過ぎて吃驚だよ。人工渦潮発生器ですか?
そして、見えた。
水中を漂うモヤモヤさんが中心へ集まっていく。すり鉢状の巨大回転容器の下に、変換炉の中核、魔石を備えた部分があるんだろうね。
試しに手から少しだけモヤモヤさんを漏らしてみると、瞬間的に渦の中心部へ消えて行った。障害物もすり抜けたよ。施設周辺にモヤモヤさんが見えない訳だね、範囲内の魔素を呑み込み続けているんだ。海や川みたいに、常に魔素が供給できる環境じゃないと、あっという間に枯渇する。
十人の術師が湯気を晴らせたのは二十秒ほどでしかなかったけれど、とっても満足です。
あの吸引力を、私も目指そう。
所長さんにお礼を言おうと思ったら、突然警報が鳴り響いた。
「何事だ!? 担当個所の状況をすぐに確認して、異常の有無を報告しろ!」
巨大魔道具大好きおじさんの気配はすっかり消えて、エジーディオ所長が叫ぶ。私とフラン以外が慌ただしく動き始めた。
術師さん達なんて、魔法を行使したばかりなのに再び内部確認を行ってるから、顔色、青白いよ。タイミングが悪くて申し訳ないです。
「異常個所、判明しました! 魔素の変換効率が不安定になっています!」
「炉の中核の異常だと!? 原因は何だ?」
内部確認中の巨大攪拌容器を見ると、中心に集まったモヤモヤさんが底へ消えずに溜まり始めている。うん、あそこの異常で間違いない。
「……運用マニュアルに、触媒の魔石と同程度か、それ以上の魔力体が近付くと反発して変換反応が乱れる、との記述があったと記憶していますが……残念ながら、前例はありません」
うん?
「そんな事が? だが、どこにそんな高品質の魔石が……? すぐにマニュアルを再確認しろ! 別の可能性か、対応策があるかもしれん。それから、他の炉の状況も確認。魔塔に連絡して、緊急で魔力測定装置の準備を依頼しろ! 魔力供給省へも緊急連絡だ!」
もしかして原因、私?
さっき漏らしたモヤモヤさんに魔力が混じった?
下手すると、テロだよ?
──うん、逃げよう。
「エジーディオ所長、私はお邪魔のようですから、ここで失礼しますね」
「申し訳ありません、スカーレット様。私は原因究明の指揮をとらねばなりません。折角勉強に来ていただいたのに、このような事になってしまい、残念です」
いえ、本当にお気になさらず。
ごめんなさい。