研究室
学院に入って、しばらくの時が流れました。
この間、何もなかったと言うか、何をする余裕もなかったと言うか、ひたすらテストを受けていたら時間が流れていった。
いやいや、甘く考えてたよ。
テストを受けるだけって、その数を忘れてました。二百を超えるものだから、拷問にしか思えなかった。緊張したのなんて最初だけで、後は解答欄を埋めるだけの作業が延々と続いたね。
普通は時間をかけて計画的に受けるんだけど。
講師試験を受けようと思ったら、とにかくテストの群れを終わらせないと先へ進めない。途中まではオーレリアが付き合ってくれて、お互いに励まし合いながら立ち向かえたけれど、一月も過ぎると孤立無援。
黙々と作業をこなしていたら、いつの間にやら秋が深まっていました。
後に続くカミンの為にと、入学前から必修科目のテストくらいは外部で受けられるよう制度改正の意見書を、テストと並行して書いてた私はバカなんじゃないかと真剣に思ったね。
苦難の時間もいつかは終わる。
何とか学院講師試験も乗り越えて、自分のスペースを手に入れました。学舎のフロア、丸々一つ分。前世感覚からすると広過ぎる気がするね。でも、学舎は団地みたいに似た建物がいくつも並んでいるから、これでもほんの一部だよ。
私がテストに追われている間に、フランが準備を進めてくれていた。おかげで生活用品や書籍、仕事道具はその日のうちに運び込まれました。従者が優秀だと楽でいいね。
講師と言っても、求められるのは二~三単位分の授業を受け持つか、独自学習成果を年一回提出するかの二択。教師のアルバイトか、研究室の開設かってところかな。立場的には学生のままなので、課せられる最低限は緩めだね。
私が選んだのは後者、〝素材活用研究室〟始めました。
学院に正式に登録してあって、学生や教師が興味を持ったら訪ねて来られる。話が合うなら、共同研究者として受け入れもできるんだって。
未成年の研究なんて夏休みの自由研究レベルだろうと、参考にお父様の成果物を探してみたら、辞書みたいに分厚い行動経済学の本が出てきて、ビビったよ。
ちょっと気合い入れて取り組まないと、ヤバいみたい。
最初は魔法の研究がしたかったんだけど、フランに止められました。
「お嬢様の魔法は公開できるのですか?」
うん、無理だよね。
ビー玉の作り方、とか提出したら世界のエネルギー事情を揺るがします。で、内容は、手に魔力を集めてギュッとしたら固まります…とかだからね。何の参考にもなりません。
これまで通り、オリジナル魔法開発は裏でこっそり頑張ろう。
素材活用──要するに、魔力を通すと色が変わるだけの糸から強化魔法練習着を作ったみたいに、何か面白い使い方を考えようって試み。
ファンタジーな不思議素材はいっぱいあるからね。
うまくいかなかったら、素材の性質を適当にまとめてでっち上げればいい。
「一般流通している素材なら、学院の出入り業者に発注できます。少し特殊なものを扱うなら、魔物素材を専門とする商会のいずれかと契約した方がいいでしょうね」
今日は、オーレリアを招待して意見を訊いてみた。
不思議素材は魔物に多い。彼女は素材の原形、魔物を狩る側でもあるからね。最近では魔物間伐部隊なんてものに出入りしてるらしいから、倒した後の処理についても詳しいかな、と。
「確か、郊外に解体工房を所有してるんだっけ?」
魔物専門の屠畜場みたいなものかな。基本的に食べないけど。
解体後、残りの部位や血は焼却処分するらしい。魔物は毒性部位を持っていたり、特殊な臭気を放ったりするので、人家の近くには建てられない。そこで、魔物のいる森や山の近くに建設して、回収の手間を省くんだって。
「ええ、私達は魔物討伐で精一杯ですから解体の余裕はありませんし、病原菌や感染症も怖いので専門の商会に任せます。冒険者でも、討伐量が多いパーティーは予め契約しておく場合が多いそうですよ」
「どこかお薦めってある?」
「……すみません。解体するところを見る訳ではありませんし、素材や売却費用が部隊に支払われるだけですから、違いまでは分かりません。」
そりゃ、そうかな。
オーレリアも貴族令嬢。
「でも、納品される素材の品質に特別違いがあるなんて話は聞きませんよ」
「それなら、何処を選んでも大きな差はないかな」
「特殊な素材が必要なら、冒険者に採取を依頼した方がいいと思います。間伐部隊が魔物生息地の奥まで立ち入る事は稀ですから」
今のところ、そこまでの予定はないかな。
量産前提で考えないと、ただのお嬢様の道楽になっちゃうしね。
「言っておきますが、お嬢様。ご自分で獲りに行こう、なんて考えないでくださいね」
でっかい釘を刺された。私、まだ何も言ってないよ?
「レティなら強力な上位種でも倒してしまいそうですけど、それらの生息域まで行くのは、専門家でも大変ですよ?」
二人共、私を何だと思ってるの?
ファンタジーの定番、冒険者に憧れなくはないけど、それは倒した魔物がファンファーレと共に素材を残して消える場合だけだよ。
獣道を延々歩く元気はないし、血塗れになりながら魔物をばらす気力も湧いてこない。
お肉と同じ。
私のところに届くのは、専門家が綺麗に処理してくれた後でいいかな。
そもそも、モヤモヤさん濃度が濃くて、私には黒くしか映らない森なんて近付きたくもないんだよ。
「でも、冒険者ギルドには情報収集に行ってみたいかな。オーレリアは行った事ある?」
「王都では、ないですね。領地にいた頃は、何度か足を運びました」
「これから行ってみない?」
「ごめんなさい。私、この後、カラム共和国語の講義なんです」
ああ、あの発音が大変なやつか。
「そう言う事なら、冒険者ギルドへ行くのはお嬢様も後日にしましょう」
冒険者ギルドに行くならオーレリアも一緒と、何故かフランが主張するので日を改める事にした。
あれ? 私、フランに信用されてない?
冒険者登録するつもりとか思われてそう。
もしそのつもりだったとしても、この場合、オーレリアは抑止力になるのかな?
お茶を飲んだら、オーレリアは行ってしまった。
まあ、私もできる事から始めよう。
「フラン、魔物素材の取扱業者に、面会依頼を出しておいて。念のため、商会二つはあたってみましょう」
「かしこまりました」
「それから、アルドール先生の予定の確認をお願い。研究を始める前に、改めて挨拶をしておきましょう」
アーキル・アルドール先生は、魔物素材の同定を主な研究テーマとしている。
今後、相談に乗ってもらう事もあると思う。魔物性質学のテストで一度挨拶はしているけれど、同じように素材を扱うのだと、報告は入れておこう。
都合良く、この時間の講義はなくて空いているそうなので、早速フランと向かう。
「──お嬢様」
途中、フランが低く告げた。
探知魔法がない私も、すぐに異常に気が付いた。
学院が開始したばかりで講義が盛んに行われるこの時期、廊下を歩く気配はひどく目立つ。
「前から五人、後ろに六人、少し離れた場所にも二人、いずれも男性です」
「偶々通りかかった可能性は?」
「ありません。明らかに時機を計る気配があります」
やっぱり。
私やオーレリアのように、多くの選択科目を学習済みの生徒は意外に少なかった。なら、講義中の時間に手空きな人が集まったにしては多過ぎる。
「じゃあ、思惑に乗ってあげましょう」
「宜しいのですか?」
「ええ、今後似た事が起きても面倒だから、しっかり対処しておかないと」
私達が待つ事しばらく、十一人の男達がいやらしい笑みを隠しもせずにやって来た。いや、隠してないのは汚い顔だけじゃない、胸の紋章もそのままだった。
良からぬ事を考えた連中が名札付きで現れるとか、何の冗談?