意趣返し

「婚約拒否、おめでとうございます、レティ」

王子へ挨拶して戻ったオーレリアは、とても綺麗な笑顔でした。

私に対するあんまりな態度に怒ってくれてるんだろうけど、貴女の圧に皆引いてたよ? 魔物を屠れるオーレリアの迫力は、一般人にはきついと思う。

第三王子?

オーレリアから二歩くらい後ずさって震えてたけど、私には関係のない人らしいから、知らないよ。

上位者に敵意を向けてはいけません、なんて法律はないしね。オーレリアの礼は、一部の隙も無いくらい綺麗だったから、不敬を指摘される余地もありません。

偏見から婚約拒否された私を気遣って、機嫌を損ねたオーレリアを恐れて、誰も近寄って来なくなったよ。ソーシャルディスタンス!

まあ、ここで無理に挨拶しなくても、五年は同じ敷地内にいるんだから、必要なら向こうから機会を作るでしょう。

腹の虫がおさまらないのか、行き場のないオーレリアの憤りは、端に並べられた料理へ向いた。

その山盛りのお皿は何?

伯爵家の御令嬢がそんなに食べて大丈夫?

健啖家けんたんかの割に太ってないけど、摂取したカロリーどこ行くの?

まさか、普段の鍛錬で全部消費してる?

「レティは魔法が得意だと言うのに、それを知ろうともしないで属性だけで否定するなんて、酷いです!」

オーレリアには私のオリジナル魔弾魔法も見せている。

普通の魔弾だと着弾の後、その場にモヤモヤさんがベッタリ残って不快だから、使用後にモヤモヤさんが視界に入らないよう、貫通力を上げた魔力レーザー魔法だけどさ。

魔弾魔法は、私的に掃除魔法の対極で〝汚す魔法〟だから、使用時に箒も使いません。その分、発動も早いよ。イメージは空〇ピストルだからね。

ちなみにモヤモヤさんが魔素だと知ってから、モヤモヤさんへの認識にも変化がありました。

世界に満ちて、様々な事象に影響を与える根源元素。物質や体内に留められない分が漏れ出るだけだから、汚い訳じゃない。

見た目からの不快感は消えないけれど、排泄物から老廃物くらいに見解を改めた。

「大体、魔法属性を必要以上に重視する姿勢は、強化魔法を軽く扱うと言う事です。騎士タイプの方々や、強化を極めて英雄になったお父様に失礼です!」

ああ、怒りが長く続くと思ったら、そういう理由もあったんだね。

英雄を否定して、ここにも二~三割はいる筈の騎士タイプの気分を害した。あの王子、国外に出ること考えた方がいいんじゃない?

「魔塔でも、強化魔法の研究は続けられているらしいからね」

「そうです! 強化も、属性魔法も、魔法を扱いやすいように分類した結果でしかありません。私はレティの魔法を見て、そんな事よりイメージが大事なのだと学びました!」

私が教えなくても、オーレリアはオリジナル風魔法を生み出していた子だけどね。


「折角の貴族の学校だというのに、貧乏くさい平民の臭いがするな」

「見てよ。あの紋章もどき、盾が入ってないじゃない」

「貴族の真似事で仲間入りできると思っているのか?」

「いくら憧れたって、高貴な血が手に入る訳じゃないのにね」

「卑しい育ちだから、そんな事も理解できないのではありませんか?」

「きっと、碌な教育を受けていないのでしょう」

漸くオーレリアの機嫌が上向いてきたのに、不快なやり取りが聞こえてきた。

やめてくれるかな?

下位者に何を言っても構わないって姿勢は王子に触発されたのかもしれないけど、兵士と交流の多いオーレリアは、その手の選民思想が嫌いなんだよ。

腹立たしいのは確かだけれど、ここで止めてもそれで終わる訳じゃない。思想って言うのは幼少から常識と一緒に刷り込まれているものだから、時と場所を変えるだけでまた繰り返す。

私にできるのは、晴れの場が台無しになっている事にも気付かないアホな貴族を止めるくらいかな──と、囲まれている男の子を見て驚いた。

薔薇ばらと門扉の商会紋、魔道具を中心とした家庭用工業製品において国内市場の一、二を争うビーゲール商会。

海の向こうの国々にも影響力は大きくて、薔薇をモチーフにしたロゴ入りの商品が多く並ぶと聞いている。日本で言うなら、ソ〇ーやパナソ〇ックだよ。

よりによって、誰を標的にしてるの?

その子が内向的みたいだから耐えてくれているけど、貴方達が勝っているのは身分だけ。貧乏人どころか、この場で有数の資産家です。その気になったら、貴方達の家、あっという間に干上がるからね。

国外との取引に障るからと爵位の授与を断って、代わりにこの国の経済を支え続けると先代国王様に約束した逸話、知らないの?

「平民が混じったところで勉強するなんて、嫌だわ」

「その通りだね。だから、お前、さっさと退学してくれないか?」

「第一、誰の許可を得てここにいるんだ?」

「それは当然、国王陛下でしょう」

しまった。

あんまり馬鹿な事を言ってるから、思わず口を挟んでしまった。

「どういう事でしょう、スカーレット様。陛下が平民を学院に呼んだと仰るのですか? いくら侯爵令嬢でも、不敬ですよ?」

どう言う事、はこっちだよ。本気で……言ってるんだろうね。

「決まっているでしょう。ここは王立学院です。運営も受け入れも、陛下の裁可の下に行われています。勿論、実際の運用は先生方をはじめとした代理を任じられた方達が行っていますが、私や、そちらのチオルディ伯爵令息も、ビーゲールさんも、国王陛下の承認を得て入学した事に違いはありません」

「平民が、教師に金を握らせたかもしれないだろう!」

「それは、陛下が代理を任じた先生方への侮辱ですか? それとも、先生方を信じて任せられた国王陛下の批判ですか?」

「ぐ……いや、それは……」

家に雇われた教師しか知らないから、権力を振りかざせば何とでもなると思ってるんだろうね。ここが王立なのは、そういう横暴を抑える為でもあるんだよ。

「そもそも、学院に平民を受け入れると決められたのは、先王陛下です」

戦争で失った人材を補う意味もあったらしい。

「それを否定するなら、陛下に奏上するか、体制の変更を望む書類を整えて議会に提出してください」

叶うかどうかの保証はしないけど。

「正式な手続き無しに不満を口にしていると、王族批判になりますよ。そうですよね、アロガント殿下」

「──!」

関わるつもりの無さそうな第三王子に話を振ってあげたら、すっごい嫌な顔をしたよ。ポーカーフェースは苦手みたい。王家が決めた事についてなんだから、他人事じゃないでしょう?

他の侯爵令息達みたいに、様子見だけでは居させてあげないよ。

「ふむ、確かにノースマーク令嬢の言ったことは、間違っていない」

そうでしょうとも。

貴族含めて下に見てる王子は、心情的には向こう側かもしれないけれど、五百人以上の貴族子女が集ったこの場で、それを口にはできないよね。そのくらいの分別はあるらしい。

「私、貴族は人々の規範となる姿を示さなくてはならないと、学びました。下位者に身分を振りかざすようでは、とても規範となれるように思えません。先程、アロガント様もおっしゃったでしょう? 才能のない、血筋だけの貴族では駄目だ、と」

「──!!

「王子はとても大切な事を教えてくださいました。人の上に立つ者として、この学院で多くを学び、たくさんの知己を得、上位者として相応しい〝格〟を身に付けましょう」

面白くなさそうに顔を歪めているのを見て、少し溜飲が下がりました。

これで、表向きにくらいは下位者への横暴が収まってくれるといいのだけど。

「それから、ビーゲールさん」

私が彼に近付くと、囲みがさっと割れる。第三王子を引き合いに出すような女に意見しようなんて気概があったなら、こんないじめみたいな真似はしてないよね。

「貴方は、学院の入学が許された事をもっと誇ってください。それがどれほど困難であったかは、貴方が一番ご存じでしょう?」

先王陛下の代から学院に平民枠が創設されたと言っても、その道程は当然優しくない。

枠は最大で十名。

狭き門に加えて、入学者がゼロになる年も珍しくない。それだけ過酷な試験が課せられる。彼が大商会の後継候補だからといって、考慮される筈もない。

「ここにいる時点で、貴方が文武共に高い水準にあるという証明です。国の礎になれると、試験官となった先生方が保証してくれているのです」

実力主義の第二王子派閥なんかは、手薬練てぐすね引いて待ってると思うよ。

「貴方も、実力で身分差を覆すくらいになってください。後に続く方々の指針になってください。貴方は商会の後継候補であっても、優秀さを証明し続けなければ外される。そんなふうに鎬を削る大商会の教育を乗り越えてきたのでしょう? ですから、そのくらいはできると信じています。それができたなら──お友達になりましょう」

差し出した手を握り返すこともできず、ビーゲールさんは面白いくらいにきょとんとしてました。

でも、お友達になって、商会へ融通を利かしてくれるって、信じてるよ。


「レティって、いろいろ狡いですよね」

それ、どういう意味かな、オーレリア?