温泉大好き

王都ワールスの西、ソーヤ山脈へ太陽が消えてゆく。

未だ空気は生温く、秋の声はまだ早いけれど、日の落ちる時間は確実に早くなっている。残念ながら月は未だ昇らない代わりに、星の瞬きがその数を徐々に増やしていく。

あ゛~~~」

そんな夏の夕方。乙女にあるまじき声が空に響く。

貴族令嬢らしさも、今は忘れさせてほしい。

何故なら、今、私は温泉に浸かっている。

幼少期からずっと、お屋敷の広いお風呂を楽しんでいたから、自分が温泉好きだと忘れていたよ。

この世界に転生して十二年、初めての温泉を心行くまで堪能すると決めた。

今日だけは、フランにだって止められないよ。

場所は王都の南、川を渡った先にある宿泊施設。

海のほど近くに湧いたお湯は塩をはじめとしたミネラルがたっぷりと溶け込んでいる。塩分濃度の高いお湯は、殺菌作用が高くて、切り傷や火傷といった軽い外傷から、神経痛、皮膚炎まで回復促進が望める。他にも、胃腸機能の低下、便秘、冷え性、末梢循環障害、軽症高血圧、耐糖能異常、軽い喘息、自律神経失調症なんかにも効果があるんだって。

これはもう、薬と言っていいよね。苦い思いをしたり、カプセルや錠剤を無理して飲まなくても、気持ちよく浸かってるだけで効く薬!

塩分が乾燥を防いでくれるから、保湿効果でお肌もしっとり。

海水温泉は保温力も高いから、身体の芯まで温まるよ。のぼせる手前で冷水風呂に移動して、冷やした体を再び温めると、何とも言えない気持ち良さだよね。

…と、温泉の良さを語っていたら、オーレリアとフランに引かれていたよ。

「お嬢様が温泉を気に入られた事は、理解しました」

フラン、感想はそれだけ?

私は温泉の素晴らしさを知ってほしいんだよ?

「ここまで喜ばれると知っていれば、視察の宿泊場所も温泉のある場所を選べば良かったですね。次の機会の為に、下調べはしておきます」

「偉い、フラン! 今度帰ったら温泉巡りしよう!」

「……屋敷に帰らないと、旦那様が泣きますよ?」

それは少し不味いかな。温泉地に寄り道しながら帰るくらいにしておこうか。二つの世界をまたいだ温泉巡り、最高じゃない?

「レティは詳しいですね。おかげで少し温泉の凄さが分かりました」

うん、オーレリアは良い子。ちゃんと聞いてくれてたよ。熱く語った甲斐がありました。

ちなみに、練習着の許可はあっさり下りた。

領地の利益は大事だけれど、有事を考えれば、軍の強化は外せないと判断したみたい。戦征伯を巻き込んで、実験部隊を創設する方向で話を進めるらしい。オーレリアはその検証の一歩目となる。

王都到着から十日。私は片道に五日かけたのに、既にお父様からの返事が届いているあたり、カロネイア伯爵との関係が如何に大事か、嫌でも伝わるよ。

領地の機密ではあるので、オーレリア用の練習着はノースマークで作って、お父様が上都する際に一緒に運んで来ると決まった。その際は、私とオーレリアを含めた領主会談になる予定。何かと忙しいと聞く、オーレリアのお父さんにご挨拶する機会ができました。

カミンに良いところを見せたくて思い付いた服が、随分大きな話になってきたよね。

私がオーレリアと知り合った事で、予定はかなり繰り上がった。

後を引き継いだ文官さん、忙し過ぎて死んでない?

でも、そんな事とは関係なく、私と彼女はすっかり仲良くなりました。

知り合った翌日、いつも見回っていて詳しいからと王都案内を買って出てくれたし、入学手続きにも一緒に行った。美味しいお菓子のお店やセンスのいいカフェも教えてもらって、お忍び用の服や水着も買いに行った。この十日間はほとんど一緒だったね。

私はこうして遊びに行って、仲良くなれたら友達だと思ってたんだけどね。

「スカーレット様。私とお友達になってもらえませんか?」

…って、告白するみたいに可愛くお願いされた時は、理性が崩壊するかと思ったよ。よく耐えた、私。

幼い頃から勉強と鍛錬ばかりで、同世代の子女と交流する機会はなかったんだって。知り合いは訓練場で会う兵士くらいだとか。

境遇は似ていて、私の場合は仕事を手伝う文官さんが増えるくらいだね。女性比率は私の方が少しマシかも。私はフランがいるからそれを寂しく思わずに済んだ。

で、改めてお友達になれたから、王都に着いた時から計画していた海に誘った。

波打ち際でキャッキャウフフのつもりが、ガチ水泳になりました。水中で風魔法が使えない筈なのに、ついて行くのに強化魔法が要ったからね。

楽しかったけれど、オーレリアの小さな身体には、無限のバイタリティーが詰め込まれていると学習しました。

一日遊び倒して、疲れたから一泊する事にしたのがこの温泉宿…という流れ。

「ところで、レティ」

「……何?」

「どうして、ずっと私の胸を触っているのでしょうか?」

友達宣言の時に負けないくらい、真っ赤に染まったオーレリアが訊く。顔どころか、耳も、首も、胸まで赤い。

のぼせたなら、身体冷やさないと危ないよ?

確かに、温泉について語る間も、私の手は抱きつく形でオーレリアの胸にあった。

やわやわすべすべで、手におさまりもいいものだから、この至高のふにふにから離れられなくなっている。

「いっぱい触ったら、私の胸も成長してくれるかな…と思って」

私、未だに性徴の気配がありません。遺伝子、仕事しろ!

「触るなら、フランさんの方が効き目も大きいのでは?」

「……あれはもう別次元だからね。目標にするには遠過ぎて、逆に効き目が無さそうな気がしてます」

私の狙いをフランに押し付けたかったんだろうけど、残念ながら、散々試して効果が無い事、確認済みなんです。

「最近、入浴中に触ってこなくなったと思っていましたが、そういう理由でしたか」

そうですよ。

前世含めて、胸がお湯に浮いた経験なんてない私には、フランは遠過ぎたんだ。胸が重くて肩が凝るなんて話は、私には縁が無いんだ。

高望みは止めますから、もう少し何とかなりませんか?

フランの胸も触っていたと聞いて、オーレリアの体が強張った。ちなみに、お母様の胸も触ってたよ。やっぱり効果は無かったけどさ。

「もしかして、なんですけれど──レティは女の子がお好きなんですか?」

「うん、可愛い子も、綺麗な子も、皆大好きだよ」

胸張って答えたら、オーレリアが腕の中から離れて行った。なんで?

「可愛いも、綺麗も、愛でたくなるのは当然でしょう?」

オーレリア様との距離がさらに開いた。フランは眉間を押さえて、不可解なものを見る目を向けてくる。

あれ? 何か答えを間違えた?

「お嬢様、その、男性に興味は……無いの、ですか」

何故だろう、フランが深刻そうだ。顔、白いよ? 温もった方が良くないかな?

──あれ?

もしかして、何か勘違いされてない?

私、まさか、同性愛者と思われてる?

なんで?

前世では、禰〇子ちゃんや、あず〇ゃんだけじゃなくて、三〇月宗近様とか、〇栖翔きゅんにも、ちゃんと萌えてたよ?

いや、ほんと、これは不味いヤツかも。

私、貴族に嫁いで、家同士を繋ぐのが、将来のお仕事です。同性愛者だなんて事になったら、お嫁に行く先、無くなります。いや、噂になるだけでかなりヤバイです。お父様に顔向けできなくなっちゃうよ。

フランはまだいい。いや、放っておける訳じゃないけど、説明の時間はいつでも作れる。

でも、オーレリア様は駄目。間違っても、このまま帰しちゃいけない。友達の秘密を吹聴して回るとは思ってないけど、友情にひびが入る可能性がある。実際、既に開いた距離が辛いんです。

「いやいやいや、待って。ちょっと待って。違うから、ほんとに違うから。お願いだから説明させて! 信じて!」

全力で言い訳しました。

九十度の謝罪礼、初めて使ったよ。

スキンシップ、スキンシップだから! 性的な意味で触ってないから!! 友情。そう、友情だから。友愛はあっても、ラヴじゃない! ちょっと萌えただけなの、興奮とかしてないから!

後生だから、そんな涙目でこっち見ないで!

今世、初恋はまだだけど、男性に魅力を感じない訳じゃないんです。スーツメガネ男子とか、ハスキーボイスとか、可愛い系の男の子とか大好物です。

出会い。そう、出会いがまだ無いだけだから!

これでもかってくらいに言葉を重ねて、漸く分かってもらえました。いくつか失言もあったかもだけど、忘れてください。

「可愛いものなら何でも尊くて、愛でたくなるだけなんです」

「──」

「──」

沈黙が返ってきた。

ほんとに分かってくれたんだよね? それ、理解できないものを見る目じゃないよね?

「誤解だと仰るなら、今後、無遠慮な接触は控えてくださいね」

「……はい」

返す言葉もなかったよ。