示談?

「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません、ティクセド・ガーベイジ子爵。か弱い女の身故、騎士達の勢いに驚き、対応が遅くなってしまいました。ジェイド・ノースマークの子、スカーレットです」

漸く現状を理解したようなので、未だ立ち上がる様子のないガーベイジ子爵に一礼する。

ヴァンデル王国の身分制度の面倒なところなのだけど、私はガーベイジ子爵に礼儀を尽くさなくてはいけない。

立場的には侯爵令嬢わたしの方が上でも、私は爵位を持っていない。だから、子爵であるガーベイジ卿の方が身分的には上位者となる。

侯爵家と伯爵家の令嬢と事を起こしたと知って、へたり込んだまま立ち上がれなくなったらしい子爵は、そのあたりを理解していないみたいで、最敬礼する私に委縮してしまっているけれど。

ちなみに、この国は日本同様に拝礼が基本。ただし、付帯する作法や要求される姿勢、腰の角度は非常に厳しい。例えば、最敬礼は六十度、日本のそれより少し深い。右手を胸に当てると謝罪の意味が加わるし、さらに深く九十度まで折ると、土下座に近い意味となる。上位者への挨拶でも、初対面でないなら四十五度、下位者や身内なら三十度、ただし王族が対象の場合は常に最敬礼と、作法が細かい。

日本で親しみがあるから覚えやすそう…と思っていられたのは最初だけ。腹筋と背筋が鍛えられるくらい反復させられたよ。お母様の目には、角度測定魔法が備わっているんじゃないかと、ホンキで疑ったね。


事の経緯を聞き終わった隊長さんは、一部オーレリア様に確認を取っただけで納得してくれた。

追加で質問されたのは一点だけ。

「ところで、侯爵家の車には傷一つありませんが……」

「当家の特別仕様ですので」

にっこり微笑んであげたら、それ以上の追及はなかったよ。脅迫じゃないからね。

子爵側への聴取は運転手さんに行われた。体を強くぶつけて意識を失ってたけど、憲兵隊の回復魔法で助けられていた。無事で良かった。

子爵親子に急かされて、制限を超えた速度を出した結果、確認なしに交差点へ侵入したんだって。彼に責任がない訳じゃないけど、泣きながら頭を下げられたら、私からは何も言えなかったよ。

子爵本人への聴き取りはなし。信用できそうにないから、仕方ないね。

「ご協力ありがとうございます。ノースマーク様に過失は認められませんでした。ガーベイジ様は交通法の違反を確認しましたので、このまま車を回収させていただきます。後日、別の担当者が伺いますので、手続きをお願いいたします」

この場合の手続きというのは、罰則を受け入れる旨を記した契約書作成の事。憲兵の報告書から、国の役人が量刑を決定して通告に来る。この時の役人は法務大臣の代理人扱いなので、拒否はできない。異議申し立てくらいはできるらしいけど、交通事故でそれが通った話は聞かない。

憲兵さんのお仕事はこれで終わり。

私への恫喝やオーレリアさんとの戦闘は、家同士の問題なので、彼らはノータッチ。報告書を上げて、後で問い合わせがあった場合に対応するくらいかな。

貴族相手でも、現行犯なら取り押さえるくらいの権限は持っているけど、基本的に貴族同士の諍いに関わりたくないだろうしね。

「待ってくれ! 息子が怪我をして、心配のあまりに冷静な判断ができなかったんだ。ご両親への報告は控えてくれないか?」

やっとオーレリア様との時間だと思っていたら、ガーベイジ子爵がそんな理屈をのたまい始めた。

こちらに被害は無かったし、家同士の問題だから、私が報告しなければ問題は表面化しないけど、それ、本気で言ってる?

大体、息子さんの怪我ってコブだよね。コブで冷静さが欠けてしまったって、私は短絡的でカッとなりやすいです…と貴族としての欠点を喧伝しているのと同じだよ?

それに、挨拶に現れない息子さんが、私とオーレリア様からの評価を落とし続けてるって気付いてる? 私が視線を向けると車窓の下に隠れたけど、騒ぎの間中窓から観察してたの、見えてたからね。

「それは無理です、ガーベイジ子爵。私の連れている使用人達は、皆、侯爵家に仕えています。彼らには全てをお父様に報告する義務があります。私が命令したとしても、止められませんし、私にもそのつもりはありません」

「私も同じです、ガーベイジ卿。それに、憲兵隊が動いた時点で、将軍である父の耳には入ります。隠蔽は無理ですよ」

私とオーレリア様の二人に拒否されて、子爵の顔はみっともなく歪んだ。泣く一歩手前とも言う。

「子爵は事態を軽く捉えてらっしゃるようですけれど、最悪、私の暗殺の可能性を疑っているのですが、ご理解されてますか?」

「──え?」

子爵の顔が青を通り越して白くなった。

驚いてるの、貴方達だけだよ。

「規定を遥かに超える速度で私の乗る車を襲い、失敗すると見るや騎士で囲んで銃剣を抜いたのですから、当然の疑惑でしょう?」

「い、いや、そん、そんな……ち、違う! 銃を抜いたのは、騎士隊長の判断だ。私は知らん!」

へー、そんな事言うの。

「こういった場合に備えて、私の車には複数の映写晶が設置してあります」

「……へ?」

交通トラブルにドライブレコーダー機能は必須だよね。

もしもの時に責任の所在を明らかにして私を守る目的で、お父様はこの特別車両を用意してくれた。銃の使用を指示したところも、私達に隠蔽を頼んだところも、しっかり映ってる筈だよ。

「事故の瞬間から一連の騒動を記録しておりますが、若輩の私には扱いかねますから、ここからは全てお父様に委ねます。子爵にもご言い分がお有りのようですから、直訴されてみては如何でしょう。私のお父様は、誠意には誠意で応えてくださる方ですので」

「あ、そ……そん、な、つもりじゃ……」

「今の子爵様のご様子も記録してありますので、お父様もご覧になるでしょうけど、とても暗殺を企てていたようには見えなかったと、私からは申し伝えておきますね」

最後のは慈悲のつもりだったんだけど、子爵はがっくり項垂れて動かなくなった。

法的な裁きはないし、最終的には分かりやすい謝辞として、金銭の支払いで決着するだろうから、これも示談というのかな?

子爵の車を回収するための牽引車も来たし、子爵は反応しなくなったし、未だに姿を見せない子爵子息を相手にするつもりもないから帰っていいよね?