強化魔法が得意な私でもあんなふうに動ける気がしない。お嬢様の嗜みなんて領域に無い鍛錬と、武術の習得による動きの最適化、状況を一瞬で見切れる勘の鋭さがあって漸く辿り着ける領域だと思う。
普通の貴族令嬢を目指す私には、全く縁のない技能だけど、ちょっと憧れるね。
「……な、何をしている、お前たち! それでもガーベイジの騎士かっ! 銃だ、どれほど強かろうが銃を防げる人間などおるまい。銃でハチの巣にしてしまえ!」
喚くガーベイジ子爵。
残念だけど、あれだけ速く動ける相手に銃の射線は合わせられないよ。前世ならともかく、ここは魔法がある世界だからね。
騎士達もそれを分かっているらしく、子爵の命令に従う様子はない。そもそもほとんど戦意を失ってるしね。貴族の紋章は知らなくても、相手との絶望的な力量差が分かるくらいには訓練を積んでいるらしい。
いや、一人だけ抵抗心を失っていない騎士がいた!
彼女の登場時、子爵と一緒に弾き飛ばされた一人。打ち所が悪かったのか、子爵と彼だけが立ち上がっていなかった。
倒れたままいたので状況を把握してなくて、子爵の命令に反応して火魔法を発動している。その顔は禍々しく歪んで女性を睨む。無様に転がされた事で、ヘイトを溜めていたみたい。
ここに至るまで誰一人として剣と銃以外を使う者がいなかったので、術師タイプが混じっている可能性を見落としていた。
しかも、子爵が喚いたせいで、女性の警戒は立っている騎士の銃に向いてしまって、術師に気付いてもいない。
「クソがっ、死ねっ!!」
放たれる火球。死角からの魔法に、遅れて気付いた女性は動けない。
「──! させない!」
魔法が女性を襲う直前、私は小さな箒を火球に向けた。
それで終わり。
最悪のタイミングで放たれた火球は、露と消えた。
「え──?」
呆然とする騎士と、無力化に動いた女性。判断の如何が勝敗を決めた。剣の柄を後頭部に思い切り落とされて、騎士の意識は刈り取られた。
「終わりましたね」
全てを見届けたフランに私も頷く。
危ないところもあったけれど、こちらは被害を出さずに済んだ。
最後に火球を消したのは、私の魔法。
お掃除魔法を強化した私は、他者の魔法を分解してモヤモヤさんを取り込めるようになった。モヤモヤさんが消えれば、魔法は残らない。
無効化してる訳じゃないから、幻想を〇したりしないよ。
ちなみに、魔法の発動に使ったのは、最初に貰った箒。掃除道具はいっぱい貰ったし、きちんと大事にして王都まで全部持ってきているけれど、最初の三つが一番慣れててお気に入り。〝アーリー〟、〝ウィッチ〟、〝リュクス〟と名前を付けて、いつも携帯している。
一歳の誕生日に貰ったおもちゃなので、今の私が振り回すにはちょっと大きさが足りていない。だからって特注品を新調するのも私的に勿体ない。そこで、拡張してみることにした。
この世界の物体は全て魔力を含む。ある程度の量を保持しているだけじゃなくて、分子間の結合や状態の維持にも関与している。そこへ魔力を無理矢理足せば、形状や大きさに干渉できる。
逆に魔力を抜いて外から魔力圧をかけると、縮小も可能だった。
普段はポケットに入れておいて、取り出した瞬間に魔力を注げば、片手に丁度収まるサイズの箒が現れる。
レグリット先生に報告してみたところ、国軍の一部で活用されてるのと同じ技術だったらしい。大型の兵器を移動させる際に少し縮小して持ち運びやすくしたり、弾切れの時に別口径の弾丸を合わせることもできるんだとか。
際限なく大きさが変えられる訳でもないし、形状変化にも限界がある。しかも消費魔力が大きいので、気軽に扱える魔法ではない筈なのですが……と、レグリットさんが頭を抱えていた。
彼女やフランの魔力をコップ程度と喩えるなら金ダライ分くらいは必要だから、確かに多いかも。
術師は一般的に魔法の補助として杖を装備するらしい。でも私は、箒の方がイメージしやすい。三つの箒の使い勝手も違うんだよ。
子爵側の騎士が戦意喪失して、安全が確保できたみたいなので、私も外に出る。
「初めまして、オーレリア・カロネイア様。助けていただきまして、ありがとうございます」
精一杯優雅に見えるようにお礼を言うと、目を丸くして私を見つめていた。
「私をご存じだったのですか?」
「勿論。貴女のご活躍は、戦征伯と呼ばれるお父上のご勇名と共に、ノースマーク領まで届いておりました」
引き籠り令嬢でも、情報収集くらいはするよ。
十五年前の戦争の英雄、アルケイオス・カロネイア伯爵。
劣勢であった戦況をその知力でもってひっくり返し、兵士を鼓舞しながら前線で戦い勝利をもたらした功績から、戦征伯とも呼ばれている。現在も将軍として
前大戦に出兵して、その活躍を目の当たりにした騎士がウチにもいたから、その英雄譚は飽きるほど聞かされたよ。
で、その娘が父の下で武芸を学んで、最近では盗賊団の討伐や、犯罪組織の壊滅に協力しているというのも有名な話。戦いの際には風のように舞うとも聞いていたから、風魔法を使うのだろうと予想していた。
容姿については何も知らなかったけど、こんな強い女性、他に何人もいる訳ない。次々強キャラが出てくる少年漫画の世界じゃないんだからね。
歳は確か、私と同じ。十二歳で軍や騎士団に混じって活躍してるんだから、トンデモお嬢様だよね。嫌いじゃないけど。
さて、ガーベイジ子爵なんて放っておいてオーレリアさんと親交を深めたいところだけれど、漸く憲兵隊がやって来た。そうなると、事情の説明をしなきゃだね。
私達も、ガーベイジ子爵側も、事故を起こした当人達が誰も通報していないので、憲兵隊は十分に早い到着と言える。もしかすると、オーレリアさんの介入で大きくなった騒ぎに気付いてくれたのかも。
「憲兵隊のフルカスです。貴族同士の衝突が起きていると通報を受けて参上したのですが……事情をお聞かせいただけますか?」
憲兵隊の隊長さんは、状況を確認すると、困惑しながらも負傷者の救助と騎士の武装解除を指示して、この場の最上位であろう私へ状況説明を求めてきた。治安維持に協力してるのか、オーレリアさんとは顔見知りみたいだけど、ここで彼女に話を持って行かないあたり、この隊長さんは貴族を知ってる。そのくらいでないと、王都の憲兵隊長は務まらないんだろうね。
憲兵さん達が戸惑うのも無理はない。
貴族所有の車同士が衝突してて、なのに片方は無傷。子爵側の騎士は武装していて、半分は地面に転がり、私達が抵抗した様子がない代わりにオーレリア様がいる。
なかなかカオスな状況だよね。
「職務の遂行、ご苦労様です。御覧の通り、事故を起こされて困っておりましたので、助かりました。私はスカーレット──家名の名乗りは必要ですか?」
私が自己紹介すると、この場の全員の視線が波模様と聖杯の紋章に集中した。
オーレリアさんも、隊長さんも、必要ないと首を振ってくれたけど、一人だけひっくり返った声で悲鳴を上げた。
「こ、侯爵家!?」
今頃気付いたの? 遅いよ。