お勉強 魔法実践編
「フランは風属性よね?」
「はい。攻撃魔法はあまり得意ではありませんので、風を薄く広げて探知を行う事が多いです」
訓練場でレグリット講師を待つ間、何気なく振った話題だったけど、興味深い答えが返ってきた。
なるほど、詠唱したり魔法陣を描いたりといった特定の手順を必要とせず、イメージで形にする魔法なので、応用範囲は広そうだね。
魔法の知識皆無だった私がラバースーツ魔法を使えたくらいだから、固定観念に囚われる必要はない訳だね。もしかすると、私のモヤモヤさん回収も、箒イコール掃除、というイメージから生まれたユニーク魔法かもしれない。
無属性でもできる事は案外多いかもね。少し気分が上向いた。
「フランの魔法! 見せて!!」
「……風魔法ですから、見えませんよ?」
言う事はもっともだけど、一向にかまわない。私は、フランが魔法を使うところを、見たいだけだ。
「……それでは、失礼いたします」
私の勢いに納得してくれたフランは意識を集中させると、涼しい風が頬を撫でた。少し汗ばんでいた肌に優しい。
「ありがとう、フラン。──もしかしてこの風、温度も変えられるの?」
「少しだけなら可能です。凍るような冷たさや、火傷するほどの熱さは無理ですが」
クーラー魔法、ちょっとうらやましい。
けれど、風魔法で温度変化できる理屈はちょっと分からない。
前世では、熱と冷気は、熱エネルギーのプラス方向とマイナス方向でしかなかった。でも、この世界では、熱は火属性、冷気は水属性としっかり定義されている。ならば、風魔法で温度調節をするには、火か水の属性を合わせる必要があるのではないだろうか?
「風というのは、暖かかったり、冷たかったりするものだからではありませんか?」
疑問をそのまま訊ねてみたら、不思議そうに返されたよ。
ええと、つまり、魔法を使ったフランがそう考えているから、そのイメージ通りに魔法が発動してるのかな? 無自覚は属性分類を超えるの?
ちょっと、日差しで火傷する砂漠や、バナナで釘が打てる極寒の地に、フランを連れて行ってみたくなった。風魔法の温度調整、パワーアップするかな?
「レグリット様が到着されたようですよ、お嬢様」
密かにメイドの虐待を考えていたら、フランが教えてくれた。
でも、レグリット講師はまだ視界に入っていない。なるほど、これがフランの探知魔法か。
そうと知って訓練場を見渡してみると、フランを中心とした五十メートルほどの円を描いて、モヤモヤさんが湧き出しているのが見て取れた。
一部は建物と重なってしまって見えないけれど、きっとあれが探知範囲の境界線。内側がフランの風の
ある程度の条件が揃う必要はあるみたいだけれど、不可視の筈の風魔法が間接的に見えてしまう私は思った以上にチートかもしれない。
昨日、あっさり強化魔法を習得してしまった(事になっている)私は、回復魔法と魔弾の魔法も試してみる事になった。
回復魔法はいつかフラン達を治療したモヤモヤさんの譲渡だろうって気がしてるけど、レグリットさんは知らない事だし、怪我と病で違いがあるかもしれない。私としても基本は押さえておきたい。
まずは回復魔法から。被験者はフラン。
貴族令嬢で術者の私を傷つけられる筈もなく、講師として招聘したレグリット様もあり得ないのは分かるんだけど、私はフランが傷つくところだって、見たくないんだよ! 分かってほしいな。
ぶっつけ本番は論外なので、念の為に医師で光属性のレグリット講師からコツを聞く。
ゆっくり魔力を患部へ流す事、痛みを和らげるイメージを一緒に送る事、元の健康な状態に戻すイメージを持つ事。この辺りの知識が、お父様が今回の為に彼女を招いた理由かもしれない。
ゆっくり流すのは問題ない。人に試した事は無いけれど、モヤモヤさんを物には散々押し込んできたから、魔力の移譲には慣れている。痛み軽減のイメージも麻酔を兼ねると思えば、きっとできる。
けれど、自然治癒力の増幅ではないみたい。強制的に健康状態に戻すのかな? 少しイメージが難しい。快方の想像も、いつかの経験を生かせるよね。むしろ、あの時は随分無茶をしたとゾッとする。
何度かレグリット講師に魔力を流す練習をして、合格を貰った。この世界の魔法はイメージで大部分が決まる為、コツを学んだ時点でほぼ成否が決まるらしい。自分の中にコツを落とし込めなければ、どれだけ頑張っても習得できないんだとか。
で、いざ実践。
針で小さな傷をつける、くらいに思っていたら、フランは風魔法で掌をバッサリ斬った。
フラン~~~っ!!
悲鳴も怒りも涙も呑み込んで、血が溢れるフランの右手に魔力を叩き込む。
習ったコツも、練習の感覚も欠片も残っていなかった。頭にあったのは、一刻も早くフランを治したいという強い想いだけ。
元に戻れとひたすらに願う。
効果は劇的だった。
時間を早戻しするように、手の傷が消えてゆく。地面に落ちた血はそのままだったけれど、滴る前の血までフランの中に戻った。
理屈なんてどうでもいい。
フランが無事で良かった。
「流石、お嬢様ですね。成功すると確信していましたから、恐れはありませんでしたもの」
私ならできて当然と微笑むフランに腹が立つ。
私、今、涙目だよ。怖かったんだからね!
そのほっぺ、後で絶対つねる。
「──成功、おめでとう……ございます……スカーレット様」
レグリット講師の声が上ずっているのは何故ですか? もしかして私、またやり過ぎました?
今回はフランのせいだよ。
回復魔法というか、魔力の譲渡ができると、魔弾は難しくないらしい。
手に集めた魔力を、標的めがけて撃ち出すだけ。威力も勢いも効果距離も、込めた魔力の量で決まる。それだけ聞くと、なんだかできそうな気がしてきた。
そう思わせるように誘導するのが、魔法を教える上で肝要らしいけれども。
目標は、衝撃吸収材を用いた訓練用の的。
距離は十メートル、私は対象に掌を向ける。
そして、忘れてはいけないのが魔力の制御。
0歳の頃からモヤモヤさんの回収に余念がなかった私の魔力量はきっと多い。一般人がコップの水なら、私はきっとプールくらいの魔力を溜め込んでいる。何も考えずに蛇口を開いたら、間違いなく大変な事になる。
私は学習する女。
フランは手遅れかもしれないけれど、家の外から来たレグリット講師に、これ以上非常識なところは見せられない。
集める魔力は少しだけ。
そっと蛇口を開くイメージで──
「あ、これ不味い」
魔力を放つ瞬間、想定が甘かった事を自覚した。
慌てて魔力を絞る。
しかし、発射は止められない。
結果、射出口径だけ辛うじて縮めた不可視の弾丸が、的と後ろの壁を貫いて、拳大の穴を開けた。
その先は見えなかったので知らない。直後に建物が倒壊したせいで、確認する術は残らなかった。後で知った事だけど、壊れたのは倉庫で、人的被害がなくてホッとしました。
「──」
「──」
「──」
ごめん。プールかと思っていたら、ダムだったみたい。