お勉強 ハードモード

六歳になって、淑女教育に勉学が加わった。

所作に加えて、令嬢に相応しい教養を身に付ける必要があるんだって。貴族が勉強から逃げられるとは思ってなかったから、遂に来たかって感じ。

十二歳になると、王国中の貴族子女が王都にある学院に通うのだと最近知った。ただし前世の学校とは趣旨が大きく違って、勉強より社交、人脈作りが主目的らしい。その為にも、貴族として最低限の教養は入学前に終えているのが普通なんだとか。

入学まで六年、かなりヘビーなスケジュールになる。とは言え、理想の貴族を目指すと決めたんだから、今更怯むような余地はないよ。

丁度、弟のマナー教育も始まったから、お姉様はちょっと凄いって、見せなきゃね。

ふふふ、今こそ前世の記憶が目覚める時! 知識チートが火を噴くぜ!!

──なんて、思ってた頃がありました。

この世界、魔法もあるけど、科学技術も発展してる。

騎士や兵士は剣に加えて銃を携帯するのが一般的だし、防弾対策も進んでいるらしい。

エネルギー源は化石燃料じゃないみたいだけど、移動手段として車が走ってる。

お金は金や銀貨ではなく、紙幣が使われている。ニセ札防止の特殊印刷に加えて、魔術的な複製防止対策まで施しているとか。

例を挙げればキリがないってくらいに近代化が進んでいる。

ただし、この世界は魔物の生息域が広く、常に人々を脅かしているせいで生活圏は思うように広がらず、私からすると歪な発展をしているみたい。魔物のせいで資源の入手場所が限定的なのも、発展を妨げる原因の一つだと学んだ。

未だ王侯貴族による支配体制が続いているのもきっと同じ理由。魔物によって人口の増加が遮られるせいで、民衆の社会的地位の向上が阻害されているのだと思う。つまり、国が自分達の命を守ってくれる状況に満足して、政治に関われない事に疑問を持つまで至れない訳だね。

限られた条件の中で、武器の開発と移動手段の発展を優先した結果、科学技術の発達に対して、生活の豊かさが追い付いていないみたい。技術開発は国を発展させる為に行うことで、それを民を潤す為に使うなんて、よっぽど余裕がなきゃあり得ない、というお話。

で、私が直面しているのは、近代化が進んだ事で、学ぶ内容も複雑化しているって現実。

四則演算あたりなら余裕もあったけれど、二年も過ぎると因数分解と三角関数が出てきて悲鳴を上げたよ。複素数って、お嬢様に必要かな?

でも、数学はこれでまだマシな方。

言語については、隣国語を話せる事が貴族の最低条件らしい。でも私は侯爵令嬢なので、とりあえず三か国語の習得から始めるんだって。とりあえずって、何!? 日本語と英語を数えちゃダメかな?

習い始めてすぐ、お父様、お母様との食事・お茶会は、外国語のみで会話するよう言い付けられて、気の休まる時間が無くなった。ハイドロとテトラがそれに倣って外国語の対応を求めてくるのは予想できたけど、フランまでが後に続いた。

しばらくフランがキライになったよ。

一番困ったのが自然科学。

この世界には魔法がある。その為、前世の物理法則の大前提であった質量、エネルギー保存則が通用しない。代わりの独自法則が整えられているのだけれど、一から学び直しは辛いよ。一部、私が理解に苦しむ現象も交じっているしね。

魔法前提なのは、勿論物理だけじゃない。回復魔法があるから医学も特殊だし、生命活動自体も魔法ありきで解釈されている。魔物がいるから、いろんな生態系が別物です。

モヤモヤさんからビー玉作った私の言う事じゃないかもだけど、前世の常識をファンタジー扱いしないで!

当然、学ばなければいけないのは座学だけじゃない。

最低限の護身術に、音楽や芸術の習得だって貴族令嬢のたしなみです。魔法の勉強も始めたよ。

異世界の貴族教育は、前世の詰め込み教育なんて、比じゃなかった!

知識のプールに放り込まれて、溺れながら必死で顔を上げると、別の科目を口から捻じ込まれる感じ。幼い方が知識を吸収しやすいらしいけど、限度があるんじゃないかな!?

やるべき事に追われる日々で、つくづく思い知った。

お父様、お母様の才能を間違いなく受け継いでいる私は、芙蓉舞衣の記憶を持ってはいても、スカーレット・ノースマーク侯爵令嬢なんだって。

そうでなかったら、前世、モブ存在だった私が、この厳しい環境に順応できる訳がない。何冊もの分厚い教科書を覚えるなんて絶対無理、と私の中の芙蓉舞衣は音を上げるのに、いざ始めると知識をみるみる吸収してゆく。まるで自分じゃないみたい。

時々、原付免許しか持ってないのに、何故か千㏄超えの大型バイクを乗り回してる気分になったよ。

あ゛~~~」

一日の課題を終えてソファーに倒れこむ。本音を言うと、ベッドにダイブしたい気分だけれど、着替えずに飛び込むとプライベートでも怒られるからね。

本日の乙女時間は終了です。今日も頑張りました。才能はあっても限界はあるよ。

「フラン~~~」

「はいはい」

勉強の後の紅茶はお砂糖たっぷり。うん、フランは分かってくれてる。

糖分の取り過ぎ? そんなの気にしてる場合じゃないよ、酷使した脳がカロリーを欲してる。まだ成長期だし、きっと大丈夫。

燃料補給を終えたら、癒しが欲しくなる。

「ん!」

甘えたモードの私が両手を広げると、仕方無さそうにフランが寄って来てくれるので、彼女の胸に顔をうずめる。

うーん、ふかふか~♡

「お嬢様が頑張っておられて、フランも誇らしいです」

フランがこうして甘えさせてくれるのは、私の勉強が順調な証。

進度に遅れが見えると、この時間は講師フランの集中授業に変わる。いくら才能があっても、得手不得手があるんだよって弁明しても、聞き入れてもらえなかったよ。鬼!!

勉強が本格化して、フランをからかう余裕がなくなって、気付くと彼女はすっかり女性らしくなっていた。胸なんてお母様より大きいくらいだし、元気に揺れていたおさげは綺麗に結い上げられて、瞳は自信に満ちている。

私が目指すお淑やかな理想の女性を、先に叶えられてしまった。

成人前だから見習いではあるけれど、誰もが彼女を一人前として扱う。私付きのメイド筆頭はフレンダだけど、実質の中心にはフランがいる。他の皆は私がこの家にいる間のお世話係で将来的な雇用は未定だけれど、フランは私がお嫁に行っても一緒の専属(予定)だからね。

可愛がりたいメイド見習いのフランは既に過去、今では頼れる私の従者だよ。

「ところでお嬢様、そろそろ準備しませんと、カーマイン様とのお約束に間に合いませんよ」

これからの予定を告げられて、背筋がピッと伸びた。

そうだ、忙しいお母様に代わって、マナー教育の進捗を見てほしいと、可愛い弟カミンにお願いされたんだった!

勉強終わりのくたびれた様は、大事な弟に見せられない! フランの胸に癒されている様子は勿論論外。私、カッコいいお姉様だからね。

フランの胸は名残惜しいけれど、愛しいカミンは別だよ。

甘えたモード、強制終了。お嬢様モード改め、お姉様モードを起動します。

貴族令嬢の日常は、忙しいけれど充実してるね。