魔法使いで貴族

結局あの後、何事もなかったようにパーティーを再開して、盛況のうちに終了した。コンフート親子はいつの間にかいなくなっていたけど。

あの騒ぎのせいで、私は他の子達から腫れ物に触れるような扱いを受けるって居心地の悪い時間を過ごした。冷静に考えれば私は悪くない筈なのに、周りが子供ばっかりなせいで委縮してしまっていた。

可愛い女の子に怖くないよと手を振ってみたところ、涙目で逃げられた。普通に凹む。

だからって侯爵家のお嬢さんを放置できないと話を振ってきた子もいたんだけど、天気の話とか、私のドレスが可愛いとか、当たり障りのない内容に終始したよね。あの子達なりに頑張ったんだろうから、楽しい時間をありがとうって笑顔で返したよ。

貴族の付き合いというのは、本心を上手く隠す事なんだって学習しました。

そんなこんなでパーティーを乗り越えて、多忙を極めていたテトラ達もホッとした顔を見せていた。そんな彼女を見てフランも誇らしそう。

人数が少ない中で良くやってくれたと彼女達を労って、お母さんは先にお屋敷へ戻る。

テトラ達にはこれから片付けがある訳だけど、準備の時みたいに期限に追われていないから穏やかな空気だよね。

これが貴族の日常、その一部。

いろいろ勉強になったと感想を伝えたくて、私はお母さんを追いかけた。

そうは言っても歩幅が違う。

早足で去るお母さんに追いつくのは諦めて、私は自分のペースでお屋敷に向かった。別に急ぐ訳じゃない。

少し遅れて、お母さんの私室の扉を叩く。

返事がない。

おかしい。

人前に出て疲れた弟はお昼寝中の筈だから、お母さんが他に寄るところはないと思う。そもそも接客用のドレスだから着替えないと別の場所には行けない。

お父さんは貴族のお偉いさん何人かと会合中なので、そこへ行くって選択肢もない筈だよね。

おかしいと言えば、着替えないといけないのにお母さん付きのテトラを置いてきた時点で変だった。普段着くらいなら一人でも脱ぎ着できるけど、正装となれば別。

どうやって着替えるの?

引っ掛かりを覚えた私は、ベネットに強く扉を叩いてもらう。

「お母さん? お母さん!?

叫んでみても返事はない。

「ベネット、強引でもいいから扉を開けて! 私が許す。これは命令だよ!」

「はい、お嬢様!」

本来なら女主人の部屋に許可なく立ち入るなんて許されない。でもわたしがいるし、ベネットも異常を感じ取ったみたいで同意してくれた。

ドアを蹴破る事も視野に入れてたけど、幸い鍵は掛かっていなかった。

「お母さん!?

飛び込んだ部屋で見えたのは、ソファーにもたれるように倒れ込んだお母さんの姿。腕はだらりと垂れ下がって力がない。荒い呼吸音が聞こえなければ死んだと思ったかもしれない。

「奥様、失礼いたします」

非常事態だと感じ取ったベネットがお母さんをベッドまで運んで、ドレスの締め付けを緩めてくれる。その間、お母さんは全く反応を返さなかった。

顔色はまだ生気を失っていない。でも血の気は引いてかなり白い。そして荒く息を繰り返す。

これって、まさかフラン達と同じ症状?

私はすぐにお母さんの手を握った。

本当に同じ病気かとか、これが魔法かどうかとか、私に制御できるかなんて関係ない。ただ、お母さんの無事を祈った。

お願い、元気になって。

私に不思議な力があるなら、私にお母さんを助けさせて──

「本当にレティは凄いのね。あれだけ苦しかったのに、スッと楽になったわ」

懸命に祈っていると、優しい声が聞こえて温かい手が私を撫でた。

「お母さん! 大丈夫? 苦しくない?」

「ええ、レティが助けてくれたのでしょう? もうすっかり元気よ」

「……良かったぁ」

安堵したらすっかり力が抜けて、私はベッドへ倒れ込んだ。お母さんはそんな私を撫で続けてくれる。普段ならお行儀が悪いとたしなめるお母さんも、今は甘やかしてくれた。

「奥様、もしかしてずっと体調を崩していらっしゃったのですか?」

恐る恐るとベネットが問いかける。

どういう意味?

「ええ。けれどパーティーが控えていたでしょう? 比較的症状が軽く済んでいた私が寝ている場合ではなかったのよ」

「え? 何で?」

なんでもない事のように答えるお母さんが信じられなかった。いろいろと意味が分からない。

「私に言ってくれれば治せたよ? 私が信じられなかった? 病気なのに寝てちゃいけないの? どうしてそんなに無理したの? パーティーがそんなに大事だったの? 病気が酷くなったらどうしたの? お父さんは止めなかったの? お母さんだけが苦しい思いしてるなんて、変だよ……」

疑問が、ううん、不満が次々と溢れた。

折角魔法が使えるようになったのに、頼ってもらえなかった。

お母さんが苦しい思いをしてるのに、私は何も知らなかった。

さっきまで皆パーティーで楽しそうに笑ってたのに、お母さんだけ苦しい思いをしなきゃいけなかったなんて、受け入れたくなかった。

「ごめんなさい、レティを信じていない訳じゃなかったのよ」

「なら、どうして……?」

「レティの魔法は不安定だったでしょう? 現にフレンダ達は治っても騎士団長達は癒せなかった。それで私まで治せなかったら、レティが傷つくでしょう?」

「でも……っ!」

「今日のパーティーはカミンの紹介であると同時に、成長したレティを見てもらう場でもあったの。そんな時に暗い顔させられないでしょう? レティの魔法が確実でない以上、そんな可能性は残せなかったの」

私の魔法が中途半端なせい?

私がポーカーフェースで内心を上手く隠せないせい?

だからお母さんは無理したの?

「それなら寝ていたって…………、病気なのに無理したら、余計に酷くなるんだよ!?

「そうね。でも、パーティーを侯爵家が主催する以上、私とお父様は揃っていないといけないの。今日集まった貴族は親しい方達ばかりだけど、だからこそ弱みは見せられないわ」

「家の為?」

「ええ、私はジェイド・ノースマークの妻なの。一緒にいなければ憶測が流れるわ。私が体調管理もできない不出来な妻というだけならいい。私達が不仲なのかもしれない。長男が生まれたから仲が冷え切ったのかもしれない。初めから仮面夫婦だったのではないか。そんな噂はあの人の足を引っ張ってしまう。あの人が貴族の中で、優位に立つ邪魔はできません」

理屈は分からないでもない。でも、感情が同意の邪魔をする。

なのに、強い意志を見せるお母さんへ向ける言葉は出てこなかった。

「それにね、レティ。豪華なお屋敷に住んで、私達は綺麗なお洋服を着て、毎日美味しいものを食べていられるでしょう?」

「……うん」

「それはね、この土地に住む皆のおかげなの。ノースマーク、この領地に暮らす皆が働いてくれるから、私達の贅沢な暮らしは成り立っているの」

私はこのお屋敷の外を知らないけれど、前世の記憶と照らし合わせるなら、それが貴族だと知っている。土地を管理し、税金を徴収してそれで贅沢を楽しむ。前世日本人の感覚からすると理不尽な存在。

「そうして暮らしているから、私もレティも普通の人ではいられないわ。贅沢が許されている分、周囲より恵まれている分、人より多くの義務を背負わなくちゃいけないの」

「義、務……?」

「そうよ。他の貴族との関係を崩さないのもその一つ。他の領地と無闇に敵対したら、領地の皆が困るでしょう? そうしない為に、無理を押して平気な振りをするのも必要な事だったのよ。分かってくれる?」

あ──

目からうろこがボロボロ落ちる。

これまでの貴族観が塗り替わる。

貴族だから面倒なしきたりが多いんじゃない。貴族だから、面倒を自ら背負う。

人間関係だって必要なのだと割り切る。

義務に振り回されるんじゃなくて、自分の意思で責任と向き合う。

……それって、とってもカッコいい。

今日のお母さんを尊敬したのは、男爵親子を上手くやり込めたってだけじゃない。毅然とした態度を崩さないお母さんに憧れた。病気を悟らせなかったって言うならもっと凄い。

カチリ、と。

これまで迷っていた私の生き方が定まったような気がした。

「私、お母さん──ううん、お母様を目指したい!」

はっきり表明すると、お母様はしばらく目を丸くした後、とても嬉しそうな笑顔になった。ベッドに横倒しになっていた私を抱き上げてくれる。

「大変よ?」

「うん、でも必要な事なんでしょう?」

「そうね。でもレティが頑張れるなら、きっとお母さんより素敵な淑女になれるわ」

淑女と聞いて、ますます遣り甲斐が湧いてくる。

前世ではまるで縁のなかった言葉。でも、実現できたなら凄くカッコいいよね。私、お淑やかで上品な女性になります。上手くいったらモテるかも。

考えてみたら、生まれ変わって特別な環境だったのはファンタジー世界ってだけじゃない。貴族、しかも侯爵様なんて偉い家に生まれたのもとんでもなく凄い事だった。

なら、十分楽しまないと損じゃない?

高貴なる者は義務を負うノブレス・オブリージュ

前世でも似た考え方はあった。明文化されているから従うんじゃなくて、生き方の規範として自ら背負う。自ら誇る。

今はまだ誰かの為なんて思えないから、自分の為に理想を目指そう。私自身が思い描く貴族を目標に据えたい。お母様を追いかけるなら、きっと叶うと思う。

私も、誰かの憧れでありたい。そんな欲もある。それがカミンだったら最高だよね。

それに、打算的な事を考えるなら、魔法の追究にはきっとお金がかかる。その為に、貴族として生きている事はプラスに働く。もしかしたら趣味や道楽になるかもしれない研究に人生を費やすなら、貴族って立場を捨てるなんて勿体ない。

負担は大きいかもしれないけど、きっとその分リターンも大きいよね。

魔法、モヤモヤさんの探究と、貴族としての義務を両立させる。とっても大きい目標ができました。

困難には違いないだろうけど、折角の異世界転生、できる限りを楽しみ尽くしたいよね。