貴族社会を少し知る

フレンダ達メイドが復帰して、私はいつもの日常が帰って来るのかと思ったら、フラン以外は私のところに戻らず忙しくしていた。

なんでも、親しい貴族を集めたパーティーがあるんだって。

目的は親交を深めるのに加えて、私の弟カミンの紹介なんだとか。

そう言えば、まだ寝てばかりの頃に、大勢の前へ連れていかれた覚えがあるよ。今度は弟の番って事だね。長男だから少し豪勢に彩るのかもしれない。

そんな状況で使用人が何人も倒れたものだから、余計にバタバタしてた訳だね。フレンダ達を私付きに戻してる余裕がないのも頷ける。

私も無関係ではいられないみたいで、その日の為のドレスを作るんだと色々サイズを測られた。すぐに大きくなるから、直前の測定じゃないといけなかったみたい。

お父さんの趣味で、今回もドレスにはフリルがいっぱい付いた。シンプルにって私の希望は一切通らなかった。三歳児の意見とか、参考にしないよね。でも今はこのくらいの方が可愛いかもしれない。

パーティーの日は本当にすぐで、当日は朝から丸洗いされて、少しでも可愛く見えるようにって、いっぱい磨き上げられた。今日は箒も禁止。そのくらいの良識はあるよ。

ニコニコしているのが私の役目。

なるべくお淑やかに見えるように挨拶すると、皆驚いて見えるのなんでだろうね。

何人か、服が豪華な感じの夫婦へご挨拶した後、遊んでおいでと解放された。表情筋が引き攣る前にお役御免になって良かったよ。

あれをパーティーの間中続けるんだからお貴族様って大変だよね。

解放されたのは大人に混じって挨拶する場所だけで、部屋に戻る事は許されていない。

見渡すと立食形式で、あちこちのテーブルで着飾った大人が歓談していた。それとは別に、子供が集まって遊んでいるスペースも見える。

あそこに混じって知り合いを増やしておけって事かな。

「おい、お前!」

フランとベネットを引き連れて子供の集まりへ向かう途中、私は声を掛けられた。あんまり横柄な様子だったから、初めは私宛だって気付かなかったくらい。

「俺様は腹が減ったぞ。何か旨い物とって来い!」

驚く私にまるで構わず、私より二つ三つ上の男の子が命令する。身体が大きくて腕白そうな男の子だった。

声が大きいものだから、少し離れたところで遊んでいた子供達の視線も私達の方を向く。困惑一割、私への同情三割、男の子への不快感六割ってところかな。

「申し訳ございません。そのような事は給仕の者に言い付けるか、ご自分でお願いします。こちらのお嬢様は……」

「黙れ、メイド!」

私を庇うように前に出て、穏便に収めようとしたベネットだったけど、全てを話し終える前に遮られてしまった。どうも聞く耳を持ってないみたい。

「メイド風情が俺様に話しかけるな! 俺様は〝だんしゃく〟なんだぞ! 偉いんだからな!」

ええっと……?

この時点でこの子が何も知らないって判明した。

この世界では男爵が侯爵より偉い、なんて事実は存在しない。今日のパーティーは幅広い貴族を呼んだと聞いている。その中で彼の身分は決して高くない。そして勿論、彼自身が〝だんしゃく〟だなんてあり得ない。

多分、両親が身分を鼻にかけて使用人とか相手に偉そうにしてるから、この子はそれを真似てるだけなんだろうね。

あくまで子供、しっかり学んでなくても仕方ないのかもしれない。

それより、私はどう対処したものかと迷ってしまう。私がここで思い違いを正してあげる義理はないし、聞き入れるとも思えない。だからって身分を盾に黙らせるのはしたくないんだよね。

なんて私が迷っていると、気を利かせたフランが料理を盛ったお皿を運んできてくれた。ハンバーグにグラタン、ロールキャベツ、子供が好きそうで男の子が満足できそうなボリュームも満たしている。さっすがフラン。

「はい。これでも食べて大人しくしててくれる?」

私は渡すだけ。

今日はノースマークがホスト役みたいだから、このくらいは許されるんじゃないかな。

私はこうして無難に躱したつもりだった。

「俺様は玉ねぎが嫌いなんだよ! こんなもの、食えるかっ!」

知らないよ、そんな事。

そう思ったものの、感情的になった子供に理屈は通じない。

男の子は皿ごと私の手を払う。料理が零れて勿体ないけど、それで終わればまだよかった。

なのに、苛立った男の子は私が差し出した袖を掴むと、そのまま力任せに私を引き倒そうとした。

モヤモヤさん力があるから腕力で負ける気はしないけど、咄嗟の事に反応できなくて体勢を崩してしまう。

「──!」

私が転んで怪我をする、そんな未来は訪れなかった。

危ないと私が感じるより前に、優秀なメイド二人が動いていた。

ベネットは私を抱きとめ、フランは男の子の右手を捻り上げて押し倒した。そんな技能、持ってたんだね。

「何するんだよ!? 離れろよ、ガキメイド! 俺様は偉いって言ってるだろう?」

男の子は暴れるけれど、フランの方が大きいし、技術を備えているから動かない。それどころか、冷たい視線を向けながら腕を捻り上げるものだから、逆に悲鳴が上がった。

い゛! いててててててっ! な、何すんだよ!?

我儘なだけの子供がフランをどうこうできる筈がない。男の子が涙目になっても解放しようとはしなかった。

私も止めない。自由にすると、また喚きだすに決まってる。

どうしようかと迷った時、お母さんがこっちにやって来るのが見えた。近くにいた使用人の誰かが呼びに行ってくれたみたい。

「これは一体どういう状況かしら?」

「騒がせてごめんなさい。あの子が私を乱暴に扱おうとしたから、フランが制圧したの」

「そう、もう大丈夫よ、レティ。後は任せて」

男の子に掴まれたせいで少し伸びた袖を優しく撫でると、お母さんは倒れたままの男の子を見下ろした。

「コンフート男爵家の長男だったかしら? 何か申し開きはあるかしら?」

「お前がこいつらの親玉か!? 早くこいつをどかせろよ! 俺様の父上が黙ってないぞ!」

「分かりました。それでは貴方のお父様とお話しする事にしましょう。すぐに呼んでいらっしゃい。フラン、放していいわ」

この子と話しても無駄だとお母さんも悟ったのか、さっさと親同士で話し合うと決めてしまった。

男の子はフランを恨めしそうに睨みながらも、彼女が怖いのか距離を取る。

「くっ、覚えてろよ!」

まるで三下みたいな捨て台詞を吐きながら走り去って行った。呼びに行くというより、言いつけるつもりなんだろうね。どっちにしても結果は変わらないだろうけど。

「ベネット、フラン、良くレティを守ってくれたわね。ありがとう」

「「いえ、何でもありません。当然の事をしただけですから」」

労うお母さんに対して、二人は異口同音に謙遜して浅く頭を下げる。なんだかフランのくせにカッコいい。

「レティ、あんなふうに何も分かっていない子供に戸惑うのは分かるけど、貴女はいつも毅然としていなさい。迷ったならベネット達を頼ればいいの」

「はい」

「貴女が迷ってしまうと、彼女達もどう行動していいものか判断が遅れてしまうわ。彼女達を信じるのが貴女の役目よ、分かるかしら?」

「うん、二人とも頼もしかったよ」

前世日本人の感覚としては慣れないけど、フラン達は私が頼った方が喜ぶんだよね。この先も行動を共にしていくんだから、私が変わっていかないといけない。

そんな感じでお母さんから注意を貰っていると、コンフート男爵親子がやって来た。

どこかのガキ大将みたいな男爵の顔は真っ青で、丸い体格を随分と縮こまらせている。何処までも傲慢そうだった息子は頬を派手にらせていた。事情を話したら殴られたんだろうね。

ただあんまり腫れているものだから、ザマーミロって気持ちより戸惑いの方が大きい。あそこまで殴る必要ある?

教育の足りないあの子が無礼を働いたのは間違いないけど、それって彼だけの責任かな?

なんだかモヤモヤするよ。

「この度は本当に申し訳ありませんでした!」

男爵は息子の頭を掴んで一緒に深々と下げる。その様子から余裕は全く見られない。初めて見るであろう父親の様子に、男の子は戸惑い、ほとんど泣いていた。

対するお母さんの声は何処までも冷たい。私だったら一目散に逃げるよ?

「……それは一体何についての謝罪なのかしら、コンフート男爵?」

「身の程を知らない息子がお嬢様に対して不届きな態度をとった事、またお嬢様付きのメイドに対しても暴言を吐いたと聞いております。愚かな息子が大変申し訳ございません」

やっぱり教育不足にも管理不行届きにも言及しない。全部あの子が悪いって押し付けて終わるつもりかな。

私が嫌な気持ちになっていると、そんな私に気付いたお母さんが大丈夫と頷いてくれた。

「それで? 男爵はどう責任を取るおつもり?」

「は、はい。この子は廃嫡はいちゃくといたします」

男の子は信じられないって顔をしたけど、誰も取り合わない。

私にはこの場合の量刑の程度が分からないけど、今日のパーティーは親しい貴族を集めてのものと聞いた。つまり侯爵家と繋がりが深い貴族ばかりって事だよね。この件のせいでそこから弾き出されるとしたら、その決断も仕方ないのかもしれない。

「跡継ぎはどうするのかしら?」

「次男がおります。娘もおりますので、婿を取って継がせる事も可能です。この子がいなくとも、家の存続には問題ございません」

「そう。そしてまた同じ過ちを繰り返すのかしら?」

「え?」

けれど、お母さんはそれで良しとしなかった。

「だってそうでしょう? その子の教育不足は明らかです。それだけ何も知らない子を連れてきた、男爵の良識こそが問題です。それで後継を代えたからと言って、信用できる訳がないでしょう。私はね、男爵。貴方の教育手腕を疑っているのですよ」

「あ、いえ、そんな……同じ過ちは繰り返させません」

「それなら、その子を教育し直してください」

「え? いえ、この子は……」

「その子を廃嫡するかどうかは、私の与り知るところではありません。その代わり、貴方が過ちを繰り返さないのだと、その子の成長をもって証明してください。宜しいですね?」

「は、はい……」

最後の確認はほとんど強制だった。

凄い。

責任から逃げようとする男爵を追い詰めて、あの子が家を追い出される可能性を潰してしまった。これが貴族としての、私のお母さんなんだ。

「幸い、ここには証人になってくれる皆さんが大勢いらっしゃいます。皆さんも監督してくださるでしょう。コンフート男爵が子供達をきちんと教育できるのだと、その子を改めて紹介してくれるまで、男爵の除名は保留としておきます」

おまけに追い打ちまで完璧だよ。

私のお母さん、カッコいい。