ユイナはオレの前でぼうぜんと立ち尽くし、「どうして、そんなひどいことを」と震えながらつぶやいていた。

 サイゴウとのことは、納得はできないものの、どうしてあのようなことになったかは、ある程度理解できた。サイゴウ個人の享楽的な性格の問題や、たまたま知られてしまった召喚者に関する秘密が原因となって、あの暴走を引き起こしたのだろうと想像もつく。

 だが、ヤシロは違う……。

 しっかりとした目的や計画があった上での今回の行動に思える。

 そもそも、ユイナ以上に召喚者に関する秘密を知っていることもに落ちない。

 もし、以前ユイナが話してくれた手記をヤシロが手に入れていたのだとしても、確実にヤシロはそれ以上の情報をつかんでいるし、魔剣についても何か知っているようだった。

 それに、暴走して完全に魔族化したユウマを軽く上回る強さだったり、魔物を当たり前のように使役していたり、理解を超えた能力が多すぎる。

 だけど……それでも、オレが最善の行動を取れていれば、なんとかできたのではないか?

 オレは、この自分の力をどこか過信していたのではないか?

 もし、自分が魔剣を手放さず、ユイナとずっと一緒に行動をしていれば、今回の件もまた違った結果になったのではないか?

 今のこの状態。痛みで苦しみ、身動き一つまともに取れないこのざまは何だ……。

 オレがそんな後ろ向きな考えに支配されそうになっていると、

「……え?」

 いつのまにかユイナに抱きしめられていた。

「トリスくん……自分を責めてるでしょ? ダメだよ。反省なら後でボクも一緒にするから、一人で全部背負いこまないで」

 そっと頭をでてくるユイナに、気恥ずかしさを感じながらも、同時にずっとこうしていたい気持ちにとらわれる。

「ありがとう、ユイナ。もう大丈夫だ。でも、身体の方はちょっとまだ動きそうにないが……」

 そう言って、激痛に耐えつつ身体を起こすと、はからずも鼻が触れそうな距離でユイナと目が合ってしまう。

「だだだ、大丈夫ならよし! とと、トリスくんは、す、すぐ自分一人で抱え込んじゃうから!」

 顔を耳まで真っ赤にして、手をバタバタと振り回すユイナ。

 しかし、近づいた二人の距離を勢いよく離すものだから、オレは激痛に襲われるハメになる。

「いぃぃ!? いててて……」

「ご、ごめんなさい!!

 しかし、こんな緩やかな時間をいつまでも続けているわけにはいかない。

「と、トリスくん……」

「あぁ、ヤシロめ……とんでもない数の魔物を……」

 田畑の広がる田園地帯の向こう。

 はるか先に見えたのは砂煙。

 その正体は、おそらくヤシロの言っていた魔物の軍勢、その本隊だろう。

 まだその距離はかなり遠く、正確なことは何もわからないが、先に襲ってきた空を飛ぶ魔物の数と比べても、倍ではきかない数の魔物が、砂煙を上げながらこちらに向かってきているようだった。

「ユイナ、すまないが先に走って、街のみんなにこのことを伝えてくれないか?」

「……え? それってトリスくんを置いていけってこと?」

「あぁ~勘違いするな。二度手間ですまないが、オレを背負えるような奴を連れて、ここへ戻ってきてくれ」

「だ、ダメだよ!? しろくんが戻ってきたらどうするつもり!?

「大丈夫だ。悔しいが、もしあいつがその気なら、さっきオレたちは二人とも殺されていたはずだ。アイツにはアイツなりの何か考えがあるのだろう」

「でも!?

 そうした方がいいことはおそらくユイナも理解しているのだろう。

 それでもなかなか頭を縦に振ってくれないユイナに、

「今は一刻も早く街のみんなに知らせて、少しでも生き残れる可能性を広げないと……頼む」

 と言って真剣なまなしを向けると、ユイナは泣きそうな顔になりつつも、ようやくうなずいてくれた。

「わ、わかったよ! ボクだってトリスくんと一緒に走ったり特訓したりして体力もついたからね! 待ってて! すぐに戻ってくるから!」

 勢いよく立ち上がったユイナに「頼むぞ?」と言うと、今度は笑顔で、

「うん! 頼まれました! じゃあ、通話はずっとオンにしておくから、何かあったらすぐに連絡してきてよ?」

 と言って、走りだした。

「それじゃぁ、行ってくるね!」

 途中何度か振り返っていたユイナの後ろ姿が見えなくなると、オレは起こしていた身体を横にして、ゆっくりと息を吐き出した。

 もうさっきからずっと身体が限界だったのだ。

「くっ……」

 リミットブレイクにより限界を超えて能力を長時間行使した反動が、まるで身体を中から破壊して作り変えていくようだ。

 身体を丸め、ただただ痛みが治まるのを待っていたのだが、やがてそれも耐えきれなくなったオレは、いつの間にか意識を手放してしまっていた。


          


 身体を揺さぶられる感覚と、それによる激痛で、オレは無理やり意識を覚醒させられた。

「トリスくん! し、しっかりして!」

「おい! 仮面のにいやん! 大丈夫か!?

 痛みに耐えながら目を開くと、今にも泣き出しそうなユイナと、心配そうにオレの顔をのぞき込むメイシーの顔が見えた。

「ぐっ……ちょ、ちょっと、揺らさないでくれ……全身、壊れそうな痛みなんだ……」

 なんとか力を振り絞ってそう伝えると、

「あぁ!? ご、ごめんなさい!」

 と言って、急に手を放すものだから、今度は力が入らなくて地面にまた倒れてしまい、更なる激痛に襲われた。

「ぐふっ……」

「ちょ!? ユイナっち、落ち着きって!? 仮面のにいやん、いや、トリスっちだったか、まぁとにかく、今のめっちゃ痛そうやで!」

「ぁうぅぅ……トリスくん、ごめん。何度通話で呼びかけても返事がなかったから……私、気が動転しちゃって……メイシーさんに助けてって……」

 ユイナが申し訳なさそうに、メイシーに素性を教えたと頭を下げてきた。

 オレは痛みに耐えながらも、ユイナに構わないと伝えると、今度はメイシーに話しかけた。

「メイシー、聞いているかもしれないが、すまないが素性は口外しないでほしい」

「わかってるって! うち、こう見えてもめっちゃ口固いから大丈夫や! それより、魔物の群れが迫ってるんやろ? うちが背負って走るんやけど、そのあいだ痛いの堪忍やで!」

 メイシーはかなり小柄だが、あの重量級のよろいを苦にせず、魔球を縦横無尽に扱う怪力の持ち主だ。

 オレを背負うぐらいはわけないとは思うが、それでも小さな女の子にしか見えないメイシーに背負われるのは、本音で言うとちょっと……いや、かなり恥ずかしい。

 ただ、もちろんそんなことを言っている場合ではない。

「頼む。痛みはなんとか耐えるから」

「よし! んじゃ、時間ないからさっそく行くで!」

 メイシーはオレの前に回り込むと、両手を取って軽々と立ち上がった。

 オレを背負うために、魔球だけでなく鎧も収納しており、思いのほか柔らかいメイシーの身体に、ちょっとドギマギしてしまう。

 だけど、それよりも、ちょっとした問題が発生してしまった。

 メイシーはしっかり立ち上がっているのだが、そのままだとオレの足が、地面にだらんとついてしまっていたのだ。

「あぁ……皆まで言いな……わかってる! ユイナっち、ちょっとトリスっちの足を前まで持ってきて、んで、これで軽く縛ってぇな」

 本当ならオレが足を上げれば済む話なのだが、激痛でそれすらもできなかったため、ユイナに手伝ってもらい、メイシーの取り出したベルトのようなもので固定して、ようやくメイシーの背に収まった。

「と、トリスくん、痛そうだけど大丈夫?」

 さっきも試しに水属性の回復魔法をかけてくれたのだが、今は魔剣の呪いがかかっている状態なため、全く効果を発揮してくれなかった。

 まぁただ、この状態になると魔剣の呪いがなくてもユイナの第二位階の水属性回復魔法では、痛みを軽くするのが精一杯なのだが……。

「心配しなくていい。それより急ごう。メイシー、頼む」

 こうしてオレは、メイシーの背で激痛に耐えながら、街へと向かったのだった。


          


 ソラルの街は、空飛ぶ魔物の大軍を打ち倒した喜びから一転、今は怒声が飛び交い、ピリピリとした雰囲気が漂っていた。

「その資材は向こうだよ! そこの壁を補強するんだ!」

「ほとんどの住人の避難は完了したぞ! 代官様がお屋敷を開放してくださった!」

「急げ! 報告では大型の魔物も交じっているそうだ! もっと他の門の守りをこっちに回せねぇのか! たぶん襲われるのは、こっち側の門だろ!!

 皆が慌ただしく動くのを横目に街に入っていくと、冒険者の一人がメイシーに背負われたオレを見つけて声をあげる。

「あぁ!? 仮面の冒険者じゃねぇか!? どうしたんだ!? 大丈夫なのか!?

 すると、その声を聞いた街の冒険者や衛兵に周りを取り囲まれてしまった。

「な、何があったんだ? あれほどの強さを見せていたあんたが……」

 冒険者の中には、オレを頼りにしていたのか、メイシーの背で身動きの取れないオレを見て、絶望的な表情を浮かべている者までいた。

 だからオレは、痛みを誤魔化しつつ、

「情けない姿を見せてすまない。だが、まだオレも戦う。皆で力を合わせて街を守るぞ!」

 そう叫んだのだが……。

「ははは。さすがにその身体で無茶言うなよ? さっきの空の魔物はほとんどあんたがやってくれたんだ。今度は俺たちに任せて休んどけよ!」

 逆に励まされてしまった。

 その男にしても、この状況を理解していないわけではないだろう。

「そうだぜ? この街の冒険者をめるなよ? だけど、さっきはありがとうよ」

「俺たちの街だ! 俺たちでなんとかしてみせるぜ!」

「気持ちだけで十分だよ! そこの可愛かわいいちっちゃい姉ちゃんに大人しく看病されてな!」

「うるさいわ! ちっちゃいは余計や!」

 集まっていた皆が口々に礼を言っては、励ましの言葉をかけて去っていく。

 だけど……みんなわかっているはずだ。

 あれだけの数の魔物を、この街の冒険者と衛兵だけで抑えきれるわけがないと……。

 だからこそ、ない自分に腹を立てていると、小声でメイシーが話しかけてきた。

「トリスっち……ユイナっち連れて逃げぇや……」

「え? 何を、言っているんだ?」

 突然の言葉に驚き、そう返すと、メイシーは真剣な目をこちらに向けてから話を続けた。

「うちな。この街に昔住んでたことがあるねん。だから、うちは覚悟できてるねん。でも、トリスっちは違うやろ? トリスっちとユイナっちは、あのちっちゃい妹を連れてこの街から逃げぇや」

 メイシーの気持ちが伝わってきてうれしかった。

 でも、オレの言葉は決まっていた。

「無理だな」

 即答するオレに一瞬あっにとられ、

「な、何を意地張ってんねん! こんなとこで命を落とすことないやろ!」

 と言って、メイシーは慌てて振り返る。

 オレ、まだ背負われているからな……。

「俺も逃げる気はないが、そもそも妹のミミルにしても、ユイナにしても、ここで逃げだそうと言って、素直に従うような奴じゃない」

 特にユイナは責任を感じているだろうし、絶対に逃げないだろう。

 そして、ユイナが残るのなら、パーティーメンバーであるオレが逃げるはずがない。

 メイシーと話していると、オレの後ろを歩いていたユイナが歩みを寄せてきた。

「ごめんなさい。トリスくんの通信つながったままだから、話、聞こえちゃった。メイシーさん。ボクは絶対に逃げないよ。矢代くんがどういうつもりなのかは、もうホントにわからなくなっちゃったけど、ボクにもこの魔物の件は無関係じゃないから」

 と言って、ユイナは力強い視線をメイシーに向けていた。

 ちょっと前のユイナからは、こんな勇敢な姿は想像もできなかったな……。

 オレはなんだか嬉しくなって、思わず痛みも我慢して、ユイナの頭を撫でていた。

「ちょちょ、ちょっと!? トリスくん! ふ、不意打ちでそういうことしないのっ!」

 顔を真っ赤にして抗議するユイナを見て、こういう反応はあまり変わらないのかと、何かちょっとほっこりする。

「はぁ~、人が真剣に話してるっちゅうのに……でも、やっぱ二人ともええ奴やな」

「メイシーが言うか?」

「そうだよ? メイシーさんの方がよっぽどおひとしだよ?」

 魔物の軍勢が迫る中、オレたち三人は見つめ合い心から笑い合った。


          


「それでは、これはお返しいたします」

 そう言って、預かっていた魔剣を返してくれたのは、ソラルの街のギルドでオレたち仮面の冒険者の担当をしてくれているドナックだ。

 ギルド職員も魔物の軍勢の襲撃に対応するため、半数ほどがこの門の辺りにやってきていたのだが、その中にドナックもいて、魔剣を返そうと持ってきてくれたのだ。

「わざわざすまないな。助かる」

 魔剣を受け取り、その感触をみしめながら礼を言う。

 今はメイシーの背から下りているのだが、ユイナに支えてもらってなんとか立てているような状況で、魔剣を受け取っただけでふらついてしまうような有様だ……。

 それにしても、まだ魔剣を手放してそんなにっていないというのに、なんだかすごく久しぶりに感じるのだから、おかしなものだ。

「ドナックさん、ありがとうございました」

 ユイナも隣で頭を下げて礼を言う。

 ちなみにメイシーは後ろから覗き込むようにオレの魔剣を見つめ、興味津々といった様子だ。

「いえ。大したことではありませんから。それより、お身体は大丈夫なのですか? 正直言うと、ギルドとしてはお二人の力をお借りしたかったのですが……」

「情けない姿を見せてすまない。だが、できるだけのことはするつもりだ」

 オレは魔剣のつかを強く握り締め、そのままおもむろに引き抜くと、その剣身に誓うようにそう告げた。

「な、何を言いますか。街を守るために戦ってくれたのでしょう? 情けないのは何もできない私たちのような力を持たないギルド職員の方ですよ。だから、せめてこれを……」

 そう言って差し出してきたのは、れいなガラスの小瓶だった。

「え? これは何ですか?」

「呪いの件はお聞きしていますので、ユイナさんしか使えないと思いますが、我がギルド秘蔵の魔力回復薬です」

 オレとユイナは今も仮面をつけているが、ドナックやメイシーには、それぞれ正体を打ち明けていると伝えてあるので、普通に名前で呼んでもらっている。別に一号、二号と呼ばれるのが嫌だったわけではないぞ?

 しかし、かなり高位の魔法薬なのだろう。

 小瓶の中の液体は、うっすらと神秘的な光を発していた。

「え? でも……」

「ユイナっち、遠慮せんともらっとき。今は使えるもんは何でも使うべき時や」

 ちゅうちょするユイナに、メイシーがそう言って受け取らせる。

「ありがとうございます! 絶対に魔物なんかに負けません!!

「ははは。それは、頼もしいですね。私も微力ながら後方支援に出ていますので、厳しくなった時、いざという時は頼ってください。あなたたちだけでも、なんとかしてみせますから」

 それは暗に、もうダメだと思った時はオレたちを逃がすつもりだと言っているのだが、ユイナは素直に言葉をそのまま受け取っていて、オレは少し苦笑いを浮かべる。

 まぁ意味を知っていようが知っていまいが、オレは皆を置いて逃げるつもりはないがな。


 ドナックと別れた後、オレの名を呼びながら探しているミミルの姿を見つけてしまった。

 その後ろには、ミシェルが少し困ったように付き従っている。

「ミミル……」

 オレもユイナも今は仮面をつけているので、ミシェルは軽くお辞儀をし、ミミルは一瞬不思議そうにこちらを見たが、そのまま気付かずに通り過ぎてしまった。

 それを見て、オレもユイナもどうしようかとしゅんじゅんしていると、

「何してんねん。二人ともさっさと仮面外して、無事な姿見せてきぃ」

 と言って、メイシーに背中をたたかれた。

「す、すまない。すぐに戻る!」

 オレとユイナは物陰に入ると仮面を外し、ミミルの歩いていった方に先回りする。

「ミミル!!

「トリスお兄ちゃん!!

 駆け寄ってきたミミルを、しゃがんでしっかりと受け止めてやる。

 痛みはやせ我慢だ……。

「よかった……お兄ちゃんも無事だったんだね……」

「あぁ、大丈夫だ」

 オレの胸で泣くミミルの頭をそっと撫でながら、できるだけ安心させるように、これからのことを諭すように話して聞かせる。

「ただ、知っていると思うけど、おかしな奴らは退けたが、魔物の群れがこの街に迫っている。これからオレとユイナは、この街の防衛戦に参加する。ミミルはミシェルの言うことをしっかりと聞いて、安全な建物の中に避難しておくんだよ」

「うん。わかった。ユイナお姉ちゃん、トリスお兄ちゃんをよろしくお願いします」

 あれ? なんで、そこでユイナによろしく頼むんだ……。

 そして、ミシェルには冒険者ギルドでユイナたちの捜索を依頼してくれた件の礼を言い、ミミルのことをお願いしてから二人と別れた。


 その後、また建物の陰に行き、仮面をつけ直し、

「さぁ、もう時間もない。オレたちも行こうか」

「うん……ミミルちゃんのためにも頑張らないとね!」

 ユイナとそんな話をしていた時だった。

 まだ距離はありそうだったが、大型種だと思われる魔物のほうこうが、街の中にまで聞こえてきた。

 誰もが死を覚悟する中、また戦いの幕が上がろうとしていた。


          


 大型種と思われる魔物の咆哮が何度も繰り返し聞こえてくると、皆の顔に緊張が走った。

「か、かなり近づいてきているぞ! そろそろみんな配置につけ!」

「弓持ちと魔法使いは作戦通り、合図に合わせて一斉射だ! 準備を始めろ!」

 慌ただしく指示が飛ぶ中、オレはメイシーとユイナに肩を借りながら、その中を歩く。

 日頃から魔剣の負荷に鍛えられていたお陰か、この身体はかなりの回復力を有するようになったのだが、それでもまだ立つのがやっとだった。

 オレは少しふらつきながらも、なんとか自分の足で立ち、腰に差した魔剣の柄に手を添える。

 さすがにこの身体をなんとかしてくれっていうのは、無理な願いか?

 思わず魔剣に向かってそんなことを考えていると、

「トリスっち、ほんまに参加するつもりなんか?」

 と、メイシーがまた尋ねてきた。

「さっきも言ったように、逃げる気はない。この街のみんなと最後まで戦うつもりだ」

「ぼ、ボクも同じ覚悟だから! 普通の魔物なら、ボクの光魔法がかなり有効だと思うし!」

 そんなオレたち二人を見てメイシーは、少し寂しそうに、それでいて少し嬉しそうに呟いた。

「ほんま自分ら良い奴やな。できたらもっと早く出会いたかっ……」

 しかしユイナは、その言葉にかぶせる勢いで、前のめりになって話し始めた。

「ま、まだ遅くなんてないです! そ、そうだ! 先にお願いしておきます! メイシーさん! この戦いが終わったら、一緒にパーティー組みましょう! あっ……と、トリスくんもいいよね?」

 こんな時なのに、上目遣いのユイナにちょっとドキッとしてしまうが、視線をらせつつ、

「そうだな。メイシーが入ってくれるなら、オレもすごく嬉しい」

 と言って、歓迎の意をメイシーにも聞こえるように伝える。

 しかしそういえば……前にユイナと話していた時、戦いの前に約束すると、それはかなわなくなるフラグ(?)だから、言っちゃダメとか言っていなかったか? 今回はいいのか?

「へへ……嬉しいこと言うてくれるやん! そうやな。戦う前から弱気になってたらあかんな。よし! じゃぁ、この戦いを切り抜けたら、うちも仮面用意してもらおうかな?」

 パーティーに誘ったことはメイシーも喜んでくれているようで、少し照れて鼻の下を指で軽くこすりながら、嬉しそうにそう言葉を返してくれた。

 一瞬、「フルプレートなら仮面よりヘルムにした方がいいんじゃ?」と口から出かかったが、せっかくの話に水を差しそうだったので、黙っておいた。

「そ、そうですね! 仮面が要りますね! ようし! ボク、材料なんとか手に入れて、新しい仮面つくっちゃうぞ!」

「お? 大概の材料なら、うちのドワーフ網通じて手に入れたるから任せとき!」

 こうして新たな仮面の冒険者の誕生が約束されたところで、いよいよこんな話をする時間もなくなってきたようだ。

「それじゃあ、メイシーは先に行ってくれ!」

「了解や! トリスっちは無理するんやないで!」

 メイシーはそう言うと、鎧を出現させて身にまとい、ガチャガチャと音を鳴らしながら走り去っていった。

 メイシーは門の防衛の方に加わることに決まっていたからだ。

「ふふふ。遠目に見ると、あの後ろ姿からは小さな女の子が中に入ってるなんて思えないね」

 メイシーの後ろ姿を一緒に見送っていたユイナが、クスリと笑いながら、そんなことを呟いた。

「確かにな。……それじゃあ、ユイナ。さっき話したように、一か八かになるがブーストをしてみてくれないか……」

 途中から表情を真剣なものへと変えて、ユイナにそう頼む。

 実は、訓練中に何度かこのような状態を経験しているが、一度この状態になると、ユイナの全力の全属性耐性向上の強化魔法を受けても、オレ自身の抵抗力が下がりすぎているせいで、呪いの無効化がくいかなかった。

 魔剣を隠してもらえば、呪い自体は一時的に抑えられるが、今のボロボロの身体では調整がきかず、逆に動けなくなる危険性がある。

 それに、またヤシロに魔剣の在りかを言われてしまう危険があるため、隠すのはやめることにした。

 かといって普通にブーストしても、恐らく今のボロボロの身体では耐え切れなくなるだろうが、まだ魔法を切ってもらえれば今の状態には戻れるので、反対するユイナに頼み込み、オレのわがままを通してもらうことにした。

「じゃあ、やってみるよ? 無理そうならすぐに解除するからね?」

「あぁ、わかっている。やってくれ」

 ユイナは渋々といった様子だったが、徐々に魔力を高めていき……、

「ブースト!」

 オレに向かって魔法を放った。

 すると、オレの身体はいつものように淡い光に包まれ、暖かい何かに満たされるような感覚を得たのだが……、

「ぐぁっ!?

 呪いの効果を打ち破ろうとした瞬間、身体が悲鳴をあげ、全身を襲う激痛が増し、膝から崩れ落ちてしまった。

「と、トリスくん! 大丈夫!?

 すぐに強化魔法を解除して駆け寄ってきたユイナを、オレは右手を上げて制止する。

「だ、大丈夫だ。でも、やっぱりダメか……。なんとかだまし騙しで戦うしかないようだな……」

 どうにか立ち上がると、オレはユイナに笑いかけた。

 少し強がってはいるが、実際にそこまでひどいダメージを受けたわけではない。まぁ、上手くいかなかったことは残念だが。

「仕方ないよ。その……トリスくんの分まで、ボクが頑張っちゃうから!」

 オレが落ち込んでいると思ったのだろう。

 なんとか励まそうと必死なユイナの、その気持ちだけで十分嬉しかった。

「ありがとう。でも、ユイナの命だけは、オレが絶対に守ってみせる」

「はぅ……」

 別に変な意味を込めたつもりはなかったのだが、ボンと効果音が聞こえてきそうなほど顔を真っ赤に染めたユイナを見て、なんだかオレも照れくさくなる。

「と、とにかく、オレたちも行こう!」

「そ、そうだね!」

 その後、二人とも無言のまま門へと向かったのだが、不思議なことに悲壮感などは消え去っていた。


 門に辿たどり着くと、『赤い』のラックスがオレを見つけて声をかけてきた。

「なっ!? 仮面の冒険者じゃねぇか!? 本当に来やがったのか!」

 街の防衛となると、パーティー単位で動かないことが多いので、この場には後衛にあたるメンバーの姿はないようだ。

「あぁ、残念ながらオレの方は大した役には立てないかもしれないがな。ただ、弓なら少し習っていたし、借りられるなら、街壁の上からコイツと一緒に迎撃にあたろうかと思ってな」

 そう言って、オレはもう一人の仮面の冒険者、ユイナに視線を向ける。

「あ、あの! これでも結構強力な魔法が使えます! それに、かなり遠くまで届く魔法が使えるので、先制の攻撃魔法を撃たせてください!」

 ユイナが大きな声でそう言って頭を下げると、その場で指揮を執っていた衛兵らしき男が話しかけてきた。

「仮面の冒険者の話は聞いている。そしてその実力も、さっきそっちの男の方で見させてもらった。こちらからも頼む! ぜひ協力してくれ!」

「は、はい! 頑張ります!」

 低姿勢に頭を下げるユイナの態度に少し驚いているようだが、その男はそれならば急いでほしいと、近くにいた若い衛兵に案内の指示を出し、自分はまた忙しく他の者に指示を飛ばし始めた。

「よろしくお願いします! それから、弓はこちらを!」

 指示を受けた若い衛兵がすぐに弓を用意してくれ、手渡してくれた。

 若いといっても、おそらくオレやユイナよりは年上だと思うが、うわさの仮面の冒険者ということで、何かすごくせんぼうの眼差しを向けられていた……。

「助かる。ちなみに、矢は上にあるのか?」

「はい! 既に用意できた矢は街壁の上に運んでいますので、そちらをお使いください。それでは、案内します! どうぞこちらへ!」

 そのまま若い衛兵に連れられ、門近くに設置された階段から街壁の上へと向かう。

 そして、街壁の上に出たオレたちの目に飛び込んできたのは……街道を埋め尽くすような馬鹿げた数の魔物だった。


「こ、こんなに……」

 予想していたよりもはるかに多い魔物の数に、思わずユイナが言葉を失う。

 多すぎて数えきれないが、少なく見積もっても一〇〇〇には収まらない数だろう。

 もしかすると、前回のゴブリンの変異種討伐の時よりも数だけなら少ないかもしれないが、衛兵や冒険者の数も少なければ、ここには騎士団も常駐していない。

 それに、冒険者のレベルにしても、ライアーノの街の方が高い。

 これは、ソラルの街の周りは比較的安全で、近くに『けがれの森』のような魔物が多く発生する場所もないため仕方ないだろう。

「……それでも、なんとか耐えるしかない。ユイナ、大丈夫か?」

 しばらくの間、目を見開き、言葉を発することもできなかったユイナだが、首をぶんぶんと振ってほおをパチンとたたくと、瞳に光をともしてようやく口を開いた。

「うん! 大丈夫! 小型の魔物ならボクの魔法で簡単に倒せるはずだから! それに、ボクの魔法なら近づかせる前に……」

 そこまで話すとさっそく魔法を放つつもりなのか、魔力を一気に高めていく。

 ユイナの魔法なら、ユイナの得意な光魔法なら、この距離でもおそらく届くはずだ。

「え? ちょ、ちょっと何してるんですか!? あまりの数に驚くのはわかりますが、まだ弓すら届かない距離ですよ!? 魔力の無駄遣いになりますからやめてください!」

 だが、それを知らない、ここまで案内してくれた衛兵が、ユイナが魔法を使おうとしていることに気付いて慌てて止めに入る。

 通常、魔法より弓の方が射程は長い。

 第三位階の魔法ならその限りではないが、基本四属性の攻撃魔法だと、普通はどんなに射程の長い魔法でも、弓に勝つことは難しい。

 だが光属性の魔法は、ユイナの得意な『せんこう』などを筆頭に、その常識が当てはまらない。

「大丈夫だ。ユイナこいつの好きにさせてやってくれ」

「いや、でも……」

 若い衛兵は、まだ納得できていないようだったが、オレの言葉を受けると、それ以上は強く言えなくなり、とりあえず引いてくれた。

「すまないな」

 一言、衛兵にそう告げてから、ユイナに向き直り、ただ何も言わず視線を合わす。

 すると、ユイナも視線を一瞬オレに向けて無言でうなずくと……背後に今まで見た中でも最多と言える数の光の矢を創り出した。

 そのあまりの数に、周りにいた者たちが騒ぎ始める。

「いっけぇぇ! 『閃光』!」

 そして、光の矢を全弾一気に撃ち放った。

 空に無数の光の線を描き、突き進んでいく光の矢。

「な、なんて数だ……」

「あれって、もう一人の仮面の冒険者か!?

「いや、しかし、さすがにこの距離は……」

 オレたちより早くから配置につき、街壁の上で待機していた者たちがざわめく。

 そして、その者たちが見守る中、光の矢は弓の射程を軽く超え……先頭を進んでくる魔物の群れに次々と突き刺さっていった。

「うぉぉぉ!! 届きやがった!?

「しかも見ろよ!? あんな小さな矢一発で! なんてぇ威力だ!?

 魔物に対して光魔法がいかに有効か、その威力をまざまざと見せつけていた。

 たった一つの光の矢が、魔物をもやへと変えていくその光景は、まさに冒険たんなどで伝え聞く、勇者の光魔法そのものだった。

 今回襲ってきている魔物の軍勢は、ウルフ系とボア系が多いようだが、いずれも光の矢に貫かれると、一撃で靄となって霧散していく。

「すげぇ……もしかして、オレたちまだ生き残れるんじゃねぇのか?」

 誰かがポツリとつぶやいた言葉が、波紋のように広がり、今までのどこか思いつめていたような雰囲気が明るいものへと変わっていく。

「感覚はつかんだから、次々行きます! 『閃光』!」

 いつも自信なさげでオドオドとしていることの多かったユイナだが、最近はようやく自信がついてきたのか、その瞳には意志の強さがうかがえた。

 その横顔は、れするほどしく、今ならユイナが勇者だと聞いても、誰も疑う者はいないだろう。

 次々と撃ち出される無数の光の矢が空に軌跡を描いていく光景は、とても幻想的だ。

 それを成すユイナの凛々しい姿と、すさまじい魔法の威力に周りが騒いでいるが、それでもユイナは集中を切らさず、黙々と光の矢を放っていく。

 それが唯一、自分のできることなのだとでも言うように。

 この短時間で、もう既に一〇〇近い魔物を葬っているはずだ。

 だが……ユイナがこれほどの活躍を見せていても、魔物の数が減っているようには見えない。

 あまりにも魔物の数が多すぎるというのもあるが、途中から大型の魔物が、まるで盾にでもなるかのように先頭に立ち、最初の攻撃の時ほど一気にせんめつできなくなってしまったからだ。

 おそらくこのままいけば、数に押し切られ、程なく魔物はこの街壁にまで辿たどり着いてしまうだろう。

 でも……ユイナもまた一人ではない。

「仮面のねえやん! こっちは心配せんでええからな! そのためにうちらがここに控えてるんやから、無理に一人でい止めようとしなや!」

 気付けば、門から打って出た数十名の冒険者が、魔物を迎え撃つように四方に展開していた。

 どうやら、ユイナのお陰で一度に門まで辿り着く魔物の数が減るだろうことを予想し、門から打って出ることにしたようだ。

「うちが第一級冒険者の実力を見せたるから、仮面のねえやんは効率よくうまいこと魔法を撃つことだけに集中しぃ!」

「……メイシーさん……」

 そして、メイシーと一緒に魔物を待ち構える他の冒険者たちも、口々にユイナに威勢のいい言葉を投げかけていく。

 一番危険な役なのに……皆のその覚悟が伝わってくる。

 それに続けて今度は、街壁の上にいる者たちからも声がかかった。

「私たちがいることも忘れないでよ? これでも第二位階の魔法を使う魔法使いなんですから」

 その言葉は『赤い』の魔法使いシーラだ。

 さらには、そのシーラの言葉を遮って、この場の責任者らしき衛兵が声をあげる。

「シーラさん、待ってください。その前に、先に俺たちの出番ですよ? お前ら! そろそろ射程に入るぞ! 弓第一射、用意!」

 オレも狙いを定めて慌てて弓を引き絞る。

「……放てぇぇ!!

 一斉に放たれた矢が、ユイナの光の矢をくぐった魔物をころし、その姿を靄へと変えさせ、さらにそれをしのいだ魔物にも次々と多種多様な魔法が撃ち込まれていく。

「今度はうちらやぁ! いくでぇ!!

「おぉぉー!!

 それでも生き残った、大型の魔物や硬い表皮に覆われたような特殊な魔物が門の近くまで辿り着くが……メイシーの魔球がたやすく葬っていった。

「こ、これなら、なんとか……」

 誰かがそう呟いたその時だった。

「な、なんだあれはっ!?

 何を見て叫んだのか? それを探す必要はなかった。

 魔物の軍勢の後方、街壁を上回るような大きさの空間がゆがんだかと思うと、突然裂けたのだ。

「くっ!? ここで手を出してきたか!?

 そして、大きな裂け目に……馬鹿げた大きさの巨大な手がかけられた。

「うそ……なにあれ……」

 そしてその巨大な手が強引に裂け目を広げると、山のように大きな影が現れたのだった。


          


 突然現れた巨大な影が、何かを投げつけてきたのを見て怒号が飛び交う。

「なんだありゃぁ!? こっちに向かって何か飛んでくるぞ!!

「に、逃げろぉぉ!」

「退避しろぉぉ!! 街壁に直撃するぞぉ!! 退避! 退避~!!

 突然現れたのは、山のように巨大な一つ目の巨人だった。

 肩や胸など、所々に炎をまとっており、黒っぽい外皮と相まって、その恐ろしい姿に拍車をかけている。

 そして、投げつけてきたのは巨大な炎の塊。

 第二位階の魔法にも火の玉を射出して攻撃するものがあるが、大きさが桁違いだ。

 ユイナの光魔法ならともかく、火属性の魔法が届くような距離ではないはずなのだが……。

 しかし、オレもゆっくり状況を分析するような余裕はなかった。

 その巨大な炎の塊は、あきらかにこちらに向かって飛んできていたから。

 ユイナが狙われたのか!?

「ユイナ!!

 隣のユイナに視線を向けると、突然起こった出来事に反応できずに立ち尽くしていた。

 オレは一言「悪い」と呟くと、

「ふひゃぁ!?

 変な悲鳴をあげるユイナの首根っこを掴んで、後ろに投げ飛ばした。

 そして、ユイナと炎の塊との間に割って入ると、弓を放り投げて魔剣を引き抜き、

「はぁぁぁぁ!!

 痛みに悲鳴をあげる身体を無視して、魔剣を上から下へと振り抜いた。


 斬ってみせる!!


 絶対の意志をもって振り抜いた魔剣は、寸分たがわぬタイミングで炎の塊を斬り裂き……炎は魔力へと戻って消えせた。

「なっ!? 仮面の奴! 炎の塊を斬り裂きやがった!?

 感覚的なもので、何となく感じ取ってはいたが、やはりこの炎は魔法だった。

 今のが本物の炎の塊で、中に何か燃え盛るものでも入っていれば、その質量によってオレはただでは済まなかっただろう。

 しかし、魔法なら魔剣で斬り裂けば消滅するはずと踏んで、一か八かやってみたのだ。

 その賭けには、どうやら勝ったようだが……。

「うぐっ!?

 確かに賭けには勝ったが、今のオレの身体にはかなりの無理を強いたようだ。

「いたたた……あぁっ!? トリィィ……が飛んできたわけじゃなくて……一号! 大丈夫!?

 慌てて思わず名前を言いかけるユイナに苦笑しながら、左手を上げて無事を知らせる。

「なんとか大丈夫だ。ふふふ。しかし、なんだよ鳥って……」

「さ、さっきの、と、鳥の魔物でも飛んできたのかなぁ? なんて……気を付けます……」

 うな垂れるユイナに苦笑しながら「そうしてくれ」と伝え、それより魔法をと、また『閃光』を撃つようにお願いする。

「さっきの炎の塊は、なんとか防いでみせるから、それより魔法を頼む。ユイナの魔法が頼りなんだ」

 現在、メイシーたちが優勢に戦えているのは、打って出ている冒険者がこの街のベテラン冒険者たちだというのもあるが、ユイナが辿り着く魔物の数を減らしてくれているというのが一番大きい。

 実際、魔法が途切れていた今このわずかな間にも、メイシーたちの元に辿り着いている魔物の数はかなり増えてしまっていた。

「わ、わかったよ! でも……無理はしないでね」

「はは。無茶言うな。ここで無理しないと二人とも焼け死ぬぞ?」

 オレが茶化すようにそう言って笑ってみせると、ユイナは頬を膨らませて「そうかもしれないけど!」と文句を言いつつも、少しだけ平静さを取り戻してくれた。

 それより……どう対応するかだ。あの大きさだけでも厄介なのに、あんな強力な魔法を使う魔物を果たして倒せるのか?

 炎を防ぐだけならなんとかなるかもしれないが、倒す方法が全く思いつかない。

 こうしている間にも、炎の巨人はここだけでなく、他の場所にも炎の塊を投げつけている。

 そのまま魔法として撃てば、おそらくここまでは届かないのだろうが、魔法の飛距離の短さを、そのりょりょくで補っているようだ。

 今はまだ直撃を喰らった者は出ていないが、飛んでくれば逃げなければならず、魔法の詠唱を中断したり、弓を思うように撃てなくなっており、このままいくと門の前に展開しているメイシーたちが、押し寄せる魔物の群れに飲まれてしまう。

 しかし、魔物についてはかなり勉強したつもりだったが、所々に炎を纏った一つ目の巨人など聞いたことがないぞ……。

「あれって、何て魔物なんだよ!? 魔法の炎を手で掴んでぶん投げてくる非常識な魔物なんて聞いたことないぞ!?

「知るかよ!? 一つ目の巨人っていやぁ、サイクロプスの変異種か何かじゃねぇのか!?

 周りに少し耳を傾けてみたが、やはりその姿を知っている者はいないようだ。

 サイクロプスの変異種という声も所々から聞こえてくるが、本で見た絵からはあまりにもかけ離れており、とても同じ種族だとは思えなかった。

 そもそも、変異種というのは色が変化するものは多いが、容姿までもが大きく変わるものなど聞いたことがない。

「……え? 見た目が大きく変化する? ……いや、まさか……な……」

 その時、オレはとても嫌な予感と共に、あることに思い当たってしまった。

「……まさか……、魔族……なのか……」

 自分で発した言葉だったが、その呟きを自分で聞いて、オレはどこか納得してしまっていた。

 その大きささえ抜きにすれば、黒く染まった外皮といい、どことなくサイゴウやユウマが魔族化した時の特徴と通じるものがある。

 そして、徐々に近づくにつれ、その細部が見えてくると、その考えは確信へと変わっていった。

「ユイナ……聞こえるか?」

 少し声を張れば届く場所にユイナはいたのだが、オレはあえて仮面に付与された通信機能を使ってユイナに話しかけた。

『え? トリスくん、どうしたの?』

 ユイナは、わざわざ仮面の通信機能越しに話しかけてきたオレに疑問を抱いたようだが、何かを感じ取ったのか、自分も小声で仮面越しに返してきた。

「落ち着いて聞いてくれ。あの炎の巨人についてなんだけど……魔族なんじゃないか? 前に言っていた、魔力から判断とかできないか?」

 ユイナはオレのその言葉に目を見開き、一瞬言葉を失ってしまう。

『……え? ちょ、ちょっと待って……』

 そう呟くと、ユイナはすぐに炎の巨人に目を向ける。

『遠いから少し待って……』

 そして、しばらく沈黙の時間が流れた。

 数度呼吸をする間、二人の元に静寂が訪れる。

『と、トリスくん……アレは、トリスくんの言う通り、魔族だと思う……。まだ遠すぎてボクも絶対とは言い切れないんだけど、うっすらとだけど、ボクたち召喚者特有の魔力の波動を感じるんだ……。元が誰だったかまでは、わからないけど……』

 ユイナはそう言って、悲しそうに巨人を見つめ、オレもまた、そんなユイナをただ見守ることしかできなかった。


          


 少しの間、悲しそうに巨人を見つめていたユイナだったが、今は必死に集中力をかき集めて、光の矢を撃ち続けていた。

 オレは何と声をかけていいかわからない自分にいらちながらも、なんとか平静を保ち、飛んできた炎の塊に駆け寄っては斬り裂いていく。

「い、一号! さっきの話が事実なら、なおさら落ち込んでいる暇はないから! だから今は……今は、あの炎の巨人を倒す方法を考えて!」

 オレはユイナのその予想外に強い気持ちに驚きを感じると同時に、一番成長していないのは自分ではないかと恥ずかしくなった。

 オレも、負けてられないな……。

 しかし、ユイナもなかなか無茶なことを言ってくれる。

 本当に炎の巨人アレが魔族だとするならば、オレがなんとかするしかない!

 この中で魔族と二度も戦ったことがあるのはオレだけだ。

 そもそも、今ここにいる冒険者だと、まともに魔族と戦えそうなのはメイシーしかいない。

 ユイナは防衛のかなめだし、二人で戦うしかない。

 中途半端な強さの者が、アレに立ち向かっても無駄死にするだけだ。

 だがメイシーにしても、持ち場を離れれば、間違いなく戦線が維持できなくなるだろう。

 打って出ている者たちを下がらせるか?

 どうすればいい……考えろ……。

「はっ!? そうだ……セルビス殿に助力を!」

 オレがそう叫んだ時だった。

「まったく……年寄りにこの階段はこたえるわい。んで、わしを呼んだか? しかし、仮面の冒険者殿に頼られるとは光栄じゃのぉ」

 内心、最高すぎるタイミングで現れたセルビスに拍手喝采しながら、オレは無理を承知でお願いをする。

「セルビス殿! あなたにお願いがあります。今からオレはあの炎の巨人に戦いを挑みに行こうと思っています。ですが、そのためにはあそこで鉄球を振るって奮闘しているメイシーを連れていかないと、辿り着くことすら難しいでしょう。そこでセルビス殿。彼女が抜けた穴を、なんとか支えてもらえませんか?」

 この国でもおそらくトップクラスの実力の持ち主であるメイシー。

 しかも前衛兼中衛である彼女の抜けた穴を、いくら土魔法の権威であるとはいえ、戦闘が本職ではないセルビスにお願いするというのは、かなり無茶なものだった。

「ん~……引き受けてやりたいのは山々なんじゃが、正直、アレの代わりは儂にはちと荷が重すぎるな。それに、儂の魔力も今は万全じゃないのでのぉ。手伝いはするが……すまぬのぉ」

 そして、セルビス自身もやはり無理だと判断し、そう返してきた。

「……そうですか……」

 オレも無茶なお願いなのはわかっていたため、そう言って引き下がろうかと思ったのだが……。

「まぁでも……やるしかないんじゃろ? やらないで死ぬのを待つより、できるとこまでやってみようじゃないか。儂でどこまでできるかわからないがねぇ」

 そしてセルビスは「あたしがもう一〇若けりゃねぇ」とお道化てみせた。

「セルビス殿……ありがとうございます」

 明らかに分の悪い賭けなのはわかっている。

 それでもこの賭けに負けてしまうと、オレだけでなく、ユイナもミミルもメイシーも、そしてセルビスをはじめとしたこの街の人たち皆が死ぬことになるだろう。

 激痛で身体が思うように動かないなんて、言っている場合じゃないよな……。

「二号。そして、セルビス殿。それでは、ここを頼みます!」

 そう言って頭を下げたオレを、二人は笑顔で送り出してくれた。

「任せて! ボク、魔力量だけは自信があるんだ!」

「まぁ儂も、なんとか工夫してやってみるさね」

 その言葉を受け、オレは激痛を無視して階段を駆け下りると、門の横にある小さな通用門から外に飛び出した。


 戦陣の中央で戦神のような活躍を見せるメイシーを見つけると、駆け寄り、炎の巨人が魔族であること、そしておそらくオレの魔剣やメイシーの魔球でないと傷すらつけられないだろうことを話す。

「現実に魔族と戦う日がくるなんて夢にも思わへんかったわ……。でも、仮面のにいやん、身体は大丈夫なんか? 最悪うち一人で切り込んでもええんやで? よっと!」

 話しながらも近づいてくる魔物を、魔球を使って撃破していくメイシー。

「いや、オレも行かせてくれ。身体も多少は動くようになってきた。的を分散させるぐらいはできるはずだ」

 ここまで走ってきただけで苦痛に顔を歪めているオレを見て、渋るメイシー。

「ん~でもなぁ……」

「頼む!」

 だが、真剣に頼むオレに、最終的にはメイシーは折れてくれた。

「わかったわかった。でもなぁ……無駄死にするようなことは絶対なしやからな!」

「あぁ、わかっている!」

 オレはメイシーに礼を言うと、すぐさまセルビスに合図を送った。

「セルビス殿が、時間稼ぎと足止め、それにここのみんなのサポートをしてくれることになっている! オレとメイシーはあの炎の巨人……いや、魔族を倒しに行く! すまないがここを頼む!」

 オレの無茶なお願いに、しかし、ここで戦っている冒険者たちは誰一人嫌な顔をせず、それどころか、皆がここは任せろと返してくれた。

「仮面の冒険者さんよぉ! 変異種の討伐からずっとあんたに良いとこ全部持っていかれてるんだ。ここを死守することぐらい、俺たちでなんとかしてみせるぜ! だから……だからあんたもあの炎のデカブツを頼んだぞ! もう、あんたらしかこの街を救える者はいないんだ!」

 そう言って最初に声をかけてきてくれたのは、『赤い』のラックスだった。

 出会った時の印象はあまり良くなかったラックスだが、根は良い奴なのだろう。

 少し照れつつも、ニカッとこちらに向けて強がりの笑みを飛ばしてきた。

「ラックス……」

 そんな彼に内心感謝をしていると、

「ちょっとぐらい私たちにもカッコつけさせてよ」

「そうだ。お前たちは魔族に集中してくれ」

 同じく『赤い』のローラとデンガルが後に続き、周りで戦っている他の冒険者たちも心強い言葉を投げかけてくれた。

「みんな……すまないが、ここを頼む!!

 オレは戦っている皆に順に視線を向けて頷きを返すと、

「行こう! 魔族に、この世界の人の強さを思い知らせてやるんだ!」

 と言って、メイシーと共に駆け出した。


 さぁ、守りから攻めへと転じる時だ!


          


 頭上を飛び越えていく、ユイナの放つ光の矢の下を、街へと迫りくる魔物の群れの流れに逆らうように、メイシーと二人で駆け抜けていく。

 まだ身体は思うように動かないが、それでもブーストを知らない冒険者になりたての頃のオレと同程度には動けていると思う。

 激痛に耐えながらだが……。

 後ろから追走してくるメイシーが、中距離での攻防を受け持ってくれており、オレの露払いをしてくれている。

 だが、それですべての魔物を倒せるほど、魔物の数は少なくない。

 光の矢だけでなく、メイシーの魔球をもくぐり抜けて襲い掛かってきたのは、キラーウルフという比較的凡庸なおおかみの魔物だった。

「はぁぁっ!」

 気合いと共に逆に振り抜いた魔剣は、いとも簡単にキラーウルフの身体を斬り裂き、その姿を靄へと変える。

 これだ……いつの間にか、この斬れ味が当たり前だと思っていたな……。

 オレは心の中で、魔剣の凄まじい斬れ味に感嘆しつつ、振り抜いた勢いのままにクルリと回って、勢いを殺さず、そのまま駆け続ける。

 痛みで感覚がするかと思ったが、今までにもユイナとの訓練で何度か経験していたお陰で、なんとか耐えられそうだ。

「仮面のにいやん! もう一匹抜けた!」

 横から回り込むように走り込んできた別のキラーウルフを、今度は水平に魔剣を振るって足を斬り裂き、同じく止まらず走り抜ける。

 すると、そこへ魔球が打ち込まれ、メイシーがとどめを刺してくれた。

「このまま駆け抜けるぞ!」

「了解や!」

 その後もメイシーの援護を受けながら、オレは襲ってきた魔物をなんとか返り討ちにし続け、ようやく炎の巨人がよく見える位置まで辿り着いた。

「で、デカすぎやろ!? なんぼほどあるねん!」

「くっ……遠目で見ていた時にはわからなかったが、まさかこれほどの大きさとは……」

 ここまでは向かってくる魔物だけを斬り伏せ、叩きのめし、残りの魔物を置き去りにすることで、囲まれないで済んでいたのだが、ここからはこの場にとどまって戦わなければならない。

 その危険度は今までの比ではないだろう。

 もう悠長にメイシーと話をすることもできない。

 そんなことを考えてしまったが、魔物たちは待ってはくれない。

 次々と襲い掛かってくる魔物をなんとか二人で倒し続ける。

 ある程度近くの魔物の数が減るまでは、オレがメイシーのそばについてその身を守り、メイシーには迫りくる魔物の群れを倒していってもらう。

「よし! このままいけば雑魚の方はなんとか……」

 なんとかなると、そう言おうとした時だった。

「ぎゃぁぁぁ!?

「ぐぅぁ!!

 遠く離れた後方から、断末魔の叫びや悲鳴のようなものが、ここまで聞こえてきた。

 オレは一瞬そちらに目を向けるが、ここからだと何があったのかわからない。

「な、なんや……? 何か街の方で起こったみたいや……トリスっち、どうする? このまま予定通りここで粘って、あの燃えるデカ魔族と戦うんか?」

 メイシーにそう聞かれるが、状況がわからないことには判断がつかない。

「そ、そうだ! ユイナ! 聞こえているか!? いったい何があった!?

 しかし、なかなかユイナから返事が聞こえてこない。

 それに、こちらに向けて次々と放たれていた光の矢が途切れてしまっており、代わりに街の周辺で光が見える。

 何かが起こっているのは間違いなかった。

 そして、ユイナの援護がなくなるということは……。

「まずいで! ユイナっちの魔法が途切れたから、ちょっとさばききれなくなってきた!」

 もともと、たった二人でここまで攻め込むこと自体が無謀で、綱渡りの状況だったのだ。

 その状況でユイナの援護がなくなれば、一気に形勢が不利になるのは当たり前だ。

「くっ!? これ以上は……メイシー! 撤退だ!」

 これ以上ここで粘るのは、どのみち不可能だと判断し、メイシーに撤退を指示したのだが、その時になってようやくユイナから返事が聞こえてきた。

『トリスくん、ごめん!! 魔物が、空を飛べる魔物がまだ残ってたの!』

 その可能性は話し合いの中でも出ていた。

 だがそれは、その事態は、あまりにも最悪の状況すぎて対策を立てることができず、空飛ぶ魔物はすべて倒し切った前提で動くということになっていたのだ。

 この圧倒的な戦力差の中で、戦いにくく街を守りづらい空を飛ぶ魔物が加われば、こちらにどうにかする手段など、もう残されていなかったから……。

いったんそちらに戻る! なんとか凌いでくれ!」

 オレもユイナも余裕がない状況なので、それだけ言って話を終える。

 こうやって会話をしている間にも、メイシーは魔物を近づけさせないように魔球を縦横無尽に撃ち込み、多くの魔物を葬っているが、それでも対応しきれなくなっており、オレも近づいてきた魔物と休みなく戦わざるを得ない状況になっていた。

「トリスっち! もう限界や! 撤退でええんやな?」

「あぁ! 空飛ぶ魔物が現れたそうだ! ここまで来て悔しいが仕方ない!」

 こうしてオレとメイシーはやむなく撤退を決めたのだが、それは思うようには進まなかった。

 ユイナの援護のなくなった状況で、魔物の軍勢の中心でたった二人取り残されたのだ。

 オレたちが魔物を倒す速度よりも、魔物を倒して出来たすきを、また別の新たな魔物が埋める速度の方が早くなっていた。

「ははは……これはちょ~っとやばいかもしれんな……トリスっち、一応、そろそろ覚悟決めておいた方がええかもやで……」

 さすがのメイシーも、倒しても倒しても現れる魔物に疲労がかさみ、徐々に動きが鈍っている。

 攻め込むときにユイナに目一杯の強化魔法をかけてもらったが、それも先ほど切れてしまった。

 本当に終わりの時が近づいていた。

「せっかく三人目の仮面の冒険者に内定しているのに、ここで死んだらもったいないぞ?」

 だが、だからこそそんな軽口を叩く。

「ほんまやな! せ~っかく英雄さんの仲間入りできるチャンスやいうのに、そんなもったいないことできへんわ!!

 そして、メイシーも息を切らしつつも、その口元に笑みを浮かべて魔球を振るう。

 わるきなのは、わかっている。

 だがそれでも……簡単に諦めるわけにはいかなかった。


 そこからはメイシーと二人、軽口を挟みながら、ただただ魔剣を振るい続けた。

 たまに炎の巨人から放たれる巨大な火球も、オレやメイシーの魔剣と魔球で対処した。

 もうメイシーは腕が上がらないのか、まともに攻撃もできなくなっており、ほとんどの魔物をオレがギリギリのところで倒すといった状況にまで追い込まれているが、それでも、オレが対応できないタイミングで襲ってくる魔物を的確に倒してくれるあたり、メイシーの実力の高さに思わず感心してしまう。


 しかし……そこまでだった。


 オレもメイシーも、もう装備もぼろぼろ。

 まだ致命傷こそ負っていないが、多くの傷を受け、その命はもう風前のともしだ。

『うぅぅ……トリスくん……頑張って……』

 オレたちの会話が聞こえているのだろう。

 ユイナが泣きながら、そう話しかけてきた。

 遠くでいまだに悲鳴や叫び声が聞こえ続けている。

 もし、ユイナが少しでもこちらの援護に回れば、一瞬で向こうの戦線はかいするのだろう。

 ユイナも追い込まれているのだ。

 しかし、メイシーだけでなく、オレももう腕が上がらなくなってきた。

 ブーストもなしで、ここまでよくもった方だろう……。

「頑張ってるさ……ユイナ……君と出会えてよかったよ」

 そう伝えた瞬間、オレの左肩を魔物の爪が引き裂いたのだった。


 続けざまに、背中にすさまじい衝撃が走った。

「か、はっ……」

 しかし、リミットブレイクの後遺症とも言える激痛のせいで、既に感覚がしていたのか、そこまでの痛みは感じなかった。

 だから、自分の左肩から噴き上がる赤い血しぶきを、どこかごとのように見つめていた。

 だが、そのお陰というのも変な話だが、衝撃に息こそ詰まったが、気付けば、おおかみいのししの魔物に紛れて現れた、熊のような姿の魔物の首を、次の瞬間には魔剣ではねていた。

 この熊の魔物は、何だったか……思い出せないな……。

 混濁する意識の中、ぼんやりそんなことを考える。

「トリスっち!?

 ゆっくりと傾く視界。後ろから駆け寄ったメイシーに抱きしめられて、オレの視界いっぱいに空が広がった。

 メイシーは、限界を超えた身体でなんとか魔球を振り回して近くの魔物をせんめつすると、素早く回復薬を取り出してオレの肩に振りかけた。

 だが……やはり回復薬の効果は発揮されなかった。

「なんでや!? 全然、傷がふさがれへん!」

 さっき魔法薬はオレには効果がないと教えたはずだが、メイシーも気が動転しているのだろう。

 もう一本取り出してまた肩に振りかけようとするメイシーを、無事な右手でそっと制止した。

「メイシー……すまないな……」

 そうつぶやいた時だった。

 手に持つの姿が突然変化し始め、つばから伸びる赤い紋様が広がり、やいばが赤く染まったかと思うと、刀身までもが伸びていく。

 な、なんだ……急に意識が鮮明に……それにこれは、魔剣との魔力同調!?

 今までブースト状態でしか成功したことがなかった魔剣との魔力同調が、なぜかなされている。

「な、なんや……?」

 再び魔球を振るいながら、メイシーも何かを感じ取ったようだ。

「痛みが……引いた……」

 傷が塞がったわけでもないし、体力が回復したわけでもない。

 やはり、ブースト状態になったわけではない。

 だが、魔剣からあふれた魔力が出血を止め、まるでかりそめの力をオレに与えてくれているようだ。

 まただ……あの時と同じ。また魔剣が話しかけてくるようだ……。

 力が欲しいなら貸してやると、戦うのに傷が、痛みが邪魔なら、今だけ止めてやると。

「はは……ははははは……そうか、だから戦えと……。まだくたばるのは早いと、最期の一瞬まで戦えって言いたいんだな?」

 いつしかオレは立ち上がり、近づいてきた数匹の魔物を一瞬で斬り裂いていた。

「トリスっち……いったいその魔剣は何や……? うちの魔球とも何か根本的に違う……その魔剣はいったい何なんや!?

 ブースト状態のような力はない。

 それでも、それなりに身体が動いた。

 傷が塞がるわけではない。

 それでも、新たにつけられた傷からは、一滴の血もこぼれなかった。

 きっと魔剣との魔力同調が解ける時、それはオレの命が尽きる時だろう。

 なぜかオレはそう思った……いや、そう理解した。

 だけど……それでもいい。今、この時を戦い抜けるのなら!

「はぁぁぁ!!

 突進してきた猪の魔物をけながら、魔剣を水平に振り抜き、その身体を上下に分断すると、斬り裂いた身体がもやとなって消えゆくのを横目に、右足を中心に身体を反転させ、メイシーに向かって飛び込もうとしていた狼の魔物に、風穴を開ける突きを放った。

「よし! 動ける!」

 靄となって消えるのもまたずに魔剣を引き抜くと、今度はメイシーを挟んで反対側に現れた熊の魔物に向けて、

「炎よ!」

 火の初級魔法を放った。

 だが、やはりブースト状態とは違うようで、小さな炎しか呼び出せない。

 ただし……呼び出したのはそいつの顔がある場所。

 オレは魔物が一瞬ったすきをついて踏み込むと、逆に身体を斬り上げ、返す剣で頭に突きを放ってとどめを刺した。

「あかん! 無茶や! トリスっち! そんなことしてたら死んでまう!」

 メイシーの叫ぶ声は聞こえていたが、オレは一瞬だけ視線を送って「これでいいんだ」と微笑ほほえみを返すと、あとはただ無心に魔物を斬り続けた。


 もういろいろと感覚がない。

 メイシーも目に涙をめながらも、オレと共にいまだに魔球を振るい続けてくれている。

「まだだ……あの魔族を葬るまでは……」

 たまにこちらに巨大な火球を投げつけてくるだけで、動きを見せない巨大な燃える魔族をにらみつける。

 でも……オレにできることはなかった。

 ブースト状態でないため、身体は動くがBランクの魔物の相手も厳しく、強い魔物はメイシーに頼っている状態だ。

 それに、そもそも魔物の数が多すぎる。

 ユイナの援護もない状況では、弱い魔物とはいえ、あまりにも多勢に無勢すぎた。

 ほとんど執念と身体の反射だけで振るう魔剣は、いまだにオレに力を貸し続けてくれているが、このままいけば先にオレの身体が物理的に動かなくなるだろう。

 そしてその時は、ゆっくりとだが確実に近づいていた。

 だが……諦めかけたその時、胸の奥に何かがともるような、不思議な感覚に包まれた。

「な、なんや……? また、街の方がさらに騒がしくなった気が……」

 メイシーも、何かを感じ取っているようだ。

「っ!? これはっ!? ……す、凄まじい魔力の高まりを感じるで!? またヤバイ奴でも現れたんか!?

 オレは本能のままに魔物を斬り裂きながら、だが、メイシーの言葉に内心で首を振る。

 ははは……違う……これは、この感覚は!!

「今度はなんやねん! な、何か迫ってくるでっ!?

 メイシーが恐ろしげに視線を向けた先には、うっすらと光る何かが見えた。

 その何かは決して速くはないが、まるで草原を吹き抜ける風のように、波紋のように広がり、そして……そこにいたほとんどの魔物が動きを止めた。

はははは……どうして、どうして、あなたがこんな所にいるのですか……」

 オレたちを通り抜けた淡い光の波紋は、間違いなく『泡沫うたかたの聖域』によるものだった。


          


 その後も放たれ続ける光の波紋。

 動きを止めた魔物に向かって、三度目の光の波紋が通り過ぎる頃には、魔物の数は半分近くにまで、その数を減らしていた。

「な、なんやねん、これは……」

 事態が飲み込めず、あっにとられるメイシーに、オレは苦笑いを浮かべながら話してあげた。

「メイシー……スノア様だ。スノア様の『泡沫うたかたの聖域』だ……」

「え? う、うたたたの? スノア様って誰や?」

 面識のないメイシーにしてみれば、そんなことを言われても意味がわからなくて当然かと気付き、こう言い直した。

「あぁ……こう言った方がわかりやすいか。『青の聖女』こと『スノア・フォン・エインハイト』第二王女様だ」

 一瞬の沈黙の後、驚くメイシー。

「……は? はぁぁ!? なな、なんでそんな偉い人がこんなとこにおるねん!?

「それこそ、その疑問は、オレが聞きたいぐらいなんだが……」

 その時、オレとメイシーの二人を影が覆った。

「っ!?

 慌てて魔球を放とうとするメイシーの手をつかみ、

「待てメイシー!!

 その行動をなんとか止めることに成功する。

 危なかった……メイシーが万全の状態だったら、止められなかったかもしれない。

「なんで止めるねん! 空飛ぶ魔物やで!?

 そう叫ぶメイシーに、オレはゆっくり首を振ると、その魔物を指さし教えてやる。

「確かに魔物かもしれない。でも、よく見てくれ。我が国の紋章が刻まれたプレートが付いているだろ? あれは、エインハイト王国が誇る『天空の騎士団』が駆る……グリフォンだ」

 グリフォンといえば、わしの上半身と翼に、獅子の下半身を持つAランクの魔物だ。

 だけど、我がエインハイト王国は、そのグリフォンを子供の頃から育てて騎乗生物として調教し、この国最強の騎士団『天空の騎士団』として組織していた。

「て、天空の騎士団って、この国の虎の子とか言われて秘匿されてる最強の騎士団やん!? なんで、そんなすごいのが……」

 メイシーの混乱はまだ続いていたが、そのグリフォンは悠々とオレたちのそばに降り立った。

 そして……一人の少女が騎士と思われる者の制止を振り切って飛び降りたかと思うと、そのままこちらに向かって駆け出し、

「トリス! なんて無茶をしているのですか!?

 そのままオレの胸に飛び込んできたのだった。


          


 オレの胸の中で泣き続けるスノア殿下。

 初めて見せるその弱々しい姿に、オレはどうしていいかわからず狼狽うろたえるが、この状況で身分を言い訳にしたくなく、すすり泣くたびに小さく揺れるその身体を、そっと抱きしめた。

「……スノア様……」

 思わずこぼれたその呟きに、スノア殿下が顔を上げる。

「どうですか? まだ痛みますか?」

 スノア殿下のその言葉で、オレはそこで初めて既に回復魔法がかけられていることに気付いた。

 魔剣との魔力同調によって、痛みなどが遮断されていたために気付くのが遅れたが、スノア殿下は、オレに抱きつくと同時に、最高位の回復魔法をかけ続けてくれていたようだ。

 驚いたことに、肩に負った致命傷までもが、既にほとんど治っていた。

「スノア様……ありがとうございます。大丈夫です」

 さすがはエインハイト王国最高の聖属性魔法の使い手だ。

 いや、もしかすると王国の長い歴史の中でも、息をするかのようにここまで簡単に聖魔法を扱えるのは、スノア殿下が初めてではないだろうか。

 無詠唱で発動させた回復魔法は、骨にまで達していたはずの肩の傷を完全に塞ぎ、全身に負ったすべての傷を治癒。さらには、ここまでの戦いで消費した体力までをも完全に回復させていた。

 あらためてスノア殿下の聖魔法のすごさに感心していると、何かを呟く声が聞こえた。

「……つぎ…………ません……」

 その呟きが聞き取れず、オレが視線を下に向けると……。

「ひゃい? ……す、すにょあさま……?」

 ほおを力いっぱい引っ張られた。

 魔剣との魔力同調をしていなければ、結構な痛みだったかもしれない……。

「次、こんなことしたら、ぜぇぇぇったいに許しません!!

 そう叫びながら、オレの頬を思いっきりつねるスノア殿下に、「すひません」と謝る。

「本当に本当に、次、このようなことをしたら、絶対に許しませんからね!!

 目に涙を溜めたスノア殿下に、もう一度、今度はちゃんと謝罪の言葉を口にする。

「はい……すみませんでした……」

 本当なら、謝罪だけでなく、スノア殿下にもっときちんと感謝の言葉を伝えたいところだが、まだ大物が残っている。

 この戦いに勝ち、その後でしっかりと礼をしようと気持ちを切り替えた。

 ただ、どういう状況なのかは先に知っておきたい。

「しかし、なぜスノア殿下がこのような場所に? しかも『天空の騎士団』まで……いったいどういう状況なのですか?」

 オレがそう尋ねると、スノア殿下は、炎をまとった魔族の方をちらりと見てから話し始めた。

「わたくしが王都に帰ってすぐのことです。星詠み……トリスに隠しても仕方ないですね。マリアーナ姉さまが、仮面の冒険者に……トリスとユイナに危険が迫っていると……」

 スノア殿下の姉である第一王女のマリアーナ殿下が星詠みだというのは、本当は秘匿事項なのだが、子供の頃にスノア殿下がオレにうっかり漏らしたので知っていた。

 ただ、今思い返すと本当に「うっかり」だったのかはかなり怪しいが……。

「オレに危険が……ですか? そんなことまで……」

 手短に話を聞いてみると、スノア殿下が王都に帰り着くなり、マリアーナ殿下が部屋に駆け込んできたそうだ。

 そして、仮面の冒険者……オレとユイナの身に危険が迫っており、もしここで二人を失えば、この国やこの世界の未来に大きな陰りが見えると告げられ、二人で国王陛下に直訴したらしい。

 どうも話の感じからすると、直訴などという体裁からは大きく逸脱して、かなり強硬なものだったようだが……。

 その上、結局王国に一〇騎しかいないグリフォンのうちの半分にあたる五騎のグリフォンまで引っ張り出し、それを操る天空の騎士団の騎士五人と、スノア殿下、そして青の騎士団の騎士も何人か連れて、ここまで強行軍で飛んできたということだった。

「でも、わたくしたちが駆け付けた時には、既に魔物たちに街が飲まれそうになっていてすごく焦ったのですよ。しかも、私のギフトで確認したら、トリスの未来が消えかかっていましたし……」

 そう言ってまた涙目になるスノア殿下の横顔に、オレは不真面目にもれてしまった。

 不思議そうな上目遣いで「トリス?」と問いかけられなければ、ずっとそのままだったかもしれない。

 しかし、どう誤魔化そうかと焦っていると、ここで事態から置き去りにされていた二人の女性が、抗議の声をあげた。

「とり……じゃなく、仮面のにいやん!! す、スノア王女殿下と、どど、どういう関係やねん!?

「スノア殿下!! 何を勝手に飛び降りて駆け出しているのですか!? ここは戦場なのですよ!?

 一人はすぐ横でさっきまでポカンと口を開けて放心していたメイシー。

 もう一人は、名前までは覚えていないが、天空の騎士団で唯一の女性騎士だったはずだ。

 すらりとした長身に、短く切りそろえられた赤い髪、鮮やかな赤のスケイルメイルがよく似合うその姿は、以前王城で見かけた記憶があった。

「それから! そこのあやしい仮面の男! 今すぐスノア殿下から離れなさい!」

 しかし女性騎士の方は、オレのことなど当然知りはしない。こちらに駆け寄りながら、何か詠唱したかと思うと、氷のやりを創り出し、オレに向けて今にも撃ち出してきそうだった。

「シャーミア! この方は仲間ですよ! 英雄制度で認定された仮面の冒険者のことは、あなたも知っているはずです!」

 スノア殿下のその言葉に「この者が?」と、疑わしそうな目を向けてきたが、一応は構えを解いてくれた。

「それよりシャーミア。あの炎の巨人を空からけんせいできますか? この者にはもう一人の仮面の冒険者の力が必要なのです。ロイスに連れてくるように命じましたが、それまでなんとか時間を稼いでください」

「はっ! 時間稼ぎだけなら問題ありません! ちなみに、勢い余って倒してしまっても、よろしいでしょうか?」

「ふふふ。倒せるのならもちろん構いませんが、優先すべきは時間を稼ぐことだということを絶対に忘れないように」

「はっ! 心得ております!」

 スノア殿下に承諾の意を示すと、天空の騎士シャーミアは、グリフォンに飛び乗り、大空へと舞い上がっていった。

 グリフォンの放つ強者の風格と、それを乗りこなすシャーミアの姿に感心していると、スノア殿下が魔法を放つ気配を感じた。

「あなたもご苦労様。すぐに治療してさしあげるから、少し待ってくださいね」

 そしてメイシーの傷を瞬く間にいやすと、オレの時と同様に、体力までをも回復させる。

「す、すごい……しかも、なんで体力まで完全回復してるんや……」

 普通の回復魔法では体力はほとんど回復しないので、初めて聖属性の、しかも最高位である第三位階の回復魔法を受けて、メイシーが驚きに目を丸くしていた。

 はたから見ていてもその違いは一目瞭然で、さっきまでの倒れそうなほど疲弊していたメイシーの姿は、今は完全に消え去っていた。

「し、しかし、なんで英雄とはいえ、冒険者の仮面のにいやんが、名高い『青の聖女』様とそんな親しげなんや……?」

「メイシー、オレは貴族の三男坊でな。スノア様とは子供の頃から、その……」

おさなじみですわ!」

 スノア殿下との関係を何と説明しようかと言いよどんでいると、かぶせるようにスノア殿下に幼馴染だと言い切られてしまった。

「ま、まぁ、恐れ多いことに、そのような関係なんだ。あと、スノア様はオレの正体もご存じだから、今は普通に名前で呼んでも大丈夫だぞ」

「そ、そうなんか……しかしトリスっちは、何回うちを驚かせたら気が済むねん……」

 メイシーとそんな話をしていると、突然ユイナのうれしそうな声が聞こえてきた。

『トリスくん! 無事なんだね!』

 仮面越しに聞こえたその声に、オレも即座に言葉を返す。

「ユイナ! そっちも無事なんだな!? オレはスノア様に助けてもらったから、もう大丈夫だ!」

『ボクも大丈夫! でも、よ、よかった……本当に、よかったよ。ボク、もうダメかと本当に思ったんだから……』

 おそらく泣いているのだろう。

 仮面越しに聞こえてくる声は震えていた。

 オレも本当にもうダメだと覚悟を決めていたし、ユイナの無事な声を聞き、喜びとあんから頬に一筋のしずくを走らせてしまった。

 今だけは、仮面でその目元を覆い隠せていることに感謝しておこう。

「すまない。今回はオレもいろいろ反省すべき点が多いよ。だけど、それもまずはあのデカい炎の魔族を倒してからだ」

 今は天空の騎士シャーミア以外に、さらにもう一匹別のグリフォンも加わって炎の魔族を押さえ込んでくれているのだが、やはり牽制はできても倒すのは難しそうだ。

 シャーミアが巧みにグリフォンを操り、なんとか近づいて直接グリフォンの強力な爪で攻撃しようとしているのだが、纏う炎が大きく膨れ上がり、思うように近づけない。

 それならばと、今度は魔法での攻撃に切り替え、先ほど一瞬見せた氷の大きな槍を上空から飛ばして攻撃し、首などの急所と思われるような場所に命中させてはいるのだが、異様なまでに魔法防御が高いのか、ほとんど傷を負わせることもできない状況だった。

『うん……そうだね。あれはボクたちが倒さないと。鑑定眼で見た感じだと、魔法は光魔法以外の攻撃は、ほとんど効かないんじゃないかな? とりあえず今、ロイスさんに連れられてそっちに向かっているから、もう少し待って! ……え? あ、はい……はい。わかりました』

 ユイナと仮面越しに話していると、向こうで、そのロイスに話しかけられたようだ。

 何かあったのだろうか。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 まだ残っている魔物にでも襲われたのかと、少し心配になる。

 ほとんど残党狩りの様相を呈してきているが、それでもスノア殿下の『泡沫うたかたの聖域』で生き残っているということは、高位の魔物ということになる。

 魔法の効果で動きが鈍っているだろうが、油断できない相手には違いない。

 などと考えていたのだが……。

『えぇと……ロイスさんから伝言なんだけど……そのまま伝えるね。「正体を黙っていた罰だ。終わったら後で手合わせしろよ?」だそうです。さっき聞いたんだけど、今回救援に来てくれた青の騎士団の人たちは、ボクたちの正体を教えられたんだって』

 ええと……別の意味で不安になってきたぞ……。

 ロイスのことだ、きっとすごい本気の手合わせになるだろう。

 でも……今は、ロイスがこの戦いに駆け付けてくれていることが心強かった。

 それに、ロイスが来てくれれば、スノア殿下のことも安心してお任せすることができる。

「そうか。オレたちが仮面の冒険者だって知ったんだな。わかった。ロイスさんに『受けて立ちます』って、そう伝えておいてくれ」

『えぇと……それなら、直接伝えてもらった方が早いかな?』

 ユイナの少し楽しそうな声が聞こえたかと思うと、一匹のグリフォンが空を駆け、こちらに向かってきているのが目に入った。

「え? もしかして……ユイナ、グリフォンに乗っているのか?」

 オレはてっきり、馬でも確保してこちらに向かっているのだとばかり思っていた。

 グリフォンは最大でも二人ぐらいまでしか乗れないと思っていたのだが、どうも短距離ならそれ以上の人数でも空を飛べるようだ。

 ちょっと自分の持っている知識を修正しておこう。

『うん! グリフォン可愛かわいいよ! 乗る前は、空飛ぶのすごい怖かったけど、意外と平気だったかな? こんな時にちょっと不謹慎だけど、飛行機も乗ったことがなかったから、ちょっと興奮しちゃった♪』

 ユイナの言う『ひこうき』というのが何かわからないが、こんな状況じゃなければ、本音を言うとちょっとオレも乗ってみたかったし、うらやましかった。

 そもそも、この世界で空を飛んだ経験を持つ者なんて数えるほどしかいないだろうし、いろいろな経験をしたいというのも冒険者に憧れた理由の一つだからな。

「そ、そうなのか。よかったな」

 ただ、もちろんそんなことを考えている場合ではないので、そんなおもいは飲み込んでおく。

「ユイナも無事なようで、本当によかったですわ……」

 肉眼でも乗っている人物が確認できる距離まで近づいたグリフォンを見て、スノア殿下が静かに息を吐きながら呟くのが聞こえた。

 ユイナが無事で本当によかった。

 でも、本当に安心するためにも、炎の魔族あいつを何としてでも倒さなければと、もう一度決意を新たにする。

 近づいてくるグリフォンを待ちつつ、炎の魔族に注意を向け、もう一度よく観察していく。

 このエインハイト王国の最高戦力『天空の騎士』をもってしても、押さえ込むのがやっとの相手だ。

 今のうちに少しでも何か攻略の糸口が欲しい。

 巨大な一つ目の巨人。

 最初は肩や胸だけに炎を纏っていたのだが、今は、まるで炎のよろいのように、ほぼ全身に炎を纏いつつある。

 その炎のせいで近づくのもさらに難しくなり、魔法もユイナの光魔法以外はほとんど効かない。

 わずかに残った炎のすきから見える黒っぽい外皮も、きっと今まで戦った魔族同様かなりの強度を誇るだろうし、しょう修復のような能力も同じく持っているだろう。

 その上、炎の魔族自身がかなり巨大なため、普通にこの魔剣で斬っても、致命傷を与えるのは難しいはずだ。

 一筋縄ではいかないだろう。

 でも……オレには心強い仲間がいる。

 命を懸けて共に戦ってくれる仲間が!

 オレたちのすぐ側に舞い下りてきたグリフォンに向かって、叫ぶ。

「ユイナ!」

「任せて!! もうチャージは終わってるから!!

 グリフォンの背に乗るユイナと視線を交わした瞬間、光の輝きがオレの身体を包み込んだ。

「ブースト!! トリスくん! 行っちゃえー!!

 オレはユイナのその声を背中に受けると、炎の魔族に向け、全力で駆け出したのだった。


          


 風を置き去りにして疾駆する。

 湧き上がる力と溢れ出す魔力に、全身が全能感に包まれていく。

 こちらに気付き、炎の魔族が巨大な火の塊を投げつけてきたが、居合斬りの要領で振り抜いた魔剣で斬り裂き霧散させ、そのまま速度を落とさず駆け抜けた。

 炎の魔族は、その様子を見て、またもや炎の塊を出現させたが、そこで頼もしい仲間の声が響く。

『トリスくん! アレは任せて!』

 仮面越しにユイナの声が聞こえた瞬間、後方から光が溢れ、無数の光の線がオレを追い越して、炎の塊を貫き霧散させると、そのまま魔族にも突き刺さった。

「ぐるぉぁ!!

 怒りの声をあげるその姿は、ダメージが通ったあかしだろう。

「よし! 一気に攻勢をかける!」

 それにしても、この力はなんだ……。

 いつも以上に身体が軽い。

 限界突破リミットブレイクのあの強烈な反動を乗り越えたからだろうか?

 一瞬で炎の魔族の足元に辿たどり着いたオレは、よこぎのいっせんを放ちながら駆け抜けた。

 そして、わずかに抵抗は感じたものの、あっさりと左足を深く斬り裂いた。

「やはり、いつもより身体が思い通りに動く」

 だが……オレの斬り裂いた左足首の傷も、ユイナが『せんこう』でつけた傷も、炎の魔族の巨体からすると、小さな傷にしかすぎなかった。

「っ!? 大きすぎる! それに……やはり修復が早い!」

 剣身の半分が埋まるぐらいには深く斬り裂いたはずなのだが、それも溢れ出た瘴気に覆われたかと思うと、あっという間に修復されてしまった。

 これは、かなり強力な攻撃をしないとらちが明かないぞ……。

 オレの持つ手札だと、『らくようの舞い』が威力が抜きん出ているが、斬り上げから飛び上がって宙を舞い、そこから下に向けての振り下ろしという技の性質上、この炎の魔族のようなきょを持つ相手とは相性が悪かった。

 そもそも、斬り上げ時にはそこまで威力がないため、そのまま宙を舞ってしまうと、反撃をらう可能性がある。

 その上、威力のある振り下ろしの一撃も、足に向けて放つことになるため、たとえ技がく決まったとしても、大してダメージは期待できないだろう。

 だからといって、足を止めて普通に斬り結べば、相手が巨大すぎるため、横殴りに腕を振るわれると避けることも難しい。

 なかなか厄介な敵だな……。

 さっきから、また魔剣のささやきが聞こえる気がするが、その声に耳を傾ける余裕もない。

 ブースト状態なので、走り続けたところで体力が尽きるようなこともそうそうないだろうが、それでも、ユイナにかけてもらっている魔法には制限時間がある。

 もちろんかけ直してもらうことはできるが、何の解決策にもならない。

 何か方法はないのか……。

 ブースト状態で思考も加速されており、こうしていろいろと考える余裕はあるが、走り続け、放たれる炎やその巨大な拳を避け続けているだけでは倒せない。

「少しの間だけでいい。奴の動きを止められれば……」

 そう呟いたその時、

「ぐがぁぁるぁぁ!!

 炎の魔族が初めてもんの声をあげた。

 ようやく追いついたメイシーが腹に魔球を打ち込み、一瞬だが炎の魔族の動きを止めると、それに続いてシャーミアたちが放った氷の槍が、その顔面に次々と命中したのだ。

「仮面のにいやん! 何か狙ってるなら、今やぁ!!

 オレの考えを動きから読み取ったのだろうか。

 メイシーたちに感謝をしつつ、オレはと深く魔力同調すると、その声に意識を傾けていった。


 これは……魔剣の記憶と言うのが一番近いだろうか。

 オレの頭の中に流れ込んできたのは、断片的な魔剣の記憶。

 失われた剣技を伝えるため、この魔剣は生み出された。

 その資質を持つ者を見極め、主人と認めると、強力な呪いによって負荷を与え、その下地となる精神と肉体をつくり上げる。

 なんだこれは……。

 気付けば、魔剣がまがまがしい光を発して輝いていた。

 こんな姿は見たことがない。

 魔剣の発する魔力が跳ね上がり、同調するオレの魔力が、それに合わせて無理やり引きり出されていく感覚に、思わず苦悶の声をあげる。

「ぐっ……こ、これは……」

 光を発しているのは魔剣だけではなかった。

 身体から溢れ出した大量の魔力が可視化され、オレの身体までもが禍々しい光を発していたのだ。

「……この負荷に耐える身体をつくるために、魔剣おまえはオレにをかけ続けていたのか……」

 感覚としては限界突破リミットブレイクの状態に近いが、あれは肉体的なものだけなのに対して、今は肉体だけにとどまらず、魔力も、そしてまるでオレの存在自体までもが一つ上のステージに上がったような、そんな感覚だ。どちらかというと、今の方がリミットブレイクと呼ぶにふさわしい状態かもしれない。

 それに、以前『落葉の舞い』を授かった時と違い、今度は記憶としていくつかの技を授かった。

「いや、記憶というより、まるで過去にオレ自身が実際に体験したかのような……これは……舞い、『つるぎの舞い』というのか……」

 失われた剣技を伝えるために生み出されたのが『剣の舞い』といった感じだろうか。

 まだすべてではないが、その『剣の舞い』の一部を実体験のような記憶という形で授かったようだ。

 ここまで、実際にはほんのわずかな時間だろう。

 だが、わずかな時間にもかかわらず、まるで長い年月をかけて、魔剣と共に修練を積んだような、そんな感覚を味わっていた。

「ちょぉぉい!? 仮面の兄やん! いくらなんでもその場に留まりすぎやぁ!」

 焦るメイシーの声に我に返ると、炎の魔族が、オレに向けて拳を振り上げている姿が目に飛び込んできた。

『に、逃げてぇー!』

 仮面越しにユイナの悲鳴のような声が聞こえたが、オレの心はまるでなぎのように穏やかだった。

「……『音無しの歩み』……」

 さっきまでオレがいた場所が……ぜた。

 炎の魔族のこんしんの一撃により、その巨大な質量とりょりょく、それに纏った炎が、地面に巨大なくぼみを作り上げていた。

「仮面の兄やん!? な、なんや今のは!? 攻撃を喰らう前に姿がき消えたで!」

 メイシーにはオレが突然消えたように見えたのだろう。

 今までのような、身体能力任せで得ていた速度を軽くりょうする速さだ。

 ほとんど音を立てることもなく、円を基本とした流れるような体重移動からのたいさばきと足運び。

 さらにそこに、この溢れ出して可視化された魔力を緩衝材にして成し得た歩法。

 その名は『音無しの歩み』というようだ。

 ゆるりと魔剣を水平に振るうと、その勢いに逆らわず、くるりとまわるように足を運び、纏った魔力を用いて滑るように瞬間移動する。

 オレを見失った炎の魔族が、オレの姿を探していびつな瞳をぎょろぎょろと動かす。

「こっちだ」

 オレの声に反応して振り返るが、既にオレの姿はそこにはない。

「な、なんやねん。その動きは……」

『うわぁ……まるでちっちゃな頃、神社で見た神楽みたい……』

 この動きがなんとか見えているのは、二人がかなり遠くにいるからだろう。

 オレはほんろうされる炎の魔族の後ろを取ると、魔剣の記憶をなぞるように、また別の失われた剣技を繰り出した。

「最期だ……失われた剣技の一つ……」

 魔剣に同調した魔力が跳ね上がり、無理やりオレの中から魔力がごっそりと引き摺り出される。

 身体が悲鳴をあげ、口の中に鉄の味が広がるが、ここで止めるわけにはいかない。

 まばゆく、それでいて禍々しい光を放つ魔剣を下段に構えると、可視化された魔力を今度は足場に用いて宙をかけた。

「『あまかける竜の舞い』!」

 魔剣が放つ禍々しい光が、巨大な刃となって切っ先を伸ばし、炎の魔族の腰、背中、そして……、

「はぁぁぁぁ!!

 頭までをも、真っ二つに斬り裂いたのだった。


 宙をかけるオレの視線の下で、炎の魔族の身体は巨大なもやへと変化し、消えていく。

「ようやく、終わった……」

 可視化された魔力でなんとか宙を踏みしめ、無事に地面に降り立つことはできたものの、そのまま立っていられなくなり、オレの身体はゆっくりと傾いていった。

 しかしそこへ、近くにいたメイシーが駆け寄り、抱きかかえるように支えてくれた。

「トリスっち! だいじょぶなんか!?

 だが、支えられているというのに、一人で立つこともできない。

 身体はとうに限界を超えており、悲鳴をあげていた。

 まだブースト状態のはずなのに、身体の自由が利かない。

「ははは。すまない。ちょっともう限界みたいだ……」

 今日はいろいろありすぎた。

 長時間にわたり限界突破リミットブレイクの状態を維持し続け、その後の激痛の中、ようやく治してもらったところで、すぐに戦闘に参加してブースト。

 そして、今までにないほど深いレベルでの魔剣との魔力同調を経て、魔剣の記憶をのぞき見、いくつかの技を授かった。

 その技もやり方がわかったからといってすぐできるようなものではなく、魔剣の負荷と日々の鍛錬により、鍛え抜かれた身体と魔力を得て初めて、ぎりぎり繰り出せるようなものだった。

『……スくん!? トリスくん! 大丈夫なの!?

 一瞬だが、意識が飛んでしまっていたようだ。

 ユイナの声に呼び戻されて、慌てて返事をする。

「ゆ、ユイナ、か……ちょっと無茶しすぎたようだ。でも、たぶん大丈夫だ」

『たぶんって……今、そっちに向かってるから!』

 ユイナとそんな会話をしていると、

「トリスっち。王女様が来られたで。一人で立てるか?」

 メイシーがちょっと恥ずかしそうにしていることに気付き、そこで初めて、自分がメイシーに抱きしめられるようにして支えてもらっていることを思い出した。

 どうも、頭も回らなくなっているようだ……。

「あぁ、悪い……なんか、もういろいろダメだな。はははは……」

 メイシーに言われて視線を向けると、スノア殿下と目が合った。

「トリス! 大丈夫なのですね!?

 こちらに駆け寄りながら尋ねてくるスノア殿下に答える。

「はい。スノア様。おそらく限界まで身体を酷使したことによる反動だと思うので、しばらく休めば大丈夫です……」

 そう言ったのだが、オレのそばまで駆け寄ると、肩をがっしとつかみ、最高位の回復魔法をかけてくれた。

 相変わらず、すさまじい回復魔法だ。

 身体を酷使した反動が大きく、何かを負っているわけではないので、完全に回復するまでは至らなかったが、それでも一人でなんとか動ける程度には回復していた。

!? 体中、ぼろぼろではないですか……」

 スノア殿下ほどの回復魔法の使い手になると、治癒を施す際に身体の状態もわかるらしいので、思わずそんな言葉がこぼれたのだろう。

 少しにらむようなジト目で見られつつ、心配されるという複雑な状況に陥っていた……。

「ほんとにトリスは……やはりこれは行動を早めないとダメそうですね……」

「すみません……ん? 行動を早めるとは?」

 心配してもらっている上に、回復魔法をじっくりとかけてもらっている状況なので、素直に謝ったものの、何かスノア殿下の言葉がひっかかった。

 そしてなぜか、とても嫌な予感がしている……。

 しかしその答えを聞く前に、オレは背中に衝撃を受けて地面に倒れ込んでしまった。

「がふっ!? ……い、痛い……」

 ようやく追いついたユイナが、背中から飛びついてきたのだ。

 直前で気付いたものの、さすがにけるわけにもいかず、まともにらってしまった……。

「トリスくん!! 無事で……無事でよかったよぉ……」

 倒れたオレの背中にすがりついて泣き出したユイナに、どうすればいいのかわからず、動くことができなかった。

「ユイナ……心配かけて悪かったな。それに、無理をさせてすまない……」

「ホントにもうダメかと思ったんだよ……ボクの魔力がいくら多いっていっても、さすがにもうあと少しで尽きるところだったし、そうなったらトリスくんも、ボクも、一緒に戦っている皆も、それに、街で暮らす人たちも……」

 そこからは言葉にならず聞き取れなかったが、ぐずぐずと鼻をすすりながら、黙り込み、ただ涙をこぼしていた。ドナックにもらった魔法薬がなければ、先に魔力が尽きていたようだ。

「そうだな。今回はどこか一つでも何か違う方向に転べば、みんな終わっていたかもな。えっと、それでだな……そろそろちょっと起き上がりたいと思ってるんだが……」

 小柄なユイナが上に乗っているぐらい全然平気なのだが、さすがに年頃の女の子に上に覆いかぶさられていると、ちょっといろいろ意識してしまう……。

「う、うわぁ!? ごごご、ごめんなさぃ!?

 ほおに伝う涙を吹き飛ばす勢いで起き上がったユイナは、顔を真っ赤にさせて、

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 と言って、何度も頭を下げていた。

 そこへちょっと怒った様子のスノア殿下が近づき、

「もぉ~ユイナ、ズルいですわ……わたくしだって、ものすごく頑張って駆け付けたのですよ?」

 と言って、わたわたしているユイナに、珍しくとし相応の表情を見せてねていた。

「え? あ、あの……スノア様?」

「それはね、ちょっと遅くなって、ギリギリにはなってしまいましたよ? でも、本当に本当に無理を言って……びっくりするぐらいリズにも怒られて……そうやって駆け付けたんですのよ?」

「あ、いや、ボクは!?

「それなのにユイナったら……あ♪ このどさくさに紛れて、わたくしも上に飛び乗っちゃおうかしら?」

 二人のやり取りに、起き上がるタイミングを逸していると、突然そんなことを言い出すスノア殿下。

「うぁぁ~!? お、起きましたから!」

 もちろん全身体能力を駆使して一瞬で立ち上がったのは言うまでもない……。

「あらぁ~、残念ですわ。もう少し横になっていてもよろしかったのに。ふふふ」

 ……だ、駄目だ……。

 完全にいいように遊ばれている……。

 あっにとられていたメイシーも、ようやくオレたちの関係を何となく理解したようで、後ろで苦笑いを浮かべていた。

「スノア様、ユイナ、それにメイシーも、三人がいなければ、オレは途中で力尽きていたと思う。皆を危険な目にあわせ……ふぐっ?」

 自分の力を過信して突っ走ってしまった自覚があったので、ちゃんと謝っておこうと思って話し始めたら、スノア殿下が途中で人差し指をオレの口に当てて遮った。

「それは不要ですわ。それよりも……」

 振り返るスノア殿下の視線を追うと、そこには、歓喜に沸くソラルの街の衛兵や冒険者たちの姿が見えた。

 いや、それだけではない。

 この街で暮らす皆が手を取りあい、喜びの声をあげているのだろう。

 距離が離れているので、さすがに細かいことはわからないが、そんな様子がうかがい知れた。

 本当に魔物の侵攻を止められてよかった……。

 今回は本当に死を覚悟して臨んだ戦いだったし、冒険者になった時から、オレ自身はその覚悟を持っていたつもりだ。

 だから、ここで命が尽きても仕方ないと思っていた。

 だけど街には、戦いとは無縁の普通の暮らしをしている大勢の人たちがいる。

 その中には大事な妹のミミルも……。

 街の中にいた人たちは、覚悟など決めていただろうか?

 いや、冒険者や衛兵はともかく、街で暮らす一般の人たちに、そんな覚悟が出来ている者などほとんどいなかったはずだ。

 オレはちょっとばかり強くなったからと、一人でなんとかしなければと突っ走ってしまったが、もっといろいろと慎重に動くべきだった。

 もっと最初から仲間を頼るべきだった。

 もし皆が支えてくれなければ、オレは途中で力尽き、そしてオレが力尽きれば、少なくともあの炎の魔族を止めることができず、街はじゅうりんされてしまっていただろう。

 メイシーが常にオレをサポートするように戦い、ユイナが後ろから魔法で魔物の数を減らして街を守り、スノア殿下が駆け付けてくれたからこそ、なんとか勝てたのだ。

 もちろん街の冒険者や衛兵たちが、力を合わせて踏ん張っていなれば、それ以前の問題だった。

「皆で力を合わせたからこそ、あの者たちを救うことができたのです。あなたが謝るようなことは何一つありませんわ。それは仲間として当たり前のことですもの。皆が自分のできることを精一杯頑張って、力を合わせた。だからこそ勝てた。それでいいのです」

 いろいろ考えてもやもやしていたオレの気持ちを代弁するように、スノア殿下が優しく語ってくれた。

「そう……ですね。スノア様、みんな、ありがとう……」

 なんだか心がとても温かくなって、一言そう言うのがやっとだった。

「そう♪ だから、ここで言う言葉は、その『ありがとう』が正解ですわ」

 スノア殿下の言葉に皆もうなずき、そして、皆ちょっと照れながらも微笑ほほえみかけてくれた。

「さぁ! きっと私たちが戻るのを待っていますわ。皆の元に戻りましょう!」

 こうしてソラルの街での長い長い戦いは、ようやく幕を下ろしたのだった。


          


 街に戻ると、共に戦った冒険者や衛兵たちだけではなく、多くのソラルの街の市民たちが迎えてくれた。

 スノア殿下を先頭に、その脇を守るように『天空の騎士団』の騎士たちが付き従う。

 その光景は、何度も『青の騎士団』の騎士を率いるのを見ているオレでさえ、物語を想起させられるような荘厳なものだった。

 グリフォンにまたがる『天空の騎士団』の姿は、この国の者であっても見たことのある者はほとんどいないはずだ。

 平時なら、巨大な魔獣であるグリフォンの姿を見れば、恐れてもおかしくない。

 だが、この時ばかりは、皆そのグリフォンの巨体に心強さを感じていたのだろう。

 必要以上に近づこうとして、衛兵に止められる者までいたのはちょっと驚きだった。

 そして、オレとユイナの二人は……仮面をつけたまま、スノア殿下のすぐ後ろを歩いていた。

「なんでボク、こんなパレードみたいなものに参加しているのかな……しかも仮面をつけて……」

「街を救った象徴のような者が必要なんだそうだ」

「そんなの『天空の騎士団』の人たちがいれば、ボクたち必要ないんじゃない?」

「まぁトリスっちもユイナっちも、顔バレしてないんやから、ええやん」

 そういうメイシーは予備の全身よろいに着替え、普段は視界が狭いからと言ってかぶっていない頭部すべてを覆うヘルムをつけているので、オレたち以上に顔バレすることはなさそうだが……。

「でも、あまり素直に喜べないな……いったい何人亡くなったんだろうか……」

「……うん。そうだね。いっぱい亡くなったよね……」

 随行していた青の騎士団のメンバーは、今は臨時で陣頭指揮を執っていてここにいないが、街に戻る前、ロイスと会った時に、冒険者や衛兵だけでなく、街の人たちにも何人もの犠牲者が出ているという話を聞いたことを思い出す。

 しかし、オレとユイナがそのことに心を痛め、つらそうな表情を見せているのに気付いたメイシーが、諭すように話しかけてきた。

「トリスっち、それからユイナっちも聞いとき。二人とも大きな戦いは初めてか?」

 その問いかけにユイナと視線を交わすと、そろって頷きを返し、オレが代表して答える。

「いや。一度、ゴブリンの変異種が率いるスタンピードは経験している」

「そうか。それなら少しはわかってるかもしれへんけど、こういう大きな戦いってのはやな、勝っても負けても犠牲者は出るもんなんや。だから、今回だけやない。勝ったのなら、その勝利に貢献したのなら、辛くても、反省するとこがあっても、前を向いて堂々とするんや。そして、勝利を素直に喜べばいいんや」

 そして「もしそれでも気になるんやったら、それは後で反省すればええねん」と言って、オレたち二人のお尻をたたいた。

「ひゃんっ!?

 さすがに男のオレはその程度では驚かなかったが、ユイナは間の抜けた可愛かわいい悲鳴をあげていた。

 でもメイシーの話を聞いて、ちょっと気持ちが楽になった気がした。

 そこからは、集まってきた街の観衆にも軽く手を振ってこたえ、オレたちはまだ戦いの残り香が漂う街を、しっかりと前を向いて歩いた。


 戦いの後、妹のミミルやメイドのミシェル、御者のジオなどのライアーノ家に関係する者たち、それから耕作魔法の権威であるセルビスとも無事に再会することができた。

 亡くなった人たちには悪いが、皆が無事だったことに、普段はあまり祈らない神にも感謝した。

 しばらくミミルがオレやユイナから離れなくて困ったが、思っていたよりも立ち直りは早く、三日も過ぎる頃には、いつもの明るさを取り戻していた。

 だが、オレたちとはここでお別れだと告げると、また泣き出してしまい、もう一度なだめるのに苦労することになったのは仕方ないか……。

 実はオレたち『つるぎいんじゃ』が受けた「ミミルの護衛」という指名依頼は、国の意向でキャンセルされることになり、オレたちは先に旅立ったスノア殿下を追いかける形で、一度王都へと向かうことになってしまったのだ。

 冒険者ギルドの計らいにより、冒険者としての評価が下がることはなかったが、オレを信頼して依頼を出してくれた父やミミルに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 ただ、今回の件でいろいろと関わることになった『赤い』が代わりに護衛を務めてくれることになったので、めったなことにはならないだろうというのが、せめてもの救いか。

 さらに、この戦いの後での大きな出来事がある。

 それは……パーティーメンバーが増えたことだ。

 メイシーとは『剣の隠者』としても、そして『仮面の冒険者』としてもパーティーを組むことになり、これからは三人で力を合わせ、冒険を続けていくことになった。

 メイシーは冒険者として長く活動しており、とても経験豊富だ。

 ちなみに、具体的に何年ぐらい活動しているかは、聞いてはいけない……。

 これからは、メイシーからいろいろと学ぶことになるだろう。

 オレたちに一番足りないのが、冒険者としての経験だから。

 パーティーに加わるというのは、メイシーの方から望んでくれたことだったが、本当にありがたい話だった。

 メイシーは、仮面の冒険者としても活動することになるのだが、これについてはスノア殿下がオレやユイナと同様に、英雄制度を適用する方向で動いてくれることになっている。

 メイシー自身の今までの実績が豊富な上に、今回の一連の騒動でも深く関わっており、おそらく問題なく許可が下りるだろうということだった。

 そしてメイシーが『仮面の冒険者』としてもパーティーに加わるということは、メイシー用の仮面が新たに必要だということでもある……。

 そのため、今は冒険者ギルドの計らいで用意してもらった小さな工房に来ており、モノづくりのプロでもあるメイシーと、自称「仮面づくりの第一人者」とか言っているユイナが、あーでもない、こーでもないと相談しながら、新たな仮面の制作に取りかかっていた。

 だから、新しく仮面を作るというのはわかる。わかるのだが……。

「なぁ、メイシー、ユイナ……」

「ん? トリスっち、どうしたんや?」

「ボクたち、今ちょっと忙しいんだけど、どうしたの?」

 それは忙しいだろう……なぜなら……、

「え、えっと……どうして、そんなにいっぱい作っているんだ?」

 見えているだけで既に五個ほど形になりつつあるのだが……。

「えっと、このうち一個はスノア様に頼まれたもので……」

「ぶふっ!?

 オレは飲んでいた果実水を思わず吹き出しそうになってしまった。

「スノア様が!? オレ、そんなの聞いていないけど……」

「あははは……ぼ、ボクは教えようと思ったんだけど……その、スノア様が聞かれたら教えてもいいけど、聞かれるまでは黙っているようにって……」

 そう言って、頬を引きらせながら笑って誤魔化すユイナ。

「とすると、残りは……」

「お察しの通りや。こっちの量産品みたいな三つは青の騎士団用って話や。とりあえず団長と副団長とロイスって子のやつらしいで」

「あと、こっちの残りの一個はリズさんの分です」

「いったいスノア様はどういうつもりで……」

 なんだ……スノア殿下は青の騎士団まるごと仮面の冒険者にするつもりなのか?

「なんか、いざという時のためらしいで。次、うちらが向かう先には必要かもしれないからとか、なんとか?」

 嫌な予感しかしないが、これからのことを考えてのことのようだ。

 というか、これからのことを考えてって、オレたちに何をさせるつもりだ……。

「一応こっちの五つはだいたい完成したから、今からメイシーさんの分と、ボクとトリスくんの分を魔改ぞ……改良するところだから、もう少し待っててね」

 やる気をみなぎらせているユイナと、久しぶりの魔道具制作で浮かれているメイシーの二人には勝てそうもなく、オレは果実水を飲みながら、その作業を眺めて過ごすことしかできなかった。


 さらに数日がとうとしていた。

 ソラルの街の内外には、まだその傷跡が多く残っているが、徐々にだが復旧が進められている。

 これは、スノア殿下がすぐに王都に戻り、今回の件を国の問題として捉え、各種援助をしてもらえることになったことが大きい。

 もちろん物資などの直接的な支援はまだ届き始めたところだが、それを見越して動けていたので、ソラルの街に住む人も思っていたよりは早く日常生活を取り戻せそうだ。

 そして三人となったオレたち新生『剣の隠者』も、ようやく今日、王都へと向けて出発することになっていた。

「トリスくん、王都までの護衛の依頼って、何て名前の商会さんだっけ?」

 ただ、そのままただ王都へ向かうのも何なので、メイシーの提案で、冒険者らしく王都までの行商人の護衛依頼を受けていた。冒険者は街から街へと移動する際には、できるだけ護衛依頼を受けることが推奨されている。

 ちなみに、ただの護衛依頼なので『剣の隠者』として受けた依頼だ。

「確か名前がソルナート商会で、馬車にはわかりやすく赤い布を巻きつけておくって聞いているけど……」

「おっ? あれやないか? ほら、門の一番近いところにまっている馬車」

 ソラルは小さな街なので、門前広場にも数台の馬車しか停まっておらず、辺りを見回してみると、それはすぐに見つかった。

 馬車の方へ歩いていくと、まだ若く見える黒髪の青年が、馬車の後ろで何やら積み荷の確認をしていたので、そのままさらに近づいて声をかけた。

「すみません。ソルナート商会の方ですか?」

「あぁ、はい。そうですよ」

 振り向いた青年は、糸のように目の細い、とても人当たりの良さそうな雰囲気の人で、オレたちに気付くと笑顔でそう答えた。

「あ、もしかして依頼を受けてくれた『剣の隠者』さん?」

「はい。冒険者パーティーの『剣の隠者』です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、今回はよろしくお願いしますね。私はソルナート商会のザドーです……といっても一人でやっているのですけどね」

 と言って笑みを見せた。

 ん? そういえば、ザドーってどこかで聞いた気が……。

「そのとしで商会をち上げて一人で商いやってるんやから、それだけでもすごいもんやで。道中はうちらが守ったるさかい安心しぃ」

 そうだ! 以前、ブレイドベアのグレーター種に襲われているところを助けた商人と同じ名前だ。

 何かひっかかりを覚えたが、明らかに別人だし、別に同じ名前の人がいてもおかしなことではないか。

「ははは。それは心強い。そういえばギルドで聞きましたが、なんでも一人は第一級冒険者の方だとか? このような安い依頼料でよかったのでしょうか?」

 この依頼は、もともとオレやユイナの冒険者ランクに合わせて選んだので、依頼料は高くない。

 だけど、そもそも王都への移動のついでに受けた依頼なので、赤字にさえならなければ問題なかった。

 ちなみに、まだ正式には上がっていないが、オレとユイナも一つ冒険者ランクが上がり、Cランクの上級冒険者となることが告げられている。まぁ、仮面をつければ第一級冒険者扱いだが……。

「それは気にせんでええで。うちらも王都へ行く用事があったから、ついでって感じや」

「なるほど。そういうことでしたら、遠慮せずに護衛をお願いできますね」

 メイシーの話を聞いて申し訳なさが消えたのか、ザドーはうれしそうだ。

「それでは準備ができ次第出発致しますので、すみませんが、もうしばらくお待ちください。終わったらお声をおかけしますので、できればこの門前広場にいていただけると助かります」

「わかりました。それではオレたちは、そこの屋台の辺りにいますので」

 さっき近くを通った時に、串焼きか何かのしそうな匂いがしていたので、その屋台を指さしてそう答えた。


 大きな肉の塊を飲み込んだユイナが、嬉しそうに話す。

「ボクもちょっと気になっていたんだ~。思った通り、ここの串焼き美味しいね!」

 もちろん余分に買った串焼きは、既にユイナのアイテムボックスに入れられている。

「ほんまやなぁ。こんなうまい串焼きはなかなか食べられへんで。もっと早く知ってたら、この街にいる間だけでも通ったのに残念やわ~」

「まぁでも、ユイナのアレにたくさん買い込んだから、しばらくは好きな時に味わえるよ」

 アレとはユイナのアイテムボックスのことであり、メイシーにもその技能については説明済みだ。

 そして、さっき一口食べて気に入ったユイナが、焼きあがっていた串焼きを買い占めていたので、当分は好きな時にこの味を楽しめるだろう。

「ほんま便利やなぁ。うちの魔法かばんはそういうわけにはいかんからなぁ」

 魔法鞄も多くの物を収納できるが、空間拡張がされているだけなので、料理は冷めるし、腐りもする。といっても、魔法鞄はかなりの高級品だし、重さ軽減の効果もセットで付与されているので、その便利さはかなりのものなのだが。

 その魔法鞄を自分の武器や鎧に惜しげもなく組み込んでいるメイシーは、さすが第一級冒険者といったところだ。

「まぁその分、ユイナはいろいろと大変な目にあっているからな」

「それに思いっきり巻き込まれているトリスくんと、自分から巻き込まれに来たメイシーさんも大概だけどね~」

 いっときはいろいろと考え、落ち込んでいる様子だったユイナだが、今はそんな軽口を言えるぐらいには元気になっており、そのことに思わず口元に笑みが浮かぶ。

「しかし、ヤシロアイツはいったい何者なんだろうな……それに炎の魔族は結局誰だったのか……」

 結局、ヤシロはまだ生きているわけだし、あいつが送り込んだと思われる魔物の軍勢にいた炎の魔族が、誰だったかもわからずじまいだ。

 そもそも、あれだけの魔物をどのようにして操ったのか?

 どこから連れてきたのかも、まだ何も手がかりが掴めていなかった。

「まぁうちらの力でできることなんて知れてるんや。とりあえずは王都でこれからのことを話し合うことになってるみたいやし、今はいろいろ考えても無駄やろ? それに、この辺り一帯にある街の守りも固めてくれるみたいやし、これ以上気にしても仕方ないで。あんまり考えすぎなや?」

 国は聖王国と接するライアーノの街や、このソラルの街を含む国境に近い街を中心に、兵を派遣することを決めたらしい。

 そのこと自体は感謝もするしありがたいことなのだが、ヤシロならきっと、苦もなく簡単に侵入してきそうで、手放しには喜べなかった。

「わかってはいるんだけど、な……。今回の件でオレは、自分の力を過信していたのを思い知らされたから……」

「まぁ、過信はよくないけど、トリスっちが高い実力の持ち主なのは事実やから、過小評価するのもよくないで。大事なのは正確に自分の力を把握して、自分でできること、できないことをちゃんと判断できることや」

「そうだな。本当にメイシーには頭が上がらない。いつもいろいろと勉強になる。ありがとう」

「ほんとだよね。ボクもメイシーさんには、いつも助けられてるよ!」

 オレの言葉にユイナも便乗し、メイシーに抱きついた。

 メイシーは見た目だけだと年下の女の子に見えるので、可愛いもの好きのユイナはすぐメイシーに絡もうとする。

「こら、抱きつくな! まぁユイナっちの方は、まずはドジっ子なところを直すのが先決やけどな」

「はぅ……」

 そんな会話をしていると、どうやら準備が整ったようで、こちらに向かって歩いてくるザドーの姿が目に入った。

「みなさん、お待たせしました! 準備が終わったので、出発してもよろしいですか?」

 オレたちもとっくに串焼きは食べ終わっていたので、「わかりました」と返事をすると、すぐに馬車のところへと向かった。

 一般的なほろ付きの馬車だが、二頭立てにしてはかなり大きい。

 ただ、重さ軽減効果が施されていて荷台にはまだ余裕があるらしく、オレたちも御者台に一人と、荷台に二人と分かれて乗ることになった。

「さぁ、それでは出発しますよ!」

 オレが御者台に、ユイナとメイシーが荷台に乗り込むと、ザドーが掛け声と共に手綱を操り、馬車は街の外へと向けて走りだす。

「よろしくお願いします。護衛はオレたちに任せてください」

「もちろんお任せしますし、期待もしていますよ! ……どれぐらいになったかも、ね」

「え? 何か?」

 最後、何かつぶやいたような気がして聞き返したのだが、

「いえいえ。何でもありません。王都までよろしくお願いしますね」

 と言って、頭を下げられた。


 こうしてオレたちは、王都へと向けて旅立った。

 これから王都でどのような話になり、どこへ向かうことになるのか……まだ何も聞かされておらず、わからない。

 だけど、まだユイナたち召喚者を中心にいろいろと動き始めたばかりだ。

 きっと苦しい戦いも待ち受けているだろう。

 だが、それでもオレたちは負けるわけにはいかない。

 皆で力を合わせ、立ち向かい、勝利を収めなければならない。

 そのためには、この魔剣の力と秘密を解き明かし、更なる力を得なければ……。


 オレは様々なおもいを胸に、王都へと向かう道を見つめ、決意を新たにしたのだった。