ローメナのその言葉に、部屋にいる誰もが息をんだ。

「ほ、本当なのか? 第二級冒険者だぞ? しかも街の近くの街道脇って……」

 ドナックが信じられないと確認するが、ローメナは間違いありませんと言って話を続ける。

「し、しかも、ちょっと言いにくいのですが、その……殺されていたそうで……」

 それは街道脇で亡くなっていたのなら、そうだろうと思ったのだが、

「その……魔物ではなく、人に殺されていたのではないかと……」

 という、にわかには信じられない言葉だった。

「えっ!? 人にって!? 本当なの!?

「おいおい、マジかよ……」

 黙って報告を聞いていた『赤い』のメンバーも思わず声をあげている。

「ど、どうしましょう? ドナックさん?」

 今回の討伐作戦の担当である職員のワードが、不安そうにドナックに判断を仰ぐが、ドナックもすぐには答えられないでいた。

 態度や物腰からたぶんそうだろうとは思っていたが、やはりこのワードよりもドナックの方が立場は上なのだろう。

 ワードはドナックが答えを出すのをじっと待っていた。

 そしてしばらくの黙考の末、オレたち冒険者や衛兵のサッカイの視線を受け止めていたドナックは、口を開いた。

「殺されたというのなら、それは領主様や衛兵の方たちの管轄になります。もちろん調査には協力しますが、私たちは私たちのするべきことを致しましょう」

「おいおい! 主力のパーティーいねぇのに大丈夫なのかよ!?

 ラックスの心配は当然だろう。しかし、その言葉に反応するようにオレに視線が集まった。

 まぁ、このような状況になれば、期待されるのはオレになってしまうのは当然なのだろうが……オレはそのことに不安を感じながらも、その不安を押し殺し、大きくうなずきを返した。

「そうですね。こちらに連絡が入ったということなら、衛兵の詰め所にも連絡はいっているだろうし、隊長が既に動いているはずです。それに、このような状況だからこそ、『仮面の冒険者』殿の協力を得られるうちに動いた方がいい。事件の方は隊長たちに任せて、討伐は予定通り行いましょう」

 そして、衛兵の小隊長であるサッカイも賛同したことで、予定通り討伐を行うことに決まった。

「じゃあ、予定通りこの後、出発します! 私は門のところまでですので、あとはサッカイ小隊長の指示に従うようにお願いします!」

 話し合いの中でも説明を受けていたのだが、今回の討伐作戦での現場指揮は、衛兵のサッカイ小隊長が行う。

 このような合同作戦では、その街を中心に活動している高ランク冒険者がいた場合は、その冒険者が指揮を受け持つ場合が多いらしいが、オレはよそ者だし、『赤い』の者たちもそこまでランクも高くない上に一度失敗しているので、妥当なところだろう。

「それじゃあ、以降は私が指揮を執らせてもらう。この場はいったん解散として、次の時の鐘までに準備を整え、門のところに集まってくれ」

 途中で予期せぬ事件の報告などがあったが、こうして作戦会議は終わり、討伐作戦は動きだしたのだった。


 オレは既に準備は整っていたのだが、会議を終えるとすぐに冒険者ギルドの外に出た。

 そしてそのまま路地に駆け込むと、周りに人がいないことを確認し、仮面を外す。

「ふぅ……オレ、何でこんなことしてるんだろう……」

 ユイナのためとはわかっているのだが、思わず愚痴をこぼしてしまった。

「それより、殺されたというのがひっかかるな……」

 オレはかいするように路地をぐるりと回ってから通りに戻ると、今度は急いで冒険者ギルドに戻った。

 念のため、ユイナにもこのことを伝えておこうと思ったからだ。

 幸い、バックパックの中に紙は入れてあったので、簡単な伝言をしたため封をすると、受付で手紙の配達を依頼する。

 手紙を届ける先が同じ街の中なら、冒険者見習いや初級冒険者向けのお使い依頼クエストとして安く受け付けてくれるので、それを利用したのだ。

「お金は通常より多めに出してもいいので、できるだけ急いでここへ届けてほしい」

 念のために、届けるのが遅くなった場合は宿の方に届けるようにも付け加え、通常より少し色を付けてお金を渡しておく。

「確かに配達の依頼を承りました。おそらく昼過ぎぐらいまでにはお届けできると思います」

 依頼も終わり、冒険者ギルドを後にすると、もう一度、今度はまた別の路地に入り込み、仮面をつけてから門の前に向かう。

 あまりにも身体が軽く、力がみなぎっているので、思わず走りだしたくなるが、グッとこらえてなるべく目立たないようにゆっくりと歩く。

 ただ、仮面をつけている時点で、好奇の視線からは逃げられないのだが……。

「しかし、殺人か……嫌な予感がして仕方ないが、変異種を放置するわけにもいかないしな……」

 さっき出した手紙には、街の近くで第二級冒険者が殺されたようだということと、最大限の警戒をし、できれば今日と明日は街の外での魔法の訓練は行わないようにと書いておいた。

 朝の時点でも、ミミルとユイナには街の外にはなるべく行かないようにと言ってあるが、嫌な予感がするので、もう一度手紙で念を押しておいたのだ。

「お。仮面の冒険者様が来られたようだぞ」

 待ち合わせ場所に着くと、もう討伐に参加する者は全員集まっていたようで、『赤い』のラックスが揶揄からかうように声をかけてきた。

「すまない。オレが最後だったみたいだな」

 別に時間に遅れたわけでもないのにオレが素直に謝ったのが意外だったのか、ラックスは肩をすくめて、そこで会話を終わらせた。

 そのやりとりを見ていた小隊長のサッカイが、少し苦笑しながら集まった者たちの前に出ると、

「さぁ、これで全員そろったようだし、出発するとしよう! 変異種が確認された場所までは徒歩で向かうことになるが、遅れないように頼むぞ」

 と声をかけて、表情を引き締めて歩きだした。

 いろいろ気になることはあるけれど、まずは討伐に集中しよう。

 様々な不安を抱えながらも、オレたちは変異種を含むアンデッド討伐に向け、ソラルの街を後にした。


          


 ソラルの街を出て数刻。

 オレたちは、魔物の監視を行っている冒険者パーティーと落ち合うため、一度歩みを止めていた。

「……おかしいな。監視の依頼を受けている冒険者が見当たらない」

 この部隊を率いるサッカイ小隊長が周りを見回しながら、眉をひそめてそうつぶやく。

 ここはアンデッド系の魔物のコロニーが一望できる、少し高台になった場所だ。

 木なども生えているし、安全のために距離を取っているので、すべてが確認できるわけではないが、それでも冒険者の姿が一人も見えないのはあきらかにおかしい。

「おいおい、勘弁してくれよ。戦闘前からいろいろ不吉すぎるだろ……」

 ラックスが言った通り、皆も不安に感じ始めているようで、衛兵や中級冒険者の中には、おびえながらキョロキョロと辺りを見回し始める者まで現れた。

「皆、落ち着いてくれ。確かに心配ではあるが、まだ着いたばかりだ。少しここで待つことにする」

 サッカイ小隊長は皆の不安を抑えるようにそう告げると、いくつか指示を出していく。

 こういう落ち着いた対応は、オレも見習わないといけないな。

「……で、仮面の冒険者殿には悪いのだが、少し周りの偵察に行ってもらえないか? もちろん一人で行けとは言わない。うちからも二名つける」

「いや。行くならまずはオレ一人で行こう。不測の事態や、逃げることになった場合は、一人の方が身動きがとりやすい」

 普段のオレならそのまま指示に従ったのだが、今のブースト状態なら、その方がいいと判断した。

「そうか。だが、何かあった場合は一人で解決しようとせずに、戻って報告するようにしてくれ」

 オレは「わかった」と頷きを返すと、まずは魔物の種類とその数、そしてどう分布しているかを確認するため、コロニーを左回りにぐるりと一周することにした。

 もちろん、いまだに姿を現さない、監視の任についていた冒険者パーティーを最優先で探すつもりだ。

「一人だし、少し本気で走っても大丈夫か」

 ブーストのかかっている今のオレなら、かなり視力も感覚も上がっており、ある程度の速度で走りながらでも、周りの状況を正確に把握できる。

 だからオレは、かなりの速度でコロニーを回り込むように駆けていた。

 しかし普通のゾンビと思われる魔物は確認できるものの、変異種はおろか、上位種など他の魔物の姿は確認できなかった。そして監視の任についていたはずの冒険者たちも……。

 おそらく上位種などは、コロニーの中心部にいるのだろう。

 索敵と捜索とを同時にこなしながら走っているのもあるが、魔物のエリアが思ったより広がっていて、今の速度を維持して走り続けても、一周するには多少時間がかかりそうだ。

 やはり、ユイナと同じ召喚者が、今回の件にも絡んでいるのだろうか……。

 何も発見できないことに不安になり、そんなことを考えていると、その声は突然耳に飛び込んできた。

「せぃやぁ」

 遠くから聞こえてきたのはまだ若い女性の声。

 一瞬その言葉に疑問を感じたが、もしかすると合流できていなかった冒険者かもしれない。

 そう思い至ると、オレは即座に声の聞こえた方へと進路を変えた。

「あそこか!」

 木が邪魔でまだハッキリとは見えないが、近くに多くのゾンビがいるのが気配から感じ取れた。

「ほいさー」

 しかし、何か様子が変だ。

 逃げているのは女性ではなく、ゾンビたちのように見える。え? ゾンビって逃げるのか……?

 そして、鳴り響くごうおん。爆音。破壊音。

 はじけ飛ぶゾンビたち。

「なんだ、あれは……というか、まさか……」

 風のように木の間を駆け抜け、その先に見えたのは、一人の小柄な女性冒険者が、まさにゾンビたちを相手に無双する姿だった。

 しかも、鉄球で……。

「モデルはお前かぁ!?

 あっ……思わず叫んでしまった。

 まさかこんなところで、先日のリビングアーマーの模倣元らしき人物と出会うとは……。

 しかも、ちょうど最後の一匹を破壊……そう、まさしく破壊して黒いもやに変えた直後だったために、目が合ってしまった。

「なんや……?」

 振り向いたその姿に息を呑んだ。

 ふわりと舞う銀髪。

 少しくすんだ長い銀髪をサイドテールにまとめ、童顔の愛らしい瞳のその姿は、鉄球を振り回せるようにはとても見えなかった。

 しかし彼女は、間違いなくかなりのれだ。

 戦闘の様子はあまり見ることはできなかったが、その鉄球を扱う技術は、先日討伐したリビングアーマーを上回っているように思えた。

 オレとそうとしも変わらない女の子……いや、下手をすると妹のミミルと変わらないようにも見えるのだが、そのすきのない立ち姿と自信に満ちあふれた表情、そしてその実力の高さから、歳がいくつくらいなのか判断がつかなかった。

 しかし、小柄な女性冒険者で鉄球を扱っていて、フルプレート装備って……。

「「変わった奴だな」」

 思わず漏れた心の声が、彼女の声と同調シンクロした。

「えらい変な仮面つけてるけど、あんた何もんや?」

「ぐっ……そういえばオレも人のこと言えないのか……」

 心に軽くダメージを受けるが、ちゃんと話をしておかないといけない。

「オレは、ここのアンデッド系の魔物の討伐に来た冒険者だ。君は監視の依頼を受けていた冒険者パーティーの者か?」

 そう聞いてみたものの、とても中級冒険者に収まるような実力には見えなかった。

「あぁ~! 仮面のにいやん、あの冒険者パーティーの子らが言ってた討伐隊のもんか?」

 だ、だれが仮面のにいやんだ……。

 最近、「一号」とか「にいやん」とか、オレの憧れていた冒険者像からかけ離れた呼ばれ方が……いや、そんなことより。

「監視の任についていた冒険者を知っているのか!?

「あぁ。うちが助けてやったから、みんな無事やで。でも、がひどかったから治療してちょっと離れた所で寝かせてる」

「そうか。よかった……集合場所に現れないから、心配していたんだ。感謝する」

 オレはあらためてその女性冒険者に深く頭を下げて礼を言う。

「ちょ、そんなかしこまらんといて。うち、そういうの苦手やねん」

 照れたそぶりでそう言うと、手首をクイッと返して鉄球を手元に戻したのだが……その鉄球が突然き消えた。

 やはり魔剣ならぬ魔鉄球なのだろうか? 何らかの仕掛けがあるようだ。

 しかし驚くことに、消えたのは鉄球だけではなかった。

 もしかすると、魔法のかばんと同じ効果の魔道具をいくつも仕込んでいるのか!?

 まとっていた全身よろいが一瞬で消え去り、いかにも女性らしい姿があらわになった。

 それは、枯れ草色を基調としたチュニックにロングブーツ。

 そして、その上から羽織る革のベストは、確か、とある種族が好んで着る衣装だったはずだ。

 彼女のことを知っている者からすれば、その力は納得のいくものだ。

「ふぅ。うちはメイシー。ドワーフの戦士で、これでも一応……第一級冒険者や」

 思った通りの種族の名を口にした彼女は、そう言って笑顔で右手を差し出してきたのだった。


          


 ドワーフは男性と女性で随分とその容姿が異なる。

 男女とも共通して言えるのはその背の低さだが、男のドワーフがひげづらに筋骨隆々のずんぐりとした容姿なのに対し、女のドワーフは比較的細身で少し幼児体形だ。

 寿命が人よりかなり長く二〇〇歳前後なこともあって、一見少女のように見えても、実は八〇歳などということもあるという。

 そして、今目の前にいる少女に見えるドワーフもその例にもれず、見た目からその年齢を判断するのは難しかった。

 笑顔で差し出された右手を、オレも笑顔で握り返すが、

「オレは……オレは……」

 言葉に窮した……。

「オレは?」

 うつむくオレを下からのぞき込んで精神ダメージを追加してくるメイシー。

「す、すまない。オレは素性が明かせないんだ。すまないが『仮面の冒険者』と呼んでくれ……」

「なんやそれ? ははっ! おもろいな! よろしゅうな! 仮面のにいやん!」

「に、にいやんっていうのはちょっと……」

「はははっ、そんなちいちゃいこと気にしなや。それより、さっき助けた冒険者のところに連れてくから、ついてきぃ」

 オレのささやかな抗議の声は軽く流され、メイシーはそのまま歩きだした。


 その後、メイシーの案内で、監視を受け持っていた冒険者たちと無事に合流することができた。

 怪我をした者たちにはオレが回復魔法をかけて回り、ほぼ完治させた。

「へぇ~。第一位階の水属性の回復魔法やのに、えらい回復力やな。毒までは消せへんようやけど、進行は止まったようやし」

 残念ながらオレは解毒魔法を使えないのだが、回復魔法だけでもかなり症状が軽くなったようで、全員問題なく歩ける程度には復活した。

「助かったよ。あんたのうわさはいろいろ聞いていたが、まさか一緒に依頼を受けられるなんて光栄だ」

「本当に助かりました。さっきまで毒でしびれていた足も動くようになったし、なんとか歩けそうです」

 皆からの礼に軽く頷きを返し、オレはオレで、メイシーにもう一度礼を言っておいた。

「だから、気にせんでええって。それより、うちも暇やし合流するとこまでは付き合うわ」

「それはありがたいが、いいのか?」

 オレ一人だけなら、そうそう後れを取るようなことはないと思うが、今はまだ万全でない冒険者たちを何人も連れている。

 第一級冒険者がついてきてくれるというのは、正直すごくありがたかった。

「かまへん、かまへん。しかし、アンデッドの変異種かぁ。こっちも当てが外れたみたいやし、ほんまになかなか見つからへんなぁ」

 その最後の言葉がひっかかり、オレはメイシーに尋ねてみた。

「見つからないって、何かを探しているのか?」

「あぁ、なんかうちそっくりの彷徨える鎧リビングアーマーが現れたらしいてな。うち、ムカつくから探してんねん。見つけたら、それはもうぎったんぎったんに……」

 途中から自分の世界に入って暗い笑みを浮かべている姿に、言っていいものか一瞬迷ったが、心当たりがありすぎて、話さないわけにはいかない。

「えっと……メイシー? その、リビングアーマーなんだがな。オレが既に討伐したぞ?」

「へ? なんやて?」

 手をわきわきさせながら固まるメイシー。

「だから、オレともう一人の相棒とで、数日前に今メイシーが言っていたようなリビングアーマーを討伐したって言ったんだ」

 オレの話がようやく理解できたのか、メイシーはしばらく沈黙してから、気の抜けたように乾いた笑いを浮かべた。

「はは、はははは、そうか。仮面のにいやんが倒したんかいな。すごい偶然やなぁ。ちょっと、うちの手で倒せんかったのは残念やけど、でもまぁ、ありがとうな~」

「まぁ、たまたま出会ってしまったからな。放っておくわけにもいかなかったから、倒したまでだ」

「それにしても仮面のにいやん、かなり強いんやなぁ。ギルドに上がってた情報やと魔物ランクB以上とかいう話やったのに」

「一応オレも第一級冒険者ってことになっているからな」

 あまり冒険者のランクを口にするのは本意ではないが、実力をわかってもらう上では手っ取り早いので、そう伝える。

「おぉぉ! そうなんや! うち、自分以外で初めて第一級冒険者とうたわ! これも何かの縁や、よろしゅうな!」

「あぁ、よろしく」

 差し出してきた右手に自分の右手を重ねて、また握手を交わすと、ふらつきつつも立ち上がった冒険者たちに向き直る。

「それじゃあ、一度合流しよう」

 メイシーともいろいろと話してみたいところだが、まずは待たせている本隊に合流するため、皆に声をかけて歩きだした。


 その後、かなり集合地点から離れていたのと、まだ本調子でない冒険者たちを引き連れていたため、少し時間はかかったが、本隊と無事に合流することができた。

「それで、無事だったのはいいんだが、このちっちゃい奴は何なんだ?」

 そして案の定突っかかってきたラックスだったが、突然足元にたたきつけられた鉄球に腰を抜かして沈黙する。

「うちは第一級冒険者のメイシーや。ちょっとそっちの仮面のにいやんのことが気になるから、この依頼、うちもつどうたるわ」

 そして「よろしゅうな~」と、言って軽く手を上げる。

「ちょっと待ってくれ。協力は本当にうれしいのだが、ギルドの者がいないので、報酬がちゃんと出せるのかどうかわからないぞ? それに、悪いが先にギルドカードを確認させてくれないか?」

 先に監視役だった冒険者たちから事情を聞こうとしていたサッカイ小隊長だったが、騒ぎに気付いてこちらにやってきたようだ。

「ん? あんたは~?」

「ソラルの街で衛兵の小隊長を務めている者で、今はこの討伐部隊を指揮しているサッカイだ」

「あぁ、サッカイはん、それは悪かったな。ほら、これがうちのギルドカードや」

 メイシーがそう言って手を上げると、鉄球が消えて、代わりに突然その手の中にギルドカードが現れた。

 やはり魔法鞄をどこかに仕込んでいるようだ。

「た、確かに、第一級冒険者のようだな。協力してもらえるならこちらとしては非常に助かるのだが、さっきも言ったように報酬が出るかどうかがわからない。それでも本当にいいのか?」

 もちろん冒険者ギルドに口添えはするがと、申し訳なさそうに続けるサッカイ小隊長に、メイシーは笑みを返す。

「かまへんかまへん。そっちの仮面のにいやんが、うちが探してた魔物を代わりに倒してくれたようやし、うち、今気分ええねん! まぁ、もらえるなら貰っとくけどな?」

「そ、そうか。それならぜひとも協力をお願いしたい」

 結局、メイシーも討伐に加わることになり、監視役だった冒険者たちの回復を待って討伐に臨むことになった。

 予定より時間は押しているが、かなりの戦力向上ができたので、恐らく取り戻せるだろう。

 そして半刻後、冒険者の回復を確認したオレたちは、いよいよ討伐作戦を開始したのだった。


          


 サッカイ小隊長の指示に従い、七匹のゾンビがはいかいする場へと突入した。

「次はそっちの群れを倒す! 各自散開後、合図を待て! …………かかれ!」

 手の中のいつもと違う握りに多少違和感を感じながらも、駆け抜けながら振り抜いた魔法剣のいっせんで一匹のゾンビを靄へと変える。

 そしてそのまま勢いを殺さず、急制動をかけて飛びのくと、前方のゾンビの上半身が吹き飛んだ。

 メイシーの鉄球によるものだ。

 既に五つ目の群れともなると、メイシーとの息も合ってきたようだ。

 オレは飛びのいた先にいたゾンビの頭に突きを叩き込んで動きを止めると、そのまま上に振り抜き、剣を返して斬りにした。

 靄となって消えゆくゾンビを尻目に後方に回転しながら飛びのき、今度は別のゾンビを十字に斬り分ける。

 その時、ちょうど追いついてきたメイシーがぐるりと鉄球を回すと、残りのゾンビたちの上半身が吹き飛び、三匹まとめて葬った。

「どやぁ! うちが四匹やぁ~」

 メイシーが嬉しそうにどや顔でこっちを見てくるので、軽く両手を上げて参ったと答えておく。

 さっき聞き流したら、何回も言ってきたからな……。

「なぁ、サッカイ小隊長さんよぉ。俺たちもう帰っていいんじゃねぇか?」

はははは。さすが第一級冒険者だよな」

 苦笑いを浮かべるサッカイ小隊長の気持ちもわかる。

 今のところ、すべてのゾンビをオレとメイシーの二人だけで倒してしまっているからだ。

「……すまない。オレは別に勝負しているつもりはないんだが……」

 かといって手を抜くのも違う気がするので、オレはオレのできることをしていただけなのだが、その結果がこの状況である。

「いや、謝らないで大丈夫ですよ。余裕をもって討伐できているのは良いことだから。それに、次からがたぶん本番です」

 サッカイ小隊長の視線の先には、ゾンビとは明らかに違う個体が数匹確認できた。

「グールか」

「あぁ、それにグールの変異種も確認されているからね。だから、君たちも油断しないで気持ちを引き締めてほしい」

 と言って振り返ると、順に視線を向け、気の緩みかけた他の衛兵や冒険者たちに、あらためて警戒を促したのだった。


「んで、何を引き締めてほしいって?」

「ははは……いや、さすがにここまでとは思わなかった……」

 グールがちょっと交ざったぐらいでは、オレとメイシーの無双は止まらなかった。

 先ほどまでのゾンビの群れの時と何も変わらない光景が、そこには展開されていた。

 普通はグールが一匹いるだけで、かなりの強敵とされるところ、今回のこのアンデッドのコロニーでは多くのグールが発生しており、本来ならかなりの覚悟をもって挑むべき状況だったのだが、さすがに第一級冒険者が二名も揃うと敵ではなかったようだ。

 そして、さらにグールが交ざっている三つの群れを討伐し、残すは変異種がいる群れのみとなっていた。

「いや、だがな。お前たち気を抜くなよ。次はグールの変異種を含む群れな上に、他にもグールや大型のゾンビもいるようだ」

 サッカイ小隊長が前方の最後のアンデッドの群れを指さし、気を引き締めるように注意を促す。

 そこには確かに黒く染まったグールが一匹交ざっており、四足歩行の何らかの動物を模倣した大型のゾンビや、通常種のグールが数匹確認できた。

 その上、ゾンビもこれまでの群れと比べてかなりの数が徘徊しており、別格の規模だ。

 今までのようにオレとメイシーの二人だけで、一瞬で倒し切るのは難しいだろう。

「あれが変異種って奴か……俺、初めて見たよ」

「特殊な能力持ってたりするんだよな? あんたら二人が頼りだから頼むぜ」

「あたしも、あんなまがまがしい魔物を見たのは初めてだわ」

 冒険者たちが変異種の姿を見て、口々に不安そうに呟く。

 オレは何か安心させるような言葉でもかけてやりたかったのだが、変異種はその強さの幅がとても大きく、また、特殊な能力を持っていることが多いため、何か言ったところで気休めにしかならないだろう。

 しかしそんな中、メイシーが口を開いた。

「自分ら、戦いを生業なりわいにしている冒険者やろ? 情けないこと言うとらんと気合い入れぇや。そもそもグールの変異種程度なら、うちと仮面のにいやんがいたら、まず負けへんから任せときぃ!」

 そして、自慢の鎧をガシャンと叩いて、皆の不安を吹き飛ばした。

「そ、そうだな。あんたの魔球なら、簡単に吹っ飛ばしそうだよな」

 ちなみにメイシーの扱う鉄球は『魔球ドンナー』というらしい。

 まぁ、魔力を発する武具は魔剣やそうなどと呼ぶので、似たような呼び方になるのだろう。

 ちなみに、戦闘の合間に聞いたのだが、驚いたことに、魔球以外はすべて自分で作ったのだそうだ。

 この世界に住むドワーフやエルフ、獣人族といった者たちは、独自で集落や小さな国家をつくっており、この国ではあまり見かけないのだが、ドワーフに関しては話に聞く通り、や魔道具を作るのが得意な者が多いようだ。

 メイシーも昔、故郷で祖父から叩き込まれたと懐かしそうに語っていた。

 あんた何歳なんだと聞いたラックス勇者が腹にいいのを貰ってうずくまった一幕があったが、そこは触れないでおこう……。

「とりあえずオレが先陣を切って斬り込む。奥にいる上位種を中心に狙っていくから、メイシーは雑魚のせんめつと打ち漏らした上位種を頼む」

 先ほどサッカイ小隊長と話し合って取り決めたことを、最後にもう一度確認する。

「了解や! それで変異種が特殊な能力を使った時は、状況に応じて参戦やったな?」

「あぁ、特殊能力がオレの戦い方と相性の悪いものだった場合は、メイシーにメインで戦ってもらう可能性もあるから、そのつもりでいてくれ」

 こちらに向けてぐいっと親指を立て、ポーズを決めるメイシーに頼もしさを感じる。

 先日、大きな戦いを経験したといってもオレはまだまだ経験不足なため、こういう時に余裕をもって動ける者がいるのは、正直すごくありがたかった。

「仮面の冒険者殿。こちらも準備は完了している。いつでも始めてくれ」

 サッカイ小隊長に頷いて返事をすると、オレは皆をいちべつしてから声をあげた。

「これより、最終目標のグールの変異種、およびそのコロニーの殲滅を開始する!」


          


 漲る力を惜しげもなく使い、足元を爆散させて一気に加速する。

 風を置き去りにして進むオレにようやく気付いた二匹のゾンビがこちらを振り向くが、その時には既に魔法剣を抜き放ち、その二つの体を上下に二分していた。

「はぁぁ!!

 れっぱくの気合いを乗せてさらに加速したオレは、一気に群れの中心に踏み込むと、

「炎よ!」

 溢れる魔力を叩きつけるように魔法を放ち、右手にいたグールを業火で焼き尽くし、そのまま左手の二匹のグールに斬り込んだ。

「なっ!? あいつまだ本気じゃなかったのかよ!?

 遠くでラックスの声が聞こえるが、今更なので捨て置く。

 それより……、

「やっぱ仮面のにいやんすごいな!」

 メイシーが追いつき声をかけてきたことに、オレは正直少し驚いた。

 どうやら彼女もまだ本気ではなかったようだ。

 ブースト状態のオレの本気の走りに、もう追いついたのか……。

 内心の驚きを隠して視線だけ向けて応えると、近くにいたゾンビを袈裟斬りにして靄へと変える。

 今までのようにすべての魔物を二人でというわけにはいかないが、この中心にいる魔物だけならなんとかなりそうだ。

 しかし、その時だった。

「くっ!? 速い!?

 ちょっと気を抜いていると、予想外の速度で黒い拳が目の前を通り過ぎていった。

 グールの変異種だ。

 下手をすると、あのゴブリンジェネラルの変異種に匹敵するだろうその動きに驚いていると、グールの変異種は、振るった右拳をそのまま振り抜き、一瞬オレに背を向けると、そこからさらに左の裏拳を放ってきた。

「くっ!?

 まさかの格闘術に意表を突かれ、オレは魔法剣の腹で拳をまともに受けてしまった。

 今はブースト状態なので、それでダメージを受けるようなことこそなかったが、それでもすさまじいりょりょくに軽く吹き飛ばされてしまう。

「仮面のにいやん!?

「大丈夫だ! だが、こいつ普通の魔物の動きじゃない!!

 魔物の中には、剣を使いこなすもの、弓や魔法を使うものなど、イレギュラーな存在が数多く見られる。そのことは頭では理解していたつもりだったのだが、まさか変異種である上に無手の使い手の魔物が存在するなど考えたこともなかった。

 オレは吹き飛ばされた勢いを利用し、さらに後方に自ら飛んで距離を取ると、追撃してきたグールの変異種を、魔法剣を逆袈裟に振るって迎え撃った。

 今持っている剣は、青の騎士団の正式装備であり、かなり良質な魔法剣だ。

 オレのあり余る魔力を通すことで切れ味を大きく上げた魔法剣は、両手を十字にして受けようとしたグールの変異種の腕を、軽い抵抗だけで斬り飛ばした。

「あかん! まだや!」

 しかし、メイシーの声が聞こえたと思った瞬間、オレは腹に強烈な衝撃を受け、今度は大きく吹き飛ばされた。

「がはっ!?

 グールなどのアンデッド系の魔物は痛覚がない。

 冒険者なら誰でも知っているような当たり前のことなのに、オレは両手を斬り飛ばしたことで隙を見せてしまったようだ。

 ブーストしていても、こういうちょっとした判断の甘さに、まだまだ経験が不足していると思い知らされる。

「仮面のにいやん! だいじょぶか!?

 メイシーが魔球を縦横無尽に振るって変異種のグールをけんせいしつつ、駆け寄ってきてくれた。

「にいやん! 大丈夫……か? ……え? なんでケロッとしてんねん!?

 しかしオレは、メイシーがそばに来たときには、既に立ち上がって魔法剣を構えていた。

 おそらくブーストしていなければ、骨を砕かれ、内臓をやられていただろう。

 それほどの衝撃だった。

 だが、あいにくブーストしているオレには、そこまで深刻な一撃ではなかった。

「いやぁ~人より、ちょっとだけ頑丈なんだ」

「どこがちょっとやねんっ!?

 メイシーのツッコミを受けている間にも自然治癒は進み、受けた痛みも引いていった。

「ま、まぁ、話はあとにしよう。それより悪かったな。少し油断した」

 あまり納得していない様子のメイシーだったが、とりあえず引き続きオレに任せてくれるようだ。

 だが、オレたちがこうしている間に、どうやらグールの変異種も体勢を立て直していたようで、気付けば斬り飛ばしたはずの両手が復活していた。

 以前サイゴウと戦った時のように黒い靄が両手を形成して、修復してしまったのだ。

 おそらく、今度こそ本当の『しょう修復』だろう。

「厄介だな……」

 魔剣があれば少々修復されようが、魔力同調することで、それを上回る攻撃で殲滅するのも容易だろうが、魔法剣だといくら魔力を流しても強度と切れ味が上がるだけだ。技で圧倒するしかない。

「だけど……それこそ望むところだ!」

 オレは、いつの間にか笑みをこぼしていた。

 このブースト状態の身体を使いこなす特訓を続けていたのは、こういう時のためだろう。

 その成果を試す絶好の機会だ。

 オレの中の熱いものが高まるのを感じ、そのおもいのままに駆け出していた。

「はぁぁっ!!

 グールの変異種の目前まで一気に詰め寄ると、魔法剣に魔力を通して袈裟に一閃する。

 わずかに傷を負いつつも、一歩下がってそれをかわす変異種に向けて、オレはさらに間合いを詰めると、今度は連続の突きを次々に放っていく。

 すると、今度こそけきれず、体にいくつもの風穴を開ける変異種。

 嫌がるように振るった奴の拳を、剣のつかで叩き落とすと、そのまま抜刀術の要領で逆袈裟に斬り上げ、胸に深い傷をつけた。

 だが……まだ終わらせない。

 オレはすぐさま剣を切り返して袈裟に振り抜き、今つけた傷を上書きするように深く斬りつけると、魔法剣を正中に引き寄せ、変異種の腹の真ん中に、深く穿うがつ突きを放ち、そのまま天に向かって刀を振り上げ左肩を吹き飛ばした。

 まだだ! まだ終わらせない!

 オレはそのまま勢いを乗せて宙に舞うと、変則的にあの技につなげる。

らくようの舞い!」

 そして、宙を舞う身体をくるりとひねると、そのまま袈裟に振り下ろした。

 着地と共に空気の震えが伝わってくる。

 魔剣を用いた時ほどではないが、斬撃に魔力を乗せて放ったことで、変異種は消し飛び、あとにはカランとしょうかくが転がり落ちた。

 残心から少し気を緩める。

「ふぅ……なんとか魔剣の導きなしでも再現できたか」

 こうしてオレは、グールの変異種を打ち倒したのだった。


          


「こっちも終わったで~。あのでっかいのはたいしたことなかったわ。しっかし、仮面のにいやん……カッコよすぎやろ?」

 そう言って、ニカッと笑いながらメイシーが近づいてくる。

「お? 向こうもあと数匹みたいやし、任せて大丈夫そうやなぁ」

 メイシーが指さす方を見てみると、衛兵と他の冒険者たちが、残ったゾンビを追い詰めているのが見えた。

「あぁ、そうだな。あれぐらい任せておかないと、逆に嫌みを言われそうだ」

「はははっ! ほんまやで! 仮面のにいやん、しいとこ持っていきすぎやわ」

 グールの変異種およびそのコロニーの壊滅は、なんとか無事に終えることができた。

 しかし、オレは何かひっかかりを覚えていた。

 こんな頻繁に、変異種が現れるものなのだろうか?

 心配のしすぎだろうか? でも、やはり嫌な予感がする……。

 そしてその予感は、ソラルの街に戻ってきてから現実のものとなってしまった。


「だから! 何度も言っているではありませんか! こちらにトリスという冒険者が来ているはずなのです! 取り次いでください!!

 そこにいたのは、ギルド職員に詰め寄るメイドのミシェルだった。

 オレは嫌な予感に突き動かされて、慌てて駆け寄り声をかける。

「どうした!? ミシェル! 何があった!?

「なっ!? だ、誰ですか? あなたは?」

 おぉぉ……そうだった……まだ仮面をつけたままだった……。

 オレはほおが引きるのを抑えつつも、平静を装い、話を続ける。

「オレは……トリスの友人の冒険者だ。何かあったのなら力になる」

 そう繕って話すオレに、ミシェルは目に涙を浮かべ、

「ふ、二人組の男に襲われて、ミミル様とユイナ様の行方がわからないのです!」

 そう叫んだのだった。


          


 ミミルちゃんと一緒にセルビス様の講義を受けていたボクは、付き添いのミシェルさんと四人で、街から少し歩いたところにある畑に来ていました。

 なんでもここは昔、セルビス様が何かの褒美で貰った土地らしいのですが、足を悪くしてからは使っていないらしく、魔法の練習に自由に使っていいそうです。

「ユイナ! 何をボケッとしとるんだい! ミミルがやっている時もしっかり見ておくんだよ!」

「は、はい! すみません!!

 セルビス様にはなるべく街の外には行かないようにお願いしたのですが、街中だと何も練習できないということで、結局ここに来ることになりました。

 土魔法は地形に影響を与えるものがほとんどなので、休みにするか街の外で講義を受けるかどちらかだと言われ、場所を変更してもらい、街から歩いてこられるこの畑にしてもらったのです。

 もともとは馬車で一刻ほどの別の場所へと向かう予定だったそうですが、歩いて向かうことになったので、ジオおじいさんには一度宿に戻ってもらい、夕方にまた迎えに来てもらうことになっています。

 街の外に出ることになってしまったけど、まぁそのための護衛なので、ボクがしっかりしないとだね。

「じゃあ次はユイナ! 水属性と土属性の並行発動の練習だよ」

「わ、わかりました! やってみます!!

 違う属性の魔法をそれぞれ発動直前で保留させておき、最後にわずかな時間差で連続発動することでほぼ同時に発動させるというのですが、これがすっごく難しい!

 セルビス様の指導のもと、二人で悪戦苦闘しながらも頑張って練習を続けていましたが、ミミルちゃんの魔力が切れてしまったので、一旦休憩することになりました。

「ユイナお姉ちゃん、魔力すごい多いんだね!」

「へへ~♪ 魔力の多さだけは、ボクの数少ない自慢かな?」

 ミシェルさんが宿に頼んで用意してもらっていたホットドッグみたいなパンをほおりながら、そんな会話をしていた時でした。

「ユイナ……ちょっと嫌な感じがするよ」

「ふぐっ!?

 ボクは慌てて最後の一口を無理やり飲み込むと、周りの魔力の動きを探ります。

「ほ、本当ですね……何か、魔力の揺らぎを感じます……」

 そのまま自分の感覚に従って視線を動かすと、少し離れた空間に大きな違和感を感じました。

「セルビス先生、あそこ……」

「あぁ、何か現れるよ。ミシェル! ミミルを連れて後ろに下がりな!」

「はい! ミミル様! こちらへ!」

 ミシェルさんが、ミミルちゃんを連れてセルビナ様の後ろに下がった直後でした。

「な、なにあれ……」

 ボクたちが見守る目の前で、空間が縦に大きく裂けたのでした。


 ミシェルの言葉を聞いても、オレはしばらく理解ができなかった。

 だが、事の深刻さに理解が及ぶと、すぐに慌てて話を聞かせてくれと頼み込んだ。

「どういうことだ? もう少し落ち着いて詳しく話してくれ。と、トリスには、この後オレから必ず連絡を取ってやる。だから、オレにも協力させてくれないか」

 オレがそう言って協力を申し出ると、ミシェルはすんなりと受け入れてくれた。

 念のため、何かあった場合には『仮面の冒険者』を頼るようにと話してあったのが、役に立ったようだ。

「あ、ありがとうございます! あの、ミミル様はトリス様の妹なのですが、今日、セルビス様と共に街の外へ、実地での魔法の練習に向かわれたのです。それで……」

 途中、いくつかの質問を挟みながらも状況を聞いてみたところ、土魔法の練習にはどうしても広い土地が必要だということで、皆でセルビスと共に街の外に魔法の練習をしに向かってしまったということだった。

 手紙でもあらためて街の外に出ないようにと伝えたつもりだったのだが、どうやらセルビスの家に着いてすぐ、手紙を受け取る前に街の外に向かってしまったようだ。

 くっ!? 予定を変更してでも直接オレが行くべきだった……。

 今更悔やんだところでどうにもならないが、悔やまずにはいられなかった。

 そして、郊外でミミルやユイナが指導を受けながら土魔法の練習をしている時に、突然空間が裂けたかと思うと、二人の男が現れたそうだ。

「どうもユイナ様はその方たちをご存じのようだったのですが、私の知らない異国の言葉で何やら言い合ったかと思うと、その二人の男たちが突然襲い掛かってきたのです!」

 異国の言葉ということは……やはり召喚者だ! まずい、急がなければ……。

 オレはあのサイゴウのことを思い出し、焦る気持ちをなんとか抑えて話の先を促した。

「それで、その様子を後ろで見守っていたセルビス様が、とっに土魔法で男たちを拘束されまして、そのすきになんとかお二人には逃げていただいたのですが、屋敷にも宿にも戻られていなくて……」

 セルビスは自らおとりを買って出て、二人の男を足止めしてくれたそうだ。

 その時ミシェルは、ミミルの指示で足の悪いセルビスのサポートをするために残ったらしく、そこから二人の行方がわからないということだった。

 しかもまずいことに、その二人の男はセルビスの拘束を抜け出すと、魔法戦でセルビスと互角の戦いを繰り広げた上に、気付けば一人の男の姿が見えなくなっていたそうだ。

「でも、そのことに気付いた時には既に遅くて、残っていたもう一人の男もすぐにセルビス様との戦闘をやめて、消えてしまったんです……」

 その後、ミシェルとセルビスも慌てて街に戻ってきて二人を探したそうだが、今も行方がわからないという。

「そうか……トリスにはオレの方から伝えておく。オレも探しに向かおう」

 そう言って、ギルドを出ようとした時だった。

「なんやなんや~。水臭いやないか。知り合いが困ってるんやろ? うちも手伝うで!」

 メイシーが握り拳を突き出し、親指を立てて話しかけてきた。

「メイシー……いや、しかし……」

「しかしも、ぴくしーもないわ! うちの探してた魔物を仮面のにいやんが見つけて倒してくれたやろ? なら、その分うちがその子らを探すの手伝っても問題ないやん?」

 巻き込むのは申し訳ないという気持ちもあったが、やはり今は二人の無事を確認するのが優先だと思い直し、メイシーのその申し出を素直に受けることにした。

 そもそも、これほど頼もしい助っ人はいない。

「すまない。では、協力してもらえるか?」

「もちろんや! それで、その二人の行きそうなとことか、特徴とか教え……」

 メイシーがそう尋ねてきた時だった。

「おぅおぅ! 何そこ、二人だけで盛り上がってんだよ?」

 声をかけてきたのは冒険者パーティー『赤い』のラックスだった。

「そうですよ。私たちも協力させてください!」

「さっきは暇だったから」

「私、少しですが探知の魔法も使えます!」

 そしてそのメンバーからも、自分たちも協力するとの声があがった。

「なんやなんや~自分らも良いとこあるやん♪」

 先にメイシーが答えたことに苦笑いを浮かべつつ、今は一人でも多くの人に協力してもらえるならありがたいと、オレからもあらためてお願いする。

「すまない。ラックス、ローラ、デンガル、シーラ。この礼は必ず……」

 一人ずつ目を見て礼を言うと、ラックスはバツが悪そうに、

「そ、そんなことより、どんな奴なんだ?」

 と尋ねてきたので、ミミルとユイナの特徴や、どこの宿に泊まっているのか、この街に来てから立ち寄ったことのある場所などを話していく。

 もちろん二人組の男に襲われたことなども話して、危険かもしれないということも伝えたのだが、それで協力をちゅうちょするような者は一人もいなかった。

 ただ、やはり戦いになるのは避けるべきなので、ギルドで待機していると言っていたミシェルに取り次ぎ役になってもらい、皆には無茶は絶対にしないようにとくぎを刺しておく。

「ありがとう。しかし、何か情報をつかんだら直接向かわず、ミシェル彼女に伝えてくれ。話を聞く限り、襲ってきた奴はかなりのれだ」

「そうですね。セルビス様と互角に戦うような人は、ちょっと私の手には余りまくりなので、そうさせてもらいます」

 魔法使いのシーラだけでなく、他の『赤い』の皆も、セルビスのことはよく知っているようで、納得してくれた。

「まぁ、うちは状況次第で介入するけどな。あっ、うちはいいやろ?」

「ん~メイシーにも無理はしてほしくないんだが……そうそう後れを取らないとは思うが、くれぐれも油断はしないでくれよ」

 さすがにメイシーのあの強さなら大丈夫だと思うのだが、相手が相手だけに、油断をしないようにと念を押しておいた。

「では、すまないがよろしく頼む」

「皆さま! よろしくお願いします!」

 各自向かう場所を決め、最後にオレとミシェルが皆に頭を下げると、皆は「任せておけ」と言って、それぞれギルドを出ていった。

 そして、オレもミシェルに言葉をかけてから、手がかりを求めて街の外、襲われた現場へと向かうためにギルドを出たのだが、

『と、トリスくん! 聞こえる!?

 突然、どこからともなく、ユイナの声が聞こえてきたのだった。


          


『トリスくん!』

 やはり気にせいではない、確かにユイナの声が聞こえる。

 オレの名を呼ぶその声に戸惑い、辺りを見回すが、どこにもユイナの姿も気配もない。

『ねぇ! トリスくん! 聞こえていたら返事して!』

 オレは訳がわからないながらも、間違えようのないユイナのその声に言葉を返した。

「あ、あぁ、ユイナ、聞こえている! しかし、これはいったい……いや、それよりも無事なのか!?

『通じた! よかったぁ……まだテストしてなかったし、仮面外してたらって不安だったんだ~。あっ、今のところなんとかボクもミミルちゃんも無事だよ!』

「そうか! よかった……無事なんだな。とかしてないか? ……しかし、これはいったい?」

『あぁ~これはね、トリスくんの仮面を魔改造……げふんげふん……じゃなくて、改良してちょっと効果を追加しておいたの! それからボクもミミルちゃんも怪我とかしてないよ』

 なんか「魔改造」とか変な言葉が聞こえた気がしたのだが……。

「そういえば、最近よく部屋にこもっていろいろ合成試してるって言ってたな……他に変なことしてないだろうな?」

『……い、いやだなぁ。ボク、へ、変なことなんてしてないよ? はははは……まぁとにかく、ボクとトリスくんの仮面に通信機能、えっと、つまり遠くの人と話せる機能を組み込んだから、こうやって話ができてるってわけ!』

 その返事までのはなんだと突っ込みたいところだが、それより状況を確認するのが先だ。

「なんか誤魔化された気がするが、それより二人が無事で本当によかった。それで、今はどこにいるんだ? それから襲ってきたのは……奴らか?」

『襲ってきたのは、トリスくんの想像通り、かな……。セルビス様のお陰でなんとか逃げることができたのはよかったんだけど、ソラルの街の入口に先回りされちゃって……まだ街の外にいるんだ。今は習ったばかりの土魔法で、畑の外れに穴を掘って身を潜めてる感じ』

 やはり襲ってきたのは、ユイナと同じく異世界から呼び出された召喚者のようだ。

 しかし、そうなると危険度が段違いだ。

「そうか。今からすぐに向かうから、できればそのまま隠れていてくれ。ちなみに、何かあればこれですぐに連絡は取れるのか? あっ、それと、これはオレからも連絡することはできるのか?」

 オレはユイナから今潜んでいる場所を詳しく聞き出すと、仮面に付与されているという効果を使って、お互いすぐに連絡を取ることができるかと確認する。

『大丈夫。トリスくんからも使えるよ。あのね……』

 説明を聞いてみると、仮面の横にある小さな突起を魔力を込めながら押し込むことで、対になっている仮面に声が伝わるということだった。

「いつの間にこんなものを……しかしこれ、仮面とは別の魔道具に装備することはできなかったのか……」

 連絡を取るのにいちいち仮面をつけないといけないのは、正直面倒だと思って聞いてみたのだが、

『それがね。この遠隔通話の効果をつけるのには、この仮面にも使ってる特殊な魔法金属が必要なんだ。でも、この仮面に使っている魔法金属って、こっちではなかなか手に入らないから』

 ということだった。

 そういう理由なら仕方ないので、一度話を終わらせて街の外へ急ぐことにする。

「とりあえず、今から急いでそっちに向かう。相手が相手だ。油断するなよ!」

 オレはいったん通信を終えると、二人が無事だったことにホッと胸をでおろし、大きく息を吐いた。

 しかし、その時だった。

 何か周りからの視線を感じ、ブーストして上がった能力を活用して聞き耳を立てる。

「お母さん! あの人、変な仮面つけて一人でぶつぶつしゃべってるよ?」

「ダメ! 見てはいけません! ああいう人には、近づいちゃいけませんよ?」

 ブーストで上がった能力を使ってまで聞き耳を立てたことを後悔しつつ、オレはそっとその場を離れたのだった……。


 このソラルの街には、南北に街の外へと続く門があるのだが、ユイナは今、街の南側にいるということだったので、オレは南門に向かって走っていた。

 そして、門がちょうど見えた時だった。

 見知った顔を見つけて、慌てて声をかけた。

「シーラ!」

 偶然、『赤い』のメンバーである魔法使いの少女シーラを見つけたのだ。

「あ、仮面の冒険者さん? 慌ててどうされたのですか? 私の方は、残念ながら有力な情報は何も……」

 シーラは確か南門の門番に話を聞きに行ってくれていたはずなので、そのことを報告してくれたのだろう。

「ありがとう。でも、大丈夫だ。実は探していた二人の居場所がわかったんだ。それで、ちょっと伝言を頼まれてくれないか? 何と言ったらいいのか、偶然二人と連絡が取れて無事が確認できたから、悪いがギルドに戻ってミシェルや他の皆にも伝えてくれないか」

 そう伝えると、シーラは喜びの笑みを浮かべて、

「わぁ~よかったですね! わかりました。すぐに伝えてきます!」

 と、一緒に喜んでくれた。

「それともう一つ。もしメイシーと連絡が取れたら、念のために南門の辺りに待機しておいてもらえるよう頼んでみてほしい」

 今回は相手が相手だ。

 戦闘になった際に、最悪、街に何か被害が及ぶ可能性がある。

 その際、近くで第一級冒険者であるメイシーが待機していてくれれば、かなり心強い。

 そのあたりの懸念をつまんでシーラに伝える。

「そ、そんなすごい相手なのですね……わかりました! このシーラ、命にかえてもメイシーさんに伝えてみせます!」

「あっ、いや、そこまで気負わないでも……。あくまで念のためだから、シーラの命の方を大事にしてくれ」

 なんか変な方向に燃えているシーラをなだめて、オレはそのまま彼女と別れた。

「しかし、門に先回りされたと言っていたから、本当に戦闘になるかもしれないな……」

 オレは腰に手をやり、そこにいつものがいないことに少し不安を覚えながらも、はやる気持ちを抑え、再び走りだしたのだった。


 街の南門を出ると、もう一度ユイナに確認を取り、ブーストで高まった五感を使って辺りの気配を探りながら街道を進んでいた。

 もしかすると門を出てすぐに待ち構えているかと警戒したが、ユイナに確認したところ、門に続く街道にいるという話だった。

 だから警戒を維持したまま、できるだけ平静を装って、走らずに歩いていた。

 行き交う者は少なく、見かけるのは農作業をする者だけだったのだが、しばらく歩いたところで街道の脇の岩に腰かけるある者の姿が目に留まった。

 その姿は一見すると、オレより年下の普通の少年に見えるのだが、何かがおかしい。

 なんだ……この少年の実力がまったく掴めないぞ……。

 しかし、下手に立ち止まるのも相手に不信感を抱かせるため、オレはあえて気付かないふりをして、そのままやり過ごせないか試してみることにした。

 まずは、ユイナとミミルの二人と合流することが先決だ。

 だが、そんなオレの心を知ってか知らずか、その少年は気さくに話しかけてきた。

「そこの仮面のお兄さ~ん♪ 今日は良い天気だね~」

「あ、あぁ、そうだな。気候も良いし、気持ちいい日だ」

 雲一つない快晴で気持ちの良い天気であることにうそはないが、あまりに堂々と話しかけてきたことに、内心動揺してしまう。

「ほんと気持ちの良い日だよね~♪ でも……こんな気持ちの良い日に、お兄さんみたいな凄腕冒険者が、どこへお出かけ?」

 まだその少年は動きを見せていないが、明らかに気配が変わったことに、オレは一気に警戒レベルを数段階引き上げる。

「なんだ? オレのことを知っているのか?」

「まぁね~。だってお兄さんって、この国で新たに英雄として正式に認められた『仮面の冒険者』でしょ? うわさで持ち切りだし、知らない人の方が少ないんじゃない?」

「そうか? 意外と本人は、そういうのはわからないものなんだよ」

 とりあえず適当に言葉を返しながらも、いつでも動けるように臨戦態勢に移行する。

「そんなものなんだね。じゃあ、そういうことで……」

 少年はそこで言葉を切って岩からトンッと飛び降りると、

「始めようか」

 と言って、あのサイゴウをも上回る魔力を解き放ったのだった。


          


 爆発的に高まったその魔力を受け、オレもすぐさま魔法剣をさやから抜き放つ。

 まだそれなりに距離は離れているのだが、圧倒的な魔力がビリビリと伝わってくる。

「そっちはオレのこと知っているみたいだが、できればこれから戦う相手の名前ぐらい知りたいんだがな?」

 と言って、こちらも抑えていた力をいくらか解放する。

「へ~……これは予想よりもすごいね。で、僕の名前だったかな。僕の名前は『かみしろゆう』だよ。あっ、ちょっとズルくない? 僕はお兄さんの名前は知らないんだけど?」

 鑑定眼を使ったのだろうか。その笑みが若干深まった気がした。

 だけど、今のオレがつけている仮面は、前回の召喚者との戦いからユイナが手を加え、召喚者対策として鑑定眼では最低限の情報しか見られなくなっている。

「ははっ、固いこと言うなよ。仮面の冒険者だってことは知っているだろ?」

「やっぱりズルいな~。仕方ないから力ずくで聞いちゃおうかな」

 言葉は軽いが、ユウマと名乗ったその少年の目つきが鋭くなる。

「できるかな?」

「ふふふ。できるさ」

 そう言って笑みを浮かべるユウマの周りに、次々とこぶしだいの炎が出現していく。

 その数はほんのわずかな間に数えるのが馬鹿らしくなるほどに増え、

「無詠唱だけど、これ『えん』っていって……第三位階魔法だから気を付けてね」

 そう言って笑った瞬間、小さな炎の塊が次々と飛来してはじけ、すべてを焼き尽くす炎の華が咲き乱れた。

「くっ!?

 オレは直撃だけはなんとか避け、後ろに大きく跳躍すると、

「水よ!」

 第一位階の水魔法を展開する。

「へっ? 基礎魔法とか馬鹿な、の!?

 魔法の中でも基礎とされるような魔法を展開するオレを見て、馬鹿なのかと驚くユウマ。

 普通に考えればその通りだろう。

 ただ……魔法の阻害を受けつつも何度も繰り返した練度と、そこに込めた魔力の量が違う。

 オレの前に出現したのは、巨大な水の壁だった。

 本来なら水筒一つ分程度の水を創り出すだけの魔法なのだが、まるで小さな滝のような水が、『炎華』が花開く前に、つぼみのまま消し去っていく。

「はぁっ!? 嘘でしょ!? 僕の第三位階魔法を基礎魔法で相殺した!?

 驚くその姿に、オレとしてはしてやったりだが、まだこれからだ。

 もらってばかりでは失礼だろう。

 オレは水の壁で出来た死角をついて、一気にユウマの目の前に躍り出ると、

「ちょっ!? はやっ!?

 腰だめにした魔法剣を左から右へと振り抜いた。

「ほぅ……」

 まずはユウマの持つつえを弾き飛ばすか、破壊できないかと狙ったのだが、まさか受け止められるとは思わなかった。

 ユウマはオレの斬撃の衝撃に逆らわないように後ろに跳躍すると、けんせいで炎の矢を続けざまに放って、オレの追撃を阻止しようとしてきた。

 オレは左に踏み込み、かがみ、斬り払って、炎の矢を散らすと、今度はこちらが牽制で左の手のひらを突き出し、

「風よ!」

 と、突風をたたき込んでユウマの体勢を崩し、斬りから剣を返して斬り払った。

「くっ!? なにこの風!? 冗談でしょ!?

 さらにそこから、剣を引いて腰だめにすると、連続で突きを放ったのだが、驚くことにユウマは、そのすべての突きを、手に持つちょうじょうで防いでみせた。

「規格外にも程があるでしょ!? ほんとに現地人っ!?

「くっ!? そちらこそ、接近戦でも愚痴をこぼす余裕があるとはな……」

 のオレなら異世界の召喚者に対してこんなことは言わないが、今のオレはブースト状態にあるのだ。

 自分で言うのも何だが、とてつもない速さで、しかも不意を突いて攻撃を仕掛けたにもかかわらず、その攻撃をすべて防ぎきられたことに、内心できょうがくしていた。

 こいつ、サイゴウとは次元の違う強さだぞ……。

 サイゴウが魔族化した時の強さと比べれば見劣りするかもしれないが、素の状態での強さで比べるなら、このユウマと名乗った男の方がはるかに強いだろう。

 一応オレも、まずは殺すのではなく、なんとか無力化して拘束できないかと手探り状態ではあったのだが、それでも予想を遥かに上回るその強さに、気を引き締め直した。

「ふぅ……本当にこれは想定外だ。まさか僕たち召喚者以外に、ここまでの規格外が存在するなんてね。でも、まだそれでは僕には届かないよ」

 ユウマがそうつぶやいた瞬間、まとう何かの本質が変わった。

 今までが純粋な魔力を纏っていたのに対して、まがまがしい何かが混じりだしたのだ。

 そして、纏う魔力の桁が跳ね上がった。

「じゃあ、ここからは僕のターンだ……貫け」

 次の瞬間、ユウマが今までとは次元の違う速さで魔法を展開する。

 漆黒の矢が……いや、漆黒のやりが無数に現れたかと思うと、今のオレでも捉えるのがやっとの速さで、次々に撃ち出された。

「くっ!?

 オレはその場でとどまっていてはけきれないと判断し、地面を爆散させる勢いで飛びのき、そのまま右手へと駆け出した。

 召喚者というのは、これほどなのか!?

 オレの目から見れば、ユイナは十分すぎるほど優秀だ。

 そのユイナが落ちこぼれと言われ追放されたという、その理由が少しわかった気がした。

 風と一体となって駆け抜けるオレのすぐ後ろを、横を、無数の漆黒の槍が通り過ぎていく。

 今のところはなんとか避けきれているが、長くはもたないかもしれない。

 しかも恐ろしいことに、地面に刺さった漆黒の槍は、その瞬間、まるでかりそめの命でも与えられたかのようにうねり、まるで大蛇のようにその身をくねらせると、地面奥深くへと潜り込んでいく。

「っ!?

 その不気味な光景に一瞬息をむが、今はとにかく避けて避けて避けまくるしかない。

 今のオレにも、ここから相手に近づいて反撃に出ることは、なかなか難しそうだ。

「これを避けるのか……このまま放置するには危険すぎるね」

 ユウマが使っているのは、間違いなく闇魔法だろう。

 つまり既に魔族化が始まっているということだ。

 しかし、サイゴウの時のように理性を失っているわけでもなければ、その姿に変化も現れていない。ということは、もしユウマが完全に魔族化したら……。

 その恐ろしい思考を遮るように、ユウマが叫んだ。

「いいかげん、諦めろ!!

 両手を天に掲げ、その手を握り締めると、宙に浮かんでいたすべての漆黒の槍が、まるで身震いをするようにうごめいた。

「点は避けれても、面は避けられないだろ! 死ね!」

 ユウマが手を振り下ろした瞬間、数えるのも馬鹿らしいほどの漆黒の槍が、一斉に放たれた。

 視界を埋め尽くす漆黒の槍。

 ブーストしている今のオレなら、迫るその黒き姿を捉えることはできる。

 だが、この無数の槍をこのまますべて避けきれるかと言われれば、それは難しいだろう。

「このままなら、な!」

 オレはブーストにより思考までもが加速され、引き延ばされた時の中、こちらも切り札を一つ切ることにする。

 ユイナとの特訓で、何度も何度もブーストのオンオフを繰り返したことによって、さらに上がった次のステージへ。

 ユイナが名付けたそのステージは……。

「リミットブレイク!」

 オレは足を止めて剣をはすに構えると、制御して抑えていた力を完全解放する。

 ブーストのオンとオフを繰り返すことによって、オレの能力はさらに鍛えられて向上した。

 しかしその弊害で、ブースト時に制御せずに任せるままに力を解放してしまうと、ブーストを解除した後に、全身が強烈な痛みに襲われるようになってしまった。

 それを防ぐため、ブーストによってみなぎる力とあふれる魔力をある程度抑え込み、制御する訓練を続けてきた。

 実際、実力のある者なら、普段はその力を抑えているのが普通だろう。

 しかしオレの場合は、普段魔剣の呪いで過度な抑制を受けていたため、今までは自らその力を抑えるような必要がなかった。呪いがその代わりに抑えてくれているようなものだったから。

 まぁ、一度きりの切り札的に使うのなら特に気にする必要もないのだが、さらに増した力をコントロールできないと、いざという時に思うように力が発揮できない事態もありうる。

 そこで、ユイナに手伝ってもらい、ようやくこの力をある程度はコントロールできるようになったのだが、このユウマとやりあうには、全力で挑む必要があると判断した。

「はっ!」

 短く吐き出した息と共に、一瞬で間合いを詰め、漆黒の槍をすり抜けると、飽和状態まで魔力を流し込んだ魔法剣でユウマの長杖を斬り裂いた。

「へっ……? なっ!? ダイヤモンドより硬いって言われた神木だよっ!?

 ユウマは半分ほどの長さになった長杖を目を見開いて見つめ、なんとか距離を取ろうと後ろに飛びのくが、今のオレを引き離すほどの素早さは持ち合わせていないようだ。

 ユウマの周りには魔力的な何らかの防壁が幾重にも張り巡らされていたが、オレはそれを一枚ずつ斬り裂いていく。

「ぼ、僕の魔力防壁がこんな簡単に!?

 そして、ほんのわずかな間に、奴が纏う最後の魔法防壁を斬り裂いた。

「うわぁぁ!? ま、待って!? こ、降参するっ! 降参するから!!

 半分になった長杖を放り投げ、両手を上げて動きを止めるユウマ。

 一瞬、何かたくらんでいるのかと疑って注視してみるが、本気でおびえているようで、その幼く見える顔には大量の冷や汗を浮かべ、身体がわずかに震えていた。

「ふぅ……抵抗しないのなら、命まで取るつもりはない」

 オレは少し脱力して警戒を緩めると、そう言ってゆっくりと首を振った。

「あ、あ、ありがとう。もちろん、もう抵抗しないから! 僕はしろさんの指示に従っただけなんだ!」

 だから僕は、そんな命懸けで何かをするつもりはないんだと言う。

 身勝手な言葉に若干怒りを覚えるが、それよりもそのもう一人の存在が気がかりだ。

 ユウマが口にしたヤシロというのが黒幕か何かか?

 そもそもこの行動の目的や狙い、聖王国の意思が介在するのかなど、わからないことが多い。

 抵抗しないというのなら、このユウマを捕まえて、ゆっくり聞き出せばいいだろう。

 しかし、そのヤシロという奴と二人がかりで襲われると、対応しきれない可能性がある。

 まずは、ヤシロが何者なのか、こちらに来ているのなら、今はどこにいるのか確認しておこう。

「そうか。だとすると、そのヤシロとかいう奴は、今、どこ……」

 今、どこにいるのか? そう尋ねようとした時だった。

『ととと、トリスくん!? なんか変な人に見つかっちゃった!!

 仮面に仕込まれた通信機能を使い、ユイナが慌てた様子で話しかけてきた。

「どうした!? 変な奴って、ヤシロっていう奴か!?

 ん? 待てよ……変な奴って、ユイナは召喚者のことは皆知っているはずだよな?

 そう疑問に思っていると、どうやら別の人物のようだ。

『えっ? なんでトリスくんが矢代くんのこと知ってるの? でも、違うよ!』

「今、ユウマとかいう奴と戦って、降伏させたところなんだが、そんなことより、じゃあそいつは召喚者じゃないのか?」

 オレが突然一人で大声をあげて話し始めたことに驚いていたユウマだったが、

「え? え? もしかして、それって電話なの!? すごい!?

 と、一人で騒ぎだした。

 とりあえずうるさいので一にらみして大人しくさせると、ユイナの返事が聞こえてきた。

『す、すごいね。悠馬くんも結構強かったはずなのに……。でも、今こっちに向かって近づいてきてるのは召喚者じゃないよ。全身よろいを着た女の子なの!?

「……え? 全身鎧の女の子って……」

『てて、鉄球!? あのリビングアーマーみたいな鉄球取り出したよ!? 何か不気味にこっちに向かって手を振ってきてるんだけど!?

 なんだかすごく疲れた気がする……。

「あぁぁ……ユイナ。大丈夫だ。それは味方だ。二人を探すのに協力してくれているメイシーっていう第一級冒険者だ。ためしに名前を呼んでみてくれ」

 それからしばらく待っていると、ユイナから誤解が解けたと連絡が入った。

 状況としては、隠れている場所にミミルを残し、少し離れた所でユイナが仮面をつけて通話を始めようとしたところに、偶然メイシーが通りがかったようだ。

 メイシーは、一応オレからもう一人の仮面の冒険者の話は聞いていたのだが、念のために警戒し、フル装備で近づいたらしい。

 ちなみにユイナは、先に保護されたことにして誤魔化したため、今は仮面の冒険者二号として近くに隠れていたミミルを保護し、三人でこちらに向かうことになったそうだ。

「とりあえずメイシーも一緒なら大丈夫だと思うが、もう一人いるんだろ? くれぐれも油断せずに……」

 こちらに向かってくれ。

 そう言おうとした時だった。

「ごふっ!?

 突然、近くでうめくような声が聞こえたので、慌てて視線を向けると……。

『そうだね。もう一人のしろくんって、召喚者の中でもなんか不気味で、ボク苦手だったんだよね~。ん? トリスくん、聞いてる? トリスくん?』

 ユイナの声は聞こえているが、オレは目の前の光景に言葉を失っていた。

「もう少し役に立つと思ったんだが」

 ユウマの背後に立つ、どこにでもいそうな男。

 だけど、その普通の冒険者風の男の腕が、ユウマの胸を貫き、持ち上げているその光景に、オレは言葉を失い、身動きが取れなかった。


「ご、ごふっ……や、矢代ざん、ど、どうして……」

 口から大量の血を吐き、うめくユウマの姿に、驚くと同時に理解が追いつかなかった。

「お、お前がヤシロか? ど、どうして仲間を……」

 そして、オレの口から出た言葉も、結局ユウマと同じ「どうして?」という疑問の言葉だった。

「ん? どうして? 二人ともおかしなことを聞くんだな」

 ようやくオレに視線を向けたヤシロは、感情の見えない表情で口を開くと、

「役に立たないモノをそのまま残しておいても……無駄だろう?」

 そう言って、不気味に微笑ほほえんでみせた。

「し、死に、たぐ……な、い……」

 オレが弱ければ殺されていたかもしれない相手だが、それでもヤシロの行った残虐な行為に怒りが沸々と湧いてきた。

 それに、こいつは危険すぎる……。

 仲間にこのようなことをするということは、ユイナにも当然のようにその牙を向けるはずだ。

 放っておくわけにはいかない!

 ユウマを救うのはもう難しいだろう。

 この場にスノア殿下がいれば、もしかすると救える可能性があるかもしれないが、いくら今のオレがばくだいな魔力で水属性の回復魔法を使用したとしても、胸を貫かれていては救うことはできない。

 回復魔法自体は第一位階の魔法だから。

 そう思っていたのだが……。

「さぁ、さっさと目覚めろ」

 ヤシロがそう言って、さらに傷口を広げた時だった。

 ユウマの身体がびくんと大きく脈動したかと思うと、突然大量のしょうあふれ出した。

「まさか!? 魔族化させるつもりか!?

 ユウマの元の実力を考えると、魔族化されるとかなり厄介だ。

 ユウマには悪いが、魔族化する前に倒させてもらう!

 すぐさま覚悟を決めて駆け出したのだが、オレの狙いを読んでいたヤシロが、ユウマとの間に割って入ってきた。

「押し通る!」

 しかし、リミットブレイク状態で全力で斬りかかったにもかかわらず、ヤシロは虚空から巨大な剣を取り出すと、多少驚きながらも受けきってみせた。

「くっ!?

 まさかあっさり防がれるとは思っておらず、一瞬ひるんでしまうが、受け止められた剣を流れるように引き戻すと、そこから今度は逆に斬り上げた。

 だが、ヤシロは今度こそあっさり受け流すと、強引に巨大な剣を振り抜いて、いったん距離を取った。

 魔族化の始まったユウマの胸を貫き、その肥大化した身体を片手で抱えながら……。

 片腕をユウマに突き立てた状態で、オレのリミットブレイク状態の全力の動きについてくるのか!? それにヤシロの持つ剣はいったい……。

 その手に持つまがまがしい剣からは、異様な魔力のうねりを感じる。

 これは……魔剣だ。

 ヤシロはここでようやくユウマから手を引き抜いて放り投げ、その顔に笑みを浮かべる。

「いやね。別に死んだら死んだで、力が再分配されるからよかったんだけどね。どうやらくいったみたいだ。もう……止まらないよ?」

 そう言ってオレから、いや、膨張し始めたユウマから距離を取った。

 体中からメキメキと嫌な音を発して魔族化が本格的に始まったユウマを警戒しながら、オレはヤシロの言葉に焦る気持ちを抑えるのに必死だった。

 こいつ!? 召喚者が死ぬと、その力が他の召喚者に流れ込むことを知っているのか!?

 知られてはいけない、その恐れていた情報を口にしたヤシロに、オレは動揺を隠しきれずにいた。

 その時になって、ユイナの声が頭の中に響いていることにようやく気付く。

『トリスくん! どうしたの!? 大丈夫!? もしかしてそこに矢代くんがいるの!?

 こっちの音や会話が聞こえているようなので、ある程度状況は把握しているのだろう。

 ユイナが、ヤシロがそこにいるのかと尋ねてきた。

「あぁ、ヤシロって奴もいる。しかし、ちょっと普通じゃないな。こいつ……」

『矢代くんはいつも一人でいたし、リーダー格のほんくんも何か避けてるような感じだったから、ボクもほとんど話したことがないんだ。でも……たぶん実力は召喚者の中でも一、二を争うと思う。可能なら一旦引いてボクたちと合流して!』

 ユイナと話している間にも、ユウマの魔族化が進んでいく。

 背中から翼のようなものまで生えてきて、以前、サイゴウが変化したのとは違う、また別の姿へと変貌していく。

 致命傷だった胸の傷は瘴気によってふさがり、回復したようだが、もうここまでくると人として救うことは不可能だろう……。

 それに、ここまで魔族化してしまうと、ユウマをこのままここに放置することもできない。

 本当はユイナやメイシーの力を借りたいところだが、完全に魔族化したユウマを、このまま捨て置くことはあまりにも危険すぎた。

「いや、引くことはできない。ユウマが完全に魔族化してしまっている……今ここでオレがいなくなったら、ソラルの街をはじめとして、多くの人たちに被害が出る」

『そんな!? もうそこまで事態が進んでいるの!? わ、わかったよ。メイシーさんも協力してくれるって言ってるし、すぐにそっちに向かうから! だからトリスくん、絶対に無理しないでね!』

「あぁ、まだ冒険者として色んな経験を積みたいからな。そう簡単に殺されてやるつもりはない」

 そんな会話をしていると、ヤシロがオレの様子に気付いて話しかけてきた。

「へ~。何をぼそぼそとつぶやいているのかと思ったら、通信系の魔道具を使っているのか。聖王国にも現物はなかったのに、よくそんな珍しい物を持っているな」

 余裕の態度を崩さないヤシロにいらちを覚えるが、今この状況で魔族化したユウマと一緒になって、積極的に攻めてこられるよりはマシだ。

 できればこのすきに、ユウマが完全な魔族化を終える前に攻撃を仕掛けたいのだが、オレはヤシロの行動が読めず、隙もないため、踏み込めずにいた。

「ヤシロと言ったよな。お前の目的はなんだ? 聖王国に命じられてユイナを連れ戻しに来たのではないのか?」

 普通に考えれば、この二人はサイゴウの件に関する調査や、サイゴウの後を継いでユイナを連れ戻しに来たと考えるべきなのかもしれないが、ユウマへの仕打ちや、召喚者の力の再分配のことを知っているとなると、いろいろとに落ちない点が多すぎる。

 そもそも、サイゴウの件が聖王国に伝わってから、この国に向かったのだとしたら、あまりにもここに現れるのが早すぎる。

 そう考えると、なおさら、ヤシロの行動とその目的がわからなくなってきた。

「ふっ。そんな深く考えることではない。理由は単純だからな……。でもまぁ、今は悩んでおくといい。すぐに明かしても面白くない。次に会った時にでも気が向けば教えてやるよ」

 何か手がかりでもと思ったが、これ以上は話してくれないようだ。

「そうか。だが、ここで負けたら次はないぞ?」

「面白いことを言うな。勝つ気でいるのか? ん? もう少し話していたいが……どうやら時間切れのようだ。頑張って悠馬を倒してくれよ?」

 時間切れ? ユウマを倒してくれ?

 ヤシロの言葉の意味を捉えきれず、一瞬、思考をらした瞬間だった。

「ではまたな。魔剣に選ばれし者よ」

 そう言った瞬間、ヤシロの周りの空間がゆがみ始めた。

「なっ!? 空間が裂けた!?

 そしてヤシロは、その裂けた空間に身を滑り込ませ、オレの前から消え去ったのだった。


          


 ヤシロが空間の裂け目に滑り込んだ瞬間、オレもすぐさま駆け出そうとしたのだが、裂け目は一瞬で閉じてしまい、魔力と瘴気のざんを残して消え去ってしまった。

「くっ!? いったい奴の目的は何なんだ!?

 魔族化したユウマと共闘されなかったのは、結果的には助かったのかもしれない。

 いくらこのリミットブレイク状態でも、魔族化したユウマの強さが未知数な上、それに並ぶだろう実力を持つヤシロとの二人を同時に相手にするのは、かなり厳しいものがある。

 だが、それでも奴だけは、ヤシロだけは逃がすべきではなかった。

 ヤシロは他の召喚者を殺すことで、自らを強化できることを知っていた。

 それだけではない。

 ユウマのこの状態を見るに、召喚者を魔族化させるための条件、もしくはその方法を知っている可能性がある。

 その上、仲間であったはずのユウマの胸を、何のためらいもなく貫く、その非情さ。

 あまりにも危険すぎる!!

 だから、絶対にヤシロだけは逃がすべきではなかったのに……。

 悔やんでも悔やみきれないが、今は目の前に残ったもう一つの脅威をなんとかしなければならない。

「ユイナ! 聞こえているか!?

『ど、どうしたの? こっちはメイシーさんがミミルちゃんを背負ってくれたから、思ったよりは早く着けると思う! だから、それまで頑張って!』

 幼女が幼女を背負って走っているその姿を思わず想像しそうになるが、今はそれどころではないと振り払って話を進める。

「すまないユイナ! ヤシロに未知の魔法のようなものを使われて、逃げられてしまった!」

 ヤシロが空間に裂け目を創り出した時、向こう側が一瞬見えたのだが、何か禍々しい赤く染まった世界が広がっているように見えた。

 転移魔法がどういったものかというのを、幼い時にスノア殿下に聞いたことがあるが、あれはそのようなものではない。

 転移魔法とは根本的に異なるナニカだ。

 リミットブレイクによって加速された思考をいいことに、さっきヤシロが使った未知の魔法のことを考えていると、人のものでなくなったほうこうがオレの意識を引き戻した。

「あと……ユウマが完全に魔族化したようだ」

 オレの視線を引きつけたユウマが、もう一度獣のような咆哮をあげる。

 ヤシロにほんろうされている間に、ほぼ完全に魔族化してしまったユウマだったモノが、オレをその視界に捉え、こちらに向けてすさまじい殺気を放ってきた。

『そ、そんな……』

 ユイナの震える声を聞き、以前、自分も魔族化するのではないかとおびえていたその姿を思い出して、気付けばオレは叫んでいた。

「ユイナ! 君は大丈夫だ! ユイナのようなまっすぐな子が、魔族化なんてするはずがないし、オレが絶対にそんなことにはさせない!」

『トリスくん……ありがと』

 声音が少し前向きなものに変わったことにあんするが、目の前の問題は何も解決しておらず、まずはユウマをなんとかしなければならない。

 その大きさはサイゴウの時と比べると幾分小柄だが、背には翼が生え、どこから取り出したのか、手には何らかの骨で出来たちょうじょうのようなものを持っている。

 そして、サイゴウの最期の姿と同様に、身体も顔も大きく歪み、人間だった面影はもうどこにも残っていなかった。

「少し同情するところもあるが、こうなったからには手加減することはできない。いくぞ!」

 翼がさらにその大きさを広げたのを見て、このまま飛ばれては厄介だと判断し、オレは一瞬でユウマの前に躍り出ると、まずは翼を落としにかかった。

「はぁっ!」

 オレの速度は、魔族化したユウマの反応速度を上回っているようだ。

 その速度にユウマは驚き、慌てて後ろに飛びのいたが、左右にステップを踏んで追い詰めると、ユウマが苦し紛れに撃ち出した瘴気の塊をかがんでけ、そのまま右手に回り込んで翼を斬り落とそうと魔法剣を振り下ろした。

「なっ!?

 しかし、狙いたがわず振り抜いたにもかかわらず、わずかな傷をつけることしかできなかった。

 まるで硬いはがねよろいにでも斬り込んだかのような手応えだ。

 ならばと、今度は翼の薄い皮膜のような部分を狙い、下から上へと斬り上げた魔法剣だったが、皮膜の半分ほどは斬り裂けたものの、やはり大きな傷を与えることはできなかった。

 なんて硬さだ!? 魔法剣の限界まで魔力を込めた上で薄い部分を狙ったのに、皮膜を傷つけるのがやっとなのか!

 このままではまずいと判断し、慌てて魔法剣を引き抜くと、骨のつえを振るってきたユウマの反撃をかわして後ろに飛びのいた。

 だが、構えた魔法剣をよく見ると、たった一回の攻撃で、既に刃こぼれしてしまったようだ。

 くっ!? せめて魔剣があれば……。

 手元にがいないことに不安を感じていると、ほおを伝う生ぬるい血のぬくもりに気付く。

 ユウマの攻撃は、そこまで脅威ではないと思っていたのだが、自分の頬に一筋の傷をつけられていたことに驚く。リミットブレイク状態からくる万能感のせいだろうか。心のどこかで油断していたのだろうと、気持ちを引き締め直した。

 今更ながらにユウマの持つ骨の杖をよく見てみると、魔法か瘴気で創り出したと思われる黒いやいばが、むちのように変化し、その杖にまとわりついていた。

 こんなことではダメだ。油断せずに、もっと冷静にならなければ!

 今のオレは自然治癒力が爆発的に上がっているので、その傷は一瞬で塞がり、既に治っているのだが、ユウマを調子づかせてしまったようだ。

 骨の杖を振るうユウマのスピード自体はそれほど脅威ではないのだが、杖に纏わりつく黒い刃が、鞭のように柔軟に変化して襲ってくるせいで、なかなか剣の間合いに入り込むのが難しい。

 しかも、そのしなる黒い鞭のような刃は、次第に数を増していき、オレが攻撃に転じる隙をなかなか与えてくれなかった。

 だからといって、距離を取ると飛んで逃げられる可能性があるため、常に相手の間合いで戦わなければならず、冷静にならなければと思う気持ちをよそに、オレは焦りを募らせていった。

「炎よ!」

 莫大な魔力を込めたことで、その火の基礎魔法は巨大な火柱となってユウマを包み込む。

 だが、やはり魔族化した者は、魔法への高い耐性がつくのか、もともと着ていた破れた服や装備を燃やしただけで、変色した表皮には火傷やけどのような跡は見られなかった。

 また、サイゴウの時がそうだったように、ユウマにもある程度の知能が残っているのだろう。

 巨大な炎に包まれて驚いた表情こそ見せたものの、自身が全くの無傷であることがわかると、ニヤリと笑みを見せた。

 くっ……そうそう負けることはないと思うが、倒す手段もこちらにはないぞ……。

 オレが悔しさを顔ににじませたのに気付いたのか、ユウマは挑発するように余裕の態度を見せる。

 次の瞬間だった。

 ユウマのその余裕は砕かれ、声にならない絶叫をあげることになった。

 魔族の翼をいくつもの光が貫いたのだ。

「遅れてごめんやで!」

 そして、巨大な鉄の塊が腹に食い込み、くの字になって吹き飛ぶ。

 鉄球から伸びる鎖の先には、ミミルをユイナに預けてこちらに駆けてくる、頼もしいメイシー仲間の姿があった。

「ユイナ! メイシー!」

 オレが声をかけると、今度は起き上がろうとするユウマに殺到する光の矢の雨。

『なんでも一人でどうにかしようとしないで! ボクだっているんだよ? 仮面の冒険者は一人じゃないんだからね!』

 遠くでミミルを守るように前面に立ち、こちらに向かって親指を立ててウインクするユイナの姿も見えた。

 絶大な力を手に入れ、オレはどうやら気付かないうちに慢心していたようだ。

「そうだな……冒険者ってのは、仲間と共にあるものだよな……。二人とも!! 力を貸してくれ!!

「当たり前やん!」

『もちろんだよ!』

 叫ぶオレに、二人は頼もしい答えを返してくれた。

 オレは湧き上がる何か熱いものを感じ、もう一度魔法剣に魔力を込め直す。

 ユイナ風に言うなら、こうか……。

「さぁ、ここからはオレたちのターンだ!!

 ユウマを視界に捉えると、そう言い放った。

『あぁ!! トリ……一号に先に言われた!?

 思わず気の緩みそうなユイナの声が聞こえたと同時、初めてダメージらしいダメージをらってげきこうしたユウマが、光の矢の雨を強引に抜けて飛び出してきた。

 奇声を発して襲い掛かってくるユウマの骨の杖を受け流すと、袈裟に振るった魔法剣で首を斬り裂き、その勢いを殺す。

 しかし、急所と思われる部分に狙いたがわず斬り込んだというのに、わずかに皮膚を裂いただけで、それも馬鹿げた速さで修復し、数秒後には傷跡も残さず治っていた。

「瘴気修復か……反則的な回復力だな……」

 だが、今戦っているのはオレ一人じゃない。

「破壊力なら、うちに任せときぃ!」

 その言葉がオレに届いた時には、既にメイシーの魔球はユウマの顔にめり込んでいた。

「うぐるぁぁ!?

 しかし、そこで攻撃は止まらない。

 縦横無尽に魔球を操り、正面や左右はおろか、後ろや足元からも襲い掛かるその攻撃は、もしこれが自分に向けられたらと思うと、ゾッとするほどの激しさだった。

「ぐるぅああぁ!!

 言葉にならない奇声を発し苦しむユウマ。

 さすがに魔族化した頑丈な身体をもってしても、ここまでの猛攻によるダメージは修復しきれないようで、その抵抗も徐々に弱まっていく。

『メイシーさん、すっごいなぁ~。一人で倒しちゃいそうな勢いだね』

 そんなことを言いながらも、ユイナも隙を見ては、光の矢を次々と撃ち込んでいる。

 正直、今、一番役に立っていないのはオレかもしれない。

 魔剣が手元にない今のオレでは、まともにダメージを与えることができない。

 だから二人の身を守るために、今は完全に盾役に徹することにした。

「抜かせるか!!

 ボロボロになりながらも魔球を寸前で躱したユウマが、メイシーとの距離を詰めようと踏み込んできたが、オレはすぐさま回り込んで行く手を塞ぐ。

 今はダメージを与えるのではなく、抜かせないことに集中する!

 両手を顔の前で交差して飛び出してきたユウマだが、オレは当たるに任せて逆袈裟に思い切り斬り上げ、元いた位置まで強引に吹き飛ばした。

「ぐがぁ!」

 苛立たしげに咆哮をあげるユウマだが、すぐさま魔球の猛攻が再開され、防戦一方となる。

 そして、とうとう魔球の猛攻に耐えきれなくなった骨の杖が砕け散り、完全にこちらの一方的な展開となった。

「仮面のにいやんがいてくれるから、楽やわぁ♪」

 魔球を縦横無尽に操るメイシーだが、武器の特性上、間合いを詰められるとその実力を発揮できなくなる。

 オレが前で盾役に徹することで、理想的な戦いができているようで、ご機嫌だ。

「今、愛剣が手元にないから、盾役ぐらいしかできなくてな。そう言ってもらえると助かるよ!」

 メイシーと話している間にも、ユウマがメイシーとの間合いを詰めようと踏み込んでくるが、さっきの焼き直しのように、もう一度逆袈裟に魔法剣を振り抜いて吹き飛ばす。

 ならばと闇魔法で攻撃をしようとすると、今度はユイナの光魔法で相殺され、何もさせてもらえないまま、動きを鈍らせていく。

「しかし、せっかく話に伝え聞く魔族との戦いやのに、観客がミミルちゃんだけなのは、ちょっともったいないぐらいやなぁ!」

 魔球の全周囲攻撃に加え、そのすきを埋めるように放たれる光の矢。

 なんとかその攻撃を抜け出そうにも、オレが回り込んで移動を制限することで、ユウマの攻撃を完全に抑え込むことに成功していた。

 ようやく勝利への道筋が見えてきたようだ。

『なんとか倒せそうだね……』

 前回の戦いでは、間接的にだが多くの犠牲者を出してしまった。ユイナがホッと胸をでおろすようにそう呟くのも仕方ないだろう。

 魔族の馬鹿げた回復力のせいで、倒すのにはまだもう少し時間がかかりそうだが、ここまで作戦がハマればユウマに抜け出すことはできないはずだ。

「あぁ、このまま確実に仕留めるぞ! 油断はなしだ!」

「もちろんやで!」

『うん! ボクも油断しないから!』

 しかし、オレたちはわかっていなかった。

 あのヤシロが、意味もなく撤退するはずがないということを……。


 魔族化したユウマとの戦闘が始まって、既に半刻が過ぎていた。

 ほぼ一方的に攻撃を続けているというのに、オレたちはまだユウマを倒しきれていない。

 前回、魔剣の導きに従って放った『らくようの舞い』が、どれだけ強力な攻撃だったかというのが今になってよくわかる。

 魔球による猛攻でボロボロにしても、煙のように瘴気がユウマを包み込み、修復を始めるため、なかなか決定打にならないのだ。

「さ、さすがに疲れてきたわ……」

 圧倒的に押している状況なのだが、攻撃の負担がメイシーに集中しているため、彼女の息があがり始めている。

 途中でオレの第一位階魔法でも攻撃してみたが、やはり魔法への耐性がかなり高いようで、弱点の光属性以外、魔法では大したダメージは与えられないようだった。

 これ以上長引けば、ジリ貧になるかもしれない。

 そんな危惧が湧き始めた時だった。

「メイシーさん! 今からとっておきの強化魔法をかけるけど、驚かないでね!」

 ユイナが叫ぶその言葉に、オレは思わず振り返ってしまう。

『わかってるよ。メイシーさんに正体ばれちゃうかもしれない。だけど、ここで出し惜しみして負けたり、逃げられたりしたら……もっと後悔するから』

 前に試してみたところ、攻撃魔法などは問題ないのだが、継続的に効果を発する強化魔法などをかけると、仮面のいんぺいの効果が極端に下がってしまうのだ。

 強化魔法を受けると、ユイナ自身の魔力をその身に纏うことになるので、呪いの効果が薄れるのだろうという話だ。

 そして、それはユイナという少女自身のことだけでなく、使っている魔法が光属性であることも認識されてしまうということを意味していた。

「……わかった。まだ知り合ったばかりだが、信用できる奴だと思う。頼む!」

 オレの言葉が、仮面を通して伝わったようで、ユイナが大きくうなずくのが見えた。

「なんや、ようわからんけど、強化もらえるんやったら、助かるわ!」

 メイシーの了承を受けて、ユイナの魔力が爆発的に高まっていく。

 魔力だけは召喚者の中でも飛び抜けていたという言葉はうそではない。

 感覚的なものしかわからないが、少なくともユウマよりは上だ。

「じゃあ、いっちゃうよ~! 驚かないでね! 『こうさんらん』!」

 攻撃に使っている光の矢『せんこう』などとはまた違う、きらびやかで華やかな光が、花びらとなってメイシーに降り注いだ。

「な、な、なんやこれぇ!? す、すごい! いや、すごいなんてもんちゃうわ! ……って、え? これっ!? 光魔法やん!?

 強化魔法のあまりの効果に驚いたかと思うと、さすがと言うべきか、その魔法が光属性の魔法だということに即座に気付いたようだ。

 がばっという音が聞こえそうなぐらい、目を見開いてユイナに振り向くメイシー。

「ちょ、ちょっとメイシーさん!? 攻撃! 攻撃の手、緩めちゃダメです!!

 驚きのあまり、思わず攻撃を止めてしまいそうになったメイシーだったが、その言葉で慌てて攻撃を継続する。

「メイシー! 後でちゃんと説明するから、まずはその力で……」

 その力で「こいつを倒せ!」そう言おうとした時だった。


 突然、太陽の光が遮られ、空を闇が覆った。


 さっきまで雲一つない快晴だった。

 それなのに、突然、太陽が顔を隠し、大空を闇が覆った。

「な、なんや……? 何が起こったんや……なんやこれ……」

 見上げたメイシーがうわ言のようにつぶやく。

 それでもユウマに対する攻撃の手は緩めないのだから、さすがと言えるのだが、その声はわずかに震えていた。

 そして……オレも空を見上げ、その光景に息をんだ。

「空飛ぶ魔物の群れ……これじゃあ、まるで魔神の……」

 上空を覆っていたのは、空飛ぶ魔物の群れ……いや、軍勢だった。

 まだかなり遠方に見えるが、まっすぐこちらに向かっているように見えるし、このままいけばソラルの街に甚大な被害がでるだろう。

 しかもそれは、群れがあふれ出すスタンピードではない。

 なぜなら、その群れは多種多様な魔物が、理路整然と隊列を組んで空を飛んでいたのだから。

『そんな……』

 その光景に圧倒され、思わず漏れ出た声が仮面越しに伝わってきた。

 オレも同じような気持ちではあったが、だがいつまでもこのまま見上げてばかりもいられない。

 気持ちと意識を切り替え、いったん途切れた集中を高めると、二人に呼びかけた。

「みんな! アレを放っておくわけにはいかない! だけど、まずはこっちが先だ! 普通の魔物なら他の冒険者たちでも多少は戦えるが、こっちはそうはいかない! オレたちはまずはこの魔族を倒すことに集中するんだ!」

「そ、そやな! とにかく、まずは目の前の魔族や! ここまで追い詰めて逃したら最悪やで!」

『弱気なこと言ってごめんなさい! ボクも精一杯頑張るよ!』

 まずは目の前の魔族、ユウマを倒すことに全力を尽くす!

「逃がさん! はぁぁぁ!!

 魔球がうなり、光の矢が降り注ぐ。猛攻を嫌がり抜け出そうとしたところを、今度はオレが踏み込み、ぎ払うように斬り裂いた。

「うぐるぅぐぁ!」

 既に言葉を発することもできなくなったユウマに対し、わずかな同情の思いがよぎるが、この非常事態にそのような気の迷いは命とりだとその思いを振り払う。

「メイシー!」

「任せてや! 強化もらって絶好調やで!」

 オレの剣で吹き飛ばされた巨体を、今度はメイシーが魔球で迎え撃ち、ひるんだところに光の矢が雨のように降り注ぐ。

 既にユウマの身体はボロボロで、しょう修復も全く追いついていない。

 このまま倒し切る!!

「ここで仕掛ける! 二人とも、援護してくれ!」

「まかしてや~!」

『オッケーだよ!』

 オレは二人の了解を得ると、ユウマとの間合いを一気に詰めた。

 サイゴウとの戦いの後、何度も何度も練習を重ねた。

 まだ完全にモノにはできていないが、それでも使うなら今だと判断した。

 ユウマが苦し紛れに放った拳をしゃがんでかわすと、そのまま逆に斬り上げ、宙を舞う。

「これで終わらす! 『らくようの舞い』!」

 浮き上がった身体をくるりとひねると、そのままありったけの魔力を込めて、魔法剣を振り下ろした。

 響くごうおんと共に、ユウマの魔族化した外皮に無数のひびが走る。

 サイゴウに放ったものと比べると、魔剣を使っていないために威力はかなり劣るのだが、それでも失われた剣技は、魔族化して強化されたユウマの胸を深く斬り裂き、その衝撃を巨大な身体にたたき込んだ。

「ぎるぅららぁ!!

 言葉にならない悲鳴を発し、ふらふらと後ずさるユウマ。

「くっ!? これでもまだ倒し切れなかったか」

 しかし……もう一押しだ!

 ようやく終わりが見えた。ここで押し切ると構えたその時だった。

「ふふふ。ご苦労だったな」

 その言葉と同時に、ユウマの胸からまた腕が生えた。

「なっ!? ヤシロかぁ!!

 さすがに二度目となれば、オレもすぐに気付く。

 即座にヤシロに詰め寄り、斬りかかったのだが、とどめを刺したユウマを放り投げてきたため、踏み込めず、足を止めてしまう。

「くっ!?

 サイゴウより一回りほど小さいとはいえ、魔族化して巨大化したユウマを、片手で放り投げてくることが予想できず、反応が遅れてしまった。

 それでも、なんとかぶつかる直前で回避できたのだが、その時にはヤシロに十分な距離を取られてしまっていた。

「危ない危ない。危うくとどめを刺し損ねるところだった」

 そして、地面を一度跳ねたユウマの身体は、そのまま魔物のようにもやとなって消え去っていった。

「くっ!? いったいどういうつもりだ!!

 オレは諦めずにヤシロのすきをうかがい、徐々にその距離を詰める。

「なに、簡単なことだ。まず第一に、魔族化させてから殺した方が、流れ込んでくる力が高くなる。そして第二に、直接とどめを刺すとその力のほとんどを独占できる」

『え? なんでそんなことを知って……』

 仮面越しに、ユイナの動揺する声が届く。

 おかしい……この件については、ユイナと何度も話し合い、詳しく聞き出していろいろな考察を重ねたが、魔族化させてから殺すとか、とどめを刺すと力を独占できるとか、そんな話はなかった。ユイナが知っていて黙っているとは思えないし、どうしてこいつはこんなに詳しいんだ……?

 オレがヤシロの不審な言動についていろいろ考えていると、メイシーからお叱りを受けた。

「仮面のにいやん!! そいつは敵なんか!? うちにもちょっと説明してぇや! 攻撃していいかわからへんやん!」

 ヤシロの見た目は魔族でもなんでもない普通の人間だ。遠目にはただの冒険者に見えるだろう。

 事情を知らないメイシーが攻撃をちゅうちょするのも当然だった。

「すまない! こいつは敵だ! さっきの魔族よりも強いかもしれないから、油断しないでくれ!」

 オレも突然の展開に動揺しているようだ。

 反省しつつ、メイシーに協力を求める。

「了解や! ようわからへんけど、敵なんやな!」

「あぁ! おそらくあの空の魔物もこいつと関係しているはずだ!」

「はぁ!? なんやて!?

 さすがに上空に現れた無数の魔物の大軍と、この、見た目はただの少年がつながっているとは思っていなかったようで、メイシーは戸惑いの声をあげた。

「へぇ~、俺は無実だぁ! って叫んだらどうするんだ? 証拠はあるのか?」

 オレの言葉を揶揄からかうようにヤシロが話しかけてくるが、次の瞬間、それはヤシロ自身が証明してみせた。

『トリスくん! 上!』

 気配を感じて大きく後ろに飛びのくと、数瞬前までオレがいた場所に、巨大な影が急降下してきたのだ。

「ワイバーンか!?

 竜ではないが、亜竜の一種であるワイバーンは、並の冒険者では太刀打ちできないような高ランクの魔物だ。すさまじい轟音と共に舞い下りたそのワイバーンが、オレたちだけに、敵意を向ける。

「おおっと……偶然、ワイバーンが襲ってきたようだぞ? せいぜい頑張ってくれ。俺は一旦聖王国に帰るけど、それまでにちゃんと成長しておけよ?」

 ワイバーンによって出来た死角を利用され、オレはまたしてもヤシロに逃げられてしまった。

「くっ! またやられた!!

『そんな……本当に魔物を操ってるの? それに、ボクの知らないことをいっぱい知って……』

 オレが自分の無力さを感じて拳を握り締め、ユイナがショックを受けていると、メイシーからげきが飛んできた。

「二人とも! 今はそういう感情は後回しや! ワイバーンに飛ばれると厄介やから、一気に片をつけるで!」

 こういう気持ちの切り替えや判断の早さは、やはり第一級冒険者としてのメイシーの実力の高さを示していて、さすがだと感心させられる。

 それに比べ、オレたちは……単純な強さなら成長しているかもしれないが……。

 冒険者として、圧倒的に経験が不足していることをあらためて痛感し、もっと精進しなければと思い知らされた気がした。

 だが今は、その頼りになる第一級冒険者が、仲間にいることがとても心強かった。

「わ、わかった! すまない! 前に出るから援護を頼む!」

「うちに任せときぃ! 仮面のねえやんに貰った強化で、絶好調なんや!」

 ワイバーンと正面から向き合うと、あらためてその大きさに圧倒される。

 翼と同化している前足を広げたその大きさは、馬二頭を横に並べたよりも巨大だ。

 魔物ではなく幻獣であるドラゴンのような知恵もブレスによる攻撃も持たないが、そのりょりょく、素早さ、うろこの硬さなどは、普通の魔物とは一線を画す強さだ。

 安易に突っ込んで斬りつけても、大したダメージは与えられないだろう。

 まずは翼だけでもどうにかしたいところだが、今はワイバーンが飛び立たないように、断続的に攻撃を仕掛けているのもあって、なかなか思うように翼を狙えない。

 しかし、オレが攻めあぐねている間、ワイバーンがじっと待っていてくれるわけもなく、突然身体をぐるりと回転させたかと思うと、巨大な尻尾を使って広範囲を薙ぎ払う攻撃を繰り出してきた。

「ちっ!? 思ったより攻めにくい……」

 今のこのリミットブレイク状態ならば、普通に戦っている限りは奴の攻撃をらうことはないと思うが、安易に斬り込むと空に逃げられてしまうため、思い切った攻撃に移れないでいた。

 でも、今のオレには頼もしい仲間が二人もついている。

「仮面のにいやん! うちが隙を作るから、まずは翼や!」

「承知した! なら、こっちが合わせるからメイシーから仕掛けてくれ!」

 メイシーのタイミングにいつでも合わせられるように、オレは腰だめに魔法剣を構えると、もう一度魔力を込め直してその時を待つ。

『ワイバーンが飛ぼうとするのはなんとかするから心配しないで! ボクが妨害して時間を稼ぐから!』

 仮面越しに、ユイナに「頼りにしている」と伝えると、オレはワイバーンへのけんせいをユイナに任せて次の一撃に集中していく。

 すると、次の瞬間にはユイナがワイバーンに光の矢を放って、空への逃げ道をふさいでくれていた。

「準備できたみたいやな! ほないくで~!!

 メイシーは魔球ドンナーの秘められた力でも使ったのか、うっすらと光を帯びた魔球が、恐ろしい速度で撃ち出され、次の瞬間にはワイバーンの胸に叩き込まれていた。

 オレももちろんずっとその光景を見ていたわけではない。

 魔球が撃ち出されたのと同時に既に駆け出しており、ワイバーンの前方に躍り出ていた。

 いかに高い防御力を誇るワイバーンといえど、これほどの一撃を受けて平気なわけもなく、完全にその動きが止まっている。

「さすがだ」

 オレはメイシーをたたえる言葉を呟きつつ、右の翼の前に深く踏み込むと、宙へと大きく飛び上がり、そのまま翼を斬り上げた。

 翼を大きく斬り裂かれ、声にならない絶叫をあげるワイバーン。

 だが、翼を斬り裂かれた痛みよりオレへの執念が勝るのか、剣を振り抜いた体勢で宙を舞うオレに、怒りの視線を向けてきた。

『任せて!!

「大丈夫や!」

 二人の声が重なった瞬間、返ってきた魔球がワイバーンの後頭部を襲い、光の矢が頭上から頭を撃ち抜いた。

「助かった!」

 しかし、ここで攻撃の手を緩めるのはもったいない、せっかくのチャンスだ。

 オレは着地と同時に、痛みでふらつくワイバーンの死角をついて後ろに回り込むと、ちらりと二人に視線を送る。

 その動きを読んでくれた二人が、魔球でしつように頭部を攻め、光の矢を降らせて硬い鱗をがし、注意をらしてくれた。

「翼なんて一つだけあっても仕方ないだろ?」

 そうして出来た大きな隙に、今度は後方から飛び上がると、落下に合わせて上段から魔法剣を振り下ろした。

 絶叫するワイバーンの尾が飛んでくるが、着地と同時に地面を転がりながら距離を取ってやり過ごすと、ちょうど斬り落とされた両の翼が靄となって消えていった。

「よっしゃぁ! このまま押し切るで!」

 そこからはもうあっという間だった。

 魔球によって大きくダメージを与えて動きを止め、光の矢が、守りのかなめである鱗を削り落とし、オレが鱗の削れたところを狙って斬り刻んでいく。

 その猛攻に、ワイバーンは見る間にその身をボロボロにしていき……、

「はぁぁ!」

 れっぱくの気合いと共に振り下ろしたオレの剣が、その首を根元から断ち切ると、一瞬の静寂の後、ワイバーンの巨体が地面を揺らして倒れ込み、巨大な靄となって消え去った。

「よし!!

 オレは、思わず拳を握り締めて叫んでいた。

「やったな! おっ? せっかくやからお小遣いもゲットやで!」

 振り向くと、巨大なしょうかくを拾ってイシシと笑うメイシーが、オレに向けてウインクを飛ばしてきた。

「ははは、ちゃっかりしてるな」

 オレは良い意味でその冒険者らしい行動に感心し、メイシーの方に歩いていく。

「当たり前やん! せっかく頑張って高ランクの魔物を倒したんやから、瘴気核ぐらい貰っとかんと。それが冒険者っちゅうもんやろ?」

「そうだな。しかし、ここからが本番だ……」

 見上げれば、もう魔物の軍勢が街に辿たどり着きそうなところまで迫っていた。

『トリスくん、お疲れさま! でも、魔物が街に迫ってるよ!? どうしよう!?

 ミミルの手を握ってこっちに向かっているユイナの姿が見えたが、まだ少し距離があるので、仮面を通じて話しかけてきた。

 オレは「わかっている」とユイナに小声で伝えたあと、今度はメイシーにも届く声で、

「悪いがオレは先行する! 今のオレなら間に合うはずだ! 二人はミミルの安全を確保しつつ、後から向かってくれ!」

 と言って、街に向かって駆け出したのだった。


          


 ここまで来た道を、風を置き去りにする勢いで駆け抜ける。

 リミットブレイク状態で得た身体能力のすべてを使い、空を覆う魔物の軍勢より早く辿り着けるようにと、出し惜しみはなしだ。

『トリスくん! また無茶なことをして!』

 聞こえてきた少し怒ったユイナの声に、若干の申し訳なさを感じつつ応答する。

「ユイナ、すまない。だけど、一緒に移動していては間に合わないから……」

『ボクだって、それはわかってるけど……でも、いくらブースト状態といっても、あの数の魔物に一人でなんて無茶だよ』

「大丈夫だ。今は既にリミットブレイク状態だ。魔族ならともかく、普通の魔物ならなんとかなる」

『え? えぇぇぇ!? いつ!? いつリミットブレイクしたの!?

 ユイナが焦っているのには訳があった。

 一度抑えていた力を全解放すると、まだ自分では通常のブースト状態まで力を抑えることが難しいからだ。

 普段の魔剣を手にしてのリミットブレイク状態ならば、ユイナに全属性耐性向上の強化魔法を切ってもらえばすぐに解除できるのだが、今はそれもできない。

「さっきの戦いでユイナたちが来る少し前かな?」

『どうしてそういうこと黙ってるの!! 前にも経験してるからわかってると思うけど、長時間リミットブレイク状態を続けたら、反動、すごいことになるよ!?

 ユイナの言っていることは理解していたが、まさかこのような連戦になるとは思いもしなかったし、今更言っても仕方ない。

 仕方ないのだが……あのとてつもない痛み、身体が引き裂かれ壊れていくかのような感覚に長時間襲われるのかと思うと、今からゆううつになりそうだ。

「わ、わかっている。でも、魔剣なしでユウマと戦って勝つには仕方なかったんだ。それに、あまり考えたくないから言わないでくれ……」

 思わず情けない言葉をこぼしてしまったが、それほどつらいのだ……。

 以前、あまりに痛がるオレを見て、ユイナが冗談で超筋肉痛とか言っていたが、今回のこの長時間にわたるリミットブレイク状態を考えると……本当に恐ろしい……。

『うっ……そ、そうだね。ごめん。ボクも心配だったからつい。でも、たとえリミットブレイク状態だとしても、あまり無茶はしないでね?』

「あぁ、わかっている。それから……なんとか魔物より先に街まで辿り着けそうだ!」

 ソラルの街までの街道を、運よく誰も歩いていなかったのが幸いした。

 そのお陰で全力で駆け抜けることができた。

 魔物が辿り着く前に先に街に着ければ、多くの人の命を救うことに繋がるだろう。

『本当に気を付けてね。ボクたちもできるだけ早く行くから!』


          


 オレが街の門へと辿り着いた時には、既に街は騒然となっていた。

 衛兵がなんとか落ち着かせようと呼びかけ、できるだけ頑丈な建物の中に避難するようにと指示を出しているのだが、中には空を見つめぼうぜんと立ち尽くしている者などもいる。

「おい。今、どのような状況だ?」

 ユイナと話していた時とは少し口調を変えて、衛兵にそう尋ねる。

「な、何だ!? ……外から来たのか? 状況も何もないさ。見ての通りだ。少しでも頑丈な建物に立てこもって、やり過ごすしかない……それでいったい何人生き残れるかわからんがな……」

 外から街に駆け込んできたオレを見て、一瞬驚きの表情を浮かべたが、それでもちゃんと質問には答えてくれた。

「それで、お前は何者だ? 冒険者か?」

 その衛兵はオレがく認識できないのか、いぶかしげにそう誰何すいかしてきた。

「あぁ、これでも第一級冒険者だ。協力させてくれ。ここで、あの魔物の群れをなんとかしなければ取り返しのつかないことになる!」

 あまり自慢できるような経緯で手に入れた冒険者ランクではないが、少しでも希望になればとあえて口にした。

「第一級!? わ、わかった。協力感謝する! だが……魔法使いではないよな? いくら第一級冒険者だとしても、空の魔物をどうするつもりだ?」

 衛兵の口にした不安は的を射ていた。オレも何か有効な対応策があるわけではない。

 適当に投石するぐらいしかないかと考えていると、そこで見知った声が聞こえてきた。

「じゃあ、わしがなんとかしてみるかねぇ」

 そう言って現れたのは、この国一番の土魔法使いのセルビスだった。

 そして後ろには、ミシェルの姿も見えた。

 オレは二人の無事な姿を見て心底ホッとしたあと、ミシェルにミミルとユイナの無事を伝えてから、あらためてセルビスに話しかけた。

「あなたは高名な魔法使いのセルビス殿とお見受けするが……土魔法使いのあなたが、空の魔物をどうにかできるのか?」

 土属性の魔法と空飛ぶ魔物は、あまりにも相性が悪すぎる。

 そう思って尋ねたのだが、セルビスは笑みを浮かべると、

うわさの英雄『仮面の冒険者』殿が儂のことを知っているとはうれしいねぇ。じゃが、誰が土魔法使いだい?」

 と、不思議なことを口にする。

 土魔法使いとして名の知られているセルビスなのだが、正確にはどうやら少し違うようだ。

「儂は耕作魔法の権威であって、何も土属性だけしか使えないわけじゃないぞ? もちろん土属性が一番得意じゃし、第三位階の魔法は土属性しか使えんが、耕作魔法というのは、そもそもいろいろ組み合わせて使うものなのじゃ」

 言われてみれば、ユイナにしても水と土の両属性が使えるから誘われたのだったと思い出す。

 いや、納得しかけたけど耕作魔法っていうぐらいだから農業で使うものだろうし、それで戦えるのかと、もう一度確認しようとしたら、その疑問を近くにいた衛兵が先に口にした。

「え? セルビス様、耕作魔法じゃ戦えないでしょ?」

「なんじゃ。試してみるかい?」

「ひぃ!? いえ! そういうつもりでは!?

 農業についての話だけでなく、耕作魔法とやらにも気を付けた方がよさそうだ……。

 オレは内心、身代わりになってくれた衛兵に謝りつつ話を促した。

「あぁ……すまないが、オレは耕作魔法に詳しくないのだが、空を飛ぶ魔物に有効な魔法があるのか? オレはどうすればいい?」

「魔物どもは儂が下に叩き落としてやるわい。空さえ飛んでなきゃ、お主がなんとかしてくれるんじゃろ?」

 しかし、オレは首を振って答える。

「魔物を倒すだけなら、時間をかければオレ一人でもなんとかしてみせる。だが、街に向かうすべての魔物をオレ一人で足止めするのは正直厳しい。街のみんなを守る者たちが必要だ」

 そして、衛兵と集まりだした冒険者たちに視線を向けると、高らかに声をあげる。

「だから、皆でこの危機を乗り越えなければならない! ここに集まったということは、皆、覚悟はできているんだろ!」

 そう言って周りに視線を向ける。

 集まった冒険者の中には、先のグールの変異種討伐を共にした『赤い』の面々の姿も見えた。

 彼らには、後である程度は事情を話しておかないといけないな。

 しかし、集まっているのは彼らだけではない。

 変異種討伐に参加していた他の冒険者はもちろん、ギルドで見かけた多くの冒険者たちも含まれていた。

「先の変異種討伐で、あんたの力がすごいのはわかっている! 俺たちは街の守りに徹するから、あんたは魔物を蹴散らしてくれ!!

 『赤い』のラックスの言葉に、他の冒険者も「守りは任せておけ」と言葉を重ねる。

 衛兵たちも、英雄としてのオレの噂ぐらいは知っているのか、冒険者たちと同じくせんめつはオレに任せてくれるようだ。

「街の守りを任せられるなら……なんとかしてみせる! セルビス殿、頼めますか?」

 オレは、もう、すぐそこまで迫った空の魔物にちらりと視線を向けてから、そう尋ねた。

「もちろんじゃ。じゃあ時間もない。さっそく行くのじゃ!」

 その言葉に皆が応えると、セルビスは魔力を徐々に高めていったのだった。


 高名な魔法使いのセルビスが、その内に秘めた魔力を高めていく。

 勇者の中でも一、二を争うユイナには及ばないだろうが、それでもかなりの魔力を込めているのがわかった。

 その時、ふと周りを見てみると、それに合わせるように、ここに集まった冒険者の中にいた魔法使いたちが、徐々に魔力を高めていっていることに気付いた。

 よく見ると指示を出している冒険者がいて、どうやらセルビスの魔法を逃れた魔物に撃ち込むつもりで準備をしているらしい。

 その様子に感心していると、今度は衛兵や冒険者の中で弓矢を持っていた者たちが、矢をつがえて構えを取り始めた。

 そうだ……何でもオレ一人でなんとかしようとする必要はないんだ……。

 今更ながらにそのことを理解し、皆のその行動に熱いものがこみ上げた。

「準備はよいか? それじゃあ行くよ! 『濁流』! および、『ふうじん』!」

 オレはその魔法を見て思わず目を見開いた。

 セルビスの放った魔法は、土と水の合成魔法である『濁流』という文字通り地面に濁流を発生させて押し流す第二位階魔法と、土と風の合成魔法『風塵』という小石や土を宙へと高く舞い上げる、同じく第二位階の魔法を、ほぼ同時に放つという常識外なものだったからだ。

 しかもその効果はすさまじく、オレがつぶやく間にも効果範囲を広げ、空飛ぶ魔物の大半を巻き込んで泥まみれにしていく。

 空を飛ぶ魔物はかなり近づいていて、その姿もはっきりと見えるところまで迫っていたのだが、その中でも一番数が多かったのが、キラーバードなどの鳥を模倣した小型の魔物だ。

 そのため、泥がまとわりつくと思うように飛べなくなるのか、次々と面白いように落下していく。

 他にも、上半身に醜い女性の身体を持ち、腕と下半身が鳥のような姿をしているハーピーなどの中型の魔物もいるのだが、こちらも粘性の高い泥が纏わりつくと、身動きが取れなくなり、次々と地面に引きり下ろされていった。

「す、すごい……」

 さすがに、さっき戦ったワイバーンのような大型の魔物は、泥が付いただけでは落下するようなことはなく、無理やり泥を振り払おうと暴れ、まだ空中にとどまっていたが、それでも動きはかなり鈍くなっていた。

 そして、そこへ……。

「届けぇ! 『風撃』!」

「貫け! 『すいそう』!」

 第二位階の風や水などの魔法がさくれつし、さらにはそこへ矢が撃ち込まれると、大型の魔物もさすがに高度を保てなくなって、次々と地上へと舞い下りてきた。

 さすがに、大型の魔物にはダメージまでは与えられていないようだが、これでオレの剣が届く!

「ここまでお膳立てしてもらって、期待に応えないわけにはいかないな」

 オレは一人そう呟くと、地面をぜる勢いで駆け出した。

 突然、何かが爆発したような音を響かせ走りだしたオレを見て、周りは一瞬何が起こったのかと騒然となる。

 だが次の瞬間、門の近くにいたハーピーの姿が上下に分かれ、もやへと変わったのを目にすると、それは歓声へと変化したようだ。

「なっ!? うわさには聞いていたが、なんなんだありゃ!?

「第一級冒険者ってのは、どれだけすごいんだ……俺らとは次元が違う……」

 その中でも、『赤い』の面々は乾いた笑いを浮かべていた。

「ははは……さっきの変異種討伐でも、まだ全力じゃなかったっていうのかよ……冗談きついぜ」

「さ、さすがにアレは、頑張って到達できるような、そんな次元じゃないでしょ……」

 まだいろいろ言われていたが、さすがに途中で聞こえなくなった。

 辺りにはまだ無数の魔物が、地面で泥を振り払おうともがいている。

 再び空へと飛び立つ前に一匹でも多くの魔物を葬る必要があった。

「はぁぁっ!」

 オレは次の獲物、キラーバードの群れに狙いを定めると、その横を駆け抜けざまに首や胴を斬り裂いていく。

 瞬く間に十数羽のキラーバードが靄へと変わるのを背に感じつつ、次に向かったのは大型の魔物グリフォン。

 かなりの高ランクの魔物で、強さで言えばワイバーンと同列に数えられる魔物だが、ワイバーンの強さが亜竜としてのりょりょくうろこの頑強さにあるとすれば、わしの上半身に獅子の身体を持つグリフォンのそれは、自由に大空をかける機動力と速さだ。

 当然、地上でもがくグリフォンには、ランクに見合った強さは見られなかった。

「悪く思うなよ!」

 オレは、グリフォンを視界に捉えると、まずは正面から斬りに魔法剣を振るい、強力な一撃を見舞う。

「ふっ!」

 短く息を吐き、かなりの速度で斬りかかったのだが、しかし、大きな爪ではじき返されてしまった。

 さすがグリフォンだと感心するが、だが、その動きに精彩を欠いているのは明らかだった。

「だが……遅い!」

 オレは、弾かれた剣の勢いを利用するようにくるりとまわると、そのままフェイントをかけつつ横へと回り込み、奴の死角に入った一瞬のすきをついて前足の付け根を斬り払う。

 るグリフォンを横目にちらりと周りに視線を向けるが、敵はまだまだ残っている。

 ここで時間をかけている余裕はない。

 オレはそこで距離を置かず、さらに一歩踏み込んだ。

「このまま一気に決めさせてもらう!」

 巨体ゆえに小回りがきかず、嫌がり距離を取ろうとするグリフォンの、今度は後ろ足を斬り裂き、その動きを完全に止める。

 そしてオレは、さらに後方に回り込むと、巨大な背中を駆け上がり……その背中に深く魔法剣を突き刺した。

 すると、剣を引き抜く間もなく巨体は靄へと変わり、慌ててそのまま着地する。

 今回は素早くグリフォンを倒すことができたが、一人で戦っていれば、きっと空へと逃げられ、苦戦必至の相手だったろう。

 オレは心の中で、セルビスや街の皆に感謝をしつつ、次のを決めると、一瞬で駆け寄り、ほとんど足も止めずに次々と魔物を靄へと変えていく。

 だが……やはり数が多い……。

 次々と魔物を仕留めて回っているが、それでもまだ半数ほどの魔物が残っている。

 それに、さすがにすべての魔物を地上へ引きり下ろせたわけではない。

 既に一定数の魔物が街の方へと向かってしまっていた。

「くっ!? このままでは……」

 だがオレにできるのは、手を、足を、その身体を限界まで使い、ひたすら魔物を倒し続けることだけだった。

 ユイナ、メイシー、頼む! 急いでくれ!

 そのおもいが届いたのか、そこへようやく待っていた真の仲間が到着する。

「いっけぇ! 『せんこう』! 今日は大盤振る舞いだよ!」

 器用に泥を振るい落とし、空へと逃げだしたハーピーたちだったが、そこへ光の矢が雨のように降り注いだ。

「最高のタイミングだ!」

 オレは思わず口元に笑みを浮かべ、声をかけた。

 もちろんその間もキラーバードや、名も知らないハゲワシのような魔物などを、次々と靄へと変えていき、その手を休めることはしない。

『トリスくん! ミミルちゃんは、メイシーさんが街に連れていってくれてるから!』

「そうか! ありがとう!」

 そしてユイナもまた、次々と光の矢を放って魔物を仕留めていく。

 ユイナの光魔法も、訓練により、前回のあの討伐遠征の戦いから確実に強力になっている。

『ボクも到着して仮面の冒険者がそろったことだし、ここから二人で本気を出して、魔物この子たちに、この街を襲ったことを後悔させてあげなきゃだね!』

 そう言って茶目っ気たっぷりに笑ってみせるユイナに、

「そうだな。どうせなら『つるぎいんじゃ』の名を有名にしたかったんだが仕方ない。ここでも活躍して『仮面の冒険者』の名をさらに高めておくか?」

 と、オレもおどけてみせたのだった。


 その後、オレとユイナは、それぞれの長所を生かし、魔物を次々と葬っていった。

 いまだ空に残っている魔物をユイナが撃ち落とし、オレが斬ってとどめを刺すのはもちろんのこと、ユイナは泥を落として再び飛び上がろうとする魔物を見つけては、羽を中心に魔法を撃ち込み、空への逃げ道をふさいでいく。

 少し気になっていた街の方も、メイシーが攻撃に加わってくれたようで、押され気味だった戦いをたった一人で押し返していた。

「よし! これならなんとかなる!」

 オレがそう声をあげた時だった。

「なんとかなってもらったら困るんだがなぁ」

 今最も注意しなければいけない男の声が、すぐ後ろから聞こえてきた。

「ヤシロー!!

 オレは振り返りざまに「火よ!」と叫び、空間から現れたばかりのヤシロを巨大な炎で包み込む。

 もうこいつに手加減は一切なしだと心に決めていたからこそ、すぐさま反応できたのだろう。

 だが、魔族化しているわけでもないのに、服すら焦がせていないことにがくぜんとする。

「さすがにいきなりでちょっと驚いたぞ? でも、俺は魔法耐性が異様に高くてね」

 ヤシロは少し驚いただけで、その巨大な炎の中から悠然と歩み出てきた。

 魔法耐性が高いだけだと服が焼けるはずだ。

 何かからくりがあるのだろうが……しかし、それはオレも想定内だ。

「それは驚いたな」

 はなから魔法は効かないか、効いてもわずかだろうと見込んでいたオレは、既にヤシロの前面へと踏み込んでいた。

 そして一瞬で躍り出たオレは、ちゅうちょすることなく逆袈裟に魔法剣を振り抜いた。

 なっ!? 手応えがない!?

 だが、驚くヤシロを確かに斬り裂いたと思った瞬間、それは残像となって消えせた。

「がはっ!?

 そして、次に驚くのはオレの方だった。

 今のオレでも目で追うのがやっとという速度で魔法剣をくぐると、ゼロ距離で衝撃波を与えるような闇魔法を放たれ、気付けばオレは吹き飛ばされてしまっていた。

「トリっ!?

 思わずオレの名を叫びそうになるユイナに苦笑しつつも、

「大丈夫だ! 大してダメージは受けていない!」

 と言って、安心させる。

 しかし、ユイナのことを考えている場合ではない。

 リミットブレイク状態だというのに、まだ軽くダメージが残っている。

「仮面の君は、ちょっと危険だな。聖王国に戻ってくつろいでいたら、放った魔物がみるみる減っていたから焦ったぞ? 本当ならここで始末しておきたいところだが……とりあえず君の強さのからくりはある程度わかったし、今は無理をしないでおこう」

 ヤシロのその物言いに、非常に嫌なものを感じる。

「強さの秘密だと……」

「あぁ、あの魔剣は毎回邪魔してくるからね。さすがに俺もいろいろ調べてあるんだよ」

 毎回邪魔を? こいつは何を言っているんだ?

 オレは警戒しつつも、ヤシロの言葉の続きを待った。

 だが、これが大きな間違いだった……。

「ははは。不安そうな顔だね。じゃぁ、ちょっと実験してみようか」

「実験だと?」

「君は冒険者ギルドのギルド職員、ドナックといったかな? 彼を知っているかい?」

「なっ!? 彼に何かしたのか!?

 焦って問いただすオレをよそに、ヤシロは右手のひらをオレに向けて、

「話は最後まで聞くものだよ。彼には何もしていないさ」

 と言って、威圧を放ってきた。

「くっ!?

 そしてその時、ユイナが慌てて叫び声をあげた。

「う、うそ!? ダメ!! 矢代くんの話を聞いちゃダメェ──!!

 だが……遅かった。聞いてしまった。

「今、彼が持っているようだよ。君の魔剣を」

 魔剣の在りかを……。

 ヤシロが言った言葉の意味を理解した瞬間だった。

 オレを満たしていた全能感は一瞬で消え失せ、その代わりに、とてつもない痛みが襲ってきた。

「ぐぁっ!? がぁぁぁ─────!!

 突然魔剣の呪いの負荷がかかり、内部から身体が破壊されるような、そんな強烈な痛みが全身を駆け巡った。

 今までも、ブーストを繰り返したり、このリミットブレイクを使いこなすための特訓の後には、何度か激しい痛みに襲われた経験はあった。だが、今までの痛みとは比べ物にならないほどの痛みだった。そしてあまりの激痛に、オレは立っていることさえできなくなってしまう。

 とうとう痛みに耐えきれなくなり、魔法剣まで落として膝から崩れ落ちてしまった。

 とてもではないが耐えられるようなレベルの痛みではなかった……。

 もう、まったく身動きが取れない。

「なんだ? ここまで痛がり苦しむのは予想外だな。いや、まぁでも、せっかくのチャンスだ。やはり、ここで不安材料は取り除いておくことにするか?」

 ヤシロはオレをここで殺すか自問自答していたようだが、結局、始末することにしたようだ……。

 しかしオレは、ヤシロがゆっくりと近づいてきても、立ち上がるどころか、言葉を発することさえもできなかった。

「それ以上、近づくなぁぁ!!

 しかしその時、ユイナの叫び声が聞こえたかと思うと、視界をまばゆい光が埋め尽くした。

「ほう。光魔法をここまで使いこなすか」

 ユイナの放った無数の光の矢が、ヤシロが見えなくなるほどの密度で放たれた。

 だが……その光の矢は、ヤシロが全周囲に展開した同数の漆黒の矢で、すべて相殺されていく。

「そ、そんな……ボクの全力の光魔法を……」

 ヤシロのあまりに圧倒的な力に、思わずユイナの口からそんな言葉がこぼれ落ちた。

 魔法があまり得意でないオレからしても、それはありえない光景だった。

 ユイナの放った光の矢の数、威力、位置、スピード、それらを瞬時で見抜き、それと同数の漆黒の矢を一瞬で展開し、同じ威力で、同じ位置に、タイミングを合わせて撃ち出して相殺するなど、とてもではないが人の成せる技ではない。

「ふむ……あらがきにここまでの力があるはずはないのだが……おかしいな。何かいろいろズレだしているのか?」

 ヤシロは何か気になることがあるのか、オレのところへ駆け寄ってくるユイナを無視して、一人でぶつぶつと何か呟き始めた。

 そして、その間に辿たどり着いたユイナは、オレをかばうように両手を広げてヤシロをにらみつけた。

「か、彼は、ぜ、絶対にやらせないんだから!」

 近くで見れば足が震えているのがわかる。

 必死に絞り出したその声に、オレは自分のなさを思い知らされながらも、ただ痛みに耐えることしかできなかった。

「……まぁいい。今回は、欲は張らないでおくとしよう。少し調べたいことも出来たしな。まぁ、あとはせいぜい頑張ってあの街を守ることだ」

「い、言われなくても、ま、守ってみせるよ! それに、もう魔物をせんめつし終えるのも時間の問題なんだから!」

 既に魔物の数は半分を大きく切っているし、空を飛んでいる魔物もほとんど残っていない。

 もしヤシロがこのまま立ち去るなら、オレ抜きで戦ってもなんとかなりそうだ。

 しかし……ヤシロは本当にこのまま立ち去るつもりなのか?

 そうだ。あとはヤシロがどう出るか次第だ。

 正直、ヤシロが何か仕掛けてくるなら、もうオレたちに勝ち目はない……。

「心配するな。もう何もしない。ただ、何か勘違いをしているようだから、それは教えてやろう」

「ど、どういうこと? ボクたちが勘違い?」

「うむ。君たちが戦っているのは……先遣隊だ」

「え? ……うそ……先遣隊……じゃぁ、他にも魔物が……?」

「今いる魔物は空を飛べるから早く着いたに過ぎない。単純な命令しか与えていなかったからな。だが、もうあまり時間はないぞ?」

 そんな絶望的な情報を残し、ヤシロは悠然と、次元の裂け目の中へと消えたのだった。