ここはライアーノ領の外れにある、とある森の中。

 王都へと続く街道からほど近いところ、それほど深くない森だ。

 だが、普段の動物や鳥の鳴き声が聞こえる長閑のどかな気配は鳴りを潜め、今は不気味な静寂が辺りを支配していた。

 その静まりかえった森の中に響き渡ったのは、魔物のほうこう

 激しく揺れる茂みの中から飛び出してきたのは、見上げるほど大きな二つの影だった。

「こっちだ! 見つけたぞ!」

 叫ぶオレを見下ろし、いまいましくにらみつけてくるのは、熊の魔物である二匹の『ブレイドベア』だ。

 その名の由来は、大きく、長く伸びた鋭い爪。

 ショートソードほどもあるその爪の切れ味は、熊の魔物としてのりょりょくと相まって、細い木なら一撃で切り倒すほどだという。

「トリスくん! 仮面はしなくていいの!?

 迫る巨大な魔物を前にして、ユイナが慌てて尋ねてくる。

「構わない! これぐらい普通に倒せなくちゃ、この先やっていけないからな!」

 彼女の名は『あらがきゆい』。

 こことは違う別の世界、異世界から招かれた一〇人の召喚者の一人だ。

 訳あってオレとパーティーを組むことになったこの少女は、かなりの美少女だということを除けば、どこにでもいそうな駆け出しの魔法使いに見えるだろう。

 耳にわずかにかかる黒髪をなびかせ、淡い緑のローブにたんじょうを手にしたその姿は可愛かわいらしいコーディネートだが、典型的な魔法使いの装備だし、戦闘中のぎこちない動きから戦いにもそれほど慣れていないのがうかがい知れる。

 だが……、

「じゃあ、一匹はボクが足止めする!」

 その魔法の腕は、ベテランの魔法使いをはるかに上回るものだ。

「水よ!!

 使ったのは魔法の中でも、基本中の基本の水魔法。

 ユイナの短い詠唱に応えるように現れたのは、一つの大きな水球だ。

 しかし、その大きさがユイナの魔法の才を表していた。

 普通、第一位階のこの水魔法で出現する水球の大きさは、せいぜいこぶしだいなのに対し、今ユイナの目の前に浮かぶは、ユイナの前にいるブレイドベアの口元を覆い隠すほどの大きさだった。

「えぐいな……」

 若干ひくオレの目に映るのは、そのブレイドベアの口元が、丸ごと水の塊に包み込まれ、息苦しそうにもがき苦しむ姿だった。

 声にならない叫び声をあげてもがくあわれな魔物を横目に、オレは剣の間合いに入りそうなもう一匹のブレイドベアに意識を切り替える。

「お前は、楽に消滅させてやるからな……」

 苦笑しつつつぶやくオレに向けて振り払われた鋭い爪を、軽くかがんでやり過ごすと、王国流剣術の居合斬りで左足を斬り裂く。

 それでもブレイドベアにとってはまだ致命傷とはなっていないようで、痛みに顔をゆがめながらももう一方の爪を振るってきたが、オレはその爪から遠ざかるよう、背後に回り込むあしさばきでひらりとかわすと、そのまま大上段からの斬りで奴の身体を深く斜めに斬り裂いた。

 一瞬の間の後、爆散するように黒いもやとなって消えるブレイドベアのざんの横を駆け抜ける。

 そして、ユイナの水魔法に頭部を包まれもがくもう一匹の背後に回り込むと、れっぱくの気合いと共に水平に魔剣を振り抜いて、一匹目と同じ運命を辿たどらせたのだった。


 オレの名は『トリス』。

 ユイナと違い、この世界で生まれてこの世界で育ったただの冒険者だ。

 だがもし、人と少し違うところをあげるとすれば、今この手に持つ剣が、魂を宿す呪いの魔剣だということだろうか。

「トリスくん。しょうかく二つ拾っておいたよ~」

 オレとユイナは『つるぎいんじゃ』というパーティーとして依頼を受け、この街道近くの森で目撃された魔物『ブレイドベア』の討伐にやってきていた。

 討伐系の依頼では、だいたい討伐した証明にこの瘴気核を冒険者ギルドに持っていくことで依頼の達成を判断する。

「あぁ、助かる。悪いがまたアレに収納しておいてくれないか」

 アレとはアイテムボックスというユイナの技能のことだ。勇者として召喚された際に授かったもので、大きさや重さに関係なく、こことは違う空間に持ち物を収納できるとても便利で貴重な技能だ。

 だけどそのユイナにジト目を向けられ、

「瘴気核はいいんだけど……すぐそうやって仮面をボクに返そうとする……」

 と言われたオレは、せきばらいをし視線をらして誤魔化した。

 いざという時に素早く能力を解放できるように、ユイナの作った仮面を持っていたのだが、もう戦闘は終わったのだからと結局収納してもらった。

「仕方ないなぁ……。それで、もう帰る? 街道に戻る前に、ぼ、ボク、ちょっと休憩したいな~」

 ちょっとわざとらしく、甘えた声で訴えかけてくるユイナだが、

「却下だな。ユイナの課題はその体力のなさと、おっちょこちょいでドジなところだから」

 だから休憩はなしだ、と続ける。

「むぅ!? 体力はわかるけど、残り二つは関係なくない!?

 そんなくだらない話をしながら街道に向かって森の中を歩いていたのだが、突然、遠くで何かが爆発するような音が聞こえてきた。おそらくは誰かが攻撃魔法か何かを使ったのだろう。

「なんだ? 街道の辺りから聞こえたみたいだけど、誰かが魔物と戦っているのか?」

「トリスくん……ボク、何か嫌な予感がする……」

 こういう時のユイナの勘はよく当たるので、オレもうなずきを返したのだが……。

「じゃあ、これ返しておくね」

 ユイナが差し出してきたモノを見て、オレは若干ほおを引きらせた。

「そ、それは、いらないんじゃないか? まずは確認するだけだし?」

 ユイナが差し出してきたのは、さっき返したばかりの顔の上半分を隠す仮面だった。

「ぼ、ボクだって、本当はつけたくないんだからね! でも、もしかするとあの時みたいに全力で対処しないといけない状況かもしれないじゃない?」

 既にちょうをモチーフとした仮面をつけたユイナは、ぐいっぐいっと仮面をオレに押し付けてきた。

 ユイナとオレの仮面には認識阻害効果があり、さらにオレの方の仮面にはユイナの魔法の効果を押し上げる効果が付与されている。

 この効果のついた仮面をかぶった上で、ユイナから『全状態異常耐性向上』の光魔法を付与されることで、ようやくオレは本来の自分の力を振るうことが可能になる。


 オレの持つ剣は呪いの魔剣。


 その呪いの詳細はいまだつかめていないが、この呪いには、オレのあらゆる能力を力ずくで押さえつけるような負の効果があるのではないかというところまではわかっている。

 普通に考えれば、この効果はまさに呪い以外のナニモノでもないのだが、その剣を物心がついた頃から使っていたオレは、ユイナいわく、四六時中「高負荷トレーニング」をし続けていたことになり、きょうじんな肉体をつくり上げたのではないかということだった。

 しかも、魔力的にも何らかの圧力や妨害を受けているような状態だという。

 オレはそんな状態で長年過ごしたことにより、通常では到達できないような頂きにまで鍛えあげられ、突出した力を持つに至ったのだそうだ。

 ただオレには……この強力な呪いが、魔剣の本当の姿だとはどうしても思えなかった。

 この魔剣が導いてくれているように感じるんだよな……。

 実際、オレは確かに魔剣の声を聞き、失われた剣技を一つ授かったのだから。

 ただ間違いなく言えることは、その呪いというかせを取り外すことで、オレは本来の能力を取り戻し、勇者を超えるような力を発揮できるということ。今はそれで十分だろう。

「……わかったよ。つけていくから、魔法を頼む」

 ユイナはあまり抵抗がないようだが、この世界では仮面をつけるという習慣がない。

 そんなことを考えながらしぶしぶ仮面をつけると、ユイナは時間をかけて魔力を練り上げ、オレに光魔法を付与してくれた。

 オレが魔法の効果を上げる仮面をつけた上で、膨大な魔力を持つユイナがかなりの魔力を込めて光魔法の『全状態異常耐性向上』を付与することで、ようやく魔剣の呪いはその効力を失う。

 そして……オレの身体にはすさまじい力がみなぎってくるのだ。

「トリスくん! 先に行って! ボクも後から追いかけるから!」

 オレはユイナに「わかった」と一言返すと、爆発音が聞こえてきた場所に向け、森の中を駆け出したのだった。


 森の中をまるで風になったかのような速さで駆け抜けていく。

 邪魔なつたや枝は魔剣で斬り裂き、足場が悪い場所は木を蹴り、飛び越えていく。

 瞬く間にユイナを遥か後方へと置き去りにし、オレは一人、ただひたすら早く着けと駆け続けた。

 ブレイドベアを探して森に入った時は一刻ほどかかったはずだが、今度はわずかな時間で駆け抜け、あっという間に街道に躍り出た。

 そして森から飛び出し、視界の広がったオレの目に飛び込んできたのは……、

「な、なんだあれは……」

 商人の馬車を襲う、巨大な魔物の後ろ姿だった。

「ブレイドベアの変異種……いや、上位種か!?

 一瞬、ひと月ほど前に起こったスタンピードで遭遇したゴブリンジェネラルの変異種を思い出したが、どうやらそこまで特殊な魔物ではないようだ。

 恐らく、ブレイドベアの上位種『グレーターブレイドベア』だ。

 獣系の魔物の上位種で一番多いのがこのグレーター種で、基本的には力や頑強さに加え、その身体が二回りほど大きいのが特徴だ。

 そして、そのグレーター種と戦っている者たちに目を向ける。

「ん? 彼らは……」

 あのゴブリンの変異種の討伐遠征に参加していたのだろう。その姿には見覚えがあった。

 話したことはないと思うが、確かにあの場にいた三人組の冒険者パーティーだ。

「くそっ! お前の魔法が効かねぇんなら、逃げるしかねぇぞ!?

 弓を持った男がリーダーのようだが、魔法使いの男が放った魔法があまり効いていないのを見て、倒すことを諦め、逃げ道を探っているようだ。

「旦那! すまないが、荷物は諦めてくれ!」

 魔法のダメージから復帰したグレーター種の攻撃を、大きな盾を持った前衛の男が受け止めるが、あまり持ちこたえられそうには見えなかった。

「わ、わかりました。命あっての物種です。でも、逃げられるのでしょうか……」

 もともとブレイドベアは足が速く、馬に乗っていても逃げ切れるかは時の運だ。

 その上この相手は、見上げるほどのきょを誇るグレーター種だ。

 身体が大きいだけでなく膂力も大幅に上がるグレーター種から逃げ切るのは、かなり難しいだろう。

 商人の男が心配するのは無理もなかった。

「わ、わからねぇ。でも、それ以外に選択肢が……って!? あぁぁ!?

 そこでオレは、弓を持った男と目が合った。

「あの時の仮面の冒険者!?

 そして、オレを指さして大声で叫んだ。

 指をさすな指を……そしてデカい声を出さないでくれ……。

「ほ、ほんとだ! 頼む!! すまないが助けてくれ!!

「うおぉぉ!? 仮面の冒険者だと!? それなら、こんな所で死んでたまるかぁ!」

 続いてオレに視線を向けた魔法使いの男と、グレーター種の攻撃を必死にしのいでいる男が声をあげる。商人の男はオレが誰かわからず戸惑っているようだが、このままここで見ていては駆け付けた意味がない。

 助けを求められているし、オレも動くとしよう。

「劣勢のようだし、戦闘に介入させてもらうぞ!」

 そう断りを入れると、ダン!! と地面を踏みしめ、一瞬でグレーター種の元まで間合いを詰める。

「は、速い!?

 誰かが叫ぶ声が聞こえたが、気にしている暇はない。構わず魔剣を振り下ろして、グレーター種の背を斬り裂いた。

 もんの声をあげて振り返るグレーター種だが、オレはその視線を避けるように死角に回り込むと、今度は足に魔剣を突き刺す。

 その巨体を考えれば十分素早い動きなのだろうが、敵に近づかれた時の死角の多さは致命的だ。

 嫌がるように巨大な爪を振るい、どうにかオレを視界に捉えることに成功したようだが、その時には既に手遅れだった。

 なぜなら、既にオレは、魔剣との魔力同調を終えていたから。

「消え去れ」

 まがまがしい光を放つ魔剣をよこぎにいっせん

 そのまま勢いを殺さず、屈みながら素早くその場で一回転すると、大きく飛び上がって地から天へと魔剣を振り抜いた。

 グレーター種のその巨躯を、下から上まで一条の光が縦断する。

 着地と同時に魔剣をさやに納め素早く振り返れば、グレーター種は既にその姿を靄へと変え、霧散していくところだった。

「や、やっぱすげぇ……」

 そして、弓を持った男の呟きが聞こえたその直後、コトリと大きな瘴気核が転がり落ち、戦いの終わりを静かに告げたのだった。


          


「いやぁ~本当に助かりました!」

 若い商人の男は大きな声でそう叫ぶと、馬車から飛び降り、こちらに駆け寄ってきた。

「おい! 旦那!」

 そして、それを追いかける弓の男。

「待てって! と……あぁ、また助けられちまったな。ほら、こないだの討伐遠征に俺たちも参加してたんだよ」

 商人の男に追いついた時には、既にオレの目の前まで来ており、バツが悪そうにそう言って挨拶をしてきた。

「あぁ、三人の顔は覚えている……大変だったな」

 あの時のことをオレも思い出してしまい、しんみりと言葉を返す。

 少し湿った空気になりかけた時、残りの冒険者二人も遅れて駆け寄ってきた。

「あの時は本当に助かりましたよ。そして今回も、ね」

「そうだな。つまり、これで命を救われたのは二度目ってことになるな。ありがとうよ。恩に着るぜ! しっかし、あの時もすごかったが、今回も圧倒的だったな~」

 魔法使いの男が言葉少なに感謝の言葉を述べ、盾の男がニカッと笑って後に続く。

 さらに、そこに自分も入れろと商人の男が割り込んできた。

「ちょっとちょっと~! なに皆さんだけで盛り上がってるんですか? 私もまぜてくださいよ~」

 小柄な若い商人は、目を輝かせながら、そう言ってこちらに詰め寄ってくる。

 近くで見ると思った以上に若いな。

 街の商人なら若い者も珍しくはないが、街から街へと渡り歩く行商人としてはかなり珍しい。

 しかもこの若さで、一人で商いをしているようだしなおさらだ。

 そんなことを考えていると、リーダーの男がその商人に声をかけた。

「旦那。この仮面の冒険者は、あの青の聖女様とも所縁ゆかりのあるお人だ。好奇心からあんま変な気を起こさねぇようにしてくれよ」

「おぉ!? やはりあのうわさは本当に!? あっ! 申し遅れました。わたくしエインハイト王国全土をまたにかけて行商しておりますザドーと申します。どうぞお見知りおきを!」

 ぐいぐいと前に出てくるその商魂たくましい態度に気後れしながらも、オレも適当にあいづちを返す。

「仮面の冒険者さまのお噂は、ライアーノの街でいろいろとお聞きしておりました。それはもう、わたくし童心にかえったように! 冒険者たちが話すお話にすっかりとりこになってしまっていたのですよ? そうしたらどうでしょう!? まさかその仮面の冒険者さまに自分の命を救っていただけるなど、もう夢のようで!!

 そこからしばらく話が止まらなくなった……。

 散々仮面の冒険者を褒めちぎる話を聞かされ、そして最後に、

「あなたはきっと勇者をも超える大英雄になりますよ!」

 そう言って、ようやく話を終えてくれた。

 まるで確信しているように何度も頷き、なんだか満足げだ……。

「ま、まぁ、そうなれるように頑張るよ」

 オレは能力解放による全能感に支配される中、なんだかどっと疲れるというな感覚にためいきをつきつつ、急ぎの旅だという彼らを見送ったのだった。

 ちなみにお礼にと何かの魔法の道具を渡そうとしてきたが、そんなつもりで助けたのではないと断った。しかし、間に合って本当によかった。


 騒がしい商人一行を見送ってから約半刻ほどあと、

「ふぅ~……もうダメ……ボクの身体は森の中を走るようには出来てないんだよぉ……」

 半べそになりながら森から出てきたユイナと合流した。

 そして座り込むユイナに、さっき起きた出来事を話しながら、結局、休憩を挟んで街への帰路についたのだった。

 もちろん仮面を外し、ただの中級冒険者『剣の隠者』の二人として。


          


 ブレイドベアの討伐依頼を終えてから、数日がったある日、オレはユイナを連れて久しぶりに実家の領主館に顔を出していた。

 今は、もともとオレが家を出るまで使っていた部屋で妹のミミルと二人でアーグル茶を飲みながら、ここ最近起こった出来事や、オレの受けた依頼の話などをしている。

 ただ、ユイナはなぜかオレの部屋に入るのを遠慮して、来客用の部屋で本を読んでいる。

 前からこの国の本を読んでみたいと言っていたので、いろいろな物語の本を、父ダディルに許可をもらって何冊か借りて渡したのだ。

 だが、オレたちは別に実家に遊びに来たというわけではない。

 まだ内容は聞けていないのだが、領主である父のライアーノ男爵ダディルから、オレたち『剣の隠者』に指名依頼が入ったのだ。

 それでダディルが仕事に区切りがつくまで、こうして時間をつぶしているというわけだ。

 部屋に移動してからは、ミミルにねだられて最近の依頼クエストでの出来事をずっと話しているのだが、まだ冒険者になってそれほど依頼をこなしているわけではないため、ちょうど今話していたブレイドベアの討伐依頼の話でネタも尽きてしまった。

 話が一段落したので、二人でアーグル茶を飲んでいると、

「トリスお兄ちゃん?」

 あらたまって何かを尋ねようとしているように見えたので、遠慮するなと尋ね返す。

「ん? どうしたんだ? なんでも聞いていいぞ?」

「トリスお兄ちゃん、ユイナお姉ちゃんとは、どこまでいったの?」

「ぶふぅー!?

 予想外の質問に、思わず口に含んでいたアーグル茶を吹き出してしまった……。

「もう!? お兄ちゃん、きたないよぉ~!!

「いや、だってミミル、お前がいきなり変な質問するから……」

「え? なんで? その『ぶれいどべあ』って魔物を倒しに行ったのって、うちの領の外れなんでしょ?」

「あ……」

「あ?」

 内心で盛大に「そういう意味かよ!」とツッコミながら、軽く咳ばらいをしてブレイドベアの討伐に行った場所を教えていると、部屋の扉をノックする音が響いた。

「失礼します。トリス様、ダディル様が執務室に来るようにということでしたので、ユイナ様をお連れしてお迎えに上がりました」

 執事のセバステンがそう言って扉を開けると、ユイナが興味津々といった様子で部屋をのぞき込んできた。

「ん? オレの部屋がどうかしたのか? 何も珍しいものなどないぞ?」

「へ!? い、いや、べべ別にボクはトリスくんの部屋に興味なんか、ななないよ!?

 目を逸らしつつもまだちらちら見ていたが、とりあえず父ダディルが呼んでいるということだったので、ミミルと別れて執務室に向かうことにした。


 執務室に入ると、大量の書類が置かれた机の奥で、まるで書類に埋もれるように父ダディルが次々と書類にサインをしていた。

 あの討伐遠征にて甚大な被害を出したため、その後処理の仕事に忙殺されていると聞いていたが、本当に大変そうだ。

「あぁ、ちょっとだけ待ってくれ。もうこれで一区切りつく」

 オレが返事をしてからソファに座ると、ユイナは一瞬迷ってから遠慮気味に隣に腰をおろした。

 それから少しの間、カリカリと父ダディルの筆を走らせる音だけが響き、

「ふぅ~、待たせたな。セバステン、何か冷たいものでも持ってきてくれ」

 そう言って、向かいのソファに座って大きく伸びをした。

「父さん、一応、ここにいるのはオレだけじゃないんだからな……」

「あぁ、すまないな。ユイナ。ちょっと仕事が立て込んでいてね。たまにはこうして気を抜かないと体がもたないんだよ」

 と言って、悪びれる様子もなく、もう一度大きく伸びをする。

「い、いえ! ボクのことは気にしないでください! 大丈夫ですから!」

 いまだにユイナは、父や兄、スノア殿下がいると緊張するようだ。

 少しうわった声で、慌てて答えていた。

「まぁいいです。それで父さん。オレたちに指名依頼とか、いったい何があったのですか?」

 父ダディルには、オレたちが仮面の冒険者だということを伝えていない。

 そう考えると、わざわざ依頼料の割高な指名依頼でオレたちに頼んでくる理由がわからなかった。

 父の性格からして、オレの援助のために指名依頼を出す、なんてことは絶対にしないだろう。

 そんなことを考えていると、

「なに、トリスたちに依頼を頼んだ理由は簡単だ。信頼のおける者に頼みたい依頼ができたからだ。実はな、隣のオイスラー領にあるソラルの街に、ミミルを連れていってやってほしいのだ」

 と、その理由を教えてくれた。

 ソラルの街といえば、農業こそ盛んな土地だが、オイスラー伯爵領の中ではかなりの田舎町だったはず。なぜそのような街にミミルを連れていくという話になっているのだろうか。

「ミミルを、ですか?」

「覚えているか? ミミルがまだ小さい頃、母さんに土属性の魔法の才を褒められたのを」

 そういえばミミルは、オレと違って扱える属性こそ土属性だけだが、魔法の扱いが非常にく、オレはもちろん、比較的魔法の扱いの上手かった次兄セロー以上に期待が持てると言われていた。

「でも、母さんはスノア様と一緒に王都に戻るって言ってませんでしたか?」

 もともとスノア殿下は、ライアーノの街に寄った後、そのまま別の街に行く予定だったのだが、先日の討伐遠征での詳細を直接報告するため、一度王都に戻り、そこにスノア殿下の魔法の師でもある母マムアも同行することになっていると聞いていた。

 出発はまだのはずだが、予定が変更になったのだろうか?

「あぁ、そうだ。本当は、母さんはお前の独り立ちを見届けたあと、自分でミミルを連れていく予定だったのだが、スノア様と一緒に一度王都に戻ることになっただろ? それでお前たちに頼むことにしたのだ」

 ようやく事の経緯がわかってきた。

 だが、そもそもミミルがソラルの街に行く理由がまだわからなかった。

「そういうことなのですね。でも、ミミルに魔法の才があるのと、ソラルの街に行くのと何の関係が?」

「そうか。トリスには知らせていなかったな。今、あそこには土属性魔法では右に出る者がいないとまで言われているセルビスばあさんがいるんだよ」

 その名はオレも聞いたことがあった。

 確か、土属性魔法の扱いに特化した魔法使いで、戦いよりも、どちらかというと農業用の耕作地の土壌を作ったり、治水工事で活躍して、魔法の新しい可能性をいだしたと有名になった人だったはずだ。

「えっと……つまり、ミミルがそのセルビス様に魔法を習いに行くから、オレたちに面倒を見つつ護衛も兼ねて連れていけと?」

「そういうことだ。母さんのコネで一週間ばかり時間を作って魔法を教えてもらえる約束をしたようでな。お前たちにはその間のミミルの護衛と……ミミルあの子が聞けば怒るだろうが、まぁ御守りをしてやってほしいのだ」

 なるほど。それでオレたちに指名依頼をしてきたのか。

 ユイナもさすがにミミルには緊張することなく、自分の妹のように接しているし問題はない。

 それに、最近は魔物の討伐依頼ばかりだったから、たまにはこういう依頼も悪くないだろう。

「わかりました。あまり指名依頼っぽくはないですが、喜んで受けさせていただきます」

 オレが少し苦笑交じりにそう答えると、ユイナもうんうんと首を上下に振っているのが見えたので、依頼を受けるのは問題ないようだ。

「よかったよ。知らぬ冒険者に頼むのもできれば避けたかったし、衛兵や騎士は、今は猫の手も借りたいような状況だからな」

 先日の討伐遠征で、一番被害が大きかったのは冒険者なのだが、ギルドの協力により、他の街の冒険者ギルドに事のあらましが伝えられ、募集をかけてもらっている。

 それに加えて、この街まで来るのにかかる乗合馬車の料金を国が持ってくれることになったのが後押しになり、徐々にではあるが、冒険者の数は戻りつつあるそうだ。

 だが、衛兵や騎士はそう簡単に補えない。

 だから、今はミミルの護衛に騎士や衛兵から人を割くのは難しいのだろう。

「それで、出発はいつ頃なのですか?」

「まだ一〇日ほど先だ。その間、別の依頼を受けてもらっても構わないが、出発の日までには終わらせておいてくれ。また正確な出発の日時が決まれば、冒険者ギルド経由で連絡を入れるようにする」

 こうしてオレたちは、初めての『ミミルの御守り指名依頼』を引き受けることになったのだった。


 父ダディルからの指名依頼を受けた二日後、オレはユイナと共に、再び領主館を訪れていた。

「トリスはひどいですわ。一昨日も来ていたらしいではないですか。どうして、わたくしのところには顔を出さなかったのです?」

 そしてこうして、スノア殿下に挨拶すらしなかったことを、長々と怒られているところだ……。

「いや、一応どうしているか様子は伺ったのですよ? でも、来客中だということでしたので」

 今回は、あの旅立ちの日のように、会わないでおこうと思ったわけではない。

 もういろいろと秘密を共有する立場になってしまったし、スノア殿下からの推挙で英雄制度を受け、これから仮面の冒険者としても活動することになったのだから。

「まぁ、そうなのですね。ん~それなら仕方ないですわ。許して差し上げます。でも……またしばらく会えなくなるのですから、もう少し気を使ってください」

 少し伏し目がちに、こちらを見ながらそう言うスノア殿下に、ちょっと胸の鼓動が早くなるのを感じたが、気付かぬふりをして言葉を返す。

「申し訳ありません。指名依頼の件で気が回らなくなってしまっていて……」

 本来なら指名依頼の話が終わった後、待ってお会いするべきだった。だが、子供の頃からいつか指名依頼を受けられる冒険者になることに憧れていたこともあり、ちょっと恥ずかしいが内心ではうれしくて浮かれてしまっていたのだ。

 それが家族からの依頼で、その内容がミミルの御守りだとしても……。

「別に謝ってほしかったわけではないのです。まぁでも……トリスですしね。それに、せっかく見送りに来てくれたのですから、もう少し楽しいお話をしましょう」

 スノア殿下は既に王都に向けての出発準備を終えており、このあとそのまま魔導馬車に乗って旅立つことになっている。

 本当はもう少し早く出る予定だったそうだが、ライアーノ領うちの現状に憂慮されて、自身の近衛である『青の騎士団』に命じていろいろと手伝ってくれていたようだ。

 もちろん自身も『青の聖女』の名が示す通り、街の者に治療を施して回られていて、それは街の者たちからも感謝の言葉と共に伝え聞いていた。

 その後、スノア殿下のメイド兼護衛のリズとの舌戦などを繰り広げつつ、この数日の出来事や、昔の話に花を咲かせて楽しい時間を過ごした。

 そして、話も一区切りついて落ち着いた頃。

「本当ならトリスとユイナにも一緒に来てほしいところなのですよ。ですが、さすがにそんなことをすると、仮面の冒険者の正体に気付く者も出てくるでしょうし……あっ……」

 突然スノア殿下が、何かを思いついたように両の手をぱちんと合わせた。

 何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか……。

 身構えるオレとユイナに「ずっと仮面をつけてついてきてもらえないかしら?」と期待に満ちた目で尋ねてきた。

「ちょ、ちょっと待ってください!? いくらなんでもずっとアレをつけたままってのは勘弁してください!」

「はは、ははは。さすがにボクもずっと仮面をつけっ放しというのは……」

「ふふふ。冗談ですわよ。じょ・う・だ・ん」

 あまり冗談に感じられないその口調に、オレとユイナが引きった笑みを返していると、

「あらあら? トリスは何を慌てているの? またスノア様に揶揄からかわれた?」

 と、部屋に入ってきた母マムアが話に割り込んできた。

 だが、母マムアには仮面のことは話していないので、このままこの話題を続けるわけにはいかず、今度ミミルが魔法を教わるセルビスという人について尋ねてみた。

「ところで、母さん。セルビス様って、どんな人なのですか?」

 そのオレの問いかけに、少し「ん~?」と考えるそぶりを見せてから、母マムアは口を開いた。

「セルビスおばあちゃん? ん~、普段は良い人よ? 普段は」

 なぜだろう? 何か母マムアのその答えに、すごくひっかかりを覚えるのは……。

「えっと……そうすると、普段じゃない時っていうのは?」

「そうね。農業の話をする時は気を付けてね。……わりと本気で」

 なにその最後にボソッと付け加えた一言……。

「ま、マムア様? わりと本気でって、どど、どういうことなんでしょうか?」

 ユイナが不安そうに、そう尋ねる。

「あの人、セルビスお婆ちゃんって、農業に人生を懸け……いいえ、命を懸けてるから、だから農業のことは絶対に悪く言わないで。前にそれで……あっ、そろそろ出発の時間ね!」

 これ、過去に絶対言えない何かがあったのだろうな……。

 オレは逃げるようにその場を離れていく母の背を眺めながら、農業の話はできるだけしないようにしようと心に誓ったのだった。


          


 スノア殿下と母マムアを見送ってから、オレとユイナは、今日も冒険者ギルドが提供してくれた鍛錬施設にやってきていた。

 最近は、依頼を受けない日の大半は、ここに来てオレの力やユイナの光魔法、そしてそれらを使った二人の連携などの練習をしている。

 ユイナは、光魔法をもともとかなり使いこなしており、すべて無詠唱で即座に発動することができる。

 だが全属性耐性向上の魔法は、詠唱こそ必要としていないものの、オレの能力を解放させるためにはただ発動させるだけではくいかず、かなりの魔力を込める必要があり、発動にそれ相応の時間が必要だった。

 オレはこの魔法を何度も受け、そしてその効果を切ってはまた受ける、ということを繰り返していた。

「ゆ、ユイナ……これって毎回効果を切る必要があるのか? 力の落差が激しくて、この鍛錬の後は、いつも身体のいたるところがすごく痛いんだが……」

 初めてこの訓練をした時など、全身が極度の筋肉痛のような症状の上に、節々が痛く、魔力も枯渇したような状態に陥り、自分で回復魔法をかけても、しばらく立ち上がることすらできなかった。

「トリスくんがブーストしてる時にかけ直すと、この魔法って上書きができないみたいで効果がはじかれちゃうみたいなんだよ。それに、どれぐらいの魔力を込めればブースト状態になるか感覚を覚えておきたいの。しんどいかもだけど、もう少し練習させて」

 そういう風に言われると断れない……。

 実際、短いタメで魔法をかけてもらうと、仮面をつけていても魔剣の呪いが上回ってしまい、それに打ち勝って本当の能力を解放することができなかった。

 ちなみに、ユイナはこの能力を解放することを『ブースト』と呼んでいる。

 オレが「解放された方がもともとの能力だから、ブーストって変じゃないか?」と聞いたのだが、「ブーストって呼び方ってカッコイイでしょ? カッコイイは正義だから!」と謎の理論を展開して熱く語り、とりあえずオレたちの間では『ブースト』と呼ぶことに決まった。

 そして、今日もへとへとになるまでブーストを繰り返し、全身の痛みに耐えながら訓練を続けたのだった。


 訓練を終えて街に戻ってきたオレたちは、珍しく飲み屋に来ていた。

 泊まっている『旅の扉亭』の女将おかみのバタに、すまないが晩ご飯は外で食べてきてほしいと頼まれたからだ。

 理由は言っていなかったが、たぶんバタの弟でオレの実家の料理人でもあるオートンと一緒に、亡くなったもう一人の弟の墓参りに行っているはずだ。

 弟が魔物に襲われて亡くなったのは、もうずっと昔のことらしいが、毎年オートンがこの時期に暇をとっていたから、オレも覚えていた。

 この世界では、魔物によって命を落とす者は多い。そんなことは頭ではわかっていたのだが、先日の討伐遠征の件も含め、最近、いろいろと考えさせられるようになった。

 そんな答えのないことを考えていると、さっきからユイナが落ち着かない様子なのに気付いた。

「ユイナ? さっきから落ち着かないようだが、どうしたんだ?」

 オレがそう尋ねると、ハッとしてうつむいていた顔を上げ、

「と、トリスくん……ボク、未成年なのに、こんなとこに来ていいのかな?」

 と、聞き返してきた。

「ん? 何を言ってるんだ? オレたち、もう成人してるじゃないか?」

 ユイナの言っている意味がよくわからずそう聞き返す。

「あ……そ、そうだったね。でも、ボクのいた世界ではお酒は二〇歳にならないと飲んじゃダメって決まってたから、なんかこういうとこ来ちゃダメな感じがして……」

 ユイナはそうつぶやくと、またソワソワし始めた。

 その言葉は、あらためてユイナとの常識の違いに気付かされるものだった。

 気になったオレはもう少し詳しく話を聞いてみたのだが、他にもいろいろと常識にズレがあることを知ることになった。

 ユイナが元いた世界では一五歳というのはまだ成人しておらず、独り立ちもしていなかったというのは初耳だったし、こちらの世界の常識だと、そもそもお酒を飲むのに成人している必要すらないので、話を聞くまではそんな常識のズレがあることなど、全く想像もできなかった。

 元いた世界のことを話す時、ユイナはいつも寂しそうな表情をのぞかせるので、オレもついついその話題を避けるようになっていた。

 だが、ユイナとこの先一緒に冒険者を続け、共に成長していくためには、避けてはいけない話題だったのではないかと思いなおすことにした。

「そうだったんだな。気付いてやれなくて悪い……。あ、今の料理の注文取り消して、今日は他の店に行くか?」

 今、注文をしたところなので、恐らくすぐに取り消せば間に合うだろう。

 店の者はいい顔はしないかもしれないが、少し迷惑料でも渡せば済む話だ。

 まぁこの時間に開いているような店で、お酒を出さない店を探すのはちょっと大変かもしれないが、ユイナが少しでも安心できるのなら、それでも構わないと思った。

「トリスくん……ありがと。でも、ボクは大丈夫だよ。トリスくんのその気持ちだけで十分、かな」

 なぜだかわからないが、そう言ってほおを朱に染めて微笑ほほえむユイナからは、いつのまにか不安そうな、落ち着かない様子は消えていた。

「そ、そうか? でも、無理だけはするなよ? オレは少し人の機微に疎いかもしれないが、ユイナは大切な仲間だと思っている。できるだけオレが気付けるように気を付けるが、ダメな時は遠慮せずに言ってくれ」

「ふふ。大丈夫だよ。トリスくんに、ちょっと鈍感系主人公が入ってるのは、わかってるから」

 鈍感系主人公というのがよくわからなかったが、すごく不本意なことを言われている気がするのは気のせいだろうか……。

 だが、ユイナの楽しそうに微笑むその姿はとても魅力的で、こちらまで優しい気持ちになれるような、そんな笑顔だった。


 それからしばらくして、断り損ねた料理が運ばれてきた。

 せっかくここで食べることにしたのだから、このうまそうな料理を二人で堪能することにしよう。

 最初に運ばれてきたのは、豪快に焼き上げたステーキと、ソラル豆と芋を炒めた添え物だ。

「味はバタおばさんのとこには負けるけど、素朴でこういう味付けもいいな」

「そうだね。ボクもこういうシンプルな味付けは嫌いじゃないな~」

 ステーキの味付けは塩だけの素朴なものだったが、素材の旨みを引き出していて思った以上に旨い。添え物も肉汁を使って炒めたのか、肉の旨みが良い味を利かせていて食が進む。

 その後、遅れて運ばれてきた黒パンも、麦の味がとても濃くてステーキとよく合い、一緒に食べるとさらに旨さが増し、ついついもう一個頼んでしまった。

 そんな、普段とはまた違う料理に舌鼓を打ち、お互い感想を言い合った。

 何でもない食事に何でもない普通の会話だったが、二人の間にあった壁が、ちょっとだけ取り除けたような気がして、その日の食事は思い出に残るものになった。

 ただ、周りから聞こえてくる誇張された『仮面の冒険者』の様々なうわさ話に、二人そろってもんぜつしそうになったのは、早く忘れたい出来事だったが……。


          


 翌日、オレとユイナは、冒険者ギルドの個室で受付嬢のリドリーと話をしていた。

「しかし、まさか仮面の冒険者が、トリスさんとユイナさんのお二人だったとは思いもしませんでしたよ」

 なんでそのことを知っているのかと、内心ためいきをついていると、リドリーの方からその理由を話してくれた。

「まぁまぁ、そんな顔しないでください。だって、冒険者ギルドで『仮面の冒険者』の全面協力をするって言っても、各支部のギルドマスター以外にも事情を知っている職員が、一人ぐらいはいないと動きにくいでしょ?」

「確かにそうかもしれないですが……」

「それで、この街のギルド職員で一番トリスさんたちと交流があるのが私だったから、お声がかかったというわけです」

 なぜか自慢げに胸を張ってそう言うリドリーに、少しげんなりしながらも話の続きを促す。

「はいはい。そうでした。実はあなたたち『つるぎいんじゃ』のお二人に対してではなく、英雄『仮面の冒険者』としてのお二人に対して、さっそく指名依頼が入っているんです」

 まだ英雄制度の適用がされて日が浅いというのに、もう依頼があったことに驚く。

「でも、どういうことですか? オレたちはもうすぐ『剣の隠者』として受けた指名依頼でこの街を出るんですが?」

 先日、『剣の隠者』として初の指名依頼を受けたところだし、その依頼の内容はもちろんギルドも把握しているはずだ。それなのに、どうして『仮面の冒険者』としての指名依頼の話を持ちかけるのかが疑問だった。

「それはもちろんわかっています。領主様からの依頼内容は把握しておりますから。その上でぜひお受けいただけないかと」

 その言葉に、少しムッとしつつ、

「それは、先の指名依頼を断れということですか?」

 と、リドリーに尋ね返す。

「いえいえ、違いますよ。同時にお受けいただきたいのです」

 しかし冒険者ギルドとしての思惑は、どちらも受けてほしいという予想外のものだった。

 確かにベテランの冒険者などは同時に複数の依頼をこなすこともあると聞くが、しかし、指名依頼を二つ同時になど聞いたことがない。

 例えば、普通の討伐依頼ならば、できる範囲でたまたま可能な依頼、たとえば討伐に向かう森などに自生する薬草の採取依頼などがあれば、同時に受けてこなすことは難しくない。

 だけど、同じパーティーへと出された指名依頼を、同時にこなすことなど可能なのだろうか?

「指名依頼を同時にこなすことなんて、普通不可能だと思うのですが?」

「それが、今回はすごい偶然ですが、二つの指名依頼を同時にこなせそうなんですよ!」

 どうやらリドリーの様子だと、かなり珍しいことが起こったようだ。

「でも、そもそもボクたち、ただでさえ経験が不足しているのに、同時にだなんて……」

「ん~……不安なのはわかるんですが、なんとか受けてもらえないですか? その『仮面の冒険者』に指名依頼をしてきたのが、オイスラー伯爵なのですよ。そして、その依頼内容というのがソラルの街の近くで形成されつつある魔物のコロニーのせんめつなんです。ね? 話を持ちかけた理由はわかってもらえるでしょ?」

 確かに、同時に受けられる範囲の依頼なのかもしれない。街から近いのなら、妹のミミルが魔法を習っている間に討伐に向かうことはできるだろう。

 しかし、複数の依頼を同時に受けてこなすのは、正直オレもユイナと同じで不安だった。

 だから、やはり断ろうと思ったその時、脳裏に先日のスタンピードの激しい戦いの記憶がよみがえった。

「……リドリーさん、ちなみにですが、そのコロニーを形成しつつある魔物というのは?」

「それが、この辺りでは珍しい『アシッドスパイダー』というCランクの魔物で、下手な冒険者を向かわせることができないんですよ」

 そういう理由なら受けるべきか……そう思った時だった。

「くくく、の魔物なんですかっ!? とととトリスきゅん! やめましょう! ボク、蜘蛛とか絶対無理だょ!?

 ユイナが涙目になって取り乱し、「無理無理無理……」と呟きながら、必死にオレの腕にしがみついてきた。

 でも、近隣の街が危険にさらされるかもしれないこの状況で、気持ち悪いからと断ることは、どうしてもオレにはできなかった。

 ここはユイナになんとか納得してもらおうと、落ち着かせるように話しかける。

「いや、その、女の子がこの手の魔物が苦手なのはわかるんだが、この状況で断るわけにもいかないだろ? オレたちで倒せるレベルの魔物のように思えるし、受けてみないか?」

「ぁぅ……そ、その…………そうだよね……」

 ユイナも頭ではわかっているのだろう。

 その優しい性格も相まって、すぐに納得はしてくれたのだが、本当に苦手なようで、ちょっと気の毒に思えるほどだった。

「その、なんだ。オレのわがままで悪いな。どうしても無理なら、ユイナは離れていてくれていいから。ブーストの効果時間もだいぶん延びてきているし、オレ一人でなんとかなるはずだ」

 ブーストの効果時間と呼んでいるが、要は全属性耐性向上の強化魔法の効果時間だ。

「で、でもぉ……」

「ブーストがかかっている状態のオレが負けるような魔物がそうそういると思うか? だいたいの魔物なら魔剣の一振り、二振りで倒せると思うぞ?」

 そこまで言ってようやく納得してくれたようで、涙目のままこくりとうなずいてくれた。

「じゃぁ、リドリーさん。その依頼も受けさせてもらうので、詳細をお願いします」

 こうしてオレたちは、『剣の隠者』としての指名依頼だけでなく、同時に『仮面の冒険者』としての指名依頼も受けることになったのだった。


 リドリーから『仮面の冒険者』としての指名依頼の詳細を聞いたオレたちは、そのまま『つるぎいんじゃ』としての手ごろな薬草採取の依頼を受け、冒険者ギルドを後にした。

「やっぱり駆け出し冒険者といえば、薬草採取の依頼だよな~」

 今は東門から街の外に出て、けがれの森の手前にある小さな林に生えている、とある薬草を取りに行くために街道を歩いている。

「えぇぇ……すごく今更な気がするし、ボクが自分で言うのもなんだけど、既に駆け出しとか言っちゃダメな立場な気がするんだけど……」

 ジト目でユイナに見られている気がするが、気にしないようにして話を続ける。

「やっぱりさぁ、こういう依頼をまずはコツコツとこなして、ギルドに名前を覚えてもらってだな」

「おーい。トリスく~ん。現実逃避するな~」

 何か雑音が聞こえる気がするが、やっぱり駆け出し冒険者といえば……。

「そもそもボクたち中級冒険者だから、もう駆け出しとは言わないぞ~」

…………

「トリスくんが小さい時から憧れてた冒険者とはちょっと違うスタートかもしれないけど、現実から目をらすな~」

 そうなのだ。

 オレの予定では、今頃、薬草採取でなんとか日々の糧を得つつ、たまに受ける討伐依頼でEランクの魔物相手に実戦を重ね、一歩ずつ強さの階段を上っていくはずだったのだ……一歩ずつ……。

「はぁ~、なんでオレたちいきなり中級冒険者なんだろうな……」

「それをボクに聞いちゃう? ハッキリ言って、ボクよりトリスくんの方がはるかに強いからね?」

 そして「規格外が魔剣持って歩いてるわけだし?」と追い討ちをかけてくる。

「ぐっ……」

「それにトリスくん。トリスくんってブースト状態じゃなくても、十分中級の実力は持ってるってヨハンスさんも言ってたでしょ? 少なくともその実力は、トリスくんが長い間かけて積み重ねてきた結果だよ? だから遅かれ早かれ、トリスくんならすぐに中級ぐらいまでは上がったと思うし、要は……あきらめなさい」

 そう言って、人差し指を立てて諭すように語るユイナ。

 なんだろう……。

 いつも弱気なユイナにこう諭されると、無性に悔しくなってきた。

…………

 得意げに立てている人差し指をじっと見つめ、

「ほぇ? な、なに……?」

 ぎゅっと握ってやった。

「ひゃぁ!? なな、何するんだよ!?

「何となく? 得意げだったから?」

 そう言ってすぐ指を放してあげたのだが、すごいジト目でにらまれてしまった。

「もぅ!? でも……ほんとにトリスくんが小さい時から積み重ねてきた、その努力が実を結んだ結果だと思うよ?」

 まっすぐこちらを見つめて発するその言葉に、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

「何かユイナに慰められたような気がして、ちょっとひっかかるけど……そうだな。まぁ気持ちを切り替えることにするよ」

「むっ!? 何かボクに対して扱いがひどくない!?

 そんな会話を続けながら歩いていると、目当ての林が見えてきた。

「あっ! トリスくん、あれじゃないかな? え……」

 ユイナの指さすところに確かに林はあったのだが、目につくだけでも十数本の木が、根元からし折られていた。

「ユイナ、一応戦闘準備を整えておけ」

 オレは今までの浮ついた気持ちを消し去り、ユイナに一言そう告げる。

「うん。わかった」

 ユイナも討伐依頼でだいぶん鍛えられてきており、このあたりの気持ちの切り替えはもう慣れたもののようだ。

 オレも念のため、仮面をすぐつけられるよう、バックパックから取り出して腰にかけておく。

「とりあえずオレが先に行く。ユイナは少し距離を置いてついてきてくれ。何かあれば援護を頼む」

「う、うん。後ろはまかせて」

 オレは魔剣を引き抜き正眼に構えると、ゆっくりとした足取りで、警戒を怠らないよう林に近づいていく。

 林の広さは、端から端まで歩いても半刻もかからない程度の大きさなのだが、それなりに木は密集して生えており、視界はあまりよくない。

 どこから魔物が飛び出してきても対応できるように、警戒しながら林の端まで近づいていく。

 しかし……近くに魔物の気配はなく、何事もなく林の中に入ることができた。

「ユイナ。近くに魔物は?」

 ユイナは、勇者の技能で近くにいる魔物を感知することができる。

 だから、こういう視界が通らない場所ではすごく頼りになった。

「ちょっと待ってね。ん~……うん。周りに魔物はいないみたい。この木を倒したのがいったい何なのかはわからないけど、とりあえず近くにはいないみたいだよ」

 その言葉を聞いてオレはようやく警戒を緩め、魔剣をさやへと納めた。

 まだ完全に警戒を解くことはしないが、必要以上に慎重になることもないだろう。

「しかし、かなりの数の木が倒されているな……この倒れ方から見て、普通じゃない気がするんだが……」

 木は力で無理やり折られていたり、巨大な何かをぶつけられて幹を破壊されているように見える。しかも、中にはオレの身体よりも太い木も含まれており、もしこれが魔物によるものならば、その破壊力はかなりの脅威だ。

 そのうえ、その倒れる方向も倒れている場所もバラバラで、何か目的を持って行った行為には見えず、オレは少し薄ら寒いものを感じていた。

「うん。何か気味が悪いね……もう、さっさと薬草採取して帰ろうよ」

 この状況はすごく気になるのだが、オレもユイナの言うように気味が悪いし、これ以上今のオレたちに調べられることもなさそうだ。さっさと薬草採取の依頼を終わらせて、素直に冒険者ギルドで報告をすることにしよう。

「そうだな。じゃあ、地道に探すか」

 そうしてオレがさっきギルドで聞いた薬草の特徴を思い出していると……。

「あっ、あそこに生えてるよ。それに、そこでしょ? あと、向こうにも!」

 うっそうと茂る草木の中から、的確に目的の薬草が生えている場所を次々と指さしていくユイナ。

「はっ!? 鑑定眼か!?

 こうして初めての薬草採取の依頼は、ユイナの技能により、あっという間に必要な量の薬草が集まったのだった。


 結局、なぜあれほどたくさんの木が倒れていたのかはわからなかったが、無事に薬草採取を終え、ユイナのアイテムボックスに大量の薬草を収納してもらうと、街への帰路へとついた。

「何かオレの思っていた薬草採取と違った気がする……」

「え~? 楽に集められたんだから、気にしないでいいんじゃないかなぁ?」

 確かに楽だった。

 普通、目当ての薬草を探すのが一番苦労するのに、ユイナは迷うことなく次々と薬草が生えている場所を指さし、オレはその指示に従ってひっこ抜くだけで、あっという間に終わってしまったのだから。

 ちなみにユイナは、そのひっこ抜くことすらせず、直接アイテムボックスに回収していたが……。

「ボクたち、今まで結構苦労したでしょ? だから、たまにはこういう楽な依頼の時があってもいいんじゃない?」

 そう言われると、確かにと思える言葉だった。

 ユイナとパーティーを組んでからまだそれほどっていないはずだが、普通の駆け出し冒険者なら、あっさりと命を落としているような場面に何度も出くわしている。

「確かに、このあいだのグレーター種とかも、普通じゃめったにお目にかかれない魔物だしな」

「でしょ? ボクたちもたまには楽に依頼を……」

 ご機嫌な様子で話していたユイナの口が止まったのを不審に思い、その視線の先を追ってみると、

「人、か? ……いや、魔物……だな」

 そこには一つの影が、街道をふさぐように立ち、空っぽの頭をこちらに向けていたのだった。


          


 街道を塞ぐように立っているその姿は、遠目には一瞬、人に見えた。

 その姿は、大きな全身よろいを着た騎士そのものだったから。

 だが、その鎧の中に、人の身体は存在していなかった。

 鎧の可動部分などのすきから、街道の向こう側の景色をはっきりと見ることができた。

「あれは……彷徨える鎧リビングアーマー……か?」

 オレのつぶやきに、鑑定眼で確かめただろうユイナが、ゆっくりとうなずきを返す。

モノを模倣した魔物か……厄介だな。しかも、ランク不明の魔物だ……」

「え? モノを? それに、ランク不明ってどういうこと?」

 まだ距離があるからか動く気配がないので、ユイナにどういった魔物なのか、何が厄介なのかを軽く説明しておく。

 この『彷徨える鎧リビングアーマー』とは、生物ではなく、鎧や武具などのモノを模倣して実体化した魔物だ。

 このような魔物は、生物を模倣して実体化した魔物と違い、完全に破壊しなければ倒せないという厄介な特徴を持つ。しかも、コロニーなどを形成しない代わりに、出現した場所にとどまることなく自由に移動することから、魔物の中でも特に多くの被害をもたらしていた。

 これだけでも十分厄介なのだが、この『彷徨える鎧リビングアーマー』という魔物がさらに厄介なのが、元になった鎧や武器の性能、さらにはその武器の本来の持ち主の技量によって、強さが大きく異なるというところだ。

「個体によって強さが大きく異なるって、上はどれぐらいなの?」

「そうだな。過去の記録では、あのゴブリンジェネラルの変異種をも上回るような強さの奴もいたらしいぞ」

「えぇぇ!? それってかなりまずい相手なんじゃ!?

「落ち着けって、普通はそこまで強くない。せいぜいCランクぐらいの強さ……の……」

 しかし、そこでオレは気付いてしまった。

 街道から少し外れた所に転がるあるモノに。

「なぁユイナ……」

「うん。ボクもそう思う……」

 まだリビングアーマーとの距離があるため、最初見た時、奴は武器らしいものを何も持っていないように見えた。

 だが、こうして落ち着いてよく見てみると、その手に何か鎖のようなものを握っていることがわかる。

 そしてその鎖を辿たどっていくと、少し離れた街道の脇に、無造作に転がる巨大な鉄球が目に入った。

 その大きさは、さかだるほどはありそうだ。

 おそらく、あの林の木を圧し折ったのはだろう……。

 あの巨大な鉄球を振り回すりょりょくを有しているとなると、どう考えてもCランクに収まるような魔物ではない。

「誰だ? たまには楽な依頼があってもいいとか言ったの……」

「だ、誰かなぁ……?」

 音の出ない口笛をふぅふぅ吹きながら、ユイナがそっと視線を逸らす。

「とりあえず、いつでもブーストできるように準備だけはしておくか」

「え!? 最初からブーストしないの!?

「あいつをブーストなしで倒して、『剣の隠者』として討伐報告をしたい……ダメか?」

 オレとユイナの間で話し合って決めて、冒険者ギルドにも宣言しているルールがある。

 それは『剣の隠者』としての表の実績は、オレのブーストやユイナの光魔法を使わずに達成した時のみとし、もしブーストや光魔法を用いて達成した場合は、あくまでも『仮面の冒険者』としての実績にするというものだ。

「ん~、本音で言えばやめてほしいけど……わかったよ。じゃぁ、仮面はつけておいて。ボクが少しでも危険だと判断したら、勝手にブーストするからね。それが絶対の条件!」

 本当は嫌なのだろうが、少し悩んだ様子を見せてから、ユイナは真剣な目をオレに向け、許可を出してくれた。

 即死さえしなければ、ブースト後にユイナの水属性の回復魔法をかけてもらえれば、大抵のは治る。そのあたりを考慮に入れて判断したのだろう。

 もしくは、将来の避けられない戦いに備えて経験を積むため。

わがまま言って悪いな。それじゃ、もう突っ込むが、そっちの準備はいいか?」

「うん。もうブーストのタメは始めてるから、いつでもいいよ」

 そう言って自身も念のためと仮面をつける。

 ちょっと保険をかけたような状態での戦いなので、ズルくも感じるが、もともと自分たちの力なので、そこは大目に見てもらおう。

「準備はできたな……行くぞ!!

 ただ街道の真ん中で立ちつくしているようにしか見えないリビングアーマーに向け、オレは駆け出し、その速度を徐々に上げていく。

 そして、背中に「気を付けて!」という言葉を受けながら魔剣を抜き放つと、その距離をさらに縮めた。

 中身こそ存在しないが、頭はこちらを向いている。

 まぁどうやって敵を認識しているかもわからないので、それが関係するのかすらわからないが、たぶんここまで近づけば、当然気付いているはずだ。それなのに、まるで反応がないことに何とも言えないやりにくさを覚える。

 モノを模倣した魔物と戦うのは初めてだが、生物のようにその機微を読み取ることができないため、話に聞く以上にやりにくい相手だと認識を改める。

 そして、の距離があと一〇歩ほどに近づいた時だった。

 突然、何の予備動作もなく、道端に転がっていた鉄球が真横から飛んできた。

「なっ!?

 驚きこそすれ、とっに身体をひねってかわすことに成功するが、そこからが厄介だった。

 リビングアーマーは、ただその場で立っているだけにもかかわらず、手首をくいと捻って返すだけで、けたはずの鉄球が戻ってきたのだ。

「トリスくん!?

「くっ!? 大丈夫だ! しかし、元の使い手はかなりのれか!?

 モノを模倣した魔物の強さは、模倣した武具のもともとの持ち主の技量にも左右される。

 そして、この鉄球の持ち主の技量は、間違いなくかなりのすごうでだ。

 鉄球という武器自体がかなり珍しい上に、その鉄球を使いこなす人物となると、さらにその数は少ない。いったいどんな人物なのか気になるところだが、その人物を特定することは難しいだろう。

 その理由は、魔物が模倣した対象と、魔物が発生する場所に関係性が認められないからだ。

 魔物はこの世界のナニカを模倣してしょうをもとに実体化するとされているが、模倣するそのナニカは、発生する場所の近くとは限らず、実際何を模倣したのかは誰にもわからないのだ。

 だから考えても意味がないのだが、そもそもこのような思考をしている余裕もないようだ。

 徐々に激しさを増す鉄球の猛攻に、オレは戦いに集中することを余儀なくされる。

 鉄球自体の大きさと重さも相当なもので、いくら速いといっても、その動きを捉えること自体は今のところできている。

 だが、さすがに魔剣といえども鉄球を受けることは難しく、攻撃されれば避けるしかない。

 しかも、こちらが避ける寸前に手首を返してその軌道をいやらしく変化させてくるため、オレは大きく避けざるを得ず、なかなかリビングアーマーの懐に入り込めないでいた。

 時間が経つにつれ、へいたんだった街道が徐々に破壊されていくことに焦りを感じ始める。

 なんとか近づければと思うのだが、ブーストもせずに鉄球を魔剣で受け止めたり、受け流すのは無謀なので、手詰まりの状況になってしまった。

「トリスくん! やっぱり相手が悪いよ! ブーストかけるけどいいよね!」

 そして、その状況を見抜いたユイナに指摘され、

「くっ!? ……すまないが頼む!」

 悔しいおもいを抱きながらも、了承の言葉を返した。


 ユイナは即座に発動できるように備えてくれていたのだろう。

 オレが了承の言葉を返した直後、即座にオレの身体は光魔法の暖かい光に包まれた。

 視界に映る鉄球が、まるで水中で振るわれているかのように、その速度を落としていく。

 ブーストによる全能感に支配される中、鉄球のわずかな軌道のズレを見切り、雨あられのように振るわれる猛攻を躱しながら、ゆっくりとリビングアーマーに近づいていく。

 オレは、あと一歩で剣が届く位置にまで辿り着くと、迫る鉄球を頭を傾けて躱し、

「はっ!!

 無造作に魔剣を振り下ろした。

 魔力同調をしていないので、魔剣本来の切れ味は発揮していないのだろうが、それでもほとんど抵抗なくリビングアーマーの鎧を斬り裂く。

 もともとこの魔剣は、切れ味だけはすさまじいものがあった。

 魔剣自身の呪いのせいで、その切れ味も日の目を見ることはなかったのだろうが、今まで研ぎ直したこともないし、木製の盾なら普段のオレでも斬り裂けるほどだった。

 そのもともとの切れ味に、ブーストで上がったオレの能力が加わるのだから、はがねの鎧であろうと、抵抗らしい抵抗もなく斬り裂かれるのは当然のことだ。

 しかし……モノを模倣して出現した魔物には、この程度の傷ではダメージを与えられない。

「やはり厄介だな……」

 リビングアーマーは、胴体でもある鎧を深く斬り裂かれたというのに、何事もなく鉄球を操り、オレの足元にたたきつけてきた。

 オレはすぐさま横に飛びのき、まずはこの鉄球をなんとかしようと、つながる鎖に向けて魔剣をいっせんしたのだが……、

「なにっ!?

 鋼の鎧をほとんど抵抗なく斬り裂いた魔剣をもってしても、その鎖には、傷一つつけることができなかった。

 鎖は鎧のように固定されていないので、単に斬りにくいだけなのかとも思ったが、傷一つついていないとなると、どうやらそれだけではなさそうだ。

「もしかして……模倣した鉄球が、魔剣のような特殊な武器だったとか? ユイナ!」

 一言名前を呼ぶだけで、ユイナはオレの意図をわかってくれたようだ。

「うん! 間違いないよ。その鉄球はま、ま、魔球? 魔鉄球? あぁ~もう何て呼ぶのが正しいのかわからないけど、魔力を発するような武器だったみたい!」

 魔剣やそうは聞いたことがあるが、魔鉄球とか聞いたこともないぞ……。

「どこのどいつだ……そんな変な武器を使う奴は……」

 いや、そんなことは今は考えても仕方ない。

 それよりも、このリビングアーマーが思った以上にごわいということだ。

 オレは、魔剣の魔力同調をしつつ、縦横無尽に振るわれる鉄球を躱し、反撃の機会を待った。

「トリスくん! いったん下がって!」

 後方からのユイナの呼びかけに、鉄球をかがんで躱すと、大きく後ろに飛びのいた。

「斬り裂き、舞い踊れ! 『すいじんらん』!」

 てっきり得意の光魔法で強力な攻撃を仕掛けるのかと思ったのだが、ユイナが放ったのは、他の属性で唯一使える水属性の攻撃魔法だった。

 無数に創り上げられた水のやいばが、リビングアーマーを取り囲み、全方位から攻撃する。

 これが普通の魔物なら、全身を切り刻む凄まじい攻撃となっただろう。

 だが、その水の刃では、鉄球はおろか、鎧にもあまり効果的なダメージは与えられていないように見えた。

 しかし、ユイナの魔法はこれで終わりではなかった。

「凍え、てつけ! 『はくぎんかい』!」

 どうやら、ユイナの本命はこちらだったようだが……。

 確かこの魔法は、一定範囲内の気温を凍てつくような寒さにまで下げるだけの魔法だ。

 本来ならちょっとした妨害や、暑い季節に重宝される程度の魔法なのだが、リビングアーマーに対して、その効果は劇的だった。

 無数の水の刃によって、全身に水滴をまとったリビングアーマーがみるみるうちに白い霜に覆われ、その動きが鈍くなっていったのだ。

 もともとの動きでも、今のオレなら難なく躱すことはできていたのだが、それでも鈍くなってくれるのはありがたい。

「よくやった! あとは任せろ!!

 だが、ユイナの狙いは、動きを封じることだけではなかったようだ。

「はぁぁっ!!

 れっぱくの気合いと共に、魔力同調した魔剣を振り抜いたその時、

「なっ!?

 ガラスが割れるような甲高い破壊音を響かせ、鉄球も、鎖も、鎧も、そのすべてがこなじんに砕け散ったのだ。

 斬り裂くつもりで振り抜いた魔剣を、オレが不思議そうに眺めていると、

「へへへ~♪ くいったみたい!」

 と言いながら、ユイナが得意げな笑みを浮かべて近づいてきた。

「いったい何をしたんだ?」

「えっと……簡単に言うと、急激に物を冷やすとね、壊れやすくなるんだ。だからその状態でトリスくんが本気を出した魔剣で斬りかかれば、一気に破壊できるんじゃないかなって思って。でも、予想以上の効果だったよ」

「ん? どうして鉄を冷やすだけで、そんなことになるんだ?」

「ん~、あのね……」

 話を聞いてみると、ユイナのいた世界では当たり前の知識のようだが、熱したものを一気に冷やすと、それだけで壊れやすくなるのだそうだ。

 他にも細かく説明してくれたのだが、聞いたことのない言葉などがいっぱい出てきて、それ以上はちょっと理解できなかった。

 あとは、実際にはオレの魔力同調した魔剣の高次元のエネルギーが、それを可能にしたのじゃないかとか、いろいろ楽しそうに語ってくれたのだが、正直まったく話についていけなかった……。

「ふっふっふ。このユイナさんの知能にかかればこんなものです」

 えっへんと可愛かわいらしく威張っているが、

「とりあえずユイナは仮面をつけてると、気が大きくなるってことだけはわかった」

 と言うと、みるみる顔を赤くさせていった。

 しかし珍しくうれしそうに語る今日のユイナは、ちょっとしくて、ちょっと可愛くて、いつもよりちょっとだけ魅力的に思えた。


          


「え? 彷徨える鎧リビングアーマーが現れたんですか!? しかもその武器が鉄球!?

 ライアーノの街に帰ってきてギルドで薬草採取の達成報告をした後、街道でリビングアーマーと遭遇して戦ったことを伝えたのだが、鉄球を使っていたという話に驚き固まるリドリー。

 まぁその気持ちはすごくわかるが……。

「はい。林の木とかめちゃくちゃ倒れたりしてて、嫌な予感はしてたんですけどね。で、薬草採取した帰りに運悪く……いや、他に被害が出る前に出会って討伐できたから、これは運が良いのか?」

「え~、ボク的には、強い魔物と出会って『運が良い』っていうのは認めたくないなぁ……」

 確かにユイナの言う通り、普通ならやられてもおかしくない強さの魔物だったし、これを運が良いとは認めたくないかもしれない。

「冒険者ギルド的には、そんな強い魔物が大きな被害を出す前に、しかも偶然それを倒せる冒険者と出会ってくれたのは、幸運以外の何物でもないですけどね」

 まぁその点は否定できないものがあるので、苦笑しつつ話を進めた。

「それで、薬草採取の依頼の方は『剣の隠者』でいいんだが、魔物の方はもう一つの方の功績にしておいてください」

 オレの言う「もう一つの方」という言葉に、リドリーは「わかりました」と頷きを返す。

「えっと、それで報酬はどうされますか?」

 オレもユイナも先日ギルドに口座を作ったので、ギルドカードを取り出すと、リドリーに渡してその旨を伝える。

「こっちにお願いします」

 冒険者ギルドは、人ごとに微妙に違う魔力の波動を鍵にして本人判定をする魔道具を用い、ギルドでお金を預かるサービスを行っている。

 これは冒険者の半数以上が宿を利用しているため、安全で信用のおける冒険者ギルドで預かるようにした方がいいと、過去に召喚された勇者が提案してくれたことで実現したサービスだそうだ。

「はい。手続きが完了しました。全額でよかったのですよね?」

 リドリーは、そう言っていくら振り込んだのかを小声で伝えながら、鍵となっているギルドカードを返してくれた。

 ちなみにこのギルドカードをくすと、発行した冒険者ギルドでしか再発行ができないそうなので、他の街に行く場合は特に注意が必要だ。

「それで構わない。ありがとう」

 オレとユイナはそれぞれギルドカードを受け取ると、その後、そのまま街に繰り出した。

 今日は、明日出発するミミルの護衛依頼に備えて、いろいろ買い物をすることになっていたからだ。

 それならなぜ報酬を現金でもらわなかったかというと、実は先日口座を作るまで、オレたちが稼いだ報酬の大半をユイナのアイテムボックスで預かってもらっていたからだ。

 いつも二人で行動しているので、そちらの方が便利だし、アイテムボックスの中なら盗まれる心配もなく安全なのだから、これを使わない手はない。

 オレをユイナそれぞれの個人用の革袋と、パーティー共有のお金を入れておく革袋を購入して管理しているのだが、既に駆け出しの冒険者とは思えないほどのお金がまっている。

 ただ、もし何かの拍子ではぐれた時にオレが困ることになるだろうからと、口座にもある程度のお金を入れておこうという話になったのだ。

「あっ、ねぇねぇトリスくん! あのお店、しそうじゃない?」

 串焼きの屋台から漂ってくる美味しそうな匂いにつられ、ユイナはオレの手をとって走りだす。

「ちょ、ちょっと待てって! もう屋台の料理だけで三〇枠ぐらい使ってなかったか? そろそろ自重しないといっぱいになるぞ?」

 ユイナのアイテムボックスは、一〇〇種類までという上限があるので注意してみたのだが、

「大丈夫だよ! この間、まとめられるように大きめのケースをいくつか買って、入れ直しておいたから、今は料理は一〇枠も使ってないんだ♪」

 そう自慢げに説明してくれた。

 いつの間にそんなケースを買ったのだろう。

 いつも行動を共にしているのに気付かなかった……。

 結局ユイナは、保存用の串焼きを一〇本ほど注文し、今食べるためにと、オレも二本追加で注文したのだった。


 二人で串焼きをほおりながら次に向かったのは、この街で唯一多くの商店が立ち並ぶ通りだ。

「えっと……薬草に、携帯食料、それから水を入れる樽に……」

 今回のミミルの護衛では、基本的に『剣の隠者』として行動するので、移動中にいきなり出来たての串焼きなどを出すわけにはいかない。

 兄としては、可愛い妹であるミミルには、仮面の冒険者のことを教えてあげたいところなのだが、オレたちの正体を知ることでのリスクを考え、妹のミミルだけでなく、今のところ家族の誰にも教えていなかった。

 そのため、今回はこのような買い物をしているというわけだ。

 ただ、移動は馬車だし、実家で雇っている年配の御者と、ミミルの世話をするメイドが一人に、あとはオレとユイナとミミルの五人だけで向かうので、そこまで大荷物でもない。

 食事などはそのメイドがオレたちの分も準備してくれるようなので、これらのものは、あくまでもいざという時に、魔法かばんを持っていると誤魔化し、自然に取り出すための携帯食料や薬草だ。

 それと、今回のためというわけではないが、魔力が尽きた時にも水ぐらいはすぐに使えるように、樽を二つほど購入する予定だ。


 二人で様々な店を回り、必要なものを……明らかに不要なものも含まれるが、とにかくいろいろと順に購入していった。

 それにしても、ユイナがあれこれと目移りしたせいで、随分と時間がかかってしまった。

 予定になかった服や雑貨なども含め、なんとか無事にすべての買い物を終えた時には、もう日がすっかり傾いていた。

「もう買い忘れはないよな?」

 それにしても、少し女の子の買い物をめていたかもしれない。

 知識の上では女性は買い物が長いと知っていたつもりだったのだが、はしゃいで走り回るユイナに振り回されて、魔物と戦うより疲れた気がする……。

 そして、体力が課題のはずのユイナが、どうしてこんなに元気なのかという謎が残った。

 そんな取り留めもないことを考えていた時だった。

「あ……トリス坊ちゃんではありませんか」

 偶然、大きな袋を抱えた実家の料理人のオートンと出会った。

「こんな所で会うなんて奇遇ですね」

 ここライアーノの街は小さな街ではあるが、オレたちは依頼で街を出ていることが多いし、オートンにしても、普段食材などは出入り業者に屋敷に直接届けさせている上に住み込みなので、このように買い物をしていること自体が珍しい。

 そんなことを考えていたのだが、どうやらミミルが原因だったようだ。

「いや~、ミミルお嬢様に、街を出る前に私のデザートが食べたいと、おねだりされてしまいましてね」

 かっぷくのいいお腹を揺らしながら、楽しそうにそう答えるオートン。

 たぶんミミルは、今回の遠出を理由に、道中でも食べられるようにクッキーなど保存のきくお菓子などいろいろおねだりしたのだろう。

 オートンさんの抱える袋の大きさが、それを物語っていた。

「なんかミミルの我儘に付き合わせて、すみません」

「いえいえ。失礼ながら、私としてはトリス坊ちゃんもミミルお嬢様も、我が子のように思っておりますので、気になさらないでください」

 何か少し照れくさかったが、オレはそのことに素直に礼を言って、まだ買うものがあると言うオートンとは、そのまま別れた。


「オートンさんって、いい人だね~」

 宿への帰り道、ユイナの言ったその言葉に、オレは深く頷きを返し、

「そうだな。冒険者になって気付かされたよ。せめてオレは、皆に恩を返すためにももっと強くならないといけない。だから、ユイナ。こちらの世界の問題に巻き込んでしまったのに、一緒に強くなる努力をしてくれているユイナにも感謝している。これからもよろしく頼むな」

 と、その想いを伝えると、ユイナの反応を見るのが恥ずかしくなって、宿へ向かう足をほんの少しだけ速めたのだった。


 一昨日、冒険者ギルドで連絡を受けたオレとユイナは、今『つるぎいんじゃ』としての初めての指名依頼で、領主館へミミルを迎えに向かっていた。

 そして、半刻もかからず領主館に辿たどり着くと、そのまま応接室に通された。

「ちゃんと遅れずに来たな」

 父ダディルが揶揄からかうように言ってきた言葉に、

「もう独り立ちしたんですよ。しかも、家族からとはいえ、初めての指名依頼なのだから、最初からそんなつまずくようなことはしません」

 と、少し早口で言い返す。

「ははは。悪かった。それじゃあ、もう準備は万端なのだな?」

 オレは部屋に入る前に御者に預けた、旅用の大きな背負い袋のことを思い出しつつ、

「ちゃんと必要なものはそろえましたし、ミミルのことは任せてください」

 と、自信をもって答えた。

 実際、背負い袋の中身だけじゃなく、ユイナのアイテムボックスの中にも、いざという時に役立つだろうものがたくさん入っているので、準備はまさしく万端と言っていいだろう。

「そうか。それは頼もしいな。ユイナ、ミミルは君のことが気に入っているようだし、よろしく頼むぞ」

「は、はい! ちゃんとお守りして、無事に連れ帰ってきます!」

 相変わらずユイナは緊張していたが、これでも随分マシになった方だろう。

 若干言葉に詰まりながらも、しっかり父ダディルの目を見てそう答えていた。

 その後、あらためて今回の移動ルートや日程を確認し、話が一通り終わったタイミングで、ミミルも部屋に呼ばれた。

「ユイナお姉ちゃん! トリスお兄ちゃんも!」

 ミミルが先にユイナの名を呼んで満面の笑みを見せたことに、若干モヤモヤしたものを感じるが、指摘するのも何か悔しいのでやめておく……。

「ミミル。これから世話になるのだ。ちゃんと挨拶をしなさい」

 父ダディルにたしなめられると、ミミルは外向きの表情を作り、

「トリスお兄さま。ユイナお姉さま。これから数日間、よろしくお願いいたします」

 と言って、貴族の令嬢としての正式な礼を披露した。

 今までこういう姿を見たことがなかったので、内心ちょっと驚き感心していると、父ダディルがそこで余計な一言を発してしまう。

「ほう。これはこれはお嬢様。随分とおしとやかな真似ができるようになったもので。その調子で普段からお淑やかにお願いできないものですかね?」

 ちょっと自慢げだったミミルは、その一言でほおを膨らませてねてしまい、この後、ご機嫌を取るのに苦労してしまうことになったのは、父ダディルにも反省してもらいたいものだ。


 すべての準備が整い、皆と別れの挨拶を済ませると、オレたちは馬車に乗り込んだ。

「それじゃあジオさん。よろしくお願いします」

 御者のジオは、もうかなりの高齢で、見た目もこうこうといった印象だ。だけど、足腰はまだまだ丈夫で御者の腕は確かなので非常に頼もしい。

 そのジオが笑みを浮かべながらゆっくりとうなずくと、馬車はゆっくりと動きだした。

 そしてそのまま領主館を出て、街の北門へと向けて走りだす。

 馬車は貴族向けの六人乗りの二頭立てのものだ。

 華美な装飾はないが足回りに振動を抑える魔道具を使っているので、一般市民や商人が使うものと比べると、かなり乗り心地は良かった。

 まぁ、スノア殿下の魔導馬車とは比べるまでもないが……。

 ちなみに同行するメイドは、普段からミミルの面倒を見てくれることの多いミシェルという者で、家に仕える者の中では一番若い子がついてきてくれることになった。

 若いといっても二〇歳を超えており、オレやユイナよりは年上なのだが、そのぶん頼りがいのある人だ。御者もメイドもオレやユイナより、ずっとしっかりしている者たちだったので、内心ちょっとホッとした。

「トリスお兄ちゃん。今日の晩には、もうソラルの街に着くんでしょ?」

 ミミルは遠出するのがうれしいのか、出発してからは終始ご機嫌だ。

「あぁ、今日中には着くはずだ。到着したら押さえている宿に泊まって、明日からはさっそくセルビス様に魔法を教えてもらうことになるからな」

 歩けば日中に辿り着くのは難しいが、馬車なら余裕をもって日が暮れるまでには到着できる。

「うん! セルビス様ってすごい魔法使いなんでしょ? 楽しみだなぁ♪」

「ミミルちゃんはすごいなぁ。ボクなんて、魔法の講義とか嫌で嫌で仕方なかったのに」

 こんな何気ない会話でも、うっかり口を滑らすユイナは、ある意味すごいと思う。

「え? ユイナお姉ちゃんって、どこかで講義受けてたんだ!! もしかして魔法学院!?

「へっ!? あ、えっと……」

 この世界では講義を受けられるような者は、おおだなの商人か貴族の子息子女ぐらいだ。

 特に魔法の講義となると、王国では王都にある魔法学院しかなく、ミミルが食いつくのも当然だった。

「ユイナは講義って言ったが、ミミルが考えているようなものじゃないらしいぞ。昔いた街で知り合いの魔法使いの人に教わっていたって言っていたよな?」

 仕方ないので、適当に助け船を出してあげたのだが、

「へぇ~そうなんだ……。あっ! そうか! お兄ちゃんがうそつくってことは、何か事情があるってことだね! 大丈夫だよ。ミミルこれ以上聞かないから!」

 と言って、訳知り顔でうんうんと頷いて一人で納得してしまった。

 はっ!? そういえばミミルは、オレの嘘を見抜くことができるって言っていた気が……。

 旅立ちの日に、嘘をつく時に癖があると指摘されたことを思い出し、あれは本当だったのだと、一人冷や汗をかく。

 オレとユイナにはいろいろな秘密があるのに、これから依頼が終わるまで見抜かれたりしないだろうか……そんな不安にかられながら、二人揃って苦笑いを浮かべることになったのだった。


 何でもない話に花を咲かせていると、いつの間にか街の北門に辿り着いたようで、御者のジオが小窓から話しかけてきた。

「トリス坊ちゃん。門に着きましたので、お願いできますか?」

「わかりました。じゃあ、ユイナ、それからミシェル、ミミルを頼むぞ」

 街の外に出るにあたって、オレとユイナは交代で御者台に座り、見張りを行うことに決めていた。

 恐らくそんなことをしなくても街道沿いは安全だと思うが、依頼として受けた以上は最善の形をとるのは当然のことだ。

かしこまりました。トリス様のお仕事を間近で見られて、ミシェルは役得ですね」

 とミシェルは、大人びた笑みを浮かべ、お気を付けてと送り出してくれた。

 御者席に移動してジオの隣に座ると、後ろの小窓が開いてユイナが話しかけてきた。

「トリスくん、疲れたらいつでも言ってね。交代するから」

「あぁ、その時は頼むよ」

 オレが御者席に腰をおろすと、馬車は街を出て、街道を北へと走りだす。

 街の北側は放牧がされており、遠くに馬や牛の姿が見えるのだが、あまりこちらには来る機会がないので、久しぶりに見る景色に少し旅行気分が顔を出す。

 すると、また小窓が開いて、今度はミミルが話しかけてきた。

「ねぇねぇ! トリスお兄ちゃん!」

「ん? どうしたんだミミル?」

 すっかり旅行気分ではしゃぐミミルに、自分のことを棚に上げて、落ち着いたふりをしてそう返す。

「私もそこに座りたい!」

「ダメだ。オレは警戒のためにここに座ってるんだから」

 実はオレも初めてだったのだが、ミミルも御者台に座ったことなどない。

 馬車に乗る時はいつも中に乗るのが当たり前だったので、座ってみたいのだろう。

「えぇ~、でもでも、トリスお兄ちゃんが隣にいるなら大丈夫でしょ?」

 そう言って上目遣いに見つめてくるミミルは、まさに天使のようだと思うが、オレはきっぱりと断らないといけない。

「ダメだよ。ここは街から近いから……後でな。内緒だぞ?」

 だから、今はダメだときっぱり断った。

 後ろからユイナとミシェルに生暖かい目で見つめられている気がしたが、気付かなかったことにして、オレは視線をそっと前方へと戻したのだった。


          


 ライアーノの街を出てから数刻。

 周りの景色が草原から田園風景へと変わり、ソラルの街が近づいてきているのがわかった。

 既にオイスラー伯爵領に入っているのだが、初めて見る広大な畑はライアーノの南に広がる田園地帯の数倍はあるだろう。

「トリス坊ちゃん。これと同じ規模の田畑がソラルの街を挟んで向こう側にも広がっているらしいですよ。全くすごい規模ですなぁ」

 オレが周りの田園風景を興味深げに眺めていたので、御者のジオがちょっとした豆知識を教えてくれた。

「そうなのか。それは本当にすごいな」

 ソラルの街までおそらくあと一刻ほどだとさっき聞いたところなので、それを考えると、その規模がどれほどのものなのかがよくわかった。

 しかし、その広大な田園地帯ももうあとわずか。

 道中、ここまで警戒を解かずにきたが、特に何かが起こることもなく、無事に着くことができそうだ。

 そう思っていたところ、荒れた田畑の広がる脇の小道で、興味を引く光景を見つけた。

「あれは、何だろう? 何をしているんだ?」

 特に危険な感じはしないが、そこに立つ老婆から魔力の高まりを感じる。

 すると、馬車の中にいたユイナが、小窓を開けてオレに話しかけてきた。

「トリスくん。何か大きな魔力を感じるんだけど、何か起こってる?」

 そういえば召喚者は、魔力の感知能力が高いと言っていたなと思い出す。

 馬車内でくつろいでいたはずだが、敏感に感じ取ったようだ。

「あぁ、ほら。あそこで何か魔法を使おうとしているみたいだ」

 オレはそう言って、先ほどから気になっている老婆を指さし教えてやる。

 遠目で見た感じだと、普通に農家のおばあさんにも見えるが……。

「あっ! トリスお兄ちゃん! あの人って、もしかしてセルビス様じゃないかな?」

 馬車の側面の窓からのぞいていたミミルが、そう言うのとほぼ同時に、その老婆が何らかの大規模な魔法を発動させた。

 魔法の規模から、かなり高位の魔法のようで、もしかすると第三位階の魔法かもしれない。

 広い荒れた田畑がまるで液状化したように波打つと、土が掘り返され、赤茶色の、何だかみずみずしそうな土へと変わっていく。

「すごい、な……」

 それから数瞬。

 ほんのわずかな時間で、目の前の畑は、生き生きとした大地へと生まれ変わっていた。

 ここまでの魔法を使える魔法使いがそうそういるとも思えないし、確かにセルビスで間違いなさそうだ。

「やっぱり第三位階はちょっと格が違うね! ボクも一つぐらい第三位階の魔法を使えるようになりたいな~」

 オレからすると、ユイナの『すいじんらん』や『せんこう』などの第二位階の魔法も十分すごいと思うのだが、第三位階の魔法がさらに輪をかけてすごいのも確かだろう。

「ミミル。とりあえず魔法をかけ終わったみたいだし、挨拶に行こうか」

「うん! でも、優しい人だといいなぁ……」

「はは。母さんが子供には優しいって言ってたから、大丈夫じゃないかな?」

 馬車で行けるところまで進んでもらい、そこで降りると、御者のジオだけ残して他の皆で歩いて向かうことにした。


「失礼します! 魔法使いのセルビス様とお見受けしますが、間違いないでしょうか?」

 あぜ道を歩いて近寄ってくるオレたちを警戒していたので、少し遠くからそう言って声をかける。

「なんじゃお主らは? 確かにわしはセルビスじゃが……ん? もしかして、そっちの小さい子はマムア殿の娘か?」

 少しいぶかしむような目でオレたちを見ていたセルビスだったが、ミミルを見つけると表情をほころばせて、そう尋ねてきた。

 どうやら間違いないようだ。ちゃんと話も通っているようだし、よかった。

「は、はい! ミミル・フォン・ライアーノと申します。明日からの予定でしたが、偶然お見かけしたので、お声をかけさせていただきました!」

 あまり家の者以外と接する機会のないミミルは、かなり緊張しているようで心配だったが、まずに言い切った。さすがオレの妹だ。

「うむ。そりゃあ、わざわざありがとうさね。明日から数日だけじゃが、よろしくのぉ」

 と言って、セルビスの方からも歩み寄ってきてくれた。

「そうだ。母さんから、これを預かってきました」

「ん? ただの護衛かと思ったら、お主はマムア殿の息子か?」

 オレは護衛に徹するつもりだったのだが、ついうっかり「母さん」と言ってしまったことに気付いて、慌てて頭を下げた。

「挨拶が遅れて申し訳ありません。トリス・フォン・ライアーノといいます。今は成人して家を出たので、今回はあくまでも護衛としての立場なのですが、妹をよろしくお願いいたします」

「ふむ。本当なら礼儀がなっとらんと説教するところじゃが、妹に免じて今日は許してやるとするかの。それに兄がいるのならミミルも心強いじゃろぉ」

「はい! トリスお兄ちゃん、すっごく強いんですよ!」

 そこからしばらくたわいもない話をしたあと、気になっていた先ほどの魔法について聞いてみた。

「あれか。あれは第三位階の土属性魔法『大地の脈動』じゃ。荒れた大地や田畑を掘り起こして、広大な土地を一気に耕すための魔法でのぉ。長年放置されていたこの田畑を再利用するために代官殿に頼まれたのじゃ」

 すごい魔法だとは思ったが、やはりそうだったのかとあらためて驚く。

「やはり第三位階の魔法だったのですね。しかし、うわさでは聞いていましたが、土属性魔法には、耕作や治水などに活用できるような魔法があるのですね」

 高位の魔法はほとんどが戦闘に関するものなので、噂で聞いた時には驚いたと話したのだが、軽く笑われて否定されてしまった。

「はっはっは。そんなわけなかろう。儂が戦い以外にも活用できるように無理やり改良しただけじゃ」

 詳しく話を聞いてみると、もともと魔物の群れの足元を泥濘ぬかるみにする行動阻害魔法だったものを、どうやらセルビスが独自に研究改良し、耕作に使えるように制御して実現させているらしかった。

「うわぁ~。そういうのいいですね! ボクももっとそういう戦い以外の魔法を習いたかったなぁ」

 それまで黙って話を聞いていたユイナだったが、思わずそんな感想を漏らした。

 すると、そのつぶやきをセルビスが拾って、ユイナに尋ねてきた。

「ん? そっちの護衛の子はその格好からして魔法使いじゃろ? 土属性は使えんのかい?」

「あ、話に割って入ってすみません!」

「ははは。構わんよ。それより、どうなのじゃ?」

「えっと、はい。でも、土属性はあまり得意ではないので、第一位階までしか使えません。水属性がなんとか第二位階が使えるだけで……」

 申し訳なさそうにそう答えたユイナだったが、

「ほう。水と土が使えるのなら、どうじゃ? そこのミミルと一緒に儂の講義を受けてみんか?」

 まさか講義に誘われるとは思っていなかったユイナは答えに困り、オレに視線を向けてきた。

「ん~。せっかくお誘いいただいたんだし、どのみち護衛でそばにいる予定だったから、お言葉に甘えたらどうだ?」

「そうじゃ。どうせずっと一緒にいる予定だったのじゃろ? 遠慮せんでええわい」

 しばらく遠慮して渋っていたユイナだったが、結局セルビスとミミルに押し切られる形で、一緒に講義を受けることを了承する。

 こうしてユイナは、明日からミミルと一緒に、セルビスに魔法を習うことになったのだった。


 その後、もう頼まれていたことも終わってあとは街に帰るだけということだったので、セルビスも誘って馬車に乗り、その日の夕方には予定通りにソラルの街に到着した。

 ソラルの街は、人口二〇〇〇人ほどの小さな田舎町だ。

 だが、あまり周りで魔物が発生しない土地柄のお陰で農業が非常に盛んで、長閑のどかな雰囲気を残しつつも街自体は栄えており、店も多く活気があった。

「思ったより活気のある街なんですね」

「この街は農業で潤っておるからのぉ。だから、にぎわいのわりには、がめつい商人なども少ない。長閑な街で儂は気に入っておる」

 王都の側に広がっている土地がこの国で一番広大な穀倉地帯となるが、この辺りの作物は良質で少し高級なものとして有名だ。

 そう思ってよく見ると、どの家もライアーノの街のものより、少しお金がかかっている造りに見える。王都ほどではないが、石造りの家も多く、さらに田舎なので土地に余裕があるのか、一軒一軒の家も大きかった。

「ん? あの店は何のお店なのですか?」

 ミミルが馬車の横についた窓から食い入るように街を眺めていたかと思うと、何か興味を引いたのか、そんな質問をセルビスに投げかけた。

 一度だけ五歳の時に王都に行ったことがあるはずだが、あまり記憶に残っていないと言っていたので、ライアーノの街から出るのは実質初めてのようなものだろう。

 見るものすべてが珍しく感じられ、楽しくて仕方ないといった様子だ。

「あれはこの地方の名物のソラル豆のお菓子を売っておる店じゃな。確か儂の家に買い置いたものがあったはずじゃから、あとで土産に分けてやろう」

「うわぁ♪ セルビス様ありがとうございます!」

 それから少しして、セルビスの家に着いた。

 家は普通の家よりは大きいが、屋敷と呼ぶには小さいといった感じだろうか。

 でも、今は一人で暮らしていると聞いたので、それを考えるとかなり部屋を持て余していそうだ。

「送らせて悪かったのぉ。魔法を使うのはまだまだ若い者には負けんつもりじゃが、歩くのがおっくうでのう。助かったわい」

「いえ。それでは、オレたちはこれで失礼します」

「セルビス様! 明日からよろしくお願いします!」

「ぼ、ボクもよろしくお願いします!」

 ミミルの方がしっかりしているように見えるが、まぁそこはそっとしておこう……。


 セルビスと別れた後、御者のジオの隣にはオレが座って宿に向かった。

 ミミルは忘れずにソラル豆のお菓子をもらっていたのだが、ユイナやミシェルと一緒に馬車の中でさっそく食べ始めたようだ。

 中からユイナの声で「ぽっぷこーん」みたいでしいという言葉が聞こえてきたが、オレの知らないお菓子の名だったので、少しだけ気になった。ほんの少しだけ。

 だからちょっとだけ味見してみたかったのだが、夢中で食べていたようで、とうとう最後まで声はかからなかった……。

 明日、暇な時間にでも買いに行こうかな……などと考えていると、ほどなくして宿に到着した。

 意外とセルビスの家から近かったようだ。

「思っていたより、随分と大きな宿だな」

「そうですね。この街で一番大きい宿と伺っておりますよ」

 さすがにミミルを連れて、冒険者が使うような普通の宿に泊まるわけにもいかないので、ちゃんと貴族や大店の商人向けの宿を押さえてあった。

 立派な造りに感心しながら宿に入ると、品の良さそうな壮年の男性が出迎えてくれ、ミシェルが対応してくれた。

 待っている間にもアーグル茶と果実水を出してくれるなど、サービスの行き届いた宿だなと感心していると、どうやら手続きも終わったようだ。

「お待たせいたしました。部屋の準備が整ったようです」

 部屋はミミルとミシェルが二階の大部屋で、その両隣にそれぞれオレとユイナの部屋をとり、階段を嫌がったジオだけ一階にしてもらった。

「食事はミミル様の分は部屋に運んでもらうことになっていますが、他の者は各自、折を見て一階のこちらでとるようにお願いします」

 ミシェルのその言葉に、ミミルがオレやユイナと一緒に食事をとりたいと駄々をねたが、とりあえず宿での食事は部屋の予約をする時に決めてしまっていたので、晩ご飯については我慢してもらった。

 ちなみに食事はかなり美味しかったが、旅の扉亭のバタや実家の料理人のオートンの味には、さすがに勝てなかった。やはりあの二人の作る料理はすごいのだなとあらためて感心。

 ただ、様々な野菜と魚介類が入ったスープは、初めて食べる深い味わいでとても美味しく、特にユイナは大絶賛だった。

 スープには、この辺りでは珍しい海の魚や貝がふんだんに使われており、不思議に思って話を聞いてみたところ、専属の行商人から干した魚や貝を仕入れているそうで、それらを水で戻して使っているということだった。

 ライアーノの街で暮らしていたら食べることができなかったであろうその料理に、こういうのも冒険者のだいかもしれないと、ちょっと嬉しかった。


 翌日、オレは許可を貰って宿の裏庭で朝の鍛錬を終えると、食堂で一人早めの食事をとっていた。

 その時食堂には、オレ以外にも数人の商人らしき人がいたのだが……。

「なぁ聞いたかい? 隣の街に現れた仮面の冒険者の話を」

「ぶっ!?

 危ない……れてもらったアーグル茶を吹き出すところだった。

 まさか隣町にまで噂が広がっているとは思っていなかった。

 だが、そんな恥ずかしい気持ちも続く会話で消えせた。

「聞いた聞いた。なんでも恐ろしく強いらしいな。しかも、久しぶりに英雄制度が適用される正真正銘の英雄様だって噂だろ?」

「あぁ、だからこそあの討伐依頼、受けてくれねぇかなぁ?」

「確かになぁ。こないだこの街でも上位の冒険者パーティーが返り討ちにあったってよ」

 最初は「仮面の冒険者」という言葉が気になって聞き耳を立てていたのだが、どうも深刻な話のようで、冒険者としては何が起こっているのかが気になった。

 思い切って話しかけてみることにするか。

「すみません。オレは隣町の冒険者なんですが、何かあったのですか?」

 一瞬、いぶかしげにこちらを見た二人だったが、冒険者だとわかると詳しく話してくれた。

「ん? あんた冒険者か。実はな、この街で一番大きなどう畑のど真ん中に魔物が湧いたらしくてな。しかも、それが街道からほど近いところだってことで、今、オイスラーの街へと続く街道が封鎖されちまってるのさ」

「その上、この街で一番と評判の上級冒険者のパーティーが討伐に失敗しちまって、今はオイスラーの街で第二級冒険者に声をかけている状況らしい」

「そんな強い魔物が現れたんですか?」

「いやぁ。俺たちも詳しくは聞いてないんだが、何でもCランクの魔物の変異種らしいぞ」

「変異種!?

 気付けば、オレはテーブルに手をついて立ち上がっていた。

 そして、椅子が倒れる音で我に返る。

「す、すみません。その話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」

 その後、オレは商人たちに頼んで、その変異種の魔物について話を聞き、礼を言って席に戻ると、ユイナが起きてくるのを待つことにした。


「え!? 変異種が現れたの!?

 ユイナの驚く声が食堂に響いた。

 既にそこには先ほど話を聞いた商人たちの姿はなかったが、他の朝食をとっていた者たちの視線が集まって、慌てて謝るユイナ。

「トリスくん。それって……関係あると思う?」

 何がとは言わないが、ユイナの言いたいことはわかった。

「正直、なんとも言えないかな……。ただ、変異種なんてそうそう発生するものじゃないから、その可能性は否定できないとは思う」

 オレの言葉に不安そうな表情を浮かべたユイナは、しばらく一人悩むような表情を浮かべてから、オレに尋ねてきた。

「トリスくん……その変異種の討伐って、ボクたちでなんとかできないかな?」

 責任感が強く優しいユイナのことだから、そう言ってくると思った。

 その気持ちはわかるが、今オレたちは指名依頼の最中だ。

 しかも、既に二つの指名依頼を掛け持ちしている状態。

 だから簡単に頷くことはできなかった。

「オレもできることならなんとかしたいんだが……」

 やはり、ミミルの護衛を放り出して行くわけにはいかないと、そう続けようと思ったその時、

「トリスお兄ちゃん。ミミルのことなら街の中だし大丈夫だよ」

 いつの間にか近くまで来ていたミミルが、そう言ってオレの言葉を遮った。

「ミミル……」

 しかも、後ろにいるミシェルも反対ではないようで、ミミルのその言葉に頷き、言葉を引き継ぐ。

「まぁ本当はダメなのでしょうけど、この街の方が困っているのなら、それに手を貸すのもいいのではないですか? でも……倒せるような相手なのですか?」

 確かにミミルが教えを受けている間は、もともとどちらか一人だけが側にいる予定だったので、例えばその間に、オレが一人で様子を見に行くぐらいなら問題ないだろう。

 それに、ユイナに最大まで魔力を込めてブーストしてもらってから向かえば、くいけばそのまま倒せるかもしれない。

 もともとの掛け持ちの依頼にしても、上手くいけば討伐自体は一日で終わるはずだ。

「ん~なんとかなるか……。それじゃ、セルビス様の家まで皆を送った後、まずはオレ一人でギルドに行って、とりあえず話だけでも聞いてみるよ」

 こうしてオレは、ミミルたちをセルビスの家に送り届けてから、この街の冒険者ギルドに向かうことになったのだった。


          


 ソラルの街の冒険者ギルドは、セルビスの家とは反対にあたる街の外れにあった。

 歩くと少しかかったかもしれないが、ジオが馬車で送ってくれたので、それほど時間はかからなかった。

 オレはジオに礼を言うと、あらためて冒険者ギルドに目を向ける。

 大きさはライアーノの冒険者ギルドより二回りは小さいだろうか。

 二階建ての建物の横にある訓練用のスペースも申し訳程度の広さで、一パーティーが使用すれば、それでもういっぱいだ。

 しかし、ここはそれだけ普段は平和な街だということなのだろう。

 悪いことではないと思い直し、扉を開ける。

 オレは冒険者ギルドの中に入ると、受付窓口に向かい、さっそく食堂で聞いた話について尋ねてみた。

「すみません。オレはこの街に護衛依頼で来ている冒険者なのですが、最近、変異種が現れて問題になっていると聞いて、少し気になるので情報を頂けませんか?」

「もしかして、討伐依頼を受けてもらえるんですか!?

 カウンターから身を乗り出して、いきなりそう尋ねてくる若い受付嬢に若干ひいていると、後ろから現れた男性職員に、

「こら! なんとかしたい気持ちはわかるが、対応まで焦ってどうする!」

 と、頭に手刀をらってカウンターに突っ伏した。

「うぅ……痛いです」

「すまないな。こいつは気にしないでくれ。それで変異種の情報だったな。ただ、情報といっても詳細はまだつかめていなくてね。それでもいいなら私の方から話させてもらおう。おっと、その前にギルドカードを見せてくれないか?」

 規則だからよろしく頼むと言われ、オレは職員に『剣の隠者』としてのギルドカードを渡す。

 実は『仮面の冒険者』として活動する時に使用する第一級冒険者としてのカードも所持しているのだが、もちろん今は仮面などつけていないので、こちらを間違えて出さないように気を付けないといけない。

「ほぅ。その若さで中級冒険者なのか。大したものだ……な……」

 終始落ち着いた雰囲気で対応してくれていた男性職員だったが、突然、きょうがくの表情を浮かべる。

 先に対応してくれた若い受付嬢もそのことに気付いたようで、

「あれれ? ドナックさん、どうかしたんですか?」

 と、顔を覗き込むように尋ねていた。

「あ、いや……トリスさん。ちょっと詳しく説明させていただきたいので、奥の部屋に来てもらえないだろうか?」

 その言葉でオレは、ライアーノの冒険者ギルドマスター、ヨハンスの言葉を思い出した。

 確か、各ギルド支部には、『仮面の冒険者』の正体を知る担当の者がいるって話だったな……。

「わかりました。詳しく聞かせてください」

 その後、ドナックと呼ばれた男性職員にカウンターの奥にあった部屋に案内されたのだが、

「で……なんでローメナまでついてきている……」

 当たり前のように部屋に一緒に入ってきた若い受付嬢が、また頭に手刀を喰らっていた。

「うぅ……痛いです……でも、私も一緒に話を……」

 すぐに諦めて出ていくかと思ったローメナという受付嬢は、意外にもその表情を少し真面目なものに変えて食い下がった。

「ローメナの担当は受付だろ? 早く戻るんだ」

「だって! ……私が安易に『風とおの』の人たちに依頼を出しちゃったから、あんな苦しんで……」

「気持ちはわかるが、トリスさんには状況をしっかり説明するだけだから、ローメナは戻れ」

 その後、ドナックという男性職員に説得され、目に光るものをたたえながら、ローメナは部屋を出ていった。

「トリスさん、お見苦しいところをお見せしてしまい、本当に申し訳ない」

「いいえ。オレは全然気にしていないので。それより、彼女はいったい?」

 話を聞いてみると、どうやらまだ変異種が出現したとわかっていない時に、ローメナが討伐依頼を紹介したパーティーが大を負ってしまい、その責任を感じているのだという話だった。

「まぁ、彼女のことはフォローしておきますので、話を先に進めさせてください」

「わかりました。それで……ここに通されたということは……」

「はい。私がこの冒険者ギルドでのトリスさんの、いえ、『仮面の冒険者』の担当をさせていただくことになっているドナックと申します」

 やはり、オレとユイナが『仮面の冒険者』だということを知る担当の職員だったようだ。

 オレはちょっとやりにくいものを感じながらも、よろしくお願いしますと挨拶を返しておく。

「それでは、まずは変異種の現れた経緯など、詳しく説明させていただきます」

 始まりは普通の魔物の出現だった。

 いや、正確には、少し珍しい魔物と言えるかもしれない。その魔物はアンデッド系と呼ばれるものだったから。

 アンデッド系の魔物は、人や動物などの死ぬ間際の姿、もしくは死んだ後の姿などを模倣して発生する魔物だ。

 その場所で最初に見つかった魔物は『ゾンビ』という種。

 人の亡くなった後の姿を模倣して発生する魔物だ。

 ゾンビは動きがとても鈍く、知能もほとんど持っていないため、Eランクのゴブリンなどと同程度の強さとされている。

 ただ、必ず集団で発生することと、その爪に毒を持つため、魔物のランクとしてはDランクとされていた。

 そこでローメナは、この街の冒険者の中では比較的ベテランとされる、同じDランクの中級冒険者六人で構成される冒険者パーティー『風と』に討伐依頼を出したのだが、そこで予想外の数のゾンビに取り囲まれ、逃げ帰ってきたということだった。

 そして、その際に三人が毒を受けてしまい、今も投薬による治療が続いているということで、そのことに責任を感じているのだそうだ。

 だが、事態はさらに悪い方向に進む。

 状況を重くみたこの街の冒険者ギルドは、街で一番強いとされているCランクの上級冒険者で構成される冒険者パーティー『赤い』に指名依頼を出したのだが、これが返り討ちにあってしまったのだ。

 それは、ゾンビの上位種である『グール』という、動きが速く、耐久力の高い魔物と、その変異種と思われる黒い個体が発見されたのが原因だった。

「なるほど……でも、それじゃあまだ、詳しくは何もわかっていない状況なのですね」

「はい。『赤い』の報告では、ゾンビの中にグールが何体か混じっていてジリ貧になり、メンバーの一人が大怪我を負ったことで一気に崩れ、敗走することになったそうです。その際、そのゾンビのコロニーの中心に、黒いグールを見かけたということしかわかっていません」

 あまり有力な情報を聞けず、オレが判断に悩んでいると、ドナックはさらに言葉を続ける。

「それでトリスさん。単刀直入に言わせていただきます。この変異種の件、アシッドスパイダーの指名依頼の代わりに『仮面の冒険者』として受けていただけませんか?」

 どうやらオイスラー伯爵には既に許可を取っているらしく、元の依頼よりも緊急度が高いらしい。

 しかしオレは、今のこの場で返事をすることはできず、

「今の状況はだいたい理解できました。ですが、少し返事は待ってもらえませんか。一度、仲間と相談したいので、この話は持ち帰らせてください」

 と言って、頭を下げた。

 この後、いくつか質問をした後、この件の対応を決めるため、オレは足早に冒険者ギルドを後にしたのだった。


 その日の夕方、セルビスの家でユイナたちと合流したオレは、ミミルとユイナのぐったりしている姿を見ながら馬車に揺られていた。

「ミシェル、いったい何があったんだ?」

 オレが尋ねると、ミシェルは苦笑いを浮かべながら口を開く。

「セルビス様の講義中に、ユイナ様が農業のお話で面白い発想の意見を出しまして……。そこから農地に移動すると、セルビス様の指導のもと、魔法の練習と称してずっと実験に付き合わされておりました」

 話をもう少し詳しく聞くと、確かにユイナの発した理論を実証するために実験を繰り返していたようだが、かなり土魔法の練習……というか特訓にもなっているようなので、とりあえず心の中で「二人とも頑張れ」と応援しておく。

「トリスお兄ちゃん、ユイナお姉ちゃんに不用意な発言をさせないようにするには、どうすればいいかな?」

「えぇ……ミミルちゃん……」

「ふふふ。冗談ですよ~」

 幼い妹に手玉に取られるユイナにほっこりしながらも、せっかく起きたので少し話をしておく。

「ユイナ。今日、冒険者ギルドで話を聞いてきたんだが……」

 現在どういった状況になっているのか、オレたちにどのような働きを期待しているのかなど、ミミルたちに聞かれても問題ない範囲で話していく。

「うぅ……まさかリアルゾンビと戦う日が来るなんて……」

「リアルゾンビ? それって上位種か何かか?」

「あぁ、えっと……ち、違うよ。本の中の話だから気にしないで! そ、それより、思ったよりまだ何もわかってないんだね」

 ユイナの元いた世界には魔物はいないと聞いていたのだが、アンデッド系の魔物はいたのだろうか? 少し気にはなったが、ここで聞くわけにもいかないので話を進めることにする。

「そうなんだよ。今、複数パーティーで警戒にあたっているそうなんだが、まだ追加の情報とかも入ってきていないみたいだ」

「でも、受けるつもりなんだよね?」

 そう尋ねてくるユイナに、

「そうだな。このまま放置しておくのは、できれば避けたい」

 と、言葉を返す。

 しかし、ちょうどそこで御者台から声がかかった。

「皆さん、そろそろ宿に着きますぞ」

 そのため、話はいったんここまでにして、続きは食事の後に部屋で詰めることにした。


 宿に着くと、ちょうど食事の準備が出来たところだというので、すぐに食事をとることになった。

 昨日は直前だったので変更ができなかったが、今日から夕食はミミルも一緒に食堂でとることになっていたので、皆で一緒に食事をする。

 今日の夕食は、様々な種類の根菜を鶏肉と一緒に煮込んだスープや、野菜をふんだんに使った炒め物など、昨日よりちょっと豪華で食べ応えのあるものだった。

 なんでもこの地方で採れる旬の野菜を使っているらしく、隣の席で食事をしていた老夫婦が、自慢げに教えてくれた。

 その旬の食材を使った食事を堪能し終えると、ミミルが魔法の練習で疲れたのか、今日は早々に眠くなったと目をこすりだす。

「初日で疲れているだろ? ミミルは先に部屋に戻って今日はおやすみ」

 目をこすりながらうなずくミミルと、そのミミルに付き添うミシェルが大部屋に戻り、まだもう少しお酒を飲むというジオを食堂に残して、オレとユイナも変異種の件で話し合うために部屋に戻ることにした。

 部屋に入ると、ユイナはアイテムボックスから冷えた果実水を二つ取り出し、この部屋唯一の小さなテーブルの上に置いて勧めてくれた。

「トリスくんも飲むでしょ? これ、聖王国で買った果実水なんだよ。果物の名前忘れちゃったけど、すごいしかったから、結構買いめしてあるんだ♪」

 ユイナは先に一口飲んで喉を潤すと、本当に美味しそうな表情を浮かべる。

 オレもテーブルを挟んで向かい合う形で座ると、礼を言って一口味見をしてみた。

「へぇ~、さっぱりしてるけど、すごい甘みだな。これは……うまい」

 飲んだことのない初めての味に、思わず一気に飲んでしまった。

 いったい何の果実を使っているのだろうか。今度、エインハイト王国で手に入らないか調べてみよう……。

「さて。じゃあ、そろそろ本題に入ろうか。それで……ユイナはどうしたい?」

「ん~受けるのは決定として、ミミルちゃんの護衛をどうするかだよね? もともとのアシッドスパイダーの依頼より大変そうだし……身内だからついつい甘えちゃいそうになるけど、やっぱり責任持ってしっかり護衛しないと」

 もともと受ける予定だったアシッドスパイダーのコロニーは、そこまで大きくなっていないので一旦そちらを棚上げしてでも受けてほしいという話だった。それに比べて変異種の方は、既に相当な規模のコロニーが形成されていそうだった。

「確かにそうだな。元の討伐依頼よりは大変だろうが、そうは言っても父さんから受けた指名依頼は、きっちりと期待に応えたい。だから護衛の体制は崩したくないのは、オレも同じだ」

 そうなると、もともとミミルが魔法を習っている間は、交代で護衛する予定だったので、予定通り一人で変異種の件を対応することになる。

 そして、ユイナがミミルと一緒に魔法を習うことになっている今の状況、当初より難易度が上がったことを考えると、やはりオレが対応するべきだろう。

「やっぱりオレが一人で討伐に参加するべきだな。幸か不幸か場所は街からそれほど離れていないようだから、依頼に向かう直前に限界までタメてブーストしてもらえば、なんとかなるんじゃないかな」

 どれぐらいもつかわからないが、オレの到着を待って戦闘開始してもらうようにすれば、くいけば最後までブーストを切らさずに戦えるかもしれない。

 そう思って提案してみたのだが……。

「ふふふ。魔剣大好きトリスくんらしい発想だけど、それならボクが魔剣を預かって、どこかに隠しておく方が確実じゃないかな?」

 なんか変な抑揚をつけて名前を呼ばれたのは不本意だが、確かにユイナの言う通りだ。

「うっ、そうだな。最近、魔剣を持ってブーストして戦う練習ばかりしてたから、その方法をすっかり忘れていたよ」

 今回の戦いで魔剣の力を借りて戦わなければならないような状況は想像しづらいし、ユイナの言う通り、魔剣を預けて隠してもらった方が時間を気にすることなく戦えるので、より安全だろう。

「じゃぁ、ボクが預かって隠しておくよ。でも、ブースト状態での顔出しはNGだからね!」

「わ、わかっている。ちゃんと『仮面の冒険者』として参加するから大丈夫だ。でも、そうなると代わりの剣を手に入れないと」

 魔剣が使えるのが一番いいのだが、明日にでも武器屋に行って、安い剣でも買ってこようかと考えていると、ユイナが「ちゅうも~く!」と言って立ち上がった。

「え? ……なに?」

「ちょ、ちょっと!? その変な奴を見るような視線はやめようよ!? 別におかしなことするわけじゃないから!」

「なにせユイナは、調子に乗ると変なことを口走る前科があるからな……」

「あぅぅ……強く言い返せない……でも、今回はおかしなことじゃないから!」

 そして「じゃじゃーん!」と口で言って取り出したのは、一振りのれいな剣だった。

 しかも、アイテムボックスからユイナが取り出したその剣は、オレもよく知る剣だった。

「え? その剣って青の騎士団の騎士剣か?」

 そう。ユイナが取り出したのは、青の騎士団で正式採用され、ロイスたちが使っている魔法剣だった。

「ユイナ……それって……」

「え? あぁぁ!? ち、違うからね!! これ、スノア様に、必ず必要な時が来るだろうから持っておきなさいって言われて、預かっていた剣だからね!」

「そ、そうか。疑って悪かった」

 ユイナはその気になれば、アイテムボックスの技能を使って、大抵のものはごにょごにょできてしまうらしいので、一瞬まさかと驚いた。

「ひどい! ボク、そんなことしないから!」

 ほおを膨らませてぷんぷん怒るユイナだが、

「だって、聖王国から脱出する時に追手の兵士から……」

 ごにょごにょしたと聞いていたので、つい、一瞬そういうことが頭をよぎってしまった。

「そ、それは、いっぱい迷惑受けてる相手だし、逃走に資金や装備も必要だったし、そもそも相手の武器や装備を奪えば時間も稼げると思ったからだよ! 仲間の装備を取ったりなんか絶対しないんだから!」

 確かにユイナの言う通りだ。

 結局その後、オレは何度もユイナに謝って、ようやく許してもらえた。

「これがあれば魔剣を一時的に手放していても、戦闘力はそれほど落ちないでしょ?」

「あぁ、すごくありがたい。これで変異種の依頼をどうするかはだいたい決まったな」

「そうだね。全部任せることになっちゃうけど、気を付けてね。その……召喚者が現れないとも限らないし……」

 そう言ってうつむくユイナの頭にそっと手を置くと、やさしくでてやる。

「大丈夫だ。ブースト状態なら、たとえ召喚者が現れて魔族化するような最悪の事態になっても、なんとかしてみせるさ」

 いつも恥ずかしがってすぐ手を払いのけるユイナだが、今日は一言「うん」と頷くだけで、はにかみながら、しばらく素直に撫でられていた。


 翌朝、オレは日課の鍛錬を終えると、一足先に宿を後にした。

 行動を起こすなら早い方がいいと、今日は朝からユイナたちと別行動をとることにしたのだ。

 魔剣も昨日のうちにユイナに預けていて、今オレの腰には青の騎士団で採用されている魔法剣がさげられている。

 だが、ユイナがまだ持っているのをオレが知っているため、ブースト状態にはなっていない。

 昼までには隠しておく手はずとなっているので、もし今日討伐に向かうことになったとしても、間に合わないということはないだろう。

 冒険者ギルドは、宿から離れているので行くのに少し時間がかかったが、まだ朝の混む時間帯だったため、中は多くの人でにぎわっていた。

「ん~、いないな。しかし、ドナックさんを呼んでもらうためだけに並ぶのもなぁ……」

 二つの受付窓口は列が出来ており、担当職員のドナックを呼んでもらうためだけに並ぶのは時間の無駄のように思え、列に並ばず他のギルド職員の執務机が見える場所に直接向かうことにした。

 しかし、これがちょっとした面倒ごとを呼び込んでしまう。

「おい! お前! 見慣れねぇ顔だが、用があるなら後ろに並べよ!」

 突然肩をつかまれたかと思うと、けん腰に怒鳴られてしまった。

 振り返るとそこには、短髪のいかつい顔の大男が、こちらを見下ろすようににらみつけていた。

「あ、いや。受付ではなく他の職員に用があるだけなんだ」

 とりあえずそう言って弁解してみたものの、男は頭に血がのぼっているのか、オレの話を聞いてくれない。

「つべこべ言ってねぇで、後ろに並べってんだ!」

 ちょっと腹立たしいが、これ以上騒ぎを起こすのも本意じゃない。ここは場を収めるために後ろに並ぼうかと思ったその時、横から女性が割って入ってきた。

「ちょっと、ラックス! 依頼失敗してヨミィがしてイライラしているのはわかるけど、そんな若い子に八つ当たりしないの!」

 女は男の知り合いのようで、そう言ってラックスと呼ばれた男の背中をパシリとたたいた。

「ちっ、ローラか。別にイライラしてるのは関係ねぇよ。こいつが順番を無視してだなぁ……」

「だからその子、受付じゃなくて用があるのは他の職員だって言ってるじゃない!」

「そ、そうなのか?」

 ローラと呼ばれた女性に話しかけられて幾分落ち着いたのか、ラックスがこちらを向いて尋ねてきたので、頷きを返す。

「な、なら、さっさと行けよ。悪かったな」

 とりあえずこのまま行っても問題なさそうだ。オレはローラと呼ばれた女性に軽く頭を下げてから、その場を後にした。


 その後、受付を通り過ぎて奥に行くと、ドナックが声をかけてくれ、また個室に案内された。

 どうもさっきのちょっとした騒ぎに気付いたようで、カウンターの奥から迎えに出てきてくれたようだ。

「それでトリスさん。来ていただいたということは、依頼の件、どうするのか、お決めになられましたか? できれば良い返事だとうれしいのですが……」

 ドナックは席に着くと、挨拶もそこそこに、そう切り出した。

 朝の忙しい時に割り込んで時間を取ってもらっているので、オレも単刀直入に答えよう。

「はい。パーティーメンバーとも話をして、受けさせていただくことにしました」

「おぉ! それはありがたい!」

 ドナックも相当困っていたようで、オレの返事を聞いて思わず腰を浮かせていた。

「あ、待ってください。ただ、申し訳ないのですが、参加するのはオレ一人になります」

「え? あ、そうなのですね。それは少し残念ですが、それでも第一級冒険者であり、英雄でもあるトリスさんに参加していただけるのは非常に助かります」

 参加するのがオレ一人と聞いて、内心は少し心配そうではあるが、その不安はオレの働きで消してあげればいいだろう。

「はい。今は別の指名依頼中なので、仲間のユイナは参加できま……せん……がっ……」

 と、その時だった。

「うぐっ!!

 突然全身に力がみなぎり、魔力が湧き上がって全能感に支配された。

 ユイナと共に、かなり鍛錬を頑張っているつもりだが、このブーストがかかる瞬間だけは、まだ慣れなかった。それに話していて油断していたので、今回は特に驚いてしまった。

 それでも、その瞬間さえ乗り切れば、あとはその力を遺憾なく発揮できるし、抑え込むことも容易にはなってきた。

「いったい、な、なにが……」

 しかしドナックは、息をみ、驚きすぎて言葉が続かないようだ。

「すみません。これが『仮面の冒険者』としてのオレの力だと思ってください」

 ユイナいわく、ブースト状態のオレからは、圧倒的強者が発する覇気のようなものが放たれているそうだ。

 ドナックも、それにあてられてしまったのだろう。

「私は戦闘についてはからっきしなのですが、それでも今のトリスさんがすごいというのは何となくはわかります。正直、報告書では見ていましたが、さすが英雄ですね。これほどとは思いませんでした」

 さっきオレが一人で参加すると伝えた時は、ちょっと不安そうだったが、どうやら少しは安心してもらえたようだ。

「それで、討伐作戦はどうなっているのですか?」

「はい。討伐部隊としては、まずソラルの街から衛兵が一小隊協力してくれることになっています。あと、うちの冒険者ギルドからは、中級冒険者と上級冒険者で構成された一パーティー六人と、先日討伐に失敗した『赤い』のうちの怪我をした者を除く四人が討伐に参加する予定で……」

「うちの冒険者ギルドからはということは、うわさで聞いたのですが、オイスラーの街にも声をかけているとか?」

「よくご存じですね。既に第二級冒険者が率いるパーティー『はがねつぶて』の三人が、こちらに向かってくれているはずです」

 第二級冒険者といえば、ライアーノの冒険者ネヴァンや青の騎士団のロイスと同じクラスの強さだ。それはかなり心強い。

「それは頼もしいですね。その方たちはいつ頃この街に?」

「予定では今日の夕方には着くことになっていまして、可能なら明日早朝に作戦会議をして、そのまますぐに討伐に向かいたいと思っています」

 今は中級冒険者パーティーに監視の依頼を出しているそうだが、既に大きなコロニーと化しているようなので、少しでも早く叩きたいところだ。

 ちなみにその中級冒険者パーティーも、討伐作戦時にサポートについてくれるそうなので、戦力的にはもしオレが参加しなかったとしても、なんとかなっただろう。

「今回トリスさんが加わってくれるのは、うちとしてはすごくありがたいです」

 ただ、なんとかなったのかもしれないが、それでも戦力的な余裕はほとんどなかったようで、オレの参加を心から喜んでくれていた。

「わかりました。では、明日の討伐にオレも参加させていただきますので、よろしくお願いします」

 こうしてオレは、明日、グールの変異種をはじめとしたアンデッド系の魔物の討伐作戦に参加することが決まった。


          


 翌早朝、オレはいつもよりも早く起き、そのまま宿を出て冒険者ギルドへと向かっていた。

 今日は集合時間が早かったため、朝の鍛錬はできておらず、少し物足りない感じだ。

 ちなみに非常に渋々なのだが、宿を出てしばらくしてから人通りのない路地に入り、既に仮面は装着済みだ。

 そのため、冒険者ギルドに近づくにつれ、オレを見つけたこの街の冒険者と思われる者たちが、ひそひそとオレのことを話しているのを目にするようになる。

 ただ、あらゆる能力が大きく上昇しているブースト状態のオレには、そのひそひそと話す話の内容も丸聞こえなわけで……。

「おい……あれって噂の……」

「あぁ、間違いねぇだろ。あんなのつけてるのが、そうそういてたまるか」

「いやぁ……しっかし、『仮面の冒険者』の噂を知らなかったら、面白そうだし、余計なちょっかいかけてたかもしれねぇな。あぶねぇあぶねぇ」

 ユイナのことを考えれば仕方ないとはいえ、そのユイナもいないというのに、一人で仮面をつけて歩いているこの状況に愚痴の一つもこぼしたくなるな……。

 せめて心の中でいろいろと愚痴をこぼすが、もちろんこのまま帰るわけにもいかないので、ひそひそ話にも気付かないふりをし、そのままギルドの扉を開けた。


 冒険者ギルドに入ると一瞬ざわめきが起こり……静まりかえる。

 そして、オレに気付いたローメナが、受付のカウンターから飛び出してきた。

「お、お待ちしておりました! 仮面の冒険者様、こちらの部屋で作戦会議が行われることになっておりますので、案内させていただきます!」

 仮面に付与されているいんぺいの効果で、今のオレの特徴的なものはすべて曖昧に認識されており、唯一、仮面だけが印象に残るように見えるらしい。効果としては認識阻害と言った方がしっくりくる。

 ただ、このらしいというのは、オレは体験したことがないのでわからないからだ。

 オレは魔剣を持っていると魔剣の呪いの効果が高くて他の呪いが無効化されるのだが、実は魔剣を持っていなくても他の呪いの影響をほとんど受けないことがわかった。

 詳しい理由はまだわかっていないが、ユイナいわく、ブーストした能力のお陰か、または長年、高位の呪いを受け続けていたせいで、高い耐性を得たのではないかということだった。

「あぁ、頼む。一応、これがギルドカードだ」

 そう言ってローメナに渡したのは、もちろん『仮面の冒険者』としてのAランク第一級冒険者としてのギルドカードだ。

「あっ!? すみません! 確認させていただきます!」

 本来ならローメナからギルドカードの提示を求めないといけないところなのだが。ちゃんと身分確認をさせておかないと、偽物とか現れられても困るし。

 それを周りにアピールするためにも、あえて皆が注目している中でギルドカードを提示したのだが……。

「確認させていただきました! 仮面の冒険者一号様!」

「ばっ!?

「ば?」

 内心で「一号言うな!!」と怒鳴りたい気持ちをグッと抑え、何でもないと首を振る。

 どう考えても一号はユイナのはずなのだが、いや、それ以前にギルドカードに『一号』とか載せるなと訴えたいところなのだが、カードを発行してもらった時に「お二人を区別する必要があったので……」と言われ、言い返せなかったのが失敗だった。

 どうせギルドカードは職員以外にはめったに見せることもないだろうと妥協していたのに、これでオレが一号だという噂が広がるかもしれない……。

 せめてもの救いは仮面の隠蔽効果のお陰で、ほとんどオレ自身のことは認識できていないことだ……。

「失礼します! 仮面の冒険者一号様をお連れしました!」

「ぐふっ!?

 まずい、思わず変な声が出てしまった……。

 オレが心理的ダメージを受けているのには気付かず、ローメナが皆にしっかり紹介してくれた。

 部屋はギルドで一番広い会議室のようで、中には既に一〇人ほどが席についていた。

「こ、これは……すごいな……」

「ん? どうしたのだ?」

「あっ、いや、何でもない。仮面の冒険者殿、どうぞこちらに」

 おそらくオレの正体を知っているドナックは、隠蔽の効果で上手く認識できない今の状態のオレを見て驚いたのだろう。

「失礼する。訳あって素性は明かせないので、ただ『仮面の冒険者』と呼んでもらえれば助かる。今回の討伐作戦ではきゅうきょ参加することになったから、指示に従うつもりだ。よろしく頼む」

 ユイナに言われて、仮面をつけている時は話し方を少しぶっきらぼうな感じにしてみている。

 そのことに、まだ慣れないなと思いながらも挨拶を終えると、勧められた席に着いた。

「へぇ~魔道具か何かか? 上手く出来てるもんだな」

 オレが席に着くと、黙ってオレのことを見守っていた男が声をかけてきた。

 その男には見覚えがあった。

 確か昨日の……。

「ラックス、失礼でしょ! すみません! 私たちは『赤い』という上級冒険者パーティーの者です。私はローラ、今の口の悪いのはラックス、こっちの無口なのがデンガルで、その隣の女の子がシーラです」

 オレはちょっとした偶然に驚きながらも、すぐに言葉を返す。

「気にしないでいい。こちらこそよろしく頼む」

 すると、今度は『赤い』の隣にいた衛兵の装備に身を包んだ男が話しかけてきた。

「自己紹介する流れかな? 自分はこの街の衛兵で小隊長をしているサッカイという。今回は噂の英雄殿と一緒に戦えると聞いて光栄です」

 サッカイにも同じく挨拶を返すと、次はその隣の男が後に続く。

「すみません。本当なら私が最初に挨拶するべき立場だったのですが、遅くなってしまいました。私はこの討伐作戦を担当させていただくギルド職員のワードです。他の参加者の方々には準備を進めてもらっていますので、作戦会議はこのメンバーで行わせていただきます」

 その後、あたかも初めて会ったかのようなドナックの挨拶を受けてから、話が始まった。

「それでは、今回の作戦ですが……」


 作戦自体はいたってオーソドックスなものだった。

 サポートについている冒険者パーティーが魔物の数の薄い所を調べ、報告を受けたオレたちがその場にいる魔物をせんめつ

 その後、すぐにその場を一旦離脱し、また数の少ない所を調べては殲滅、というのを繰り返す。

 こうして減らせるところまで魔物の数を減らしてから、最後は総力戦を仕掛けるというものだった。

 その作戦自体は別に構わないのだが、オレは気になることがあった。

 昨日聞いた第二級冒険者がいないことだ。

 しかし、オイスラーの街の冒険者が参加するということを、仮面の冒険者として参加しているオレが知っているのは不自然かもしれないと思い、尋ねるに尋ねられないでいた。

 すると、別にオレの気持ちをみ取ってくれたわけではないのだろうが、オレの疑問を『赤い』のラックスが代わりに尋ねてくれた。

「ところで、噂で聞いていたオイスラーの高ランク冒険者様ってぇのは、どうなったんだ?」

 すると、ワードが額の汗をハンカチで拭きながら答えた。

「実は……本来なら昨日この街に着くはずだったのですが、連絡が取れなくなっていまして……」

 討伐部隊の主力になるはずの冒険者パーティーがまだ到着していないって、それは作戦を見直さないといけないのではないか? そう意見を述べようとした時だった。

 突然扉が勢いよく開かれたかと思うと、ローメナが飛び込んできた。

「た、大変です! 連絡が取れなくなっていたオイスラーの、ぼぼ、冒険者が! ぼ、冒険、者が……あの、その……」

 何があったのかわからないが、呼吸を乱して上手く話せないローメナに、ドナックが落ち着くようにと話しかける。

「どうしたのだ? ローメナ、慌てなくていい。深呼吸でもして落ち着いてから、ちゃんと話せ」

 言われるがままに大きく深呼吸して呼吸を整えると、ようやくローメナは口を開いた。

ソラルこの街の近くの街道脇で……『鋼の礫』の三人と思われる、なきがらが発見されました!」


          


 ソラルの街から指名依頼を受けた『鋼の礫』は、予定通りに旅程を終え、ソラルの街まであと一刻ほどの位置まで辿たどり着いていた。

「今回の依頼を達成したら、第一級昇格も見えてくるんじゃねぇか?」

「いや~、さすがにまだ無理だろ? 第一級なんてすげぇ依頼を達成するか、緊急依頼とかですげぇ活躍しねぇと」

「第一級冒険者になっても、俺は今まで通り、無理な冒険なんてしねぇぞ?」

 彼らはオイスラー伯爵領で活動する名の知れた冒険者だ。

 だが、彼らは特別飛び抜けた活躍をしたわけではなく、長年にわたり安定して依頼をこなしてきたことが評価されて、今の冒険者ランクを手に入れた者たちだった。

「そうだな。俺たち三人は今まで通りいこうぜ」

「冒険者が冒険する時は、命を懸ける価値がある時だけだからな」

「うははは。まぁ命を懸ける価値のある冒険なんて、そうそうあってたまるかってな」

「違いねぇ」

 だから、今回の指名依頼も十分な安全マージンがあると判断して受けていた。

 実際、彼ら『鋼の礫』は、全員が第二級冒険者として問題ない強さを持っていた。

「そっかぁ~。それなら、この依頼を受けたのは失敗だったねぇ~」

 突然、後ろから声をかけられた彼らは、やはり冒険者として確かな実力を持った者たちだったのだろう。

 そのことを証明するように、すぐさまそれぞれの武器を抜き放って臨戦態勢に入ると、自分たちの後ろで見下すような視線を向けてくる少年とたいした。

「なんだ、お前は? ……ただものじゃねぇな」

 そして少年の実力を見抜く確かな目も持っていた。

「ん~、ちょっとしろさんにさぁ。第二級冒険者が三人も街にいると、無駄に士気が上がるかもしれないから、邪魔だって言われてさぁ」

「どういう意味だ? いったい何をたくらんでやがる……それにヤシロって誰だよ?」

「ああーしまったー。うっかり、仲間の名前を話してしまったー。どうしよー」

「てめぇ……めてると痛い目にあうことになるぞ……」

 ただ、あからさまにこちらを見下し、ふざけた態度をとり続けるその少年に、それなりにプライドのある彼らは、逃げるという選択肢を捨ててしまった。

 そして武器を構えたまま、じりじりと少年を取り囲むように近づいていく。

「それは嫌だな~。僕、痛いの嫌いだし? まぁでも、結局仲間の名前を知られてしまったから、おじさんたちには……死んでもらうけどね」

 少年がそう話した瞬間、とてつもない魔力があふれ出した。

「なっ!? 魔法使いか! しかし、それならちょっと近づきすぎちまったなぁ!!

 三人全員が前衛の『鋼の礫』は、誰一人遅れることなく、一気にその少年に詰め寄った。

 どんな強力な魔法を使う魔法使いでも、距離を詰めてしまえば、その実力を発揮する前に倒してしまえる。当たり前だが、一番有効な行動……のはずだった。

「残念。それじゃぁ間に合わないよ」

 三人の男が最期に見たのは、無数の炎のやりが、自分たちに向かって飛んでくる光景だった。