「止まれ」

 ヴァロウとペイベロは同時に立ち止まった。ゆっくりと振り返ると、路地裏の狭い空の下に、二人の衛兵の姿があった。下品な笑みを浮かべ、ヴァロウたちの方に近づいてくる。

 よく見れば、先ほど城門の前で入城検査をしていた衛兵たちであった。

「ど、どうされました、衛兵殿? 我々に何か落ち度が……」

 ペイベロが営業スマイルを浮かべながら、揉み手をする。

「別に……。何もねぇよ。ただ──」

「ただ──。なんですか? もしかして懐の物が少なかったでしょうか? 生憎あいにく着の身着のまま逃げてきたので、あまり、そのぉ……」

「金って言えよ。そうだな。それもいいかな。けどよ。俺たちは別のもんがほしいのよ」

「別のもの?」

 すると、もう一方の比較的大柄な衛兵が鼻息を荒くする。

 ペイベロが賄賂を渡した方の男だ。

「さっきお前の手……。すっげぇ柔らかかったのよ」

「はっ?」

「げへへへ……。わかんねぇかなあ……」

 衛兵の鼻息はどんどん荒くなり、顔を赤くして目を血走らせた。

 ペイベロは一歩退く。すでに何を言っているのか、察していた。

「あははははは……。勘違いしてるようですが、私もこのも、立派な男でして。あまりご期待に添えないかと……」

「それがいいんじゃねぇか!!

 大柄な衛兵は叫び、その横で小柄な衛兵が鼠のように笑う。

「おれたちはよぉ。飽きてんだよ」

「飽きてる?」

「反乱の時によぉ。女は粗方食い尽くしたからよ」

「まさか……。略奪したのですか? 同胞ですよ?」

 そもそも略奪は禁止されており、荷担した者、指示した者問わず極刑だ。

 だが、それを聞いても、衛兵たちの表情は変わらなかった。

「古くせぇ考え方だな。そんな昔の法律、本国だって守ってねぇよ。そもそも人にあだなす者すべてが魔族なんだろ? あの反乱軍はな。人間の顔をした魔族なんだ。だから、何をしたっていいんだよ」

「誰がそんな……」

「決まってるだろ。上だよ、上」

「上……。バルケーノ様がお認めになったと言うのですか?」

「馬鹿にするわけじゃねぇが、バルケーノ様だって結局地方の一領主だ。おれたちが上って言ってるのは、その言葉通りの意味だよ」


 上級貴族様さ……。


 衛兵はニヤリと笑う。その醜悪な笑みに、ペイベロの営業スマイルは崩れた。

 対して、横のヴァロウは依然として無表情である。

「だからさ。普通の女は抱き飽きてんのよ。つってもまだまだ正常でお盛んなヤツはいるけどな。さっきの親子もどうなってることやら。今頃、母親は子どもの前で性教育を教えているだろうよ」

「あなたたちは、本当に人間なのですか!?

 普段、冷静なペイベロが怒りをにじませる。

 しかし、すでに壊れた衛兵の心には届かない。また鼠のように笑い、頭を掻いた。

「ししっ……。おれたちもよくわかんねぇわ。ただ可愛い顔した兄ちゃんたちの具合を知りたい……。それだけなんだよ」

「も、もう! お、おおおおれ、我慢できない!!

 大柄な衛兵が猛獣のように飛びかかってきた。

 ペイベロのは「ひぃ!」と悲鳴を上げ、尻餅を付くことしかできない。

 だが、この男は違う。

 ジャッ!!

 鮮血が壁に貼り付く。

 ペイベロが顔を上げた時、大柄な衛兵は両腕を開いた状態で固まっていた。

 見た目の外傷はほとんどと言っていいほどなく、ただ鎧に小さな穴が開いているだけだった。ただし肋骨を突き破られ、中の物がえぐり取られている。直後、大きな音を立て巨体が地面に沈んだ。

「ひぃいいぃぃいぃいぃいぃいいぃいい!!

 甲高い悲鳴を上げたのは、もう一人の衛兵だった。

 腰を抜かしながら、ヴァロウが手に持った物を指差す。

 心臓である。男の心臓が、生き物のようにビクビクとけいれんし、時折血を吐いていた。

 衛兵は気付く。心臓を持った手には鋭い爪が伸び、その頭には角が生えていることに。

「もしかして、お前……。魔ぞ──」

 言い終わらぬうちに、ヴァロウは衛兵の首を掻き切っていた。

 ほんの刹那の間に、二人の衛兵を葬り去る。

 その情け容赦のない姿に、ペイベロはひたすら圧倒されていた。そして改めてヴァロウが魔族であるということを認識する。若輩であっても、ヴァロウは魔王の副官なのだ。

(先ほどの人間らしいといった言葉を、撤回しなければなりませんね)

 ペイベロはようやく立ち上がる。

 裏路地に溜まっていた泥が長衣にべったりと付いていた。

 息を吐き、今一度冷静さを取り戻すと、ようやくヴァロウに向かって口を開く。

「ヴァロウ様……。ここは敵地ですよ。いくら衛兵とは言え、痕跡を残すのは……」

 ヴァロウは指をくいっと曲げた瞬間、火の柱が立ち上がる。

 Aランクに匹敵する炎属性魔法だ。それを無詠唱で始動させ、二つの死体を焼き払った。

 高温の炎は骨まで焼き尽くし、さらに細かな灰を風の魔法で吹き飛ばす。壁についた焦げ痕も水の魔法であっという間に浄化してしまった。現場から綺麗に痕跡が消える。

「これで問題なかろう」

 いつも通りの指揮官の無表情を見て、ペイベロはターバンの上に手を置くと、「やれやれ」と肩を竦めた。そして足早に二人は現場から離れる。その道すがら、普段世間話など全くしないヴァロウが、口を開いた。

「ペイベロ、商材を管理する上で一番重要なことはなんだ?」

「なんですかやぶから棒に……。わたくしを試しているのですか? ……そうですね。色々ありますが、やはり作らせすぎない──ということでしょうか?」

「理由は?」

「なんだか学校じみてきましたね……。理由は大きく二つあります。在庫を持てば、維持管理が必要ですし、お金の回収が遅れれば余計な金利を払わなければなりません。二つめは数が多ければ、それだけ市場価値が下がるということです。商人にとって重要なのは、商材を売ることではありません。商材の中の価値を理解し、価値を売ることです。商材を売るだけなら、その辺の子どもでもできますからね。故に安易に市場価値を下げてはいけないのです」

 ペイベロはじょうぜつに語る。商売の話だからだろう。

 若い故に、こうした理論じみたことにこだわっているのかもしれない。

 少々熱く語りすぎたのを自覚したのか、ペイベロは咳払いをした。白い頬を染め、話を締める。

「要はほどほどに、ということですね」

「正解だ。さすがだな」

「ヴァロウ様はお忘れかもしれませんが、まがりなりにもわたくしも商人の端くれです。これぐらい初歩中の初歩──とはいえ、その初歩を知らずに、商売をしている人間はいくらでもいますがね」

「国──特にまつりごとを司る人間も同じだ。その初歩中の初歩を知らない」

「…………」

「人間も商材も一緒なのだ。多くなれば、多くなるほど人の価値が下がる。だから、人間を人間とも思わない輩が出てくるのだ」

「先ほどの衛兵のように……ですか」

「ああ。特にこの人口過多のメッツァーではな」

 ヴァロウとペイベロは足を止める。

 裏路地を抜けると、現れたのは嵐が来れば吹き飛ぶような荒ら屋が並んだ区画だ。大通りの華やかさからはかなりかけ離れている。行き交っている人間の服装、髪型まで違っていた。下水も整備されておらず、汚物が垂れ流しのまま放置されていた。当然、病がまんえんしているらしい。子どもが欠けた椀を掲げ、物乞いし、その横で白骨化した小さな遺体が横たわっている。

 ペイベロは眉間に皺を寄せ、ヴァロウはその光景を無感情のまま見続けていた。

「これがメッツァーの人間の価値だ」

「ヴァロウ様なら、この現状をどう改善なさりますか?」

「焼き払う……」

「え!?

 ペイベロは思わずギョッとして、聞き返した。

 ヴァロウならば、もっと抜本的な解決策を提示してくれると思ったからだ。

「忘れたのか? 俺は魔族だぞ。人類の救世主ではない」

「ごもっとも……。では、彼らが魔族であるならばどうしますか?」

「余剰戦力があるぐらいなら、戦場に投入する」

「なるほど。それもごもっとも……。ですが、わたくしが言いたいことがそういうことではないことぐらい、ヴァロウ様もご承知の上でしょう」

「この問題に何が最善なのかなど、俺にもわからん。ただ二つ言えることがある」

「二つ……ですか……」

「一つは人口調整のための手段として戦争を選ばないこと。時々、戦争をそのような手段として考えるやからがいるが、それはもはや戦争ではない。単なる虐殺だ」

「なるほど……。二つめは?」

 ヴァロウは立ち止まる。わざわざペイベロに振り返ると、ヘーゼル色の瞳を閃かせた。

「一人一人が己の命の価値を認識することだ……」

 そう言って、ヴァロウはまた歩き出し、ペイベロは自分よりも小さい魔族の背中を追いかけた。

 ヴァロウはまだ十五歳の魔族と聞く。

 しかし、すでにたくさんのものを背負い込んでいるように映った。

 命の価値……。

 それを生かし、時に切り捨てるのが軍師の役目だ。それ故、ヴァロウの言葉はひどく矛盾している。

 でも、彼はその矛盾すら背負い、命と戦っている。

 少なくともペイベロにはそう見えていた。



 衛兵たちが森の中で死んでいた。

 その頭には矢が刺さっている。カッと口を開けた表情から見て、笑ったまま死んだのだろう。

 それを見ていた母親はカチカチと歯を鳴らし、骨がきしむぐらい子どもを抱きしめていた。

「お怪我はありませんか?」

 手に弓を持った銀髪の美しい女性が現れる。

 母親が驚いたのは、その直後だ。女性の後ろから、何匹ものゴブリンが茂みの奥から出てくる。

 母親は子どもをさらにギュッと抱いた。この異様な状況をなんとか理解しようとしたが、無駄な努力に終わる。

「大丈夫ですよ。私たちは味方ですから。……あら? ちょっと失礼──」

 銀髪の女性は母親が持っていた薬瓶を取り上げる。

 そこには文字が刻まれていた。


 ルロイゼンで保護してやれ。


 銀髪の女性はふっと息を吐き、笑みを浮かべた。

「さすがヴァロウ様……。あの人の手の平の上からは逃れられないわね」

 銀髪の女性──メトラは、上司の偉大さを再認識する。

 その後ろから棍棒をかついだ大柄な人鬼族ワーオーガが現れた。ザガスだ。

「よう。いいのか、メトラ。お前は残れって言われたんだろ。えっと? なんだ? きょうおうやくってのを命じられたんじゃねぇのかよ」

「その仕事なら、エスカリナに押し付けてきたわ。それに、あなたに言われたくないわよ、ザガス。あなただって、居残り組のはずよ」

「オレ様はお前みたいな優等生とは違うからな。それに『竜王』ってヤツにも興味があったし。んで、これからどうすんだ? メッツァーに殴り込みに行くのか?」

「ひとまず待機よ。この親子はゴブリンに任せましょ。今、私がここを離れるわけにはいかないし」

「チッ!」

 ザガスは舌打ちし、どっかりとその場に座った。

 今、メトラが離れれば、ザガスは間違いなくメッツァーに突撃するだろう。ヴァロウが立てた作戦を無茶苦茶にさせないためにも、ここでザガスを監視しておかなければならない。

(それに……。何か嫌な予感がする。ヴァロウ様、どうかご無事で……)

 メトラは森の茂みの中から、改めてメッツァー城塞都市を見つめた。



 ヴァロウ不在のシュインツ城塞都市が、にわかに騒がしくなる。

 最初に見つけたのは、第四師団の魔狼族ワーグの兵だった。

 魔族が占拠し、今や浮浪者すら近づかない危険な城塞都市となったシュインツに、大きな影が映る。

 城壁の上から見上げていた魔狼族ワーグは、それが悠々と城壁を越え、真っ直ぐシュインツ城塞都市の領館に向かっていくのを見送るしかなかった。

 敵襲、とばかりに鐘が鳴らされ、音を聞いたドワーフたちが慌てて鍛冶場から飛び出してくる。

 アルパヤも工房から出てゴーグルを外し、城塞都市の上空を滑空する影を見て、顔を輝かせた。

「飛竜だ! 初めて見た!!

 子どものようにはしゃぎ回ると、ゴーグルと厚手の手袋を外して館へ向かうのだった。


 さて、その飛竜は領館の中庭に降り立った。

 警備の魔狼族ワーグが慌てた様子で配置につき、あっという間に飛竜を取り囲む。

 そこにやって来たのが、白銀の魔狼族ワーグ──ベガラスクであった。

「オレは第四師団師団長ベガラスクだ。ここシュインツは魔族が占拠した。単身でやってくる度胸はめてやるが、無謀だったな。お前の命はここで終わりだ」

 紅蓮に染まる瞳で、敵と思われる飛竜を睨む。だが、飛竜も負けていない。魔狼族ワーグに対して一歩も退かず、睨み返してきた。鼻息をふっと吐き、興奮した様子で長い首を動かしてかくする。

「驚かせて申し訳ありません。しかし、こうして侵入しなければ、お目通りは叶わないと思いましたので、勝手は承知の上で、飛竜にて乗り付けさせていただきました」

 緊迫する空気の中で、落ち着いた声が響く。

 ゆらりと黒髪を揺らし、人族の女が地面に降り立った。

 まるでスカートの裾でも摘まむように穿いていたパンツの生地を掴むと、典雅に頭を下げる。

「私はヴァルファル城塞都市の領主ルミルラ・アノゥ・シュットガレンと申します」

「なに! ヴァルファルの領主だと!!

 ベガラスクは目を丸くする。が、すぐに落ち着きを取り戻し、上顎を大きく開けて笑い始めた。

「くはははは!! まさかヴァルファルの領主が一人でやってくるとはな。飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ。────やれ!」

 ベガラスクは問答無用に指示を出すと、周りの魔狼族ワーグの兵が爪を立てた。

「待って!!

 声がかかる。魔狼族ワーグの合間を抜け、エスカリナが現れた。

「なんだ、娘? 邪魔をすると言うなら、お前も食いちぎるぞ、人間」

「彼女はヴァロウの客人よ」

「ヴァロウの?」

「はい。私はここの領主となられたヴァロウ様に会いに来ました。いらっしゃいますでしょうか?」

 敵地の真ん中で、ルミルラは屈託のない笑顔を浮かべるのだった。



 かすかな煙と硫黄の匂いがする。

 鼻に突く匂いのおかげで、ペイベロはヴァロウがどこを目指しているのかがわかった。

 おそらく鍛冶街だ。メッツァー城塞都市にも鍛冶屋が並ぶ鍛冶街が存在する。

 シュインツに比べると規模は小さいが、メッツァーの兵器補修を一手にになっていた。

 角を曲がれば、鍛冶街というところまで来て、ヴァロウは足を止める。

「どうしました?」

 ペイベロは尋ね、ヴァロウはただ黙って人差し指を唇に当てた。

 そっと角から顔を出すと、鍛冶街の入口に兵士が立っているのを確認する。

 それだけではない。鍛冶屋の前には、一軒につき一人の兵士が立ち、中の鍛冶師を見張っていた。

 すると突然怒鳴り声が聞こえる。鍛冶師が店から引きずり出され、兵士に金鎚でぶたれていた。

「何をしているのでしょうか?」

「大方、鍛冶師に休まず武具を打たせているのだろう。兵士はその見張りだ」

「無休ですか……」

「シュインツの武具が入ってこないとわかったのだ。領内で作製するしかない」

「戦争が近いとはいえ、そこまでやりますか」

「バルケーノならやるだろうな」

「どうしますか、ヴァロウ様?」

 ペイベロは鍛冶街の臭いを嗅いだ時、ヴァロウの考えに気付いていた。

 おそらくだが、メッツァーの政府やその御用商人に売るのではなく、直接鍛冶師に武具を売ろうと考えているのだろう。

 今、もっとも武具を必要としているのは、休まず働かされている鍛冶師たちだ。自分たちで作った武具と、ヴァロウたちが持つ武具。合わせることができれば、鍛冶師たちも休むことができる。

 軍内部では厳しく管理されている武具も、末端となれば案外緩いものだ。鍛冶師たちも寝ずに働かされたとあっては、メッツァー政府に対して不満を抱かずにはいられない。得体の知れない商人であっても、違法であろうとも、売買に応じるだろう。

「考えはわかりましたが、兵士たちがこう目を光らせていては……」

「問題ない」

「ヴァロウ様の狙いは鍛冶師に武器を売却することでしょう?」

「いや、違うな」

「え?」

「ペイベロ、商人であるお前の出番だ。今から話す商談を成立させろ」

 ヴァロウは説明を始めた。


「こんにちは」

 ペイベロは兵士たちの前に出て行く。にこやかに挨拶し、気さくに手を上げた。

 だが、兵士たちはペイベロの方を向くなり、槍を突きつける。

 けんしわを寄せ、明らかに警戒した様子を見せた。

「なんだ、貴様は?」

「わたくし、旅の商人でして。ルベネイと申します。こちらはヴァル。以後お見知り置きを……」

 大仰に手を振って挨拶すると、衛兵はさん臭そうにルベネイと名乗ったペイベロを睨んだ。

 どうやらここの責任者らしい。一人兜の飾りが違っていた。

「旅の商人が何の用だ? もしかして買い付けか? ダメだ。今はここの鍛冶街はメッツァー政府が管理している。他を当たるんだな」

「いえいえ。内情は存じております。先ほど、ちょうど政府の担当の方とお会いしまして……」

「なんだ? では、武具を売ってきたのか?」

「それが……。実は、我々の商品は気にくわないと」

「気にくわない?」

「実はわたくしが扱っているのは他国の中古品でして。といっても、すでにメンテナンスされたもので新品同様です。しかし、担当者はなかなか手強いお方でしてね。中古ではダメだと」

「中古がダメなわけではない。他国の中古品で昔、トラブルがあってな。些細なものだったが、ちょうど事情を知ったバルケーノ様のげきりんに触れたのだ。以来、大要塞同盟の中で作られたものしか、中古品の販売は認められなくなったのだ」

「手厳しいですね、バルケーノ様は」

「閣下は猛将だ。武器の品質にはうるさい。大要塞同盟の総領主となられた際、その品質基準を事細かに決める法律を作ったぐらいだからな」

「やはり噂に違わぬ厳格な方のようですね。聞きましたよ。もし、期日内にノルマを達成できなかったら、鍛冶師のみならず、その担当者全員も処分すると……」

 ペイベロがささやくと、責任者は目を剥いた。

「ま……。待て! 一体どこからそんな──。我々を処分する?」

「おっと……。これは失礼。てっきりお耳に入っていることかと……」

 処分──という言葉に、他の兵士たちも過剰に反応する。

 鍛冶屋の見張りをやめて、ペイベロを囲むと、事情を説明しろと騒ぎ立てた。

 ついに責任者はペイベロの胸ぐらを乱暴に掴む。

「落ち着いてください、みなさん。聞いたのは、その担当者からです。……処分というのは、明確にはお示しになられなかったのですが──」

 ペイベロは言葉をにごしたが、やがて首を切るような仕草をして見せた。

 たちまち兵士たちの顔が青くなる。責任者もペイベロから手を離した。

「き、聞いてないぞ、そんなこと……」

ようですか。言いにくいことですからね。……しかし、おそらく事実でしょう。わたくしも行き過ぎとは思いますが、どうやらバルケーノ様からのお達しのようです」

「か、閣下の?」

「あ、あり得る……」

「ああ。おれたち殺されるのかよ」

 戸惑う者。憤然とし鼻息を荒くする者。頭を抱え祈る者。震える者。鍛冶師たちに向かって無闇に怒鳴り付ける者。兵士たちの反応は様々だが、彼らも薄々気付いてはいたのだろう。

 このノルマを達成することが難しいということを。

 いくら休まず作らせたところで、時間は有限だ。一日の時間が延びることはない。

 どれだけ生産力を上げても、一日に出来上がる武具の個数には限界がある。

 それがわかっているからこそ、兵士たちは絶望した。

「お困りのようですね」

「当たり前だ! このままでは我々は──」

「大丈夫ですよ。一つだけ方法があります」

 ルベネイことペイベロは人差し指を一本立てた。

「わたくしの中古品を買っていただけないでしょうか?」

「な──! 貴様の!!

 下を向いていた責任者は顔を上げる。

 おお、と他の兵士たちも、ペイベロの提案にどよめいた。

「はい。実は、メッツァーが武器を欲しているとお聞きし、これ幸いとたくさんの中古武具を仕入れてきたのはいいのですが、そのすべてをお断りされまして。今のままでは完全に大損なのです」

 すると、責任者は意地悪く笑った。

「なるほど。お前にもメリットがあるということか?」

「仰る通りです」

「わかった。まず物が見たい。お前の荷馬車がどこにある?」

「城壁を越えた森に隠してあります」

「なんだ。城塞内ではないのか?」

「稼いだ金で経費はまかなおうと考えていたので」

「駐車代も払えんか。よかろう。お前たちは、ここで鍛冶師どもを見張ってろ」

 責任者は指示を出す。

 ペイベロたちとともに、城壁の向こうの森へと向かった。


 森には五台の荷車が置かれていた。すべて布でくるまれている。

 そのうちの一つの荷を解き、ペイベロは兵士に中身を見せた。

 現れたのは木箱である。その蓋を開け、一本のロングソードを取り出す。その綺麗に磨かれた刀身を見て、責任者は目を輝かせた。

「おお!」

 声も上がるだろう。何せ、この武具が自分たちの命を繋ぐかもしれないからだ。

 一振りの剣を握り、その刀身を確認した。

「ほぼ新品ではないか。それもこの輝き。相当なわざものと見るが……」

「ご満足いただけて何よりです」

「ふふ……。これならおれが欲しいぐらいだ。良かろう。買おう」

「ありがとうございます。……では、新品の値段の六割でいかがでしょうか?」

「高い。五割にせよ」

 刃を見ながら、責任者は値切ってくる。

 ペイベロはこめかみをピクリと動かした。六割だって市場価格を見れば安い方なのだ。それを知らずに、反射的に値切ってくる輩が、ペイベロはこの世で一番嫌いだった。

 喉元まで「バカヤロー」と声が出かかったが、寸前でこらえる。

 訳あり商材に、相手が相手だ。ここまで来て、些細なことでこじらせる訳にはいかなかった。

「では、それで……。ただし即金でいただけませんか。なにぶん路銀に困っておりまして」

「よかろう……。では、即金でくれてやる!」

 責任者は突然、刃を振るった。ペイベロの頭の上に落とされる。

 しかし──。

「動くな……」

 湧き水よりも冷たい言葉が響くと、責任者の身体がぴくりと止まった。

 ペイベロの頭に振り下ろす前に、自分の喉元に刃が突きつけられていたからだ。

 つぅ────っ、と首から小さく鮮血が滴る。あと半歩踏み込んでいれば、首が飛んでいただろう。責任者は首を動かさず、視線だけを動かして前を向くと、ヘーゼル色の瞳と目が合った。

 抜き身のような殺気が、責任者を貫く。

「この商談はお互いにメリットがあり、リスクがあるものだ。軽々な行動はつつしんでもらおう。仮にこの密約が破られたなら、最初に首が飛ぶのはお前の方だ。違うか?」

「わ、わかった。頼む。命だけは……」

「ヴァル……。そこまでです」

 すると、ヴァルことヴァロウは責任者から刃を離す。

 腰の鞘に仕舞うと、青ざめる責任者の側でそっと耳打ちした。

「心配するな……。こっちから口を開くことはない。ただ新品の九割でいいな?」

「き、きゅーわり? ま、待て! 約束は五わ────」

「どうせ新品として申請し、差額を自分の懐にでもしまうつもりなのだろう。それがバレて、バルケーノの耳に入ればどのような罰が下されるか、わからないわけではあるまい」

「ぐっ!!

「お前は二つの裏切りをした。禁制の中古品とわかって代金を受け取り、さらに差額分を懐に入れようとした。それを黙っててやると言っているのだ。一割でもお前の懐は十分暖まる……違うか?」

 ヴァロウのヘーゼル色の瞳は、いつになく厳しく冷徹だった。

 横で聞いていたペイベロは相手に同情するかのように微笑む。

 責任者は不幸だ。何故なら、商談相手がヴァロウあくまだったからである。

「……よ、よかろう」

 責任者はがっくりとうなれ、折れるしかなかった。


「肝が冷えましたよ」

 ペイベロは胸を撫で下ろし、横にいるヴァロウを見つめた。

 二人はメッツァーの中央官庁を出ると、真っ直ぐ城門へと向かう。

 一刻も早くメッツァーを離れるためだ。

「しかし、さすがはヴァロウ様ですね」

 ペイベロは金貨の入った袋に一度せっぷんする。

 袖の中にしまうと、思わずバランスを崩した。もらった袋は重いが、商人としては心地よい重さだ。

 代金はこれだけではない。一部はヴァロウの懐に入り、残りはペイベロが信頼する商人に預けている。メッツァー攻略後に、受け取れる算段になっていた。

 戦費の問題が、ひとまずこれで解消されたことになる。

 金貨の重さと反比例して、ペイベロは身体が軽くなったような気がした。

「まさか鍛冶師ではなく、その管理をしている兵士を抱き込んで武器を売りつけるとは……。思いも寄りませんでした。はったりも見事に利きましたし」

 武具のノルマが達成しなければ処断されるというのは真っ赤な嘘である。

 だが、バルケーノの性格ならばあり得る話だ。実際ノルマを達成しなければ、かなり高い確率でバルケーノは責任者を処断したことだろう。

「しかし、この嘘はバレないでしょうか」

「バレるだろうな。だが、後の祭りだ。すでに武具はメッツァー政府に納めてしまった。刻印もメッツァーのものにしておいたから、判別も難しいだろう」

「それにあの責任者が密告するとは思えませんからね」

 ペイベロの言う通り、もし密告すれば、首が絞まるのは責任者とその部下である。

 どんなことがあっても、口を開かないはずだ。

「まあ、今さらどうでもいいことですけどね。お金はもらいましたし。剣もおろすことができました。あとはシュインツに帰るだけです。ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「以前にもお尋ねしたことですが、何故御自らメッツァー城塞都市に来られたのですか? 難しい交渉であったとは思いますが、ご指示いただければ、わたくしでも対応できたと思いますが」

「お前の護衛が必要だった──では、答えになっていないか?」

 実際、ヴァロウがいなければ、という場面はいくらかあった。

 特に衛兵たちに絡まれた折、ヴァロウがいなければ、今頃ペイベロはどうなっていたかわからない。

 確かに人材的にも、ヴァロウしかいなかったという側面はある。同じ人間の姿になれるにしても、メトラでは護衛役の任務はきつい。ザガスは論外だ。それならばルロイゼンの駐屯兵の中から、精鋭を選別しても問題はなかったはずである。

 魔王の副官自ら敵地に赴くリスクを冒す必要はない、とペイベロは考えた。

「敵の中心地を見ておきたかったのだ」

「それだけですか?」

「それだけと言うが、重要なことだ。領主バルケーノを討てば、ここが俺たちの領地となる。四八〇〇〇人の民と、巨大な城塞都市を維持するには、あらかじめ綿密な下準備が必要だ。資料では見えてこない問題もあるだろう。だから、この目で見ておきたかったのだ」

「こういう言い方は失礼かと思いますが、ヴァロウ様はすでに勝った気でいらっしゃるのですね」

「今日の商売で大方な。まだ不確定要素はあるが、勝利が覆るほどのものではない」

「いやはや末恐ろしい……。一体、あなたは何手先まで考えていらっしゃるのです?」

「…………」

「いかがされましたか?」

 ペイベロの質問を無視し、ヴァロウは振り返る。

 その視線の先には、メッツァー城塞都市宮殿ブロワードがそびえていた。


 無事城門を通過し、ヴァロウたちはテーランの方面へと向かった。

 今、シュインツ城塞都市とメッツァー城塞都市の間にはすでに部隊が展開されている。

 精々五〇〇といったところで、シュインツに攻勢をしかけることはないが、両領地の行き来を制限していた。そのため一度テーランの方へ南下し、ルロイゼン城塞都市の鼻先をかすめるように南から入るルートを選択したのである。行程としては一日半ほどの差が出るが、致し方ないことだった。

 交代でづなを握りながら帰路を進んでいると、突然暴風が巻き起こる。

 馬車が浮き上がり、馬が驚いて立ち上がった。

 その瞬間、大きな影が頭上をしっする。

 御者をしていたペイベロはターバンを押さえながら空を見上げ、ほろの中で身体を休めていたヴァロウも顔を出した。

「飛竜……」

 ペイベロが息を呑むと、挨拶とばかりに飛竜は甲高くいなないた。

 大きい──。通常の飛竜よりも一回りほど胴が太い。大きな翼を広げ、ヴァロウたちを威嚇するように吠声を上げていた。直後、飛竜が真っ直ぐ降下してくる。

 そして急停止した。砂埃が舞い上がり、その向こうから声が聞こえる。

「くく……。やはりここを通り寄ったか、鼠め」

 鼠色の髪が風にあおられ、逆立つ。角張った顎から伸びた髭が喉元を隠すように広がり、目は大きくはつらつとしていた。目尻や口元に寄った皺から考えても、どう見ても老人であったのだが、その肩幅は広く、手に持った大槍をぐるりと動かしている。

「まさか、あれがバルケーノ・アノゥ・シュットガレン!!

 ペイベロは言葉を吐き、せんりつする。

 見開いた彼の目には、メッツァー城塞都市領主にして、大要塞同盟総領主の姿が映っていた。

 すると、バルケーノはすんと鼻を動かす。

「貴様は人間のようだな。鼠は中の小僧か。出てこい。いるのはわかっておるぞ」

 すると、ヴァロウが幌から出てくる。特段感情を露わにすることはなく、淡々とした足取りで馬車から出てきた。顔を上げ、ヘーゼル色の瞳でバルケーノを射貫く。

 見るものの心胆を寒からしめるヴァロウの魔眼をまともに受けても、バルケーノは大きな目を細めて、愉快げに笑うだけだった。

「ほう。若い魔族だな。だが、良い面構えをしておる。相当な場数を踏んでおるのだろう。一〇〇、二〇〇ではきかんな。貴様、何者だ?」

「ヴァロウ……」

 バルケーノの顔色がたちまち変わった。ギリッと音を立て、奥歯を噛む。

「ヴァロウだと……。よもやあの小僧と同じ名とはな。そういえば纏う空気もどことなく似ておる」

 両者の会話の間に入ったペイベロは、少し疑問に思う。

 実は、エスカリナも同じようなことを言っていた。

 ヴァロウは人類軍最強の軍師ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルと似ていると。

 他人のそら似などよくあることだし、互いに天才軍師ゆえ、重なるところもあるだろう。しかし、今目の前にいるのは、間違いなく魔族のヴァロウである。ペイベロはあいにくと人間のヴァロウを知らない。しかし、人間が魔族になるなどあり得ないことだとは知っている。

「そんなことはどうでもいい。領主のお前が、何故ここにいる?」

「お主の方こそ何故我がメッツァーにいた? ものさんというわけでもなかろうて。敵情視察か?」

「…………」

だんまりか。まあ、良かろう。──して、我がメッツァーはどうであった?」

「お前らしいと思った」

「我らしいだと?」

「バルケーノ、お前は確かに猛将だ。その強さは認めよう」

「ふん。尻がかゆいわ」

「だが、それ故に孤独だ」

「なんだと?」

「強い故に、お前はすべてを自分で成してきた。だから、自然と人に頼らなくなっていったのだ。いや、興味がないと言い換えてもいい」

「…………」

「故に民が飢えても言葉を聞かず、民が虐げられても手を差し出さず。お前はただちょくに強さだけを追い求めてきた。そのすべてを己の強さで覆い隠そうとしたのだ」

「……っれ」

「だが、それは将の器であっても、君主の器ではない。それはお前も認めてるところなのだろう。それが自分の弱さであることを知っている。故に、戦さを求めた。さぞ反乱軍を潰すのは、心地の良いものであったはずだ。己の強さをアピールする絶好の機会であっただろうからな」


 だまれ! 小童!!


 バルケーノの声が遠く離れたメッツァーにすら届こうかという勢いで、森に響く。

 しかし、ふんはそこまでだ。

 猪のように鼻息を荒くすると、現れた時と同じようにヴァロウを睨んだ。

「良かろう。舌戦は貴様の勝ちでよい。それほどの大言を吐くのだ。よほど貴様は君主としての才覚があるのだろう」

 バルケーノはたいそうをぐるりと振り回し、構えた。

「ならば、将としての器はどうか? ここで測らせてもらおうか」

 殺気と覇気を、同時に目の前の小僧ヴァロウに叩きつけた。

 凄まじい気を放ちながら、それでもバルケーノは笑みを浮かべている。

 その挑発とも言える行動に対し、ヴァロウは鞘から剣を抜き放って応えた。

 魔王の副官vs竜王。

 すべての段取り、時間、空間、ドラマの構成すら彼らはすっ飛ばしていく。

 大要塞同盟との戦いは、いきなりクライマックスを迎えた。

「行くぞぉぉお!!

 バルケーノの声が雷鳴のように轟いた。手綱を引くと、乗っていた飛竜が翼を広げ飛翔を始める。

 孤を描き、空で半回転すると、一直線にヴァロウに向かって降下してきた。

 全身を捻り上げた上でバルケーノはこんしんの力を込めて、大槍を振り下ろす。

 がぎぃぃいいぃいぃいぃぃいいぃぃぃいいいぃぃ!!

 凄まじい金属音が周囲にでんし、空気が震えた。梢が突風に煽られたかのように揺れる。

 落下速度とバルケーノの膂力。その二つが合わさった一撃は、説明するまでもなく苛烈だ。

 常人であれば、叩きつぶされていただろう。

 だが、今バルケーノが相手しているのは、人間ではない。