「君たち果てしなく興味がなさそうだね」

 アルパヤは脱力する。

 魔族の中には、馬五〇頭を引きずることができる種族もいるし、馬より速く走れる者もいる。

 その程度で、「すごい」と言われても、魔族たちにはピンとこなかった。

 だが、一人興味を示した者がいる。ヴァロウだ。

 興味深げにキラビムを観察していた。

「出力機関は二つか?」

「お! 指揮官さん、わかる? 魔法鉱石ミスリルの大欠片を二つ付けてるよ」

「それでこの重量を動かせるのか?」

「それ以上付けると、エネルギー炉の効率が悪くなるんだ。機関の連続詠唱にも雑音が入るしね」

「この回路は……? なるほど。直接駆動によって効率を上げているのか?」

「お、お前ら……。もっとわかる言葉で喋れよ」

 ヴァロウはふむふむと頷く横で、ザガスが頭を掻いた。

「それでこんな魔法鉱石ミスリルの塊が、二〇〇万の人間を殺せる兵器と言うのか?」

 ベガラスクは眉間に皺を寄せながら、少々乱暴にキラビムの装甲を叩いた。

 その表情にタジタジになりながら、ドワーフの娘は肩を竦める。

「そ、そう……見えないかな?」

「ふん。こんな見るからに弱そうなヤツが、二〇〇万の人間を殺せる兵器なはずがない!」

 ベガラスクは断言する。さすがにその言い方にカチンと来たらしい。

 アルパヤはむっと頬を膨らませ、魔狼族ワーグに挑みかかった。

「じゃ、じゃあ! キラビムが弱いかどうか試してみてよ!」

「試すだと?」

「そうだよ。ボクがこれに乗って、動かすからさ。ボクとキラビムに負けたら、煮るなり焼くなり好きにするがいいさ」

「面白い! 貴様、今誰に喧嘩を売っているかわかっているのであろうな。オレの名前はベガラスク。第四師団師団長にして、魔王様の副官だ」

「え? 魔王様の副官……!」

 アルパヤの顔から血の気が引いていく。

 いくら魔族から離れて育った世代とは言え、その副官の実力は伝え聞いているらしい。

「撤回するなら今のうちだぞ。ま──。どうせお前たち裏切り者は助からないがな」

「ちょっと待ってください」

 アルパヤとベガラスクの間にメトラが入り、二人を制する。

「アルパヤ、今乗ってと言いましたね」

「え? うん。このキラビムは中に入って操縦するんだ。大きなよろいだと思ってくれればいいよ」

「じゃあ、なんで今動いているんですか?」

 メトラはキラビムを指差した瞬間、頭に付いた赤い光点が閃く。

 すると、右手がアルパヤに向かって振り下ろされた。

「危ない!!

 メトラの悲鳴が響く。

 鋭い金属音が倉庫に広がり、剥き出しの地面に大きな穴が出現する。だが、そこにドワーフの死体はない。あるのはぺちゃんこになったベレー帽だけだった。

 キラビムの赤い光点が左に流れる。その視線を辿たどっていくと、ヴァロウが立っていた。

 自分の胸に押し付けるように、アルパヤを抱きかかえている。

「あ、ありがとう……。えっと……」

「ヴァロウだ。怪我はないか?」

「……え? あ、うん。うんうん」

 灰色の髪を揺らす。

 ヴァロウはアルパヤをそっと立たせると、キラビムに向き直った。

「おい。これはどういうことだ、娘」

 ベガラスクはこめかみの辺りをひくひくさせながら唸り、牙を剥き出す。

 その表情だけで心臓が凍り付きそうだったが、今はそういう場合ではない。

「あ、ありえないよ! ボク以外の人間が動かしているとしか……」

 直後、大きな笑い声がキラビムの中から聞こえてきた。

「くっはははははは! なかなかの力ではないか。土竜ドワーフが作ったわりには高性能だ」

「も、もしかして領主様!?

「まさかシュインツの領主? こんなところにいたなんて」

 主にシュインツに残っていた人類は、領主の館に勤めていた家臣やその家族だけだ。すでに彼らは捕らえたが、領主だけがまだ見つかっていなかった。

「探す手間が省けたな。覚悟しろ、人間。その不細工な魔導具が、お前の棺桶だ」

 ベガラスクは指の先から鋭い爪を伸ばす。

 一直線に走り、キラビムに向かって爪を振り下ろした。

 鉄を引っ掻いたような奇妙な音が鳴り響く。

「なにぃ!!

 ベガラスクの渾身の一撃に対し、キラビムが負ったダメージは一部塗装が剥がれただけだった。

 魔狼族ワーグの爪は軽々と鋼を切り裂くが、魔法鉱石ミスリルは別である。複雑に組織が入り組み、さらに魔法的なじんせいを持つため、鋼以上に硬いのだ。

 そのベガラスクに代わって走ったのは、ザガスだった。

「斬れないなら、ぶっ壊すまでだ!」

 棍棒を振り下ろす。再び甲高い金属音が荒ら屋に響いた。

「────ッ!」

 ザガスもまた目を剥く。

 キラビムが振り下ろされた棍棒を受け止めていたのである。

「ほほ! 人鬼族ワーオーガの力を上回るか! これはすごい!!

 キラビムは棍棒ごとザガスを持ち上げると、まるで藁人形のように放り投げた。

 薄い倉庫の壁を破って、ザガスは外へと消えて行く。

 凄まじい力に、その場にいた魔族全員が戦慄した。

「やめて!!

 領主が搭乗するキラビムの前に現れたのは、アルパヤだった。

「それはボクが作ったんだ! 今すぐ降りろ!!

「うるさい。指図するな、この裏切り者め!!

「え…………」

「魔族が劣勢だと見ると、人類に尻尾を振り、人類が劣勢だと知ると、魔族に尻尾を振る。土と鉄の一族が聞いて呆れるわ!」

「ち、違う!」

 アルパヤはくすんだ灰色の髪を振り乱す。

「ドワーフは自分たちの住み処を守りたかっただけなんだ。ただそれに一生懸命なだけだ……。ホントはみんな、武器なんて作りたくない。けれど、ボクたちと人類を仲介した人間が約束してくれたって聞いた」


 武器は多くの人を殺す。多くの魔族を殺すだろう。……でも、いつか戦争そのものを殺す。


「武器を手にし、戦わなければ終わらない。そう言ったから、ボクたちは武器を作り続けた。でも、誰も心の底から戦争を望んでいるわけじゃないんだ! 土をいじって、身体を煤だらけにする方が、戦争なんかするよりもボクたちは何万倍も幸せなんだ!」

「ほざけ! 武器を作りたくないだと? 冗談を言うな。こんな兵器を作っておいて何を言う」

「キラビムは元々穴掘り用の魔導機械として作ったんだ。ボクみたいなひ弱なドワーフでも、みんなの役に立てるようにと思って……」

「詭弁だな!! 自己を正当化しようとしているだけだ」

「そうだよ。でも、そんなの……みんなも同じじゃないか。たった今も、どこかで魔族や人間が死んでるのに……。戦争だからって、みんな諦めてるじゃないか。ボクは終わらせたい……。たとえ、二〇〇万人の人間を殺したって。武器を作らなくていい世の中ができるなら!」

「は!! 青いな! そんな覚悟が土竜ドワーフにあるものか!!

「ボクはただのドワーフじゃない! とががくしゃ!!


 罪を背負う覚悟ならとっくにできてる!!


 アルパヤは叫ぶ。倉庫の壁が揺れるぐらいの大声で。

 しかしアルパヤの言葉は領主には届かなかった。

 領主の意味のなさない絶叫が空気を震わせ、キラビムの腕がアルパヤに伸びていく。

 ゴォォォオオオオオオンンンンン!!

 釣り鐘を叩いたような音が響き渡る。

 アルパヤは目を開け、自分が生きていることに気付いた。

 黒い髪の人鬼族ワーオーガがキラビムの腕を受け止めている。

 その手の甲に、角を模した紋章が紅蓮に輝いていた。

「ヴァ、ヴァロウ……」

「アルパヤ……。お前の覚悟、見事だ……!」

「あ……? う、うん……!」

「だからと言うわけではないが……。お前の傑作を破壊させてもらう。──許せ!」

 ヴァロウは魔法を唱える。

 ごろりと空に暗雲がたれ込めると、青白い雷撃が倉庫を貫く。

 そして、一直線にキラビムに向かって落ちてきた。

「ぎゃああああああああああああ!!

 雷撃がキラビムを伝い、操縦席で暴れ回る。

 領主の断末魔の悲鳴とともに、肉の焼ける匂いが倉庫の中に漂った。


「あーあ……。回路がボロボロだ……」

 黒焦げになったキラビムを見ながら、アルパヤはため息を吐く。

 落ちていたベレー帽の埃を払い、ぼさぼさの灰色の髪を帽子の中に収めた。

 魔法鉱石ミスリルには弱点がある。

 耐火耐水耐圧には強いが、雷属性の魔法に滅法弱いのだ。

 対処法として、特殊な膜を張る方法があるが、キラビムにはその処理が施されていなかったらしい。おかげで通雷した魔法鉱石ミスリルが操縦席内で過剰に放雷したため、中にいた領主は黒焦げだった。その遺体を回収した後、回路などを確認したが、どこも焼き切れて使い物にならなくなっていた。

「はあ……。一からやり直しか」

「ああ。そうだ。一からやり直せ」

 悪びれることもなくそう言ったヴァロウも、アルパヤと一緒に損傷具合を確認していた。

「元々これは掘削用に作っていたのだろう?」

「う、うん……」

「ならば、戦闘用に作り直せ。今のままでは、やはり魔法鉱石ミスリルの塊だ。対雷属性被膜も貼っていなかったしな」

「えっと……。ちょっと待って、ヴァロウ! いいの? ボク……。キラビムを作って……」

「確かにこのキラビムだけでは、二〇〇万の人類を殺せないだろう」

「そ、それは……気付いてた。その、それは方便というか……」

「俺の話を最後まで聞け。俺はこのキラビムだけでは──と言ったのだ」

「ほへ?」

 アルパヤが首を傾げると、頭に載せていたベレー帽がずり落ちる。

「五〇、いや──まず最低一〇〇体のキラビムを用意しろ。むろん、改良したものをな」

「ひゃ、一〇〇体!? これ、一体作るのに、何ヶ月かかったか知ってる?」

「一〇〇体のキラビムを作り、二〇〇万の人類を殺せ……。そして二〇〇万の命を救え……」


 俺がその戦場を用意してやる……。


「ヴァロウ……」

 そのヴァロウの横顔を見ながら、アルパヤは呆然とする。

 ベレー帽を取り、ギュッと胸の前で握る姿は、まるで神に祈っているかのようだった。

「待て、ヴァロウ! 貴様、このドワーフたちを許すのか? それとも、このアルパヤというヤツだけを許すのか?」

 鋭い視線を向けたベガラスクが、ヴァロウを詰問する。

 身が竦むような視線を浴びても、ヘーゼル色の瞳が揺らぐことはなかった。

「シュインツにいる全員だ」

「百歩譲って、この女が優秀な技師であることは認めてやる。キラビムという奇怪な兵器を量産するというなら、それもいいだろう。だが、それはこの女だけがいれば事足りることだ。他のドワーフは違う!」

「ベガラスク、お前は何を聞いていたのだ?」

「なにぃ?」

「アルパヤは言った。『ホントはみんな、戦争の武器なんて作りたくなかった』と。こいつらは、イヤイヤ武器を作らされていただけだ。そんな作り手の魂が入っていない剣で、俺たち魔族を斬れると思うか?」

「それこそべんであろう! こいつらの罪が許される理由にはならない」

「ならば、ドワーフの住み処であることを百も承知しながら、ここを放棄し、撤退せざる得なかった魔族はどう裁かれるのだ?」

「それは……。そもそもだな。オレは、こいつらがまた裏切るのではないかと──」

「ならば、俺たちがきっちりと管理すればいい」

「お前! 第六師団で面倒を見るつもりか?」

「なんだ? 第四師団が面倒を見るのか?」

「ふん! 鈍足のドワーフなど。我らについていけるものか」

「決まりだな……」

「いやいやいやいや、待て。勝手に決めるな」

「いずれにしろ。こいつらの沙汰は俺たちが決めることではない。この地を平定した後に、魔王様が直々にお決めになることだ。違うか?」

 魔王という名前を出されて、初めてベガラスクは反論を止めた。

 一万人規模の魔族を裁くのだ。いくら魔王の副官と言えど、裁量権の範疇を超えている。

 魔王にお伺いを立てるのは、当然と言えば当然だった。

「わかった。魔王様の判断を仰ぐ……」

 ようやくベガラスクは矛を収める。

 一触即発の空気が緩むのを見て、アルパヤはホッと息を吐いた。

「がああああああああああ!!

 突然、声が響き渡る。壁を破壊し、ザガスが倉庫に戻ってきた。

 どうやらずっと気絶していたらしい。

「くそが! もう一戦だ! 鉄くず野郎! かかってこい!!

 声を張り上げ、荒ら屋の中を見渡す。だが、黒焦げになったキラビムを見るや、ザガスの怒りはアルパヤに向けられた。その胸ぐらを掴むと、獅子のようなほうこうを上げる。

「今すぐ直せ!」

「そ、そんな簡単に直ったら苦労しないよ!」

「魔法でパパッと直せばいいだろうが」

「キラビムはそんな簡単なものじゃないの!! ねぇ、ヴァロウ! このお兄さんに、説明してよ」

「ザガスは説明されて納得するほど頭がよくない。突っかかれるのがイヤなら、とっととキラビムの二号機を作るんだな」

「ああ! もう! これじゃあ、人族が治めていた時の方がよっぽどマシだよ!!

 アルパヤは弱音を倉庫の中でぶちまけるのだった。


 再びドワーフたちは集められると、倉庫での一件についてアルパヤ自身の口から説明がなされた。

 戸惑う者もいたが、ひとまず命がつながったことに安堵する者がほとんどだ。

 だが、再び魔族のために武器を作って貢献するということに、難色を示す者は少なくなかった。そのほとんどがベテランの職人たちである。人類軍の下でかなり酷使され、身体がボロボロなのだと言う。ゆっくり余生を過ごしたい、というのが彼らの本音であった。

 当然、ベガラスクは鼻の頭に皺を寄せたが、ヴァロウは「それでいい」と頷く。

「先にも言ったが、魂のこもっていない武器ほど不要なものはない。やる気がないなら、それでもいい。ただ──」

 すると、ヴァロウは一枚の紙を皆に向かって掲げる。

 魔族の書類ではない。なぜならば、人間の言語で書かれていたからだ。

「最後に、お前たちがやり残した仕事をしてもらう」

「「「オラたちがやり残した仕事?」」」

 ヴァロウは書類をドワーフたちに見せる。

 確認した瞬間、土と鉄の一族たちはギョッと目を剥くのだった。



 シュインツ陥落……。

 その報告はすぐに大要塞同盟主都市メッツァーに届けられ、領主バルケーノと、結局ブロワード宮殿に泊まることになってしまったルミルラの知るところとなった。

 シュインツにはゴドーゼンの『風の勇者』、テーランの重戦士部隊のような主戦力となる武将タイプの人材がいない。その代わり、メッツァー以上に高い城壁と、優秀な工兵部隊が揃っていた。

 二、三日ぐらいなら余裕で魔族の攻勢に耐えられると思っていたのだが、蓋を開けてみれば半日と保たなかったという。

 バルケーノは葉巻から紫煙をくゆらせながら、眉を顰めた。

「一体、どんな大軍で攻めてきたのだ、ヤツらは!」

 報告書を叩き、レドベンに詰め寄る。

 軍務参謀と大臣を兼任するレドベンは、三角縁の眼鏡を釣り上げながら答えた。

「報告によれば、およそ三〇〇〇……」

「三〇〇〇だと!」

 バルケーノは思わず声を荒らげた。

 今にもレドベンに掴みかかりそうな勢いで、顔を赤くする。

「愚か者どもめ! 高々倍数の兵力で城塞しろ一つ守れないとは……。シュインツの領主は、そんなに無能だったのか?」

 バルケーノはするが、横でやりとりを見ていたルミルラは冷静だった。

「落ち着いてください、父上」

「落ち着いていられるか! ルロイゼンに続き、シュインツまでヤツらに落とされたのだぞ。大要塞同盟の三分の一の都市が、悪魔どもに奪われたのだ。落ち着いている方がどうかしている」

「ごもっともですが、まずはお平らに……。問題はシュインツが落とされたことではありません」

「なんだと? どういうことだ?」

「問題は一体どこから三〇〇〇の兵が現れたか、ということです」

「ルロイゼンに決まっておろう」

「恐れながらバルケーノ様……」

 レドベンが恐る恐る親子の会話に割って入る。

 ルミルラが言いたいことに気付いた参謀は説明を引き継いだ。

「我々が知り得る情報では、ルロイゼンにいる魔族の数は一〇〇〇名余りと思っておりました。そのほとんどが、魔物やアンデッドです」

「それが一気に二〇〇〇も増えたのか? どうせアンデッドを増やしただけではないのか?」

「それは違います。報告によれば、魔狼族ワーグも含まれていた、と……。また確定情報ではありませんが、第四師団師団長ベガラスクの姿もあったそうです」

「第四師団!!

 その報告には、さしもの『竜王』と言われた男も声を張り上げた。ルミルラは神妙に頷く。

「そうです。その第四師団がどこから現れたか、それが問題なのです」

 魔族本国は遙か彼方だ。二、三人の魔族ならまだしも、二〇〇〇の兵が人類の支配権を抜けて、ルロイゼンにやってくるのは、どう考えてもおかしい。そもそも魔族本国から人類圏に向かう道には、人類軍の精鋭が揃う前線部隊が詰めている。たかだが二〇〇〇の兵で突破できるはずがないのだ。

 仮に大軍を送り込める転送魔法を、魔族が開発したならば、たちまち内地は大騒ぎになるだろう。

「ふん。まあ、良い」

 バルケーノは会議室の椅子にどっかりと腰を下ろすと、髭を撫でた。

「これで決定的だ。ちまちましていれば、シュインツの二の舞になるぞ」

「お待ちください、父上! 相手の出方を見るべきです。それに昨日、申し上げましたが、先の反乱でまだ戦力が整っておりません。武具も満足に揃っていないというのに──」

「ならば武器の調達を急がせろ!」

「お、恐れながら閣下……」

 レドベンは一度、眼鏡をかけ直し、報告書を見ながら答えた。

「武器防具ですが……。すべてシュインツに発注しておりました。今、メッツァー中の鍛冶屋に依頼しておりますが、再調達には今しばらく時間がかかるかと」

「まさか……。シュインツを狙ったのは、そのため──」

 ルミルラは冷静に事態を受け止める一方、その父親は違った。

「なんたることだ!!

 机にあった灰皿を払う。煙草の灰が舞い上がる中、バルケーノは竜の炎のように息を吐き出した。

「鍛冶屋に見張りを付けろ! ヤツらを一日中働かせるのだ! 休みを与えるな!!

「そ、それでは鍛冶師が死んでしまいますぞ」

「魔族に犯されて殺されるのと、過労死で死ぬのとどっちがいいのだ。それでも死を選ぶというなら良かろう。我自ら刃をくれてやるわ!」

「父上! 横暴が過ぎます! 先の反乱で、メッツァーでは反戦の機運が高まっているのに。これ以上、民を刺激するのはお止めください」

「口出しするな、ルミルラ! ここは我が治める都市ぞ。それとも、ヴァルファルにもふれを出してやろうか? 大要塞同盟主都市の総領主として」

「…………」

 ルミルラは反論しなかった。

 大要塞同盟の主都市の総領主でも、ヴァルファルの政治に口出すことはできない。それができるのは、中央の大臣級ぐらいだろう。

 つまり、バルケーノはその判断すらできないほど、怒り狂っているということだ。

 だが、決してバルケーノは猪突猛進な武将ではない。時が経てば、冷静になるだろう。

 戦力が整うまでの時間は、良い冷却期間となるはずだ。

 それよりもルミルラには考えることがあった。難攻不落のルロイゼン城塞都市を占拠した手並み。テーランの重戦士部隊を退け、風の勇者ステバノスの死にも魔族が絡んでいる。信じがたいが、反乱軍を誘発したという憶測も、あながち間違っていないだろう。

 そして今回のシュインツ攻略。世界は広いといえど、この短時間でここまでの成果を上げられる者は、人類軍にも魔族軍にもいないはず。

 ただし──一人を除けば……。

「父上、私はヴァルファルに戻ります」

「ああ……」

 それ以上、何も言わず、バルケーノは壁にかかった地図に視線を向ける。

 別れの言葉はなく、ルミルラは少し寂しげに会議室を後にした。



 シュインツ城塞都市を占領下に置いたヴァロウたちは、つかの間の休息を取っていた。

 領主館を接収したヴァロウは、残っていた書類を一枚一枚確認し、都市の点検を始める。

 もうすぐヴァルファル、もしくはメッツァーが攻めてくるはずだ。

 その前に、シュインツの財政状況や裏帳簿などを確認する必要があった。

 敵を事細かく分析するのが、軍師の仕事だ。ある程度予想はついているが、あくまで予想である。

 真実を掘り下げていけば、思わぬ掘り出し物があることを、ヴァロウは経験で知っていた。

 書類の精査に励んでいると、ヴァロウのもとにベガラスクがやってくる。

 白銀の魔狼族ワーグはどこか落ち着きがなく、せわしなく尻尾を振ったり、耳を掻いたりしていた。

「どうした、ベガラスク?」

「う、うむ。ヴァ、ヴァロウよ。オレのシュインツでの活躍はどうだった?」

「活躍? ああ……。助かった。お前と第四師団がいなければ、シュインツを落とせなかっただろう。聞いてはいたが、魔狼族ワーグの制圧力はさすがだな」

「ふ、ふん……。そ、そうか。そうであろう」

 ヴァロウに褒められ、ベガラスクは気を良くしたらしい。大きく胸を張り、遠吠えでもするように鼻を掲げる。ぶんぶんと振った尻尾の毛並みはよく、もふもふになっていた。

「で……? そんなことを言いに来たのか? 俺は忙しい。次の戦さに備えなければならんのだ」

 ヴァロウは書類に目を落とそうとする。

 我に返ったベガラスクは慌ててヴァロウに迫った。

「ち、違う。そうではない。ううむ……。なんと言えばいいのか。褒美とでも言うのか……」

「褒美がほしいのか? それは構わんが、普通褒美というのは目上からもらうのであって──」

「いやいや、そういうわけではない!」

 ベガラスクはブルブルと首を振り、同時に尻尾を振った。

「そのつまり……。け、契約だ!」

「契約?」

「そう。お前と取り交わした契約だ。あれはどうなっている?」

 そこでようやくヴァロウは気付く。持っていた羽ペンを置いた。

「なるほど。焼き魚が食べたいのだな」

「べ、別に! おおおお、オレが食べたいわけじゃないぞ。へ、兵が食べたいって言うから……。そ、そもそもお前とはそういう契約だったはずだ」

 ベガラスクは素っ気ない風を装うのだが、全く以て失敗していた。

 言葉では否定していても、態度ではわかるものだ。さっきから耳を掻いたり、尻尾が揺れたりしているのは、期待の表れだろう。

 焼き魚を毎日食べるという契約は、余程魔狼族ワーグにとって魅力的なものだったらしい。

「わかった。心配するな。すでに補給部隊がシュインツに向けて、出発しているはずだ」

「補給部隊だと……。オレは聞いていないぞ」

「ああ……。シュインツはドワーフの街だ。まともな食糧などないとわかっていた。だから、時間差をつけて補給部隊をルロイゼンから進発させておいたのだ」

「おお!」

 ベガラスクの顔がまるで子どものように輝くが、すぐに表情を引き締める。

 再び第四師団の師団長としての威厳を取り戻そうとするが、すでに遅かりしだった。


「みんな、お待たせ!」

 城門をくぐり、補給品を詰んだ荷馬車と一緒に現れたのは、エスカリナだった。

 長旅だったにも関わらず、疲れを全く見せず、向日葵ひまわりのような笑みを周囲に振りまいている。

 それを見て、ギョッとしたのはメトラであった。横のヴァロウもやれやれと首を振る。

 エスカリナが補給部隊に帯同していることを、この時初めて知ったからだ。

「あなた、どうして? ルロイゼンにいるはずじゃ」

「シュインツに知り合いがいてね。ついでに会いに来たのよ」

「知り合い?」

「メフィタナさんって言って、ここの領主のはずだけど」

「あなたもメフィタナ先生を知っているの?」

「メフィタナ先生……?」

「はっ!」

 メトラは慌てて口をふさいだが、言った後ではもう遅い。

 エスカリナはジト目でメトラを疑った。仕方なく、ヴァロウが助け船を出す。

「メフィタナはいない。中央に連行されたそうだ」

「え? わたし、そんなこと聞いてないわよ!」

「不名誉なことだし、お前の父が報告しなかったのだろう」

「そっか。だから、手紙を送っても返事が来なかったのね」

「そのメフィタナという人物とは、仲が良かったのか?」

「うん。面白い人よ。すっごく変わった人だけど……」

「相変わらずか……」

「ん? ヴァロウ、何か言った?」

「そのことはいい。来てしまったのならしょうがないが、お前の役目は補給ではない。ルロイゼンの維持だ。仮にも領主代行を務めているのだから、軽はずみな行動はするな」

「……うっ。ごめん、ヴァロウ」

「あと、どうしても城塞都市の外に出たいなら、まず俺に報告しろ。報連相は基本中の基本だ」

「そうね。ヴァロウの書物にも書いてあったし。ああ。このヴァロウは、人間の方のヴァロウね」

「…………」

「ごめんなさい、ヴァロウ。今度からは気を付けるわ」

「わかればいい。補給部隊として来たのだ。部隊の手伝いをしてやれ。早々に焼き魚の用意をしないと、魔狼族ワーグがお前たちの首を掻き切ることになるぞ」

「そ、それは怖いわね……。なるべく早くするわ」

 エスカリナは顔を引きつらせる。

 その後二、三人の兵に指示を出して、ヴァロウは領主の館に戻っていった。

 ヴァロウの小さな後ろ姿を見ながら、エスカリナはある一人の男と重ねる。まだ物心さえあやふやだった頃、たまたま父に連れられた戦場で見た──あの軍師の背中とそっくりだった。


 シュインツの中央広場に炊き出し場が立っていた。

 本来なら、軍人以外に近づくことができないが、ヴァロウがシュインツの民にも開放したのだ。

 官民交流の一環として、エスカリナが提案し、ヴァロウが許可したのである。

「おお! こりゃうめぇ!」

「川魚はたまに食べるが……」

「海魚もうめぇなあ!」

「ああ。この塩気がたまらねぇべ」

 ドワーフたちにも焼き魚は好評だ。

 彼らは暇さえあれば、土を掘り、鉄をっているような種族である。そのドワーフたちが、手を止め、唇の周りを白身の食べかすだらけにしながら、焼き魚を夢中で頬張っていた。

 そして、この師団長もまた焼き魚の虜になっていた。

「うむ! うまい!」

 ベガラスクだ。両手で串の刺さった焼き魚を持ち、かくかくと下顎を動かしてしゃくしていた。いつもは鋭い眼差しを放っているベガラスクが、無邪気な少年のように喜んでいる。他の魔狼族ワーグの評判も上々だ。シュインツの駐屯兵に対し、凶爪を振るっていた彼らも、地面に腰を下ろして焼き魚をたんのうしている。

 中央広場には魔狼族ワーグや魔獣、補給部隊としてルロイゼン城塞都市からやってきた駐屯兵、そして裏切り者と断じられたドワーフたちまで集まっていた。

 不思議な光景だった。過去において因縁ある種族たちが、同じ釜の飯を食べている。

 これもヴァロウが目的の一つと掲げる種族の垣根を越えた融和の形なのかもしれない。

 そんな中、一人食事が進んでいない者がいた。

 今は動いていない噴水の前に腰を下ろし、焼き魚を眺めていたのは、ザガスである。

「どうしたの、ザガス? おいしくなかった?」

 三角巾を被ったエスカリナが尋ねる。

 実は、ザガスが眺めていたのはエスカリナが焼いた魚であった。

 味について、懸念がなかったわけではない。ルロイゼン城塞都市はすぐ近くに海があるが、シュインツ城塞都市は内陸にある。魔法を使い、冷凍保存してきたものの、ここまで持ってくるのにはかなりの時間を要している。ルロイゼンで食べられるものとは違って、鮮度が落ちるのだ。

 だが、ザガスは事も無げにこう言い放った。

「飽きた!」

「へ?」

「そろそろ肉が食いてぇ……」

 食べかけの焼き魚をポンと放り投げると、慌ててエスカリナはそれをキャッチする。

「ちょっと! 食糧を粗末にすると、もったいないお化けが出るわよ」

「なんだ、そりゃ。は! そんなお化けだか、ゴーストだか知らねぇけど、いたとしてもオレ様がぶっ飛ばしてやるぜ」

 理論としてはむちゃくちゃだが、ザガスならやりかねない。

 エスカリナはやれやれと息を吐いた。

「お肉はまだ用意できないけど、魚の味付けを変えることはできるわ」

「味付けだぁ?」

「そうよ。魚の味付けを変えるの」

「それでオレ様の腹を満足させられるのか?」

「ええ……。自信はあるわよ。あなたたちが、魔王城に行ってる間、わたしが何もしてなかったと思ったら大間違いなんだから」

「よし。さっさとオレ様に寄越せ。中途半端なもんだったら、まずてめぇから食ってやるからな」

 ザガスは吠えるのだった。


 即席のちゅうぼうに戻ると、エスカリナは腕をまくった。

 まな板に大きめの魚を載せ、手際よく切り身にし、骨ごと水を張った鍋に入れる。沸騰し、皮の部分がチリチリになってきたらお湯から上げ、一旦冷水で冷やした。

「それを食べるのか?」

「ひゃ!」

 気がつくと、ザガスが立っていた。

 まさか厨房まで付いてくるとは思わず、エスカリナは悲鳴を上げる。

「こ、これは臭み抜きよ」

「臭み抜き?」

「おいしくするための調理方法よ」

「ふーん。ま、どうでもいいけど、早くしろよ」

 これ見よがしにザガスが、自身のお腹と共に抗議する。本人と同様に胃袋もせっかちらしい。

 エスカリナは魚をよく洗い、再び鍋に入れる。その上に何か乾いた草みたいなものを置いた。

「なんだ、そりゃ」

 ザガスは草を摘まみ、エスカリナの制止も無視して、口にした。

「味がしねぇ……」

「こらこら……。これは食べ物じゃないの。出汁を取るためのものなのよ」

「出汁?」

「料理をおいしくさせるための……調味料って言ったらいいのかな?」

 エスカリナはもう一枚らびた草を出す。

「これはね。乾燥させた海藻なのよ」

「海藻? なんだってそんなもんを入れるんだ? 食べてもおいしくねぇのに」

「詳しくはわからないわ。でも、うちに大昔からある料理本があってね。海の料理をする時は、この海藻で出汁を取るのが一番って書いてあったのよ」

「訳わからねぇ」

「もう! だったら厨房から出てってくれる。ただでさえ、ザガスは大きいんだから」

「わかったわかった。早くしろよ」

 ザガスが厨房から出て行くのを見送り、エスカリナは調理を再開した。

 先ほどの鍋に水を入れ、煮立てる。その際、皮を上にするのも忘れない。

 しばらくして、お酒、砂糖、そして醤油を加えた。酒はともかく、砂糖と醤油はペイベロが本国から仕入れたものだ。海の幸がないぶん、人類の文化は陸地を中心に進化してきた。それは料理も同じことが言える。砂糖も醤油も、先人たちが陸地で取れるものを工夫し、調味料としたものだ。

 すると、独特の醤油の匂いが厨房を漂い始めた。

「いい香りだわ」

「うむ。良い香りだ」

「きゃっ!!

 また突然、背後から声が聞こえ、エスカリナは飛び上がる。

 振り返ると、白銀の魔狼族ワーグ──第四師団師団長ベガラスクが立っていた。

 ルロイゼンで第四師団を迎える際、挨拶こそ済ませたが、エスカリナとはほぼ初対面に近い。

「べ、ベガラスク……さん……」

「うむ……。良い匂いがしたから、気になって来てみた」

 やや自慢げに、ベガラスクは己の鼻を掲げる。

「エスカリナとか言ったか。貴様、何を作っているのだ?」

「えっと……。煮魚だけど……」

「ほう。まあ、それが何かは知らないが、一つ味見をさせてもらおう」

「残念だけど、まだでき上がっていないのよ。できたら持っていくから」

 調理の邪魔になるから、とエスカリナはまた排除する。ふぅ、と額の汗を拭った。

「魔族の相手は料理を作るより大変だわ。そもそもなんでみんな厨房にまで入ってくるのかな」

 興味があるのはわかるが、片手間に作れるほど、エスカリナも料理に熟達しているわけではない。

 静けさを取り戻した厨房で、ようやくエスカリナは料理に集中し始める。

 落としぶたをして、少し火を強め、一気に煮立てた。

「よし。あとはこれを入れて……」

 エスカリナは生姜を取り出す。これも山の幸の一つで、生肉の臭味取りに使われている。

「あ! しょう入れるんだ。ボク、生姜大好きなんだよね」

 今度はドワーフの娘がやってきた。しかも、全身すすだらけである。

(この子、誰??)

 もはやエスカリナの頭の中はパニックだ。

「アルパヤ、ここにいたのか? 進捗は……ん? もしかしてこの匂い…………煮魚か?」

 ヴァロウまで厨房に入ってきた。

 さらに、メトラ、追い出したはずのザガスとベガラスクまで戻ってくる。