城壁を守っていたシュインツの駐屯兵は、スケルトンを主戦力とする第六師団と、援軍でやってきた第四師団によってあらかた片付けられた。

 吹き飛んだ城門をくぐり、指揮官ヴァロウがシュインツ城塞都市に入城する。

 ザガス、そして第四師団とその師団長ベガラスクが待機していた。

「随分と遅い到着だな、ヴァロウ。お前の分はもうないぜ」

 久しぶりに身体を動かしたからか、ザガスは上機嫌に笑う。

 壊した城門を指差し、近くにいた魔狼族ワーグに自慢していた。

 一方でベガラスクはヴァロウの姿を認めると、ふんと鼻を鳴らす。こっちはザガスと違って不服そうだ。まだヴァロウに使われるということに、不満があるのだろう。

「ベガラスク、助かった。お前の第四師団がいなければ、ここまで短期間にシュインツを落とせなかっただろう」

「う……。な────」

 ベガラスクは目を丸くする。その顔はみるみる赤くなっていった。

「へぇ……。珍しいねぇ。まさかヴァロウが褒めるなんてなあ」

「ザガスの言う通りだ。気持ち悪い……。まさか、それもお前のはかりごとなのではないだろうな」

「正直な気持ちを表明しただけだ。第四師団は唯一我らに助力してくれる貴重な戦力だからな」

「べ、べべべべつにはお前のためではないぞ! え、ええええ援軍としてやってきたのは、魔王様の命令であってだな──」

 勢いよく反論するのだが、言葉に反し大きな白銀の尻尾は機嫌良さげに揺れていた。

 なんだかんだ言いながら、喜んでいるらしい。

「それで……。この状況はなんだ?」

 ヴァロウは振り返った。

 そこにいたのは人だ。いや、正確に言えば人族ではない。

 褐色の肌に、ややくすんだ灰色の髪。耳はエルフのように横に伸びている。

 いわゆるドワーフ族と呼ばれる種族だった。

 シュインツ城塞都市の人口のほとんどが、ドワーフ族である。土と鉄の民と呼ばれる彼らは、基本的に鉄鉱石や魔法鉱石ミスリルが多く含まれる鉱山を住み処にしていた。このシュインツも例外ではなく、近くにルガンと言う鉱山があり、そこで取れる良質な鉱石を使って、武器や防具を作り出していた。

 ドワーフは総じて手先が器用で、熱にも強いため鍛冶師になる者が多い。

 そのためシュインツ城塞都市の内部には多くの鍛冶場が建ち並び、作られた武器は大要塞同盟だけではなく最前線でも私用されていた。シュインツは人類側の主要な軍需工業都市なのだ。

 おかげで空気は汚れ、常に煙たい。ドワーフ族は気にしていないようだが、人族にとっては劣悪な職場環境にあった。

「くしゅん!!

 ちょっとかわいいくしゃみをしたのはベガラスクだ。すぐに鼻頭をこすり上げる。

 どうやら、シュインツ攻略の立役者も、この空気には苦戦しているようだ。

「どうかお助けを、魔族様」

 先頭で膝を突き、頭を垂れた老ドワーフは声を絞りだす。

 頭頂部だけはげ上がった頭には、脂汗が浮かんでいた。

 途端、鋭い炸裂音が響く。ザガスが自慢の棍棒を地面に叩きつけたのだ。

 凄まじい破壊力と音に、ドワーフ族たちはたちまち震え上がった。

「魔族劣勢となった時に、お前らが何をしたのか忘れたんじゃねぇだろうな?」

 ザガスがこうして怒るのには、理由があった。

 実は、ドワーフ族は元々魔族側の種族なのだ。しかし、劣勢とみるや、武器を作るという条件で生かされ、人類側に寝返った。つまり、魔族からすれば、彼らは裏切り者なのである。

 だが、ドワーフ族の方にも理由がないわけではなかった。

 このルガン鉱山は先祖代々ドワーフたちが、受け継いできた鉱山である。故郷とも言うべき土地から離れるわけにはいかなかった、というのが彼らの言い分だった。

「ヴァロウ、どうするのだ?」

 振り返ったベガラスクの目つきも鋭い。ザガス同様、裏切り者が許せないのだろう。

 魔族にとっても、裏切りは大罪だ。多くの魔族が魔王に忠誠を誓っている。その魔王に弓を引くことはどんな理由があろうと許されるものではない。ましてや彼らは人間のために武器を作ったのだ。それが今もなお戦場で魔族を殺し続けていると考えれば、同情の余地はなくなる。死罪は当然だ。

 すると、ヴァロウはようやく進み出た。

 後ろのメトラはやや心配げに目を細めている。

 何を隠そう──ドワーフを裏切らせたのは、実は人間であった頃のヴァロウなのだ。

 その彼が魔族に転生し、ドワーフ族を今まさに裁こうとしている。

 運命以外の何者でもなかった。

「一〇〇万……。これがなんの数値かわかるか?」

 ヴァロウはドワーフ族の前に立つと、質問を切り出した。

 ドワーフ族たちは顔を見合わせたり、相談したりする。だが答えが返ってくることはなかった。

「お前たちの武器で死んだ魔族の数だ」

「────ッ!!

 ドワーフ族の間に衝撃が走る。同時に、その命の重みと一緒に改めて頭を垂れた。

「ならば、お前たちはその倍数である二〇〇万の人間を殺せるか?」

「に、二〇〇万!!

「わ、我々に戦え、と……」

「オラたちは武器を作れても」

「んだ! 剣を振ったことなんてないべ」

「違う……」

 ドワーフたちの言葉を、ヴァロウは一蹴する。

「戦さに加われとは言わない。これまで通り武器を作れ。剣や弓ではないぞ。人間を二〇〇万人殺すことができる兵器だ」

「に、二〇〇万の人間を殺す兵器!!

「そ、そんなもん」

「魔法でもそこまでの出力は──」

 ドワーフたちは首を振るが、ヴァロウは冷徹に言い放った。

「不可能と言うなら、お前たちの首が飛ぶだけだ」

「ひぃっ……」

 冷たいヘーゼル色の瞳が閃くと、老ドワーフたちは小さく悲鳴を上げた。

「期限は三日だ。それまでになんらかの成果をあげろ」

「おい。ちょっと待て、ヴァロウ! その成果とやらが出たら、こいつらを許すと言うのか?」

 割って入ったのは、ザガスである。問答無用で打ち首だと思い、さっきから棍棒を素振りしていたが、上司自らの手によって梯子はしごを外されてしまった。

 ザガスの意見に、ベガラスクもしゅこうする。

「甘いぞ、ヴァロウ。ドワーフどもをつけあがらせるだけだぞ」

「俺は名誉よりもじつを取る。ドワーフたちが本当に二〇〇万人の人間を殺せる兵器を作れるというなら、それは我ら副官よりも、人を殺したことになる。違うか?」

「な! 我ら副官よりもか!?

「仮に死罪とすれば、そんな可能性を秘めた種族を殺したことになる。それはこいつらが人間どもに剣をった以上とはいかないまでも、同等の罪に値する。違うか?」

「バカにするな、ヴァロウ。それが屁理屈だということはオレにもわかるぞ」

「いずれにしろ。こいつらの成果を見てからでも遅くはあるまい」

「ふん。三日で何ができる」

「三日なんて必要ないよ!!

 突如一人のドワーフが立ち上がる。女のドワーフだ。

 他のドワーフが顔を青白くしているのに、一人目を輝かせていた。

 それは、こうさいが黄色だからという理由だけではないだろう。

 ドワーフ特有のくすんだ灰色の髪をベレー帽の中に収め、腰には様々な工具をぶら下げていた。

「お前は?」

「ボクの名前はアルパヤ。指揮官の人! 二〇〇万人の人間を殺せる兵器を見せてあげるよ」

 アルパヤは自信満々に物足りない胸を張るのだった。


「いやぁ~。魔族様たちが来てくれて、ホント助かったよ」

 アルパヤの声は非常に明るかった。

 他のドワーフたちは神妙な顔を見せていたのに対し、笑みまで浮かべて喜んでいる。

 その態度と発言に戸惑ったのは、ヴァロウたちの方であった。

「助かった、とは?」

「だってさ。人間って人使い荒いんだよ。納期が短いわりに、質にはうるさいし。それなのに、金額をまけろってうるさいんだ。もうめちゃくちゃだよ。この前も、メッツァーから大量の受注があってさ」

「メッツァーからだと? 詳しく聞かせろ」

「前に大きな反乱があったでしょ。その時に壊れた武器とかの補修とか、武器の新作とか注文が来たんだけどさ。普通なら三ヶ月かかるのに、二週間でやれって言うんだよ。みんな、何も言わないけど……。ボクみたいに助かったっていうドワーフは、結構いると思う」

「助かっただあ? オレ様はお前らの裏切りを許してなんかいねぇぞ」

 ザガスは、アルパヤの被っているベレー帽が吹き飛ぶぐらいの怒気を放つ。

 横のベガラスクも同意見らしく、深く頷いた後鋭い視線を放った。

 しかし、アルパヤは淡々と地面に落ちたベレー帽を拾い上げる。

「気持ちはわかるんだけどさ。ボクは第二世代なんだ。そこのところがよくわからないんだよね」

「第二世代? もしかして、あなた……。人間に支配されてから生まれたって言うの?」

「まあね。一応、話は聞いてるけど、ピンとこないっていうか……あ、着いたよ」

 そこは大きな倉庫だった。いや、倉庫というのもおこがましいかもしれない。屋根には穴が開き、はりも細い。建っているのが精いっぱいの背の高いあばら屋であった。

「ここは?」

「ボクの家さ。さ──。入って! 入って!」

 言われるまま中に入るが、倉庫の中は真っ暗だった。

「おい! なんも見えねぇぞ!」

 早速ザガスが不満をわめく。

 ちょっと待って、とアルパヤの明るい声が奥から響いてきた。

 すると突然、光が閃く。魔法の光だが、アルパヤが魔法を唱えた様子はない。何かのレバーを下ろしただけだった。

 アルパヤの仕草を見て、ヴァロウは顎をさする。

「魔導工学か……」

「あ。よく知ってるね、お兄さん」

 アルパヤは瞳を輝かせた。

 魔導工学とは、人が使う魔法を別のもので代用させようという試みである。

 魔法鉱石ミスリルに閉じ込めた魔法を遠隔地から発動させたり、あるいはその効果を遅延させて指定の時間に起動させたりする技術だ。

 ヴァロウがラングズロス城を破壊した時も、魔導工学の技術が使われていた。

 だが、まだまだ発展途上で知名度も低く、さらには高度な知識が求められるため、技術者の育成も難しい。けんさんしていけば戦争のやり方すら変わるのに、敷居の高さが邪魔をして、国もなかなか予算が付けづらいというのが現状だった。人間の頃のヴァロウは魔導工学を積極的に取り入れるべく動いたが、ことごとく上級貴族たちに握りつぶされてしまった。

 訳のわからない技術に、金は出せないと言うのだ。

 そんな高度な技術が、まさかシュインツ──しかもこんな荒ら屋で見ることになるとは、さしものヴァロウも予想していなかった。

「誰に教わった?」

「前のシュインツの領主様だよ。変わった人でさ。何かと中央にたて突いて、結局脱税容疑で捕まっちゃった。たぶん今頃、本国の牢屋の中だよ。本人は『陰謀だ!』って騒いでたけどね」

「名前は?」

「メフィタナさんだよ。下の名前は忘れちゃったけど」

「め、メフィタナ博士!!

 素っ頓狂な声を上げたのは、メトラである。その横でヴァロウが額を押さえた。

「ああ……。あの人か……」

「なんだ、お前たち? 知ってるのか?」

 ベガラスクはギッと睨むと、メトラは目を右往左往させながら狼狽うろたえた。

(さすがに王女時代の私の家庭教師で、ヴァロウ様の師匠に当たる人とは言えないわね)

 変わり者ではあったが、メフィタナは大陸一の賢者と呼ばれていた。

 本人は「古くさい」と綽名が気にくわなかったようだが、その知識量と先進的な理論や哲学は、他の追随を許さず、天才と言っても過言ではなかった。

 その天才に天才と言わしめた人間がいる。

 それが今、メトラの隣にいる人物──ヴァロウである。

「資料で見ただけだ。変わり者らしい。自分を〝とががくしゃと呼んでいるそうだ」

「なんだそりゃ?」

 ザガスもまた目を細める。

「神に楯突く研究をしていると、本人は自負してる。俺も詳しくは知らん」

 ベガラスクは結局難しい顔をしたまま、アルパヤに荒い息を吹きかけた。

「ふん。……で、娘。オレたちに一体何を見せようというのだ。まさかこの荒ら屋を見て欲しかったというのではあるまいな」

「荒ら屋なんてひどいなあ。ここはとががくの前線基地なんだよ」

 アルパヤは倉庫の奥の方へ歩いて行く。そこには大きな構造物があった。

 かかっていた布と縄が外されると、それは衣擦れの音とともに姿を現す。

「な、なんだこりゃ!!

 ザガスは度肝を抜かれ、自分よりも大きな構造物を見上げる。

 ベガラスクも、メトラも言葉を失い、ただヴァロウだけが無表情にそれを見つめていた。

 それは一見、人馬の形をしていた。だが、この世に金属だけでできた人馬はいない。全身はくまなく魔法鉱石ミスリル製の鋼板に覆われ、人を軽々と掴めそうな腕と、長い胴、四本の足がしっかりと地に足を付けている。肩となる部分の上には頭のようなものがあり、今は沈黙していた。

「じゃーん。これがボクの作った魔導人馬型兵器キラビムだよ」

 アルパヤは胸を張る。

「魔導?」

「人馬型?」

「兵器だと?」

「キラ……ビム…………か……」

 魔導人馬型兵器キラビム。

 そう呼称された機体の前に集った魔族たちは、それぞれの種族に応じた驚き方を見せる。目を剥く観客まぞくたちを見て、アルパヤは得意げに鼻の下を擦った。

「ふふん! どう? カッコいいでしょ?」

「カッコいいか?」

「どっちかと言うと、ダサいと言うか」

「ふん! オレの方がよっぽどカッコいい」

 魔族たちの評価は辛い。ベガラスクなどは、どさくさにまぎれて自分の容姿をアピールする始末だ。

 不平とも意見とも言える声を聞き、アルパヤは眉間に皺を寄せた。

「カッコいいと思うけどなあ。……でも、キラビムは見た目だけじゃないよ。こいつの力は、五〇頭の馬にだって勝てるんだ。機動性はまだまだだけど、改良すれば馬よりも速く走れるよ」

「そ、そう……」

「腹が減った」

「いや、見慣れてくると意外にカッコ良くないか……。オレほどではないが」