一瞬にして、十名弱の槍兵が物言わぬむくろとなった。

「ひぃ! ひぃいいいいい!!

 兵たちは悲鳴を上げ、震え上がった。しかし、彼らの悪夢はこれで終わらない。

 次々と魔狼族ワーグが城壁を越えて現れたのである。

「そんな! どどどど、どうやってそんなに易々と……」

 指揮官の声に、白銀の魔狼族ワーグは少し苛立たしげに振り返った。

「どうやってだと? 説明するまでもない。オレたちにとって、こんな城壁──壁の内にも入らん」

 そう言って、爪を舐める。

 指揮官は魔狼族ワーグの仕草を見て、気付いた。その手、足の爪の鋭さを確認し、同時に確信に至る。

 爪を壁に突き立て、上ってきたのだ。加えて、先ほどのしなやかな身のこなし。尋常ではない敏捷性。魔法は一切使わず、ただ身体的特徴と基礎能力だけでシュインツの壁を攻略したのだ。

(これが魔族か……)

 その常識外れの運動能力に、指揮官はどうもくする。

 だが、まだ不可解な点はあった。どうやって、この矢の雨の中を無傷でくぐり抜けてきたかだ。

 魔狼族ワーグは敏捷性こそ高いが、その皮膚は他の魔族と比べてもやわい。

 しかし、後退しながら首を傾げていた指揮官の視界にあるものが映る。

 何も付けていないと思っていた魔狼族ワーグの腕に、何故かスライムが貼り付いていたのだ。

 そこには何本もの矢が刺さっていた。

 まさかと思い、指揮官は慌てて城壁の縁に駆け寄ると、眼下を望んだ。弓兵たちが必死に城壁を上ってくる敵を撃ち落とそうとしている。

 だが、魔狼族ワーグはスライムが付いた腕を盾にし、矢を塞いでいたのだ。

「な!! スライムで矢を防ぐだと……!!

 指揮官の叫びは、白銀の魔狼族ワーグの耳にも届いたらしい。

「なかなか便利だったぞ。さすがに壁を上る時は無防備になるからな。それでムカベスク要塞の時には大損害を出してしまった。ふん! スケルトンの援護といい、スライムの使い方といい。腹立たしいが、ヴァロウの野郎が提案したやり方は、大当たりだったようだ」

 表情こそ憤然としているのに、白銀の魔狼族ワーグの声は明るい。

「さあ、覚悟しろよ、人間ども」

 白銀の魔狼族ワーグが爪を舐めるのを見て、指揮官の恐怖は最高潮に達した。

 ギュッと瞼を閉じ、この悪夢から目を背けようとする。次に目を開けた時には、何事もなく官舎のベッドで寝ていることを祈ったが、悪夢はこれだけに終わらなかった。

 ギィイィィイィイィイィィイィィィィイイイィィィ!!

 目をつむっていた指揮官が、思わず立ち上がるほどの金属音が轟いた。

 また土煙が上がる。慌てて城壁のふちを掴み、指揮官はそっと音の方向を探った。

 直下を見たその時、信じがたい光景を目にする。

「じょ、城門が……」

 数ある城塞都市の中でも、屈指の厚さを誇るシュインツの南門が完全に吹き飛んでいたのだ。

 余程大きな力が加えられたのだろう。くの字にひん曲がり、周辺の露店に突き刺さっていた。

「な、何が起こっているのだ?」

 指揮官は悲鳴じみた声を上げた直後、その主犯とおぼしき男が現れた。

 巨大な鉄の棍棒を肩にかけ、硬い赤髪と額からは二本の鋭い角が伸びている。

 人鬼族ワーオーガである。それもかなり大柄な……。

 指揮官の視線に気付くと、人鬼族ワーオーガは得意げに牙を見せて笑った。

「ひぃいいいいいいいいいいいいい!!

 指揮官はバタバタと地面に尻を付けたまま後退する。

 目を合わせるだけでわかった。あれは化け物だと……。だが、化け物は一匹だけではない。

「おい……」

 白銀の魔狼族ワーグが指揮官に声をかける。鋭い爪の先からは血が滴っていた。

 指揮官はまた悲鳴を上げて助けを求めるが、応答する者はいない。

 城壁にいた一千名以上の兵士がすべなく殺され、城壁に血を吸わせていた。

「どうやらお前で最後らしいな」

 白銀の魔狼族ワーグが迫ってくるが、指揮官にはもはや抵抗する気概すら浮かばなかった。

 あっさりと逃亡を選択し、部下たちの骸を蹴り飛ばして城壁の下へと駆け下っていく。

 そこにいたのは、城門をぶち抜いた人鬼族ワーオーガであった。さらに背後には白銀の魔狼族ワーグが迫る。

「あ……。あ、あ……」

 前門に人鬼族ワーオーガ、後門に魔狼族ワーグ。すなわち、それは死を意味していた。

 人鬼族ワーオーガの棍棒と、魔狼族ワーグの爪が同時に振り上げられる。

「ぎゃああああああああああああああ!!

 その瞬間、指揮官を繋いでいた意識の糸が、ぷつりと途切れるのだった。