エピローグ



「ささっ、ヴィルヘルム様、行きましょう」

「む、ちょ、ちょっと待ってくれ」

 ヴィルヘルム様と結婚してから、一週間ほど経ちました。

 ご自分の足でしっかりと歩かれたヴィルヘルム様は、現在はもう問題なく歩くことができるようになりました。ですので、今日は一緒にお買い物なのです。

 いつもは私とナタリアだけで向かうのですが、ヴィルヘルム様ももっとしっかり運動しなければいけませんので、散歩代わりにとお誘いしたのです。

 私の方はお出かけ準備完了です。

「いや……まぁ、儂わしも、散歩くらいはせねばならんと思っていたが……」

「はい。ですので、一緒にお買い物です」

「散歩くらいは、一人でできるのだが……」

「そんなことを仰おつしやらないでくださいませ。キャロルはどこでもご一緒いたします」

「むむぅ……」

 しかし、何故かヴィルヘルム様はあまり乗り気でないようです。

 お出かけをご一緒できるのは、私は凄すごく嬉しいのに。

「ただでさえ、部下にからかわれているというのに……」

「はい?」

「何でもない……」

 ああ、もう、と何故か頭を押さえられています。頭痛でもするのでしょうか。何か生薬でも購入した方がいいかもしれませんね。

 大丈夫ですヴィルヘルム様。ちゃんと私、頭痛に効くお薬は知っています。

 はぁぁ、と大きく溜ため息いきを吐かれながら、ヴィルヘルム様が外がい套とうを羽織ります。

「まぁ、仕方がない……」

「はい、ヴィルヘルム様」

「あのな、キャロル。あまりべたべたと……」

「お外では手を繫つなぐのが当たり前だとリリアに教わりました。ささっ、ヴィルヘルム様。お手を」

「……」

 玄関の扉を開いて、一緒に外へ出ます。

 ヴィルヘルム様のしっとりと温かい手が、私の冷たい手を温めてくださいます。少しばかり冷え性なのです。

 結婚してもう一週間ほど経ったというのに、ヴィルヘルム様と手を繫ぐとどうしても緊張してしまいますね。手汗が出てきたらどうしましょう。ご不快に思われたりしないでしょうか。

「ええと……今日は、何を買うのだ?」

「はい。服屋さんを巡ってから、今夜の食材を買いにいきましょう」

「食材は、ナタリア嬢に任せた方がいいのでは……」

「今夜は私が、ヴィルヘルム様にお食事を作りますから」

 ちゃんと、ナタリアに許可も得ています。

 今夜のごはんは、私が作るのです。ちゃんとクリスに習った料理を、しっかり作ることができるようにナタリアに見守ってもらいながらですけど。

 ちゃんと、美お味いしいと仰っていただけるように頑張ります。

 ヴィルヘルム様と並んで、商店街に向かいます。新居としてヴィルヘルム様のお屋敷にそのまま入りましたが、以前からこの近くでお買い物をしているので、どこに何があるのかはちゃんと把握済みです。

「ヴィルヘルム様はあまり春物をお持ちでないみたいですし、今日はヴィルヘルム様の服を見繕いましょう」

「まぁ……軍服くらいしかないが……」

「ヴィルヘルム様は騎士団をご勇退されますし、普段着も必要です」

「そうだな。見繕ってもらおうか。残念ながら、儂に服のセンスはないからな」

「はい、お任せください」

 ヴィルヘルム様に似合いそうな服を考えます。どのような春物が良いでしょうか。

 やはりセーターがよくお似合いですよね。春物の薄手のものを見繕いましょう。あとは、やはり若すぎる服よりも年齢に見合った服の方が良いです。そのあたりも、ちゃんとじっくり選ばないと。

「はっ!」

 と、そこで気付きました。

 いけません、大事なことを忘れておりました。

「も、申し訳ありません、ヴィルヘルム様」

「む、どうした?」

「ちょ、ちょっと、お屋敷の方に戻っても良いでしょうか?」

「ああ、忘れ物でもあったのか?」

 ヴィルヘルム様と一緒に、踵きびすを返します。

 私としたことが、やるべきことを忘れてしまったなどいけません。ちゃんと妻としての所作は守らなければ。

 そのあたりのやるべきことは、しっかりとリリアに教わったのです。そして、教わったことは反映しなければ勉強した甲か斐いがありません。

 玄関に到着して、扉を開きます。

「ふむ……忘れ物があるならば、取ってくれば」

 くるっ、とそのまま回ってヴィルヘルム様の正面に立ちます。

 そんな私の行動に、ヴィルヘルム様が戸惑われて眉まゆ根ねを寄せています。それほど不思議なことをしているでしょうか。

 さぁ、ちゃんと妻としての行動をしなければ。

「ささっ、ヴィルヘルム様」

「いや、だから何を……」

「行ってらっしゃいのちゅーです」

「そのために戻ってきたのか!?」

 その通りです。私としたことが、妻としての務めである『行ってらっしゃいのちゅー』を忘れていたのです。

 んー、と目を閉じて、ヴィルヘルム様を待ちます。

 いつでもよろしくてよ。

「い、いや、そういうのは、見送りとかそういうときにするもので……」

「……」

「一緒に出かける場合などは、そういう風習は……」

「……」

「…………ああ、もう!」

 ヴィルヘルム様が何やら仰っていますが、私はただ待ちます。

 そっと、ヴィルヘルム様が私の髪を撫なでられました。

 そして、ゆっくりと体温が近付いてくるのが分かります。

「……」

「……」

 唇と唇の、柔らかな触れ合い。

 いつまでもこうしていたい、至福の時です。

 唇が離れて、目を開きます。ヴィルヘルム様の真っ赤な顔が、そこにありました。

「……これで、いいか?」

「はい、ヴィルヘルム様」

 うふふっ、と笑います。

 にやにやが止まってくれません。ちゃんと、こうして愛情を込めてしてくれたことが嬉うれしいのです。

「ずっと、こうやって、いちゃいちゃしましょう。ヴィルヘルム様」

「もう、勘弁してくれ……」