ヴィルヘルムが薙刀を構える。

 いつでも──一歩踏み込めば、それだけで互いの得物が届く距離。

 ただ。

「ヴィルヘルム様ぁぁぁぁーっ!」

 喧騒の中で、しかし小さく聞こえるそんな声が。

「絶対に、勝ってくださいませぇーっ!」

 ヴィルヘルムに、力を与えてくれるのだから。

 集中する。

 アンドリューの一挙手一投足、その全てを見逃すまいと。

「はァッ!」

 アンドリューが駆け、まずヴィルヘルムとの距離を詰める。

 ヴィルヘルムは長柄の薙刀であり、アンドリューは双剣。武器の長さの違いが、即ち適切な距離を作ることに繫つながるのだ。

 ゆえに、アンドリューはまず距離を詰める。

 だが、それを許すヴィルヘルムではない。

「ふんっ!」

「くッ!」

 ヴィルヘルムが薙刀を突き出し、牽けん制せいする。

 そしてまるで壁を作るかのように、迫るアンドリューに対して連撃。

 アンドリューは双剣で薙刀を捌さばきながら、しかしヴィルヘルムの連打に対して、距離を詰めることができなくなる。

 長柄であれど、それをただ活いかすだけではない。

 時には短く持ち、速度だけで敵を圧倒するほどの手数すら持ち得るものになるのだ。

「ぐッ……!」

 防御ばかりでじり貧になり、むしろヴィルヘルムの方が距離を詰める。

 短く持ち、速度を重視しているがゆえに、重くはない連打──それでも、大陸屈指の英雄と称されるヴィルヘルム・アイブリンガーの膂りよ力りよくは、常人よりも遥はるかに強いものだ。

 双剣であり、片手の力しか防御に用いることのできないアンドリューにしてみれば、全てが腕を痺しびれさせる一撃。

 木と木がぶつかり合う、乾いた音が響く。

 緩急をつけ、アンドリューの動きを牽制しながら、時折力を乗せた一撃を与える──そんな、武の極致たる攻撃に、しかしアンドリューは耐え続けた。

「はァッ!」

 アンドリューが、思い切り地を蹴ける。

 それは、一瞬の隙──ヴィルヘルムが薙刀に力を乗せようと、僅わずかに武器を引いたその瞬間。

 アンドリューが、一気に距離を詰めてきた。

 思い切り双剣を振り上げ、ヴィルヘルムの防御が間に合わないように、一気に振り下ろして脳天を砕く──その気合が、よく分かる。

 一瞬でそれだけ判断したヴィルヘルムは、己の状況を的確に判断して。

 薙刀は間に合わない。

 防御をするにも遅い。

 ならば。

 攻撃を仕掛ける他に──ない。

「甘いっ!」

「ぐほっ!?」

 剣を振り上げ、懐が空いたアンドリューの鳩みぞ尾おちに。

 最も近い位置にあった──ヴィルヘルムの肘ひじが、突き刺さった。

 革鎧の上から、それをへこませるほどの肘ちゆう撃げき。恐らくこの距離で、この一撃に耐えられる者はいないだろう。

 ゆえに、アンドリューは、そのまま。

 後ろに、倒れた。

 ふぅっ、と大きく息を吐いて、アンドリューの首筋に薙刀の刃を当てる。もっとも、木製であるために切れ味は皆無だけれど。

「儂わしの勝ちだな」

「ちく、しょォ……!」

 されど、それは勝利の証あかし。

 これが真剣であれば、お前の命はない──そう、証明するための何よりの行動なのだ。

 わぁぁぁぁっ、と大きな歓声が上がる。

 フレアキスタ王国という小国において、他国に名が知れるほどの英雄──かつて『白びやつ虎こ』と称され、現在は『白老』と称されし男、ヴィルヘルム・アイブリンガー。

 その力を、ここで示すことができた。

「アンドリュー」

「ん、だよ……!」

「お前は、キャロルに『騎士の誓い』をしたそうだな」

「──っ!」

『騎士の誓い』。

 それは、騎士たる者が己の仕える主人に対して、生涯に一度しか行うことのできない神聖な儀式である。

 誓いを行った者は決して主人を替えることができず、主人が死ねば己も死ぬ──それだけの覚悟を持って誓いの儀を果たすのだ。

 それが、唯一の『騎士の誓い』。

「だから、何だよ……!」

「儂は、キャロルよりも先に死ぬ」

 懺ざん悔げするように。

 己の愛する者に『騎士の誓い』を行った者に対する、信頼と共に。

「儂が死んだら──その後、キャロルを守ってほしい」

「けッ……!」

 アンドリューは、倒れたままで。

 しかし、全力でヴィルヘルムを睨にらみつけながら。

「てめェの……その、余裕ぶった態度が、腹立つんだよ……!」

「任せた」

「さっさと……死にやがれ……!」

「儂も、そう簡単に死ぬつもりはないがな」

「けッ……! あー、ちくしょォ。俺の負けだ……」

 ヴィルヘルムとアンドリューの、一人の女を賭かけた決闘。

 それは──ここに終結した。


◇◇◇


「ヴィルヘルム様!」

 闘技場での戦いを終えられ、ヴィルヘルム様が戻られました。

 団長室ではなく、闘技場への入場口で待っていたのです。特別に、と通してくださいました。

 ヴィルヘルム様は、思わぬところで待っていたのであろう私に、少しだけ驚いて。

 しかし、優しく微笑まれました。

「お待たせ、キャロル」

「い、いえっ! ヴィルヘルム様! お怪我などはございませんか!?」

「問題ない。一撃も貰もらわなかったからな」

 戦われるご勇姿は、見ていました。

 僅かな動きすらも見逃すまいと集中していました。そして、戦われている間、ヴィルヘルム様にアンドリューさんの攻撃が当たることはありませんでした。

 それは分かっています。

 分かっていますけど、やっぱり不安なのです。

 ヴィルヘルム様の大きな掌てのひらが、私の頭を撫なでてくださいます。

「勝ったぞ」

「はい! 信じておりました!」

「うむ。キャロルのおかげだ」

「えっ!?」

 ヴィルヘルム様のお言葉に、少しだけ驚きます。

 フレアキスタ王国において、ヴィルヘルム様は他に並ぶ者のいない英雄です。歴代でも最強の騎士団長だとの噂です。

 そんなヴィルヘルム様が、アンドリューさんに負けることはないと信じていました。

 そこに、私の出てくる要素はどこにもありません。

 私がいようといまいと、ヴィルヘルム様はきっと勝利なさったのですから。

「儂も年だな……昔ほど、動くことができぬ」

「まぁ! そんな!」

「昔は、もう少し戦うことができたのだが……体も硬くなり、動きも鈍っている。目も少々薄くなった。今回、一撃も貰うことなく勝てたのは……まぁ、意地があったからだな」

「意地、ですか……?」

 意地とは、それはつまり騎士団長としての矜きよう持じだということでしょうか。

 騎士団を束ねる立場にあるヴィルヘルム様が、一介の騎士に負けるわけにはいかないと、そういうことなのでしょう。

 ですが、何故私が──。

「あやつに、キャロルを渡すわけにはゆかぬ」

「え……」

「陛下も認めてくださった婚約者を、失うわけにはゆかぬからな」

「──っ!」