一応、私は公爵家の娘ですので、全く働く必要はありませんでした。アンブラウス公爵家は広い領地を持っておりますので、割とお金持ちなのです。
もっとも、だからといって
他のご令嬢なんかは、一度
加えて父上も母上も、それほど贅沢をするわけではありません。父上の
ただ。
なんとなくですけど、これが自分で稼いだお金だと考えると。
なんだか、重い気がします。
「まぁ、自分の稼いだ金だ。好きに使うといい。公爵家からそれなりの小遣いは
「……ええ」
「何に使うのかは、決めているのか?」
初めて、私が稼いだお金。
人の価値は、お金の使い方で決まるとも言います。愚者はくだらないことに金を使うのだ、と母上に教わったこともあります。
ならば私の価値は、このお金の使い方で決まるのでしょう。
でも、大丈夫です。ちゃんと考えてあります。
初めてのお給金を貰ったら、絶対にしようと思っていたことがあるのです。
「ヴィルヘルム様」
「む?」
「あの……歌劇のチケットというのは、お高いのでしょうか」
私の質問に対して、ヴィルヘルム様が眉を寄せます。
「
「そう、ですか……」
うーん。
ちょっとお安めのものを求めてみましょう。
演目によってと仰いましたし、もしかしたら上演時間が短いものはお安いのかもしれません。私、そういう買い物ってしたことがないのですよね。
クレアにでも相談してみましょうか。例えば割とすぐに上演があるものだったら、安く買えたりしないでしょうか。
「歌劇を見に行くのか?」
「いえ……その」
ちらりと、ナタリアを見ます。今日も今日とて、私の後ろでちゃんと直立してくれています。
何か不穏なことがあれば、すぐにでも動いてくれるでしょう。
思えば、ナタリアには迷惑をかけてばかりです。私に何かあれば、すぐに助けてくれます。資料作りも、いつも手伝ってくれます。講義の際にも、患者役として適切な行動をとってくれます。
本当に、いつもありがたいと思っているのですよ。
「お世話になっている人に、何か贈り物をと思っています」
「そうか。その人も喜んでくれるだろう」
「はい」
だからこそ、私は全力で応援いたします。
ナタリアは二十七歳の未婚です。そして、彼女の口から異性のことが語られたことは、
そんなナタリアが、ザックのことが少々気になっているようですし、私はその背中を押すべきなのでしょう。
つまり。
私は、ナタリアに贈り物をするのです。
ザックとの歌劇デートを──。
◇◇◇
団長室を失礼して、帰路につくことにしました。
ひとまず、せっかくいただいたお給金ですので、落とさないように気をつけないと。
「ふぁ……あ、キャロル! 今帰り?」
「はい。クレアはまだお仕事ですか?」
「ううん、私もそろそろ終わり」
いつも通り、駐屯所の受付はクレアです。退屈そうにあくびをしていた瞬間をばっちり見てしまいました。
そうだ。ちょっと色々と聞いておかねばいけません。
「それにしても、キャロルの講義ってすごい評判いいらしいねー」
「そうなんですか?」
「割と色んな人が、もう一回聞きたいって言ってるの聞くよ。非番の日にでも聞きにこようか、って言ってる人もいるし」
「ありがたいですね」
残念ながら一人に一度しか講義をできないのですけど、非番の日に後ろにおられるのは問題ありません。今アンドリューさんがそんな感じですし。
さて、それよりもクレアにちゃんと聞いておかないと。
ちらっ、とナタリアに目をやります。
「ナタリア」
「はい、お嬢様」
「あなたは先に外へ出ていてください。少しばかりクレアに相談事がありますので」
「……私は、お嬢様の護衛なのですが」
「クレアと少し話をするだけですよ」
ナタリアが疑いの目で見てきます。
でも大丈夫ですよ。ここは騎士団の駐屯所であり、私に危険が迫ることなどありません。
それよりも、ナタリアには内緒でことを進めなければ。
「承知いたしました。では、外でお待ちしております」
「ええ。すぐに終わりますから」
「はい。何かありましたら、すぐにお声をかけてくださいませ」
ナタリアが一礼して、それから外に出ます。
そして、その扉がしっかりと閉まったことを確認します。これで大丈夫ですね。
ナタリアが聞き耳を立てているかもしれませんから、ここからは小声です。
「クレア」
「うん。まぁ、ナタリアさんを遠ざけたってことは、そういう話だよね?」
「察しが良くて助かります」
ナタリアとザックの間に、どことなくそわそわした感じがあることを知っているのは、私とクレアだけです。
そして私は主人として、侍女であるナタリアの幸せを願っています。そしてクレアも妹として、兄であるザックの幸せを願っているはずです。この二人が仲良くしてくれれば、私にとってもクレアにとっても幸せなことなのです。
なんだか悪巧みをしているみたいですね。
「お兄ちゃん、ナタリアさんのことちょっと気になってるみたいだよ」
「そうなのですか?」
「この前、買い物に行ったときに偶然会ったんだって。少し話したって言ってたよ」
「ほほう」
そのお話は初耳ですね。
まぁ、さすがにナタリアが休みの日にどうしていたかなど、聞いていませんし。あと多分、ナタリア本人から「先日ザックさんと会いまして」と言われても「そうですか」と答えて終わりそうです。
そして、クレアが楽しそうに笑みを浮かべました。
「なんか、お兄ちゃんすっごい恥ずかしがっててさ。歌劇で泣いたこと」
「まぁ、確かに感動的な内容でしたけど……」
「でもあのときね、実はナタリアさんも少し泣いてたんだって」
「そうなのですか?」
それは知りませんでした。
私も歌劇に熱中していましたし、隣のナタリアまでしっかり見ていませんでしたね。私も泣きそうにはなりましたけど、涙はぎりぎり
くすくすとクレアが笑いながら続けます。
「まぁ、お兄ちゃんみたいにぐしぐし泣いてたわけじゃないらしいけどね。ほんと、隣にいるナタリアさんをちらっと見たときに、涙が流れてるのを見たんだって。
「ほほう……」
おやおや。
私としてはナタリアとザックが仲良くしてくれることは
まぁ、いいです。どちらにせよ、私はナタリアにちゃんと恩返しをすることに変わりはありません。
「なるほど。では、二人はもういい感じなわけですね」