プロローグ
「では、以上で講義を終わります」
私、キャロル・アンブラウスが騎士団の駐屯所における臨時講師になって、
最初は慣れなくて
配付する資料も、一月重ねてゆくうちに大分洗練されました。分かりにくい部分を分かりやすく、伝わりづらい部分に注釈を入れるなど、色々とやっていくうちに、生徒からしても分かりやすい資料になってくれたと思います。
一時はアンドリューさんとかその小隊の人たちとか、反抗的な人もいましたけど。
最近は私の講義の有用性を分かってくれたのか、表立って反抗してくる人はいません。もしかすると、ヴィルヘルム様が水面下で止めてくれているのかもしれませんが。
ですが、問題は。
「おう、お疲れさん。今日もいい講義だったぜ」
「……はぁ」
何故か、最近アンドリューさんがよく後ろの方で講義を聞いているんですよね。
以前に一度、講義を放棄して出て行ってしまいました。その後に一応、補講という形で他の小隊の皆様に教えているときに、一緒にアンドリューさん率いる小隊に対しての講義は行ったのです。
だというのに、何故かこのように後ろの方で聞いています。私の覚えている限り、これで四回目になるのですけど。
それほど面白いのでしょうか、私の講義。
「もうお前、帰りだろ? 帰りにいいとこ連れてってやらァ。甘味が
「いえ、屋敷に戻れば夕食がありますので」
「どうせ暇だろ? 俺が
「……そう言われましても」
正直、困ります。
何故それほどアンドリューさんが私に甘味を奢りたいのかは分かりませんが、そんなに私って暇じゃないんですよ。夕食が終わったら、明日の資料作りをしなければいけませんし。
恐らく、以前の訓練の際に重傷を負ったときに、私が応急処置をした礼をしたいのでしょうけど。こうやって誘われるのも、既に四度目です。全部断っていますから。
あ、ナタリアがちょっと構えていますね。
「申し訳ありませんが、ヴィルヘルム様に報告をしなければいけませんので」
「……なァ、また駄目なのか?」
「私に奢るお金があるのでしたら、部下の方でも
アンドリューさんの残念そうな顔を見ると、申し訳ないのですけど。
ですが、私は一応公爵家の娘ですので、こう見えてお金持ちなのです。甘味が欲しければ、公爵家
ですので、私に奢るくらいなら、他の人にご
「では、私はヴィルヘルム様のところに行きますので」
「ちッ……また、団長かよ」
「私も仕事ですから」
「なァ、お前……何でそんなに団長が好きなんだよ」
「?」
不思議なことを質問されるものです。
私がヴィルヘルム様をお慕いしているのは、七歳の頃からずっとです。今更、この気持ちの理由なんて説明できませんよ。
好きだから、好きなのです。ヴィルヘルム様でなければ駄目なのです。
「特に理由はありませんけど」
「理由がねェなら、他の男でもいいってことだろ。団長じゃなけりゃいけねェ理由がなきゃ……」
「そうですね……まぁ、強いて言うなら」
うふふ、と微笑みます。
ヴィルヘルム様のことを考えるだけで、頰が緩みます。この後お会いできると思うだけで、楽しくて
だから、早くヴィルヘルム様のところに向かいたいというのが本音なのですけど。
「ヴィルヘルム様ですから、お慕いしているのですよ」
「……理由になってねェよ」
「ですけど、それ以外に何と言っていいか分かりません。お強くて、お優しくて、
「あァ……そうだな。お前が団長以外に誰も見えてねェってことだけは分かった」
首を傾げます。
別に視力は悪くないのですけど。ちゃんと今、アンドリューさんも見えていますし。
ちっ、と小さくアンドリューさんが舌打ちをするのが聞こえました。
「くそッ」
「何なのですか、さっきから」
「いいか、俺ァ
「はぁ。お好きにどうぞ」
何を諦めないのかは知りませんが。
不機嫌そうに
いつもながら不思議な人ですね。よく分かりません。
「あの、お嬢様……」
「さて、それではヴィルヘルム様のところに行きましょう」
まぁ、アンドリューさんのことを考えても仕方ありませんよね。
ひとまず今日のところは、ヴィルヘルム様に講義が終わったら団長室に顔を出すように言われています。そんなことを
でも、そのように私に会いたいというヴィルヘルム様の気持ちは、とても嬉しいです。うきうきと心が弾みます。
ナタリアが、何故か小さく
「どうかしましたか?」
「……いえ。あの男も、難儀な道を選んだものだと思いまして」
「?」
よく分かりません。
アンドリューさんといいナタリアといい、一体どうしたのでしょうか。