「二人の休日」



 ヘンリック・レトゥアールは朝方人間だ。

 今日は休日の予定だったが、いつも通り陽が昇り始めると同時に起床した。

 前世は宮籐稔侍として病院での生活が長かったこともあり規則正しい日々を送っていたので、ヘンリックの身体に染みついた生活習慣にもすんなりと適応している。

「あ、殿下。おはようございます。今日もお早いですね」

 朝起きると、必ずシャロンが出迎える。

「貴様、いつ寝てるんだ」

「お構いなく。ちゃんと休息は取れておりますので」

 シャロンは回復魔法を操れることから、休息時間をほとんど取らなくても問題なく生きていける体質なのだという。

 元々の高い能力に加え、常人の倍以上の時間で稼働するシャロンは、一人で数十人分の仕事量をこなしているのだ。

「いい加減、貴様が倒れると他の人間が迷惑を被ると理解しろ」

「ふふ、ご心配ありがとうございます。ではたまには私と街に出てみるのはいかがでしょう」

「俺と街に出たところで何も面白いことはないぞ」

「殿下と二人でいるだけで、私は楽しいです」

「勝手にしろ」

 自分が連れ出しでもしなければシャロンは働き続けると分かっているからか、この口は思ったよりもすんなりと受け入れた。

 今日は気温も比較的高く、空は晴れ渡っている。

 シャロンの準備を待つ間に、俺も格好を入れ替えた。普段着よりも数段質素な、庶民的な服装である。加えて変装用のカツラを被り髪色を誤魔化している。

「お待たせしました。……って、そのような服装では」

 シャロンには咎められるが、むしろこちらの服装の方が落ち着くので、話を聞くつもりはない。

「俺が普段の格好で街に出でもしたら目立つだろうが」

 俺はありのままの街を見たいのだ。

 シャロンはそれ以上咎めることもなく、俺の半歩後ろにつく。

 メイド服のシャロンと並ぶと、異色という他ない。シャロンは普段からこの服装で街に出ているらしいので、奇異の目で見られることはない。

 城下の大通りには多くの商店が立ち並び、道は多くの人が行き交っている。

 仕事が山積みでそれどころではなかったため、最近は街に下りることがめっきり減っていた。これを見れただけでも、今日は良かったと思えた。

 シャロンは多くの住民から気さくに話しかけられている。

 それだけ、この街の環境が改善されているということだろう。最初は痩せこけた人も多かったが、今では健康的な風貌をした人間がむしろ多いように見受けられる。

 俺はその場から離れて、影からシャロンを見守ることに徹した。当然ながら俺の周りに人が集まることはない。

 少し困った様子のシャロンを意図的に放置していると、足下に八、九歳くらいの少年少女が数人寄ってくる。

「兄ちゃん、見ない顔だな! 他の国から来たのか?」

 俺が誰だか知るはずもない子供達は、純粋無垢な瞳で尋ねてくる。

「帝国だ。貴様には縁のない場所だろうがな」

 この口は相変わらず子供相手でも嫌味を忘れない。

「すげぇ! 帝国だってよ!」

「おい、声が大きい」

 その声に反応した住民がなんだなんだとざわめき出していたので、俺は子供たちを無視してその場を離れようとする。

「どこ行くんだよ兄ちゃん!」

 だが子供たちは空気を読まずに後を追いかけてくる。異国人がそんなに珍しいか。

 目の色は往来ではそこまで目立たないはずなのだが、子供は目ざとい。

「チッ、これ以上付きまとわれたら面倒だ。好きなものを買ってやるから早く選べ。それを受け取ったら早く帰るんだな」

「いいのか!? なんでも好きなもの選んでいいってさ!」

「さすが帝国の人たちはお金持ちなんだな!」

 俺の質素な服装は見ているだろうに、めざといのか節穴なのか分からないな。

 子供たちは往来を軽やかに移動し、目当ての品をすぐに選び出した。

 俺は一つ一つの店に向かい金を支払う。子供が欲しがるものなど高が知れているので、大した金額のものはない。少年たちは目当てのものが手に入るや否や、雑にお礼の言葉を投げつけて、走り去っていった。

 最後に、アクセサリー屋を訪れた。一人残されたルノという少女が、そこで小さな髪飾りを選ぶ。

 だがどうやら、本当は指輪が欲しかったようで、子供としては目玉が飛び出るような額のものだったからか遠慮したようである。

 口には出さないものの、視線が明らかに別の場所に行っていた。

 子供からしたら高額でも、俺からしたら大した金額のものではない。

 俺はそれを店員に包ませ、ルノに手渡した。受け取れない、と言うので「将来この国のために働くのならそれでいい。これは前払いだ」と言って無理矢理納めさせた。

 というか、アクセサリー屋なんて初めて入ったな。この国で唯一のアクセサリー屋らしく、珍しい石を使った装飾品が多く並んでいた。

 とはいえ、善し悪しを判断するためには、値段以外の材料が一つもない。

「おい、若い女が好きな装飾品はなんだ」

「は、はい。最近ですと、こちらの首飾りが人気ですね」

 店員が差し出したのは、ローズクォーツ色の水晶が付いたネックレスだった。

「ならこれを貰おう」

 シャロンへの日頃の感謝として、口では言えない分何か買って渡すくらいはしたいと、ふと思ったのだ。女性が喜ぶもの、というのが一切思いつかなかったので、店員に全てを委ねてみた。

 思いの外いい品のように見受けられたので、束の間の充足感に浸る。

 あとはこれをどうやって渡すかだが。

 そんな思考に耽っているうちに、俺はルノに手を引かれて店を出ていた。視界の隅から、シャロンが駆け寄ってくるのが映る。

「殿下! どこに行っていたんですか。心配したんですよ」

 咎めるような口調だったが、手を引いていた少女を一瞥して怪訝そうな表情を浮かべる。

「あの、この人はお姉さんのために首飾りを選んでいたんです。おこらないであげてください」

 ルノは殊勝にも庇うように一歩前に出て、シャロンにつそう告げる。

「えっ……」

「おい、余計なことを」

 全く、子どもの口は軽くて困るな。

「首飾り……」

 シャロンはルノと繋いだ手の反対側の手に持っている包みを見て、俺の顔に視線をやる。

「……いただいていいんですか?」

「……勝手にしろ」

 シャロンは丁重に俺の手から包みを取り上げ、大事そうに胸の前で抱きしめた。

 俺は中身を見られる前にさっさと立ち去る。

「殿下……ありがとうございます。大切にしますね」

 シャロンのそんな沁み入るような感謝の言葉が、しばらくの間俺の心を揺らし続けた。