自慢ではないが、家の女達はスペックが高い。才色兼備とはよく言ったもので、母にしろ姉にしろ明らかに「普通」とはかけ離れた人生を送っており、その結果は収入や家の格と言った形で如実に表れていた。学生と言う枠組みの中にいた妹ですら既にその将来が期待され、業界から声がかけられていたと言うのだから「特筆すべき点はなし」と徴兵された兄としては面目が立たない。
それはさておき、少年時代よりハイパースペックを誇る母からの
「本質を見誤るな」
初めにそう言われた時は、それがどういう意味なのかはわからなかった。だが今ならきっと理解できる。
(……さて、どうしたものか?)
手にした二つの武器を交互に目をやり、天井を見上げ「ぐあぐあ」と呟いた。
場所はショッピングモール──二百年と言う歳月が過ぎてなお、使用可能な物品が残されていることに祖国へ感謝の念を送りつつ、集めた商品を前に唸り声を上げる。必要と思われる物を片っ端から集めた結果、幾度も往復を繰り返しただけあってそれはもう大量の物資が山となって目の前に積み上げられている。
「やりすぎた」と反省の色を見せる仕草をこの見た目凶悪なモンスターが取ったところでギャグにすらならない。テイマーが熊にブリッジをさせる方が余程観客の受けは良いだろう。ともあれ、今から俺がしなくてはならないのは、この積み上げられた山から必要な物を取捨選択をすることである。幾ら体が大きいとは言え、持ち運びできる量にも限りがあり、この登山用の大型リュックを以てしても恐らく俺が求める量の半分も持って行くことはできないだろう。
なのでしっかりと選別する必要がある。手にした道具は明らかに俺の手には小さすぎる。だがそれでもあるとないとでは大違いなのだ。例えば調理器具。流石にこれを持って行かないと言う選択肢はない。どれだけ体躯に恵まれ、パワーがあったとしても道具なしではお湯も沸かせない。食器も同様に必要かと思ったが、指で摘まむ外ないくらい小さなフォークやスプーンが果たして有用な道具かと問われれば首を傾げる。
しかし素手で食べることに抵抗があるのは事実であり、この件については調理器具で代用することで解決することにした。バーベキュー用の長い鉄串ならば刺して食うには申し分ない。そんな具合に一つ一つ問題を解決しながら選別を続けていくつもりだったのだが……この平凡を体現したかのような脳みそではすぐにでも手が止まる。
手持ちの食料がなくなれば、今後は本格的に狩りを行い食料を調達することになる。そのために必要となるのが獲物の解体作業だ。包丁の代用品として冒険者から頂いた剣があるが、これが果たして最適解なのかはわからない。少なくとも解体用の刃物が存在している以上、効率を求めるならばそちらを用意した方が良いのだろう。
(でもサイズがなぁ……)
そう、道具全てに言えることだが、どれもこれも人間が使うためのものであって、俺の巨体で使用するには使い勝手が悪いのだ。それ故にサイズが大きく代用が利く物を探しているである。何せ扱う物が刃物なのだ。使いにくさから「指でも切ったら」と思ったところで気がついた。
(……あれ? 包丁程度で俺切れるのか?)
結論としては無用な心配だった。やはり人間だった頃の感覚が抜けるにはまだまだ時間がかかるようだ。もっとも、人として生を受けて十八年過ごしたのだから一月やそこらでモンスターとなった我が身に完全に適応できるとは思っていない。それどころか人としての生を諦めることすら不可能だろう。
結局は何処かで折り合いを付けなくてはならないのだが、果たしてそれがいつになるかなど知る由もない。だから今できることをするしかないのだ。
(選択肢がないってのは、怪物だろうと変わらんなぁ)
溜息を一つ吐き、横道に逸れた思考を元に戻す。「どうせなら楽しめ」と一見すると何も考えていないが、実際特に考えがあるわけではない父の言葉が蘇る。しかし自分の現状にこれほど似合う言葉もない。だから存分に楽しんだ。その結果が目の前の山なのだからはしゃぎ過ぎたと言う外ない。何事も節度が肝心である。
そんな反省を挟みつつ、一つずつ丁寧に選別を終えていくと、足りない物があることに気が付く。十分に考える時間があればこのような見落としはなかっただろうが、ノリと勢いではしゃいでいた時の注意力などこんなものだ。見つけた時は「あ、これは絶対に必要だ!」と目を輝かせていたのに、いざ選別してみると自分が何故こんなものを持ってきたのかがわからず首を傾げる。
そのうちの一つがこれ──コンバットナイフである。どう見ても人間だった頃の感性で選んでいる。そんな品物が結構な割合で紛れ込んでいるのだ。ちなみに足りなかった物は水筒なのだが「空き瓶でもいいや」と探しに行くこともしなかった。
(と言うか……人間時代に欲しかった物まで混じってるな)
例えばデータディスク専用収納ケースや携帯用の音楽再生機器が該当する。一体何処から電源を持ってくる気だったのかと少し前の自分を問い詰めたい気分だ。それらを分別しつつ、手に取ったのはスレッジハンマー。これもコンバットナイフ同様、その場の思いつきで持ってきたものだろう。そう思い先ほどと同じ場所へと放り投げようとして──その手が止まる。
(待てよ……武器は必要なんじゃないか?)
いや、そもそもこれを武器として使わなくても良い。スレッジハンマーとは即ち大きな金槌だ。人間ならば両手で持って使うものだが、俺にとっては片手で扱える道具である。つまり普通に金槌として使用可能な物である。まさに代用品と言うに相応しい物である。問題はこの巨体で日曜大工を行うならば、それ以外の物も大きくなるので出番があるかどうか不明なところである。
「やはり武器として使うことになる」と結論を下し、実際にぶんぶんと振ってみるが……何とも頼りない。しかしこんなものでも、素手では殴りたくない相手には有用な武器となるはずだ。一応魔剣もあるのが、サイズの関係でほとんどナイフのような扱いだ。しかしサバイバルにおいて刃物は必須。
ふと「ならばこれよりも大きな物を探すべきではないか?」と言う考えが頭を過る。俺は選別作業を一時中断し腕を組んで考える。
(……武器はあった方が良い)
確かにこの体のスペックは非常に高い。しかし過信は禁物だ。俺は立ち上がり再びショッピングモールの探索を開始した。この手に握る武器を求め、所々自然が浸食している床を歩く。他国やゲームではないので武器屋なんてものはここにはない。別の町に行けばあるかもしれないが、銃器の類は恐らく使用不可能と見て間違いない。
ならば、求める武器は原始的なものとなる。そんな中で俺に合う大きさの物が帝国で売買されているかと言えば、答えは否。しかし代用できる物ならば、見つかる可能性は十分にある。例えば道路標識なんかはサイズ的には実に良い塩梅だ。二百年間風雨に晒されたことで実用に耐え得るかどうかは兎も角、大きさ的には条件をクリアしている物が帝国にはある。
「ならば後はこの足で探すのみ」とウロウロしていたらショッピングモールの出口に到着。そう簡単に見つかるものではないと思っていたが、候補すら見つからずここまで来るとは思わなかった。しかし外にこそ俺が求める物がある可能性は高い。店に売っている物ではなく、無事な資材や建材こそが恐らく俺が手にする武器となる。
一歩踏み出し外へと出ると、キョロキョロと辺りを見回し、大きく息を一つ吐く。どこを見ても廃墟としか形容できない光景である。そんな中で一際目についた施設があった。
(映画館、か……)
ここではないが、幼少時に親に我儘を言って連れて行ってもらったことや、友人と話題の映画を見に行った記憶が蘇る。
(そうだ、あの時は──)
振り返り、そして思い出した。顔を上げ、目を見開いて映画館を見る。
(覚えている! あの日テレビで見たインタビューと、その背景は確か──)
監督は何を言っていた?
マイクを差し出された彼は確かにこう言っていた。
「リアリティを追求するために、実際に作ったんですよ。その時に作った物を実際に見られるよう、一部の映画館で展示する予定です」
その映画の内容は「武装した巨人が町を襲撃する」と言う所謂モンスターパニックホラーものである。そう「武装した」巨人だ。記憶に間違いがなければ、四メートル以上の巨人達が手にした武器を振り回し、町を破壊して隠れる人間を引きずり出して捕まえるホラー要素もてんこ盛りの映画である。
可能性はゼロではない。俺は真っ直ぐに崩れた映画館へと足を運ぶ。最早倒壊していないことが不思議ですらある廃墟っぷりに、埃を払いながら中を見渡す。
(展示物であるならば、目立つ場所にあるはずだ)
果たして俺が求める物はここにあるのか?
崩れた壁からの侵入であるため、まずは入り口へと向かう。展示されているのであれば、そこが一番可能性が高いはずだ。崩れた壁を慎重に拡張し、この巨体が通れる道を造る。少々苦労はしたものの、無事建物を崩壊させることなく受け付けのある大きな広間へと来ることができた。
「オォ……」
思わず小さく声が漏れる。それもそのはずだ。
(あったらいいな、とは思っていたが……まさかここまで理想的な形で残っているとはな)
ほとんど傷らしい傷のない大きな透明なケースが二つ──その中には劇中巨人が使用したとされる巨大な剣と棍棒が、二百年と言う歳月を感じさせることのない姿で眠っていた。俺はケースにゆっくりと歩み寄り、撫でるようにそっと指を這わせる。
材質を確かめ、それが容易に破壊できるものだとわかると俺はケースに付いていた錠前を握る。「ふっ」と息を吐いて力を籠めると錠前は音を立てて砕けた。ケースを開け、中の大きな剣をその手に掴む。
(……違和感が全くない)
巨人の設定は四メートル以上だったはずだが、上半身の比率がやや大きい俺からすればこの剣の持ち手は丁度良いサイズとなるようだ。切れ味には期待できないだろうが、この鉄塊で叩き切ると言う力業は間違いなく強力な攻撃手段となるだろう。片手で振り回すことができる重さではあるが、両手で持った際の破壊力は想像に難くない。
そしてもう片方のケースの同様に開き、中にある棍棒を手に取った。こちらも怖いくらいにこの手にフィットする。
(まるで俺が使うためにあったような気さえしてしまうな)
材質は木材のはずなのだが、表面が何かでコーティングされているらしく、触った感触が思った以上に硬い。正しく質量兵器と呼ぶに相応しい貫禄を備えた武器である。こちらも片手で振り回すことができる丁度良い重量だ。
しかしここで大きな問題が発生する。それはこの二つのうちどちらを選択するか、である。
(流石に大きさが大きさだ。両方持って行くことは現実的ではないぞ)
俺は二つの武器を手に持ち交互に見る。金属武器であることから剣は非常に魅力的だ。しかしそれが霞んで見えるこの質量。これを手に、敵を前すれば一体どんな表情を見せてくれるのか……それはもう楽しみで仕方ない。
「悩む」と剣と棍棒を片手に天井を仰ぎ見る。入場者を迎え入れるだけあって広く、天井も高い。俺が直立しても届かない高さの天井を眺め、静かに目を瞑り深呼吸をする。
(……そうだ。本質を見誤るな)
俺と言う巨体、パワーを活かすのであれば選択肢は一つしかない。武器は道具。ならば俺の戦闘スタイルと合致する方を選ぶのが正解だ。
(俺が選ぶのは──こいつだ!)
長い逡巡の結果、俺が手にしたのは剣だった。
(……いや、棍棒と剣なら剣一択だろ? 男の子なんだから)
何処の世界に剣と棍棒を選ばせてそっちを取らない男がいようか?
「だってこっちの方がかっこいいだもん」と頭の中で棍棒に別れを告げ、俺は入り口を破壊して外へと出る。建物の倒壊?
もう気にする必要はないから問題はない。
「ぐっがっが……」
思わず漏れ出た笑い声が若干邪悪な気がすることは置いておき──ついに俺は武器を手に入れた。片手で持った剣をクルリと一回転させながら天高く振り上げる。そして一歩踏み出すと同時にカメラ目線を意識して本気で振り下ろす。
「決まった!」と思ったのも束の間、何故か手にした剣が妙に軽い。それもそのはず、視線をそちらに向けると剣の持ち手から先が消えていた。そして俺が首を傾げると同時に轟音が響く。なんてことはない。俺が全力で剣を振り下ろしたことで、その負荷に耐えきれず折れただけである。そしてその根元から折れた剣が宙を舞い、今しがた地面に激突したと言うことだ。
ガランガランと音を響かせる大きな剣の残骸を見送った俺はしばし呆然としていたが、まだ武器があることを思い出して映画館へと振り返る。そう、やはり見栄えではなく本質が重要だったのだ。そんな反省を胸に一歩踏み出したところで音を立てて倒壊を始める映画館。おまけに地下部分まで及んでいるらしく、地上部分がドンドン下へと流れていく。
ほんの数十秒後──そこには最早映画館の原型すらない瓦礫の山があった。掘り起こそうと言う気など到底起こらない。地下に埋まった棍棒が無事であると言う保証もない。この無残な結末に俺はしばし瓦礫の山を前に呆然と佇んでいた。
(……なかったことにしよう)
人は忘れるから生きていける──いつ見たかすら覚えていない映画のセリフを胸に、俺はショッピングモールへと戻って行った。