とある戦場の結末

たった一匹のモンスターを倒すために集まった者達は幽鬼のように街道を歩いていた。誰一人話す者はいない。傭兵の一人が毒エサの運搬に使った囮の馬車を引っ張ってきたことで、重傷者を運ぶことができるのは不幸中の幸いだったのだが、この惨状では「幸い」というにはあまりにも小さなものだった。重い足取りを引きずるように歩く者ばかりの行軍は遅々として進まず、レコールの町へと戻ることができたのは二日後の朝だった。

そしてその翌日、傭兵ギルドのギルドマスターであるアーンゲイルが沈痛な面持ちで手にした手紙を読んでいる。その中身は言いがかりというよりも最早ただの責任転嫁だった。領軍を指揮した騎士は、今回の出兵の失敗の責任を傭兵ギルドに押し付けた。

曰く「傭兵ギルドは新種のモンスターの情報を出し惜しんだことで、我が方の被害は甚大なものとなった。咄嗟の判断で死者を少しでも減らすべく奮戦したが、兵は半数以上が負傷していたために反撃に出ることは叶わず敗走に至る」である。

実際、死者の数はたったの十八名と、五百五十七名中四百五十六名が負傷していることを鑑みれば異常に少ないとすら言えた。そこを騎士達は「自らの奮闘に拠るものである」と主張。領主がこれを認めたことで、今回の討伐任務失敗の責任が傭兵ギルドへと押し付けられたのだ。特に新種との交戦経験のある「暁の戦場」に対してはペナルティーを課すことを厳命された。そしてその内容もまた、この手紙に書かれていた。

「ふざけるな! 情報なら全て渡しただろうが!」

アーンゲイルは感情に任せて椅子を蹴り飛ばす。だが、領主の命令とあっては傭兵ギルドとしては拒否することなどできない。帝国との大戦以降、長く戦争らしい戦争がなかったことで傭兵ギルドの立場は悪化した。兵を集められるという危険性を王国は排除しようとすらした。結果、国の管理を受け入れることでその存続を図ったのが現在の傭兵ギルドだ。

その末路がこれである。いつしか傭兵は責任を取りたくない責任者の体の良い生贄となっていた。しかもその隠蔽にも関わらされているのだからギルドとしてはたまったものではない。

「また、これを伝えなくてはならないのか……」

机に置かれた手紙をアーンゲイルは忌々しく見る。半壊した傭兵団に災害クラスのモンスターの討伐など到底達成できるはずもない。これは事実上の死刑宣告──体良く責任をなすりつけ、その処分を行い結果はよくある「高額な報酬に釣られた傭兵の判断ミスによる全滅」である。

全てが書類の上で進み、やがていつかは忘れ去られる。また一つの傭兵団が消えていくことに何もできないアーンゲイルは、ただ歯噛みするしかなかった。



レコールの町を一人歩く魔術師のディエラは露店を見て回る。先の戦闘で新調して間もない杖を失い、虎の子の魔晶石も使ってしまった。にもかかわらず実入りがなかったのだから代わりの魔法発動体を探すにも、まずは安さを見る他ないほどに財布の中身が心許なかった。食うに困るほどではないが、魔法関連の品物は値が張るのが当たり前。

下手をすればセイゼリアに戻るための資金すらままならなくなってしまう。だからこそ店は勿論、露天商までしっかりと吟味する必要があったのだが──。

(考えれば考えるほど意味がわからない。あいつは一体何なんだ?)

気が付けばあの新種のモンスターのことばかり考えていた。モンスターは人間の敵であり、殺さなければ誰かが殺される。それはセイゼリアで生まれた者にとっては常識であり、誰もが持つ共通認識である。何故ならば、セイゼリア王国という国家は有史以来ずっとモンスターに悩まされてきた歴史がある。

たとえハンター──冒険者でなくともモンスターとは否が応でも関わることになるのがセイゼリアである。彼女の常識、知識や経験から見ても、あの新種のモンスターは全てにおいて異常だった。あの新種を放置した場合、どの程度の被害が予測されるかを考える。だが、ここはセイゼリアではなくカナン王国である。考えるだけ無駄であるとディエラは頭を振って思考を切り替える。

(そう言えば、オーランドは一対一で戦ったから覚えられたのも不思議じゃないとして……私は何処で覚えられたのかしら?)

モンスターが「顔や声で個体識別ができるだろうか?」という疑問が頭を過る。少なくとも書物の知識の中にはそのようなケースがあったとは一部の例外を除いて記憶にない。その例外というのは長きにわたり同じ場所で大量のモンスターと戦い続けたことによって、記憶に残るべくして残ったというケースである。だとしたら自分が何故あのモンスターに覚えられていたのかがディエラは気になった。

「まさか、それほどまでに知能が高い?」

思わず口に出た言葉を頭を振って否定する。これは最悪の場合の話であって、あまり現実的とは言い難い。そんな存在がいたとしたら、モンスターという定義が揺らぎかねない。ならばとディエラは考えを方を変える。

(覚えやすい何か……特徴的な部分があれば記憶にも残りやすい。私の特徴的な部分……)

そう考えたところでディエラは視線を下にする。だがこれは人間目線での話だろうと視線を胸から外して否定したが、ふと最初の出会いを思い出す。あの時はほとんど裸であった。そして今回も手の中でもがいたことで上半身はほぼ裸だった。

(……まさかあいつ私を胸で識別してないだろうね?)

思い出せば新種のモンスターに掴まれた時、動作を止めたのはどのタイミングか?

何もしなかったのはどうしてだろうか?

そう考えた時、ほとんど冗談程度の考えが現実味を帯びてきた。「人を胸で覚えるとか失礼な奴だね」とディエラが苦笑した時、見覚えのある人物がこちらに小走りでやって来る。

「団長が探しています。拠点の方に戻ってもらえますか?」

すぐには彼が誰だか思い出せなかったが、話を聞いて伝令として何度か目にしている人物だとディエラは思い出す。丁度ディエラからも話すことがあったので、伝令の言葉に頷くとそのまま「暁の戦場」の拠点へと案内してもらう。

露店を見て回るつもりが、考え事が多すぎて自分の現在位置がわからなくなっていたディエラは、伝令役の青年に連れられ「暁」の拠点へと向かう。到着するまで青年はディエラの気を引こうと色々と話しかけてはいたが、結局最後まで相手にされることはなかった。ディエラが拠点に着くと、以前使った部屋に通されると、そこにはオーランドが椅子に座って待っていた。

その隣にはエドワードがおり、幾つかの書類を持ってオーランドと話しをしていたらしく、ディエラが部屋に入ると彼は一歩引いて二人の会話の邪魔にならないよう気を配る。

「お互い要件があるようだし……どっちから話す?」

ディエラは挨拶など不要とばかりに本題に入るよう提案すると、それに応じるようにオーランドが「お先にどうぞ」と手振りで促した。それに首肯して応じたディエラが単刀直入に切り出した。

「それじゃ、遠慮なく──私はセイゼリアに戻ることにした。契約はここまでだよ」

契約の終了を切り出したが、それが想定内だと言うように二人は冷静にディエラの話を聞いている。

「セイゼリアではね、モンスターってのは見つけ次第殺さなきゃならないもんなんだ。建国以来広い国土を持つが故に、モンスターの被害に悩まされ続けているからね。私が生まれた村も、気づけばモンスターに呑まれていた。そんな理由でハンターになる奴なんて掃いて捨てるほどいる」

オーランドとエドワードは黙ってディエラの話を聞く。理由は何であれ、今の二人には彼女の話を最後まで聞く必要があった。

「あの新種を放ってはおけない、ということも理解はできるし納得もする。だけど、アレは私の手には余る。当然あんたらにもね。だから手を引かせてもらうよ。目的の物は手に入れたからね、あんたらと仕事をする理由もなくなった。アレは間違いなく天災クラスの化物だ。となればそれは最早カナン王国の問題。セイゼリアの人間の私が、首を突っ込むのは遠慮するよ」

ディエラの契約破棄の理由を聞き、今度はオーランドは自分達の要件を伝える。

「別の依頼がある。緊急のものだ。そっちに付き合って欲しい」

「お断り。私はもうセイゼリアに帰るよ」

即答だった。彼女としても魔剣を取り返した以上、長居するつもりはなく、待たせている者もいるので早く帰りたいという気持ちが強い。だが、その返答にオーランドが待ったをかける。

「そういうわけには行かないんだ。こっちは現在一人でも多く人が欲しい」

「そうは言ってもねぇ」と困ったように難色を示すディエラ。それもそのはず「新種の討伐」を目的として雇われたが、その新種を討伐できる見込みがゼロなのだ。契約を続ける理由がなくなった以上、彼女は「暁」に関わる気がなくなっており、十分な勝算のない仕事など普段でも受けない。

ハンターとしてモンスターを放置するのは忍びないが、こちらにも事情があるとディエラは首を縦には振らなかった。するとそれまで静観していたエドワードが一歩前に出るとディエラを見ながら話を始める。

「これに関してはあなたも無関係ではありません。我々は現在『罰則』という形で討伐任務を強制されております。その中には、あなたも含まれておりますよ?」

「は? どういうことだい?」

エドワードの言葉にディエラが意味がわからず声を上げる。

「言葉通りの意味です。あなたは今回暁の戦場として参戦していたので、この依頼から逃れることがあれば、あなたは立派な逃亡者。セイゼリアに戻ることを希望しているようですが……カナンから出られるとお思いで?」

言っている意味が理解が追いつかずディエラは眉を顰めた。そこにオーランドが説明を追加する。

「領軍を率いていた騎士が今回の失敗を俺達に擦りつけた。結果、俺達は勝算の薄い討伐依頼を領主命令で強制されたというわけさ。つまり、逃げれば重罪。たとえ国境を越えてもお尋ね者だ」

「そんな無茶な」とディエラは言おうとしたが、国が変われば法も変わる。二人の諦めた物言いに、傭兵ギルドには傭兵を守るだけの力がないことを理解させられたディエラは言葉を失う。

「それに、騎士の皆さんは随分とあなたの体にご執心でしたよ?」

暗に「逃すつもりはないだろう」ということもエドワートは仄めかす。同時に逃げた場合、彼らがどう動くかもディエラは理解すると、協力するしかないことも把握した。諦める他なかった彼女が渋々仕事の内容を聞く。

「……目標は?」

「ジャイアントヴァイパー──別名『魔術師殺し』の大蛇です」

エドワードが笑顔でそう言った直後、ディエラの拳が彼の顔にめがけて飛んでいた。



レコールの町。カナン王国南部に位置する隣国セイゼリア王国との前線が最も近い町である。その南にかつて存在した帝国が、その国土をそのままに「フルレトス大森林」として存在していた。エルフによる有無を言わせぬ警告から立ち入ることすら憚られていたが故に、そのような大森林と変わり果てたわけだが、科学と言う帝国滅亡の引き金を引き、危うく世界を巻き込みかけたというエルフの主張は各国に受け入れられた。

それが表面上のものであることは言うまでもなく、大森林に接するカナン、セイゼリアの二国は常に進出を考えていた。何故ならば、両国にはフルレトス帝国は「蓋」だったからだ。強大な帝国が存在するが故に、二国は領土の拡張ができずにいた。

ところが事態は一変する。エルフの国であるエインヘル共和国が突如フルレトス大森林の領有を宣言したのだ。これにより各国は「エルフは自国領土に組み込むために汚染などという嘘を吹聴したのだ」と憤った。しかしそのようなことがあっても、直接的な手段に出る国はなかった。

それもそのはず、かつての大戦において、エルフだけがかの帝国と戦争において優勢を保つことができた国家である。そんな国と戦争を起こすなど正気の沙汰ではない、と言うのが大森林を取り巻く国家の共通認識であった。

しかし、だからと言って何もせず手をこまねいているなどできようはずもない。何故ならばカナン、セイゼリア両国にとって、拡張の余地はそこにしかなく、どちらか一方が土地を切り取り地理的に優位に立つような状態となれば、いずれ自国への侵略の橋頭保となることは目に見えている。

両国にとって、大森林への進出は国家の生存を懸けたものと言って差し支えはない。故に、彼らは「エルフが何かを言ってくるまで」は領土を拡張するつもりでいた。その最前線がここ、レコールの町である。そしてその領主たる「キリアス・ワイマール」は王家からの勅命を受け、南部進出へと邁進している……はずだった。

度重なる事故。思うようにいかない脅威の排除と立て続けに問題が起これば妨害工作が行われているであろうことは明らかだった。そこに領内での新種のモンスターが確認されたのだ。最早これ以上の遅延は許されるはずもなく、また新種のモンスターが折角取り寄せた新しい町のシンボルになるアーティファクトのレプリカを奪ったのだ。

これでは他国の介入を疑うなという方が無理である。直ちにキリアスは新種のモンスターに関する情報を集め、領軍を派兵してでもこの脅威を排除する決定を下す。少なくない出費を迫られるが、これ以上の案が出なかったのでどうしようもなかった。

「これで問題は解決した」

そう確信した領主は吉報を待ち、自分の仕事をただ淡々とこなしていた。




そして待ちに待った報が齎される。討伐失敗──その知らせを受けた領主は机を強く叩いた。

「たかがモンスター一匹に、何をやっている!?

強い叱責の言葉を吐くが、それを向けるべき相手はここにはいない。代わりに伝令役の男がそれを聞くことになったが、生来の図太さ故か表情も変えずに黙って突っ立っている。

「これは一体どういうことだ! 説明しろ!」

立ち上がった領主が指を差して怒鳴り声を上げると、伝令は淡々と語り始める。

「まず『馬車を襲った』という情報から、馬車を囮に毒を用いたものの失敗。こちらは元より期待されておらず失敗することが前提で行われたものです。『失敗することで相手の知能の高さを証明できた』との言を頂いておりますので、目論見通りではあったようです」

一度伝令がそこで区切り領主が顎で「続けろ」と促す。

「結局、武力を用いての討伐となり、先陣を切った傭兵団が潰されました」

「はっ、所詮は傭兵か……役に立たんな」

伝令の男は笑う領主に何も言わず、目線で続きの許可を催促する。領主がそれに先ほどと同じ仕草で応じたことを確認すると、彼は続きを語るべく再び口を開く。

「それを見た指揮官が戦闘での被害を避けるべく距離を取って戦うよう命令しました」

「ふむ、情報の少ない未知の相手とならば……悪くはない手だな。続けろ」

自分の人選に誤りがないことを確認した領主は初手のそう評価し報告の続きを促す。

「は! それからしばらく一方的な遠距離攻撃を継続しましたが、功を焦った傭兵の一団が領軍との連携を無視して突撃。結果、傭兵の一団は壊滅。味方への誤射を避けたことが仇となり、新種のモンスターが支援部隊へと雪崩れ込みました。これにより前線の崩壊を招くこととなり、マーティス卿がどうにか陣形を維持するために奮戦。その危機に駆け付けたカサングラ卿もまた重症を負いました」

「はっ、やはり傭兵など下賎な存在か! その浅ましさのツケを一体何度支払わせれば連中は理解するのだ!?

忌々しいと怒気を放つ領主は歯を食いしばり、負傷した二人が生きていたことには幸運を素直に喜んだ。

「それで、その後はどうなった?」

「キリアス様のご想像通りです。指揮官を失った軍は統率が取れず、新種のモンスターが自由に動けるようになったことで大量の負傷者を出しました。日頃の訓練の甲斐あって死亡者が少なかったのは幸いですが、それもこれもお二人が負傷した身でありながらも、どうにか命令を下すことができたことが大きいかと思われます」

伝令の言葉に満足そうに頷く領主。それを確認した男はあの戦場の最後を語る。

「領軍を半壊させた新種は次に傭兵団へと目標を替え暴れ始めます。しかし既に撤退の動きを見せていたことで彼らの被害は最小限に抑えられたと言って良いでしょう。その後、十分に暴れたことで満足したのか、新種は去って行きましたが……領軍との戦いでのダメージと疲労が蓄積した結果だ、という現場の者の意見は重く見た方が良いでしょう」

「わかった。もういいぞ」

そう言って語り終えた伝令の男を下がらせる。男が一礼をして退出した後、領主は椅子に背中を預けると息を吐く。

「ふー、流石に昨今の傭兵どもの働きには我慢の限界があるというものだ。だが、あの連中がいなくてはモンスターの対応に領軍が追われる羽目になる」

まったく如何ともし難い、と領主は拳を強く握り締める。

(「昔はこうだった」などという話を何度も聞いた。だが今の傭兵団はどいつもこいつも金、金、金だ! 問題は起こす、質は落ちる一方! おまけに罰則に対して文句を言う始末! だったら、せめて最低限の仕事をしてみせろ!)

領主は口ばかり達者な傭兵にいい加減うんざりしていた。何をやらせても雑な仕事。少しでも命に危険があれば逃げ出す腰抜けどもが、兵隊気どりで我が物顔で町を闊歩する姿を見るとその首を切り落としたくなる衝動にすら駆られる。

(連中は少し力を持ちすぎた。たとえ雑兵と言えど数は数……短絡的な行動など以ての外だ。連中が町の中で暴れでもしたらどれ程の被害が出るか……)

大きく息を吐いた領主が机に積まれた書類に目を通す。伝令が来たことで中断していた仕事を再開する。そこには南部新規開拓に関する各種必要な金額が書かれており、再び領主は大きく息を吐いた。

(ようやく手に入れた「シエスの水源」のレプリカを失い、領軍は敗退。新種のモンスターといい傭兵どもといい……私の邪魔をすると言うならばその愚行を身を以って思い知らせてやらねばなるまい)

だが、その前に領主という責任を負う立場の者として、その義務を果たさねばならない。キリアスは机の書類に目を通し、自分の仕事をこなしていく。そこで一枚の紙に目が留まった。

「……ほう? モンスターの討伐要請、か」

領主は考える。討伐対象は「ジャイアントヴァイパー」と呼ばれる大蛇である。森林に生息する気配を感じさせない危険なモンスターだ。このモンスターに奇襲を許せば、たとえ上級騎士であっても生存は難しいとまで言われていたことを領主は思い出す。

(これは……使えるな)

顎に手をやりキリアスは己の考えをまとめる。

「よし、こいつを今回の傭兵どもへの罰としよう」

まとまった考えを口に出し、早速その内容を紙に書き起こす。だが注意をしなくてはならない点が一つある。それは「戦果に対して罰を与えてはならない」という点だ。幾ら傭兵が全く活躍していなかったとしても、戦場に出た以上は命令違反でもない限りおいそれと罰を与えるわけにはいかない。そんなことをしてしまえば全体の士気に関わるからだ。故に、今回の場合はこのような手段をキリアスは取った。

「ふむ……罰の理由は『事前に知り得た情報の出し渋り』……こんなところか」

今回の討伐において、一度新種のモンスターと戦闘を行った傭兵団がいるのは知っていた。ならばこそ、領軍ならば討伐可能と踏んで出兵したのだ。だが蓋を開けてみればこの有様。ならば、我々の知らないことがあったとするのは当然。傭兵が全てを知っていたという判断は早計だが、必要な情報を渡していなかった可能性は十分考えられる。領主からしてみれば「傭兵は手柄欲しさにこの程度のことはする連中」なのである。ならば、これは今後同じように情報を絞ることで戦果を自分のものとしようとする奴らへの牽制ともなるだろう。

「誰か!」

必要なことを紙に書き記し人を呼ぶ。するとすぐに扉をノックする音が聞こえ、キリアスは入室の許可を出す。部屋に入って来た執事は優雅に一礼すると要件を伺い、領主はそれに答えるように丸めた先ほど書いた紙を見せる。

「書記にこれを清書させ、傭兵ギルドのギルドマスターに届けよ」

執事は「畏まりました」と一礼し、両手で丸まった書類を押し頂くと退出する。

(これで問題は一つ片付いたな)

一つの仕事を終えたことに満足すると残った書類に再び目を通し始める。領主としての仕事はまだまだ終わる気配はない。



「来たか」

領主館の庭にある椅子から立ち上がり、振り向いた先には彼が依頼をした人物がまさに近づいてくるところだった。気配が読めるというわけではなく、何度も同じことをしているが故の察知である。

「ご注文通り、細部は書き変えておきました。これを傭兵ギルドのギルドマスターへ、とのことです」

近づいてから小声で話す書記官に伝令役の男が金貨の入った小さな布袋を手渡す。封がされているので今すぐ中を開けて読むことはできないが、これまでの仕事っぷりからこちらの望む内容になっていることは疑う余地もない。

「それでは、ギルドマスター宛ですのでお間違えなく」

そう言って一礼すると書記官は去っていく。手紙を手に入れた彼は真っ直ぐ傭兵ギルドへと向かうことなく、館を出た後に一軒の小さな家へと立ち寄った。手紙の内容を確認するためだ。

「さて、今回の仕事っぷりは……」

小さく呟きながら道具を使い丁寧に封を解き、中の書状に目を通す。

「ふむ……元の文章からは大きく変えないようにしているはずだが……いよいよもって領主は傭兵に対する感情を隠さなくなってきたか」

男は頬を緩め「良い傾向だ」と笑う。それから新しく領主が使うものと全く同じ印を用いて手紙に封をする。レコールの町では既にここまで工作員に入られている。そして時間をかけ着実に情報は操作されていった。

傭兵団と領主の不和……これで誰が得をするかと考えれば、自ずと答えは見えてくる。彼はセイゼリアの手の者である。書記官は金で買収されているだけだが、領主の印を複製できることからも他にもいることは明白であり、それは二国の関係を如実に示している。

「傭兵ギルドのギルドマスターには気の毒だが……」

お国柄、日々モンスターと戦う傭兵には好意的な感情を抱くが、これも国の命令である。男は作業を終えると立ち上がり、何食わぬ顔で手紙を懐に仕舞うと傭兵ギルドへと向かった。

「こんにちは、今日も美人ですね。よろしければ今晩辺り一緒に食事でも……」

「ギルドマスターは執務室におります」

笑顔で対応する受付に冗談の一つでも交えてみるが、いつものようにあしらわれる。ここでは自身の評価は決して高くならないよう彼は調整している。「特徴のない何処にでもいる男」であることが、彼にとって最も都合が良いからだ。美人を見れば声をかける、そんな極々普通の冴えないただの使い走りの男。それが傭兵ギルドでの彼の人物像である。

領主より預かった手紙を渡し、早々に美人の受付の元に行き、再び「お帰りはあちらです」とあしらわれトボトボと帰路につく。そんな寂しい男を装いながら、彼は傭兵ギルドを後にする。その手には一枚の紙が握られていたことは誰も気づいてはいなかった。



「何、これ?」

老人は一枚の紙に書かれた内容に目を通すが、その最中にそんな感想を口にした。

「何、とは? 見ての通りですが、何かご説明が必要でしょうか?」

「必要もなにも……」と言葉を濁し、老人は手にした紙をひらひらと翻し、不満気な口調でこう言った。

「これを信じろと言うの?」

暗に「この情報は間違っているだろ」と言っているのだが、その言葉を受けた女性は平然と「そうですけど?」と返す。

「いや、しかしね……」

「いつもの工作員からの情報です。これまでと同様の精度であることは間違いないかと」

そこまで言われても老人は「でもなぁ」と言葉を濁す。

「言いたいことはわかります。私がそれを目にした時も『内容に虚偽があるのではないか?』と疑いました」

女性の言葉に顔を明るくした老人だが、続く「それでも事実です」という言葉にしょんぼりする。

「本当なの?」

「本当です」

しつこいやり取りではあるが、老人からすれば信じたくない内容である。ただでさえ抜け毛が目に見えて増えてきたのに、さらに増えるような報告など聞きたくないのだ。

「こんな内容を誰が信じるって言うんだろうね?」

「あなたに信じて頂かなくては困ります」

老人としては見た目だけで選んだスタイル抜群の美人秘書。しかし彼女は有能だった。それこそ雇い主である彼を仕事で縛り付けるくらいには有能な女性だった。

「儂泣いていい?」

「この内容を事実と認め、対策を取って頂けるのであれば幾らでも」

取り付く島もない様子に「ジェニーちゃんが厳しい」とウソ泣きを始める爺。しばしそのまま椅子の上で三角座りをしてメソメソしていたが、相手にしてくれないことがわかると秘書の鋭い視線に負け再び書類を手に取った。

「でもさぁ、ジェニーちゃん。これ、上に報告上げても信じてくれる人少ないと思うよ?」

「でしたらヴェスパ様が信じて対策をなさってください」

逐一返す言葉が鋭利な刃物のように老人を切り刻む。秘書から放たれる圧力に屈した雇い主が渋々書類の続きに目を通す。

「大体さ、この『矢は刺さらず、剣は欠け、槍は折れる。魔法も効かない』ってちょっと問題あるよね?」

「一番の問題はそこではないかと」

「だよねぇ……これ、情報が確かなら第三位階相当の魔法を素手で殴ってダメージがなしってことだよね?」

老人の言葉に秘書が頷く。

「こんなの誰が信じるのさ?」

「ヴェスパ様が信じれば良いかと」

きっぱりと言い切った秘書に「やめてよ」と老人が情けない声で鳴く。

「あのさ、うちは曲がりなりにも自他ともに認める『魔法国家』なわけなのよ。それが新種だか何だか知らないモンスター如きに第三位階相当の魔法を使って効果なし、なんて認めるわけにはいかないのよ? わかるよね、ジェニーちゃん?」

「わかりません」

きっぱりと否定する秘書と固まる老人。どうにかして察して欲しい老人と譲る気のない秘書の戦いが静かに始まった。

「えーっとね、ジェニーちゃん。これは見なかったことに……」

「できません」

「じゃあ、儂の権限で握り潰し……」

「させません」

秘書が紙を握り潰そうとした老人の手を掴み、絶妙な力加減で彼の手首を強く握る。

「ジェニーちゃん……」

「ダメです」

ギリギリと手首を掴む手に力を加えていく秘書と見つめ合う雇い主。しばしの静寂が執務室に訪れ、老人が優しい目で笑う。

「おっぱい見せて?」

「死ね」

脈絡のないセクハラにバッサリと切り捨てる秘書。だが、老人は大きな溜息を吐いた。

「はあ……ジェニーちゃん。今回ばっかりは儂の言うこと聞いてもらうよ?」

退かない老人の繰り言を再び叩き潰すべく口を開きかけた時、雇い主である彼がその言葉を遮るように諭すような口調で語りかける。

「そこの報告書に書かれた魔術師。間違いなく『ディエラ・キノーシタ』だよ。キノーシタを名乗ることが許された魔術師が、手も足も出なかった、だなんて報告したらどうなるかわかるでしょ?」

魔法国家を自称するセイゼリアにとって、名のある魔術師というのは言わば「顔」である。特に幾つかの流派における信頼度は高く、今回の「キノーシタの魔法が通用しなかった」という一件は言ってしまえばスキャンダルに等しい。そしてそれを他の派閥が知ればどうなるか?

「最低でも、一部は改変するよ? これは決定事項だからね」

「ですが……」

猶も食い下がろうとする秘書に老人ははっきりと決定を伝える。

「カナン王国で不和の種を蒔くのが目的なのに、こっちで蒔いてどうするのさ? つい最近あったキノーシタとイツゥーの衝突を知らないわけじゃないでしょ?」

魔法を重要視するが故に派閥同士で切磋琢磨する。だが聞こえは良くともそれは現実に当てはめれば対立となる。他派に対する過剰な攻撃などはこの国ではよくあること。それを激化させるような火種は放り込むべきではない。

「しかし……情報は正確であるべきです」

「だからさ、表向きは変更したものを渡してさ、裏からこっそり修正前の内容で知らせるとかすればいいんだよ」

雇い主の提案に考える秘書。しばし黙ったままの二人だが、揃って同じ結論を出した。

「厳しいですね」

「厳しいよなぁ」

セイゼリアは魔法国家である。ならば当然チェック機構にも魔法が用いられており、嘘は間違いなく見破られる。自分で提案しておきながら、あまり現実的な案ではなかったことに今更気づいた老人は別の提案する。

「やっぱりこれ見なかったことにしない?」

「それはできません」

きっぱりと言い切った秘書を恨めしそうに雇い主が見つめる。それからしばらく睨み合ったままの時間が流れるが、不意に老人が何か思いついたのか口を開いた。

「じゃあさ、時間稼ぎは?」

「時間稼ぎ……ですか?」

秘書の確認の言葉に老人が頷く。時間経過による状況の変化が、この情報を許すことに懸けるのだ。

「つまり『裏を取るから報告は少し待って欲しい』的なことを言う」

「具体案をどうぞ」

この切り返しに老人は口をつぐむ。どうやら特に案があったわけではないらしく、しばし黙って考え込む。

「確かにこんな懐疑的な内容であればその必要性は認めます。しかしだからこそきちんと裏を取らなければこちらの信用が失墜します」

しばし老人は椅子の背もたれに体を預け、天井を眺めながら思案する。

「本人に聞くしかないかぁ……?」

むしろそれ以外に方法はないだろう。そして魔術師に対して「己の無力を認めろ」と迫る意味を考えると人選が非常に難しい。

「報告書を読む限り、彼女はまだカナンにいるようですが……」

秘書の言葉に「呼び戻せない?」と確認を取るが、彼女は黙って首を横に振る。当初、わかっている範囲では、ディエラ・キノーシタは突然何の前振りもなく出奔しており、連絡要員の派遣など全てが間に合わなかった。なので彼女の足取りを追うことすら困難であり、今回たまたま発見できたというのが真相である。

「魔術師の自由を縛ってはならない」という建前はあれど、国を出るならそれなりに手続きというものが必要だ。それを彼女はすっ飛ばして隣国に密入国をやらかしている。本来ならば法で裁かれて然るべきだが、彼女は「免許皆伝」という地位にある。

魔法を重要視する国家故に、彼女の地位は大きい。故に真っ当な方法ではディエラ・キノーシタは裁けない。無断出国の理由如何では裁いた側に批判が集中することになるのは目に見えているのだ。そして、問題の彼女の理由がこれだ。

「脅威となり得る新種のモンスターの討伐……奪われた仲間の武器の奪還が理由みたいだけど、これ下手したら無断出国の口実が『殺された仲間の仇討』って歪みそう……って言うか絶対そんな感じに曲がるよね?」

「言われてみれば」と秘書の方も納得したように頷いて見せる。

「……これ無理じゃね?」

「呼び戻すのを諦めますか?」

「いや、そっちは何とか考える。問題はその後」

呼び戻すこと自体は不可能ではない。問題は彼女の無断出国についてどのような落としどころが必要か、という点だ。彼女の地位から法を照らし合わせて裁くのは難しい。しかし他派の人間の介入は免れない。そして老人の立場からできることはただ一つ。ディエラ・キノーシタに非を認めさせた上で自主的に罰を受けてもらうこと、である。

これの最も大きな問題は「魔術師とは総じてプライドが高い」という点に尽きる。つまり「免許皆伝」という流派の高位に位置する魔術師に対し、他派からの抗議を受け入れ頭を下げろ、と言わざるを得ないことである。さらにややこしいのがたとえ本人がそれを承諾したとしても、同門からの圧力で妨害、もしくは撤回させられる恐れもあるということだ。

「いや、ほんとこれどうすりゃいいの?」

老人は嘆く。頭に手をやり、掌にくっついた抜け毛を見てさらに嘆く。

「いっそのことありのまま報告すれば良いのでは?」

「それ無理って言ったよね?」

国内のことを無視するのであれば、その選択も不可能ではなかった。だが、結果として責任を取らなければならないのは目に見えている。最早老人には問題となった彼女が全てこちらの言い分を呑み、他派からの要求を満たせるだけの罰を同門を無視して快く受け入れてくれる以外に丸く収める方法はないように思えてきた。

「ジェニーちゃん」

「何か?」

「おっぱい揉ませて?」

「死ね」

こうして碌な案も出ないまま普段と変わらぬ時間が過ぎていく。「このままでは禿げる」と泣く雇い主を無視して仕事を急かし、セクハラの仕返しに執務室の掃除をしては床に落ちた毛をそれとなく見せつける。だが、そんな余裕もいずれはなくなる。一つ戦場の結末は、誰かが望む望まぬにかかわらず、こんなところにまで波紋を広げていた。