とある冒険者の視点Ⅲ

目の前にある三台の馬車を見て思う。

「ねぇ、アレは一体何のつもり?」

「毒入りの餌とさ。害獣駆除でもやりたいのかね」

そんなもので倒せるなら苦労はしないだろうと、訊いた自分が馬鹿らしくなる。準備も整っていないのに討伐任務に強制参加せざるを得ない状況に、私はともかく傭兵団の士気がまずいことになっている。おまけに腕利きの魔術師を多数抱える傭兵団の不参加が決定し、勝算がさらに遠のいたことを聞かされれば、団員の文句が多いのも納得ができる。

「干し肉を奪ったとのことですから、かかってくれるなら楽ですよ」

そんな空気を察してか、エドワードが気休めにしかならない言葉を吐く。そもそも毒が効くかどうかもわからない相手だ。

「これより街道に巣食う邪悪なモンスターを討伐する! これは領主様からの直々の命令だ。モンスターの首を取った者には栄誉と報奨金が約束される! もっとも、その首を取るには私よりも先に切り込む必要があるので望みは薄いがな。諸君らの奮闘に期待する!」

騎士の一人がどうしようもないほどの妄想を垂れ流している。不安しかないのは気の所為だろうか?



気の所為などではなく不安は的中した。聞いていた通り矢は通らず、兵士に動揺が走る。最初にぶつかった「不動大剣」の団長は見せ場もなくあっさりと倒された。放たれる魔法にも目もくれず、ただ撃たせるがままの姿には恐怖すら感じる。

(恐らく魔法に対して抵抗力を持っている)

冷静に分析するまでもなく、生半可な術では通用しない。そもそも当てなければ意味がない。私の仕事は確実にあいつにダメージを与えること。まともに武器が通用しないなら、有効打となるのは私達魔術師だ。そのはずなのにどういうわけかどいつもこいつも大技を使おうともしない。

つまり、ここにいる魔術師はほとんどが寄せ集めということになる。オーランドが嘆いた理由がよくわかる。アーバレストでも刺さらないとなると、もうバリスタを持ち出すくらいしか一般兵にやることがない。

案山子かかしと変わらぬ兵士は放っておくことにして、味方の傭兵団の隙間を縫うように魔力を練りながら位置取りを慎重に行う。ターゲットがこちらに向けば終わりだ。目立たぬように傭兵の後ろに隠れつつ、あいつの背後をできる限り取れる位置へと動く。

「よお」

オーランドが新種に声をかける。彼にとっては因縁の相手だが、果たして奴は覚えているのか?

低く唸るような声を出し、意識がそちらに向いたことを確認した。

(やはり知能が高い。一度戦った相手を覚えている)

戦闘が始まり、防戦一方のオーランドだがこれは他の味方が来るまでの時間稼ぎだ。予想以上に突出したハルバード持ちの団長が呆気なくやられたので、奴が自由にできる時間をなくすために時間稼ぎをせざるを得ない状況になっただけだ。そして意識がそちらに逸れた今が私の出番。練った魔力を杖に流し、詠唱を開始する。

一度奴との戦闘経験があるならば、そう簡単にはやられはしないだろう。慎重に狙いを定め、タイミングを見計らう。攻撃を避け続けるオーランドに苛立ったか、奴が踏み込んだ。無意識に「そこ!」と声を出してしまったが、気づかれることなく奴の追撃を妨害できた。

一撃目で後ろに下がらせたところでさらに踏み込み仕留めるつもりだったのだろうが、そこに完璧なタイミングで振りかぶった手に風の魔法が命中する。奴は衝撃を殺しきれず手を地面に付けた。その隙を見逃すことなくオーランドが追撃を仕掛けたが、奴はその状態から地を蹴り、前に出ることで巨人殺しの一撃を防いで見せた。

(クソ! あれで当たらないのか!)

撃った以上はここにいるのはまずい。すぐに場所を変えようとするが、奴はこちらを確かに見た。僅かな視線の移動だが、それだけでも十分な脅威となる。今ので打撃を与えることができなかったのが本当に悔やまれる。だが「暁」のメンバーが戦闘に加わったことで流れは変わる。

一撃離脱を徹底し、奴が防ぐ限界以上の手数で常に攻め立てた。おかげで先程の攻防とも合わせて士気は持ち直した。これならば十分戦闘は続行できる。そう思っていたのだが、騎士の連中が足を引っ張り始めた。

無駄な矢を射掛けるせいで傭兵の攻撃機会を潰すのだ。その愚行を何度か繰り返したところでチャンスは再びやって来る。やはり一度の戦闘経験は天と地ほどの差があるのか、またしても「暁」のメンバーがやってくれた。放たれた矢の中を進み、奴の攻撃を掻い潜ったのだ。至近距離は奴の間合いではないはずだ。確かアニーという名前の傭兵が手にした魔法薬を投げつける。あの距離なら躱すことはできないはずだと私も思っていた。

しかし奴は警戒を最大限にした。恐らくは未知の攻撃に対してはあのように避ける思考を持っているのだろう。

(でも、それを見逃すほど私は甘くない!)

詠唱を無理矢理完了させ、味方の前に出ると同時に今度は火の魔法を放つ。私が使える中で最強の火の魔法──大きく飛んだその着地を見逃さず叩き込んだはずだった。

「ガアァァァッ!」

奴は吠えた。同時にその拳を迫る私の特大の火球に叩き込み、強引にねじ伏せるかのようにその軌道を無理矢理変えたのだ。

「ありえない……!」

常識的に考えてあり得ない。考えられるのは「奴は火に強い」ということ。そうでなければあんな結果にはならないはずだ。その場から急いで移動するが、間違いなくあいつに見られている。警戒がさらに強くなることは明らかであり、良くて後一発が限界だ。それ以上は恐らく撃たせてはもらえないだろう。

もっとも、それ以前に魔力が底を尽きかけており、次は魔晶石を使うことになる。それでも一発が限度だろう。やはり詠唱を強制的に完了させるのは消費が大きすぎた。

(あれで決まらなくともダメージにはなると踏んでいたのに……!)

戦場を駆け、次に備える私の前で奴は大きく飛んでいた。着地場所は騎士が率いる領軍の中。今まで全く見向きもしなかった兵士へと、その手が伸びた。思えば奴はずっとその場から動かずに戦っていた。この事実にもっと早く気づくべきだったのだ。

ようやく私達を敵と認めた奴は攻勢に出た。蹂躙の始まりだった。兵は何もできずに宙を舞い踏み潰される。奴は無人の野を行くようにただ走るだけで兵は倒れ、逃げ出していく。暴れまわるモンスターが止まらない──いや、止める術がない。

「退け! 後退だ! 陣形を立て直すのだ!」

騎士の一人が馬上から指揮を執ろうとするが、この状況でそんな命令を一体誰が聞くというのか?

そもそも陣形を立て直してどうにかなる相手ではないことすらわかっていないのだから、こいつらに指揮される兵士には同情する。

「次はこちらに来る」という確信があったからこそ、私は動いた。奥へではなく、あいつと戦っていたメンバーの元へ近づくように走る。騎士が何やら叫んでいるが、最早こちらは他を心配する余裕はない。程なくして騎士が倒れ兵士が折れた。同時に奴は傭兵集団に突撃する。

それを止めることができる者は誰もいない。奴の動きが早すぎて傭兵達は誰もついていくことができていないのだ。

「こっちは次が最後だよ!」

すれ違うオーランドに声をかけるが、それどころではないようだ。それもそのはずだ。軍と違い、傭兵団は一度壊滅すれば団としてはもう再起不能となる。何が何でも止めなくてはならない。今、あのモンスターに向かう傭兵達は皆そう考えているに違いない。だが、まるでそれを見越していたかのように、奴は突如進行方向を百八十度変え、向かってくる者達に向けて突進する。

(まとめて倒す気なの!?

決着をつけに来た。直感的にそう感じたが、今から詠唱していては間に合うかどうかわからない。

(それでも!)

どれだけの負荷がかかるかはわからない。でもやるしかない。私はただ味方の傭兵達が崩れ落ちて行く様を見ていることしかできなかった。少しでも良いから時間を稼いで欲しい──そんな願いも虚しく、気づけば立っている者は一人もいなくなっていた。

周囲の兵も、傭兵も、誰も動こうとはしなかった。勝負が付いた。誰もがそう思った時、私の詠唱が完成したが、それはあまりに遅すぎた。

(それでも、せめて一矢報いるくらいはやってやる!)

魔晶石から全ての魔力を引き出し、ヒビが入った瞬間砕け散る。形成された巨大な先端の尖った石弾を回転させながら放つ。私の習った流派の基礎にして奥義となるものだが、それを実感できた試しはない。だがもしも、私が学んだものが間違いではないというならば、この一撃を以て証明して欲しい。

「ガアァッ!」

叫び声を上げた奴の拳が石弾とかち合い、あらぬ方向へと弾かれた。私の願いも虚しく、またも拳で軌道を変えられ当てることは叶わなかった。魔力を使い果たし膝から崩れ落ちる。杖に縋る私の前にあいつが来る。

十分に近づいたその時、私は杖の魔力を使い切り、発動体を犠牲に作った魔力の剣で薙ぎ払う。その一撃はあっさりと躱され、杖を尻尾で叩き落されると奴の伸ばした手に捕まる。

(まずい! オーランドに聞いた通りなら、こいつは私を食らう気だ!)

掴まれているが痛みはない。「傷付けるつもりがない」という事実が、話通りである裏付けとなって私の背筋に恐怖が走る。戦って殺されるのは覚悟しているが、生きたまま食われるのは本能的な恐怖が抑えることができない。

どうにか抜け出そうともがくが、奴の指はしっかりと私を掴んでいる。体を持ち上げようとすると僅かに動いたが抜け出ることは叶わない。芋虫のように体を振り、抜け出そうとした時──奴の顔が私に迫る。「間に合わなかった」と諦めかけたが、どういうわけか私をじっと見るだけで食らいつく気配がない。

その隙に逃げ出そうと暴れるが無駄に終わる。おまけに体が動いてもドレスローブはそのままだったおかげで胸が露出している。

「食えるものなら食ってみろ! お前を中から焼いてやる!」

せめてもの抵抗にすらならないことはわかっている。だが、それでも何もしないわけにはいかないのだ。私は食われることを覚悟した──はずなのだが、一向に噛み付いてくる気配がない。それどころかしばらく私を見た後、そのまま歩き出した。

「何処へ行く気?」

私の呟きに答えはない。周囲を見るが、助けが来る気配もない。「まあ、当然か」と助けを求めた自分を笑う。その時、情報収集の時に出会った娼婦の言葉が蘇る。

「他の子達も見られたと言ってたし、案外人間の女をそういう目で見ているのかもしれないよ、ゴブリンみたいにさ」

まさかという言葉が口から出かかった。

「私を、犯す気なの?」

モンスターは答えない。当然だ。言葉が通じるはずがないのだから。抵抗は実を結ばず、遂には諦めてそのまま連れ去られて着いた先には囮に使った馬車が止めてあった。

「殺すならさっさとしなさい。趣味が悪いわよ」

私の声にも反応はなく、それどころか突然そこで降ろされるとあいつは何やら大きな背嚢を弄り始めた。その行動の意味はわからないが、体力が最早尽きかけていても、体は自由になったので何かないかと周囲を見る。

(石でも何でもいい! 手に持てるもの……武器になるものは──!)

最後の抵抗を試みようとした時、私の前に一本の剣が差し出された。見覚えのある剣──絶対に忘れることのない物が目の前にあった。ようやく見つけた。思わず手を伸ばしそうになった時、私は我に返る。一体どういうつもりなのかとあいつを見上げると──奴は頷いた。

こいつは「剣を返す」と言っているのかその場に魔剣を置く。私は手を伸ばし、私達の魔剣に触れると愛おしくそれを抱えた。涙を流し、この再会を歓びたかった。でもできない。まだ終わってはいないのだから。

背嚢を背負ったモンスターが背を向けて歩き出す。私のことなど最早眼中にはないのだろう。だから叫んだ。

「人間は、お前の玩具じゃない!」

戻ってきたことは嬉しい。だが何故返した?

返すのであれば何故奪った?

だが、答えは何も返ってこない。わかることはただ一つ、私達が命を懸けたところで、あいつにすればそれはただの遊びの範疇はんちゅうなのだろう。私達はただ弄ばれただけだった。