とある傭兵の視点Ⅱ

「まずいよな、これ」

「ええ、大変まずいです」

「念のために聞いておくけど、場所は間違ってないのよね?」

いつもの面子に一人を加えて顔を突き合わせてそれぞれが同じ感想を述べる。一時的とは言え雇うことができた魔術師の言葉に俺とロイドが首肯する。拠点の一室で地図を広げて見る全員の顔が厳しいものとなるが、それもそのはずだ。

「あなたが最初に新種と出会ったのが、ここ……次に我々が遭遇した場所がここ。そして目撃情報があった場所が、グレンダとレコールの中間地点。他にも確定ではありませんが、旧帝国領のエイルクゥエルにも出現した可能性があり。そして最新の目撃情報がここから北の街道──商隊が襲われて一部の物資が奪われたようです」

地図上に付けられた目印に指差しながら確認を行うロイド。そこに込められた意図に同意するように呟く。

「広すぎるよなぁ……」

「ええ、広すぎです」

「広いわねぇ……」

現在新種のモンスター討伐を目標とする「暁の戦場」だが、活動範囲を絞るべく情報を集めたところ、わかったことは「とんでもなく活動範囲が広い」という嫌になる情報だった。地図に付けた目印からロイドが凡その範囲を円で描く。

最も離れた目撃情報同士の距離を半径とし、付けた目印を中心に円を描き、重なった範囲から絞ろうにも範囲が広すぎる。それどころかその活動範囲は東はセイゼリア、西はエルフの勢力範囲まで入っている。

「これ、可能性よね?」

魔術師であるディエラがうんざりしたような声で呟く。

「現実的な範囲とすれば……この程度でしょうか?」

ロイドの書いた円にディエラが溜息を吐いて腕を組む。うちのアニーも中々良い大きさだが、こっちはもっとデカイので油断をするとすぐ視線がそちらに行ってしまう。後たまに見えることがあるのは反則だ。

「これでか? しかしこうなるとエルフの連中がこいつを確認してるかどうかが気になるな」

正直なところ魔術師の数が揃わない以上、エルフでも何でも利用しなければアレの討伐は難しい。現状戦力では物理的な攻撃にどれ程の効果が見込めるかが絶望的であり、新種の討伐となれば魔法に頼ることになるのは目に見えている。だからこそのエルフの介入を期待したのだが……正直現実的ではない。

「長耳を引き込む気かい? 止めときな、あいつらモンスターでも『自然の一部だ』とか言う狂人がいるんだよ? 精々『はぐれ』を雇うのが良いところだよ」

俺は頭を掻いて息を吐くと、ロイドが「団長、フケを飛ばさないでください」と注意された。 以前に比べると大分マシになったみたいなのだが、それでも言われる。協力関係にある魔術師も嫌な顔をする。やはり女は商売女が一番良い。

「正直なところ、俺達だけでやるには戦力が足りてない。前も言ったが、並の魔剣じゃ傷一つ付けることができない化物だ。俺の『巨人殺し』クラスの業物が五、六本は欲しい」

「そうなると、どうしても他の傭兵団との合同か、上級騎士の参戦が現実的になるんですよね」

ロイドの言葉に俺は頷く。正直あれから色々と話し合ったが、何度やっても「単独では戦力不足」という結論しかでなかった。抜け駆けは不可能。大人しく出番を待つしかないので、血の気の多い連中からは不満が上がっている。

「あー……頼みの綱のエドワードもあの新種についてはさっぱりだったし、カーセルのお嬢は支援を拒否。せめて何を掴んでいるかくらいは教えてくれると思ったんだがなぁ」

「オーランド、あなたカーセル商会と繋がりあるの?」

驚いた顔のディエラが尋ねる。まあ、一介の傭兵団の団長には少し手が届かない商会であることくらいはわかっている。

「繋がりっつーか、ちょっと仕事で恩に着せることができただけだ。その関係でたまにアレコレ融通してもらったりしている。今回も魔剣を調達してもらおうとしたが……流石に無理だった」

俺はお手上げのジェスチャーで「成果なし」という結果を嘆く。

「それでも、業物の武器が手に入っただけ良いでしょう。十分とは言えませんが、重量武器ならあいつにも通じる可能性は十分あるんです。それを優先してこちらに回してくれたんですから、状況は大分改善されましたよ」

ロイドの言葉に「だといいがな」と背もたれに体を預ける。すると扉を叩く音が聞こえ、それに応じるとすぐに団員が部屋に入ってきた。

「団長! ギルドマスターからの呼び出しです! 何でも至急ギルドへ来て欲しいとのことで……」

「あいよ」と短く返事をして立ち上がる。こんな時に一体何の用があるんだか、と本日何度目かの溜息を吐いた。

「新種絡み……なんてことはないですよね?」

「そうじゃないことを祈るよ、こっちはまだ準備不足だ」

ロイドの言葉に俺は心からそう思った。先に部屋を出たディエラを伝令の団員が目で追う。あの女、乳も良いが尻も良いんだよな。つい目が行く気持ちはよーくわかる。そう心の中で同意しながら俺の視線も彼女の尻を追っかけていた。誰かさんがいないのが幸いだ。



急ぎ足で屋台に寄りつつ串焼きを食べながら向かった傭兵ギルド。そのギルドマスターであるアーンゲイルが待つ部屋には錚々たるメンバーが集められていた。現在ここレコールの町の最大規模の傭兵団「不動大剣」に加え、老魔術師マーカスが率いる「黄金の種火」に「鋼鉄の斧」や「火槍蹂躙」という、ここでは知らない人間の方が少ない者達が集まっていた。

ここに俺の「暁の戦場」が加われば、レコールの主要傭兵団が出揃ったことになる。他にもいるようだが、名前も知らない規模の小さいところなので割愛する。そして、遅れて来た俺でメンバーが揃ったのか、アーンゲイルが口を開く。

「さて、大体のメンバーが揃ったので始めよう。端的に言おう。領主から直々に『討伐命令』が下された。領軍の二百五十名と傭兵団で対象である新種を討伐する」

「ちょっといいか? もしかしてと思うが……」

アーンゲイルの言葉に俺が手を挙げる。

「勿論、唯一新種のモンスターとの交戦経験のある暁の戦場おまえたちは強制参加だ」

「やっぱりか」と肩を落とすと、俺に気にせずアーンゲイルが「辞退する団はいるか?」と周りに尋ねる。すると一人の魔術師風の格好をした老人が手を挙げた。

「すまんが、今うちは主力が出払っておるのでな。行っても足手まといにしかならん」

手を挙げたのは「黄金の種火」の魔術師マーカス。あの新種を相手にするにはこの面子だと「種火」の参加は必須とすら言える。

「それは、辛いな……」

素直な感想を口に出してしまったが、彼らの参加が見込めないなら討伐は諦めた方が良いのである。場合によっては中止を進言したいが……依頼主が領主とあってはそれも難しい。

「ほう? 暁がそんなにうちを頼りにしてくれるとは嬉しいの」

「爺さんとこの魔術師は質が高いからな……爺さんだけでも来れないか?」

無理を承知で「種火」の最大火力を誘うが、やはり答えは芳しくはなく、首を横に振るばかりだ。

「おうおう、こんな老いぼれに無茶言うんじゃない。もうとっくに前線からは退いてるよ」

「そこをなんとか」と頼みたかったが、あの男から横槍が入る。

「はっ! 随分とまあ腑抜けたもんだ。種火の爺がいないのがそんなに不安か?」

俺を挑発するのは「不動大剣」の団長グラント──ここと「暁」には少々因縁があり、何かあれば大体こうなる。

俺よりもデカイ体躯のハルバード使い。ちょっと良い魔槍が手に入ったことで武器を変えた名前詐欺の団長様だ。

「少しでも腕の良い魔術師が欲しいんだよ。お前が増えたところで足しにもならん」

「言ったな、負け犬」

俺に詰め寄ったグラントは鼻を鳴らし、次にアーンゲイルに向き直ると宣言する。

「先陣は『不動大剣』が請け負う。文句は言わせんぞ?」

最後に俺を睨みつけたグラントに「ご自由に」と手で合図をすると、こちらを嘲笑うように退出する。こんな挑発に簡単に乗ってくれるのだから実にやりやすい。

(玉砕確定の先陣を引き受けてくれるなら、多少評価が落ちるくらいは許容できる。むしろ実に良い交換だ)

部屋から出たことを確認すると俺はマーカスの爺さんに詰め寄る。

「で、だ。爺さんでなくても良いんだ、腕の良い魔術師が少しでも多く欲しい。何人出せる?」

俺の言葉に爺さんが「やれやれ」と首を振る。

「出せんよ。皆出払っとる」

「マジかよ」と思わず情けない顔を見せたが、それなら他を当たれば良い。幸い、今ここには主だった傭兵団のトップが集まっている。かき集めればいける可能性くらいはあるだろう。

「オーランド、一つ聞きたい。お前の言葉から察するに、通常の武器よりも魔法が効果的なのはわかった。だが、解せない。どうしてそこまで魔術師に拘る?」

「鋼鉄の斧」の団長である「カイン」が俺に詰め寄る。どうやら何か感づいたらしく、確信を持って疑問をぶつけているようだ。これは下手に誤魔化すのはまずいと判断し、あの情報を切ることにした。俺は大きく息を吐き、渋々語り始める。

「実はな、俺達はあの新種には全く手も足も出なかったわけじゃない。一応一矢報いるくらいはやった。だが、無傷だった。奴を斬ったのはアニー……うちの魔剣持ちだ」

俺の言葉に場が騒然となる。まあ、当然だろう。俺の発言はすなわち「並の武器だと傷一つ付けられないから覚悟してね」という意味にしかならない。つまり、領軍が全くあてにならない。

「オーランド! そんな話は聞いてないぞ!」

「言ってないからな。それに男三人と女一人が命がけで作った隙をものにしようとして、やっと入った一撃だ。それが無傷だったなんて言えるかよ。それに『女が非力だったから切れませんでした』と決めつけられるのがオチだ」

詰め寄るアーンゲイルを押さえながら冷静に返す。

「魔剣の種類は?」

「悪いが教える気はない。ただ切れ味が増すような能力は持ってない。剣自体はそこらの業物と大差はないな」

カインの質問に答えてやれないのはもどかしいが、あの魔剣は入手経路に少々問題があり表に出せない。なのでこういった答えしか出してやれない。

「ああ、それで『上物の魔剣』が欲しかったんだな」

アーンゲイルが納得したかのように顎を擦りながら呟く。

「正直に言うと、俺の『巨人殺し』は警戒されまくってて当てられる気がしねぇ。だから同格の武器がもう幾つかないと話にならないんだよ」

「グラントがいるだろう?」

「あいつと共闘しろって? 冗談だろ?」

「暁」と「不動」の不和に詳しくない「火槍」の言葉に俺は茶化すように返す。反射的にこんな言い方をしてしまったが、少し場の空気が悪くなってしまった。だが、そんなことはお構いなくマーカスは俺の横にやってくる。

「すまんな、オー坊。本当にうちからは出せん。わしもいけん。まだ死にたくないんじゃよ」

「爺さん、あんたもう十分生きたろ?」

俺の言葉に爺さんが「ほっほ」と笑う。どうやら爺さんは俺の危惧をしっかりと感じ取り、この件から手を引くことを決めたようだ。

(クソ、歳を食ってるだけあって危機感知が正確だ)

どうにかして種火だけは引き込みたかったが、こうなると恐らくどう粘っても無理だ。

「しかし……情報に拠れば、まだ街道の商隊を一度襲ったくらいだろう? こんなに早く討伐命令が来るとはな。何があった?」

カインの言葉にアーンゲイルが眉を顰める。

「理由が言えないってことは、どうでも良い内容と取るぜ?」

追撃とばかりに火槍の団長のフランクが笑う。アーンゲイルが息を吐くと観念するかのようにポツポツと喋り出した。

「襲われた商隊の中に水の女神像が持つ水瓶のレプリカがあった。領主は南部開拓で町を作る計画をしており、そこのシンボルとなる女神像の噴水に使う予定だったものだ。レプリカとは言え、無限に湧き出る水源となるアーティファクトだ。相当な額だったと聞いている」

アーンゲイルの言葉に俺は「つまり?」と結論を急かす。

「ただの領主の意向だ。貴族というのはこれだから厄介だ」