次の日の朝になっても俺はまだ走っていた。距離があるというのもそうなのだが、やはりというか塩の壺のせいで速度が出せない。森の中に入っているのでそろそろ目的地付近だとは思うのだが……一度アイドレスを見つけて、それから北上した方が良いかもしれない。

そんなことを考えていると基地跡を発見。どうやら西に行きすぎていたようだ。

ともあれこれで現在位置は把握できたので、東へと進路を変更して周辺に良い立地はないかを確認しながら進む。太陽が真上に来たところで手持ちの水と干し肉が尽きる。

(しまった。こんなことならエルフ監視用拠点で補給をしておくべきだった)

少しばかり冷静さを欠いていたことを反省しつつ、一先ず日が暮れるまで探索し、候補地が見つからないようなら監視拠点へと向かうことにする。区切りを付けたところで探索を続けたところ、視界に森の中では見られない色が映った。そちらに目をやると人工物のような物を発見する。

(いや、あの建物見たことあるんだが……)

一部が崩れ、緑に覆われていてもその建造物を俺は忘れはしない。俺が眠りから覚めた研究施設の地表部分と酷似している。「考えないようにしていたら見つかるのか」と巡りの悪さに溜息を吐く。見つけてしまった以上、見て見ぬ振りはできない。俺は施設へと向かうと門を見る。

(汚染の警告はなし。帝都からの距離的には俺がいた施設と然程違いはないと思うが……さて、これをどう捉えるべきか?)

ともあれまずは調査だ。出入り口から施設の中に入るには、体が大きすぎるので周囲を見て回る。俺の気配に感づいた野生動物が一目散に逃げていくが、今は狩っているほど暇ではないのでそのまま見送り建物を調べる。

すると明らかに内側から破壊された形跡のある大きな穴を発見する。おまけに二百年前とは思えないほどにその痕跡が新しい。具体的に言えば覆われているはずの緑がなく、破壊された部分はまだ侵食されていない。はっきりとしたことは言えないが、少なくともこの壁は壊れて一年も経っていないのはほぼ確実である。

(まさかとは思うが……ここからあの蜘蛛男が出てきたのか?)

真っ先に思い付いたのがあの男──だが、別の被験者である可能性もある。俺は警戒を強めて外壁に開けられた穴から施設内部に侵入する。薄暗い施設の中に入るとすぐ近くに開いたままの昇降機の扉があった。中を覗くとすぐ下にカゴ室が見える。

(地下五メートルくらいか? あまり深くはないんだな)

俺は下に降りようとしたところで手に違和感を感じ、慌ててロープを手放しその手を見る。ロープを掴んだ手に僅かに粘着性のある何かが付着していた。

(これは……あいつの糸か?)

どうやらここは蜘蛛男のいた研究施設だったようだ。俺は大きく息を吐く。思考と感情がどうにも複雑になりすぎてまとまらない。ロープを使って下に降り、溶けたカゴの天井を潜り開いたままの扉の先には、俺がいた施設の時と同じようにゲートがあった。一つ違いがあるとすれば──。

(何でゲートが開いてるんだ?)

そう、ゲートが開いている。あの男への同情が少し減った。俺があれだけ苦労したのに、あの蜘蛛野郎はのうのうと開いたゲートを通って地上へと出やがったのだ。まあ、それはそれとしてゲートである。開いているなら楽で良いのだが、何故開いているのかが気になる。そんな訳でゲートを調べていたのだが、少々信じられないことが判明した。

(ん? 待て待て……発電施設が残っているのか?)

どう見ても「最初から開いていた」ではなく、出る時に「開けた」としか思えないのだ。なので念入りに調査したところ、どうやら電力を自給できるシステムがあったようだ。電源が入る機器が僅かではあるがあり、そこから手に入れた情報に拠るとこの施設は地下水脈を使って僅かながら発電しているらしく、現在は本来の性能の一%未満の電力供給をしているようだ。

蓄電もほとんどできない状況な上、施設の性能は日々劣化しており、このまま行けば後三百日とかからず完全に機能を停止するとのことである。

(なるほど、施設の一部が辛うじて生き残っていたから蜘蛛男は外に出られたのか)

しかし、こうなるとこの施設をこのまま死なせるのは惜しい。何せ電気が使えるのである。位置を考えると理想とは言わずとも十分に合格。立地に関して言えば、頑丈な天井のあるここは拠点として十分機能する上、人が来ない上に動物も入ることが難しく、期間限定で僅かとは言え電気が使える。

(ここを拠点とすることはほぼ決まりだ。後は探索をできるだけ行い、継続して電気の使用が可能となるための手段も探す)

特に後者は重要だ。もしも電気が使えるのであれば、これ以上ない収穫となる。ここはなんとしても方法を探し出し、今後の生活を快適なものとするべきだ。俺は一先ず施設の一室を物置として使うべく、不要な机や椅子を取り出すとそこに塩の壺や羊毛を置く。

現代風の部屋に塩の壺や羊毛が置かれている絵柄がシュールだがそこは気にしない。リュックサックの容量を確保したので、次は補給を行おう。さあ、川へと向かいエルフ監視の任務にも邁進だ。



恐らく……いや、間違いなくこの姿になってから最も長い時間を過ごしたであろう草木で隠蔽した崖の拠点に戻ってきた。少し離れていただけのはずなのに、何故にこうもこの場所が愛おしくも感じられるのだろうか?

荷物を置き、いつものようにエルフの監視を行うべく身を隠し、望遠能力を使用して川を見る。丁度エルフのお姉さん達が川で遊んでいたのだが、どうやら来るのが少し遅かったようですぐに帰り支度を始めてしまう。

時間が合わないのは仕方がない。潔く諦めて別の監視ポイントに向かうとする。残念ながらズレた歯車というのはすぐに噛み合うものではなかったらしく、現在確認されているポイントにはエルフは一人も現れることはなかった。

時間だけが過ぎ夜となる。川の使用が解禁されたので、体を洗い水を汲んで魚を取る。調理場へと向かい、昼の間に狩った獲物を解体して作った肉の塊を豪快に切り分け焼く。ついでに魚も焼く。ここで気が付いた。

(しまった。塩は全部向こうに置いてきたんだった)

移動の妨げになるからと全て置いてきてしまった。これはうっかりミスである。やはり塩を入れる容器が必要であると再認識。ついでに水を入れる大きな入れ物や食材用の容器、食器やそれに代わる物も欲しくなってきた。またあれやこれやが欲しくなってくるパターンに、俺は頭を振って冷静さを取り戻そうとする。

(僅かではあるが電気は使えるんだよな……)

使うとしたら何を拾って来るべきだろうかと電化製品を思い浮かべる。結局冷静にはなりきれず、その日は妄想ばかりが捗ってしまい、気づいた時には朝になっていた。昨日の残りの肉を食べつつ、太陽の位置を確認して監視体勢へと移行する。丁度良い時間だと思っていたが、三十分くらい待つことになった。

今日の予定は「本日の六号さん」を堪能した後、荷物を本拠点に置いてショッピングモールへ行って必要なものを確保することである。しばらくは忙しく本拠点と町を行き来することが予想され、この監視任務は全力を以て当たる。相変わらずと言うべきか、六号さんは日増しに厄介になるエロガキどもを相手に翻弄されていた。

(しかしまあ、よく次から次へとイタズラを思いつくもんだ)

六号さんも子供が相手だからか強く叱ることができず、結局はいつも通りになすがままである。最近では事故に見せかけて胸を揉む、顔を埋めるとやりたい放題である。だが今日のガキどもは一味違った連携を見せた。

まず一人が魚を捕まえ先生である六号さんに見せると、それをパスするように高く放り投げる。慌ててキャッチしようと両手を上げた六号さんの背後にいた二人目がすかさずパンツを掴んで一気に下ろす。追撃とばかりに三人目が下着を戻そうと腰をかがめたところでお尻を突き飛ばすと、六号さんは両手を水の中に突っ込んだ。

六号さんを突き飛ばした三人目はそのまま通り抜けるように肌着を掴んでダッシュする。肌着を取られ、取り返そうと足を前に出したところで下着も奪われエロガキどもが離脱するとその戦果を高々と掲げる。

六号さんが素っ裸となったのでエロガキどもの完全勝利である。エロガキ三人衆のその姿を女子は冷めた目で見ていた。将来が実に楽しみである。

(しかしこうしてみると人間もエルフも変わらんなぁ……)

クラスに一人はいたであろうエロい奴を思い出し、子供時代を懐かしく思う。結局捕まったエロガキは頭に拳骨を貰っていたが、多分全く懲りていない。今後とも日々精進してもらいたいものだ。

さて、見るものも見たので移動を開始。目指すはエイルクゥエルのショッピングモール。途中本拠点に寄って荷物を軽くし、積載量を確保する。体が馴染んだ今なら日付が変わる前に向こうに着くことだってできるはずだ。

(折角だ。新記録を狙うとするか!)

ノリと勢いからの台詞だが、気力・体力ともに充実──いや、むしろ湧き上がっていると言っても過言ではない。「今ならできる気がする」という確固たる予感が囁き、俺は全力疾走を開始した。

そんな感じに走り出したその日の夜──まさかこんなに早く到着するとは思わなかった俺は、エイルクェルに辿り着くと同時にぶっ倒れた。途中から何故か意地になって全力で走っていた。はっきり言おう。めっちゃ疲れた。

(もう無理、休む! っていうか寝る!)

俺はノロノロとショッピングモールへと向かい、以前作った寝床へとヨタヨタと歩く。以前作ったときの不格好なままの布団を集めただけの寝床は、前と変わらぬ姿で俺を出迎える。「ただいま」と小さく心の中で呟き倒れ込む。十分に重ねられたマットが俺の体を受け止めた。しばし目を瞑って休んでいると物音が聞こえた。

(……足音も聞こえる。気の所為ではないな)

ここを掃除してからそれなりに時間が経っている。ならば新しいゴブリンが湧いていてもおかしくはない。俺は大きく溜息を吐くと、仕方なしに起き上がる。水を飲み、持ってきていた肉を全て食べる。まずは相手の姿を確認する。一応ゴブリン以外という可能性もあるので、確認は重要である。俺は未確認の足音との距離を測る。

(少し遠いか? これなら擬態はまだ必要ないな)

俺はゆっくりと寝床から出ると音を確認しながら距離を詰めると予想とは違う生き物がいた。二本足で立つ毛むくじゃらのデッカイ生き物──熊だ。おまけに普通の熊じゃない。

(確か……「グランドベアー」だったか?)

角の生えた六メートル近い熊を見て昔読んだ本を思い出す。記憶が確かならオーガすら捕食する極めて危険なモンスターだったはずである。正直負ける気がしないので無視で良い。襲ってくるなら返り討ちにするだけなので寝床に戻る。アレがいるならここにゴブリンが住み着くこともないだろうし、番犬代わりにはなるので生かしておいても問題ない。俺は寝床に戻ると念のために入り口を家具で塞いで眠りについた。

翌朝、目を覚ました俺は体を伸ばし起き上がる。荷物を可能な限り少なくしたので、昨日の晩飯で手持ちの食料はなくなっており、朝飯は抜きである。必要なものを集めるべくショッピングモールを見て回る。

ポリタンクを始め、食器や容器に使えそうな日用品を集めて回る。状態の良い物に限るのでバックヤードにある在庫から手を付けるため、少々狭い思いをしながらだが宝探しのようで悪くはない。一通り必要な物は揃ったか、というところで目についたのは家電製品売り場。俺は「ぐあ」と顎に手をやり考える。

(候補を絞るためにも何があるかを見ておくのもありだな。電力消費が大きな物は除外するとして……ああ、冷蔵庫とか常時電力を食うのもダメか。となれば──)

手にしたドライヤーを見る。明らかに必要のないものだ。生活が便利になる省エネの電化製品を思い浮かべるが、なにせ家事など滅多にしない実家住みの人間だったので思いつくものがない。

「もうしばらくブラブラしてみよう」ということで店の中を見て回る。そこで目についたのが大型テレビ。

(あー、こういうデッカイ画面で映画とか見たかったよなぁ……)

娯楽を求めるというのもアリなのかもしれないが、電力の問題以前に使えるかどうかがそもそも怪しい。加えてデータディスクがまだ読み込めるかどうかという問題もある。見たかった映画や、俺の知らない新作など非常に魅力的に思えるのだが、該当するデータディスクがあるかどうかもわからず、それが無事であるという問題もクリアしなくてはならない。

乗り越えた時のリターンは非常に大きいが問題が多すぎる。候補として考えておく程度でも今は良いだろう。しかしそうなると他の物が魅力に欠ける。家電と言えば洗濯機や冷蔵庫、電子レンジなどが真っ先に上がるが、どれも必要がないか条件に合わない。掃除機なんて使う場面がそもそもないし、冷暖房は電力消費が激しい。使えても扇風機くらいである。

(こうなると娯楽関係に使うのが正解か……なら音楽はどうだ?)

考えてみたがアリだ。必要な物が映画に比べて少ない。候補が絞れつつある時、それが俺の目に止まった。

「ビデオカメラ……だと?」

思わず口から出た「がっがーお」という汚い声が響くと同時に、これまで経験したこともないような葛藤が頭を巡る。

(しかし! それでは犯罪だ……いや、帝国はもうないのだから帝国の法では裁かれることはない! ない、が……!)

そう、共和国には「ビデオカメラを使って盗撮をしてはいけない」という法は存在しない。いや、これは屁理屈だ。そもそも人類の英知、科学の結晶を盗撮なぞに使うのが間違っている。人間として越えてはならない一線を──。

(あ、俺人間じゃないから大丈夫だわ)

俺は悪魔の誘惑に打ち勝つことができなかったどころか、握手さえしてみせた。

(待っていろエルフども! 貴様らが倒して見せた帝国の科学力を、今一度貴様らにこっそりとバレないように披露してやる!)

気づいた時には最高レベルのビデオカメラを求め、俺はショッピングモールにある倉庫を漁っていた。大画面のテレビは見つかった。それがまだ使用可能かはまだわからないが、最高級品が梱包されたままの姿で見つかったので、まだ生きていると信じたい。

いや、ここは愛国心を前面に押し、帝国の科学技術を褒め称えることでその生存率を少しでも上げるべきだ。素晴らしきは我が祖国!

その技術に惜しみない称賛を送ろう。

(まあ、でも自爆しちゃったんですけどね)

やってしまったものは仕方がないのでビデオ探しを継続。取り敢えず必要と思われる機器は見つかった。肝心の物が見つからない。流石に展示されていた物は使えないだろうし、何よりカタログにある「望遠倍率付き最新鋭多機能型」と書かれている二十四万ニェンもする初任給を上回るコレが欲しいのだ。

けれども一番欲しい物が探せど探せど見つからない。第二候補は見つかったのだが、こちらはちょっとサイズの都合上止めておきたい。スペック的には問題ないのだが、やはりサイズの問題は大きい。しばらく探し回ったのだが、見つからなかったため諦めることにする。

(……こうなったらジスヴァーヤにある電気街に行くか?)

兵器工場を始め見るべきものが多いジスヴァーヤだが、戦争をしていたので無事かどうか不安が残る。何せ帝国が使用する弾薬の半分はここで作られているのだ。狙われる可能性がかなり高く、大戦が終わった後に破壊されたことも十分考えられる。ともあれそれは先の話だ。

今は必要な物を集めて本拠点へと運ぶことが第一だ。大型テレビとプレイヤー、映画のデータディスクがあれば一応映画鑑賞ができる環境は整ったことになる。今回は試験運用の必要性も加味し、データディスクを幾つか持ち帰るだけで満足しておく。

改造リュックの容量にはまだ余裕があるので、使う可能性がある物でも持ち帰って良いだろう。ということで以前ハイテンションで集めた物品の山を見に行く。久しぶりに見た己の暴走結果を笑い飛ばして物色開始。

結果として持って帰ることにしたのはタオルと工具、鉈に追加のリュックサックとクーラーボックス。リュックは背負わずとも小物を入れて持ち運ぶことに使えるし、クーラーボックスは俺の食事量を鑑み、もう一つあった方が良いだろうということで持っていく。

後は布団で巻いた大型テレビやその他機材の入った改造リュックを背負い、他の荷物を手に持ったり肩にかけるなりして不格好になったところで本拠点に帰還しよう。

(一番欲しい……いや、実験したかった物が手に入らなかったのは残念だが、元々町を往復するつもりだったから問題はない。それに布団はもっと沢山ないと俺には使えないんだよな)

流石に俺の体をもってしても布団は嵩張る。ケースごととなれば尚更で、今回はテレビの緩衝材代わりとして出しているが、大きな箱というのも入れ物として活用できる。次に来る時はケースごと持って帰ってもいいかもしれない。

(さて、では出発しますかね)

ノタノタとバランスを確かめるように歩き、徐々に速度を上げて安全第一で本拠点へと帰る。やはりと言うべきか、速度を抑えたおかげで丸一日以上経過してしまった。俺は荷物を下ろすとまずは狩りに出かける。

この施設は地下の水脈を利用しているのは良いのだが、そこの通路が全て人間用であるため俺には使えない。すぐ近くに水があるのに使えない点がこの拠点最大の不満点である。そう思っていたのだが、一部の蛇口からは普通に水が出てきた。やはり帝国の技術は最高である。

流石にしばらくは出しっ放しで様子を見たし、その後味や臭いにおかしな点はなかったので使用することにしたのだが、念のためにここの水は煮沸して飲むことにする。水事情は置いておいて、鹿が取れたので施設の地上部分で焼き肉を開始。

換気の都合で下ではできない。焼き上がりを待つ間に水と塩を持ってくる。ついでに食器や各種食事に使う道具も持って行く。ケースとなりそうなものを適当に見繕い、食器棚代わりにするつもりが思ったよりも時間をかけてしまい肉を少し焦がしてしまう。でも大丈夫。どれだけこびり付いた汚れもこの帝国産のタワシならピカピカさ!

(虚しい……一人が長いとどうにも人恋しくなってくる)

最近は独り言も増えてきた気がするし、思いの外影響が出ていることを自覚できるのが猶のこと辛い。突然意味もなくジョークを挟むようになったのはいつ頃だろうか、と尻を掻きながら溜息を吐く。

深刻な話というわけでもないので、気持ちを切り替えて塩で味付けした焼き肉を頬張る。焦がしてしまった部分はあれど、食生活が豊かになった気がする。

(やはり塩だけじゃなくて、もっと色々欲しいんだよなぁ……)

調味料を大量生産していた国など帝国しかなかったわけだが、他の国の食事事情は現在どうなっているのだろうか?

がおがおと呟きながら焼き肉を完食。食休みを挟んで鉄板を下に持って行き洗う。洗った鉄板を拭いたところでまた欲しい物が出てきた。

(タオルとか布とか洗った時に干すための長い棒が欲しいな)

文化的な生活を求めて物干し竿を欲するモンスターの姿に思わず苦笑い。仕方がないのでスコップのかけて後片付けの続きをする。基本食事は上で取るので、使用するものは上にまとめておくことにしよう。

塩はしっかりと密封できる容器に入れ、その上で地下施設から拝借した薬品棚の中に入れる。食器や調理器具も最終的にこの中に入った。フォークの代わりになっているサバイバルナイフや包丁代わりの鉈のせいで、武器庫に見えてしまうのはご愛嬌だ。

さて、食事が終わったのでテレビの設置を開始する。説明書を苦労してめくりながら土台となる机を適当な部屋から引っ張ってくると、それを部屋のコンセントの近くに置いてその上にテレビを置く。

机の下が良い感じに空いているので、ここにデータディスクのプレイヤーを設置し、高さを適当な物で調整する。後はコードを接続して準備完了。電源を入れると、画面は真っ黒なままだがテレビのランプがしっかりと点灯した。流石は帝国製、二百年経ってもまだ使用可能だ。次に持ってきたデータディスクをプレイヤーに入れ、リモコンで操作する。

(さて、これで映画を見ることができれば良い暇潰しになるんだが……)

結論から言うと再生はできた。問題は中身だ。経年劣化によりディスクのデータが破損しているらしく、どれもこれも音声がガリガリと喧しく、映像に至っては何が何だかわからない模様がチカチカとしていて目が痛くなる。

「これは酷い」とがおがお呟きながらプレイヤーから最後のデータディスクを取り出す。同時に、空のデータディスクに撮影したデータを記録することができる可能性が大きく下がった。俺は大きく溜息を吐くと取り出したディスクをケースに入れ、映画ディスクの中に放り込む。

ちなみに映画のタイトルは「宇宙騎士エピソードⅣ」である。エピソードⅢまでは見ていたので続きが気になっていたのだが、このお預けは非人道的ですらある。

(クソ! 三作目で黒騎士との決着が付いて、実は「主人公の父親だった」という衝撃のラストで終わりを迎え、次は過去編ということで黒騎士誕生の話を期待していたのに!)

見ることができるとなると無事なデータディスクを意地でも探したくなってきた。娯楽の充実は生きる上で必須であり、これでますますジスヴァーヤに行く理由ができてしまった。漫画を後回しにするのは生活環境を先に改善する必要があることと、紙媒体故に残っている場所にはしっかりと保存されている可能性が高いからだ。

まだ読んだことがない漫画も沢山あるので、こちらには生きる希望になって頂く。やはり「お楽しみ」は残しておかねば、何かあった時に死を選びかねない。時間がどうにも中途半端なので、地下施設の使用する部分を軽く掃除。

ジスヴァーヤで一泊できるかどうか不明なので、出発は明日になる。よって、暗くなるまでは掃除でもして時間を潰し、それから狩りをして明日の分まで肉を確保しよう。今日は早めに寝て、早朝にここを出発することにしよう。



そんなわけでまだ少し暗い日が昇りきっていない早朝でございます。必要最低限の荷物だけをリュックに入れ、食料と水も一日分に満たない程度に持っていく。二、三日食事をしなくても問題のない体というのは色々と便利である。それではジスヴァーヤに向けて出発。

速度を出せば今日中には着くだろうが、流石に前回のように息切れを起こすほどの無茶はしない。この体にも随分慣れたので、適切な速度というのが大分掴めてきた。無理なく進んでも明日の朝までには余裕で目的地へと到着する。

さて、帝国の威信をかけ、意気揚々と本拠点を発った俺だが、進路上に思わぬものを発見した。オークである。何故こんなものが「思わぬもの」なのかと言うと、このオークが木に吊るされていたからだ。

当然のことながら、吊るされたオークは死体であり、激しく損傷しているところから一方的な戦いだったのは間違いない。その上でこの仕打というのだから、これは明らかな縄張り宣言である。

「俺の縄張りに入ったらこうだ」

恐らくはこんな意味だろう。

(よかろう! その挑戦、受けて立つ!)

こんなものを俺の活動圏内に置いたのだから、相手も覚悟はできているはずだ。所詮この世は弱肉強食である。どんな生物かは知らないが、俺に目をつけられるような愚行を犯した己の迂闊さを恨むが良い。

でも探してまでやる気はない。今はやることがあるのでそちらを優先する。そう思ってまた走り出して少ししたところでばったりと出遭った。なんというタイミングの悪さ。赤いオーガ──「レッドオーガ」と呼ばれるオーガの上位個体である。

記憶に間違いがなければレッドオーガは通常のオーガとは比較にならないほど強靭な肉体を持ち、知能が高く、個体によっては人間の言葉を理解していたらしく、戦術を読まれて大きな被害が出たこともあったと本には書かれていた。

今の俺に言わせれば「だから何なんだ?」というレベルである。ともあれ、出会った以上は仕方なし──運が悪かったと諦めてもらうしかない。俺はやる気満々で歯を剥き出しに威嚇するレッドオーガを前に、悠々と荷物を下ろすと「かかってこい」と言わんばかりに指を動かす。

両者ともに素手──純粋な腕力勝負と洒落込みたいところだが、レッドオーガの厄介なところは「戦闘技術を持つ」ことにあったはずである。陸上における人型のモンスターでは最強の一角とされるその力が、帝国科学技術の最先端であるこの俺に挑もうというのだ。両手を広げ歓迎してやる。

「ガァァァァアアアァァッ!」

レッドオーガが吠える。俺は動かず不敵な笑みを浮かべている気分になる。うん、表情筋がね……この顔だと上手く笑えないから気分だけなんだ。鏡見て練習したんだが、顔がちょっと強面だから難しい。今後を見据えて練習した方が良いだろうか?

さて、先に動いたのはレッドオーガ。先手は譲る気だったので、正面からの真っ向勝負を挑んでくれるのは都合が良い。俺としてもいい加減肉弾戦で良い勝負ができる相手と戦ってみたかった。こいつが期待外れでないことを祈り、最初の一撃は正面から受け止める。

レッドオーガの大振りのパンチをクロスガードで受けたのだが、これが結構痛かった。僅かに足が後ろに下がったことからも、こいつのパワーが今まで会った中で最も大きいことは明白である。

さて、次はこちらの番である。俺は構え、その腹に一撃を打ち込もうとして──殴られた。顔面を殴打され、体勢を崩したところでさらに追撃を入れられる。まだまだ入る追撃。だが、蹴りを放ったところで俺がその足首を掴んだ。そして間髪入れずに握り潰す。

(わかったわかった。これは試合でもなければ戦闘でもない。ただの殺し合いだ。それを希望したんだから恨むなよ)

ぶっちゃけかなり痛かった。というか鼻血出てるし、もうこいつ許さん。足首の痛みに悲鳴を上げることなく俺に攻撃を加えようとするレッドオーガだが、片足が持ち上げられている時点でもう勝負は付いたようなものだ。

何せ、俺に掴まれているのである。俺は腕を引いてオーガを引き寄せると同時にその胸に渾身のストレートを叩き込む。ガードが間に合わず、まともに受けたレッドオーガが血を吐くが、気にせずもう一発打ち込む。

レッドオーガはこれを両手でガードしたが当然腕が無事なわけもなく、片方は粉砕骨折で、もう片方も間違いなく折れただろう。だらりと下がった腕がそれを証明している。最後に尻尾で無事な足を搦め捕り、こちら側に引き寄せると、拳の跡がくっきりと残る胸に足を置く。

「ヒィイィッ!」

レッドオーガが鳴いた。悲鳴を上げ、許しを請うているのがわかったが、殺し合いを望んだ以上は容赦はしない。俺は体重をかけその心臓を踏み抜いた。総評としては、こちらの防御力を上回る攻撃力はあるが、致命的な能力差を埋めることはできないので、パワーで押し切れば簡単に勝てる相手、と言ったところか。これはもう陸上最強の生物を名乗っても良いかもしれんね。

こんな感じのイベントはあったが、無事ジスヴァーヤに到着した俺は、破壊され尽くされることのなかった町を見てホッと胸を撫で下ろす。だがまあ、町が無事であるということはいるわけだ……緑のアレが。女王がいたので殲滅自体は楽だったが、時間が無駄にかかってしまう。

結局、昼を大分過ぎた辺りで掃除が完了。道路から引き抜いた血とよくわからない体液に塗れた標識を投げ捨て、荷物の下へと戻ると手を洗い、残った水を胃に流し込む。「こいつらほんと何処にでも湧くよなぁ」とガオガオボヤきつつ、足や尻尾に付いた血をその辺から拝借した紙で拭う。

さて、ここに来た以上は目的達成第一である。何せ帝国最大の弾薬庫。二百年も経過していれば大丈夫だとは思うが、おかしなイベントが発生する前に退散したい。この町並みを見る前ならば一泊も考えることができたが、こうもしっかりと残っていると逆に怖いのが兵器工場という存在だ。何らかの理由で「ドカン」となる前に、電気街に行って要件を済ませたい。

と言うわけでやってきましたジスヴァーヤにある電気街。ここならどんな電化製品でも手に入ると思ってきたのだが……荒らされている。しかも荒らし方が酷いというか雑というか……見て回ってわかったのが、これは人間の仕業でなくゴブリンがやったことであるということだ。

埃の積もり方を見れば、荒らされた場所がここ数年のものであることは何となくわかる。恐らくゴブリンどもは沢山ある電化製品を武器にでもしようとしたらしく、散らばった残骸からアレコレ弄って諦めて投げ捨てたかのように思えてならない。

これが展示品ではなく、倉庫にあるものなら発狂ものだが、ゴブリン如きに帝国製作の防犯シャッターを破る術などなく、お宝は無事二百年という長い時間守り抜かれた。そんなわけでシャッターを壊してお邪魔します。俺でも入れる巨大な倉庫というだけあって、流石に目移りしてしまう。

目的の物を手に入れればさっさとおさらばするつもりだったが、少しくらいなら時間を取っても良いだろう。まずは目的である最新型の高級ビデオカメラ。こちらはすぐに見つかった。万が一を考えて二台持っていく。

次に録画用データディスクの束を取り敢えず五十本分リュックに丁寧に仕舞い込む。入れ方を少々工夫しつつ、今度は別の倉庫に向かう。シャッターを強引に抉じ開けた先にあるのは大量の箱詰めされたデータディスク。

(この中から目的の物を見つけるのか……)

店と違い綺麗に整頓されているわけではないので、探し出すのは困難に思える。それでも、俺は探さなくてはならない。この山と積まれたダンボールの中から名作の数々を掘り起こさなくてはならないのだ。そうして開封作業を開始して十分──俺は見つけてしまった。

(そうだった! ここはデータディスクの倉庫。ならばあらゆるジャンルのデータディスクが揃っているということだ!)

そう、アダルトなデータディスクである。しかも大量にある。俺の秘蔵のコレクションなど吹けば飛ぶレベルの物量に、思わず目が眩む。その眩しさに一歩後退るが、今の俺には後退の文字はない。この程度で俺の目的を阻もうなどと片腹痛い。

(この俺が、物量に負けるとでもお思いか!?

俺は目の前の圧倒的物量を鼻で笑い、目的の物を探すべく手を伸ばした。結果、アダルトディスク二十五本に映画ディスク三本が俺の手元に残った。いや、言い訳をさせてくれ。俺が好きだったグラビアアイドルがセクシー方面に転向していたんだ。

だから思わず全作品を網羅しようとしたら、何か見逃してはならないオーラをまとったものが幾つも見つかってしまっただけである。そもそも今回の目的はビデオカメラであって映画はおまけである。

シリーズものの続きが見たかっただけで、この時代に残されたデータディスクが利用可能かどうかを知るためのサンプルが幾つかあれば良いだけだから、そのジャンルは問わないのだ。そう、ジャンルは問わないのだ。

これでジスヴァーヤでの目的は果たしたとし帰還の準備に移る。もしかしたらここにはまたお世話になるかもしれないで、ゴブリンが住み着かないように丁寧に開けた穴を周囲の廃材を使って封鎖する。

(さらばジスヴァーヤ。またここに来る日を楽しみにしている)

リュックの容量にはまだ余裕はあるが、持ち運ぶものに精密機械があるので移動を重視してのことだ。パンパンに膨らんだリュックを背負って駆ける場合、思わぬことで大惨事となる可能性がある。大型テレビをリュックに縛って運んだ時に得た経験は、しっかりとものにしなければならない。



そんなこんなで無事帰還。途中ジスヴァーヤ──アイドレス間の線路跡を発見し、木がない道を使うことで時間を短縮できたこともあって昼過ぎには本拠点に到着した。思えば各町には駅があり、線路を使って移動すればスムーズである上、事故を起こす心配もほぼなくなる。

(問題は、どこもかしこも緑に覆われているせいで何処が線路なのかわからないことだな)

これは町の駅から出発すれば大体解決するのだが、肝心の駅が形を残していない場合はその限りではない。例えばアイドレスのように徹底した破壊が行われた場所や帝都とその周囲の町は、残念ながらこれに該当してしまう。

要の帝都があの状態では、帝国の交通網を最大限利用することは「ほぼ不可能」という結論を出さざるを得ず、運良く見つけることができれば使う程度に留めるしかないだろう。

今後の移動に関する話はこの辺にしておいて、準備が整ったのでまずは映画鑑賞を始めよう。狩りを先に済ますべきだったかもしれないが、気になって仕方がないのでこちらからだ。

データディスクをプレイヤーに入れ、リモコンで操作する。テレビの電源を入れ忘れていたことに気づき、慌ててそっと爪先でスイッチを入れる。映った映像は「少しマシ」という程度のものだった。音割れも酷く、とてもではないが視聴に耐えうる代物ではない。次から次へとデータディスクを入れ替え映像を確認していくも、結果は全て同じだった。

(これはつまり、データディスクは二百年耐えることができない、ということか……ん? ということは?)

その結論を出した時、俺の中で嫌な予感がした。「まさか」という思いでビデオカメラを取り出すと空のデータディスクを入れると、密かに充電していたバッテリーを装着しカメラを回す。動く──そして撮れている。しばし機材の調子や機能を確認しながら時折「がおがお」言って音声を入れつつ撮影する。

そして取り出したディスクをプレイヤーに入れ、再生ボタンを押した。運命は残酷だった。撮影は失敗──二百年という歳月を、データディスクが耐えきれなかったことにより俺の計画は断念することとなった。膝が崩れ落ち、俺は希望を失い天を仰ぐように暗い天井を眺める。

(いや、待て! プレイヤーに問題があるという可能性を俺は忘れていた!)

微かな希望が灯ったことで俺は息を吹き返す。とは言え、今すぐジスヴァーヤに行く気は流石に起きない。まずは腹ごしらえを済ませ、十分に体を休ませることが先決だ。俺は重い足取りで施設地上へと這い上がり、ノタノタと狩りへと出かける。

成果は猪一匹。随分と時間がかかってしまったが、それだけショックが大きかったということだろうか?

包丁としての役割を遺憾なく発揮する魔剣を洗い、解体が終わった肉を青天井の調理場に運び込む。食わない部分は森に作った廃棄穴に放り込む。小さな獣や虫が良い感じに処理してくれているので、悪臭も少なく便利なものだ。

塩を振った肉を食う。食事に代わり映えがない。沈んだ気持ちのまま食べては塩味が付いたところで色褪せてしまう。俺は作業のように肉を胃に入れると、鉄板や食器を洗い適当な場所に立て掛ける。まだ洗った物を置くための専用のスペースや用意はない。

俺は地下へと移動すると、時間をかけて作ったベッドに倒れ込む。寝るにはまだ早い──でも、起き上がる元気が出ない。しばしそのまま目を瞑ってゴロゴロとしていたが、結局目を開けた。すると散乱したデータディスクの中から「巨乳祭り! 夏のビキニフェスティバル!」のパッケージが目に止まる。生活環境を良くするのが先か、それとも娯楽を優先するべきか──答えが出ないまま、俺はゆっくりと意識を手放した。

結局一晩寝ながら考えた結果、まずは生活環境と食の改善を優先することに決まった。「娯楽は余裕ができた時に充実させるべきである」という脳内議員の意見が通った形だ。食事を毎回不満に思うような状況をまずは改善。その後にこの本拠点の充実と他拠点へ物資を移し、各所での快適な環境をまずは作成することを今後の目標とする。

早朝──俺は起き上がると朝食のために狩りを行う。解体して肉を焼き、一部を容器に保存して煮沸した水を十分に用意する。焼いた肉を齧りながら地下に降り、出かける準備を整える。最後に荷物をチェックして、リュックを背負うと地上へと出る。念のために地下への昇降機の扉を閉じておく。戸締まりは大事である。

さて、今回の目的地は前回商隊を襲った街道である。あの位置で流通している物資の把握は、今後の活動にも恐らく役に立つ。必要な物がそこで手に入るなら良し、そうでないなら別の場所に行けば良い。

何処に何が流れているかがある程度わかっているならば、その情報を元に範囲を絞るくらいはできるだろう。最近では森の中を走るのも随分と上手くなったものだと、自画自賛しながら黙々と走る。

実際、この環境がこの体への慣れを促進したと言っても過言ではない。正直なところ、この巨体で木々の合間を縫うように走り抜けるというのは至難の業だ。それを当たり前のようにこなせる技量は称賛に値すると思う。通勤ラッシュの会社員が人混みの中を誰ともぶつかることなく歩き続けるのとは難易度が違うのだ。

昼を少し過ぎた辺りで小休憩を取る。荷物をチェックし、容器に問題がないかを確認。問題がないことがわかると軽く水を飲み周囲を見渡す。視界に映るものに異常はないか?

聴覚、嗅覚で異変は感知できないか?

(……問題はないな)

しばらくそうして周囲に気を配ってみたが、何も起こる気配はない。短い時間だが十分な休息を取れたので移動を再開する。それからほどなくして、生えている木の種類に変化が現れる。恐らく国境を越えた辺りにいるのではないだろうか?

このまま森林が続くというのではあれば、進行方向が狙った通りであることを意味する。太陽以外に方角を知る術がないようなこのだだっ広い森で、この方向感覚は中々にできるものではない。多分次はできないだろう。

(あ、方位磁石とかあっても良いな。この場合文房具屋か? それとも子供の玩具売り場?)

実物なんて見たことがないので、何処を探せば良いのかわからない。

(まあ、次にショッピングモールに立ち寄った時にでも探しておけば良いだろうし、今は思案する必要はないだろう)

そんなことを考えながら走っていると森を抜けた。目の前にも森があり、ここがあの町とグレンダの町を結ぶ街道だとわかった。既に日は落ち始めており森の中は十分に暗い。休憩を兼ねて、少し周囲を見て回ってみるが……何もなし。

まあ、そう頻繁に人と遭遇するようなことはないので、そんなものだ。街道ということもあって、流石にゴブリン程度は排除しているし、人を襲うような魔獣もそれなりに間引きができているはずなので何も起こらない。「つまらんなぁ」と鼻を鳴らし、目的へ向け再び走る。

ちなみに俺は森の中でも平気で自家用車並みの速度で走っている。仮に木にぶつかったところで怪我などしないし、むしろ細いものなら倒れたりする。障害物のない平地ならば時速百キロくらいなら余裕で出せるはずだ。帝国は何を想定してこんなスペックのモンスターを生み出したのだろうか?

(もしかしたら戦争用ではなくて対ドラゴンでも見越してのものだったのかねぇ……)

戦争でデータを取ってそれを元に新たな運用をする──つまり俺は試作型。この後量産型の生産に着手するわけだ。

(ヤバい。「試作型」という響きにちょっと燃えてきた)

その矢先「それはロボットものだ」と冷静になるが、やっぱり俺は男の子なのだ。俺の中を巡る熱い血が、冷静でいられなくするのは仕方がない。

(でも、ちょっとありそうなんだよねぇ)

俺以外にも蜘蛛男がいた。つまり他にいないとも限らない。同型機の対決とか男の子の夢だから妄想が膨らむ。

(待てよ、他国が森に入って研究施設を見つけていないとも限らない。つまり新型強奪もののフラグはまだ折れていないということになる。と言うことはいずれ俺の前には別の国に奪われた遺伝子強化兵が立ち塞がるということか?)

などと一頻り妄想を楽しんだところで辺りは真っ暗。完全な暗闇となったところで俺は速度を落とすことなく走り続ける。山を登ったところで真東に方向転換。このまま行けば平地に出るので、そこからさらに東の森に今回は潜んでみるとしよう。

暗いうちに移動を済ませれば誰かに見つかる心配もない。山を降り、平地へと出て方角を少し調整しつつ東へ向かうと、視界に入った森林へとドスドスと歩いていく。流石に休憩を少し挟んだとは言え、ほぼ一日走り通しだったので気分的に疲れている。体はそんなに疲労を感じていないのだから本当に肉体スペックがおかしい。

取り敢えず森の奥に移動して拠点となりそうな場所を探す。野生の熊が唸り声を上げていたので「近所迷惑だ」と尻尾で叩いて注意する。逃げる熊を追うことなく森の中を進むと、倒木があったので腰掛ける。

なんとなく座ってみたのはいいものの、正直座り心地はかなり悪い。加えてこの辺りの木はあまり高くないので、姿勢が悪くなってしまうのは減点だ。もう少し奥に行ってみようかと動いたところである音を拾う。

(熊が逃げた方角にこの音がするということは……)

急ぎ足でそちらに向かうと、そこには予想通り小さな川があった。小さすぎて川と呼ぶべきか悩むが、流れているなら「川」で良いだろう。ちなみに幅は俺の腕より短い。試しに口にしてみたが、冷たくて美味い水なので問題はなさそうだ。

(水の補給が容易なのは良いことだ。この辺りに拠点となりそうな場所を探そう)

夜が明けるまでにはまだまだ時間がある。十分に探索の時間が取れるのだが……ないものはない。結局周囲を探し回っては見たものの、適した場所は見当たらず、ほぼ夜通しで歩き回って収穫はなし。

「こういうこともあるだろう」と出発前に焼いた肉を齧りながら座れそうな岩の上に腰掛ける。肉を食べながら周囲の植物を観察していると、急に野菜が食べたくなった。思えば、肉と魚ばかり食べている。血も飲むなら大丈夫とかいう話を何処かで聞いた気がするが、この体の栄養状態は大丈夫なのだろうかと心配になってきた。

(野菜が欲しいなら農村と都市を結ぶ街道に網を張るべきか?)

香辛料を狙うついでに手に入る可能性もあるので、移動はまだしなくても良いだろう。持ってきた肉を全て食べ終えた頃、夜が明けてきたので腹ごなしの運動を兼ねて狩りをする。兎が獲れたので血抜きをして解体。食べる部位だけ残して後は地面に埋めておく。

やはりスコップは文明の利器である。もっと大きな物があれば良いのだが、贅沢を言ってはキリがない。塩を振って肉を焼き、腹に入れる。追加で食べるには丁度良い大きさだった。小指の爪を楊枝代わりにしていると、伸びてきている気がした。

なので魔剣を手に取ると爪切りの代わりはできないものかと試してみる。結果は失敗。爪は上手く切れず、指を少し切ってしまった。僅かではあるが血が出たので反射的に指を咥えてしまったが、出血はすぐに止まり傷は塞がっているようにも見えた。

(なんとなく察していたが……回復力もおかしいよな、これ)

とまあ、そんなことをしながら時間を潰しているとすっかり朝である。俺は森から街道を見ながら南下を開始。獲物を探してコソコソと動いていると、遠くに止まっている馬車が見えた。

(全部で三台か……護衛らしき人物がたった一人しか見当たらないが、何かあったのかね?)

見れば見るほど不自然に思える商隊を観察していると、どうも立ち往生でもしているのか動く気配がない。護衛の数が極端に少ない理由と何か関係があるのかもしれないが、動かないではなく「動けない」ならば格好の獲物である。こちらが早期に発見されても逃げられる心配がないので、姿を現したまま接近することができる。

(それじゃま、あの三台をまずは見てみることにしようかね)

俺は荷物を降ろし、適当に枝を折って隠すように上に被せると、朝っぱらから堂々と姿を晒して立ち止まっている馬車へと向かう。ある程度近づいたところで一人が大声を上げると全員が一つの馬車に乗って逃げ出した。

どうやら動く馬車が一台あったらしく、脇目も振らずに走っていく。呆れるほど清々しい逃げっぷりである。そう感心した瞬間──何かが聞こえた気がした。何も聞こえていないはずなのだが、何故だかそう感じた。

(取り敢えず、馬車の中身を確認するか)

繋がれたままの馬は気の毒だが、食べたりはしないので大人しく待ってて欲しい。そんなわけで馬車に近づき物色開始──したのは良いのだが、あるのは妙な薬品臭のする干し肉。

(こーれーは、見事に食いついてしまったか?)

俺がそう思いながらも他を荷物を探していると、今度は確かに聞こえた。先ほどとは別のものではあるが、今もはっきりと聞こえている。

(予想よりも随分早いなー)

感心半分に面倒くささ半分と言ったところだろうか?

時間はあるので俺はもう一台の馬車も見る。やはりと言うか、こちらにも薬品の臭いがする干し肉。俺は大きく息を吐くと、立ち上がって背を伸ばし音が聞こえる方角を見る。

(数は……今見えてる範囲で三百くらいか? なら五百以上はいると見るべきだろうな。舐められたもんだ)

先頭を走るのは数名の重装騎兵。遅れまいと付いていく歩兵と傭兵──少数とは言え、カナン王国軍のお出ましである。

(さあ、面倒くさいことになってまいりました!)

正面から真っ直ぐ向かってくる軍と呼ぶにはお粗末な集団を待つ。先頭の重装騎兵は後方など確認せずにドンドン距離を離していく。さて、この五百くらいの団体さんをどうするかで、今後の方針を変える必要も出てくる。現状取れる選択肢は三つあり、簡単に言うとこんな感じである。


1:手加減して適当にボコる。

2:手加減なしで虐殺する。

3:逃げる。


当然のことながら三番は論外。選択肢として存在はするが、逃げたところで俺の扱いは「レアモンスター」だ。その利用価値や素材としての旨味、希少性を鑑みて追われ続けるのは明白。一度撤退してこちらの脅威度を下げるというのは短期的な効果しか見込みはなく、長期的に見た場合「知能の高さ」故の脅威が浮き彫りになるため逆効果となる可能性が高い。

つまり「逃げる」という選択肢は、今後人間と関わらない場合を除き意味がない。では一番を選択した場合どうなるか?

実に簡単なことだ。軍が出てしまった以上、舐めプで壊滅させられた軍は威信を懸けて意地でも俺を狩ろうとするだろう。つまり、結果として面倒くさいことになることは間違いない。

二番の場合、経緯が違うだけで結果はほとんど同じだ。少数の軍を簡単に滅ぼすモンスターなど国家の脅威以外の何ものでもない。そんなものを野放しにできるはずもなく、カナン王国は国家の威信を懸けて俺を狩りに来るだろう。

最悪他国を巻き込むことを考えれば二番の影響は一番よりも大きい。国家の威信、軍の威信とぶっちゃけただただ面倒くさい。

(軍が出てくるのはもっと後だと思っていたんだよなぁ……一体何が切っ掛けで出てきた?)

原因を探るのは後でもできる(後でならできるとは言っていない)。後ろが付いてきていないことを気づいた騎士が慌てている様子を眺めながら、欠伸をしながら待ってやる。まだしばらくは傭兵を相手に遊べると思っていたが、もう軍が出てくるとか予想外にもほどがある。

正規兵の数は不明だが、これを蹴散らせばカナンでの活動に支障を来すのは間違いない。具体的に言えば、馬車の行き来が減る。これを押さえてしまうと相手も本気になるので、本格的にカナンを潰すつもりはないのでそこまでやる気はない。

つまりカナンでの活動を自粛することになる。ちなみに軍や騎士は全く問題視していない。

(しかし、随分と好戦的になったもんだな)

ようやく揃い始めた兵士が陣形を組み始めたのを座って眺めながら思う。傭兵達は団ごとに動いているのか、こちらを包囲しようと集団と固まって左右に展開しようとしたりバラバラに動いている。

「まとまりのない奴らだな」と呆れながらも、そういうものが傭兵だと思い直し、相手の動きが落ち着くのを待ってやる。改めて数を確認すると傭兵三百に軍が二百五十といったところだろうか?

(傭兵の割合の多さから本気でないことはわかるが……何とも微妙ラインで判断に困る)

三度目の欠伸で正面の軍が動き出した。俺は立ち上がるとノッシノッシと前進する。さあ、お望み通り正面からぶつかってやろう──としたら相手の動きが鈍りだした。こちらの大きさを十分に視認できる距離となったせいか、前列の兵士が怖気づいたようだ。騎士が突撃してくるなら先手くらいは譲ってやるつもりだったのだが、何やら指示を飛ばしており最初の勢いは欠片も見えない。

前進を止めない俺に対し矢が射掛けられる。当然気にも留めずに前進。無数に降り注ぐ矢の雨の中を涼しい顔で歩く。刺さった矢は一本もなく、全て地面に刺さるか落ちている。距離はドンドン縮まっていき、第二射が放たれた。

同じ結果に馬に乗った騎士が声を上げると、アーバレストを持った兵士が前へ出る。十分に引きつけてから撃つつもりなのか、前に出た弩兵は構えたまま発射の命令を待っている。俺を前にしてきちんと命令を待てるということは、それなりに訓練を受けており士気も低くはないということだ。

「後は傭兵がどう動くかだが」と考えたところで、その傭兵に動きがあった。馬が一騎背後から駆けてくる。同時に傭兵団の中から明らかに質の違う声が一斉に聞こえてくる。

(魔法か! どのような運用するのか見せてもらおうか!)

俺は正面の弩兵を無視して迫る傭兵に向き直る。直後に背後から射掛けられるが、体の中でも硬い背中にはアーバレストであっても傷を付けるのがやっとと言ったところだ。矢が刺さらないことに驚愕の声が後ろで上がるが、迫るハルバードを持った巨漢の男を迎え撃つのが先決だ。

(ランスチャージの要領で一撃離脱を行い、その直後に魔法が飛んでくる──ってところか?)

そう予想した俺は巨漢の持つハルバードを掴み、力に物を言わせ突撃を止めてやる。馬がいななき、男が振り落とされそうになると、そのままハルバードを手放し馬を蹴って距離を取った。直後、無数の魔法が俺に殺到する。なので馬はちゃんと逃してやる。

火、氷に石や雷が俺の体に打ち込まれるが、雷以外は然程痛みはない。熱い、冷たいという程度の差はあれ、それを脅威と感じるかと言えば……残念ながらそうではない。どうやら魔法使いの質はあまり高くないようだ。攻撃が止み、俺は無事であることをアピール。

次はこちらが攻撃する番である。そう思って前に出ようとしたところで、いつの間にか手からハルバードが消えていた。そして魔法の着弾によって巻き上げられた土煙に紛れて、巨漢の男の一撃が頬を掠める。

咄嗟にかわしたつもりだったが、僅かに反応が遅れたようだ。血は流れていないが、確かに傷が付いている。俺は指で確認できた傷をなぞり、目の前の男の武器が魔槍の一種であると断定する。

(ただの蹂躙で終わるかと思ったが、中々楽しませてくれるようだ!)

俺が攻めに転じても、男は上手く捌いて間合いを取る。その顔には驚愕が見て取れるが、絶望はなくむしろ笑ってすらいる。

(流石は傭兵団。戦闘狂がホイホイ湧いてくる)

ハルバードを持った男に続けと言わんばかりに傭兵達がこちらに向かってくる。この状態で援軍が合流すると流石に手間がかかりそうなので、目の前の男にはさっさと退場してもらおう。

そのつもりで攻めたのだが、距離を取って時間稼ぎに移行したらしく、一度目の攻撃を見事に躱され、二度目で捉えたかと思いきや、巨体に似合わぬアクロバティックな動きで凌ぎきられた。

「ヤダ! 今の動き格好良い!」とか余裕を持っているが、そろそろ先頭を走る傭兵がこちらに到着しそうなので、彼にはここでご退場頂く。

「ガアッ!」

俺は小さく吠えるとハルバードを持った巨漢に両手を広げ襲いかかる。直後に放たれた無数の矢が俺の体に弾かれ、最初の一撃を後方に飛び退き回避した男に、追撃の左ストレートを放つ。それをハルバードで受けはしたものの、腕を振り抜いたことでハーフプレートアーマーに強引に当てる。結果、鎧は砕け地面を転がると男は動かなくなった。

怒号と悲鳴が飛び交い、魔法と矢が無秩序に放たれようやく戦場らしい様相となってきた。ハルバードの男が倒れ、最初に肉薄したのが何時ぞやの大剣の臭い男。少々突出しすぎていたらしく、他が揃うまでは単騎でのお相手となる。正面で向かい合った大剣持ちが笑う。

「よお」

短く、俺にも理解できる言葉で話したので十点あげよう。但し、テメーは既にマイナス五十点なので評価は未だゼロ以下だ。「ぐあー」と低く唸るような声を出したところで、相手の警戒が最大になり構える。

(それにしても、数がいるんだから最初からまとめて来ればいいのに……傭兵家業というのも難儀なもんだな)

迫る左右からの連撃を大剣の男が躱し、逸らして防ぎつつも反撃を窺う。飛んでくる矢を背で受け、魔法を拳で撃ち落としながらも攻め続ける。流石に一度は俺と斬り結んだ経験があるからか、守りを固めるではなく避けることに集中している。

先程のハルバードの巨漢も悪くはなかったのだが、力の差の認識が正しくなかったことに加え、金属鎧が素早い回避を阻害したため呆気なく終わってしまった。もうすぐ他の傭兵が参戦するので、ここらで隊長さんにもご退場願おう。

俺は大きく一歩を踏み出し、一気に距離を詰めると裏拳を放ち飛び退かせる。そこでさらに踏み込み追撃を入れようとしたその時──振りかぶった左手に何かが撃ち込まれ、その衝撃で俺は勢いよく地面に手を付ける。

直後、俺の顔面目掛けてグレートソードが振り下ろされようとする。これを地を蹴り、前に出ることで防ぐと同時に頭突きで男を吹き飛ばす。

(今のは魔法か!? 威力が弱いものばかりだと油断した……いや、油断させてから狙ったな!)

今の一撃は少しヒヤッとさせられた。ダメージ自体はほとんどないことから、衝撃でこちらの動きを阻害することを狙って放たれたものだろう。とは言え、あれが致命打になるはずもなかったので、ここは余裕を持ってあのコンビネーションに称賛を送る。

(先程の魔法を使ったのは……多分あの如何にも魔法使いっぽい格好の女か)

チラリと一瞥して濃紺のウィッチハットにドレスローブという姿が視界に映り、彼女を要注意人物に指定して戦闘を継続。ついでに見事なおっぱいだったのでそちらのチェックも外さない。

その要注意人物は撃った場所からすぐに離れ、傭兵の中に紛れ込むようにその姿を消す。居場所を特定させまいと動く辺り、中々に厄介な人物のようだ。傭兵達が俺を囲み、一部が俺の射程外ギリギリに陣取るとそれぞれが武器を構える。先程のやり取りで相手の士気は向上しており、まだまだ勢い良く戦ってくれるだろう。

どうやら腕に自信のある奴が俺に張り付くという方針の傭兵団と違い、以前戦った経験を活かしてのことか、大剣を持つ傭兵率いる部隊は一撃離脱を徹底している。真っ向勝負で勝ち目がないことを知っているからこその動きである。

自信のある連中は俺に張り付いたままで、少し頭を働かせる奴なら正面にならないよう上手く足を使っているが、尻尾があることを忘れていないか?

いつまでも張り付かれると鬱陶しいので、まとわりつくように戦う傭兵達を一蹴する。飛んでくる矢を弾き、隙を見ては斬りかかってくる大剣の隊長さんを綺麗に捌く。ここの傭兵団は連携が上手く、この隊長に対処すると必ずと言って良いほど二人以上で背後から攻撃を仕掛けてくる。

しかも一人は尻尾用の囮ときたもんだ。当然他からも攻撃は来ているので全てを捌き切ることはできず、被弾は着実に増えていっている。ただダメージがない。俺の防御力を突破できる攻撃が少なすぎて、軍や傭兵の張る弾幕が精鋭達の邪魔にすらなっているのが現状である。

「放て!」

そんな声が聞こえる度に傭兵達が退くが、発射のタイミングが悪く連携が全く取れていない。だが、矢が放たれるとわかっていながらこちらに突っ込んでくる気配を背後から感じた。尻尾で対処しても良かったが、意表を突いて振り向きざまの地を滑るような裏拳が空を切った。その一撃は内側に潜り抜けるように回避された。

(アレを潜るのか!?

驚愕の回避方向に思わず「ガッ!?」と声が出る。随分とまあ度胸のある奴もいたもんだな、と思ったらあの時のワイルド金髪美人さんだった。だがあの時の魔剣は俺には通用しない。「さあ、どうする?」と笑った時──目が合った。

相手も笑っていたのだ。その瞬間、彼女が半透明の小瓶を投げるのと、俺が大きく飛び退くのは同時だった。そして着地間際に俺すら呑み込めそうな特大の火球が飛んでくる。

「ガアァァァッ!」

本気の一撃──火の玉を殴り軌道を力技で変える。拳が少し焦げたが体は無事だ。流石にずっと警戒させてくれただけあって、良い仕事をする魔法使いである。地面に落ちた金髪さんが投げた物が、シュワシュワと音を立てて酷い臭いを撒き散らしている。厄介な魔法使いはまたしても視界から消えている。俺は笑った。

(随分と楽しませてくれるな!)

心からそう思えた。だからこそ、俺は跳躍して騎士が指揮する兵の中へと飛び込むと、着地と同時に拳で周囲を薙ぎ払う。兵を吹き飛ばすと、今度は方向を変え叫ぶ重装騎兵へと突進する。今まではこの場に留まり戦っていたが、ここからは動き回っての戦闘となる。つまり、ここからが本番だ。

(加減はしてやるが、死なないことくらいは祈ってやるよ)

俺の攻撃が始まったのは良いのだが、いきなり問題が発生した。

「ギャァァァァァッ!」

「止めろぉ!──来るな!」

これこの通り、大混乱でございます。聞こえる単語も簡単なものばかりで、八割くらいは理解できていて助かるのは良いのだが、抵抗もせずに逃げ出すばかりで倒れた兵士が踏まれて死亡というケースすら発生している。

士気が高いと思っていたが、これは正確な情報が伝わっていない気がしてきた。騎士の指揮も拙く、軍はほぼ潰走状態。俺が軍の中に入って暴れたことで、戦域の一角が完全に崩壊。味方を置いて逃げ出す者が既に出始めており、これが戦争なら勝敗がついている。

逃げ始めた者が「こんなの聞いてねぇよ!(意訳)」と叫んだことから、どうやら俺の予想は当たったようだ。まあ、俺みたいな大物を退治するのに雑兵なんぞいてもできることはない。近代兵器で武装してから出直せという話だ。

「ガアァァァッ!」

わざとらしく吠えて腕をぶん回し、兵を薙ぎ払っては飛び、また別の場所で薙ぎ払う。死なないように手加減はしているが、俺の腕は体の割にちょっと大きい。質量と速度の暴力とは酷いもので、俺の腕の射程内の兵士全員が盾を構えても、そのまままとめて空中に吹き飛ばすことができる。

「退け! 後退だ! 陣形を立て直せ!」

多分そんな感じのことを言っている騎士が馬の上から大声で命令を下しているが、陣形を立て直してどうするつもりなのだろうか?

「傭兵どもめ!───!」

聞き取れなかったが多分罵声だ。「お前も戦ったらどうだ?」と騎士の前に出てやるとチョビ髭のオッサンが面白い顔で俺を見上げる。直後、騎馬が一騎こちらに向けて走り出したことを音で確認する。

「マーティス卿! 助太刀に参った!」

「おお、カサングラ卿! 感謝致す!」

意訳ではあるが、大体こんな感じのことを身振り手振りを交えて大仰に言っている。

(演劇やってんじゃねぇんだ。真面目にやれ)

カナン王国の貴族とやらは度し難い阿呆なのか?

俺はランスチャージを仕掛けてきた騎士をランスごとぶん殴って吹き飛ばし、同時に尻尾でもう片方も叩き伏せる。残った騎士が潰走する味方を止めようと声を上げるも、残念ながら効果はなし。兵の半数くらいはふっ飛ばした気がするので、今度は傭兵へとターゲットを変更。

俺に挑んでいた精鋭を無視して傭兵が固まっている場所に突進する。当然止めるすべはなく、傭兵達は俺に跳ね飛ばされていく。弱いものから叩く──これをされると一番困るのは知っている。

人を育てるには時間と金がかかる。折角育った者を失うのだからそのダメージは相当なものとなる。部隊の士気を、今後の活動を考えるならば、彼らが取るべき手段は一つしかない。兵士が畑で採れると勘違いしている領主や国王と違い、傭兵団は「損耗」を避けなくては傭兵稼業を続けることすらままならなくなる。

その辺りの事情を知るが故に、俺は傭兵の群に突撃し縦横無尽に駆け抜ける。そして先程俺の相手をしていた精鋭達が戻ってきたところで突如として方向転換。一列となった強者どもに突撃する。

(さっきは俺を囲んでの戦闘だったが、こうすればどう対処する?)

先頭はあのグレートソード持ちの隊長さん。俺が突如向かって来たことで集団は一瞬足を止めたが、迎え撃つことを選択したグループとそのまま勢いを殺さずすり抜け様に一撃を狙う組に分かれた。

初手は予想通りの行動に出た隊長さんだが、こちらも結構な速度を出しているので、あの大剣とまともぶつかるつもりはない。隊長さんは横に滑るように手にした大剣で薙ぎ払うが、それは軽く跳躍した俺には当たらず、すれ違いざまに尻尾の一撃をまともに食らい吹き飛ばされる。そして着地と同時に後続を叩き、迎撃組に勢いを落とすことなく突っ込んでいく。

直後、俺の前に土の壁が現れた。 こちらの身長よりも高い土の壁をショルダータックルでぶち壊し、驚愕の表情を浮かべる傭兵達を轢き殺すような勢いで通り抜ける。ここでブレーキをかけ、百八十度向きを変えて四つん這いになって滑る。通り過ぎたと思ったら既にこちらを視界に捉えているというのだから、傭兵達には悪夢だろう。

追撃を行い、まだ立っている者に襲いかかる。振り回した腕に当たって吹き飛ぶ。迫る腕を受け止めたは良いが空中を舞う。尻尾で弾き飛ばされる。それは最早、ただの蹂躙だった。

気づけば周囲に立ち上がる者はいなくなっていた。無事な者は遠巻きにこちらを見ている戦意を喪失した兵士と傭兵くらいなものだ。

(終わったか。手加減はしてるから死んだ奴は少ないだろうが……それでも死んだ奴は運が悪かったということで)

俺が立ち去ろうとした瞬間──声が聞こえた。それが魔法を使用する際の詠唱であると即座に判断した俺は、そちらに振り向く。見ると俺の拳の倍はある先の尖った石の槍が、高速で回転しながらこちらに向かって来ていた。

「ガアァッ!」

全力の裏拳で咄嗟に軌道を逸らす。質量、速度ともに優秀。加えてあの回転である。

(あっぶね、直撃すればタダでは済まなかったぞ、今の)

そんな感触があの一撃を殴った拳に残っていた。あの状況でも潜んで機会を窺っていたのだから大した魔法使いである。

(いやいや……「勝った」と思った瞬間が一番危ういとか、漫画の知識って意外と当たってるな)

最後の一撃を撃った魔法使いの女性はその場にへたり込む。どうやらあれは残った力を全て注ぎ込んだ渾身の一撃だったようだ。俺は彼女の元へとノッシノッシと移動する。大きなウィッチハットで見えないので、顔くらいは拝んでおこうと思ったからだ。だが、彼女に近づいたその時──手にした杖から青白い光が伸びると同時にこちらを斬りつける。

(ライトブレード!? 何それ、ちょっと欲しいんですけど!?

寸でのところで横薙ぎの一撃を上体を反らして回避しながら、手にした杖を尻尾で叩き落として彼女を掴む。光線剣は惜しいが仕方がない。細い腰に大きな胸と大変素晴らしいスタイルである。

痛くないように加減しながらも、逃げられないようにしっかりと掴む。抜け出そうともがく度、大きなおっぱいが指にポヨンポヨンと当たる。しばしこの感触を堪能していたいが、まずは彼女の顔を確認しよう。