(いや、そうじゃないな)

「もしかしたら」という希望が無くなったのだろう。心のどこかで帝国の生き残りがいたとか、技術を受け継ぐ集団がいたりして俺が人間に戻る希望がまだあると、そう願っていた。

だが、現実というのは容赦がないわけで……もうずっとこのままなのかと思ったら、生きることに張り合いがなくなってしまった。やりたいことも見つからないまま、こうして茶番を演じて誤魔化すことしかできなくなった。

悩みを話せる相手もいない。そもそも会話ができる相手がいない。悲しくもあり、寂しくも思う。「俺」という存在がこの世界でどう扱われるか?

考えるのが怖くなる。想像するのが嫌になる。そんな風にいじけながら動く度にゆっさゆっさと揺れるおっぱいをガン見する。相棒はいなくても性欲みたいなものがあるから厄介だ。おかげで狂うことなくエルフの監視に邁進できる。

さて、八号さんが川から去っていく様子を見ながら今後の方針を今日も考える。

(いやー、やはり八号さんは胸も良いがお尻も素晴らしいな。あ、そうだ。晩飯は猪にしよう)

でも三大欲求が勝利する。難しいことを考えるのは得意ではないので「いっそのことモンスターとして開き直るのもアリかな?」などと思い始めている。欲しかったものが手に入らなくなった今、手に入るものだけで満足するには、俺は文明的な暮らしを知りすぎた。

(これはあの蜘蛛男も通った道なのかねぇ?)

俺としても「ああはなりたくない」のは勿論、なる気もなければなるつもりもない。しかし、いつまでもこうしていられないというのもわかっている。何せ崖の拠点に戻って既に十日……こうして覗きポイントを増やしては悩んでいる。立ち上がり、その場を後にしたところで思いついた馬鹿げた案を片っ端から却下しているとき、ある考えが頭に残った。

(そうか、不満を一つずつ解消していけば良いのか)

珍しく建設的な案が出てきたので、拠点に戻りながら現状の不満を出していく。

(まず飯が不味い……あれ?)

立ち止まって考える。食事というのは重要だ。生きる上で最重要とも言える。そこに不満があるのは何故か?

(そうだよ! 飯に不満があるけどそれを解消する方法があるのに何で実行しないんだよ!)

そう、俺は実に簡単な食生活の見直しをしていなかった。「塩が欲しい」と俺は食事の度に思っていた。だったら解決なんて簡単だ。

(そうと決まれば……カナンでいいか!)

取りに行けば良い。幸いカナン王国には海があり、塩の流通量は多い。そうと決まれば話は早い。俺は拠点へと急ぎ戻ると、荷物をまとめて指を差して忘れ物をチェックしていざ出発。

改造リュックサックを背負い、右手にスレッジハンマーを手に俺は森を駆け抜ける。前回のゴブリン掃除で少しばかり歪んでしまっていたが、一応まだまだ武器としては使うことができるので持っていく。予備の武器について考えが及ばなかったことで、今更ながらアランヴェインの町やゴザ、バナイはともかくジスヴァーヤに寄っておいた方が良かったかなと思う。

とは言え、現状生活用品に不備はなく、より便利さを追求するとなると魔法の分野にも手を出さなくてはならず、俺の知識だけでは少々手に負えない。これに関しては運良く手に入ることを期待するしかないので、放置する他ない。

そんなこんなでカナン領内へと侵入。森の中なので正確なところはわからないが、多分入っている。

(後はどこで塩や香辛料を手に入れるかだが……いや、パンも欲しいな)

考えれば考えるほど欲しい物が出てくる。長らく貧しい食生活が続いたおかげで、食べたいものが思った以上に多かった。狙いは一先ず馬車だ。ダメなら村だ。今の俺はモンスターだからね、辺境の略奪くらいはよくある話だ。

エルフ観察の任務を一時中断してまで確保しようというのだから、手段なぞ最早選ばない。と言うかそれくらいしか手段がない。どうやってこの姿で取引を成立させろというのか?

言葉の壁もあるので平和的な交渉は絶望的だ。そもそも俺はカナン王国の傭兵から攻撃を受けているので、既に敵対行動を取られている以上遠慮は無用。森の中を移動しながら、記憶にあるカナン王国の地図を頭に浮かべ狩りポイントを思案する。

(さて、どの街道を押さえるか……やはり塩が来る北側にするとして、商隊はどのルートを使用するだろうか?)

森を抜け、街道を横切り再び森へと入る。北へと向かい山へと辿り着いた時には日が暮れていた。現在地は以前使った拠点の反対側なので、グレンダの町からは結構距離がある。名前も知らない新しく出来た町の北北西辺りだろう。

南部を領土としたいカナン王国としては、最前線となるあの町へと物資を運ぶのは自明の理。それを頂こうという算段である。

(しっかし、二百年もあってまったくと言って良いくらい領土拡張をできていなかったことから察するに、五年前かその前後まで手を出すことができない理由があったんだろうな。でなきゃセイゼリアも西に拡張してるだろうし……一体何があったのやら)

予想はできるが、何がきっかけで領土拡張に乗り出したかまではさっぱりわからない。それを知る手段は思いつかないので、これ以上は考えないようにしよう。日は暮れたが拠点にできそうな場所はなく、暗いという理由で移動を止める選択肢もない。

このまま条件が良い場所を探すとして、水場がこの周囲には恐らくない。かと言ってこれ以上北へと移動すると、かつて帝国が占領した「アグリネア」という町に近づきすぎる。これならばいっそのこと以前拠点とした場所からこの辺りまで出張した方が良い気もする。

(やはりというか、どこに行っても水の問題が付いて回る……)

幾ら肉体のスペックが高かろうが、こればっかりはどうしようもない。溜息を吐いた後に水を飲んで一息つくと、物音が聞こえた。次に聞こえてきたのは話し声──つまりこんな時間、このような場所に人がいる。

(怪しいなんてもんじゃないな)

こんな時間に山にいるとか不審者でしかない。「恐らく賊だろう」と当たりをつけ、擬態能力を使用し声のした方角へと慎重に移動する。視界が悪いので動きながらの遠見は使用せず、音と臭いを中心に索敵を行い距離を詰めていく。

しばらく北西に進んだところで僅かに明かりが漏れている場所を発見。僅かではあるが声もそこから漏れているようだ。何を言っているかまではわからないが、数名が興奮したように声を荒げているのはわかった。光源へと近づくに連れ、小さな小屋が見えてくる。周囲にある木材から察するに、木こりの小屋のようなものだろう。

擬態能力を維持したまま近づき適度な位置に陣取ると、光が漏れる窓の隙間から小屋の中を望遠能力を使用して覗き見る。位置を調整しつつ中の様子を窺っていると一人の男が見えた。

(あ、うん。賊っぽいな、これ)

その身なりを一言で言えば貧相。もう少し言えば不潔。無精髭を生やした赤髪の見すぼらしい格好をした男が、曲刀片手に怒鳴り声を上げている。小屋の状況は未だ不明だが、俺にとってはどうでも良いことなので脅威はなしと判断。

擬態をする必要もなくなったので解除してのっしのっしと二足歩行で小屋に近づく。

「ちわー、新聞屋でーす」という感じの軽い挨拶を「ぐあぐあ」としつつ、無遠慮に小屋の扉を開けると、そこには先程見た男に加えて三人の賊と見られる者達と、血塗れの男性の死体があった。

状況を確認しよう。小屋の中には賊が四人と死体が一つ。賊は全員武器を構えて何か叫んでおり、何人かは泣きそうになっている。

「ちきしょう! 何だってこんなところにモンスターがいるんだよ!」

拾えた単語から推測すると多分こんなことを言っている。他には「運が悪い日」だとか「最悪だ」くらいはわかった。そして最後に死体なのだが……妙に身なりが良い。

(これはあれか? 身分の高い人間を攫ったは良いが、抵抗されてしまい勢い余って殺してしまった場面にでも遭遇したか?)

情報が足りないのでなんとも言えないが、賊四人は生かしておく必要は特にない。しかしながらこの小屋の入り口は俺が通るには狭すぎる。開けた扉の前で突っ立っていると賊の一人が俺を指差し何か叫んだ。すると他の三人が安堵したかのように武器を降ろしホッとしている。

(あー、なるほど。「あいつはデカイから小屋に入れないから安全だ!」とでも言ったのか)

学校の先生曰く「人の嫌がることは進んでやりましょう」──今がその時だ。俺は遠慮なく小屋の入り口を破壊し「お邪魔します」とがおがお声を出す。

「いやああああぁぁぁぁぁぁっ!」

四人の賊が一斉に叫んだ。窓を開けて逃げ出した奴は腹が支えて出口を塞ぐ。それを引き抜こうとしてズボンをずらし、汚い尻が顕になる。不愉快なサービスにノーを突きつけるようにスレッジハンマーが賊に迫る。

三十秒後、無駄な抵抗を試みた一名を最後にほふり、無事小屋の制圧が完了。スレッジハンマーさんがおなくなりになられたので適当な場所に廃棄する。なお、制圧自体に特に意味はない。

強いて理由を挙げるならば「見られたから」という理由なのだが、自分から目の前に現れておいて述べるものではない。一応小屋に何かないかと物色してはみるものの、俺にとって役に立ちそうなものは見つからず、無益な殺生をして武器を使い潰しただけに終わった。

(名前も知らない男の仇を取っただけになってしまったな)

少数とは言え賊を退治したのでカナン王国にとってはプラスに働いたことだろう。それならば馬車の荷を奪うというマイナスの帳尻合わせとでも考えておけば良い。バランスは大事である。

水場探しはここらで諦め、街道を見て回るため一度南へ移動する。位置的に野営をしている可能性もある場所を確認するためである。明るいうちから街道をのっしのっし歩くほど俺は大胆ではないので、こうして暗くなってから見て回るのだ。途中から「どうせ誰も見てないのだから」と二足歩行で全力ダッシュ。

東にも道はあったことを思い出し、草原を蛇行運転するかのようにフラフラと走り回る。思えば森の中ばかりだったのでこういう場所を走るのは久しぶりだ。折角なので慣らしも兼ねて走り回るとしよう。

そんな具合に走ること一時間。二足歩行での全力疾走は危ないので適度に速度を落としつつ、辺りを見回していると南東に明かりが見えた。その周囲には馬車が複数確認されたことから、間違いなく野営中の商隊だろう。走るのを止め、歩きながら馬車の周囲に目を凝らす。

(見張りが二……いや、三人か。他にも横になっている者もいるが、これは護衛だな。馬車の数は全部六台で外に出ている人数は、見えてる範囲で十四人か)

馬車にも人がいることを考えれば二十人前後はいると見て良い。近づく前に荷物を地面に置き、発見を遅らせるために伏せて移動。勿論擬態能力を使用しているので、どこで気が付くかで護衛の能力がどの程度なのかという判断材料にもなる。

順調に近づいているが、今のところ誰一人こちらに気づいた様子もなく、中には談笑している者すらいる。

(ちょっと気が緩みすぎだな……この辺りは治安が良い方なのだろうか?)

帝国と違い都市と都市との距離が大きいカナンにしては、賊やモンスターの被害が少ないというのは珍しいことだ。ここの統治者の腕が良いのだろうか?

もっとも、対処不能な脅威レベルであろうという俺がいるのでそんなものは関係なくなってしまう。蜘蛛男が生きていた場合を考えれば、相当マシであることには違いはないので報酬の徴収くらいなら良心が傷まない。

先程の善行と合わせれば、十分な量の物資を頂いてもお釣りが来る。さて、既に商隊との距離が五十メートルを切っているのだが、まだ誰も俺の存在には気づいていない。

(ここまで来るといっそのことスニークミッションにチャレンジしたくなってくる)

と言うより、人間相手にどこまでこの擬態能力が通用するか知りたくなってくる。同時に「自分の能力は隠すべきである」とも考える。しばし立ち止まり考えた結果、俺は擬態能力を隠す方向で動くことにする。なので一度距離を取り、接近をやり直す。

(位置の調整もした方が良いな。見張りが馬車で視線が切れるような場所で擬態を解除しよう)

配置につくと地面に伏せて擬態を解除して這うようにこっそりと近づく。丁度その時、見張りの一人が馬車の上に登り周囲を見渡す。そこでようやく俺に気づいたらしく大声を上げた。体が灰色だから夜に溶け込むには向いてないようだ。

「案外すぐに見つかるものだな」と伏せていた体を持ち上げる。悲鳴が聞こえたが、こちらは非戦闘員の護衛対象のものだろう。のっしのっしと悠々と近づき、武器を構える護衛を見る。

(剣と槍が二人……盾持ちが一人に弓持ちが二人。魔法使いが二人、か?)

焚き火に近い女性魔法使いが詠唱を開始すると、続けて男性の方も詠唱を始める。矢が飛んできたが無視。刺さらないし当たっても痛くない。馬車の上にいる弓持ちの二人が何か叫ぶが、どうせ「矢が刺さらない」とか言っているのだろう。

俺は前衛の五人を無視して馬車に近づくと、それを利用して魔法使い達との射線を切る。流石に魔法は警戒する必要があるので一旦身を隠す──と見せかけて跳躍して馬車を飛び越え魔法使いの元へ行く。

俺の着地の衝撃で焚き火が吹き飛び火の粉が舞うと、魔法使いが構えた杖を素早く叩き落とし踏み潰す。折角だったので引っかかったフリをして肩出しのドレスローブを下にずらしていたところ、胸に入れる詰め物が地面に散らばっていた。

(……一号か)

見た目四号だと思ったのだが、それは少々盛り過ぎである。それにしてもあのおっぱいさんといい、肩出しは流行なのだろうか?

それはさておき、仲間の危機に駆けつけた男衆の視線が下にいっていたのを俺は見逃さない。多分彼女も見逃していない。後々のことを想像するとちょっと彼らを死なせるのは惜しい。女魔法使いがギャンギャン煩いのでデコピンで黙らせる。

なお、一回転して吹っ飛んだとかはなく、そのまま普通に地面に倒れてノックダウンなので命に別状はないだろう。男性の魔法使いも使用する魔法を変えたのか、まだ詠唱をしている。

少々面白くなってきたので、一応彼らにも「やるだけやりました」という言い訳は用意してあげよう。前衛五人を相手取り、時間を潰して魔法を打たせる。案の定、周囲を巻き込みにくい魔法に切り替えており、直線的な攻撃ならば回避・迎撃お手の物。

タイミングを合わせた振り向き様の叩きつけるような裏拳で炎の矢を消し飛ばし、同時に尻尾で盾を持った男を吹き飛ばす。背中を狙って槍を突き出してきた女を返す尻尾に巻きつけ左手に渡すと、魔法使い目掛けて投げる。魔法使いの男は受け止めようとしたが、踏ん張りがつかず揃って吹き飛び転がっていく。

残った三人の前衛を死なないように適当に蹴散らし戦闘終了。ちなみに弓の二人は矢が通らないと見るや逃げ出していた。こちらでも修羅場が一つありそうだ。戦利品が逃げ出そうとしたので後ろから掴んで馬車を持ち上げると、悲鳴を上げるオッサンが転げ落ちた。他を見ると逃げ出す馬車がいたので、そちらを追いかけ捕まえるとこちらもオッサンをポイ捨てして引っ張っていく。

(さて、馬車六台を確保。それでは物色開始!)

と言うことで始まった戦利品の確認。中身が壊れたりしないように慎重に木箱を開けて一つずつ見ていく。最初の馬車の中身は食料品がメイン。こちらはアタリかと思ったのが、小麦が主だった積荷のようで俺が持っていくのは干し肉くらいだった。

料理ができるのであれば小麦も選択肢に入ったのだが、こればかりは仕方がない。もっとも、この図体で使える道具も必要となるため、食材だけあっても少々困る。酒も少しあったが今回は見送る。では次の馬車である。

覗き込むと悲鳴がした。どうやら家族のようだが、我モンスター故に容赦なし。子供二人が泣き声を出さないように両親が口を手で塞いでいる。気にせず物色するが、あったのは家具や調度品。どうやらこの家族は引っ越しのようだ。ハズレだったので次へ行く。

こちらは青年が女性を庇うように自分の後ろに下げている。少しお腹が大きい気がするので妊婦なのかもしれない。

(中々の美人さんだな。このリア充が)

俺は吐き捨てるように心の中で呟くと次へ行く。流石に母体に悪いと思うくらいの優しさはある。積荷も少なかったのでどうせ欲しいものはなかっただろう。そして四台目にてようやくお目当ての物を発見。壺に入った塩が五つに羊毛──

(それと、鉄鉱石か?)

流石に使い道がないのでこれは放置。塩二つと羊毛を少々頂くことにして馬車から取り出し次へ行く。五台目は……こちらも小麦。オッサンがガタガタ震えながら何か呟いている。恐らく護衛にでも文句を言っているのだろう。

そして最後の六台目──覗き込んだ瞬間レイピアが突き出された。これを噛んで止めると、そのまま馬車から引きずり出す。レイピアから手を離した青年が地面を転がると、今度は殴りかかってきたので尻尾でベチコン。

気を失ったことを確認すると、レイピアを指で摘み爪楊枝代わりに歯を掃除して投げ捨てる。改めて最後の馬車を物色開始すると、見つけたのは装飾品や色とりどりの布地。明らかに俺には必要ないものである。

「これもハズレか」と肩を落としたところで、鍵のかかった箱を発見。腕力に物を言わせて箱を開けると、そこには封をした水瓶が一つだけあった。

(如何にもな怪しい品……魔法関連か)

使い方はわからないが取り敢えずこれは貰っておく。というわけで戦利品はこちら。


干し肉 一キログラム程度 塩の壺×二 羊毛少々 水瓶


略奪としては命を取らなかった上、非常に良心的である。後は荷物を回収し、これらを収納して一度山へと戻ることにする。道中は特に何もなく、精々目に留まった蛇を「食えるか食えないか」で悩んだ程度である。

そして拠点と言うには余りにも質素な屋根すらない山の何処か──手に入れた物品を確認している俺は手にした水瓶を眺めていた。大きさは調度品にしては少し大きい気がする程度だが、これを「水瓶」とするならば致命的な欠陥がある。

(穴が開いている……おまけに用途不明な測られたような窪みもある)

色々と調べた結果、俺はこれが「部品」であると結論付けた。形状から察するに、半裸の女性像が肩に担ぐ水瓶が頭に浮かぶ。

(確か何処かの都市にそういう噴水があったような……あれを再現しようとして取り寄せたものなのだろうか?)

要するに俺には無用の代物である。随分と大事に運ばれていたのでてっきり魔法関連かと思ったが、これにはがっかりして肩を落とす。仕方なしに他を見るが、当然のことながらただの塩に普通の羊毛。干し肉は少々塩辛かった。

肉体が資本の傭兵が食べるようなものだから塩分が多いのかもしれないが、まさか一般人もこれを当たり前のように食べているのだろうか、とカナン王国の食生活が少し心配になってくる。後は香辛料を確保したいのだが、そうなると場所を替える必要があるかもしれない。

大陸の北部にあるカナンには香辛料を育てるのに適した気候の土地がない。だから基本的に南部諸国から流れてきた物に頼っていたと記憶しており、海路を開拓していない限りはセイゼリアかエルフから仕入れているはずだ。なのでここから東か西に行き、そこで商隊を狙うのが正解と思われる。

とは言っても、それはあくまで予想である。しばらくはここで通行料を物色させてもらう。今の時代はどんな物が取引されているのかは興味もあるので、カナン王国の内情を知るにもきっと役立つことだろう。一箇所に居続けることで討伐隊が差し向けられることも考えられるが、そんなものは脅威にならない。

何故ならば、カナンは科学を捨てたからだ。科学を捨てた以上、兵の質の均一化は望めない。魔法という個々の才覚に比重が偏る力を頼るならば、脅威となる者だけを叩けば良いだけである。もっと言えば、非常に大きな力を持つ個に対し、数的有利が意味をなさないという最悪なパターンとなっている。

ゲーム風に言うならば、ダメージがゼロの大多数を無視し、一以上のダメージが与える極少数だけを狙えば良いわけだ。つまり少数のダメージソースが戦闘不能となった時点で、勝敗が決まってしまうというのだ。おまけにその少数の精鋭は数を揃えることが非常に困難で、さらにコストも馬鹿みたいにかかるというのだから「戦争を舐めてんのか?」と言わざるを得ない。

これが大多数が現代兵器で武装した兵士だったとしよう。この何の役にも立たない大多数が、たとえ一ダメージしか与えることができなくとも、千人いれば千ダメージになる。エルフのようにそもそも「個」が例外なく強力であるならば、恐らく問題はないのだろうが、人間はそうではない。

だから俺はカナン王国が軍を出して討伐に乗り出しても、それを捻り潰すことができると思っている。俺にとってはゴブリン五千匹も人間五千人も差がないのだ。仮に一万人であったとしても結果は変わらない。

バリスタのような攻城兵器を持ち出して来たところで、当たらなければ意味がない。こっちは獣ではないのだから、発射のタイミングくらいは容易に察知できる上、用途を知っている以上警戒もする。「効果がある」と「通用する」は別の話だ。

流石にバリスタの矢が通らないと思うほど、自信過剰ではないし自分のスペックの把握はできている。魔法や毒に対する耐性など調べたいものはまだまだあるが、それは以前手に入れた魔法薬のような物が大量に手に入りでもしない限りやるべきではない。と言うわけで、今日の活動はここまでにする。

夜明けまであまり時間はないだろうが、少しだけ睡眠を取って体を休めておこう。まあ、そう言ったところで器用に「少しだけ眠る」なんてことが、この屋根すらない場所でできるはずもなく、それっぽい場所で羊毛を枕に寝転がっているだけだった。

そんなわけで翌朝。羊毛の入った麻袋をリュックに入れ、朝食に塩辛い干し肉を摘みつつ水を飲む。水瓶は要らないのでここに放置。割れやすそうな塩の壺は羊毛を挟むなりして配置に気をつけてリュックに入れた。

(それでも割れそうで怖い。これ一度エイルクェルのショッピングモールで容器を探した方が良いかもしれない)

こう何かある度に旧帝国領に立ち寄るくらいなら、いっそ本格的な拠点を作ってしまおうかとも思ってしまう。実際この案は悪くはない。必要なものを集めておけばそこを中心に動くことができるので、物資を保管する場所の有無はその運用と活動範囲に大きく影響を及ぼす。

(悪くないな。エルフの監視と物資の補給、及び強奪……もとい徴収を考えるならば、旧帝国領内に拠点を作成するのは今後の活動に大きな発展が見込める。問題は場所か……)

位置的にどの辺りが都合が良いかはわかっている。

(西のエインヘルは重要だ。北の重要性は薄いが……ないわけではない。東と南は現状除外するとなれば……候補地はアイドレスの北かその周辺か)

南も一応候補に上がるが、それはもう少しこの時代の情勢を知ってからでも遅くはない。集積地と拠点を別にするのもありだろう。なんだか秘密基地を作るみたいでワクワクしてきた。こうなると考えられる限りの機能を詰め込みたくなってくる。妄想が膨らみ続けたところで我慢が限界に達した。

「ガッガァー!」

「ヒャッハー」と叫んでもやはり出るのはこの汚い声。気づけば俺は駆け出していた。目指すは南西。目的はアイドレスの北側で拠点に適した場所を見つけること。やっぱり「秘密基地」って言葉には弱いんだ……だって男の子だもん。