とある傭兵の視点Ⅰ

「ゴブリンですかい?」

傭兵団「暁の戦場」が拠点とするレコールの町。フルレトス大森林に接する都市の中では東側に位置する故に、国境を巡りセイゼリアと事を構える可能性が高く「魔獣の巣」とも呼ばれる森に近いだけあって、仕事には事欠かない傭兵には住みやすい町だ。

その領主からの依頼で俺を呼び出されたのだが、百二十名を抱える傭兵団に「ゴブリン退治」を提示するとは、一体依頼主は何を考えているのだろうか?

望まぬ内容に不機嫌を隠しきれなかった辺り、俺もまだまだと言ったところか。

「ああ、お前たちにやってもらいたい仕事は、旧帝国のルークディル跡に巣食うゴブリンの掃討だ」

詳細を語るのは「アーンゲイル」という元腕利きの傭兵であり、現在の傭兵ギルドのギルドマスターである。六十歳間近とも言われているが、年の割には精力的によく働く。その経歴で傭兵引退後はこうしてギルドの支部で強面の相手をしているというわけだ。

「まだまだ戦えるだろうに」と囁かれているが、俺もそう思っている一人である。しかし、この男から直接聞いたとしても「暁」がゴブリン退治というのは些か外聞というものがある。そういった雑魚の相手は、うちのような大手が受けるものじゃない。

「どうも予想以上に数が多い。恐らくそう遠くない場所にコロニーがある。そこからあぶれた連中が大量に入り込んだという見解だ。早めに対処をして、コロニーを特定する必要がある。今動ける中で、あの数を対処できるのはお前のところくらいなんだ」

不満と不安を察したのか、俺達以外に選択肢がないという事情を説明してくれる。しかしそれならば、という俺の考えを察してか、アーンゲイルが再び口を開く。

「騎士団を動かすことはできない。セイゼリアがこちらを封じ込めるように領土の拡張を始めている。北側は竜の被害が回復するにはまだ時間がかかる。兎に角今は手が足りていない」

「仕事が多いのは嬉しいんですがね」

「団員を増やしたのだろう? だったらその訓練にでもするつもりで受けてもらいたいんだよ」

俺は考えるように「ふむ」と顎に手をやる。すぐには答えを出さない。引き受けても良いが、相応の条件は提示してもらわなければ受ける気はない。傭兵というのは兎に角金がかかるものなのだ。当然それくらいはアーンゲイルもわかっているから溜息が漏れるのだろう。

「オーランド。ゴブリンは弱いが放置できない存在だ。少なくとも三百はいる。今、この町でこれを任せられるのは『暁の戦場』以外にいないんだ」

たっぷりと時間を置いた俺は息を大きく吐き、しぶしぶ「わかったよ」と引き受ける。新人どもの装備のためにはここは少しでも報酬を上げさせてもらう。それからしばらく条件について意見を交え、契約を交わす。

途中「いい加減こういう場に来るときくらい身綺麗にしておけ」と小言を言われたが「俺は傭兵なんでね」と相変わらずの返事をする。いつもと変わらない、いつも通りのやり取りのその後は、ギルドを出て拠点へと向かった。



「依頼だ」

帰ってくるなり放った俺の短い言葉に、それまで騒いでいた連中がピタリと止まり視線が集中する。

「ロイド、ハーヴィー、今回はゴブリン退治だ。若い連中を中心に経験を積ませる。選別しとけ」

俺が指示を出すと熟練の二人が立ち上がり、シンボルを巻いた方の手で拳を作ると胸を一度叩く。

「数はどうします?」

ロイドの質問に少し考える。所詮はゴブリンと言えど、万が一を考える必要はある。そうして様々な状況を考慮し、必要最低限を導き出す。

「そうだな、五十になるよう調整しとけ」

細かい調整は全部二人に丸投げし、相棒である「巨人殺し」の異名を持つグレートソードの点検のために行きつけの鍛冶屋へと向かう。その後は防具屋にも足を延ばし、グリーブの調整とガントレットの新作を見た後、良い時間なので飯を食って拠点に戻ると、そこには今回の依頼に向かう五十人が集まっていた。それらを一瞥し、明らかに今回の依頼内容に合わない格好をしている女に注意する。

「アニー、今回は数が多い。鎧を着けろ」

「やなこった。アタシのやり方に口を挟むんじゃないよ」

ホットパンツと胸を隠す布を巻いただけのアニーが座った椅子を傾け、テーブルに足を乗せながら反発する。いつも通りのやり取りに苦笑する。こいつはいつもこうなのだが、実力があるからそれ以上は何も言えない。

若い連中には目の毒だが、町に金を落とすことには繋がっているのでそれ以上は言わない。傭兵というのは金を溜め込むもんじゃない。ともあれ、全員が集まっているのならば言うことを言うだけだ。

「出発は明日の朝だ。各員、準備は怠るな!」

俺の言葉に全員が「応!」と声を揃える。新人とは言え、みっちり訓練を積んでいる。ゴブリン如きに死人なんぞ出してくれるなよ。



イケるという自信はあったし、実際問題などあるはずがない。数は多いと言えど所詮はゴブリンだ。囲まれていようがそんなものはすぐに突破できるので、多少の不利は許容しなければ訓練にすらならない。あれだけ訓練をしてゴブリンすら楽に殺せないならそいつには見込みがない。

俺は新人の動きをチェックしながら指示を飛ばし、被害を抑えながら数を減らしていく。百は減らしたと思うが、まだまだ湧いてくる。これだから帝国の都市跡というのは面倒だ。

「統率個体がいないにしては多すぎんな」

周囲を見渡しつつ思ったことを口に出す。

「これ、多分複数のコロニーから溢れたゴブリンが合流してますよ」

隣りにいるロイドの言葉の通りなら「複数のコロニーがそう遠くない場所にある」ということになる。俺は「うへぇ」と舌を出す。最悪の事態を想定していたが、それは杞憂に終わるようだが、それならそれで嫌な結論が出ることになる。

まだまだ続くであろう増援要請と、再び受けることになりそうな面倒な依頼を思えば渋い顔にもなる。滞りなくゴブリンの殲滅は続くと、やはりと言うべきか連中が逃走を開始した。包囲が崩れた場所に新人を突撃させ穴を広げると、逃走は次第に潰走へと変わっていく。

「カゼッタ! 今回は殲滅任務だ。魔法を使って隠れている奴を探せ!」

詠唱を開始したカゼッタの守りに付き、的確に指示を出し追撃を始める。一部先行させる小隊を作り、逃走経路を潰そうかというところで詠唱が終わり魔法が発動する。すると、何か大型の生物が崩れた建物のところにいることがわかった。

「殲滅任務だ。何がいるかは知らんが、逃がす理由はないな」

俺はさらなる魔法の使用をカゼッタに命じ、隠れている奴を燻り出す。

(ロイドの予想が外れたか? 隠れるだけの知能があるということは人型か……まあ、オーガ辺りが正解だろうな)

広範囲に炎が広がり、隠れる場所を全て覆い尽くすと、その炎を腕で払い除けるように一匹のモンスターが現れた。灰色の肌に長い尻尾、二足歩行の所々ゴツゴツとした体を持つ見たこともない人型に近いモンスター。

「新種か?」

俺の呟きに反応する者は誰もいない。つまり、この場にいる奴は誰も奴を知らないようだ。こんなことならアリッタかエドワードを連れてくるべきだったか?

まあ、殺してしまえば些細な問題だろう。俺は新人と指導役にゴブリンの追撃を任せ、残りで新種を討伐することにする。高所からこちらを見下ろすモンスターに向かい、巨人殺しを突きつけると上下に揺らし「かかってこい」と挑発する。

それを見ていた新種は少し迷うような素振りを見せたが、崩れかかった建物から飛び降りると広場に着地したかと思えば、そのまま真っ直ぐ俺に向かってくる。そして広場の中央まで来ると立ち止まった。メンバーが直ちに新種を囲むと、それを見越していたかのように笑った。

「舐めてくれるじゃねぇか」

こいつは恐らく俺達の戦いを見ていた。見ていた上でこうするというのであれば、それは明らかな挑発だ。

(いいだろう。乗ってやるよ!)

そう心の中で啖呵を切ったので俺が先陣を切って斬りかかるべきなのだが、それはロイドに止められた。「隊長なんだからまず指揮をしろ」という小言をもらい、俺は渋々団員に支持を飛ばす。睨み合いから始まった戦闘は、何とも居心地が悪かった。そしてようやく新種のモンスターが一歩前に踏み出したことで戦端は開かれ、戦いとは呼べぬ戦いが始まった。



「何だこいつは?」

恐らく誰もがそう思ったはずだ。矢は刺さらず、剣は欠け、槍は折れる。武器の質が満たない者を即座に下がらせ、熟練のメンバーだけで相手取る。未だダメージらしい傷はなし──対してこちらは死人が一人に戦闘継続が不可能な者が続出。

(まずい空気だ)

戦況は悪い。ただひたすらに悪い。こいつの甲殻のように硬い体に有効な武器を持っている者は俺とロイドしかいない。魔法は拳で粉砕され直撃しても怯みもしない。完全な威力不足ですぐに下がらせた。頼みの綱が俺の巨人殺しとロイドの戦鎚、後はアニーの持つ魔剣。

兎に角注意を俺に引きつけなくては何も始まらない。ひたすら攻め続けてはいるが、そのほぼ全てが拳を打ち込まれて軌道を逸らされている。武器破壊を狙われているのは明白──つまり、奴は俺の剣を最大の脅威と見ているということでもあるはずだ。

だが、伊達に「巨人殺し」などという大層な異名が付いた武器ではない。そう簡単に壊れる代物なら、俺の戦場には付き合えない。どうにかして俺かロイドの一撃を叩き込む必要はあるが、警戒度の高い俺は勿論、戦鎚という重量武器故の遅さでは捉えることができずにいた。

「状況を打破する手がない」という空気が漂い出した。だからこそ、あいつは賭けに出た。

「はああぁぁぁぁ!」

クロスボウを片手に背後から声を上げて突っ込むアニー。完全にこちらの指示を無視した動きだ。

「アニー!」

「戻れ」という言葉が続かない。

この状況を打破できる手がない以上、アニーの行動を止めることに迷いが生じた。だが俺の迷いなど知ったことかと状況は進む。奴の尻尾が前に出るアニーに襲いかかる。だが薙ぎ払われた尻尾をアニーは地面を滑るようにくぐり抜けてみせた。これには周囲から歓声が上がった。俺自身、巨人殺しを握る手に力が入った。

脇に潜り込むと同時にクロスボウを奴の顔に向け突き出す。そして放たれた矢が──歯に挟まれた。恐らくは偶然ではない。奴は至近距離で放たれた矢を歯で捕まえたのだ。驚愕するアニーに奴は手を伸ばし掴み上げる。

俺は救助すべく前に出ようとして、アニーと目が合った。笑っていた。抜け出そうと一度試したが、すぐに諦めるとジャケットに入っていた小瓶を取り出し、それを自分を掴む奴の指にぶちまけた。

その直後、ジャケットと胸に巻いた布を置き去りに、滑るように拘束から抜け出ると放り投げられたクロスボウが地面に落ちたことを合図に、俺とロイドとハーヴィーが同時に動いた。

アニーも魔剣を抜き、四方からの同時の攻撃となる。既に一人は射程内におり、奴は俺とロイドが警戒対象──誰を対処し、どれを食らう?

案の定と言うべきか、奴は俺の対処を優先した。ハーヴィーが尻尾で薙ぎ払われたことは残念だったが、俺とロイドの攻撃を防いだことで、魔剣の一撃がまともに通った。誰もが期待した。俺だって期待した。だが、奴の体に傷はなかった。手応えのなさに気が付いたのだろう、アニーがそのまま走り抜ければ良いものを反転する。

どうにか次の一撃に間に合わせようと俺は強引に体勢を整える。俺が剣を振りかぶった時、既に奴の手はアニーに迫っていた。間に合わない──そう、思ってしまった。ところが、奴はアニーの頭を指で小突くとその手にあった服を投げつける。そして、全員がその行動の意味がわからず動きが止めると、奴は俺を指差した。

意味はわかった。そしてそれは、死刑宣告にも等しいものであることも、この場にいる全員には理解できた。

「俺をご指名だ。全員下がれ」

思えばこいつは最初から俺だけを警戒していやがった。今までずっと俺達を試していたのだろう。どうやら、俺だけがあいつのお眼鏡に適ったようだ。「俺だけならば諦めも付く」と、そう思っていたのだが──。

「ふざけんな! お前一人で、勝てると思ってんのか!」

わかりきったことを言う馬鹿が一人。

(こいつに勝てないことくらい、俺が一番よくわかってんだよ)

チャンスはあった……いや、あったはずだった。その全てをこいつは叩き伏せた。実力差なんざ、死ぬほどわかってる。

「安心しろ、帰ったら一番いい酒奢ってやる」

手を伸ばし、俺に詰め寄ったアニーの髪をくしゃくしゃにするとあいつとの距離を適当に取る。「さっさと服着ろ」と言うと「バーカ」と返された。声が震えていた。顔を見せないように伏せていた。

(すまねぇ)

心の中で謝ると棒立ちのあいつに向き直り、空を見上げてこれまでを振り返る。悪くない──そう、悪くない人生だった。いや、むしろ上出来だと言っても良い。剣を振るうことすら満足にできなかったクソガキが、ここまで来れた。

俺は気持ちを切り替えるように大きく息を吐く。それにしても、まさかモンスターがこっちの事情に付き合うとは……知能のある魔物なんざ碌なもんじゃないと思っていたが、こういう時は都合よくて涙が出る。

「待たせたな」

怪物に笑いながら声をかけると、それに応じるように俺を見据える。悔いはある。やり残したことも、やりたいこともまだまだある。だがこいつらを生かせるなら、託せるなら、それでもいい。とは言え、ただでやられてやるつもりはない。俺にも「暁」を背負う矜持がある。死んでも一撃は入れてやる。

(防御など必要ない。生き残ることなど考えるな。この一撃で死ぬと思え)

巨人殺しを上段に構える。狙うは相打ち、相手の攻撃に合わせるだけ、それ以外は不要でしかない。こちらの狙いを察したか、ここに来て初めてあいつが構えを取った。地に伏せるように両手を地につけ足を引く。恐らくは俺を轢き殺す勢いで突進してくるはずだ。間に合えば俺の──いや、間に合わせて一撃を入れる。

(勝機など考えるな。この一撃を叩き込むことだけに集中しろ)

睨み合いが続く。奴がいつ痺れを切らしても良いように構えは解かず、視線も外さない。この体勢を維持し続けることくらい何でもない。周囲の仲間が固唾を呑んで見守る中、ついに奴に動きがあった。

引いた右足が沈む。来る──そう思った直後、俺は一歩前に踏み出し剣を振り下ろす……はずだった。地を蹴り前に出た新種に対しこちらも前に出る。相手の動きはしっかりと見ていたからこそ、完璧に合わせることができたと思っていた。だが奴は更に速度を上げた。

そう、奴は一度も本気など見せていなかった。俺が巨人殺しを振り下ろすより早く、奴が俺の手を掴んだ。命を賭した一撃は、振るうことなく阻まれた。地面から足が離れ、持ち上げられたことに気づくと掴まれた手を強引に引き抜き、腰の短剣を抜く。

だが、その手にはあるべきはずの短剣はない。右手の指はどれもあらぬ方向に曲がっており、短剣を掴むことができる形を維持していなかった。落ちた短剣が音を立てると、口を開いた新種の顔が迫る。

(ああ、ここまでか……)

最期に俺はこの場にいる暁の戦場のメンバーを見渡す。それだけで時間は無くなってしまった。

「生きろ」

これが最後の命令だ。「団長!」という叫び声が上がる中、一つだけ俺の名を呼ぶ声が確かに聞こえた。もう一度心の中で謝ると、俺は静かに目を閉じた。暗闇が視界を覆い、奴の歯が俺の頭部へと達する。

(これが、俺の最期か……まあ、即死させられるだけマシと言えばマシか)

俺は目を瞑りその時を待った。そして何故か俺は新種のモンスターに投げ飛ばされていた。状況がわからない。何故俺は生きている?

それは良い。生きているに越したことはない。だが何故、俺を食おうとしたモンスターが吐いているのだろうか?

ゲハゲハと異物を吐き出そうと苦しんでいる姿に、周りも理解が追いつかず呆然としている。何人かが「俺が何かをしたのか?」と目で訴えてくるが、頭から唾液まみれになった俺が聞きたいくらいだ。

結果を言えば、俺は生き残り、新種のモンスターは逃げ出した。あの巨体の逃走を阻む手段などあるはずなく、バタバタと去っていてく姿を俺達は見送ることしかできなかった。そして残された者達の視線が一箇所に集中する。頭から齧り付かれ、怪物の唾液まみれになった俺だ。

誰も声をかけない……いや、かけられない。俺も黙って地面に座っている。「何が起こったか?」という全員の疑問は一致しているが、俺が何かをしたと思っている者は少なからずいる。しかし俺は何もしていないので何も言えない。

正直、ここは俺が死ぬ場面だったと思うし、俺も「死んだ」と思った。何が原因かはわからないが、生き残ってしまったのだから仕方ないだろう?

時間経過に伴い、冷静になればなるほど気まずい空気を全員が読めるようになってくる。沈黙という誰が口火を切るかの押し付け合いが始まったが、まさかの人物が手を挙げた。

「あの……団長。そのー、大変言いにくいのですが……」

カゼッタは言葉を濁すが俺は無言で「言え」と顎をしゃくる。

「団長、最後に体……いえ、頭を洗ったのはいつですか?」

「……覚えてねぇよ。ここ三年は記憶にねぇ」

俺の返答に全員が押し黙る。恐らく、何故あの化物が「ああなった」のかを理解したからだ。いや、理解ができないからこそ、そういうことにしたかったんだ。

「……なあ、俺ってそんなに臭いのか?」

しばし続いた沈黙に耐えかねた俺の言葉に、団員達はそっと目を逸らした。



レコールの町に戻った俺は、帰り道と同じように無言で体を洗われた。特に唾液まみれの頭部は重点的に洗われ、息継ぎもままならぬほどに水をぶっかけられた。俺に拒否権などなく、誰が初めに言ったのか「ずっと団長の臭いについて言いたいことがありました」という言葉から始まり、俺の体臭を糾弾する大会が開催された。

「目が痛くなる」だの「何か酸っぱい」だの言われ放題であったことは覚えている。どうやら団員はほぼ共通して俺の体臭に不満を持っていたらしく、ここぞとばかりに文句を言う。俺は罵詈雑言であろうと黙って耐えた。だってさ、半分くらい泣いてんだぜ?

「何も言えねぇよ」と格好付けたつもりだったんだが、後で「いや、団長の臭いのせいです」と返された。よし、お前ら次の訓練の時覚えとけよ。そんな具合にサッパリとさせられて、まずはギルドに報告へ行く。

アーンゲイルが驚いた顔でこちらをまじまじと見ているのが気になるが、ゴブリンの殲滅とその数から複数のコロニーがある可能性を提示したところ、想定内だったらしく「やはりか」と苦い顔をした。「だったら先に言えよ」と言いたくなるが、それは呑み込んでおいてやる。

「それと、悪い情報がもう一つある」

アーンゲイルが目頭を押さえる。そう、とても悪い情報があるからだ。ただでさえ人手不足、その上ゴブリンのコロニーが複数あるという頭の痛い話が出たところに、最悪と言って良い追い打ちがかかるのだから同情すら覚える。恨み言の一つくらいは呑み込んでやろう。

「新種のモンスターを発見した」

頭を抱えたことから凡そを察したのだろう。

「察しの通りボロ負けだ。一対一じゃ話にならねぇ」

そう言って包帯で巻かれた両手の指を見せる。ちなみに七本折れていた。こんなことなら新作のガントレット買うべきだった……いや、金属製にしたところで結果は変わらなかっただろう。この怪我があるから結果は言わなくてもわかったのだろうが、あいつのヤバさはそれだけでは伝わらない。

「簡単に言うと、矢が刺さらねぇ。剣が通じねぇ、槍が折れる。魔法はほとんど効いてねぇし、俺が巨人殺しを一発も当てられなかった」

俺の話を聞いていたアーンゲイルはしばし目を瞑りその内容を想像する。

「……なんだ、そいつは?」

そして出た言葉がこれだ。心中を察してやろう。

「オーガくらいのでかさで、全身灰色の尻尾が生えた人型っぽい奴だ。ああ、ロイドの戦鎚が片手で止められた。パワーはオーガの比じゃない上、速度もあって知能も高い。奴さん、最初から俺だけを警戒して、俺を潰して去っていった。団員は一人死んで、怪我人が多数だ」

「どういう状況だ?」

詳細を求めるアーンゲイルに気持ち良く返答してやる。

「ゴブリン殲滅中に隠れている『何か』を魔法で見つけたから、炙り出して俺が誘った」

「で、完敗したわけだ」と付け加えるとアーンゲイルはそれはそれは大きな溜息を吐いた。

「お前が狩れない……いや、お前を軽く捻り潰す新種のモンスターか」

遠慮ない物言いだが、それは事実なので「おう」と短く返す。恐らくだが、この町にいる傭兵でタイマンで戦える者はいないだろう。これでも上から数えてすぐの位置にいるという自負はある。

「対処法は?」

「俺が聞きてぇよ。取り敢えず、最低でも上物の魔剣と上級魔術士を揃えなきゃ始まらないってのは言えるな」

お手上げのポーズで無責任なアドバイスをしてやる。とは言え、アニーの魔剣では傷一つ付けることができなかったことは伏せておく。ギルドには所属しているが、全てを報告する義務はない。義理はあるだろうが、こいつはその領分を超えている。

「どうすれば良いと思う?」

「俺に聞くなよ」と冷たくあしらうとアーンゲイルが再び大きな溜息を吐く。しばらくは忙殺されることになるであろうギルドマスターに同情の目を向けていると、顔を伏せたままアーンゲイルが質問をする。

「仮に騎士団がその新種と当たったとして……どうなると思う」

「蹴散らされて終わりだ。勿論相手は良くてほぼ無傷。金属鎧が何の役にも立たない上、普通の剣じゃ傷一つつかない相手だぞ?」

俺の言葉に何度目かの溜息が聞こえてくる。恐らく色々と考えているのだろうが、パッと対処法が思い付くような相手ではないのは俺が一番よくわかっている。本当に気の毒である。

「これを報告しろと言うか」

恨みがましい言葉に「それが仕事だろ」と突き放す。

「今後、新種の対処に関してはお前も関わってもらうことにする。頑張って領主や騎士団に説明してやってくれ」

せめてもの抵抗だろうが、一つ前提が間違っている。

「おいおいおい、俺はまだ領主館には入れんのだがね?」

反撃とばかりに俺を組み込んでくるが、残念ながらうちの傭兵団は領主館に出入りすることができない。

「ああ、その問題はほぼ解決した。そもそも『暁の戦場』が領主館に入れなかったのは実力や実績、信用に問題があるわけじゃなくて、お前さんが不潔だからだ」

アーンゲイルの言葉に俺はしばし呆然とする。傭兵団にとって実力、実績、信用の三つは極めて重要な要素だ。それを証明するのが「貴族との直接取引」である。これまで領主と直接取り引きできないのは実力が足りていないからだと思っていた。

「いいか、実力だけで押し通れる時代ってのはどこもかしこも戦場だったから、だ。傭兵団の『顔』である団長が、そこらの山賊と変わらない身嗜みだしなみでは沽券に関わるってことをいい加減理解しろ」

その後、軽くギルドマスターからの説教を受け、拠点に戻った俺を待っていたのは仕事が終わった後の酒盛りだった。仕事が終われば酒盛りをするというのは「たとえ死者が出ても明日笑えるように」という暗黙の了解があるからこそ、ほぼ例外なく行われる。

俺としても指が折れてコップを持つことが困難であったとしてもやる予定だった。しかし、だ。「今日は団長の奢りだ! 全員容赦なく飲め!」と音頭を取ったアニーの言葉で団員が酒の入ったコップを掲げる。

「待て、お前に奢るとは言ったが全員に奢るとは言って──」

「奢るよな?」

俺の言葉を遮り目の据わったアニーが迫る。

「アタシはさぁ、アンタが死ぬと思ったよ。何で生きてんだ……なぁ、おい。あの状況で生き残って、アタシに何か言うことあんだろ? なあ?」

既に酒が入っているのか俺の胸倉を掴むとガクガク揺らしながら詰め寄ってくる。話を聞くと帰ってくるなりずっと飲んでいたそうだ。

(そう言えば、俺を洗う時にいなかったな)

ずっと飲んでいたのか、と呆れ顔にもなる。しばらくの間絡まれながらギルドマスターとの会話内容を主要メンバーに語りつつ、コップを両手で挟んで酒を飲む。

結果、俺の体臭について蒸し返された。「それで命があったようなものなのだからいいじゃないか」と思うのだが、どうやら様々な店で問題が起こっていたらしく、これを機に生活の見直しを求められた。

酒を飲みながらする話ではないと思ったのだが、思ったよりも切実なようで俺は頷く他なかった。ともあれ、全員が酔い潰れる前に一つ言っておかなければならないことがある。

「あー……お前らに言っておくことがある。俺達の当面の目標は、あの『新種』だ」

俺の言葉に団員は手を止め話を聞く。どいつもこいつも酒を飲んでいたとは思えない面だ。

「如何に俺達がフルメンバーでなかったとしても、負けは負けだ。都合良く、というべきか領土拡大を目指す領主の意向と合致してか、あいつの対処に俺達が組み込まれることになるだろう。他の傭兵団、もしかしたら騎士団とも共闘することになるかもしれない。恐らく他の連中は、俺らの敗北を知って情報を鵜呑みにはしないだろう。結果、俺達のように痛い目に遭うことになる」

俺はそこまで話すと、一度大きく息を吸う。

「舐められっぱなしで終われるか! 次はうちの精鋭全員で当たる! 奴の息の根を止めるぞ!」

俺の宣言に団員達が沸き立つ。若干一名酔い潰れているのがいるが、こいつには後で教えてやるとして、今は放っておいてやろう。宴は夜遅くまで続き、いつもと変わらない俺達の日常が戻る。

(あいつにはきっととんでもない額の賞金が懸けられることになる)

情報を抑制したのは、その脅威度の正確性をぼやかすためだ。他の傭兵団には悪いが割を食ってもらう。あの化物の強さを知れば、その被害が増えれば、奴に懸かる賞金は間違いなく跳ね上がるだろう。そして、それを手にするのは俺達「暁の戦場」だ。