焼いた魚を塩っ辛い干し肉で食べると軽く腹ごなしに体を動かす。最初に比べれば確実に体が動くようになってきており、尻尾も問題なく動かせるようになってきている。尻尾の太さと可動範囲の都合上、物を持つことはまだ難しいが叩きつけるのは上達している。
いずれは尻尾で物を掴んで投げるとかできるようになりたいものだ。少し遅めの朝食を終え、水の補給も完了したのでショッピングモールの簡易拠点へと帰還する。森の中の走行も着実に慣れてきており、六割くらいの速度でなら問題なく駆け抜けることができるようになっており、おかげで昼過ぎには戻ってくることができた。
(この巨体でこの速度は反則だよなぁ……)
おまけに休憩なしで三時間以上走り続けてほぼ息切れなし、という化物染みた体力もある。最早ご自慢のスペックとなりつつあるが、今回は頭脳労働だ。集めた雑誌、新聞紙から当時の情報を読み解いていく。その結果、欲しい情報は少ないがわかったことは幾つかある。
まず一つ目、戦争に関してだが……やはりと言うべきか戦況はかなり悪化していたようだ。特に西側の戦線は作戦の失敗が引き金となり、前線基地が崩壊していたと見るべきだろう。情報の統制は行われていたと考えれば、それよりも酷い状況も十分考えられるのだから、予想通りエルフはかなり手強い相手だったということだ。
内側の都市の避難状況などが少し書かれているので、幾つか町が陥落していた可能性がある。対して北と東は戦況が硬直、南に至っては優勢を維持していると書かれている。「本当かね?」と疑問に思うので、一段か二段は下げて考えておこう。
次、二つ目……あまり重要ではないが、やはりと言うべきか「遺伝子強化兵」に関しては何もみつからなかった。「新兵器を導入」すら見つからなかったので、俺の存在は隠蔽されたまま戦争が終わったと見るべきだろう。
そして、最も重要なのがこれ──日付だ。帝国暦一六六七年五月以降の物が一つもない。念のためにもう一度探索に行った。その先で見つけたものの中にも見つけることができなかった。
(これではまるで──)
そしてようやく見つけた最新の記事──帝国暦一六六七年五月二十五日の日付の新聞には「最終兵器の投入を決断」の文字。嫌な予感しかしないのは、俺が生粋の帝国人だからだろうか?
「祖国よ、お前さんもしかして本当に自爆しちまったのか?」と誰に聞かせるではなく呟く。一人空を見上げてガオガオ呟きつつも、未だ確証が持てない俺は日が暮れるまで探索を続けた。だが、それ以降の日付の物は見つけることができなかった。恐らく、ここではもうそれ以上の情報は手に入ることはないだろう。
(確証を得るのであれば、他の都市──いや、帝都ですべきだ)
俺は今後の目的に一つ追加した。やることがあるうちは、きっと狂わず生きていけるだろう。
翌朝──と言っても夜が明けるまでもう少し時間がある。連日眠ることができたまでは良いのだが、多分四時間ほどしか眠れていない。それで目が覚めるということはこの体に必要な睡眠時間は然程多くはないのかもしれない。
朝食を摂るにはまだ早いので、水だけ飲んで本日の目的地「ルークディル」へと向かう。まあ、既に昨晩残った魚を全部食べてしまったので、道中何か狩るしかないのだから体が大きいというのも考えものである。
(刃物もあるから解体の練習もしなきゃならんのよなー)
「生きるって大変なことなんだな」と
などと格好良く言ってみたが、普通に文明人として生きてきた俺には到底そんな覚悟がないから無理なだけである。さて、まだまだ空は暗いが歩みは止まらない。大体北北西に向かって前進していると見て、ルークディルの町の跡までは距離と速度を考えれば昼までには着くだろう。
背負ったリュックとクーラーボックスも移動をあまり阻害せず良い感じである。ただ、たまに丸めて棒状になったブルーシートが木に接触するので、運び方を変えるかサイズを調整した方が良いかもしれない。
途中草だらけになった線路跡を見つけたのでそちらへ移動。進行方向的にルークディルに駅があるはずなので、樹木の少ない線路跡では速度が上がる。結局予定していたよりも早い昼前に町を視認できるまで近づくことができた。
(城壁跡がある──ここがルークディルと見て間違いないな)
町に入る前に荷物を木の上に退避させ、目印の代わりにスレッジハンマーを吊るして準備完了。水を少し飲んでから臭いと音を意識しながらゆっくりと崩れた城壁を越える。すると案の定というか臭ってきたのはあの臭い。
(そりゃいるわなー)
「がっはー」と息を吐いて、擬態能力を使用し隠密状態で移動する。ゴブリンはこの状態の俺を見つけることができるかどうかという実験なのだが……肝心のゴブリンが見当たらない。首を傾げつつも中央へと進んでいくと僅かな音を俺の耳が捉えた。
間違いなく声──それも人間の声だ。残念ながら男のものだが、どうやら誰か一人が大きな声を出している。声が聞こえた方向へと進路を取ると、進行方向からゴブリンが走ってくる。
(怪我が多い……逃げ出して来た? となると戦闘中か)
逃げるゴブリンがいるということは統率個体はなし。ゴブリンだけの群か、はたまた別の種族が支配しているかは不明だが、これはカナン王国の戦いが見られる絶好のチャンスである。
俺は大きな音を立てないように気を付けつつ急いで戦場となっているであろう場所へと向かう。逃げたゴブリンは俺が投げた石で土手っ腹に穴開けてたからもうじき死ぬかな?
さて、いよいよ人間とゴブリンの声がはっきり聞こえてくる距離まで近づいて参りました。まだ崩壊しそうにない頑丈そうな建築物の上に陣取り様子を窺う。
(おおう、バッチリだ)
まさにベストポジション──広間のような開けた場所では五十名ほどの武装した人間と、それを取り囲むようにわらわらとゴブリンが群れていた。数は恐らく三百未満だが、全体の三割ほどが金属製の武器を持っている。この規模の群ならば恐らく毒も使っているので、しっかりと武装した五十名でも無茶はできない、といったところだろう。
その証拠に人間の死体は一つもなく、転がっているのは全てゴブリンのものである。この人数で慎重に動かれてはゴブリン程度ではどうしようもないだろう。巨大な剣を持つ大柄の男が声を上げるとそれに合わせて部隊が動き、広場に転がるゴブリンの屍が増えた。多数の人間が一つの意思によって動く統率の取れた集団が相手では、数に勝るだけのゴブリンでは勝負にならない。
(なるほど、あの男が指揮官か……さっきの声もこいつのだな)
「これはもう勝負あったな」と観戦気分であったが、この戦いは最早消化試合のようなものである。というわけで解説は私、名もなきモンスター。武装から正規兵っぽくないので、恐らく傭兵五十名対粗末な装備のゴブリン三百匹の戦いをお送りします。
当然と言いますか、包囲されているという状況ははっきり言ってかなり分が悪い。しかし「そんなこと知ったことか」と方円の陣で全方位に対応している傭兵陣営。これには武装、練度、強さ、全てにおいて劣るゴブリンは成すすべなし。「突っ込んだ奴から死んでいく」を繰り返しジワジワ数を減らしていっている。
おっとここでゴブリン選手、石を取り出し投げる気だ。それを見ていた他の選手も我も我もと石を拾いに後ろに下がる。あー、どさくさに紛れて逃げているゴブリンがいますねー。
投げつけた石は盾で塞がれ効果なし、地面に転がった木の矢を見る限り、既に打ち尽くして打つ手なしという状況のようですが、これは逃走もやむなしと言ったところでしょうか?
はい、では戦場に戻りまして……どうやら一部が逃げ出したことでゴブリン側の前線が崩壊を始めたようです。ああ、人間側の号令で崩れた場所へと攻撃が開始されました。これは酷い、ゴブリン選手成すすべもなく斬り殺された。
あちらこちらで起こる残虐ファイトにゴブリン軍団は総崩れ。逃げ遅れたものは剣の錆になり、逃げた者の背中にクロスボウの矢が追い打ちをかける。掃討戦へと移行したことが確認されましたので、これにて終了。人間側の圧勝である。
まあ、統率個体なし、他種族なしのゴブリンオンリーではこの程度だろう。さて、人間側の武装を見る限り、十中八九彼らは傭兵。軍隊や騎士であるならば、武装が統一されているはずだが、彼らの装備品はバラバラだ。
ただ一点、彼らの共通事項として右腕に赤い布を巻いている。どうやら俺の知っているカナンの傭兵団の伝統はまだ残っているらしい。そして「シンボル」を許されているということは、彼らは間違いなく腕利きの傭兵団だ。
「カゼッタ!───。──探せ!」
辛うじて聞き取れるカナン王国語から拾えた単語。どうやら彼らの目的はここに巣食うゴブリンの殲滅にあるようだ。名を呼ばれたであろう見た目まんま魔術師風の男が前に出ると、目を
警戒して体を伏せ、向こう側からはこちらの姿が見えない位置まで少し下がると瓦礫の隙間から覗き見る。時間にして三十秒足らず、その間にも傭兵達の追撃は止まず、放たれた魔法は広範囲に広がった。その中に俺も含まれていたのは少々
(あー、ソナーとかサーマルみたいに探知する系の魔法かね?)
いや、もう本当に魔法はよくわからん。どうやら傭兵は一部にゴブリンの殲滅を継続させ、残りを俺の討伐に向けるようだ。姿は隠しているので見えてはいないはずなのだが、ちょこっと移動すると杖の先を移動させたことから、マーキングみたいなものをされたか魔法の効果が継続中かのどちらかだろう。
今日は傭兵の装備の確認ができたのでこれ以上の収穫は必要はない。全力で撤退すれば人間の足の速さでは追いつくことは不可能なので、撤退しても良いのだがもう少し相手の出方を窺う。一応ここで傭兵達を撃退し、町を漁るという選択肢もないわけではないが、ここに既に人間がいるということはここはもう取れる物はないと見た方が良いだろう。
つまりこの案は却下。傭兵の装備を見る限り万が一はないと見ているが、戦闘を行った結果がどう転ぶかわからない。ゴブリンと戦う姿も拝見させてもらったが、正直脅威を感じることはなかった。負ける要素は見つからないが、魔法だけは不確かなので踏ん切りがつかない。
陣形を整えた傭兵達を前にうんうん唸っていると、再び命令を受けた魔術師が詠唱を開始する。詠唱は短く、杖の先から放たれた炎が俺のいる場所を周辺ごと広範囲に薙ぎ払う。明らかに攻撃ではなく、炙り出しが目的の炎──それに隠れるように立ち上がり、拳で払うと同時に擬態を解いて姿を見せる。
炎を払い、そこから現れた俺の姿に傭兵達から驚愕の声が漏れる。一喝して仲間のざわめきを鎮めた隊長が、手にしたグレートソードを俺に突きつけると誘うように上下に揺らす。
(そこまで誘われたら断るのもなぁ……)
傭兵の中には「戦いたいから」という理由でこの道を選択する者もいる。この隊長さんは恐らく戦闘狂──所謂「バトルジャンキー」というやつなのだろう。「ガッ、ハー」と息を吐き「仕方ねぇなぁ」といった具合にその場から跳躍すると、傭兵達の前に着地する。傭兵達をゆっくりと見渡す。
(全部で……三十八人。女性は三人。一人は神官っぽいが……)
残り二人の女性のうちの一人がまた露出度がやたら高い服装である。ジャケットにホットパンツ、一枚の布をチューブトップのように巻きつけており胸の前に結び目がある。防御力が低そうだが大丈夫なのだろうか?
男?
割とどうでもいい。どいつもこいつも似たりよったりの装備だし、臭いのキツイ奴が何人かいるのが少々気になる。まあ、戦闘経験を積むと思えば、多少遊んでやるくらいはやってやってもいいだろう。俺は無警戒に真っ直ぐのっしのっしと広場の中央へと歩く。
(ほら、さっきとは真逆だぞ?)
俺はわざわざ広場のど真ん中に陣取り、傭兵達に包囲させる。この時代の傭兵さんのお手並みを拝見するとしよう。取り敢えず先手は譲ってやるとして、相手がどう動くかなのだが……予想通りのお見合い状態。
(まあ、確かに人間側からすれば俺は「見たことのない新種のモンスター」に分類される。警戒するのは当たり前だよな)
とは言え、こう睨み合ったままというのも少し気まずい。なので動き出しやすいように一歩踏み出してやった。それと同時に命令を待たずに矢を放つ者が数名。どうやら練度の低い者が混じっているようだ。そしてなし崩し的に幕は上がる。放たれる弾幕は一気に増え、前に出た傭兵の槍が俺に届く。
だが、その槍は俺に突き刺さることなく二本の指で止められた。だが、同時に背後からの一撃はまともに受けることになる。そして折れた剣の刃が宙を舞い地面に落ちると、傭兵達は勢いを失い静まり返った。
(まあ、こうなることはわかっていた)
だってさあ、装備品が二百年前から進歩してないんだよ?
対戦車を想定したような攻撃力に、銃弾を想定しているとしか思えない防御力──それをほぼ魔法なしで戦うとか、自殺行為としか思えない。パワーだって桁違い、しかもその全力に耐えられるほどの強靭な肉体を持ち、体力も当然人間の比ではない。それでも、彼らには戦ってもらう。何故ならば、この戦いは彼らが仕掛けたものなのだから。
戦闘開始から約十分──その結果を簡単に言うと「無傷」である。放たれたクロスボウの矢は皮膚に刺さることなく弾き返され、斬りつけたはずの剣が欠け、突き出された槍はへし折れる。「安物の武器では駄目だ」とすぐに認識し、俺を攻撃しても壊れない武器を持った者だけで攻撃をするのは良い。
むしろ即座にその判断を下すことができたこの隊長さんは優秀である。しかし、だ。それで前線メンバーが十五人にまで減るのはどうかと思う。サポートに回った残りの傭兵さん達、できることなくて凄く居づらい雰囲気漂わせてるよ。
(もう少し装備を整えるべきだろ。後魔術師が少ない上にすぐ息切れしてどうするよ? まあ、魔法がポンポン使えるものじゃないことくらいは知ってるけどさ、それなら数を揃えるなりしようよ?)
そんな感想を抱きながら背後に回った斧使いの男を尻尾で弾き飛ばす。ちなみに戦闘不能の人数はまだ八人くらいなので程よく手加減は成功している。あくまでこれは戦闘訓練なので、早々に脱落してもらっては困るのだ。
余裕がありすぎると思われるかもしれないが、ちゃんとした理由があってこうなった。それは武器の性能だ。指示を飛ばし、常に俺の正面を陣取る隊長の持つグレートソード以外警戒する必要が全くない。
また能力的に見ても危険と呼べるのは彼一人だけなのだから「ちょっとこの傭兵団トップに依存しすぎなんじゃない?」と心配になるレベルである。団員達が何か喚いているが、俺の語学能力だと早口で喋られるとちょっと聞き取れない。ところどころ単語は拾えているのだが、そちらに集中すると目の前の隊長さんがしっかり隙を見て切り込んでくる。
刃渡り一・五メートルはあろう鉄の塊である。流石にこれを真っ向から受けてやるほどお人好しではない、人ですらないが。相手の斬撃に合わせて拳で撃ち落としたり、軌道を力業で変えることで被弾をゼロにしているが、未だ武器が壊れるどころかヒビすら入る兆候もない。
(こりゃ魔剣だ。間違いない)
多分「硬くなる」とかそういう感じの耐久と破壊力を両立するタイプだ。俺をぶった斬るならダイヤモンドカッターでもないと無理だと思われるので、相性を考えるなら恐らく理想的な武器と言える。その一撃を確実に避け、周囲から断続的に行われる攻撃をあしらいながらしっかりと傭兵の持つ武器や技量を確かめていく。
(銃の一つや二つあると思ったんだが……)
俺のこれまでの警戒は一体何だったのか?
最大の懸念材料がない今となっては、ここは既に俺の訓練場である。戦闘を開始してすぐは警戒が強かったせいで早々と一人死なせてしまったが、手加減する余裕ができてからはまだ誰も死んでいない。
しかし連携の取れた相手の攻撃を捌くというのは良い訓練になる。体の動かし方も大分良くなってきていたので、この訓練は実に有意義なものとなるはずだ。漫画の知識を試すべく、自分なりの型を模索しつつ確実に動きを精錬させていく。恐らくもう傭兵連中も気づいているはずだ。これが「戦い」などではないことに──。
「はああぁぁぁぁ!」
突如漂い始めた悪い空気を払うように、大声を上げて背後から突っ込んでくる露出系ワイルド金髪美女。
「アニー!」
それが金髪さんの名前なのだろう。隊長さんの強い口調から恐らくは命令無視で突っ込んだのだと思われる。突撃で味方の士気を回復させようという狙いなのかもしれないが、残念ながらそんな安易な攻撃を許すほど甘くはない。
俺は尻尾を使い、今までの攻防では間違いなく最速の一撃を放ちつつ、飛んできた手斧を左手の拳で弾き返す。ところがその横薙ぎの一撃を彼女は滑るようにくぐったのだ。思わず「うっそだろ!」と声が出そうになるほどの驚愕。俺のすぐ真横についた金髪さんの次の行動は──クロスボウ。狙いは間違いなく俺の目だ。
(遠距離で通じないなら至近距離か!)
可能性はゼロではないだろうが、それでこの危険を冒すのだから何とも豪胆な人物である。露出過剰にも思えたが、この軽装と身のこなしが彼女の最大の武器だったようだ。見誤ったことは間違いない。腕を伸ばし引き金を引いた時、彼女は俺の目を確実に捉えたと思っただろう。
(だが甘い)
形勢逆転を懸けた一撃は俺の歯で止められた。
体を引っこ抜こうとするが力に差がありすぎるので無駄である。年齢は二十代半ばか後半辺りだろうが、美人さんを殺すのはどうにも気が引ける。なので掴んだ彼女を適当に後方に投げつけて退場してもらうつもりだったのだが──抜けられた。
ヌルっとした中にふにっとした感触が指に走ったかと思えば、金髪さんは地に足をつけていた。上ではなく下に抜けた。俺の手には何かの液体とジャケット、結び目の付いた布が残され、上半身裸の金髪さんが腰のシミターを抜く。
(──五号と見た!)
一体どうやったんだ、と驚愕しつつ感想の順序が逆になったことは一先ず置いておく。そんなことより彼女の持つシミターだ。抜いた瞬間、薄く炎をまとった──つまり魔剣だ。当然この距離ならばそのまま仕掛けて来る。
それに合わせるように他の傭兵達が呼応するように動いていた。正面からは最も警戒すべきグレートソードが迫り、背後からは恐らく大斧が、右手からは戦鎚を持った大男が迫ってくる。跳んで逃げるは容易い。
(だが、受けて立つ!)
美人さんが命がけで作ったチャンスなので、潰してしまうのも気が引ける。と言うより、これを潰すと訓練が終了してしまう雰囲気だった。隊長の一撃を受けるわけにはいかないので、こちらは最優先で対処する。振り下ろされた大剣の横っ腹を左のフックで打ち抜き得物ごと持ち主を右側へ吹っ飛ばす。
背後は尻尾で対処するが、運良く振りあげたところで空いた横っ腹に直撃。振り抜かれた尻尾によって大斧を持っていた男は回転しながらふっ飛ばされた。戦鎚は単純に右手で受け止める。大きな打撃武器と言えどそれは人間サイズ──俺の手なら余裕で掴むことが可能だ。そして、腕力ではこちらが圧倒的に有利。この状態で負ける要素はない。
同時に三方の攻撃に対処してみせたが、防げなかったものもある。通り抜けるような素早い一撃。斬られた──確かに今、横っ腹に一撃を受けた。だが能力の差は残酷だ。俺の腹には一筋の傷も残っていない。
(まあ、ちょっと熱くて痛かったのは事実だけどな)
一撃離脱が必須な状況において、彼女は仲間が作った機会が実らなかったことを察し、振り返ると無謀な二撃目へと移る。急激な方向転換で大きく跳ねた胸を凝視しつつ、追撃をさせる前に指で金髪さんの頭部を小突いた。バランスを崩して尻もちを付いた彼女は眉を寄せ
左手に残っているジャケットと胸に巻いていた布を彼女に投げつけ、右手の戦鎚を持ち主ごと突き返す。ほとんどの傭兵が戦意を喪失している。魔剣の一撃──それは彼らにとって起死回生の一撃だったに違いない。それが通用しなかった。だからこそ、彼女はあの状況で無謀にも追撃に出たのだ。
(これ以上は戦闘訓練ではなく「狩り」になる。見誤ったな)
俺はこの傭兵団最強である男を指差す。意味は通じたらしく、男の声で周囲の傭兵がただ一人を除いて距離を取った。
「───!───!」
はい、金髪美女のアニーさんが上半身裸のまま隊長さんに食って掛かっている。「いや、服着ようよ」と言いたいが言えないし、言っても「がおがお」だ。眼福ではあるが、この人数に囲まれながら凝視するのも気が引ける。そもそも皆の視線が一箇所に集中している中、そんなことは言えない──と思ったのだが、ガン見しているのはもしかして俺だけなのか?
しばし視線を固定していると、どうやら話の方は付いたらしいのだが、未だ納得が言っていないのか金髪さんが涙目でこちらを睨みつけてきた。服を着始めたので彼女に視線を送るのもここまでだ。空を仰ぎ見る隊長さんが大きく息を吐くとこちらをしっかりと見据える。
「待たせたな」
多分そんな感じのことを言って剣を上段に構えた。決着は一撃がお好みのようだ。この潔さ……これがいぶし銀というやつか?
少々清潔さには欠けるが「戦場を行く男」とはこういうものなのだろう。ならばこちらもしっかりと応えるのが礼儀というもの。恐らくこの戦闘訓練で初めて構えを取った。姿勢を低くし、右足を引き両手を地につける。
両者が構えると睨み合う。その距離凡そ五メートル。周囲が
(やっぱ、こうするくらいしか思いつかんよなー)
何をするかは決めた。だから俺は終わらせにかかる。地を蹴り、一気に距離を詰めると隊長さんは即座に反応し剣を振り下ろす。だが、更に加速した俺は剣が振り下ろされるより速くその手を掴む。
そのまま隊長さんを持ち上げるが、右手を無理矢理引き抜き腰に差した短剣に手を伸ばす──が、折れた指では引き抜くことができなかった。地から離れた足がプラプラと揺れる。俺は口をめいいっぱい開けた。その瞬間、恐らく彼は自分の最期を悟ったのだろう。周りの仲間達をさっと見渡し「生きろ」と短く最後の命令を団員達に下す。